やはり俺のソロキャンプはまちがっている。   作:Grooki

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その47:ソロキャンプ#10、あるいは比企谷八幡は大事なことをいくつも忘れている。

 「…金曜日の放課後、帰り際に、君の担任が私に(たず)ねてきた。君がソロキャンプを…単独で野宿(のじゅく)するというのは本当かと。私は何か聞いているか、と。」

 

 平塚先生はまだ青白い顔をしていたが、息継ぎ息継ぎ、説明し始めた。

 

 なんか(あえ)ぎをこらえているようでちょっとエロいな…って、

 

 

 

 

 …え?

 

 担任?

 

 なんで担任が出てくんの?

 

 「厚木(あつぎ)先生も一緒に来ていた。ここを管轄(かんかつ)している駐在(ちゅうざい)さんが厚木先生の親戚(しんせき)で、君の父上からの事前連絡があったことを電話してきたそうだ。」

 

 厚木…駐在さん…!?

 

 

 

 

 『ひょっとしたら、学校にも情報行くかもだぞ。』

 

 

 

 

 キャンプ前の父親からの電話を思い出した。

 

 あの連絡は金曜の…夜遅くだった…。

 

 

 

 

 心臓の裏側の背骨が、音を立てる勢いで硬直した。

 

 胃が気持ち悪くなり、変な汗がにじみ出てきた。

 

 

 

 

 最悪だ。

 

 

 

 

 学校側に、ウソがバレていた。

 

 考えてみれば、厚木先生から、まずはうちの担任へ、確認の連絡がいくのは大いにありえた。

 

 当然、担任にはソロキャンプのことなんか何一つ話していない。

 

 担任とはもともと相性がいいわけでもなかった上に、文化祭の一件以来、ぶっちゃけ厄介者(やっかいもの)のように見られていることも薄々(うすうす)分かっていた。…まぁそれは自業自得なんだが。

 

 建前(たてまえ)として考え出したAO入試対策云々(うんぬん)も、わざとらしくないようにアピールする機会などなくて、結局、担任はじめ学校側には言わないままだった。

 

 所詮(しょせん)、警察に対するその場しのぎの話だからと。

 

 俺の怠慢(たいまん)が、「建前」を完全に「ウソ」にしてしまっていた。

 

 …条例に引っかかることよりも悪い。

 

 俺はウソをついたことになる。

 

 学校にだけじゃない。そのまま厚木先生を通して、駐在さんに話が返り…警察側にバレてもおかしくない。

 

 顔から血の気が引いていくのが自分でも分かった。

 

 「…幸い、君の父上からのメールが届いた直後だったので、なんとか口裏を合わせることができた。」

 

 

 

 

 え…?

 

 「本当にものすごいタイミングだった。あと1分、メールを読むのが遅れていたら、私は何も知らないまま、全部を台無しにしていたところだった。」

 

 え…え…?? 

 

 「だが、すまん…若手の私が、若手の私が君から話を聞いているというだけでは、先生方を納得させることができなかった。

 

 そこで、私の独断で、奉仕部の活動の一環(いっかん)ということにしてしまった。」

 

 平塚先生はキツそうににうつむいて、話を続けた。若手の部分はきっちり二回繰り返して。

 

 血の気がいったん引いた頭では、なかなか理解が追いつかなかった。

 

 「…比企谷(ひきがや)。ソロキャンプは愛好者こそ多いが、残念ながら、世間的には…少なくともこの国では、まだ認知度の低い趣味分野と言わざるを得ない。

 

 君も、だからこそ、誰にも言わなかったのかもしれないが…、すんなりとその意義を理解できる人は、期待する以上には多くない。

 

 …君の担任の先生は、まぁ、どちらかというと、そっち方面の人だった…。私が取り(つくろ)うには、部活動という建前を使うしかなかった。」

 

 … … …。

 

 「野外活動についての知識と技能を養い、奉仕部としての活動範囲を広げるために、部で遠征(えんせい)キャンプを行うと。

 

 唯一(ゆいいつ)の男子部員である君には特別に、私の監督(かんとく)のもとでソロキャンプに挑戦させる、と。

 

 ちょうどAO入試についても相談があったので、経験させておけば面接試験時のアピールにも役立つと考えた、と。」

 

 … … …。

 

 まだ…、頭がしびれているような感覚だったが…。

 

 …とりあえず、俺の知らない所で最悪な事態が起きかけて、俺の知らない間に解決していたことは、理解した。

 

