ランドップ(LUNDOP)。
イギリス発祥のブランド。
1889年、世界初の「空気入りタイヤ」を発明したアイルランド人獣医師が設立した会社が起源だ。日本では1909年に工場が設立された。
タイヤメーカーとしての歴史・知名度は世界的なものだから、だれでもテレビのCMとかでいくらかは見聞きしたことがあると思う。
しかし、アウトドアブランド、特にテントのメーカーとしての知名度も、実は相当なものなのだ。
1971年、日本人の手により開発された世界初の「吊り下げ式テント」が、このブランドを冠して発売された。
後述するがこの「吊り下げ式」は、それまでより設営が簡単に行える画期的な方法で、世界を驚かせた。現在ではメジャーな組み立て方式である。
1980年代にランドップは経営難に陥り、部門ごとに買収された。アウトドア部門は、日本の財閥系会社が買収し、別会社を設立してブランドを保持している。
ランドップテントの特徴は、ひとことで言うと「ものすごく丈夫で長持ちなこと」。
実際、いまだに数十年前のランドップテントを保存し、愛用している人もいるようだ。
×××
今、俺の目の前にある「ランドップ」の一人用テント「VSS10」は、歴史と伝統のある「吊り下げ式」ランドップテントの現行品だった。
日本製である。
布は特殊なポリエステル素材。濡れても乾きやすく、紫外線劣化に強い。
青とオレンジのカラーリングはこのブランドの代表的な組み合わせで、伝統を
価格は4万円弱。ブランド物のテントとしては、標準的〜やや安めな価格帯だ。
しかし…やっぱ、高校生はおろか、大人でもポンと買うのはためらうんじゃないの…?
俺はネット画面と、
…自分の身に何が起きたのか、まだ完全に了解できたわけではなかったが、父親が部屋を出てしばらくすると、じわじわと興奮が胸の中を熱く圧迫してきた。
すげぇ…すげぇ!!
一気に準備が整った…!!
いやもちろん、まだ細かい
これ…できるぞ…
ソロキャンプできるぞ…!!
この時の俺は、さぞかし気持ち悪い顔をしてニヤニヤデレデレしていたことと思う。
サイズを確認してみる。VSS10は一人用テントで、幅205センチ、奥行き90センチ、高さ100センチだった。
この205センチの辺の方に出入口が付いている。
数値的には、広さとしてはシングルベッドよりちょっと狭いくらいだろうか。
… … …。
部屋の中でも組み立てられるな…。
こわごわと、袋から全ての中身を取り出す。
吊り下げ式テントの組み立て方は、動画でも何度か観た。
やれるはずだ。ていうかやれないとキャンプなんて無理だ。
…まず、デカいオレンジ色の巾着袋のような形のインナーテント(テント本体)を、底の部分だけ床の上に広げて、その上にファサッと、袋の上部分全体を乗せる感じに置く。
テントのてっぺん部分に黒いツマミのような部品が付いているので、それが中央に来るように。
骨組みとなるポールは一定の長さに分割できる細いパイプ状で、中に紐が通されている。見た目は武術で使う
紐でつながっているそれらパイプ同士を互いに接続すると、二本の長いポールができる。それらを固定用の別の部品の穴に通しつつ、交差させる。
そしてそれぞれのポールの端っこを、インナーテントの四隅に設けられたスリーブ(ポケット状の差し込み部分)に差し込んでいく。ポールの端っこは球状のパーツが付いてるので、するっと入り込んでくれる。
差し込むときは少し力を込めて、ポールをしならせながら。
しかし割と簡単に、インナーテントの四隅にポールを差し込めた。
これで、二本のポールは、インナーテントの真上で交差しながら、インナーテントの四隅を外側へ張りつつ、アーチを描く形になる。
今度は、インナーテントのてっぺんに付いている黒いツマミ的なパーツを持ち上げ、ポール交差点の固定具の下部分にはめ込む。
さらにインナーテントにいくつか付いているフックを、ポールに引っ掛けていく。
これで、インナーテントは、直上で交差しているポールに、全体的に「吊り下げられた」ような恰好になった。
仕上げに、この上から、防水用の真っ青なフライシート(上掛けカバー)をかぶせる。
フライシートの裏側には、ポールに結びつけて固定できるように紐が四カ所、縫い付けられている。四隅ともきちんと結びつける。
このへんの方法論はなんかクラシックだな。
これで、大方の組み立ては終了だ。
今俺の目の前には、真っ青なカバーの下からちらりとオレンジ色のインナーテントが覗いている、なんともド派手なテントが現れていた。
外で張るときは、あと、フライシートの四隅に付いている細い紐を地面に向かって伸ばし、付属のペグ(小さな杭)を地面に打ち込んで紐を引っ掛けてピンと張り、テント全体を地面に固定するだけだ。
インナーのファスナーを開いて中を覗いてみる。ちなみに入り口部分は
狭っ!
