混沌が異世界から来るそうですよ?   作:クトゥルフ時計

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第六話 「これが俺のやり方だ」

白夜叉は自分の目を疑った。視界に映る地面に無数に出現する魔法陣と、そこから溢れ出る気味の悪い〝何か〟を感じ取ったせいだ。妖しく光る魔法陣はゆっくりと回転し、光の明滅を繰り返す。

 

白夜叉は込み上げる吐き気を抑える。理由はわからないが、なぜか無性に気分が悪い。

 

しかし、その魔法陣にも、すぐに変化が訪れた。

 

溢れる気味の悪い〝何か〟は次第に濃くなり、それはやがて視認できるほどの怖気となって白夜叉の背筋をくすぐる。一つ一つは白夜叉の感覚ではそれほど大きくないように思えるが、それが目の前の無数の魔法陣全てから出ているとなれば話は別だ。それらは集束し、大きな塊となって白夜叉に襲いかかったのだ。

 

とその時、

 

ズルリ

 

と、魔法陣から〝何か〟が現れた。怖気のようなものではなく、もっと悍ましい、冒涜的な〝何か〟。それらがほぼ同時に魔法陣から手を出した。

 

〝何か〟は太陽の光を反射してヌラヌラと光る手を地面につけ、その体を地表へと這い上げる。それはとても同じ生物だとは思えない、思いたくない風貌をしていた。

 

丸々と太った蟇蛙のような体、その顔から伸びるように生える無数の触手がうねうねと空をさ迷う。目があるのか、それとも別の感覚器官があるのかそれらは全てが全て白夜叉の方を向き、触手をくねらせる。それがどうにも気持ち悪くて、白夜叉の腹の底から込み上げる吐き気は更に強くなる。しかし、それ以上に目の前のこの化け物に対する強い嫌悪感があった。ここまで気持ち悪い生物は箱庭広しといえど中々いない。少なくとも、白夜叉は今までこれ以上のものは長い箱庭生活の中でもほんの数回しか見たことがない。

 

(そういえば)

 

と、白夜叉は考える。

 

(昔、〝これ〟に似たものを見たことがあるな)

 

思い出されるのは数千年前の光景。箱庭に一度だけ現れた()()()()()。それが引き連れていた怪物の中に、同じようなものがいたような気がする。その時は他にも別のがいたが。

 

もしも〝これ〟がその時の〝怪物〟と同じだとすれば、この嫌悪感を感じるのは二度目、目にするのも二度目だ。

 

見たいとは思っていなかった。出来れば見たくないと思っていた。誰が好き好んでこんなのを見たがるだろうか。見たがる奴はきっとよほどの変人だ。

 

考えている間にも〝怪物〟はその数を増やしている。何体か魔法陣の縁に引っ掛かって登れてない阿呆がいるが、それが完全に出てくるのも時間の問題だろう。早く対応に当たらなければ、人海戦術で押し切られる可能性もある。白夜叉に限ってそれは無いだろうとは思えるが、この〝怪物〟の身体能力をまだ白夜叉は把握しきれていない。仮にも太陽主権の大半を持っている〝星霊〟がここまで物事を慎重に考えるのは、単に〝怪物〟から感じられる妙な嫌悪感だけが原因ではない。

 

白夜叉は心の隅で感じているのだ。まだこの男が〝何か〟を隠し持っていることを。しかも、それは恐らく一つではない。警戒していなければ、いつ足元を掬われるかわからないからこそ、ここまで慎重になるのだ。

 

(―――未知とは怖いものだな)

 

思えば恐怖を感じるのはいつぶりだろうか。東区画最強と呼ばれたあの日から、感じたことなど無かったようにも思える。それが間違いだとしても、そう勘違いするほどに久しい感覚だ。最近やっていた事と言えば黒ウサギにセクハラしたり黒ウサギにセクハラしたり黒ウサギにセクハラしたり…………黒ウサギにセクハラしたり。

 

(私って特に何もやってないのぅ………)

 

そんなくだらない思考はやめ、戦いの方に意識を傾ける。この怪物たちは全て魔法陣から出きってから攻撃しようと思っているのか、未だにアクションを起こさない。それとも白夜叉と同じように相手の出方を警戒しているのだろうか。その答えはどうしてもわからない。

 

そして何よりも不思議なのは、この男も何もしてこないことだ。怪物たちの真ん中でただただ冒涜的な嘲笑を浮かべて立ったまま一歩も動いていない。白夜叉にはナイアの行動が一切読めないらしく、その顔をしかめるだけだ。

 

(何かを仕掛けているのか?)

