混沌が異世界から来るそうですよ?   作:クトゥルフ時計

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第七話 「非情になれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どこを見ても赤一色。 違う色といったら所々で上がる煙と燃えて変色した木々の黒である。

 

響き渡る悲鳴。それは燃えて倒れる木々の悲鳴であり、燃えて死にゆく怪物たちの悲鳴であった。遠くから聞こえる人間の声が更なる不協和音を作り出す。

 

〝それ〟は周りから聞こえる大合唱を全身で鑑賞しながら焼かれる自分の体を見つめる。

 

――――熱い。

 

肉が焦げる不快な臭いが辺りを満たしていく。傷を負う感覚を覚えたのは数千年ぶりだった。

 

――――この大火災を招いたのは十中八九あの人間達だろう。元はと言えば平石に描かれている怪物の正体を暴いてしまったあの大学教授が悪かったのに。

 

――――これだけの規模の災害を起こしてしまえば自分達だってただじゃ済まない。今頃炎の熱に焼き殺されて灰になっている事だろう。

 

――――だからあの時――――俺が止めた時にやめておけばよかったんだ。そうすればこんな結果にはならなかった。

 

――――いや、そもそもの話あの大学教授が真実に気づかなければ俺だってあいつを連れてくる必要など無かったんだ。そして人間達が〝あれ〟を召喚しようとなんてしなかっただろう。自分に害のある自滅なんて、こんなの楽しくも何ともない。

 

――――美しく可笑しく死ぬのならまだしも、一瞬で焼き払われてしまっては散り様など見れやしないのだ。

 

炎の中で呑気に〝それ〟は考える。しかし、いくら熱くても燃えたところが内側からせり上がるように再生していくため実質的なダメージはゼロだ。

 

――――しょうがない、この森はもう使い物にならないほどに破壊された。場所を変えよう。

 

今燃えている森は〝それ〟が地球に来たときに降り立った場所だった。部下も自由に放っているし、中心には化身の姿を彫った平石も置いてある。多少なりとも居心地はよかったのだ。

 

それが今はどうだ。部下はほとんどが焼き殺され、平石は破壊された。これがたった二人の人間に引き起こされた結果だと思うと妙な気分になる。いや、正確には〝二人の人間に〟ではなく〝二人の人間が召喚したモノに〟なのだが。

 

その時、森に一際大きな炎の風が吹き荒れる。それと同時に響いた狂気に染まりきった形容しがたい声。声と呼べるのかすら怪しいものだが、その音は確かに〝それ〟の耳に届いた。

 

――――早く移動しなくては。

 

〝それ〟にとっては本来恐れるものなどほとんど無い。しかし、それはあくまで〝ほとんど〟である。つまり、ほんの少しだけ、ほんの一握りだけ恐れるものがある。

 

この炎の風を起こしている原因こそ数少ない恐れるものの一つだった。どれほど恐れているかといえば、わざわざあの二人の人間の前に誘拐した大学教授の姿で召喚をやめるように説得に行くほどである。

 

――――さて、行くか。

 

若干の思い入れはある。しかし、それすらも〝それ〟は一度の嘲笑で全て消し去った。

 

目指すは宇宙の中心。仕えるべき主の下へと。

 

炎の海に浮かんだ〝それ〟は、見下すように狂気の炎の塊を睨み付けた。そして次の瞬間、

 

森から一つの邪神が消えた。

 

この邪神が箱庭に召喚されるのは、このすぐ後の話である。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

なぜこの光景を思い出したのだろうか。大した理由は思い付かないが、それは恐らく今目の前で燃え盛る炎に既視感を覚えたからだろう。

 

燃えて灰となる〝怪物〟達。巻き起こる阿鼻叫喚の渦。それはまさしく箱庭に来る直前の光景と同じだった。唯一違うところといえば、ナイアが一切の傷を負わないところだろうか。

 

