皆さんこんにちは!
鷹の団所属、美少女傭兵のアルマちゃんです!
突然ですが、昨今では戦争の影響か、自分たちの村に余所者を立ち入らせることを嫌う、狭量な人達が増えているようですね……何処かで聞いたような話ですが、自分たちで「する」のと「される」のとでは大違い!
私は今、とても頭に来ているんです!
「ねぇねぇグリフィス〜」
「駄目だ」
「お願い〜」
「駄目だと言ったら駄目だ」
「お願いだにゃん」
「やめろ。いい加減鬱陶しいぞ、アルマ」
「うっとっ……お、お前! こんな美少女が可愛くお願いしてるのに…!」
「……おい、何をやっているんだ」
「あっ、キャスカ…」
時刻は昼前。鷹の団の野営地。
天幕の中で地図を広げるグリフィスにしな垂れかかり、甘えんぼ子猫ちゃんモードでおねだりをしていたところ、よりにもよって一番冗談の分からない、大真面目キャスカのお目見えとなった。
俺は一瞬で真っ青になって、体の動きを停止させる。
「何をしてる、アルマ」
「いや、これは…あの…」
しどろもどろになりながら、弁明を考えつつ目を向けると、キャスカの目尻はどんどん吊りあがっていって、我慢ならぬと今にも大声で怒鳴り散らしそうな様子。
素早くグリフィスから体を離し、その場から二歩三歩と後退した。
「答えろアルマ! ま、まさか、グリフィスと…そ、そういう関係なの!?」
「ち、違う! だから、これはだな…」
入団から三ヶ月が経過し、徐々に団内での恋愛模様にも理解を示しつつある今日この頃。
特にキャスカからグリフィスへの矢印には、他の団員たちと同様、日頃から大きな関心を寄せている俺としては、また、女同士の友人関係を壊したくない身としては、このような説明し難い状況を当人に見られるのは、最も避けるべき事の一つであった。
「あの、えーと…」
そういう事情もあり、俺がどうしたものかとアタフタしていると、地図から目を離したグリフィスが静かに嘆息して、俺たち二人へと向かって顔を上げた。
「安心しろキャスカ、妙な真似はしてない。ちょっとばかり『お願い』をされてただけさ」
「お、お願い…?」
「あー! 言うなよグリフィス! ぜってー言うなよ!」
必死に止めに入るが、時すでに遅し。
「こいつ、さっき村で入村拒否を喰らっちまったとき、村の子どもから顔面に馬の糞をぶつけられてな」
「うわ…」
キャスカが静かに俺から距離を取った。
「て、てめぇ…あっさりとバラしやがって…!」
俺は両手を握り締めて、射殺さんばかりに目の前の男を睨みつけた。
ーーそうなのである。
時は遡って今日の午前中。
この数日、鷹の団はチューダーの地方貴族であるゲノン男爵の元へ、領地紛争参戦の為に向かっていたのだが……その最後の中継所となるはずだったとある農村で、交渉に赴いていた俺とその他数名の団員が、入村拒否を言い渡されてこっ酷く追い出された…という事があった。
そしてその際、見るからに汚らしいクソ餓鬼が、よりにもよって美少女であるこの俺に向かって、馬の糞を投げ腐りやがったのだ。
餓鬼の狙いは命中し、顔面糞まみれになった俺は泣きながら水場へと駆ける羽目となった。
……こんな話、あまりにみっともない。
よって、事情を知る数人の団員たちを拝み倒してまで噤口令を敷いていたのだがーーこの男、オカマ野郎のグリフィスは、たった今それを、いとも容易く破りやがったのだ。
「事情は分かった」
顔を真っ赤にして怒る俺を横目で見ながら、キャスカがそう頷く。
「じゃあアルマのお願いっていうのは、このことを誰にも言わないでくれという…」
「いいや。団の全員で村のすぐ脇を行進して、自分を馬鹿にした子供たちを驚かしてやりたいそうだ」
「小っさっ!」
キャスカが驚きに目を張った。
「う、うるせー! お前ら二人とも、公衆の面前で顔面にクソ喰らった経験あんのかよ! 糞女糞女って、餓鬼どもから囃し立てられた経験あんのかよっ!」
「い、いや。だからといってな…」
呆れた顔を修正するように咳払いして、キャスカが諭すような口調で言う。
「アルマ。お前も最近までは、その村の子供たちと同じ、傭兵を憎む側だったんじゃないのか?」
「……まぁ、うん」
「お前も、例えば馬の糞でもぶつけたいと思うくらい、傭兵を憎んでいた。違うか?」
