アルマちゃんのクロスボウ   作:芋一郎

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三話 出会い3

日が暮れて一時ほど。

炊事の匂いが漂い始めた鷹の団の天幕群から少しばかり離れた場所で、俺はグリフィスと共に火を囲んでいた。

 

「聞かないのか」

 

俺が炎の揺らめきを目で追いながらそう尋ねると、グリフィスもまたこちらを見ようともせずに口を開く。

 

「何をだ」

「村長の......いや。俺たち村の人間の、傭兵に対する悪感情について」

「それについては想像できる」

 

先ほどまでと変わらない冷静な様子で、グリフィスは淡々と語りだした。

 

傭兵は盗賊と同じ。

戦ともなれば雇い主の元勇敢に剣を振るうが、ひとたび戦場から遠ざかれば酒を飲み、女を抱き、喧嘩騒ぎで人を殺す。そして稼いだ金が尽きれば次の戦場へ。

ではその戦場がなければ傭兵たちどうするか。言うまでもなく、近隣の村々を襲う。酒を奪い、女を犯し、一方的に人を殺す。

しかし今の時代、ミッドランドどチューダーの百年に及ぶ戦争で、傭兵団は餌場に事欠かない状態。

民衆が以前に比べて傭兵に怯え、苦しめられることは少なくなった。

 

そこまで話してグリフィスは一息ついた。

暗闇の中、その端正な顔が炎のぼんやりとした灯りに照らされている。

 

「しかしその反面、国境付近の村々は酷い有様だ。特に東、チューダーとの国境いはな。何せ国中、大陸中の傭兵が、頻発する紛争目当てに集まってくる。ミッドランドにつき、チューダーにつき、血で血を洗う殺し合いを繰り広げる」

 

「ーーああ」

 

話の間もずっと火の揺らめきを眺め続けていた俺だったが、自分でも知らず、グリフィスの話に割り込んでいた。

 

「戦の度に畑を踏み荒らされる。重い税を課せられて、時には戦火まで及ぶこともある......でも、これは仕方ない。国境いに住んでる人間にとっては当たり前のことで、この村でも百年続いてきたことだから」

 

しかしこの十年で状況は更に悪くなった。

主な戦場が移ったのか、新しい道が開拓されたのか。理由は定かではないが、この村は目に見えて傭兵を迎える機会が多くなったのだ。

 

「あいつらは軍隊じゃない。規律がない。人の村で好き勝手に騒いでは何でもかんでも脅しにかけて奪っていきやがる。それを何とか宥めすかして媚び売って、村の若い女をあてがって、ようやく東へ。戦場へ送り出す。頼むから全員チューダーのクソ野郎共にブチ殺されて下さいってお祈りしながらな」

「............」

「それを何度も繰り返すんだ」

 

グリフィスは何も言わない。

 

「それでも村のみんなは耐えてた。俺が物心つくずっと前から。でもな、どうしても許せない事件が起きた。忍耐強い辺境の農民を憎しみに駆り立てる事件がだ」

 

七年前。

飯を貪り、酒を飲み干し、気に入った女を無理矢理犯して去って行った傭兵団が、僅か三日の内に戻って来るという珍事があった。ようやく追い出せたと安心していたのもつかの間、また踏み躙られる日々が始まるのかと肩を落とす村人たちの間を、奴らは騎乗したまま疾風のように駆け抜けてゆく。

 

背後から迫る残党狩りへの時間稼ぎの為に、家々に火を放ちながら。

 

「残党狩りも傭兵だ。血に興奮した奴らは目に付いた村人を殺し、犯し、金品を略奪し、好き放題に暴れてから東へと帰っていった」

 

運よく火が回り切る前に雨が降ってきたこともあり、村は致命的な被害を被った訳ではなかった。

しかし徐々に鎮火してゆく炎を死んだように眺め続ける村人たちの腹の底。そこには黒い憎悪の炎が尽きることなく燃え盛っていた...。

 

「それがあの村長の態度の原因か」

 

