混沌が異世界から来るそうですよ?   作:クトゥルフ時計

20 / 27
今回からサブタイつけることにしました。本文中、台詞中から抜粋した一部です。それに伴い前の話も全部つけたので、気になる方はご確認を。


第二十話 「だが後悔はするな」

雨が降っていた。空は暗い色で覆い尽くされ、そこから無数の水滴が降り注ぐ。その冷たさは、命の熱に浸された飛鳥の体をそっと冷やしていった。

 

「……私は…」

 

白銀の十字剣を強く――たいして力も入っていないが――握る。その柄は、この雨の中でも一際熱く熱を放ち、冷える飛鳥の体で唯一、右手に温もりを伝えていた。

 

雨に紛れて、飛鳥の体から赤が削げ落ちていく。

 

「……ええ、そうね、そうするのね」

 

カチャリ、と金属が揺れた。

 

「こうすれば、いいのね」

 

剣の切っ先が持ち上げられ、震える。飛鳥は剣を両手で持って、構えた。その刃の向く先は、細い彼女の首筋。

 

「……さよなら」

 

そして飛鳥は、己の首へと凶刃を突き立て――――

 

「そこまでだ、お嬢様」

 

――――ようとするのは叶わなかった。細身の白い刀身を掴む、飛鳥のそれより大きい手。ゆっくりと虚ろな瞳で振り向けば、そこにいたのは十六夜だった。

 

「……十六夜君」

 

「お嬢様、それはダメだ。どれだけ思い詰めたとしても、それだけはやっちゃダメだ」

 

十六夜が少し腕を持ち上げれば、まるで子供から玩具を取り上げるような仕草で飛鳥の手から剣の柄が抜ける。飛鳥はその様子を何をするでもなく見つめ、視線を再び地面に落とす。

 

「いいかお嬢様。たとえどんなことがあっても、一人で抱え込むモンじゃな―――――」

 

「私ね、二人殺したのよ」

 

「…………」

 

十六夜の言葉を遮るようにして、飛鳥が口を開く。その放たれた言葉に、十六夜は沈黙するしかなかった。

 

「何故かはわからないけれど、あの広場で私はケイを殺したわ。勝手に腕が動いて、勝手に彼女の首を絞めて、勝手に彼女を殺していたの」

 

吐き出すように、懺悔のように、飛鳥は小さく口を動かす。

 

「そしたらね、あの子なんて言ったと思う?ありがとうございます、って言ったの。変よね。殺したのは私なのに」

 

十六夜は何も言わない。

 

「人形みたいに倒れたケイをね、私の腕は引き裂いたのよ。そうしたら心臓を掴んでね、いやだいやだって泣きながら、私はそれを握り潰したわ」

 

飛鳥の手の甲に、雨とは違う雫が落ちる。頭の中でそのときの映像が鮮明に蘇ってきて、思考を真っ赤に染めた。

 

「それでね、私はケイを殺して手に入れたその剣を使ってガルドを殺したの。自分でもびっくりよ。私って、あんなにひどいことが出来たのね」

 

声に嗚咽が混ざり始める。発音が曖昧になってきて、鼻をすする音が雨音に消えた。

 

「私はこのギフトが嫌いなのに、何度も何度も使ったわ。ガルドを斬ったり、刺したり、たくさん苦しめた」

 

握り締めた掌が、赤いドレスにシワをつける。

 

「それで、最後にガルドの胸に剣を突き刺したの。これで終わりだって、そう思ったから。そしたらね、彼も言ったのよ。ありがとうって」

 

嗚咽は更に激しくなり、溢れる涙は雨にも負けない勢いになる。

 

「……私は〝人〟を、二人も殺したのよ」

 

「……お嬢様。言っておくが、あの獣は人じゃない。あれはただの化物だ。ただの怪物だ」

 

「いいえ、人よ。だって、ちゃんと理性を持って生きていたじゃない」

 

――――なんてことだ。

 

十六夜は嘆息した。これでは飛鳥が傷つくのも当然と言えよう。

 

耀は、悲劇に囚われた獣としての(ガルド)を見ていた。

 

十六夜は、ニャルラトホテプの被害者としての(ガルド)を見ていた。

 

