混沌が異世界から来るそうですよ?   作:クトゥルフ時計

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第五話 「これから見せるのは」

突如白夜叉のゲーム盤に吹き荒れた熱風。地面を焦がし、溶かし、辺りを黒と赤に染め上げる。これは太陽の表面に起きる炎の風、プロミネンス現象を再現したもの。24あるうちの太陽主権の、およそ14個を持つ太陽の〝星霊〟白夜叉。こんなことをするくらいわけもなかった。

 

最高温度は約7000度、今のは小手調べのつもりで撃ったため数百度に抑えられてはいるが、普通の人間が食らえばひとたまりもない。灰が残ればいい方だろう。

 

ちなみに黒ウサギたちはゲームのプレイヤーに含まれてはいないため、今回のゲームによって生じた攻撃や衝撃は〝契約〟によって加わらないようになっている。しかし()()()()()()()()()()()()()

 

つまり、白夜叉の生み出した炎は見えても熱気や炎自体は届かないということである。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

白夜叉は自らの生み出した炎を見つめる。愚かにも〝星霊〟である自分に決闘を挑んだ存在、それがその炎に呑まれて燃える、その様子を見ていた。

 

箱庭に来たばかりだと言うのに、哀れにも、儚く散ってしまうのかと同情と落胆を覚える。しかしこれも彼の選んだ最期だというのだから、それも仕方がないだろうと考える。

 

ハァと軽いため息をつき、勝者に届く〝契約書類〟を待つ。

 

〝決闘〟とはそういうことだ。両者が死力を尽くして闘い、最後に立つのは一人。敗者には文句を言う権利も与えられず、その勝敗に運命の介在する余地は無い。勝者がいるから敗者がいて、敗者がいるから勝者がいる。たとえその前に何があろうと、何を成そうと、何を言おうと、何を示そうとも実力差は埋まらない。凡愚が英雄に挑んでも蹴散らされるのと同じように、地上を這うたかが人間が、地上を見下ろす太陽に勝てるはずがないのだ。

 

しかし、

 

(妙だな………)

 

いつまで経っても〝契約書類〟は届かない。これが意味するのは一つ。

 

(まさか…………!)

 

忘れてはいけない。白夜叉に〝決闘〟を挑んだのは、白夜叉が闘おうとしたのは―――――――

 

「アハハ―――ハハハハハハハハハ――――!」

 

人間と同じ這うものでも、それは地上にではない。

 

恐怖、狂気、あらゆる生物の持つそれに闇より這いよる―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――混沌だということに。

 

「アッハハハハハハハハハハハ!」

 

燃え盛る炎の中から狂ったような笑いが聞こえる。それも全てを嘲笑うかのような嘲笑。こんな笑い方をするのはたった一人。

 

やがて炎は消える。そしてそこには、

 

「よォくもやってくれたなァ………!」

 

口元を愉しそうに歪ませ、焦げて溶けた地面の中心に()()で立つナイアがいた。

 

白夜叉の表情に驚愕が浮かぶ。

 

「ほう………」

 

先程の落胆は消え、そのかわりに激しい戦闘意欲が湧いてくる。戦いたい、闘いたい。この意欲の源になっていたのは、太陽の炎をも防いだ彼への、純粋な〝興味〟であった。

 

(面白い…………!)

 

いつぶりだろう――――自分に〝決闘〟を挑んだやつが現れたのは。

 

いつぶりだろう――――自分の攻撃を防いだやつが現れたのは。

 

いつぶりだろう――――自分がここまで興味を示したのは。

 

高揚する、目の前の光景に。高揚する、この結果に。しかしまだ序盤。もっと、もっと楽しませてくれ――――!

 

表情を更に変える。それは楽しそうな笑顔。それを見てナイアも嘲笑を深める。

 

「なあ、攻撃が防がれただけで、そんなに楽しいか?」

 

「楽しいさ。だって―――」

 

一瞬、白夜叉が身を僅かに屈める。そして、

 

ガァン!

