「ガッ!?」
ガタイのいい、黒スーツにサングラスといった、いかにもな服装をした男の頭に、俺は見事な踵落としを炸裂させた。
上からという確実に予想外な所からの強襲に、男は抵抗を一切できず地面に叩きつけられ意識を飛ばしたようだ。
倒れ伏す男にその仲間とおぼしき、同じ服装をした男その2とスーツを着ているが男たち(仮称SPとしておこう)とは違うひょろっとした体つきに髪型をオールバックにしていて、神経質そうな顔を今は驚きに染めている男。
そして、ちょうど俺が庇っているような位置にいるIS学園の制服を着ている、小動物を思わせるような雰囲気と身長をした女の子。
……いやいやいや、ちょっと待て。
何でいきなりこんな修羅場ってる状況なんだよ、色々とおかしいだろ。
ていうかここどこだよ。記憶喪失とかじゃなくて普通に見覚えがない所なんだが……
とりあえず落ちついて、今までの行動を思い出してみようか。
確か織斑たちを帰らせてからベッドにぶっ倒れてそのまま寝て、目が覚めたら朝で、熱はあんまり下がってなかったから、家でまったり過ごすのは諦めて、いざこざが多少ましな学園に行ってから寝ようと思って家を出て……それからの記憶が曖昧だな。
とりあえず上を見てみると結構な大きさの木があった。
……もしかして木の上で寝てたのか? 熱で意識が朦朧としてたとはいえ、我ながら意味不明な行動をとったな、おい。
いや、あながち意味不明でもないか。中学までは天災達の自称親衛隊とかを撒くために屋根の上やら木の上やらに登ってたからなぁ。
人を捜す時に上を見るのはなかなかないからな。結構安全だった。
熱は……ましにはなってるな。 さて、木の上で寝てて落ちたら仮称SPの上でそのまま踵落としを炸裂させた場合の対処ってどうやるんだ?
「おい、誰だお前は」
ハッと気を取り直したオールバックが警戒しながら問いかけてきた。いや、誰って言われても、
「木の上で寝てた一般人(希望)の高校生です」
普通に答えたが、まぁ嘘は言ってない。
「一般人だと? こんな人気のない場所にいるような奴が一般人な訳ないだろう」
「じゃあ、あんたらは変質者か犯罪者だな」
オールバックが周りを見渡してから嘲るように言ってきたので、さらっと言い返した。自覚ある変質者ってたち悪いよな。
「どういう意味だ」
「人気のない場所にSPっぽい奴らを連れて、高校生の女子を追い詰めてたら誰でもそう思うだろ」
こめかみをピクピクと震わせながらも冷静を装って聞いてきたので、はぁ、と相手を馬鹿にした感じのため息を吐きながら、客観的事実を鎌をかけつつ述べてやる。情報は大事だからな。
「チッ、お前には関係ないだろう」
「確かに関係ないな。だから後は警察でも呼んで職務をまっとうしてもらうわ」
「ハッ、脅しのつもりか? ガキが調子に乗るなよ。名誉毀損で訴えてやろうか?」
「どーぞご自由に。判断するのは警察だし、仮に間違ってても判断能力の低い未成年の高校生がやったことだからな。大したことにはならねぇよ」
反応を見る限り、向こうは警察沙汰にはしたくないようだ。 バレたら不味いことをやってるんだろうな。まぁ、IS学園の生徒になんかしようとしてんだから当たり前か。
よっぽど強力なバックがいるか、ただのバカか、もしくはこの小動物チックな女子がなんかしたか。
……ないな。チラッと見てみたけど、今の展開についてこれなくてアワアワしてるし、どう考えても、たいそれたことを出来るようには見えない。これが全部演技だったら化け物だな、ハリウッドで主役張れるわ。
「もういい、そこのガキを適当に痛めつけてやれ」
自分の不利を悟ったのか、オールバックは気絶していないSPその2をけしかけてきた。めんどくさ、熱のせいでイライラしてるからってやり過ぎたか。
「あ、あぶな」
SPその2が突っ込んで来たのを見て、小動物チックな女子は声をあげようとしたが、
「残念」
SPその2の踏み出した左足を地面につく寸前に、半円を描くように右足で払い、左半身の体制になりながら、ポーンと宙に浮かせる。宙に浮いているSPその2に向かって、左足で踏み込み、腰を捻りながら右の掌底を相手の鳩尾に放つ。
「グフッ!?」
「なにっ! がっ!」
突っ込んで来た勢いも利用した一撃なので、ガタイのいいSPその2でも簡単に吹っ飛ぶ。ちょーーーっと呼吸が止まるかも知れないが、多分大丈夫だろ。オールバックも巻き込まれて転けたな、ラッキー。
さてと。
「逃げるか」
「えっ?」
これ以上ここにいても意味がないし、めんどくさいから逃げることにしよう。
小動物──もう小動物でいいや──がぽかんとして間の抜けた声を出していたが放っておこう。
俺はこの林? を抜けるために軽く走り出した。
「え、えぇ〜! ま、待ってください〜」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぅ、この辺りでいいか」
「はぁはぁ、はぁ、んっ、けほけほ、はぁはぁ」
林? を抜けて走ってたら、公園を見つけたので小休止することにした。病み上がり、というか現在進行形で風邪なので、無理は禁物だしな。
まぁとりあえず、それよりもだ。
「何でついてきてんだ?」
「はぁはぁはぁ」
「はぁはぁ言ってるけど、もしかして変質者か?」
「ちがいます! 息切れしてるんですよ!? はぁ、ごほごほ」
涙目で呼吸を荒げて顔を真っ赤にしながらも必死に反論してくる小動物。
だって、ねぇ。大した距離走った訳でもないし、ダッシュした訳でもないのに、俺の後ろではぁはぁ言われてたらそう思うだろ?