 「…で、…まぁ。」

 

 平塚先生は、俺の方を気まずそうに上目づかいで見ながら、ポリポリと(ほほ)をかいた。

 

 「そうブチ上げた手前、部の活動報告書を作らなきゃいけなく…なってな…。

 

 さすがにウソを書くわけにもいかず…、カタチだけ整えるために、雪ノ下と由比ヶ浜を急きょ招集(しょうしゅう)して、ここへ来た、というわけだ…。」

 

 雪ノ下と由比ヶ浜は、平塚先生の横でこくこくと(うなず)いた。

 

 「部活動という事なら、部長の私が出ないわけにはいかないし…。」

 

 「ゆ、ゆきのんが行くならあたしも、って。そ、それに、みんなでお泊りって、なんか、楽しそうって思って…!」

 

 

 

 

 … … …。

 

 なんか苦しいなと気付いたら、いつの間にか呼吸をするのを忘れていた。

 

 俺は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。(のど)が震えていた。

 

 

×××

 

 

 深呼吸をして、すこし冷静になれた。

 

 …話は…だいたい分かった。

 

 とはいえ、ああそうだったのか助かりましたあざっすー、とは、まだ素直に思えなかったが…しかしまぁ…、それはちょっと置いといて。

 

 …それにしても、だ。

 

 「…で、俺をずっと監視してたわけですか。」

 

 この点は別だ。まだ俺の気持ちは収まっていなかった。

 

 「い、いや、それは違「それは違うわ。」」

 

 平塚先生の釈明(しゃくめい)を、()んだよく通る声で(さえぎ)ったのは、雪ノ下だった。

 

 まっすぐに俺の目を射抜(いぬ)いてくる視線。

 

 「私たちがここへ着いたのは、昨日の午後三時(ころ)。比企谷くんが来ていることを確認してすぐ、私たちはここを離れて、近場の温泉施設へ行って、夕食の買い出しをして、夜に戻ってきてから寝るまでは車内で過ごしていたわ。

 

 だから、四六時中、あなたを見張るようなことはしていないわ。…その、い、一、二度、テントの方を見たことはあったけれど…、干渉(かんしょう)するつもりは毛頭なかったし、だから、監視とは言えないわ。」

 

 雪ノ下の声はだんだんか細くなり、視線も、俺の目以外の方向に乱射され始めた。

 

 白く肌理(きめ)細かな(ほほ)に、朝焼けのような赤みが差し、整った(まゆ)の間が、きゅうっと寄せられていた。

 

 「ご、ごめん…あ、あたしも二、三回くらいは、まぁ、テントの方を、見ちゃった…かも…。で、でもでも!絶対見張ったりとかしてないし!すっごいキレイな温泉行って、ゆきのんの手料理でパーティして、って、こっちはこっちでキャンプしてただけだから!全然大丈夫だよ!!」

 

 由比ヶ浜も同じく顔を赤くして、両手をわちゃわちゃさせながら主張した。

 

 なんか表情がいつもより幼く見えるなと思ったが、ひょっとしたらノーメイクなのかも知れない。ガラリと変わるわけじゃないあたり、やはり素材はいいのだろうなどと頭の(すみ)で思った。

 

 「わ、私も見張ってなんかないぞ!そんな、君のプライドを傷つけるようなマネはしない!

 

 雪ノ下の言うとおり、来てすぐ温泉行って買い物して、ここで夕飯がてら晩酌(ばんしゃく)して、そのまま寝ただけだ…!

 

 ま、まぁ、たまたま飲みながら海の方を見てて、テントが目の端に入ったことも…あったが…。だが監視など、断じてしていない…!!いつつっ…!」

 

 平塚先生は、激しい頭痛と戦ってる様子ながら、改めて釈明した。

 

 

 

 

 うん、とりあえず、平塚先生、アウト。

 

 「酒飲んでたのかよ…。」

 

 俺のつぶやきに、ううっ、と平塚先生は言葉を()まらせた。

 

 なぜか横の二人が、どんよりと顔を(くも)らせて床に目を落としていた。

 

 …何か…あったんだな…。やだ聞きたくない。

 

 そういやさっきキッチンの端に、なんか酒の(びん)っぽいのがあったな…。

 

 改めて、振り返り見る。酒瓶の中身は琥珀色(こはくいろ)。七面鳥が描かれたラベルが貼られていた。

 

 銘柄(めいがら)なんて未成年の俺は知らないが、なんか強そうな感じの酒だった。半分近く減っている。

 

 「や、やー…、ま、まさかこんな(すご)いクルマを使えるとは思わなくて、本格的なキャンプに、ついテンションが上がっちゃってな…ふ、普段飲まないバーボンなんか、ちょっと()ってみたくなって…!

