あの物凄くめんどくさかった学園祭から少したった。 ウサ耳バカが不吉なことを言っていたが、今のところは大丈夫だ。
……どのタイミングで来るのか、もしくは来ないのかが分からんから対処のしようがねぇ。まぁ考えても無駄か。めんどいし、あれは忘れよう、うん。じゃねぇと、こっちの身がもたん。
今日1日授業受けたら休みだからな〜。家に帰って週末はまったり過ごそう。帰る前にデパート行って、食材やらアクセサリーの材料やらを買っておくか。最近はまとまった時間が取れなかったしなぁ、学園祭の片付けやら色々で。
で、それはいいんだが。
「織斑、保健室に行くか寮の部屋に帰れ」
「……大丈夫です」
どこがだよ。明らかに顔色悪いし、しんどそうじゃねぇか。
「はぁ〜、家に帰るくらい来週でいいだろ」
「……一夏、と日曜に、出かける、約束が、あるので」
「……そうかよ。おまえが大丈夫って言うならいいが、倒れるなら自分の家か保健室にしろよ」
じゃないと俺が運べとか言われそうだしなぁ。てかどんだけブラコンなんだよ……
今の会話で分かると思うが、このブラコンが風邪をひいてるのに授業を受けようとしてるんだよ。……確かに今日の授業を受けずに休んだりしたら、外出届なんか受理されるわけない。大切な日本代表かつ世界一のIS操縦者だ、万一があったら洒落になんねぇしなぁ。
だからこいつは表面上は平静を装って今日の授業を乗りきろうとしてる。
「分かり、ました。悠夜さん、このこと、は」
「はいはい、言わねぇからとっとと飯片付けろ」
食堂に入ってきて、こっちに来たと思ったらこれだしなぁ。何でわざわざ口止めにくんだよ。報告とかめんどくさいことを俺がするわけねぇだろ。あぁちなみに、ウサ耳バカは寝てたから放置してきたらしい。
織斑はモソモソとやたらスローペースで食事を再開した。こりゃ重症だな。言葉が途切れ途切れになってるし、呼吸も乱れてる。普段の織斑ならありえねぇな。
頼むから教室で倒れるとかやめてくれよ。運んで変な噂が立つとか勘弁だし、変態君が突っかかってきそうだ。
そんなことを考えながら、食事を終えた織斑と教室に向かった。あん? 結局いっしょに行くのかよって? ……置いて先に行ったりしたら、ケンカしたの? とか言われんだよ、何人も聞いてきて、ものすごいめんどかったなぁ。あのときは。
……まためんどくさいことになりそうな気が……大丈夫、だよな?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……最近、さ。俺って予知能力でもあるのか? って思うようになってきた。
朝食を食べたあと、織斑は結局、最後まで倒れたりすることなく授業を受けきった。表面上はいつも通りで、誰も織斑の体調不良には気づかなかった。唯一、篠ノ之だけが「ちーちゃん調子悪い?」と言っていたが、織斑の大丈夫だ、という言葉で一応、納得してた。
……あの時に誰か気づけば良かったのになぁ、はぁ。
で、帰るときに篠ノ之が
「ゆーくんゆーくん! 今日ね、いっくんが束さんの家に泊まりに来るんだよ!」
と言ってきたので、俺は
「そうか、俺は行かないからな」
と先にこのウサ耳が言いそうな事に対して拒否しておいたら、案の定、ウサ耳バカは誘うつもりだったようで文句を言ってきたが、しばらくスルーしていたら諦めた。
そこでふと、織斑は泊まりに行かないのか気になったので聞いてみたら、今日は銀行から金をおろしたり、いろいろとあるので泊まりに行かないと言っていた。
……まぁ十中八九、嘘だろうな。金をおろすのなんてすぐにできるし、いろいろなんて言って言葉を濁してたからなぁ。多分、一夏こと海に心配をかけたくないのと、風邪を移したくなかったんだろうな、ブラコンだし。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから俺は、一旦家に帰って荷物を置いて財布を持ち、近くのデパートに行った。ちなみに、学園から出る時点で私服に着替えている。
んで、デパートで色々と調達して、ホクホク気分で家に向かってたら前方にめんどくさいものを発見してしまった。
3人組の男達と見覚えのある制服と髪型をした女子が1人、というかぶっちゃけ織斑だった。織斑は壁を背にして、取り囲むようにして、段々と近寄っている男達に対峙している。
