混沌が異世界から来るそうですよ?   作:クトゥルフ時計

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 めっちゃお久しぶりです。まさか更新までに一年あくとは思ってなかったです。
 まあ聞いてください。更新してなかった間私が何をやっていたのかを。
 バンドリやってました()
 てかバンドリ書いてました()
 ですから割とクトゥルフのリハビリも兼ねてこれ書いてました。楽しかったです。


あら、魔王襲来のお知らせ?
第二十六話 「鼠はもう」


 暗黒というにはあまりにも明るく、光明というにはあまりにも汚れていた。

 

 そこはどこか。鼠が蔓延り、淡い灯りが僅かに揺れる魔王の居城。赤、青、黄色、様々な色が万華鏡のように散りばめられては消えていく、日輪を拒絶した日陰者の住処。

 

「まさか本当に条件を飲むだなんて夢にも思っていなかったわ。いったいどういうつもりなのかしら?」

 

 鈴を転がしたような可憐な声。白黒のまだら模様があしらわれたゴシックロリータ調の服に身を包んだ少女が問う。その視線の先にあるのは、闇の中でのたうつ黒い鬼のような生命体だった。

 

 ザラザラとした(なまず)のような肌と、小さな翼のようにも見える(ひれ)。口元と思しき部位から伸びる(ふん)が上下に揺れ、水かきの張られた手足がペタペタと地を叩く。常人なら見るだけで吐き気を催すだろうと確信できる外見のそれは、一言で表すならば、まさに〝邪悪〟であった。

 

「そう勘繰らなくたっていいだろう。どういうつもりか、と問われたなら、こう答えるしかない。これは俺の趣味だよ」

 

 嘲笑うかのように、その邪悪は吻を振って答える。闇の中で不気味に響く悪辣な声音に、少女は嫌悪を抱かずにはいられなかった。

 

「あなたが協力してくれるのなら、きっと私たちの計画も上手くいく。何せ、あの悪名高い〝千の貌を持つ魔王〟だもの。それだけは信じてあげるわ」

「信じるなどと、この男にそんなこと言っていいんですか?」

 

 その嫌悪を隠すように、少女は不敵に笑みを浮かべた。それを悟られてしまえば、きっとその嫌悪感すら玩具にされる。そのようなことになるのはわかっていた故だ。

 

 それに追随するように言うのは、豊満な肢体を少ない布で隠し、身体のほとんどを惜しげもなく晒す美女。そして口は開かないが、同調するように頷く軍服の男だった。

 

「余計なことを言うね、ネズミ取り。いいぞ、どんどん言ってやれ。それでオマエたちの可愛いご主人サマの心を変えられるなら、それはそれでまた一興。その綾模様を見るのも面白そうだ」

 

 嫌悪を隠す、その思惑を知ってか知らずか。黒の邪悪は少女とその後ろに付き従う二人の従者に目を向け、歪んだ喜悦を瞳の奥に滲ませる。

 

 この邪悪な化け物がここに来た理由を、少女たちは正しく図れずにいた。そもそもこの魔王の心中を推し量ろうとする、そんな行為が間違いだとはハナからわかっている。それでも、新興の魔王一派として成立したばかりの彼女たちにとって、便利に扱える手駒を増やすことは急務にして第一優先事項。故に、なんとかしてこの化け物の手綱を握る機会を得ておきたかった。

 

 少女は今にも噛みつきそうな雰囲気を醸す二人の従者を手で制し、余裕の表情を浮かべて問う。

 

「残念ながら、私の心は変わらないし、変わらせない。そっちから声をかけてきて、そして今ここにいる以上、ある程度は私たちに益があるように動いてもらうわよ」

「そうかい。ま、そうしてくれた方が俺としても都合がいい。精々上手く使うといいさ」

「え?」

 

 あっさりと。拍子抜けするほどに簡単に渡された手綱。少女の予想では、この魔王のことだから盛大な舌戦を繰り広げてのらりくらりと主導権を握らせないように立ち回ると思っていた。

 

 少女が一瞬見せた呆けた顔。邪悪な化け物は、嘲笑うように吻を揺らす。

 

「安心するといい。お前たちに手を貸すというその言葉に限り、俺は嘘をつかないと誓おう。なんなら、今ここでその証明をしてもいいぞ」

 

 ────手練手管を回すのは得意でな。

 

 その言葉に間違いはないと示すように、邪悪な化け物の背後から、一人の竜人が姿を現す。

 

「お前たち、計画は考えてあっても、()()()にどうアプローチするのかは考えていなかったんじゃないか? 新しい北の階層支配者(フロアマスター)誕生にかこつけて白夜叉に復讐する────御大層な目的を掲げていても、それには裏から手引する内通者が必須」