ゆらめく陽炎、熔ける地面。皆を照らしながらも、一度落ちればそれは全てを焼き尽くす災厄となる。

 

今の彼女は皆を照らす太陽ではない。

 

それはまさしく、全てを焼き尽くす太陽(魔王)であった。

 

(力を封印されていてもこれか……)

 

腐っても元・魔王。東の階層支配者を名乗るだけはある。

 

(ムーンビーストと忌まわしき狩人は使い物にならない。俺の召喚できる中で高位なモノはそんないないし………)

 

そこまで考え、ナイアは何か思い付いたように口を歪めた。

 

(そうだ、()()()()()()()()()()()

 

右腕を横に突き出し、探るように指を動かす。しばらくそれを繰り返していたが、やがて何かを見つけたかのように動きを止め、腕を引っ込めた。そして地面を足で砕き、大量の破片を巻き上げる。

 

「さあ、耐えてみせろ」

 

付近に満ちる暗い煙とひどい悪臭。白夜叉がそれを巻き上げられた大量の破片の()()()()()から発生したものだと認識するのに時間はかからなかった。

 

まるで世界の不浄という不浄の全てを凝縮したかのような雰囲気。先程の〝怪物〟よりもさらに気持ち悪い〝それ〟は、煙が固まるかのように形を成していく。そして、

 

「おいで、〝ティンダロスの猟犬〟」

 

ナイアの呟きと同時に飛び出した。何体もの獣に似た何かが、白夜叉へと向かっていく。白夜叉はそれを焼き払おうとするものの、しかしそれは一切のダメージを負った様子も無く、炎を突き破った。

 

「クッ――!」

 

白夜叉は横へ跳び、それを避ける。地面に獣のような動作で着地して立つ〝それ〟は、先程の〝怪物〟と同じようにナイアの呼び掛けで出てきたが、〝Summon〟とナイアは言っていないし、そもそも纏う雰囲気も別物だ。〝怪物〟は完全にナイアへの狂信的な忠誠心のようなもので動いていたが、目の前の〝これ〟はそんなものとは関係無い、完全なる自分の意思のみで動いているように感じる。

 

それはまるで強すぎる執着心。獲物をどこまでも追いかける〝猟犬〟。

 

白夜叉はなんとなく察した。きっと――――

 

(きっとこやつらも、ナイアに利用されただけなのだろう)

 

〝猟犬〟自身は自らの意思で動いていると思っているのだろう。しかし、ナイアは恐らくそれすらも利用して、この〝猟犬〟を便()()()()に仕立て上げた。つまり、〝猟犬〟が自分で白夜叉を追っているという状況を作り出した。それだけのことなのだ。

 

それだけなのに………

 

(どこまで………)

 

白夜叉は基本的に温厚な人物だ。よく変態的な行動はするが、本気で怒る事などまず無い。

 

白夜叉が怒る時は決まっている。それは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どこまで命を弄べば気が済むのだこやつは――――!)

 

()()()()()()()()()()()()()

 

憤怒の形相に顔を染める白夜叉。しかし、ナイアはそれを知ってか知らずか、ヘラヘラとした様子で、

 

「アハッ、何を怒ってんだよお前?俺が何かした――――」

 

ズドオン!

 

足元に巨大なクレーターを作りながらナイアに向けて跳ぶ。ナイアはそれを回し蹴りで上に流した。

 

「―――台詞の途中で攻撃するなってママに教わらなかったのかい?」

 

「生憎私に母親はいないのでな、教わりようがない」

 

白夜叉は上からナイアに向けて足を振り下ろす。ナイアは後ろに数歩下がってそれを回避した。

 

「そうかい。あ、頭上注意な」

 

ナイアは人指し指を上に向ける。それに伴って響く鳴き声。白夜叉が上を向くと、そこには今まさに白夜叉に襲いかかろうとしている〝猟犬〟の姿があった。

 

「アッハ♪教えてあげる俺やっさしー」

 