「そうだけど」
「だったらーー」
キャスカの言いたいことは容易に察することが出来た。大方、餓鬼どもの気持ちを汲んで、広い心で許してやれということだろう……全くもって反吐がでる。
「嫌だね!」
「なにっ…アルマ!」
「だって俺は人様に馬の糞なんてぶつけたことないし、例えぶつけたとしても可愛いから許して貰えるもんね! しかーし! あのクソ餓鬼どもは全然可愛くねーしムカつくから絶対に許さんッ!」
「何だその理屈は!」
「うるせぇ! グリフィスが協力してくれねーっつーなら別にいいよ! 他の野郎ども誘って行くからよ! ばーか!」
「ま、待て!」
キャスカの掴もうとする手をヒラリと躱し、天幕の外へと躍り出る。
……これは聖戦なのだ。俺をコケにしやがったあの餓鬼どもは、必ず痛い目に合わせねばならないのだ。
「待ってろ餓鬼ども…」
俺はグリフィスの天幕を飛び出した勢いをそのままに、野へと駆けていった。
金髪の少女が風のように去った後の天幕には、再び地図へ目を落としたグリフィスと、その背中に向かって言い募るキャスカのみが残されていた。
「グリフィス! アルマの好きにさせていいの!?」
「構わないさ」
「でも…!」
「キャスカ。何も、あいつも本当にあんな馬鹿なこと考えてる訳じゃない」
信頼を寄せる男の言葉に、キャスカがきょとんとして瞬きをする。その幼い仕草を横目で見て少し笑ったあと、グリフィスはアルマの真意というものをこの少女へと説明した。
「ちょっとしたお灸を据えてやるつもりなのさ、アルマは」
「……?」
仕返しじゃなくて、お仕置きをしに行ったってこと? と首を捻るキャスカ。
「まぁ、そんなとこだ。子供ってのは、口だけで言っても聞きやしないからな。それが一度恥をかかせて追い払った女の子の言うことなら尚更」
「えっと…」
「つまりアルマは、また俺たちみたいな傭兵が来ても、子供たちが今回みたいな馬鹿をしないように『躾け』をしてやるつもりなのさ」
「……あ」
キャスカが納得して顔を上げた。
同時に、自身があの少女へ向かって賢しげに言ったあれこれを思い出し、恥ずかしさに顔を赤くする。
アルマは、別に馬の糞をぶつけられたことに腹を立てていた訳ではないのだ。いや、その意趣返しの面も多少はあるのかもしれないが、しかしそれが全てではなく、本当の目的は子供たちへの躾け……教訓とも呼べるものを教えてやることだったのだ。
先ほどキャスカはアルマの故郷、傭兵狩りの村でのことを引き合いに出して、彼女を説得しようと試みたが、何てことはない。長年傭兵から苦渋を舐めさせられてきた彼女自身が、やはり一番に、傭兵嫌いの子供たちを心配し、慮っていたのだ。
そして今彼らに最も必要なことが『傭兵の怖さを知ること』だと考え、故にあのような行動をとったのだーー
「……私、あとで謝らないと」
「必要ないさ。きっと、あいつも気にしてない」
「で、でもーー」
キャスカがそうやって、アルマへの謝意を言葉にしようとしたそのとき。天幕の外から、騒がしい馬脚の音と共に、件の少女の楽しげな声が聞こえてきた。
「よぉコルカス! ちょっとばかし麓の村へ降りて、暇潰しがてら生意気な糞餓鬼どもをからかってこようぜぇ!」
「はーっ、やれやれ。ガキ相手に憂さ晴らしとは、おめーも趣味がわりーなぁ……乗ったァ!」
「ええー! ちょ、ちょっと二人とも! 本気で言ってるの!?」
「あ、リッケルトも来る?」
「えっ?」
「よォーし、オレさまたち三人で村のガキ苛めてくるか!」
「ええ〜!?」
「ふふ…肥溜めにぶち込んで顔どころか全身糞塗れにしてやるぜ…」
「ひゃっひゃっひゃっ」
「は、離してよ〜!」
「…………」
「……グリフィス」
「ああ」
「さっき言ってたことって…」
「全てオレの推論だな」
「……ゴメン。私、いま初めてグリフィスを疑ってる」
「オレもこんなに自分に自信がないのは初めての経験だ」
ダダダッダダダッとリズミカルに蹄鉄が鳴る。音の元は三頭の軍馬。俺を先頭に、コルカスとリッケルトの乗ったもの。そして最後尾に巨漢のピピンを乗せた骨太の馬が、一列になって村までの獣道を駆けていた。
「つーかよぉ、ピピンまで付いてくるとは意外だったよな。子供嫌いなのかねェ」