 

見ても何もわからない。それどころか、その瞳の奥にある狂気に近いような闇に引き込まれそうな恐怖を感じてしまう。

 

動けない、動きたくない。しかし動かないと状況は変わらない。

 

そして、先に動いたのはナイア側だった。

 

〝怪物〟が魔法陣から出きったのだ。それを確認したナイアはフッと口元に嘲笑を浮かべて命令を下した。

 

「――――Go(行け)

 

それを聞いた〝怪物〟の行動は早かった。蟇蛙のような手に先程までは無かったはずの金属の棒を取り出し、それを白夜叉に向かって一斉に投擲したのだ。それはまるで弾丸のようなスピードで飛び、白夜叉目掛けて一直線に向かう。そんな突然の状況でも、

 

「――遅いな」

 

白夜叉は顔を少しずらすだけでそれを躱す。後から飛来するいくつもの棒も同様に最小限の動きで回避していった。白夜叉にとって、()()()()()()()などどうということはないということだ。

 

白夜叉はトンと音がなるかと思うほどに軽く前方へと足を踏み出す。体をユラリと揺らして棒を回避し、一匹の〝怪物〟の横を通りすぎ、手に持っている扇子の()()()()()。その瞬間、

 

グシャッ

 

()()()()()()()()()()()。その〝怪物〟は何が起こったかを理解できぬまま力無く倒れ、辺りにドス黒い水溜まりを作る。その水溜まりの横に、白夜叉は立つ。一瞬だけ、無数に飛来する金属の棒の隙間から覗いた白夜叉の眼光は、ナイアを睨み付けてこう語っていた。〝次はお前の番だ〟と。

 

「――クハッ、なるほど。これは面白い」

 

ナイアは軽く嘲笑って呟く。白夜叉は軽く身を屈め、地面にクレーターを作る勢いで飛び出した。すれ違い様に〝怪物〟の体を切り裂き、眼前に迫っていた棒は掌で掴み手首のスナップをきかせて投げ返し、二匹の〝怪物〟を串刺しにした。

 

しかし、直も〝怪物〟は臆することなく白夜叉の前に立ち塞がる。個別に相手をするのが面倒になってきた白夜叉は炎を噴出して数匹纏めて焼き払う。〝怪物〟は文字どおり灰になり、白夜叉の疾走が起こした風で灰が舞う。

 

何度も切り裂き、何度も貫き、何度も焼き払う。

 

繰り返す内に〝怪物〟の肉の壁は少し薄くなり、その奥から嘲笑を浮かべるナイアが見えた。

 

白夜叉は勢いを緩めず、むしろ更に強く地面を踏み砕き、疾走する。白夜叉の視界に写るもの全てがスローに見え、まるで自分だけが別の時間を生きているような錯覚に陥る。

 

横にいた〝怪物〟はいつのまにか数メートルも後ろにいて、数メートル前にいたナイアはもうすぐだ。

 

一歩を踏み出し、また〝怪物〟の横を通りすぎ、

 

ついにナイアの眼前まで躍り出た。

 

白夜叉は拳を握る。目標はナイアの貌に張り付いた嘲笑。

 

(その笑いを―――)

 

そして拳を引き絞り、

 

(歪めてやろう!)

 

放った。それは確かにナイアへと向かっていき、その貌に―――――()()()()()()()。その代わりに響く肉を貫くグチャリという音と、飛び散る血肉。手を包む生温かい感触。白夜叉が貫いたのは、ナイアではない。それは間違いなく、今まで白夜叉が殺してきた〝怪物〟。しかし、それらは白夜叉より後ろにいて、ナイアとの間に割り込めるような身体能力は有していなかったはずだ。

 

(まさか―――)

 

白夜叉は考える。

 

ナイア(こいつ)を守るためだけに、自分の力をを振り絞った―――?)

 

もしそうだとしたら、それはこの〝怪物〟達が悍ましい程の、それこそ狂信的な程の信奉心をナイアに寄せているということにならないだろうか。

 

本来この力は、己が危機の時に振り絞られるはずの力だ。言うなれば〝火事場の馬鹿力〟。決して、ただ召喚を行っただけの小僧のために使われるものではない。

 

だとしたらこの〝怪物〟達にとって、ナイアとはなんなのだろうか?絶対の忠誠を誓える程の相手なのだろうか?しかし、ここまで来ると、とある一つの疑問の方が大きくなってくる。

 

ナイアとは何者なのだろうか?