グリフィスは何でもない風にそう言った後、俺へと鋭い視線を向けてきた。

 

「鷹の団に入村の許可など降りるはずがないと、最初からわかっていたはずだが?」

「......まぁ。でも案内しろって言われたし」

「とぼけるな。アルマ、お前はオレに何を求めている」

「............」

 

思わず口ごもる。

果たしてこの先を本当に言ってしまってもいいのか。

 

「まだ信用できないか」

「......仕方ないだろ。こっちはこれまで散々お前たち傭兵に好き勝手されてきたんだ。確かにあんたらは傭兵団にしちゃ気がいいし、心も広いんだろう。奇跡のような真似も見せて貰った。でも...」

 

言葉を切り、黙り込む。

数分の間、焚き火のパチパチという音だけが、二人の間で響いていた。

 

「......ふぅ、いいさ」

 

いつまでも渋っている俺にグリフィスがあっさりとそう言った。表情もいつの間にか柔らかいものになっている。

 

「追求するような真似をしちまったな。何か力になれればと思ったんだが」

「......力に、なってくれるのか?」

「そうだな、明日の昼頃には出立するつもりだから、それまでに踏ん切りがついたら言ってみるといいさ」

 

ポン、と。

子供にするように頭に手を置かれる。

 

「なっ...!」

 

とっさに払いのけようとしたが、久々に感じた人の体温に動きを止めてしまった。

 

「アルマ、お前はまだ子供だ。一人で何で何でもしょいこもうとするな」

「......う」

 

そしてゆっくりと撫でられた。

思わず目を細め、その心地よい感触を享受してしまう。

 

思えば今世での両親が亡くなって以降、このように他人と触れ合った経験はほとんどない。

前世の記憶があったおかげで俺は普通の子供のように大人を頼る必要もなくこれまで生きてこれたが、それは逆に人の温もりを遠ざける要因にもなっていた。

 

「さ、触ってんじゃねぇ」

 

故にそう言って一歩引くまでの数秒間、グリフィスの手はずっと俺の頭の上にあったのだった。

 

「耳が赤いぞ」

「......くっ!」

 

自慢の金髪を引っ掴み、急いで両耳を隠す。

 

「ははっ、今度は顔が赤い」

「てめぇ! 馬鹿にしてんのか!」

 

思わず手が出た。

しかしグリフィスは俺の手首を掴んでパンチを防ぐと、そのままグイっと引っ張り、何と己の胸へと抱え込んだのだ。

 

「しばらくこうしてろ」

「離せロリコン!」

 

それはもう暴れまくった。

しかし意外なほど強い力で抱きしめられているせいで、振りほどくことができない。

 

「大変だったな」

「たった今大変だよ!」

「茶化すな。顔を見ればわかる」

 

グリフィスが俺の背丈に合わせて腰を屈める。ちょうどお互いが肩口から顔を出し合う、まるで恋人同士が抱き合っているかのような格好である。

 

「お前がどんな過去を背負っているのか、オレは知らない」

「......っ」

「何を思い悩んでいるのかも、この村の問題も知らない。でもな」

 

体を少し離され、しかしその分顔同士が近づく。ともすれば唇が合わさるような距離。

 

「アルマ」

「な、なんだよ...」

 

真摯な光を宿した瞳が俺を捉える。

それは見るものを魅了し、そして判断力を奪う光だった。

 

「オレはお前が気に入ってる」

「何を......」

「力になってやりたいんだ」

「や、やめろ」

 

グリフィスが俺の左頬に手を添え、言った。

 

「俺を信じろ」

 

そのとき、俺の中でこの男への好意がーーいや、この男を肯定する全ての感情が一気に膨れ上がるのを感じた。

 

「......!?」

 

火を吹かんほどに赤面し、それを悟られぬよう顔を逸らす。しかしグリフィスはそれを許すまいと俺の顎先を掴み、ゆっくりと己の眼前へ引き戻した。

 