頭がつきそうなくらい、天井は低い。かなり狭い。
中に入ってみる。
まぁ、一人用ならこんなもんかな。モンブリアンの一人用テントも店で見たけど、コレくらいの大きさだった。
インナーのオレンジと外側のフライシートの青色が内部では混じって、薄暗いグリーンとして目に入ってくる。意外と落ち着くな…。
フライシートはテントの足元までは隠していず、足元だけはオレンジが
テント内部から、インナーのファスナーを閉めてみる。
… …結構、密閉感があるんだな…。
換気口が付いているが、意識して開けとかないといけないな。ヘタしたら息が詰まるんじゃないかってくらい、意外と密閉性が高い。
ただ、そのせいか、内部の空気が体温ですぐに温まってくる。冬も使う山岳テントとしては、こういう特性がなくちゃいけないのかもな。
ちょっと暑くなってきたところで、テントから
ま、さっきと逆の手順をやるだけだ。
特に問題なく、イメージしてたよりもあっけなく、テントの設営と撤収はこなすことが出来た。
これは…いいものだ…!!
収納したテントの袋をバックパックの中に戻しながら、俺はなんだかホッとした気分になった。
なんでか分からないけど、「テントをひとりで組み立てられるか」ってことに、ずっとぼんやりした不安感があったのだ。
こんなに簡単にできるとは、正直、思っていなかった。
できたな、俺…。
ひとつ、自分で自分を正当に評価できたような気がした。
×××
さて。
次は寝袋だ…。
モンブリアンの「バロンバッグ#5」。中綿は
コンフォート温度(快適に就寝可能な温度)は9℃以上。リミット温度(寝られずとも一晩しのげる限界温度)は4度。いずれもメーカーの独自の表記だ。
モンブリアンの寝袋としては、かなり薄手の部類に入る。
そんなに冷えない春秋なら泊まりキャンプで使える感じ、って思ってていいのかな。
色は紺に近い深みのあるブルー。手触りはさすがのモンブリアン。エロいくらいすべすべだ。
袋から取り出し、床に広げてみる。綺麗なマミー型(人の輪郭に沿った、包帯を巻かれたミイラのような形)だ。
袋を開くためのファスナーは右側についていた。ちなみに一部の寝袋は、左利き用にファスナーが左に付いているモデルもあるらしい。
全開にすると、魚の開きのようにほぼ全体がバカっと開く。暑い時はこのまま掛け布団的に使っても良さそうだな。
シュルっと中に入って、ファスナーを閉め、頭のフード部分もしっかりかぶってみた。
…今俺は完全に、青いミイラ状態になっていた。
着心地というか、寝心地はかなりよかった。意外と
すべすべで気持ちいいナリィ…!!
で、これまた意外と密閉性が高いので、部屋の中だからかも知れないが、すぐに中がぽかぽかしてきた。
うーむ…あのテントの中でコレ着て寝たら、結構な寒さでもいけるんじゃね…?服も多めに着こめば…。
素人考えなのかもだが、実際に体感しながらそう考えた。
ただやっぱ、床と接してる部分は固さを感じるし、冷たい。下にスリープマットを敷く意味が分かるぜ…。必要だなコレは。
最初はとりあえず伝統の銀マットでいいかn
コガチャッ
「お兄ちゃん消しゴム貸─────ッ!!!?」
小町がノックと同時にドアを開けて入ってきた。ノックの意味ねえな。
そして床に転がっている
俺も、凍りついていた。
互いに、視線が合う。
互いに、呼吸するのも忘れている。
表情を変えないまま、小町はおもむろにポケットから携帯を取り出し、
カシャッ。
撮りやがった。
そしてそのまま後ずさって、俺と視線を外さないまま、ドアを閉めようとした。
「小町っアイス買ってやるからその写しn」
バタンっ。
「小町!おい!小町!!」
超慌てて寝袋を脱いで小町を追いかけようとしたが、慌てすぎてファスナーが途中で布を噛んだ。しかも無理やり脱いで出ることも出来ない位置で。
うおおおおぉぉぉ───い!!!?
必死に中で身をよじりながらファスナーを回復させようとするが、慌てるほどうまく行かなくなる。
隣の小町の部屋のドアが閉まる音がしたと同時に、小町の大爆笑の声が壁づたいに
… … …。
死にたい…
このままゴミとして捨てられたい…。
あ、「ARIGATOU」って書いとかなきゃ…。
最後の一行のネタ元は、コレです。
「千葉市 可燃ごみ・不燃ごみの指定袋について」
https://www.city.chiba.jp/kankyo/junkan/shushugyomu/shinnshiteibukuro.html