どんだけ体力ないんだよ。
「で、何でついてきたんだ」
「も、もう、少し、待って、ください」
……えっ? もしかして事情とか聞かなきゃ駄目なのか? ついてきた理由だけでいいっていうか、もうとっとと学園に行きたいんだけど。
とりあえずジュースでも飲むか。
俺は近くにあった自販機に向かい、無糖コーヒーを買った。で、ベンチに座り込んでいる小動物の所に歩いて行った。まだ息が整えられないのか、荒い呼吸を繰り返している。
「それで、何でついてきた?」
カシュッと無糖コーヒーのプルタブを開けて、コーヒーを飲みながら聞く。小動物は何とも形容しがたい表情でこちらを見てきた。
「なんだよ?」
「あの、普通こういう場面だったら私の分も買ってきてくれたり……しませんよね」
「あいにく普通とは言いづらい人間なんでな」
「うぅ、私もジュース買ってきます」
小動物はしょぼーんとしながら自販機に向かった。俺に何を期待してんだか。
……もしかしてヒロインのピンチに颯爽と登場したヒーローみたいに思ってたのか?
登場したヒーローは悪役を倒したがヒロインを放って逃走、必死についていったヒロインだが、ヒーローは自分だけ体力回復してヒロインの体調は完全無視
……ある意味斬新な展開だな。ヒロインが不憫過ぎて逆に人気が出るかも知れないな。
そんなしょーもないことを考えながら小動物を見てたんだが……あれは狙ってんのか?
自販機に向かうだけで小石に躓く、自販機に着いてかわいらしいデザインの財布を開けたら小銭をぶちまける、小銭を集めて上の方の飲み物を買おうとしたら、何処とは言わないが、体の一部がボタンに触れて違う商品を買ってしまった。
……ボケにしても体を張りすぎだろ。
とぼとぼと帰ってきた小動物の手に握られていたのは『飲めるものなら飲んでみろ! 濃縮還元スーパー青汁DXシグマ+α』という、よく商品化したなと言いたくなるような物だった。飲み物なのに何で飲まれることにケンカ売ってんだよ、しかも強化しまくってるし。
見るからに危なそうなそれをヒョイと取って裏を見てみると、自殺の虚しさや芸人根性の限界についてびっしりと書き込まれていた。……俺は何も見なかった。
「はぁ、ちょっと待ってろ」
「ふぇ?」
俺に飲み物を取り上げられた小動物はおろおろしていたが、俺が声をかけると動きを止めた。
それをスルーしてもう一度自販機に向かい、スポーツ飲料水を購入して戻ってくる。
「悪いことは言わないからこっちにしとけ」
「あ、ありがとうございます」
ほにゃっとした笑みを向けてくる。……さすがにあれは痛々し過ぎた。というか放っておいたらマジで飲みそうだったしな、これ。
こくこくとスポーツ飲料水を飲んでいる小動物を改めて見るが、どうしてこの世界はこんな遺伝子にケンカを売るような髪色をしてるやつが結構な割合でいるんだ?
緑色の髪の毛に緑色の瞳、しかもおそらく地毛。日本人だよな、こいつ。……まぁいいや。
「あ、すみません! 自己紹介もせずにくつろいでしまって」
自己紹介とかいいから、もう帰っていいか? 完全に帰るタイミングをミスったなぁ。はぁ、やっぱ調子悪ぃ。
「IS学園1年生の山田 真耶です。さっきはありがとうございました」
ニコニコと笑顔を向けながらこちらを見てくる小動物改め山田。 バリバリの日本人だった。遺伝子って不思議だな。
IS学園の山田……まさか。
「日本代表候補生候補の?」
「え? え? どうして知ってんるんですか?」
……最悪だ。また厄介事だ、もういっそお祓いでもするかな。
俺はわちゃわちゃと騒いでる山田をスルーして天を仰いだ。
あまり寝ていなかったようで、まだまだ空は青かった。
めんどくせぇ。