「…金曜日の放課後、帰り際に、君の担任が私に
平塚先生はまだ青白い顔をしていたが、息継ぎ息継ぎ、説明し始めた。
なんか
…え?
担任?
なんで担任が出てくんの?
「
厚木…駐在さん…!?
『ひょっとしたら、学校にも情報行くかもだぞ。』
キャンプ前の父親からの電話を思い出した。
あの連絡は金曜の…夜遅くだった…。
心臓の裏側の背骨が、音を立てる勢いで硬直した。
胃が気持ち悪くなり、変な汗がにじみ出てきた。
最悪だ。
学校側に、ウソがバレていた。
考えてみれば、厚木先生から、まずはうちの担任へ、確認の連絡がいくのは大いにありえた。
当然、担任にはソロキャンプのことなんか何一つ話していない。
担任とはもともと相性がいいわけでもなかった上に、文化祭の一件以来、ぶっちゃけ
俺の
…条例に引っかかることよりも悪い。
俺はウソをついたことになる。
学校にだけじゃない。そのまま厚木先生を通して、駐在さんに話が返り…警察側にバレてもおかしくない。
顔から血の気が引いていくのが自分でも分かった。
「…幸い、君の父上からのメールが届いた直後だったので、なんとか口裏を合わせることができた。」
え…?
「本当にものすごいタイミングだった。あと1分、メールを読むのが遅れていたら、私は何も知らないまま、全部を台無しにしていたところだった。」
え…え…??
「だが、すまん…若手の私が、若手の私が君から話を聞いているというだけでは、先生方を納得させることができなかった。
そこで、私の独断で、奉仕部の活動の
平塚先生はキツそうににうつむいて、話を続けた。若手の部分はきっちり二回繰り返して。
血の気がいったん引いた頭では、なかなか理解が追いつかなかった。
「…
君も、だからこそ、誰にも言わなかったのかもしれないが…、すんなりとその意義を理解できる人は、期待する以上には多くない。
…君の担任の先生は、まぁ、どちらかというと、そっち方面の人だった…。私が取り
… … …。
「野外活動についての知識と技能を養い、奉仕部としての活動範囲を広げるために、部で
ちょうどAO入試についても相談があったので、経験させておけば面接試験時のアピールにも役立つと考えた、と。」
… … …。
まだ…、頭がしびれているような感覚だったが…。
…とりあえず、俺の知らない所で最悪な事態が起きかけて、俺の知らない間に解決していたことは、理解した。
「…で、…まぁ。」
平塚先生は、俺の方を気まずそうに上目づかいで見ながら、ポリポリと
「そうブチ上げた手前、部の活動報告書を作らなきゃいけなく…なってな…。
さすがにウソを書くわけにもいかず…、カタチだけ整えるために、雪ノ下と由比ヶ浜を急きょ
雪ノ下と由比ヶ浜は、平塚先生の横でこくこくと
「部活動という事なら、部長の私が出ないわけにはいかないし…。」
「ゆ、ゆきのんが行くならあたしも、って。そ、それに、みんなでお泊りって、なんか、楽しそうって思って…!」
… … …。
なんか苦しいなと気付いたら、いつの間にか呼吸をするのを忘れていた。
俺は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
×××
深呼吸をして、すこし冷静になれた。
…話は…だいたい分かった。
とはいえ、ああそうだったのか助かりましたあざっすー、とは、まだ素直に思えなかったが…しかしまぁ…、それはちょっと置いといて。
…それにしても、だ。
「…で、俺をずっと監視してたわけですか。」
この点は別だ。まだ俺の気持ちは収まっていなかった。
「い、いや、それは違「それは違うわ。」」
平塚先生の
まっすぐに俺の目を
「私たちがここへ着いたのは、昨日の午後三時
だから、四六時中、あなたを見張るようなことはしていないわ。…その、い、一、二度、テントの方を見たことはあったけれど…、
雪ノ下の声はだんだんか細くなり、視線も、俺の目以外の方向に乱射され始めた。
白く
「ご、ごめん…あ、あたしも二、三回くらいは、まぁ、テントの方を、見ちゃった…かも…。で、でもでも!絶対見張ったりとかしてないし!すっごいキレイな温泉行って、ゆきのんの手料理でパーティして、って、こっちはこっちでキャンプしてただけだから!全然大丈夫だよ!!」
由比ヶ浜も同じく顔を赤くして、両手をわちゃわちゃさせながら主張した。
なんか表情がいつもより幼く見えるなと思ったが、ひょっとしたらノーメイクなのかも知れない。ガラリと変わるわけじゃないあたり、やはり素材はいいのだろうなどと頭の
「わ、私も見張ってなんかないぞ!そんな、君のプライドを傷つけるようなマネはしない!