 

魔術を使えるだけならまだ人間の域を出ていない。しかし、一度にこれだけの〝怪物〟を召喚し、さらにこれらを間近で見て()()()()()()()()()()。もしかしたら、ナイアが黒ウサギ達を部屋に戻させたのはこのせいなのかもしれない。黒ウサギ達が〝これ〟を見てまともでいられるはずが無いから。

 

白夜叉とて、今はこんな変態だが仮にも元・魔王だ。ゲームをクリアしてきただけの頭脳はある。しかし、このナイアについて考える時はどれだけ考えても余計に謎が増えて詳細が一切わからない。こんなことは今まで無かった。

 

しかしわかる事が一つだけ。ナイアは、自分の召喚した〝怪物〟を殺されても狼狽えることなくただただ嘲笑を浮かべているということ。これはナイアが〝怪物〟に対してなんの思い入れも無いことを意味している。ということは、ナイアは〝怪物〟を殺されても何も感じないため、召喚し使役することに()()()()()()()()()ということだ。殺されることを恐れない大軍ほど恐いものは無いのだ。

 

思考の最中にナイアが拳を引くのが視界の端に映った。白夜叉は急いで〝怪物〟から自分の手を引き抜き体を反らす。その瞬間、風を切る音と共に、先程まで白夜叉の体があった場所をナイアの拳とバラバラになった血肉が通りすぎた。

 

「クッ……!」

 

無理な体勢から回避をしたせいでうまくバランスを保てない。ナイアはそれを見計らったかのように白夜叉の足に自分の足を掛ける。当然、白夜叉はそれに引っ掛かり後ろに倒れる。ナイアは好機とばかりに右手に氷を精製し、白夜叉にぶつけるように突き出す。しかし、

 

「ラ――アア!」

 

白夜叉は手を地面について、足を振り上げてナイアの手を弾き、氷はパキンという音を立てて霧散した。その隙を見逃さず白夜叉は体勢を立て直す。

 

「へえ、中々アクロバティックな動きをするじゃないか。しかしその服の丈でその蹴り方はやめたほうがいいんじゃないか?」

 

嘲笑うナイア。傍目から見れば注意なのだろうが、生憎この邪神()はそんなことを態々するほど優しくない。

 

「ふん、黙れたわけが。どうせそんなこと一欠片も思っていないのじゃろう」

 

白夜叉もそれをわかっているのか、そっけなく返す。

 

「しかし、あれだけの大軍をこんなに簡単に躱されるとは思っていなかった。もうちょっと壁として役に立ってくれると思っていたのだがねえ」

 

ケラケラと愉快そうに嘲笑う。対称的に白夜叉は不快感しか感じていなかった。

 

()()()()?おんし、少々命を軽視しすぎているのではないか?」

 

「元・魔王が何を言ってる。それに、お前だってあいつらが気持ち悪くて仕方なかったはずだろう?」

 

白夜叉は黙りこむ。確かに、あの〝怪物〟に対して嫌悪感はあった。むしろ、嫌悪感しかなかった。

 

「あと俺が命を軽視してる?お前もあいつらを何匹も殺してたくせに?」

 

ナイアの言っている事は的を射ている。攻撃されたからという理由だが、生物を殺したのには変わり無い。

 

「ハッ。流石の元・魔王様も言い返す言葉は無しか?ま、俺にとっては、あいつらが死のうが死なまいがどうでもいいんだが――――

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

ナイアは話すのを止める。細められた瞳に映る白夜叉の表情は明らかに怒りの色に染まっていた。

 

「今までのおんしの話を聞いてなんとなく理解したよ。先程の言葉は訂正しよう。おんしは命を軽視しているのではないな。おんしのやっていることは()()()()だ。いやあ、なんとも気分が悪い。ここまで誰かを嫌いだと思ったのは二度目だ」

 

白夜叉は扇子を取りだし、それでナイアを指し示す。

 

「故に、私はお前を殺そう。黒ウサギになんと言われようと構わん。魔王の誇りにかけて、おんしという芽はここで摘まなければいけない」

 

白夜叉は手を広げて、叫ぶ。

 

「今一度名乗ろう。私は〝白き夜の魔王〟白夜叉。14の太陽主権を預かる者として、全身全霊を以て――――おんしを必ず殺そう」

 

真剣な面持ちで名乗る。しかし、

 

「あ、そうだ。言い忘れてたけど、()()()()には注意しといたほうがいいぞ。―――って」

 

ガンッ!