故に二人は(ガルド)をきちんと直視出来ていたのであったし、敵として認識できていたのだ。

 

だが、飛鳥は違った。

 

飛鳥は、()()()()()()()()()()()()

 

だからこそ、飛鳥は誰よりも傷ついていたのだ。

 

これでは意見が食い違うのも当然だろう。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これは私の責任なの。私が背負うべき罪なの」

 

「お嬢様……」

 

「それとも何かしら?貴方が私を慰めてくれるというの?」

 

挑発的にも取れる発言を自覚したのか、自嘲気味に息を吐く飛鳥。十六夜はそんな彼女の小さな背中を見つめ、ゆっくりと言う。

 

「いや、俺はお前を慰めたりしないし、別に責任を負うなとも言わない」

 

突き放すように、いっそ冷酷にも思えるように放たれたその言葉に飛鳥は「なら」と言い返そうとするも、すぐに十六夜が続きの言葉を紡ぐ。

 

()()()()()()()()。後ろを振り返って、叶わない願いをずっと抱え続けるな。悔やめば、それは過去への冒涜だ」

 

十六夜の脳裏に浮かぶのは、命の冒涜を嘲笑と共に行う神の姿。その悪意に晒された飛鳥だからこそ、今何よりも()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけは何としても防がなくてはならない。飛鳥のためにも、ノーネームのためにも。

 

飛鳥は何も言わない。自分に向けられた言葉を噛み砕くように何回か目を伏せ、なおも無情に雫を吐き出し続ける空を虚ろな瞳で仰いだ。

 

「なら、私はどうすればいいの?」

 

「受け入れろ。開き直って、殺した命の重さを背負い続けろ」

 

「――――、」

 

十六夜自身、酷いことを言っているのはわかっている。ひどく無責任で、ひどく無情で、飛鳥のことなんて鑑みていないと自覚している。でも、下手に寄り添うよりも()()()()()()()()()()()。中途半端に狂気をわかったふりをするよりも、ただの人間として接する方がいい。それは、一度狂いかけた十六夜だからこそわかったことだ。

 

「…………そう」

 

飛鳥は短く返す。別に助けを期待していたわけではない。だが、こうまではっきりと言われると何かしら感じるところがないわけでもない。――――だからこそ、清々しいとも思えるのだろう。逆廻十六夜という人物は、狂気に呑まれた飛鳥を現実に引き戻すには、ちょうどいいファクターであった。

 

「ねえ、十六夜君」

 

「何だ?」

 

「ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

罪を背負って、罪を受け入れて。

 

そうして飛鳥は、今行くぞ再び立ち上がった。

 

――――その近くの、木々の間。

 

金属質な植物が、その様子をじっと見ていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

さて、舞台は整った。

 

役者は揃った。

 

なあペルセウス。

 

精々上手く、踊ってくれよ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

――――ノーネーム本拠。

 

空気が啼く。あまりにも強い槍の暴圧は、それよりも強い人の拳に跳ね返された。

 

時は夜。ノーネームの無駄に広い敷地の中、その一角で行われた元・魔王と人の勝負は、至極あっさりと決着を迎えようとしていた。

 

空に佇む幼い容姿の吸血鬼は、人――――逆廻十六夜の巻き起こした鋼の暴風に巻き込まれる直前に、黒ウサギの跳躍によって救われていた。

 

「何をする黒ウサギ!放せ!」

 

「なんですかこれは!」

 

「ッ――――」

 

黒ウサギが驚愕の叫びをあげる。手に持たれていたのは、金と紅と黒のコントラストが鮮やかなギフトカード。そこに書かれていた内容に、彼女は驚いたのだ。

 

「〝純潔の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)〟……ギフトネームが変わっています。それに、神格が残っていません」

 

「そ、それはっ…………」

 

吸血鬼は黒ウサギに抱えられた状態のままギフトカードを奪い返そうともがく。――――その力は、元・魔王もいうにはあまりにも弱かった。

 

その様子に気づいたのか、黒ウサギは吸血鬼を地面に下ろし、

 

「……レティシア様。これはどういうことですか?」

 