対して人通りの多い道ではないため、周りに人影はなし。本来なら織斑のような立場の人間だったら、護衛の1人や2人いてもおかしくないのだが。誰を、というよりもどこの国の護衛を付けるかで揉めまくった結果、護衛は無しになった。
……まぁ普通なら日本代表なんだから日本人の護衛を付ければいいのだが、それだと織斑と仲のいい篠ノ之と会っている時も近くで見張る事になる。そのことを他国が、日本は護衛という名目で篠ノ之博士に近づき、ISについて我々を出し抜く気だ! とか言い出してそれならば我が国が護衛を〜ていう流れになって結局、護衛なし。
……言っちゃ悪いけどさ、バカだろ言い出した奴ら。まぁ篠ノ之の性格を知らなかったら、そういうことも考えるか。実際に織斑と会ってる時にそんなけとしたら逆に、国のISデータを片っ端から破壊するくらいはやるだろうけどな、あのウサ耳バカは。
さて、話が脱線したが結局なにが言いたいのかと言うとだ、あんな状況になっても織斑を助ける奴がいないってことだ。
普段の織斑なら、訓練も受けて無さそうな男3人くらい瞬殺できるだろうが、今は風邪が悪化したのかフラフラだ。そんな状態でも攻撃したのか男達は多少、顔が腫れていた。
……格好と動き方、手際から考えて織斑を狙った誘拐ではないようだ。大方、IS学園の制服を着た美人がフラフラとしていたからナンパでもしようとしたんだろ。抵抗されても相手は女で、しかもフラフラだから力づくでいけると考えたが、思いがけない反撃を食らって意地になったんだろうよ。
女尊男卑が広まる中でも、あぁいうアホは絶えないらしい。むしろ根性が座ってるのか? IS学園の生徒に手を出したら国際問題になりかねないのにな。
……まぁ何も考えてないんだろ。この状況を放置して帰って織斑になんかあったら、絶対にめんどくさい事になるよな〜。ウサ耳があいつら殺すよりも酷い目に合わせるのは確実だな……すぐに潰して、即帰ったら何とかなるか?
とりあえず、それが1番楽そうだな。はぁ〜、めんどくさい。なんで休日前にこんなことしなきゃならんのだ。
「手こずらせやがって」
「いい加減大人しくしな」
「そうd」グシャ!グシャ!
ドサドサ!
3人組の後ろまで近づいて、声すらかけずに真ん中のデカイ奴と織斑から向かって左側の奴の急所。まぁ簡単に言うと股間を順番に思いきり蹴りあげたら泡を吹きながら気絶した。男として再起動できるかはしらん、結構エグい音がしたしな。
「な、なにすn」
「うっさい」
ヒュ、ドゴ!ドカ、ドサ
調達した物資で両手はふさがっているので、顔面にハイキックを放つ。急な攻撃に反応できず、もろに蹴りを食らった最後の1人は壁にぶつかり気絶した。
「悠夜…さん?」
「だから寝とけって言っただろうが」
ボーッとした眼でこっちを見て、質問してくる織斑に文句を言う。
「すみ、ません、助かり…ました」
「何してんのかは知らんが、早く帰って寝ろよ」
はぁ、とため息をついてそのまま帰ろうと背をむけたら、ポスッと背中に織斑が倒れてきた。
……両手に持っていた荷物を片手に持ちかえて、織斑を片手で支えながら振り向く。織斑はかなりの高熱で意識がなかった。
……救急車を呼ぶ。却下、学園への事情説明がめんどうだし、受け入れ先の病院で揉めそうだ。篠ノ之達に連絡。却下、やたらと騒いで逆効果だし、織斑が後から文句を言いそうだ。
……嫌だなぁ、俺の最後の砦なんだよなぁ。はぁ、マジで予知能力とかあるかも知れん。篠ノ之が言った不吉な事とは関係なさそうだが……めんどい。
……もういいや、俺の家に運んで寝かせよう。織斑だし、1日寝れば治るだろ。んで、口止めしとけばなんとか……なればいいなぁ
っ、と。かっるいなぁ〜、とりあえず行くか。
織斑を肩に担いで俺は家に走って向かった。あん? 病人になんてことをするんだって? ……今は片手に荷物があるし、倒れたのは自己責任だから知らん。俺はちゃんと注意したからな。それに歩いて5分くらいの距離ならこの運びかたが1番速い。だから文句言うな。
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……ん、ここは? ……たしか私は銀行に行って、その帰りに男達に絡まれて、それから……
「やっと起きたか」
