混沌が異世界から来るそうですよ?   作:クトゥルフ時計

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問題児二次創作始めてから一年経ってもガルド編終わらない作者がいるってマジィ?!

俺 だ よ


第十七話 「ワカラナイ」

「いた……!」

 

枝葉を掻き分け、木の根を飛び越え、草を踏みながら疾駆する耀。走る中で感じた異常な程の血の匂いに顔をしかめながら、その手に持った鍵剣を強く握りしめる。

 

その匂いのする方向に足を向ければ、更に強くなる気配。死と退廃の獣が放つ、世界の腐臭。

 

やがて目にするその姿はとてもマトモとは形容できない。悲哀、醜悪、そんな言葉を連ねてもきっと言い表せる者はいない。狂気の一端に片足を踏み入れた獣、それが今のガルドなのだ。

 

そう、()()()()()。それも()()()()()()()()()()。遥か昔白夜叉が経験した邪神の狂気とは恐らく比べ物にならないくらいには、目の前のそれは矮小で貧弱だろう。でも、それでも。

 

――今のガルドは確実に強かった。

 

獣が耀に気づき、咆哮を上げる。しかし彼女は怯まない。怯んで堪るものかと気圧されそうになる弱気な自分を殺して、虚勢と意地だけで塗り固めたペルソナを顔とした。

 

地を踏み、空気の抵抗を最小限に。走り方はチーターに、抵抗を減らすのはマグロに教わった。

 

加速を続ける耀に獣の爪が無情にも迫る。しかし耀は勢いを殺すことなく()()()()()()()、グリフォンの風を操る異能を駆使して空中で旋回、擬似的に追い風を起こして更なる加速を得た。

 

獣は突如視界から消えた獲物に動揺を隠せない。あちこちキョロキョロと見回し、疑問に首を傾げる。

 

上からの強襲。数多の生物にとって、視界の範囲に入らない空中とは絶対の死角。重力の助けも得られ、位置的有利を取るという、戦いの中においての鉄則を最も簡単に達成出来る場所。自ら身動きの出来ない所に身を投じるということを考えればハイリスクハイリターンとも言えるが、それは耀のスピードを以て強制的に相手の視界から外れることでカバーできる。

 

獲った。勝利の確信が耀の脳裏を掠める。無傷の勝利、それを持ち帰って宴を開こう。何が食べたい、何が飲みたい、食欲の権化たる耀はそんな想像に胸を膨らませた。

 

あと少しで刃が届く。あと少しで勝てる。思わず彼女の顔に笑みがこぼれようとしていた、そのとき。

 

――――()()()()()()()()()

 

死角のはずの自分直上を見れる第三の目。その目が耀を捉えた瞬間、彼女の体に衝撃が走る。

 

「なッ……ご……がァ……!!!」

 

幾つもの木を薙ぎ倒し直進する耀の体は、〝フォレス・ガロ〟本拠跡地の壁にぶつかり、円状に亀裂を走らせてようやく停止する。

 

訳がわからなかった。本当に、理解が出来ない超常現象。

 

ギフト?いや、そんな生易しいものじゃない。あれは才能なんていう幸せなものなんかではない。

 

それは遥かに言葉を遡った先、古代ゲルマンで〝不吉な贈り物〟を意味した言葉、〝ギフト〟。受け取っても良いことなど何もない、相手を害することしか考えていない贈り物。そんなものがまさしくよく似合う。

 

ギョロギョロと血走ったように不自然な脈動を続けるその目と耀の視線が交錯する。その数瞬後、ガルドは大きな土煙を巻き上げながら猛スピードで突撃した。それを確認するや否や大急ぎで耀はめり込んだ体を壁から引き抜き回避の体勢に入る。――――が、間に合わない。

 

嫌な音を立て、スピードに着いてこれなかった左腕がガルドの脚で潰される。骨が砕ける感触と激しい痛みが伝わった。

 

「くっ……!」

 