「や、やめろ」

「嫌か?」

「嫌じゃないけど......って違う! 嫌だ! 離せ!」

「本心から言ってるのならすぐにでもそうするさ」

「じゃ、じゃあ離せ!」

「わかった。離さない」

「何でだよ!!」

 

俺はそれからしばらくの間この一方的な抱擁から逃れようともがいていたが、やがて無駄だと悟り、ダランと両腕を垂らしてされるがままの体勢となった。

 

「もういいか?」

 

するとそれを合図にグリフィスが口を開く。

 

「俺のセリフなんだが」

「そうか」

 

グリフィスの両腕がそれまでの力強さが嘘のように緩められ、離れる。

それが少し寂しいように感じられ、俺は一瞬、縋るような視線を目の前の男に向けてしまった。そしてそれを自覚し、すぐに体ごと顔を背ける。

 

「......ったく、そんなに俺が魅力的だったか?」

「ああ。悪かったな」

「ふ、ふん。まぁ男なら仕方ないな、美少女だし」

「そうだな」

 

優しげに笑うグリフィスを横目で見やる。

 

「だから、これだけ俺に骨抜きなら......話してもいいかもしれない」

「いいのか?」

「......お前が信じろって言ったんだろ」

 

実際このまま手をこまねいていても状況は悪くなるばかり。それなら現状、最も信頼できるこの男に全てを託すのも、決して悪い手ではないと思うのだ。

 

「話すよ」

 

 

 

先ほど同じように焚き火を間に挟んで座り直す。

しかし今度はお互いに目をしっかりと合わせて言葉を重ねていく。

 

両手には木のカップ。

なみなみと入れられたホットワインで唇を湿らせてから、俺は口を開いた。

 

「俺たちの村は七年前のあの事件以降、表面上はこれまでと同じように振舞いながら、水面下で同士を募っていた」

「同士?」

 

グリフィスが訝しげにそう尋ねる。

 

「同じく戦......特に傭兵への恨みが強い者のことだ」

「............」

「農具の代わりに剣を持ち、戦術を学び、四年かけて戦備を整えた」

 

グリフィスは何も言わず俺の話を聞いている。

 

「そして俺が九歳のとき」

 

ここから先は、本来なら決して口にしてはいけないタブー。

 

「村人による傭兵狩りが始まった」

 

最初の頃は傭兵へ温かい飯を配膳してその中に毒を盛ったり、寝込みを襲い喉笛に剣を突き立てる。その程度だった。

しかし次第に、東へと向かう傭兵団を背後から奇襲をしたり、矢を浴びせかけたりと行動は過激になっていった。

罠を仕掛け、地形を利用し、策を練る。そこまでくれば戦と変わらなかった。

 

「それが二年続いた」

「露見したのか」

「ああ。お前が戦列に加わりたいって言ってたエッガース伯爵にな。村は伯爵が呼び寄せた傭兵団まで狩っちまってた。そこからバレたんだ。でも、伯爵は村を罰しなかった」

 

むしろ傭兵を狩る度に報奨金を渡すとまで言われた。

 

「ただしそれは、いま伯爵と敵対関係にある貴族、ビュルス伯の麾下につく傭兵を狩った場合だ。それ以外に手を出せば......」

「なるほどな。オレが何事もなく村から返されたのはエッガース伯爵に味方すると明言したお陰か」

「そうだ」

「エッガース伯は傭兵狩りを妨害工作として利用した。お前たちは哀れな農村の民から一転、金を受け取り貴族の為に戦働きをする立場となったわけだ」

 

グリフィスが言わんとしていることは容易に察せた。

契約で人を殺し、褒賞を得る。

これではまるで傭兵そのもの。

 

「......ああ。傭兵を憎みながら、しかし傭兵とやることに変わりはない。村はこの状況を何とか打開したいと考えていた」

「............」

「剣を持って気が大きくなっちまったんだろう。一部の村の若いのが独断で...その...」

 

傭兵狩りよりもよっぽど危険な秘密に信頼が揺らぎ、つい言いよどんでしまう。

 