〝猟犬〟の牙を扇で受け止める。白夜叉は力を入れて〝猟犬〟を弾き飛ばした。

 

さらに襲い来る〝猟犬〟。ナイアはそれを見て言った。

 

「――――ほら、非情になれよ元・魔王。このまま俺に利用されてる可哀想な犬を放っておくつもりか?」

 

まるで語りかけるように話すナイア。白夜叉は〝猟犬〟の突進を避けてその内容に耳を傾けた。

 

「第一おかしいだろ?あの〝怪物〟どもは普通に殺すのに、そいつだけ殺さないなんてさ?これって差別じゃない?」

 

――――黙れ

 

「そうだ、特別にそいつの撃退法を教えてやるよ。体が粉々になるまで徹底的に砕けばもうこれ以上追ってこれなくなる」

 

――――黙れ

 

「ほらやれよ、元・魔王。救われぬ執着心に救済を。終わらぬ追跡に終止符を」

 

――――黙れ

 

「さあ、時空を越えた悪夢を絶て」

 

「黙れッ!」

 

思わず叫ぶ白夜叉。ナイアは口をニイと歪め、

 

「今、逃げたいって思ったろ?そうだよ、それでいいんだ」

 

ゆったりと白夜叉に近づく。

 

「〝なんで私だけ〟〝なんでこんなやつと関わってしまった〟。それが正しい反応だ。俺と関わったやつの大半はそう言うんだよ」

 

ナイアは更に近づいていき、白夜叉の前まで来て覗きこむように言った。

 

「非道と非情の限りを尽くせよ元・魔王。〝猟犬〟を殺すのが、その第一歩だ」

 

「うるさい!」

 

効かないと頭ではわかっているのに、反射的に腕を振るって炎をナイアに浴びせる。

 

「なぜそこまで歪んだ――――?なぜそこまで狂った――――?おんしは一体何を見てきた――――?」

 

絞り出すように放ったその声が自分のものだと理解するのに妙に時間がかかる。頭の中がグチャグチャになって整理がつかない。どれもこれもがナイアと話し始めてから起こった異常だ。

 

「なぜ歪んだ、ねえ…………。それを答えてお前に何ができるわけでもないだろう。強いて言うなら()()()()()()()()()()()()

 

絶句。白夜叉がそれ以外にとった行動は無かった。それほどまでに、ナイアの発言は無茶苦茶すぎる。つまりそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということと同義なのだ。

 

歪むことがさも当たり前かのように、狂うことが間違いではないように話すナイアに、白夜叉は狂気を感じずにはいられない。

 

「歪むも狂うも、全ては行い次第だろ。歪みが正しさに結び付くこともあるし、狂気が人を救うこともある」

 

ナイアは語る。それはまるで赤子に知らないことを教えるような声音。優しくも、しかしナイアのそれは明らかにそんなきれいなものとは思えない色を含んでいた。

 

「でも逆もありえるんだ。歪みはそのまま正されず、狂気は誰かを不幸にする。いや、むしろそっちの方が多いな」

 

その声は段々と優しいものから離れていく。

 

「俺が見てきた人間はな、歪みを見たら同じく歪み、狂気にあてられたら等しく狂う。そいつらの結末はなんだと思う?」

 

白夜叉は次の言葉がわかっていた。わかってしまった。ナイアの声は嘲りに染まっていき、その言葉を口にする。

 

「等しく死だ。最悪のな」

 

口は三日月のように曲げられ、そこから嘲笑が漏れる。最悪、というのが何かは白夜叉には想像もつかないが、少なくともそれが決して恵まれたものではないのはわかった。

 

「死とは救いだ。最大の。中には死を喜ぶやつもいた。狂気に染まり、恐怖に怯えながらも満足そうに笑うんだ」

 

そんなもの、嘘だ。死とは命の終わり、絶望の終着点だ。それが幸せなわけがない。幸せな………わけが…………

 