気まずそうな顔で俯く吸血鬼。その表情からは沈鬱という言葉がありありと見えるほどの暗さを垣間見ることができる。これではまるで尋問だ、と考えた十六夜が屋敷の中へ行くように急かすと、二人はハッとしたように顔を上げると、屋敷の方向へ歩き出した。

 

そこへ、褐色の光が到来した。

 

「いけない――――!」

 

吸血鬼は黒ウサギを押し退け、その体を庇うように光の前へ躍り出た。その光に当てられたところが灰色に変わっていき、やがて全身が覆われる。黒ウサギがそれを石だと察するのに一秒もいらなかった。

 

「レティシア様!」

 

光が止むと、そこにいたのは生の輝きを感じられないただの石像と、空から黒ウサギ達を見下ろす此度の下手人――――ペルセウスの面々だった。

 

そこからは早かった。彼らはまるで決められた業務をこなすときと同じように石像を回収し、立ち去ろうとする。そのあまりの無礼さと非道さに黒ウサギは激昂し、インドラの槍を投げつけようとするも十六夜によって制止され、その間にペルセウスに逃げられてしまった。

 

「十六夜さん!」

 

「落ち着け黒ウサギ。今ここで揉め事を起こしたら厄介事になりかねない」

 

猛る頭をクールダウンして、黒ウサギは今一度考える。コミュニティ〝ペルセウス〟は〝サウザンドアイズ〟の傘下のコミュニティだ。今ここで彼らといざこざを起こせば、下手したらサウザンドアイズを敵に回すことになる。その場合に箱庭というものがどちらの味方をするか、考えるべくもない。

 

「で、ではどうすれば」

 

「白夜叉のところに行く。あいつなら何か知ってるだろ」

 

身内贔屓で有名な彼女のことだ。此度の吸血鬼の脱走だって、きっと彼女が絡んでいる。そう考えた十六夜は、負傷した耀と心労のたまった飛鳥を置いてサウザンドアイズの支店へと足を向けようとした、その時だった。

 

()()()()()()()()

 

屋敷の影、ちょうど庭からの死角になっているそこから声が聞こえた。しかし、ありえない。ありえるはずがない。だって、その声は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なんで、貴女が……」

 

黒ウサギは目を見開いてそう漏らした。無理もない。何故なら、

 

「……久し振りだな。黒ウサギ」

 

レティシア=ドラクレア本人が、そこにいたのだから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「アッハハハハハ!いやぁ簡単だったなぁ!脱走なんてするからこうなるんだよ!自業自得だ吸血鬼!」

 

場所は移りペルセウスの本拠。その一室、石化した吸血鬼の像を部屋の端に置いて、書類の山が出来ている机の前で、一人の男が品の無い哄笑をあげていた。

 

ペルセウス現リーダー、ルイオス・ペルセウス。この男こそが此度の事件の元凶であり、レティシアの石化を部下に命じた張本人だった。

 

「しかしなんだよ〝箱庭の貴族〟だって?あんな弱小コミュニティにそんなのがいるなんてな!しかも美人だって話じゃねえか!唆るなぁオイ!」

 

誰が聞いてるでもなく、ただ頭に浮かんだ言葉を下劣に並び立て、再び下品な哄笑で部屋を満たすルイオス。彼が昂って机に足をぶつけるたびに、積み上がった書類の山が宙を舞う。その中の一枚が彼の顔に被さり、彼はそれを払って手にハルパーを呼び出し、叩き切った。

 

「じゃあひょっとしたら吸血鬼と引き換えにソイツがウチに来たり?そうだそれがいい!箱庭の貴族は献身が売りだもんなぁ!これはいい、実に楽しみだ!アッハハハハハ!!」

 

()()()()()()()()()()()

 

突如、一人きりの部屋に響く誰かの声。ルイオスはぎょっとして顔を強張らせ、辺りを見回す。右、左、誰もいない。しかし、気のせいではない。確実に誰かいるのだ。誰か――――

 

(……あれ)

 

そして気づいた。()()()()()()()()()()()()()()

 

「あいつは……うわああああああ!!!」

 

いた。目の前、机の上、書類の山の上にしゃがみこみ、此方を覗いている真っ黒な男が。

 