生ぬるい液体がぬるりと肌を撫でる。それを受けて苦悶の表情に顔を歪ませる彼女はなんとも背徳的な輝きを放っていて、見る人全ての心を捕らえてしまいそうなほどに甘美で淫靡な光景だった。

 

がしかし、そこは相手も獣。敵が雄であろうが雌であろうが本能と狂気に任せた蹂躙には、己の情欲など介入する余地も無い。

 

更に強く耀の腕を壁へと押し付ける獣。そこへ、必然と言うべきか余りの圧に壁が耐えきれず大きな風穴を覗かせた。

 

勢いのまま建物に突っ込む獣。これを好機と見なし耀は一瞬にして離脱、砕かれた左腕に力がこもらないながらも、感じる熱によって神経が壊れていないことを確認した。

 

とにもかくにも、まずは情報の整理が先決と考え森の木陰に身を隠す。雄叫びを上げてまたもや壁をぶち破り飛び出してきた獣に見つからぬよう息を整えた。

 

「はぁ……はぁ……なんなの……あれ……?」

 

思わず漏れた小さな呟き。無理もない。いくらその雄叫びから獣の内に駆け巡る狂気を垣間見たとはいえ、昨日まで人として言い争いをした相手がまさか本物の化け物になっているとは思いもしなかった。それも、明らかに現実離れした凄惨な姿で、だ。齢十四の少女には強すぎる残虐性。今も耀の中では逃げたいという弱気が顔を出しかけているが、それを押さえ込むのも難しい状況だ。

 

(……落ち着こう。こういうときこそ……)

 

そんな不安を吐き出すかのように息を吐く。頭を一度クールダウンして、一から考え直す。

 

判明していることは三つ。

 

一、アレはもう話が通じる相手じゃない。

 

思考という思考全てを完全に苦痛に狂わせてしまった獣だ。言葉を理解する脳がまだ蝕まれていないとは限らないし、むしろその可能性の方が低い。万一理解できたとしても、それを本能を押さえ込んだ上できちんと行動として反映できるかどうかの問題だ。

 

二、膂力が違いすぎる。

 

これは一目瞭然といえる。事実、あの獣の一撃でこれほどの傷を負うのだ。正面に立とうなどとはとても思えないほどの単純な力の差。

 

三、上記を踏まえて()()()()()()()()()()()()()()

 

左腕を潰され、死角を無くされ、友達から貰った能力を使っても届かない手に持つ刃を見れば、そんなこと態々考えるまでもない。だとすれば、耀が取るべき策は自然と絞られてくる。

 

撤退という選択肢が、恐らく今一番適した最適解だ。しかし、そんなことは耀のプライドが許してくれない。よって無意識のうちにそれは選択肢から外れていた。

 

右手を握り締める。鍵剣の金色が、耀を鼓舞するかの如く輝いた。

 

策は――――既に思い付いていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

獣は吼える。かつての本拠の壁をぶち抜き、蔦と草に侵されて変わり果てた内装を苛立ちの侭に荒らした後、外に向かって雄叫びとも狂乱ともつかぬ咆哮をあげる。

 

左腕を潰した少女が視界から消えた。力を入れすぎて脆い壁を崩したのが誤りだったか、と獣は狂った頭で考える。しかしその思考は数瞬の後に黒い忘却へと追いやられた。

 

今あるのは殺意という装飾で着飾った狂気。意識と理性はあるが正気ではないという、拷問にも近い苦しみ。獣はその苦痛の全てを八つ当たりにも似た形で春日部耀という少女にぶつけようとしていた。だが、その少女は獣自身の失態により見逃してしまった。

 

募る苛立ち、昂る本能。殺意の侭に矮小な人間を蹂躙したいという獣の狂気は行き場を無くし、ただそこに在るだけの欲望の皮を被った木偶同然だった。

 

と、そこへ――――

 

ガサリ…

 

草が揺れる小さな音。目を向けた先に()()、ヒトの気配。

 