 

大地を砕きながらナイアの懐へ跳躍する。その勢いで拳を突きだし、ナイアを殴りつけようとする。しかしそれはナイアの右手に阻まれた。

 

「――――こうやって、防ぐやつなんておらんのじゃからのぉ」

 

「そいつは結構」

 

白夜叉の拳を掴んだ手に力をこめ、軽い動作腕を振ってで投げ飛ばす。白夜叉は空中で体勢を立て直し、着地した。

 

「こうやって投げられるのはいつぶりだ?」

 

「これは初めての体験じゃな。魔王時代でもこんなことするやつはおらんかった」

 

笑いながらどこからか取り出した扇子を振る。その動作から起こったとは思えないほどの衝撃は、扇状に広がりながらナイアに向かっていく。ナイアはそれを避けようともせず、軽く拳を引くと、衝撃が届く瞬間を狙って殴りつける。するとそれは一瞬の内に霧散し、何も無かったかのように消えた。

 

白夜叉はそれすらもわかっていたのか、衝撃によって生じた土煙に紛れてナイアに近づく。そして飛び込むように蹴りを繰り出した。この突然の奇襲に反応しきれなかったのか、後ろに吹き飛ぶナイアに更に追撃をかけようと右手から炎を射ち出す白夜叉。ナイアは地面を一度バウンドした後着地と同時に身を屈める。ナイアの頭上を炎が掠め、すぐ後ろの地面を焼いた。

 

「あっぶないなぁ。死んだらどうするのさ」

 

「戯け、危機感の欠片も感じない声で言っても説得力など無いわ」

 

「バレた?」

 

ククと喉で嘲笑うナイア。白夜叉は若干不機嫌そうに、

 

「のう、ナイアよ。おんし、先程から攻撃を受けてばかりで反撃を仕掛けてこないが、これはどういうことじゃ?〝決闘〟を挑んできたのはそちらであろう?」

 

「何言ってんだよ、俺の実力じゃ反撃なんて出来ないさ」

 

「それも嘘じゃろ?」

 

「まあね」

 

当然のように言うナイア。白夜叉はようやく自分が嘗めていると気づいた。

 

「フゥ………まあいい。――――さっさと真面目に闘え、小僧」

 

再び白夜叉から発せられる威圧感。ナイアはさっきから小僧と呼ばれることに若干イラついていたりする。

 

ナイアは手を上げて、

 

「ああわかった。なら()()真面目にやるよ。それでいいか?」

 

「まあ、それでいいだろう」

 

どこか腑に落ちないところがあるがそれで納得して少し俯く。そして顔を上げた瞬間、

 

目の前に剣が迫っていた。

 

すかさず首を曲げてその剣を避けた。髪の先端が少し切れ、背中に冷や汗が垂れる。

 

(おかしいのう……さっきまで剣なんて持ってなかったはずじゃが……?)

 

白夜叉は考察する。瞬時に剣を取り出すギフトか、それ以外か。疑惑の範囲が広すぎて絞れない。今のままでは情報が少なすぎるのだ。

 

危険だが、絞るためにはさらに攻撃させないといけない。

 

考えている間にも、ナイアはさらに剣を()()()()。それを投擲し、白夜叉はそれを避ける。

 

その際、ナイアの周辺の地面が少し陥没していたのに気づいた。その大きさは剣数本分ほど。

 

(あの剣は無から生み出すのではなく、周辺の地面を変換して作っておるのか?まるで錬金術のようじゃ………)

 

錬金術の基本は等価交換。地面が剣にされていたのなら、それはこのゲーム盤が存在する限り無限に剣が出せるということである。アンリミテッドブレードワー……なんでもない。

 

とにかく、白夜叉はナイアの持つギフトを錬金術だと考察した。しかし、

 

(どうやって太陽()の炎を防いだ?)

 

不思議なのはそこだ。錬金術で壁でも作ったのかもしれないが、そうであれば壁を作った後ろは無傷で残っていたはずだ。しかし無事だったのはナイアのみ。付近の地面は無惨にも焦げていた。よってその説は通じない。

 

だとしたら何かしら炎に関するギフトでも持っているのであろうか?しかし炎の中でも頂点に近い位置にある太陽を無効化するとなると相当なギフトのはず。箱庭において最大級の情報網を持つ〝サウザンドアイズ〟の幹部である白夜叉でさえ、そんなギフトを持つ者はほんの一握りだと記憶している。少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(考えてもきりが無いのう………)

 

ダメージは与えられなくても目眩まし程度には使えるのではないかと思う。先程の土煙からの奇襲でナイアが透視のギフトを持っていないのは確認済みだ。

 

こうなったら頼れるのは己の体のみ、正真正銘の殴り合いになるのだろうか。しかし、ナイアがそんな()()()()()()()を許すとは到底思えなかった。

 

根拠は無い、確証も無い。しかし、白夜叉は感じ取る。目の前のナイアという男がそのようなことを好まない性格だと。

 

変わらない世界などつまらない。

 

変わらない展開などクソ食らえ。

 

それは娯楽を生きる糧としている者だからこその感覚なのだろうか。

 

考えれば考えるほど思考の闇に呑まれていく。はて、いつから私はこんなことを考えていたのだろう?

