はぁ〜ダルいなぁ、おい。
俺は今、椅子の背もたれに体を預けて休憩中している。
織斑はシャワーでボケウサギは床を掃除中だ。
なに? お前が掃除するんじゃないのかって? そんなもん当たり前だろう。
何で自分で汚したわけでもないのに掃除すんだよ。めんどくさい。
それに、このウサ耳バカを放置して織斑を風呂に案内してから部屋に戻ったら、このボケウサギは何事もなかったように復活して、ベッドの下に手を突っ込んでやがったしな。
掃除させて当然だ。まぁそんなことしてなくても、掃除はさせたが。
前回のセリフ? 『誰が掃除すると思ってんだ。
ボケウサギだぞ? 余計なことしそうだろうが』だけど? 聞いてない? 知らん。言うのがめんどくさかったんだろ。多分。
「ゆーくん、おわったよ〜!」
「そうか、よし帰れ」
一仕事おえたぜ! みたいな顔をして報告してくる篠ノ之に、俺は清々しい笑顔で帰ることを勧めた。
「ひどいよゆーくん! ちーちゃんはゆーくんのお家に泊めたのに束さんにはこの仕打ち。はっ! もしかしてそういうプレ」
「黙れボケウサギ。こっちは寝不足なんだよ。頭にひびくからデカイ声だすな。それにそのネタは前に聞いた気がするし」
「寝不足? ま、まさかゆーくん。ちーちゃんが風邪で動けないのをいいこきゅう!?」
ボケウサギがふざけたことを言い出したので、積んであった本のなかで1番分厚いやつをぶつけて黙らした。
「だからうるさいって、言ってるだろうが。何でそんなにテンション高ぇんだよ」
「それはもちろん、ゆーくんのお家に初めて来たからだよ!」
本が直撃したダメージなど、なかったかのように、ウサ耳バカは満面の笑みで答えてきた。……めんどくさい。
「俺としては、一生来ないことを祈ってたんだがな」
「ゆーくんが冷たいよ〜」
俺はため息まじりに本音を告げたんだが、セリフとは裏腹に、ウサ耳バカはなにがそんなに嬉しいのか、ニコニコと笑ったままだった。
「悠夜さん、ドライヤーを貸してもらえますか?」
ボケウサギの相手をしながら、テキトーに時間を潰していたら、織斑がシャワーから戻ってきた。 俺が貸した白のジャージ上下とゆったりとしたデザインのTシャツを着て、タオルで髪を拭きながら、部屋に入ってきてすぐに質問してきた。
頬がほんのり紅く色づいているが、それは熱のせいではなく、シャワーを浴びてきたからだろう。 ……化物みたいな回復力だな。
「洗面所になかったか?」
「私が見た限りでは、ありませんでしたよ」
一応。確認したが、返ってきた答えはNOだった。
ドライヤーねぇ……あぁ、俺の部屋か。確か前に帰ってきたときに、部屋で使ってそのままだったな。
「俺の部屋だな」
──ミスった。
ポツリと言葉を発した瞬間、俺の頭の中は、ただその一言に埋めつくされた。
織斑には説明したが、ボケウサギには、この部屋が俺の部屋ではないと言っていなかった。
言えば確実に、俺の部屋の場所を聞いてくるだろうと思ったからだ。
さっきまでその手の話題が出ても、のらりくらりとかわしていたのに、墓穴を掘ってしまった。
織斑が戻ってきたから、もうすぐ解放されると思って油断した。 普段だったらしないミスだ。
「ここ、ゆーくん部屋じゃないの?」
「ご両親の部屋らしい」
「そうなんだ〜。だからゆーくんの匂いが薄かったんだね!」
ウサ耳バカの疑問に、織斑は俺の方を向いて、少し首をかしげながらも答えた。
織斑は、自分から教える気はなかったようだが、バレたことを誤魔化そうとは思わなかったみたいだ。
それに関しては別に文句はない。どうせ誤魔化しても無駄だからな。
俺は、普段なら絶対にツッコミをいれているようなボケウサギの発言にすら、反応する気力を失っていた。
……本格的にダメっぽいな。マジでとっとと帰らせよう。
「ねぇねぇゆーくん! ゆーくんのお部屋に行ってもいい?」
「おい、束。あまり無茶を言うな」
「だってちーちゃんばっかりずるいよ〜」
「……荒らすなよ」
「悠夜さんだってこう…言っ、て?」
「いいの?」
織斑は驚いたようにこちらを向き、篠ノ之は自分から聞いてきたくせに、確認を取ってきたが、俺は気にせずに自分の部屋に向かった。
ドアを開けて部屋に入り、机の上に置きっぱなしになっていたドライヤーを取り、織斑に渡す。
「早く乾かせよ。風邪がぶり返すぞ」
