帰りの電車の中。
暖房の効いた空気。じんわりとケツを暖めてくれるシート。
あ゛ー…、あったけぇ…。文明ありがてぇ…。
俺はバックパックを床に置き、体中を脱力させ、体重をシートに預けた。
…9時間以上も寝たはずなのに、疲れてて、なんか眠い。
熟睡できてないのかも知れない。
銀マット1枚じゃ、まだやっぱり身体がキツイ…。家のベッドが恋しいぜ。
まぁ、もちろん、疲れてるのはそれだけが理由じゃないんだろうが。
乗客は少なく、車両内は静かだった。
車窓の外では、海の景色が右から左へ、ゆったりとうつろっていった。
さっきまで過ごしていた海岸は、いまや
電車は少しずつ、俺を現実世界へ引き戻していく。
…とはいえ、千葉駅へ着くまで、まだ時間はたっぷりある。
うたた寝してもよかったんだが、気分がまだクサクサしていたので、ごちゃごちゃしてる頭の中をいちど整理することにした。
…親父は金曜の夕方に、駐在さんに連絡したと言っていた。
そして同じ日の放課後…俺自身は部活を終えて下校するまで何も聞かれなかったから、おそらく完全下校時間の後…、駐在さんから
厚木先生はそれを受け、まずは俺の担任に確認した。
当然、担任は何も知らない。
では部活の顧問なら何か聞いているかと、厚木先生と担任は、連れ立って平塚先生を
平塚先生はこの直前に父親からのメールを読み終えていて、口裏を合わせてくれた。
これらはおそらく、長くても1時間前後の間の出来事だろう。
つまり父親は、駐在さんと通話を終えた直後くらいに、平塚先生にメールを送ったことになる。
メール作成にかけた時間をも考え合わせると、まさに
しかも直接にではなく、小町を介してのメール転送だ。
小町が平塚先生のメルアドを知っていることを、父親がなぜ把握していたかは謎だが…たぶん小町から、奉仕部のことをそれとなく聞いていたのだろう。
しかし、転送による時間的なロスがどのくらいになるかは、ほとんど小町次第だったといってもいい。
だから、小町も多分、大急ぎで転送したんだろう。
「あと1分、メールを読むのが遅れていたら」
平塚先生はそう言った。今思い出しても胃が
しかし…突然の父親からのメールを即座に理解し、厚木先生や担任にほとんどアドリブ対応した平塚先生も、やはりただものではない。
俺はただただ、三人に感謝するしかない。
はずだ。
はずなのに。
素直にそれができない俺がいた。
本心を本当にありのままに述べるなら、
「だれのてもかりたくなかったのに。」
「だれにもじゃまされたくなかったのに。」
「じぶんだけですきにやりたかったのに。」
そんな、グツグツした
もちろん、そんな感情は客観的に見るとおかしいということも、頭では理解している。
だいたいが、親から
バックパックもテントも寝袋も、父親からもらっておきながら。
そもそも未成年が。
…簡単に
でもさ。
どんなに理屈に合わない感情でも、ひとから
感情は決して、論破はされない。理屈で反論できなくて、グッと口をつぐんでも、じくじくと胸の中に、確かに存在し続ける。
わかるだろ?
×××
電車に乗ってる間にじわじわ強まってきた筋肉痛に苦しみながら、昼過ぎ
「お兄ちゃん、お帰り…、おつかれさま…!」
パタパタと、小町が玄関へ駆けて来て出迎えてくれた。
どことなく、ぎこちない雰囲気。
「…おう。」
あえてそっけなくそう返すと、スニーカーを脱いで脱衣所に向かった。
バックパックから洗濯物を抜き出してかごに放り込み、次いで台所で、
荷物の片付けは帰宅直後の勢いでやっとかないと、後で果てしなくダルくなる。デイキャンプの時に経験済みだった。
小町はソファに座って雑誌を読むフリしながら、俺が洗い物をしているのをチラチラ見ていた。
同じページを行ったり来たりしてるの、バッチリ見えてるぞ。
「お兄ちゃん、あの…、お風呂、
「…そうか。サンキュ。」
あえて
洗い物とゴミ捨てを終え、いったん自室に荷物を運んで部屋着を取り、風呂に入った。
先に髪と身体を洗った。すっげぇことになってたが…ここでは割愛する。
キレイな身体になってから、湯船にどざばぁっと
ぐっっはぁ───…。
エクトプラズムまで出てくるんじゃないのってくらい深い息を吐いた。
「…生き返る、って風呂で最初に言ったやつ、天才だよな…。」
ホントに生き返る思いだった。風呂は大事。
次にキャンプするときは、秘境の露天風呂なんかを目指すというのもいいな。
「お兄ちゃん、お昼食べた?
さっぱりしてリビングに戻った俺に、すかさず小町が聞いてきた。
「おお…もらうわ。」
なんか、今日の小町、ちょこちょこ俺を構ってくるな。
…やだ、自分のツッコミにちょっとときめいた。我ながらちょっとキモい。
っていうか、昨夜すき焼きだったのかよ…。
「そういえば親父とおふくろは?」
レンジで温められたすき焼きの残り(玉子入り)を米飯と共にいただきながら、小町に尋ねた。
「あ、やー…二人でなんか買い物行ったみたい…かな?」
小町は目をきょどきょどさせながら、あはは…とごまかし笑いを浮かべていた。
逃 げ た な 親 父 ?
…いや、だが、逆に好都合だ。
「小町。」
まだ少し残っているすき焼きの
「っ…、はい…!?」
小町はひくっと肩を震わせ、観念したかのように身を縮めた。
「親父からのメールを見せてくれ。平塚先生に転送したやつだ。」
コレだけは確認しておきたかった。
父親と平塚先生が、俺に関してどんな内容のメールのやりとりをしていたのか、知らないままでいたくなかった。俺には、それを知る権利があると思っていた。
とはいえ、可愛い妹をいじめるのもアレなので、できるだけ優しい声音で言ったつもりだった。
もう俺が全部知っていることを理解したのか、小町は小さく
「…お父さんから、転送したらすぐに消せ、って言われたから、消しちゃった…。」
そう答えると、それまであちこちをさまよっていた小町の視線は、俺に向かってぴたりと静止した。
さすがは父親。抜け目がない。
だが。
「嘘だな。見せなさい。」
確信をもって、再度小町に要求した。
何故かは知らないが、小町はまだ、メールを消していないと思った。
長年一緒に過ごしてきた兄妹だからこその、感覚のようなものだ。
果たして小町は、しばらく目を
「…お父さんには、ナイショね…。」
俺は小町の言葉には