「そういえば、エッガース伯爵の三女が三月前の狩りに同行してから行方不明なのだとか」

 

グリフィスが助け舟を出すように、もう躊躇うなと引導を渡すように呟いた一言によって背中を押された気がした。

 

「......そうだ。今この村で監禁されてる」

 

三ヶ月もの間輪姦され続け、正気を失った貴族の娘。

当初は誘拐してきた数名の村人は大いに非難され、現に処罰も受けた。

しかし頭の痛くなることに、徐々にこの三女を利用して伯爵を傀儡にする、といった馬鹿げた案を唱える声が大きくなってきているのだ。

 

「成功するはずがない。だからその前に…」

「俺たちに救出して欲しいということか」

「そうだ。そしてこれは鷹の団への利益にも繋がる」

 

令嬢をエッガース伯爵への手土産とすれば、鷹の団は誘拐された令嬢の救出という大変な栄誉を得ることになり、予定を変更してエッガース伯と抗争中のビュルス伯につくことにしても敵対貴族の娘は格好の取引材料になるだろう。盗賊団から救出した、という大義でも掲げておけば(事実その通りなのだが)卑怯者の謗りを受けることもない。

 

令嬢は完全に気が狂っているし、もし正気に戻ったとしても自分を攫った傭兵崩れが実はただの農民だったなどと思いもつかないだろう。

 

しかしーー

 

「エッガース伯につくなら誘拐の件を、ビュルス伯につくなら傭兵狩りの件を漏らさないことが大前提になるわけだな」

「ああ」

「そして話を聞いた以上、もう断ることはできない。もし断ったり、村が不利になることを漏らせば鷹の団が傭兵狩りの標的となる」

 

我ながら酷い申し出だった。

 

「......」

「いいさ、聞いたのはオレだ」

 

特に気にした様子も見せずにそう尋ねるグリフィスは、その優しげな口調と裏腹に表情を引き締めてゆく。

 

「それで令嬢の監禁場所は?」

「そのために村へ連れて行った。村長の家の地下だ。入り口から見て左上隅の床板を調べてみてくれ。簡単に抜けるはずだ」

「なるほど」

 

グリフィスは関心したようにひとつ頷いた。

 

「傭兵狩りの戦力は?」

「兵110騎馬50。クロスボウはほぼ全員が持ってる」

「夜間の警備体制は? 兵はどの程度分散している?」

「高台には見張りが張り付いてる。でも西側から回り込んで死角に隠れながらなら、五十人程度なら気ずかれずに接近できる。兵っていっても普段はただの農民だし、それぞれに家がある。詰め所のようなところはあるけど、突然の奇襲には咄嗟に動けないだろう」

「なるほど。じゃあーー」

 

その後も幾つかの質問に答えた結果、グリフィスは、兵力差は大きいが、策を練り闇に紛れて奇襲を行えば人一人攫う程度容易だろう、という結論を下したのだった。

 

「そ、そうか!」

 

思わず喜色ばんだ声をあげてしまい、慌てて首を振る。早とちりは禁物だ。まだこの企みの成功が決まったわけでもないのに。

しかしこの三ヶ月間、俺は本当に行きた心地がしなかったのだ。

あの厄介な令嬢をどうにかしようにも子供一人ではできることは限られ、また頼りになる外部の人間にはとんと心当たりがない。

 

だが、これでようやくひと時の安寧が保証されるかもしれない。

 

「グリフィス。あ、ありがとう」

 

顔を背けてそう言う俺に、グリフィスもまた端整な顔に笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「ああ。こちらこそありがとう。これで俺たちの任務は完了だ」

「え?」

 

とん。と、グリフィスに首の後ろを叩かれる。

平衡感覚を失い、傾いでいく己の体と、それと並行して遠のく意識。

 

そしてガシャガシャと耳障りに響く、数百人ほどの行軍音。

 

「……ぁ」

 

遠のく意識の中、プレートメイルの胸に鈍く光る、エッガース伯爵家の紋章が視界の端を掠めた。

 


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