 

「もう遅いか」

 

白夜叉を背後から強い衝撃が襲った。倒れる体を捻って襲撃者の姿を見る。それは――――〝怪物〟であった。手に金属の棒を持っているあたり、恐らくそれで殴ったのだろう。

 

白夜叉は足を踏み出して倒れる体を支える。後ろから更に殴りかかる〝怪物〟。白夜叉はそれを前転して躱し、炎を出して〝怪物〟を焼き払った。

 

「Summon 〝hunting horrors〟」

 

ナイアは呟く。 白夜叉は咄嗟にナイアの方を向いた。そこにはナイアを中心に広がる大量の魔法陣があった。

 

ナイアは白夜叉に言う。

 

「不意打ちなど卑怯だと言うか?更なる召喚などせずに自分で戦えと思うか?」

 

手を大きく広げて嘲笑う。

 

「卑怯上等だねえ。これが俺のやり方だ」

 

魔法陣から翼のある巨大な黒い蛇が出現する。

 

ナイアは手を振り上げ、命令を下す。

 

「―――――Go(行け)

 

GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!

 

KYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!

 

ゲーム盤に〝怪物〟達の大声が響いた。地が揺れ、空が揺れる。黒い蛇は光に灼かれるも己が神のために尽くし、狂う蟇蛙は炎に焼かれるも我が神のために戦うことを躊躇わなかった。

 

その全てはニャルラトホテプ(主神)のために、その命はニャルラトホテプ(邪神)のために。

 

狂い狂ったその信奉心は、神のためにより狂うことを躊躇わない。

 

白夜叉には理解できなかった。なぜここまで一人の者に執着するのか。なぜ一人の者にその命を捧ぐのか。

 

もう既に〝怪物〟達は白夜叉への攻撃を開始している。金属の棒が飛来し、爪が迫る。

 

(せめて―――)

 

白夜叉の頭に過る考え。

 

(せめて―――)

 

炎を起こし、自分の周りに陽炎が揺らぐ。

 

(せめて―――)

 

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――苦しまないように殺してやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔王が――――顔を出した。

 




ありがとうございました。それでは解説コーナー。

moonbeast
ニャル様に仕える奉仕種族。蟇蛙の頭に触手がついたみたいな感じ。正直気持ち悪い。ムーンビースト。
手から金属の棒を精製するというどっかの鋼の錬金術師もびっくりのスーパー技術を持ってる。というか多分特殊能力の類。
趣味は拷問。悪趣味だと思った方、その通りです。思わなかった方はだいぶSAN値削れてますね。精神分析いります?

hunting horrors
忌まわしき狩人を英語訳したらこうなったんです。間違ってたようなので後日修正しました。

解説コーナー終了。

思ったより進まなかったですね今回。ぶっちゃけ二話で決闘終わらせるつもりだったのに伸びましたね。なぜだ。

しかも書いてTwitter書いてTwitterを繰り返してたせいで前後の文章が噛み合ってない可能性もあります。なにこの作者バカじゃねーの。

さらにもうそろそろ期末試験なんですよねぇ。やだやだ考えたくない。

そういえば話は変わりますけど、最近〝冒涜的な〟とか〝狂気〟とか〝名状しがたい〟とか入れればなんでもクトゥルフっぽくなるんじゃないかと思い付きました。ので気分で友人と笑いあってた下らない文載せるので興味ない方は飛ばしてください。本編と一切関係ないので。

※作者の考えた茶番注意※
それはとある家屋の一室で自分を見上げて泣き縋る少年に溜め息を漏らしていた。それは狂気にも似た青き球体を二つ重ねたような形をして、その二つの球体に冒涜的な白い円を象った模様が鎮座し、その中心に人知の及ばぬ遠く深き深淵へと繋がる袋を持っていた。少年は助けて、助けてとまるで亡霊のように叫び続け、一体体のどこにそれほどの水を溜めていたのかと聞きたくなるような量の涙を流していた。青いそれはやれやれといったようにその深淵へと繋がる袋に躊躇い無く自分の無機質な丸い白い手を突っ込むと、明らかにその袋に収まりきらない大きさの一つの箱を取り出した。その箱は縦長で、周りの面一つ一つに中が確認できる窓が付いており、その中には遠くへと語りかけるための機械が入っていた。それを見た少年は狂ってしまうかと思えるほどの喜びを全身で表現したのち、冒涜的なステップを踏んで箱の中へと入っていった。一見なんの変哲も無いが、この箱を持っていた青い球体は語る。曰く、この箱は中で自分の願望を語ることで、世界の因果をねじ曲げ、IFの世界を実現する、神への冒涜すらも孕んだ危険な箱だと言う。しかし青い球体はこれほどの危険すらも気にせず、冒涜的な笑みを浮かべて少年を見つめるだった。



なんだかわかりますか?




















もしもボックスです。

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