「絶対に違うと思う…」
俺はコルカスとリッケルトの話に耳を傾けながら、上達した手綱さばきで馬を自由自在に操る。これはマルコから受けた教えを無駄にしたくないと、日頃から馬術の訓練を重ねてきた結果だった。
「(マルコさん…天国から今の俺を見て喜んでくれてるだろうか)」
誇らしい気持ちで天を仰ぐと、ふと罪悪感のようなものが湧いてきたので、慌ててその感情に蓋をする。
マルコを亡き者にしたのは確かに俺だが、何度も言う通り、その罪の全てはグリフィスに帰すべきことなのだ。俺が罪の意識を感じる必要などない……はずなのだが、そこはやはり大天使アルマちゃん。責任感の強い、思いやりのある良い子。そして、それ故の悩みだった。
「(グリフィスのせいグリフィスのせい…)」
いつものようにグリフィスに責任転換して心を平静に落ち着ける。
まったく、色んな意味で便利な奴だ。いま奴が死にでもすれば、俺はきっと生きてはいられないだろう。
まぁ、それは兎も角として。
「…………」
チラリと背後を振り返ると、そこには細目にタラコ唇の男、ピピンが、俺たちと同じように馬を駆っている。
「(俺あの人苦手なんだけどなぁ〜。何で付いてきたんだろ…)」
そんなことを思いながら、再び前方へと意識を集中させる。
この三ヶ月で、俺は様々な団員たちと共に飯を食ったり、行軍中に雑談したり、共に戦ったりしてきた(ブルッフ子爵の元を出てから二度の戦場を経験した。目ぼしい活躍はしていない)のだが、その中でもこのピピンとはあまり一緒にいた事がなく、本人が無口な事もあり、何を話して良いのかさえ分からなかった。
故に鷹の団の野営地を出る際も、このピピンには声をかけずに来たはずだったのだが……なぜか、気がつけばピッタリと後ろに付けてきている。
「(ま、いいか。このデカブツ見せたら、あの悪餓鬼共もちったぁビビるだろ)」
そんなことを考えながら、ピピンも組み込んでこの後の復讐プランを練る。
まず肥溜めの件だが、落としたそばから糞を投げつけられる可能性が浮上したので、慎重な審議の末却下となった。
……となると、馬で追いかけ回して餓鬼を獲物に狩りの練習でもするのが一番健康的で良いかもしれない。訓練にもなるし。
ということで、その旨を下衆な笑いで了承したコルカスと、可哀想だと反論してきたリッケルト、そして無言のピピンへと伝えたのだがーー
俺たちが村の前で目的の餓鬼どもを発見したとき、奴らは既に窮地に陥っている最中にあったのだった。
「くそガキども! テメェらだな! オレに石を投げつけやがったのは!」
そこでは、六人ほどの傭兵風の男たちが、八〜十歳に見える二人の子供(俺に糞をぶつけた兄弟である)相手に詰め寄って、額に青筋と、そして青痣を浮かべていた。
状況から見ると、青痣の方は餓鬼どもの仕業なのだろう。兄弟は怯えて、縮こまりながら周囲を見渡している。
……大方、俺を追い払うことが出来て調子に乗ったのだろう。
通りかかった傭兵どもに石をぶつけて、キャッキャと喜ぶ餓鬼どもの馬鹿な姿が目に浮かぶようだった。
「…………」
周囲を見てみると、何人かギャラリーの村人がいるようだったが、遠目から見ているだけで助けに入る素振りはない。
餓鬼どもの自業自得とはいえ、薄情な奴らであった。
「あーらら。もう先客がいるじゃねーか」
後からやってきたコルカスが村の様子を見て、そうが呟いた……そのときである。
青痣をつけた男が、拳を振りかぶって兄の方の腹をぶん殴った。
餓鬼はすっ飛んで、木の柵にぶつかってから崩れ落ちる。
四十メートルほど離れたこの場所まで、兄の呻き声と弟の泣き声が聞こえてきた。
「あ、殴りやがった」
コルカスが、見世物でも見ているかのように軽くそう言う。「止めた方がいいんじゃない?」と提案するリッケルトに対しても「バーカ。ありゃオシオキの範疇だよ」と返し、馬上でリラックスした体制をとる。どうやら本格的に観戦の体に入るらしい。
そしてそれは、俺も同様であった。
「ねぇアルマ、止めた方が……って、何で今パンを食べてるの?」
「餓鬼の泣き顔をおかずにしようかと」
「酷すぎる…」
リッケルトに呆れられた。
ついでにピピンも物凄く厳しい顔をしている……子供好きなのだろうか?