昂った。荒ぶった。それを確認した瞬間、獣は空気すらも置き去りにするかのような速さで気配のある場所に爪を立て突っ込んだ。無惨にも切り裂かれる木に、舞う葉。絡んでいた蔦も千切れ、長い尾を引き蛇のように宙を舞った。――――()()()()()()()

 

確かに獣の凶爪は少女の気配のあった場所を的確に切り裂いた。肉が裂け、血が飛び散るのを幻視してしまうくらいに生々しすぎる少女の気配がそこには残っていたはずだった。しかし、そこには何も無かった。

 

浮かぶ疑問。それを遮るかの如く、また現れる気配。今度は真後ろ――――

 

『GEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

咆哮と共に体を180°反転。再び爪で気配を切り裂く。何もない。

 

また現れる。今度は右――――いや、左?

 

後ろ、右前、左前、右後ろ、正面――――。

 

あらゆるところに現れる気配。混乱し、渦巻き廻る獣の思考は、頭を使い理性で考えるほど更にグルグルと理解不能の迷路へと迷い込む。

 

それはまるで分身。いくつもいくつも、獣を取り囲むようにして増える少女の残り香は、獣の鼻を擽り闘争本能を昂らせる。

 

そして、獣は狂気の誘惑に勝てなかった。

 

『GEEEEEEEEEEEEEEEEEEEYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

疾駆。気配のある木の奥目掛けてその巨体を捻り込む。木が巻き上げられるが()()()()。次の気配にも同じく蹂躙の爪を突き立てる。()()()()。次、次、次、次、次、次、次。

 

全ての気配目掛けて本能の侭に暴力をぶつける。辺りにはいくつもの木と長い蔦が転がる。ただ、それだけ。()()()()()()()()()

 

――――わからない、わからない、わからないワカラないワカらナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ!

 

駆け巡る思考は闇に囚われ、残ったものは混乱だけ。

 

更に昂る蹂躙の欲求。血を求めるただの暴獣。望む通りの展開にならないことに不満を抱えた、我が儘な子供のような獣。それが、そこにいる獣の総評だった。

 

苛立つ獣は地面に爪の跡を残し、牙を強く噛み締める。垂れた唾液が爪の跡に染み込んだ。

 

と、そこに吹く風。

 

初めは弱いそよ風だった。それが勢いを増し、荒ぶり、やがて()()()()()()()()()()()()()()()()()()程の強烈な暴風となった。

 

風向きは――――上を向いていた。

 

獣はそれに倣い空を見上げる。そこにいたのは――――

 

「これでチェックだよ、(ガルド)

 

探していた少女――――春日部耀だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

耀は、半ば抜け道とも言えるような方法で獣を撹乱することを思い付いていた。

 

使うのは、別にそれほど強い生物の力ではない。むしろ慣れ親しみ、普段から口にしているような生物だ。それは――――烏賊。

 

別に水を噴射して高速移動しようというわけではない。墨を吐き出すわけでもない。耀は墨を吐くという行動の極致へと注目した。

 

勘違いされがちだが、実は蛸と烏賊では〝墨〟というものの成す役割が違う。

 

蛸の吐く墨は、有り体に言えば煙幕。広がり、敵の目を塞ぐことのみに特化したもの。逆に、烏賊の吐く墨は()()()()()。そこに留まり、形を成すことで()()()()()()()()()()ことが主な目的なのだ。

 

それは自分がそこにいたこと、いることを欺き続ける案山子。耀はそれこそが烏賊の〝墨を吐く〟ことの極致だと見定めた。

 

簡単に言えば、耀は烏賊が墨を吐くように()()()()()()()()()()。結論として、獣は見事それに引っ掛かり、耀の狙いを完遂させた。

 

膂力で勝てない耀は、何とか獣に隙を作れないものかと思案した。押さえ込むのは当然無理。なら物理法則に頼ればいい。

 