「……だから、彼を呼んだの?」

「ああ、その通り。魔王と名乗るなら覚えておくといいぞ、黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)。勝敗というのは物語のようなもの。より多く伏線()を張った方が勝つんだよ。相手を一方的に自分の土俵に引きずり込めれば更に良い」

 

 化け物は踊るように謳う。その後ろで強面の竜人が顔を不愉快そうに顔を顰めているが、化け物にそれを気にするような様子はない。

 

「さて、これで俺の言葉に嘘はないと信じてもらえただろうか?」

「本当に、あなたは私たちに手を貸すというのね」

 

 正直な話、少女は未だこの化け物を信じ切れずにいた。

 

 悪名高い魔王、ニャルラトホテプ。箱庭で暮らす者なら一度は耳にしたことがあるであろう災厄の名前。

 

 (きた)る火龍誕生祭、そのスポンサーとして白夜叉が参加するという報せを受けた少女、黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)──ペスト──は、己の大願を果たすために準備を進めてきた。

 

 一朝一夕の計画ではない。この計画の主目的の一つであり、同時に最も厄介な障害である白夜叉を封じるために、態々太陰暦まで引っ張り出して封印の術を組んだほどだ。()()()()()という一点に於いて、ペスト率いるハーメルンの笛吹きを名乗る一派はこれ以上ないほど完璧な布陣を敷いていた。

 

 そんな中、今より遡ること数日前、この魔王が声をかけてきたのである。

 

 ────〝どうかな、後輩諸君。俺の話を一つ聞いてはくれないかね?〟

 

 〝千の貌を持つ魔王〟。凶悪であり、邪悪であり、最悪。凡そ自分たちのような新興魔王なぞ及びもしないことはわかりきっている相手。それが、どういうわけか、その新興魔王風情に協力を申し出たのである。

 

 今のペストたちにとっての最重要事項は手駒の確保だ。ペスト、ヴェーザー、ラッテン、シュトルム。大量の死者と伝承に裏打ちされた神魔霊混合の集団であろうとも、これから箱庭で魔王を名乗るには些か以上に力不足なのは目に見えていた。正直な話をすれば、勝ちを確信していた此度の〝火龍誕生祭〟襲撃も、ほんの少しのイレギュラーが入れば容易く瓦解するだろうということも承知している。

 

 ニャルラトホテプの進言は、彼女らにとって寧ろこちらから頼み込みたいほどに甘い誘いだった。この魔王を味方につけたのなら、まず間違いなく計画は成功する。そのヴィジョンは簡単に浮かんだ。

 

 しかし、その真意を読むことはできなかった。何故奴は私たちに味方する? 

 

 ニャルラトホテプといえば真っ先に浮かぶ風評はその悪辣さだろう。かつて白夜叉をも手玉に取ったと言われる手腕と底の見えない混沌がニャルラトホテプの真骨頂であることを鑑みて、ペストはその誘いに二つ返事で了承することを拒んだ。もし何も考えずにニャルラトホテプの差し出した手を握ってしまえば、次に気がついたときに何が起きているかわからない。そう判断してのことだった。

 

 故に、ペストは一つの条件を提示した。次にペストたちの(もと)を訪れるときには、〝火龍誕生祭〟への侵入方法を手土産に持ってこい、と。

 

 彼女らの計画に足りなかった最後のピース。それこそがまさにこれであった。

 

 北に存在する階層支配者(フロアマスター)は四人。内三人が、若くして次期〝火龍〟の座に就こうとしているサンドラ=ドルトレイクのことをよく思っていないという噂は彼女たちも耳にしていた。

 

 階層支配者とは秩序の象徴。下層のコミュニティの盾であり、魔王が現れた際には真っ先に対応すべき実力者たちの地位だ。そこに僅か齢十一の少女が就任しようとしているのだから、当然他の者からすれば面白くない事案なのであろう。故にスポンサーとして東側の階層支配者である白夜叉が列席しているのだ。

 

 初め、ペストはそれら他の階層支配者に協力を仰ごうとしていた。『あの娘を潰してやるから私たちに協力しろ』。大方このようなことでも言えば簡単に釣れると思っていたのだが、しかしやはりそこは階層支配者、自ら秩序を乱すようなことは受け入れないだろうとのヴェーザーとラッテンからの指摘により、その案は却下された。

 

 ならばどうするか。頭をひねっていたところに丁度現れたのがニャルラトホテプだった。

 

 『お前の真意を図りたいから手段を用意しろ』。ペストの思惑を一言で纏めるならばこうなる。危険な綱渡りのような賭けではあったが、結果として、ニャルラトホテプは本当に自分たちに協力するつもりなのだとわかったし、侵入手段も用意できた。

 

「……まさか、当のサラマンドラの幹部を連れてくるなんて夢にも思わなかったけれど」

「だが、一番楽な方法ではあるだろう? 何せ身内も身内、()()()の裏切りだ。流石の次期階層支配者といえども、こればっかりは予測できまい」

 