「不安と絶望と終わらぬ悪夢の中で生きるよりも、一瞬の安堵の末の永遠の闇を好むやつもいるんだ。お前だって見ただろう。使い捨ての駒として散っていくやつを。俺のために死すら躊躇わない愚者を」

 

白夜叉の横を通り抜けて〝猟犬〟の下へ歩くナイア。コツコツといやに響く足音を鳴らして〝猟犬〟の横に立ち、白夜叉の方へ体を向ける。

 

ナイアは手を広げた。

 

「お前なら知っているはずだろう元・魔王。死とはどういうものか。思ったことがあるはずだろう、苦痛とはどういうものか。考えたことがあるはずだろう、絶望とはどういうものか。思い出せ、自分の殺した〝怪物〟の表情を。そして、その目に刻め。お前の殺した〝命〟ではなく、お前のせいで苦痛に歪む〝命〟を」

 

指を曲げて親指と中指を擦り合わせる。

 

そして、

 

「濃厚な〝死〟を、今」

 

パチン

 

ナイアは指を鳴らす。それが白夜叉の耳に届いたと同時に更に響いた破裂音。視界に映る形容しがたい何かと鼻をつく不快な臭い。それがナイアの横にある()()()()()()()()から発せられたものだと理解するのに時間はかからなかった。

 

「――――はい、死んだ」

 

あっさりと放たれたその言葉。手を下ろして白夜叉に向かって歩く。

 

「見たか、これが死だよ。一瞬で、永遠で、苦痛であり、救いであり、絶望であり、希望である。お前が見た〝あれ〟の表情はどうだった?苦痛に歪んでいたか?救いに溢れていたか?俺にはな―――――」

 

白夜叉の横で足を止め、言う。

 

「――――すごい滑稽に見えたよ」

 

駒だと言い切った相手をあっさりと殺し、あまつさえその様を滑稽だと言う。理解できない、理解したくもない。きっとこれを理解できるのは同じレベルの狂人だけだ。

 

「このままでいいのか?俺をこのまま放っておいて。お前がここで俺を止めないと、俺は箱庭で更なる狂気を振り撒くぞ?更なる死を齎すぞ?その対象はお前とは関係の無い他人かもしれない。お前の知り合いかもしれない。はたまたお前の友人かもしれない。もしかしたら―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒ウサギかもしれない」

 

白夜叉の肩が一瞬上がる。ナイアは更に続けた。

 

「あいつは死が迫ってきたとき一体どんな反応をするんだろうな?泣く?叫ぶ?笑う?いずれにしても、きっと最高の喜劇(ショー)を見せてくれ―――――」

 

ナイアが嘲笑っていた、その瞬間である。

 

ドゴオン!!!

 

突如胸に強い衝撃が走ったかと思うと体がとてつもない勢いで吹き飛ばされ、岩に叩きつけられる。砂ぼこりが舞って視界が覆われるが、その先に見える眼光は、その中で確実にナイアを捉えていた。

 

「そうか………」

 

その眼光の主は口を開いた。

 

()()はそれほどまでに私を怒らせたいか―――――!」

 

眼光の主は――――白夜叉は先程までと比べ物にならないほどの怒りを顔に深く刻み、ナイアに声をぶつけた。

 

「――――いいねえ」

 

岩に体をめり込ませながらもなおナイアは嘲笑う。

 

「いい顔になったじゃないか」

 

白夜叉の目を見据え、怒りを向けられているとは思えないほどの軽い口調で言う。白夜叉は更に不快そうに述べた。

 

「――――一つ言っておきたいことがある」

 

「何?」

 

「私はな、別に私自身が貶されても構わない。魔王として行ってきたことが消えるわけでもないし、それで誰かに恨まれても仕方ないと思っているからな。だがな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

キッとナイアを睨み付け、白夜叉は告げる。

 

「さあ、行くぞナイア。その身、滅ぶ程度で済むと思うな――――!」

 

その怒りは、まるで太陽の如く。


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