十六夜の話では、傷は付けられなくても吹き飛ばすだとかそういったものは通じると聞いた。それを有効に使わぬ手はないだろう。

 

手札は揃った。あとは、耀のゲームメイク次第。

 

「これでチェックだよ、(ガルド)

 

勝ちへの確信を込めて、空から彼女は呟いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「春日部さーん!どこなのー?」

 

深い森の奥、飛鳥と十六夜とジンとケイは突然走り出し行方知れずとなった耀を探していた。

 

ただでさえ薄暗い中で、鬱蒼と茂る草木を掻き分けながらだとその捜索は困難を極める。だからこうして声をかけながら進んでいるのだ。

 

「全く、何してんだ春日部の奴。勝手にいなくなって怪我とかしてねえだろうな」

 

鬱陶しそうにしながらも心配なのだろう、十六夜の愚痴からは少しの焦燥が滲み出ている。それは飛鳥にも感じ取れて、一刻も早く見つけなくてはという思いを強くさせた。でないと彼がいつ爆発するかわからない。

 

そうして探し続けた末、彼女らはとある広場に行き着いた。

 

広さは直径10メートル程。その中心には平石があり、他には何もない。

 

「何かしら此処?ねえ十六夜く――――」

 

飛鳥の言葉が詰まる。当然である。何故なら今、この広場の中心を見つめる彼の顔に貼り付けられた表情が余りにも〝とんでもないもの〟を見たかのように固まってしまっていたから。

 

「まさか……そんな……いや、でも……ああそうかよ、そういうことかよあのクソ野郎ッ!」

 

目に見えて取り乱す十六夜に驚きビクリと飛鳥は体を震わせる。彼の中では何かが自己完結したのだろうが、飛鳥には何のことだかさっぱりわからない。

 

「十六夜君、一体どうしたの?何をそんなに……」

 

「どうしたもこうしたもねえ!()()()()()()()()んだよ、ニャルラトホテプにな!」

 

「なッ……!」

 

ニャルラトホテプ。昨日から嫌になるほど聞いた名前。それが、このゲームに絡んでいる。

 

「そんな……」

 

「俺は春日部の方に向かう!お嬢様、攻略(そっち)は頼んだ!」

 

「え?ちょっと――」

 

言うが早いか、十六夜はその脚力で瞬く間に飛鳥の前から姿を消す。辺りにはその余波の大量の砂埃が舞い、一瞬彼女の視界を塞いだ。

 

「ケホッ、ケホッ…ケイ、ジン君、大丈夫?」

 

「ええ、なんとか……」

 

「怪我は無いですけど……」

 

どうやら案内人と我らが幼いリーダーは無事らしい。砂埃で若干服が汚れた以外に大した影響は無さそうだった。

 

しかし……

 

「十六夜君、何を慌てていたのかしら……?」

 

こびり付いたその疑問だけが、汚れよりも酷く、飛鳥の頭からずっと離れなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

十六夜の心には、これまで経験したことがないほどの強い焦燥があった。

 

――――俺の予想が正しければ、このゲームには絶対裏がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

別に、十六夜はニャルラトホテプという邪神の全てを知っているわけではない。むしろ知らない、わからないことの方がずっと多い。しかし、これだけは確信を持って言える。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だからこそ焦る。どのような罠が仕掛けられているかわからないこのゲーム、今最も危険なのは単独行動している春日部耀だ。

 

――――クソッ!無事でいてくれよ春日部!

 

そうして木を避け、蔦を避け走りたどり着いた先。かつてのフォレス・ガロ本拠前に、彼女はいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――左腕を潰され、右腕を皮膚なき獣に噛まれ引きずられた、血まみれの姿で。

 

「……あ……あぁ……」

 

そんな十六夜の声に呼応するように、赤く染まった金色の鍵剣が嘲笑うように輝いた。




どんどん耀がひどい目に逢ってく今日この頃、皆さんはどうお過ごしですか?僕は肺炎で入院しました(おい)

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