 そうだろう? と、ケラケラ嗤いながら邪悪な化け物は竜人をペストの前へと差し出した。

 

 威圧感のある佇まいの男だ。吊り上がった目尻と横一文字に引き結ばれた口は威厳を感じさせ、その長身を以てペストを見下ろしている。直ぐ様ペストの後ろから同じく威圧するような視線──ヴェーザーのものだ──が投げられ、二人の男が一触即発の空気に陥る。

 

 次の瞬間には臨戦態勢に移ってもおかしくない空気ではあったが、お互いにここでの仲違いは無意味だと理解しているのだろう。すぐにその威圧を収めた。

 

「マンドラ=ドルトレイク。此度、貴様ら────もとい()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に許可を下ろした者だ。魔王を我ら〝サラマンドラ〟の庇護下の街に招き入れるのは危険ではあるが、こちらにも事情がある。せめて失敗はしないように願うぞ」

「そう。人に頼み事をするような態度とは到底思えないわね、竜人さん? それで、事情って何かしら。それを聞かせてくださる?」

 

 挑発。その言葉一つで、ペストはマンドラの眉が密かに動いたのを見た。続けて煽り文句を畳み掛けてやろうかと思い口を開くも、それを制止したのは、ケタケタと嗤う化け物だった。

 

「まあまあそう言ってやるなよ黒死斑の魔王(ブラック・パーチャー)。このお堅そうな竜人サマはな、焦ってるんだよ。百も下の妹にコミュニティの頂点の座を奪われて、そいつが(あまつさ)え階層支配者にまで昇り詰めようとしているってことにさ。そうなったら兄の威厳は? 妹と比べられてしまう? ああ、なんて可哀想なボク! ほら、想像できるだろう? だからそういったことは思ったとしても言っちゃダメなんだ。魔王サマと約束しようね」

 

 お前の方が余程なこと言ってるけどなクソ外道(ニャルラトホテプ)。その場にいる邪悪な化け物を除いた全員が同時にそう思った。

 

 しかしその物言いから、ペストは何故マンドラがこの提案に乗ったのかを大凡(おおよそ)察することができた。

 

 先のニャルラトホテプの発言をそのまま受け取るとするなら、マンドラという男は大した小物だ。

 

 妹に抜かされたから魔王に泣きついた。乱暴な言い方をしてしまえばそうなる。今こうして強面でペストを見下ろしているのも、その小心の裏返しだと思えば可愛いものだろう。

 

 堪え切れずクツクツと口許を押さえて笑いをこぼすペストを見て、化け物は嬉しそうに吻を揺らした。

 

 ────ああ、容易い。

 

 ────実に容易い。

 

 ────こいつら、随分と簡単に口車に乗ってくれるな。

 

「ま、そういうわけだよお二人さん。これからは〝火龍誕生祭〟の失敗の成功を願う同士た。仲良く仲良く、傷でも舐め合いながらやっていこうぜ」

 

 邪悪な化け物が闇に沈む。淡い混沌の中で影が蠢く。やがてそこから立ち上がったものは、真っ黒な長身痩躯の不可解な男。

 

 貌は無い。それでも、その口はきっと三日月を描いて嘲笑っているのだろうということはよくわかった。

 

 次の瞬間、どこからか鼠が大量に湧き出した。ペストの足の隙間を、ヴェーザーの靴の側を、ラッテンの笛の下を、マンドラの横の壁を伝って、続々とニャルラトホテプの下へと鼠が集結していく。

 

 その鼠の顔を見て、そこにいた全員が等しく驚愕の表情を浮かべた。

 

 げらげら げらげら

        げらげら

     げらげら

  げらげら

           げらげら

 げらげら  げらげら

               げらげら

    げらげら

 

 男が。女が。老人が。赤子が。

 

 学者が。医者が。学生が。病人が。

 

 罪人が。市民が。商人が。農民が。

 

 笑っている。嗤っている。嘲笑っている。

 

 鼠に顔を貼り付けて。鼠の顔を人の形に歪ませて。

 

 全ての鼠が、人の顔で嘲笑している。

 

「それじゃ、用意はいいな、共犯者たち」

 

 その中心で、ニャルラトホテプは声高らかに叫ぶ。楽しそうに。愉しそうに。世界の全てを嘲笑うかのように。

 

「〝火龍〟の誕生を祝福し、貶そう。

 〝階層支配者〟の誕生を祝福し、貶めよう。

 煌びやかな祭典を、死と恐怖で埋め尽くそう」

 

 さあ────鼠はもう忍び込んでいるぞ?

 

「────太陽堕とし(火龍殺し)を始めよう」




 マンドラがペストを招いた理由は勿論ニャル様の口から出まかせです。ペストに話を信じ込ませるための嘘です。

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