「……もぐもぐ」
それに自分でも、何だかとても嫌な奴になった気分である。
予定では餓鬼を追い回しながら馬上で食べるつもりで、わざわざ配給分を持ってきたのだが……何とも不味い昼食になりそうだった。
まぁ、あの大人げない傭兵も、もう二、三発殴る蹴るしたら落ち着くだろう。
ナマハゲと同じだ。幼い頃に教訓として刷り込まれた恐怖が、大人になってから役立つことになるのだ。
今回の場合は、武器を持った相手に逆らうなというーー
「おっ、剣抜きやがった」
「えっ」
コルカスの呟きに顔を上げると、泣きじゃくる餓鬼の頭上で、ギラリと光る鋭い刃が振りかざされている。
「あっ」
とっさにクロスボウへと手を伸ばした。
俺はいま二本のクロスボウを所有しているが、この距離では自分の力でも弓を引けないような、板バネの強い、飛距離の出る方を使用せねばならない。
そうなれば、当然弓を引く作業は他の誰かにやって貰う必要がある。そこから矢をセットして、狙いを付けて、引き金を……無理だ。とても間に合わない。
「……っ!」
ーービン
餓鬼を襲う凶刃は、そのまま何の障害もなくーーいや、障害はあった。今しがた何処からか飛来した一本の矢が、その障害となり得たからだ。
「ぎ、きゃああ!」
何者かが射った矢は、傭兵の振りかぶった右腕に寸分の狂いなく突きたっていた。
「クソッ、いてぇ! だ、誰だ! どこから飛んで来た! 村の奴らか!?」
「いや、あそこだ! あの馬に乗った四人組!」
「あ、あんな距離から!?」
「確かに見た!」
「畜生! ぶっ殺してやる!!」
途端に六人の傭兵たちが色めき立って、それぞれ武器を手に、こちらへと向かって走ってくる。
「…………」
今の一撃は、まったく誰がやったかわからないが、本当に見事で芸術的でエキセントリックな、まさにパーフェクトな射だった。
射手はさぞかし凄腕の美少女なのだろうと、この俺が思わず感心してしまうほどに……
「あーあ、アルマのやつ、やっちまったよ。どーすんだ、向こう六人だぜ?」
「逃げようよ。倍の人数だよ」
「……リッケルトちゃんよ、お前戦力から自分を抜いてねぇ?」
「だ、だってオレ、初陣まだだし…」
「…………」
ピピンが、無言でサムズアップしてくる。
「……どうも」
俺は引き金から指を離し、その小さな賞賛に答えた。
今の一射は、別段、俺が神がかり的なスピードでクロスボウに矢を番え射った……などという訳ではなく、このピピンによって成されたところが、その割合の多くを占めていた。
あの時この男は、あの青痣の傭兵の一挙手一投足というものに不穏さを感じとったのだろう。この巨体からは考えられないほど機敏な動きで俺の馬に括り付けてあったクロスボウを取り上げ、怪力で一瞬にして弓を引き、それを俺へと押し付けたのだ。
その後、流れのままに台座に矢をセットした俺は、同じように構え、引き金を引き、今に至ることとなった。
「……ふん。別に俺は助けたかった訳じゃないんだからな」
「照れるな」
「はぁ!? 照れてねぇし! それよりてめぇ話せたのかよ!」
「…………」
「何か言えよ!」
イライラして怒鳴ると、ピピンがその太い指をチョイチョイとやって、俺に何かを伝えようとしてくる。
「……こいつを渡せってこと?」
何となく感じ取ってクロスボウを渡してみると……当たりだったらしい。再び怪力でグインと弓が引かれ、それを俺へと返してくる。
「ピピンの野郎、戦う気だぜ」
「えーっ、逃げようよぉ」
何だかんだ言って、二人も馬上で抜刀する。
「……マジでやんの?」
「殺すなよ」
尋ねた俺にピピンはそう返してから、走ってくる傭兵六人に向かって、馬を駆けさせていった。
とある農村で巻き起こった小さな諍いの結末は、見事鷹の団の勝利に終わった。
戦果としては、ピピンが三人、俺が二人(二本のクロスボウで一射ずつ)コルカスとリッケルトで一人という結果となり、ピピンに言われた通り死人は出さなかった。