 

 で、これがまた、美味(うま)くてな…!窓から海を見ながら飲んだら…本当に…ホントに美味くてな…!仕事のやな事も全部忘れて…いやホント…。」

 

 最後は声にならないほどか細い声になりながら、平塚先生は真っ赤になってうつむいた。

 

 

 

 

 うん、アウト。

 

 俺の「絶対許さないリスト」に、平塚先生が初めて登録された瞬間だった。

 

 しかも初登場にして女性部門第1位だ。残念だったな雪ノ下。よく(ねば)ったが、ここで首位陥落(かんらく)だ。それでも2位だぞ。大したもんだ。

 

 ちなみに男性部門第1位は去年に引き続き父親。3年連続首位で殿堂入りだ。おめでとう親父。くたばれ。

 

 

 

 

 「…戻るわ。」

 

 俺は立ち上がった。

 

 …なんかふらふらする。頭がしびれている。

 

 のそのそと出入口のステップを降りかけた時、由比ヶ浜が俺の背中に呼びかけた。

 

 「ヒッキー!あ、あの、明日、部活…!」

 

 「…部活は、行く。」

 

 特に何か考えてたわけではないが、そう答えた。

 

 「比企谷…厚木先生は、お前を支持していたぞ。」

 

 平塚先生の言葉も聞こえてきた。

 

 ()め息で答えた。返事をするのは面倒臭かった。

 

 雪ノ下は、何も言わなかった。

 

 俺はクルマを降り、あえてゆっくり、扉を閉めた。

 

 外ではすっかり太陽が顔を出し、海も岬も家々も空気も、すべて目を覚ましていた。

 

 白い息がひとつ、思わず大きく広がって空に消えた。

 

 

×××

 

 

 テントとエマブラ(エマージェンシーブランケット)は、けっこう結露(けつろ)していた。

 

 テントは出入口を全開にして換気(かんき)し、乾かす必要があった。

 

 エマブラは持ってきていたタオルで軽く拭いてからたたんだ。とりあえず折り目に沿って、元通り折り直したつもりだったが、どうしても素直に袋には入ってくれないので、若干(じゃっかん)無理やり詰め込んだ。

 

 再度、焚き火台に火を起こし、暖まりながら朝飯を用意した。

 

 朝飯は、米飯とインスタント味噌汁(みそしる)、魚肉ソーセージ1本。

 

 米は1合炊いて、半分くらいはおにぎりにして、帰り道に食べることにした。

 

 だが寒いせいか、テントが乾くまでに結構な時間を要したので、後で焚き火にあたりながら食ってしまった。

 

 焚き火の煙は、朝に匂ってもいいもんだな。ケムいのに落ち着く。ふしぎ。

 

 だらだらと撤収(てっしゅう)作業を終え、キャンプ場を出発したのは午前10時過ぎ。

 

 食料が減った分、荷物は軽くなったはずなのに、じわりと始まりつつあった筋肉痛と疲れのせいで、来た時と変わらない重さに感じた。

 

 …振り返って見ると、雪ノ下らのキャンピングカーは、まだ駐車場に()まっていた。

 

 平塚先生の二日酔いが回復するまでは動かせないんだろう。

 

 …知るか。

 

 俺はさっさと駅へと歩き始めた。

 

 

 

 

 帰りの電車が動き始めたとき、駐在さんにお礼を言うのを忘れていたことを思い出した。

 

 だが、とてもじゃないがそんな気分ではなかった。

 




 平塚先生の二日酔いの件は、私が実際にキャンプでやらかした失敗談を元にしています。

 その時はソロじゃなく、数十人規模の研修キャンプで、バーボンと日本酒と焼酎をちゃんぽんにした挙句、なんか年上の方々にいろいろ自分の人生を熱く語ってしまい、翌日は昼までクルマの運転が出来ないほどの二日酔い(脱水症状)地獄、翌々日はキャンプの夜のことを思い出してアイデンティティ・クライシスの大津波に飲まれました。

 キャンプの時ほど、お酒はほどほどに…!

 で、ちょうどいい機会だったので、次回の比企ペディアでは、お酒を持ち運ぶときに使う「スキットル(フラスコ)」についてちょっと書きたいと思います。

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