ルイオスは驚愕が度を超したのか、椅子から転げ落ち見下ろされる形になる。

 

「だっ、だだだ誰だお前ぇ!」

 

「ん?誰って、お前が連れてきた石像だけど?」

 

は?とルイオスは素っ頓狂な声をあげる。そんな彼を尻目に、真っ黒な男は服の内側からギフトカードを取り出し、顔と同じ高さまで掲げる。

 

「うーん、しかし綺麗な見た目してんな。まさか黒ウサギにギフトカード見られるとは思わなかったし、()()()()()()()()()()

 

ジジジ……と、ギフトカードの表面にノイズが走る。金と紅と黒の鮮やかなコントラストは濁り、混ざり、やがて白と黒がない交ぜになった混沌色へと変化する。

 

「やっぱりこっちのが俺に似合っている、か」

 

「な、ななななな………」

 

「あん?」

 

「何だお前!何なんだよ!なんで石になってねえんだよぉ!」

 

恐怖と困惑で顔を染めているルイオスの表情は、一言で言えば小物そのものだっただろう。真っ黒な男はその様子に嘲笑を浮かべ、クツクツと笑った。

 

「何、同類(ウチ)にも誰かを石にするってやつがいてね。あれは確か蛸の息子だったかな。ま、そいつに比べりゃお前らの石化なんて(ぬる)いもんだぜ?なんせあっちは意識だけは残るからな。俺はいつかちょっかいかけるときのために対策をしておいたんだが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかったよ」

 

ケラケラと愉しそうに顔を歪める男に、ルイオスは更に困惑する。蛸?息子?なんのことだ、と。

 

そんな彼の心境を知ってか知らずか、男は書類の山の上に器用に立ち上がり、ギフトカードから二つの球体を取り出した。

 

「さて、ここからが本題だ」

 

「へ……?」

 

間抜けな声を漏らし、無様に顔をクシャクシャにする小物(ルイオス)を黒い顔で見据え、男は告げる。

 

「ペルセウス、お前らにギフトゲームを申し込む」

 

それは、紛れもない宣戦布告であった。

 

これには流石にルイオスも恐怖より驚きが勝ったのか、

 

「ハア!?何言ってんだお前!?」

 

と、声を大にして叫ぶ。

 

ペルセウスというコミュニティは、自らの力の誇示という意味合いを込めて常にギフトゲームの挑戦の門を開けている。しかしその条件というのは厳しく、クラーケンとグライアイというペルセウスの伝承に沿った二通りの怪物を倒さなければならない。そして、今男が持っている二つの球体こそが、その挑戦の条件であった。

 

そしてこれこそ、男がレティシアに伝えた〝仕込み〟の真相であった。ペルセウスのゲームの挑戦権を獲得し、自らをレティシアと偽って本拠に乗り込みコミュニティのリーダーにゲームを挑む。コミュニティのルールであるため相手はこのゲームを断ることは出来ないのだ。

 

二体の怪物をたった数時間の間にどちらも打倒したということから、この男の実力は窺い知れるだろう。

 

「お、あったあった」

 

男は書類の山から軽く飛び降り、ルイオスの横に落ちている二つに断ち切られた紙を拾い上げてルイオスの前に突き付ける。そこには、クラーケンとグライアイが打倒されたことへの報告が書かれていた。

 

男は、まるで罪状を告げる裁判官のように穏やかに言った。

 

「開催は一週間後。ゲームの形式はペルセウスのゲームそのものでいい。参加者は俺一人。万全の準備をしてからゲームに臨め」

 

ゴトン、と二つの球体がルイオスの眼前に落下し、埃を巻き上げる。

 

「さあ、恐怖しろペルセウス。このニャルラトホテプが、真の外道を見せてやる――――!」

 

告げられたのは、死刑宣告であった。




ペ ル セ ウ ス 終 了 の お 知 ら せ

そして一応の補足を。十六夜と飛鳥の会話のとき、ずっと見ていたという金属質な植物はザイクロトルというものです。一応ニャル様の化身だったはずです。つまり

ニャル様「ずっと見てるよ」

ということです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。