 

意識を思考から自分の相手に移す。あろうことかこの男、白夜叉が考えている間、一度も攻撃してこない。

 

きっと大した時間ではないのだろうが、それでも〝決闘〟において思考に耽ることは決定的な隙と言っていい。しかしナイアはそれを突かない、きっとわざと見逃したのだろう。

 

何から何まで気に入らない。その嘲笑も、その仕草も、その見下した態度も。

 

たとえどのような姿を、行動をしていようが、白夜叉は〝星霊〟。それなりのプライドはある。

 

嘗められた借りは、数倍にして返さねば。

 

それからの白夜叉の行動は早かった。最初に撃ったプロミネンス現象を数千度まで引き上げてナイアに放つ。炎が効かないのは既にわかっているから、これは目眩まし。濃い炎が視界を遮り、白夜叉の姿を隠す。その中から迫る白夜叉の攻撃を、ナイアは避けようともせず受ける。その手はグニャリとひしゃげ、普通であれば骨が折れているのは確実だろう。しかしナイアはその折れた部分になんの興味も示さず、来るであろう白夜叉の追撃を待った。そしてその予想は的中し、未だ燃え盛る炎の奥から覗く双眸がナイアを捉えたかと思えば、次の瞬間には白夜叉の拳がナイアの目の前に迫っていた。

 

が、

 

「甘いんだよ」

 

不気味に嘲笑うナイアの後ろから、()()()()()が白夜叉目掛けて襲いかかる。突然の反撃に白夜叉は見事に反応するが、氷柱の一本が頬を掠めた。傷からは少量の血が流れる。

 

白夜叉は困惑した。

 

(こやつのギフトは錬金術ではなかったのか?!)

 

自分の予想が外れていたことに焦る。また一からの考察することになってしまった。

 

しかし、今度のナイアは白夜叉にそんな時間は与えるつもりは無いようで、

 

「次行くぞ」

 

ナイアの()()に出現した水の塊は、合わさることでさらに量を増し、まるでレーザーのように打ち出された。ナイアの手の動きに合わせて地面を切り裂くそれはカッターのようで、その凶刃は白夜叉に近づいていった。白夜叉はそれを炎を使って蒸発させて防ぐ。

 

が、防いだところでナイアが突っ込み、白夜叉に蹴りを繰り出す。さらに足で地面に勢いよく叩き、地面から石柱を発生させた。

 

白夜叉は後ろに飛んでそれを回避するが、ナイアの投げる剣が迫ってきたので掌で掴んだ。その体は流石は〝星霊〟とでも言うべきか、傷つくことなく血も出ない。

 

飛んできた剣の勢いで回転し、自分の力も上乗せしてナイアに投げ返す。しかしそれはナイアの生成したもの、ナイアが軽く手をかざすだけでボロボロに崩れた。

 

現状力は互角、今のまま闘っても埒が開かない。

 

そう、()()は。

 

ナイアは攻撃の手を止めて話す。

 

「なあ」

 

「なんじゃ?」

 

白夜叉は答える。ナイアは続けた。

 

「一つ提案があるんだが、あいつら元の部屋に戻してやってくれないか?」

 

そう言って親指を黒ウサギ達に向ける。白夜叉はそれを疑問に思った。

 

「はて、それはなぜじゃ?」

 

「なに、ここから先は少し()()()かもしれないからだよ」

 

軽く嘲笑うナイアはさらに言う。

 

「それに、俺も少し遊びたいと思っていたところだ」

 

「………よかろう」

 

一瞬の間の後に白夜叉は柏手を一つ打つ。黒ウサギは困惑した。

 

「ちょっ、白夜叉様?!」

 

その抗議の声は白夜叉には届かず、黒ウサギ達の視界は変化する。十六夜にとってはナイアとのゲームでも似たような光景を目にしているので、もう三、四度目になる変化だ。

 