餓鬼に石を当てられ、立て続けに俺たちから襲撃を受けるという、何とも散々な目に遭った傭兵たちは、軽く手当をしてやった後、適当に追い払っておいた。
こんな仕事をしているのだ。理不尽なことなど珍しくもないし、何より奴らも石をぶつけられたとはいえ、それだけで餓鬼を殺そうとした。そこには報復の気持ちだけでなく、弱者をいたぶる加虐心も存分にあったことだろう。
正義ぶるつもりはないが、彼らもまた強者からの被害を受けたということで、納得して貰う他ない。
そして事態がひと段落してから数分後。
「クソ餓鬼コラァ!」
「「痛っ!」」
俺はスパーンと餓鬼どもの頭を叩いて、足をかけて地面へ倒し、顔をグリグリと踏みつけた。
人によっては御褒美にしかならないこの行為だが、まだ若いお陰か、兄弟はその深淵を覗き込んではいない様子で、相応に痛がって、抵抗してくる。
「ア、アルマ。気持ちは分かるけど、そこまでにしておいたら? この子達も怖い目にあって十分反省してるだろうし…」
「えっ…このあと紐で縛って、村中馬で引きずり回そうと思ってたんだけど…」
「更にそんなプランが!?」
驚くリッケルトを尻目に、俺は兄弟を爪先で転がし、仰向けにする。
「…………」
幼い二人は、両目に涙さえ湛えて、命乞いをするかのようにこちらを見上げていた。
その姿と、かつての自分が重なって見えた。
「……もう、自分より強いやつに悪さすんじゃねぇぞ」
「「う、うん」」
「イタズラするときは弱者にしろ」
「「わかった」」
「いやいやいや…!」
リッケルトがまた何だかんだと口を挟んできたので、二人の情緒教育は任せてピピンの元へと向かう。
「…………」
相変わらず口を一文字に引き結んだ寡黙な男は、何だか話しかけ辛い雰囲気で、どしんと仁王立ちしてそこにいた。
「ねぇ、そういやピピンってさ、何で俺たちに付いてきたの?」
「…………」
ピピンが、黙って俺のことを指差す。
「俺を心配してくれたのか?」
無口キャラを気取っているのか、単に口下手なだけなのか。
ただ一言だけ理由を言えばいいものを、そうとはせず、あくまで『人に気付かせる』といったスタンスを頑として崩さないーー
「!!」
そのとき、俺は唐突にこのピピンという男のことを理解した。
この男は、決して変わり者でも、言語機能に障害がある訳でもないのだと。
「(本当に大切なことは、軽々しく口にすべきじゃない……お前は、そう考えているんだな)」
口で説明されれば、確かに理解することは簡単だ。
しかし人間、簡単に理解出来たことは、また簡単に忘れもする。
しかし、自発的に気付かせてやれば……自ら理解をしようとすれば、そうはならない。自ら得た経験は、それを得るまでの過程でした苦労と共に、一生その人の記憶に留まり続けることになるだろう。
「……あっ」
そして、それは奇しくも、あの餓鬼どもに俺がしようとしていたことと同義であった。
教訓を教えるということ。
ピピンは決して無口な男などではなかった。『人に気付かせる』を普段から遵守して、そのように行動していたに過ぎなかった。誤解されても、本当に大切なものを教えるため、彼はずっとそうしてきたのだ。
「ピピン…俺、今まで誤解して……あれ?」
ピピンの指が、先ほどから俺を指差したまま動かない。いや、もっと具体的に言えば、その指の直線上には、俺ではなく、俺の鞄がーー
「昼飯、要らんならくれ」
「…………」
手渡すと、ピピンは嬉しそうに俺の食べかけのパンをムシャムシャと頬張り始めた。
何でも、配給時に俺がいつまでも食べないで鞄に入れていたから、要らないのだと思って狙っていたらしい。
ああ、だから餓鬼の泣き顔でパン食う〜のくだりで厳しい顔してたんですね。
「……照れる」
ピピンが頬をピンクに染めた。
どうやらこの男は、無口キャラと共に食いしん坊キャラまで持ち合わせていたようだった。
どこぞの萌えキャラかよ。
教訓として、人の奇行を深読みするなということを学んだ一日であった。