雪ノ下の言うとおり、来てすぐ温泉行って買い物して、ここで夕飯がてら
ま、まぁ、たまたま飲みながら海の方を見てて、テントが目の端に入ったことも…あったが…。だが監視など、断じてしていない…!!いつつっ…!」
平塚先生は、激しい頭痛と戦ってる様子ながら、改めて釈明した。
うん、とりあえず、平塚先生、アウト。
「酒飲んでたのかよ…。」
俺のつぶやきに、ううっ、と平塚先生は言葉を
なぜか横の二人が、どんよりと顔を
…何か…あったんだな…。やだ聞きたくない。
そういやさっきキッチンの端に、なんか酒の
改めて、振り返り見る。酒瓶の中身は
「や、やー…、ま、まさかこんな
で、これがまた、
最後は声にならないほどか細い声になりながら、平塚先生は真っ赤になってうつむいた。
うん、アウト。
俺の「絶対許さないリスト」に、平塚先生が初めて登録された瞬間だった。
しかも初登場にして女性部門第1位だ。残念だったな雪ノ下。よく
ちなみに男性部門第1位は去年に引き続き父親。3年連続首位で殿堂入りだ。おめでとう親父。くたばれ。
「…戻るわ。」
俺は立ち上がった。
…なんかふらふらする。頭がしびれている。
のそのそと出入口のステップを降りかけた時、由比ヶ浜が俺の背中に呼びかけた。
「ヒッキー!あ、あの、明日、部活…!」
「…部活は、行く。」
特に何か考えてたわけではないが、そう答えた。
「比企谷…厚木先生は、お前を支持していたぞ。」
平塚先生の言葉も聞こえてきた。
雪ノ下は、何も言わなかった。
俺はクルマを降り、あえてゆっくり、扉を閉めた。
外ではすっかり太陽が顔を出し、海も岬も家々も空気も、すべて目を覚ましていた。
白い息がひとつ、思わず大きく広がって空に消えた。
×××
テントとエマブラ(エマージェンシーブランケット)は、けっこう
テントは出入口を全開にして
エマブラは持ってきていたタオルで軽く拭いてからたたんだ。とりあえず折り目に沿って、元通り折り直したつもりだったが、どうしても素直に袋には入ってくれないので、
再度、焚き火台に火を起こし、暖まりながら朝飯を用意した。
朝飯は、米飯とインスタント
米は1合炊いて、半分くらいはおにぎりにして、帰り道に食べることにした。
だが寒いせいか、テントが乾くまでに結構な時間を要したので、後で焚き火にあたりながら食ってしまった。
焚き火の煙は、朝に匂ってもいいもんだな。ケムいのに落ち着く。ふしぎ。
だらだらと
食料が減った分、荷物は軽くなったはずなのに、じわりと始まりつつあった筋肉痛と疲れのせいで、来た時と変わらない重さに感じた。
…振り返って見ると、雪ノ下らのキャンピングカーは、まだ駐車場に
平塚先生の二日酔いが回復するまでは動かせないんだろう。
…知るか。
俺はさっさと駅へと歩き始めた。
帰りの電車が動き始めたとき、駐在さんにお礼を言うのを忘れていたことを思い出した。
だが、とてもじゃないがそんな気分ではなかった。
平塚先生の二日酔いの件は、私が実際にキャンプでやらかした失敗談を元にしています。
その時はソロじゃなく、数十人規模の研修キャンプで、バーボンと日本酒と焼酎をちゃんぽんにした挙句、なんか年上の方々にいろいろ自分の人生を熱く語ってしまい、翌日は昼までクルマの運転が出来ないほどの二日酔い(脱水症状)地獄、翌々日はキャンプの夜のことを思い出してアイデンティティ・クライシスの大津波に飲まれました。
キャンプの時ほど、お酒はほどほどに…!
で、ちょうどいい機会だったので、次回の比企ペディアでは、お酒を持ち運ぶときに使う「スキットル(フラスコ)」についてちょっと書きたいと思います。