記憶に無い場所が流転を繰り返し、脳裏を掠めてはどこかへ消えていく。それを幾度か見届ければ、やがて四人の視界はあの支店にあった白夜叉の部屋に変わる。

 

実際は全店中身は同じなわけだが、それは今関係ない。

 

黒ウサギは声をあげる。

 

「ど、どういうことですか?何故白夜叉様は私たちをここへ……?」

 

それに答えるように十六夜が聞く。

 

「なあ黒ウサギ。オマエ、さっきのナイアと白夜叉の会話聞こえたか?」

 

「え、ええまあ。黒ウサギの素敵耳はゲームの情報を収集するために特段聴力が高いですから……」

 

「それじゃあ、さっきナイアは何て言ってた?」

 

「ええと………〝ここから先は少し目の毒かもしれない〟と……」

 

「………そうか」

 

十六夜は考えるように顎に手を当てる。そして一つの結論を出した。

 

「多分白夜叉が俺達をここに戻したのは、あそこで何か()()()()()()()()があるからだろう。白夜叉が炎を起こしても俺達になんの被害も無かったところを鑑みると、そうとしか思えない」

 

十六夜達はゲームのプレイヤーではない、それは前述の通りだ。だからこそその体は〝契約〟で守られる。

 

しかし冒頭で〝視覚や聴覚は遮られていない〟と既に言っている。つまり、ナイアが何かを召喚したり、その姿を変化させてしまえば、その視覚情報は十六夜たちの目に入るということである。

 

普通に考えればわかることだろう。ニャルラトホテプの召喚するものがどんな姿をしているか。そしてそれを見てしまえばどんなことになるか。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「送ったぞ、これでよいのか?」

 

ゲーム盤から部屋に戻された黒ウサギ達を見送り、白夜叉は聞く。ナイアはそれに簡単に返した。

 

「ああ、これでいい」

 

「……一つ聞いてもよいか?」

 

「なんだ?」

 

白夜叉はナイアに質問する。

 

「私は当初、おんしのギフトは〝錬金術〟だと思っておった。このゲーム盤を分解、再構築して剣を生み出す、その工程からな。しかしおんしはその後()()()()()()()。………単刀直入に言おう。おんしは一体何をした?何のギフトを持っておる?」

 

白夜叉の言葉を聞いてナイアは鼻で嘲笑う。

 

「ハッ、敵にそれを聞くのか?バカ正直に教えるとでも?」

 

「思っておらんさ。ただなんとなく聞いておきたくてな」

 

「そりゃまたなんで?」

 

白夜叉は答える。

 

「おんしの霊格を見た限りでは()()()()()()()()()()()。なのに私と互角に渡り合うなど、不自然にも程があると思わんか?」

 

「なるほど、世の中には妙なことがあるもんだねぇ」

 

愉快そうに嘲笑うナイアとは対称的に、白夜叉は神妙な顔をする。

 

と、ナイアは唐突に、

 

「まあいい、霊格に関してはニャルラトホテプ()の存在に関することだから教えられないが、錬金術云々については教えてやるよ」

 

と言った。白夜叉はなお不機嫌そうに、

 

「ほう、自分から種明かしか。随分と余裕があるのだな」

 

「まあな。俺が太陽(お前)に負けるわけがないだろう」

 

ナイアの口から飛び出る挑発。白夜叉はイラつく気持ちを抑えながらナイアの種明かしを待った。

 

「さーて、それじゃ種明かしターイム。確かに俺はお前の言った〝錬金術〟は使った、だがそれだけで俺のギフトを判断するのは少し早計というものだろ」

 

「まあ、それもそうじゃな。ではあの氷はなんじゃ」

 

ナイアは人指し指を立てて、

 

「世の中には〝魔術〟ってのがあるんだよ。火、水、風、土の四大元素に霊を追加した五大元素、それだけに限らず陰陽術や召喚術、その他を全て含めればその数は軽く千を超えるだろう。その中にはお前の言った〝錬金術〟も入る。俺が使ったのはそんな魔術の()()()()()だ。正直言って手ならいくらでもある」

 

口元を歪めるナイア。そして、

 

「で、これから見せるのはその〝手〟の一部だ」

 

その顔に確かな嘲笑を浮かべ、言葉を紡いだ。

 

――――〝Summon moon beast〟

 

その声には嘲りを、その言葉には冒涜を込めて。




読んでいただきありがとうございました。白夜叉との決闘は一話で終わらすつもりだったんですがねぇ……。

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