「はい、ありがとうございます」
「おぉ〜すご〜い! ベッドがおっきいね〜♪」
ウサ耳バカは部屋に入ってソッコーで、俺の癒しであるベッドにダイブして、ゴロゴロと転がり始めた。
クローゼットに本棚、机にカーペットの上のガラステーブル、これだけならどこにでもある普通の部屋だが、1人部屋にしてはあり得ないくらいのサイズのベッドがあるせいで、俺の部屋は普通、とは言いづらくなっている。
なんでベッドだけそんなにデカイのか? んなもん、俺の癒しのためだよ。それ以外なんかあるか? 疲れた体を柔らかく包んでくれて、寝返りをうっても、落ちる心配がまったくない優れものだ。
なかなかの値段だったが、頑張って金を貯めて買った。とてもいい買い物だったと思ってる。
「で、何やってんだ。ボケウサギ」
しばらく転がり続けていたが、急にベッドから降りて、ベッドの下に手を入れはじめた。……なんとなく予想はつくが、念のため聞いておく。
「もちろん、えっちぃ本がないか調べてるんだよ!」
……予想通り過ぎて、なんとも言えん。ダルさが増したな。
「ねぇよ、そんなもん」
「うんうん、そうだよね〜。ゆーくんには束さんとちーちゃんがいるかいたたたたた! ちーちゃんストップ! 束さん、つぶれちゃうから〜!」
「お・ま・え・は、どうしてそういうことばかり言うんだ!」
嘘を言ってもしょうがないので、普通に答えたら、ボケウサギが何度も頷きながら世迷い言を言って、髪を乾かし終わった織斑のアイアンクローの餌食になった。
あん? そういう本を何で持ってないかって? 金がもったいない、めんどくさい、下手したら
それに出てる人物が直接、研究に協力してくれとかいうアホな交渉に来るかも知れない、めんどくさい、以上。
「うぅいたいよ〜。ちーちゃんってホント、こういう話が苦手だよね」
「そ、そんなことはない」
「ちーちゃん、顔赤いよ?」
「………」
「きゅ!?」
織斑のアイアンクローが緩み、調子に乗ったボケウサギが、いらんことを言い、無言のまま全力で繰り出されたアイアンクローによって、行動を停止した。……死んだか?
「そろそろ帰らねぇと出かける時間がなくなるぞ」
「……そうですね、そろそろ帰ります。あ、服は」
「めんどくさいからやるよ。いらなかったら捨てといてくれ」
学園で渡されるのは論外、家に持ってこられるのもめんどくさいからなぁ、いろいろと。主に俺の平穏関係で。
「わかりました、ありがたく貰います」
ちょっと嬉しそうにしながら、篠ノ之を担ぐ織斑。……シュールだな。
一応、玄関まで織斑達を見送ることにする。戻ってきたらめんどうだし。
「悠夜さん、ありがとうございました」
そう言って、織斑は深々と頭を下げてきた。……下げた拍子に篠ノ之が頭を床に強打していた。かなり鈍い音がしたが、まぁ大丈夫だろ。それよりも、頭がぶつかる瞬間にくいっと、ウサ耳が(あぁカチューシャの方な。)床を避けたことの方が気になる。
……作ったのは俺なんだが、あんな機能あったか? まぁ天災だからな、気にしたら負けだ。
「はいはい、お大事に」
手をひらひらと振って、見送る。織斑はスタスタと歩いて行った。……ボケウサギを担ぎながら。
「さてと」
メールメールっと。よし、これでいいだろ。
過保護なブラコンが持たせたケータイに、メールを送っておいたから、これでもう確実にあんなことはしないだろ。
メールの内容? 『お前の姉が無理して倒れそうになった。もう大丈夫だが、叱っておいてくれ』だ。だいぶアバウトな説明だが、細かいことは織斑に聞くだろ。ボケウサギを呼んだ罰だ。
さて、うるさい奴らも帰ったし、これで心置きなく──
──倒れられる。
気合いで自分の部屋まで戻り、ボスっと、ベッドにたおれこむ。 熱は……39度、後半か。そりゃ、ミスもするわな。
さすが、織斑を倒れさせた風邪だな。一晩、同じ部屋にいただけで移るとは。
あいつらにバレたら看病だなんだって言って、絶対にめんどうになるからなぁ。
そんな素振りなかったって? ちゃんと言ってたぞ? 『ダルい』って。めんどくさいより多かっただろ?
今日はもう寝て、日曜だが明日学園に行って、寮の部屋で寝よう。あそこが1番安全だしな。セキュリティとか諸々が。
寝る、か。
俺は明日のことを考えながら、熱でボーッとするなか、意識を手放した。