私はいつの間にか眠っていたようだ。目が覚めて、眠る前にあったことを思い出そうとしたら声をかけられた。
「……悠夜さん?」
熱でボーッとしている頭を、声がしたほうに向けると、悠夜さんが読んでいた本を閉じてこちらを見ていた。
「ここは俺の家。で、お前が倒れたから連れてきた。ちなみにここは俺の部屋じゃねぇ、以上」
私が質問する前にすべて簡潔に説明された。……悠夜さんの家には初めて来たな。
「すみません、すぐに帰ります」
そう言って体を起こそうとしたが
「アホか」ヒョイ、ピシャッ
「ひゃう!?」ポスッ
起きようと上体を起こそうとした瞬間に、濡れたタオルを額に投げられて倒れてしまった……そのせいで変な声をだしてしまった。
「そんな状態で帰してなんかあったらどーすんだ、絶対に俺にめんどくさい事がおこるだろうが」
ため息をつきながら、怠そうにそう言われた……これが照れ隠しでもなんでもなく、本心からめんどくさいと思っているのだから、何とも言えない。
「それに今何時だと思ってんだよ」
そう言って見せられた携帯に映る時間は……夜中の10時過ぎだった。
「分かったか? で、食欲は?」
「……あまりないです」
「ふぅん、んじゃ、これ飲んどけ」
といって、市販の薬とスポーツ飲料水を渡された。
「……さっき起きようとしたときに渡してくれれば」
「飲むだけ飲んで、無理にでも帰ろうとしたな」
……実際にそうしただろうから何も言えない。
「あぁ、熱は計っておいたからな」
ピタッ、と自分の動きが止まったのが分かった。今の私の服装は学園の制服の上を脱いでカッターシャツとスカートといった格好だ。つまり……
「誤解がないように言っておくが、耳温計だからな」
……言われてからしっかりと確認し直したが、カッターシャツのボタンは外された形跡はなく第1ボタンまで留まっていて、服装の乱れもなかった。
……女として何とも言えない気持ちになった。
「で? 何か申し開きはあるか?」
薬を飲んでベッドに横になった私に、悠夜さんはめんどくさそうに聞いてきた。
「………」
「別に、風邪引くな、とか、倒れるな、とか言うつもりはない。けどな、自分の体調くらい分かってんのに何でわざわざ倒れるまで外を出歩いてんだよ」
「銀行に行ってました」
「あぁ、それは本当だったのか。けど、聞いてんのは何をしてたかじゃなくて、何でそんなことをしたか、だ」
「……私は、なにもできません」
「はぁ?」
「束のように、情報を操作して一夏達を守ることも。悠夜さんのように、交渉をして周りを守ることも」
「私に出来ることは、せいぜいISを扱って目の前の敵を倒すことだけ」
「だからせめて、普通の姉としてでも一夏に不自由なく過ごさせたかったんです。私にも守ることができる、と」
風邪で弱ってるからだろうか、言わなくていいことも喋ってしまった。けれど、これが紛れもない本心だった。束にも悠夜さんにも抱いていた、ある種の劣等感。一緒にいても、ある時ふっ、と感じる黒い感情。なぜ、私にはできない。なぜなぜなぜナゼ? と。
「まぁ、あのボケウサギと比べるのはおかしいが、理由は分かった」
「けど、それでお前が倒れたら本末転倒だろ」
「何がですか」
「守る云々はまぁ、織斑が考えたんだからそれでいいだろ。ただ、それなら言ってることが矛盾してるだろ」
「お前が無理して倒れたら、誰が一夏を守るんだ?」
「それは……」
「自分のことを守れない奴には他人は守れない。とか聞いたことがあるけどな、あれは違うと思うぞ。別にその場で守って死ぬくらいは出来るからな〜」
「けど織斑の場合、死んだあと他人に丸投げとかできる性格じゃねぇだろ。ブラコンだし」
「それが出来ないなら、体調くらい調えとけ。んで、俺に迷惑かけんな」
はぁ〜、だる。と言って悠夜さんは椅子の背もたれに体を預けた。……悠夜さんの言ってることは正しい。けれど、私にできるのは……
「自分で出来ないならボケウサギでも、世界最強って肩書きでも利用しとけ。ボケウサギなら喜んで手伝うだろうしな」
「しかし、それは……」
「お前が持ってるコネを使って何が悪い? 自分1人で出来ることなんかたかが知れてんだからな」
「……ふふ」
「……熱で頭がやられたか?」
「違います」
悠夜さんの言う通りだ。出来ないなら頼ればいい、あの時も言われたことを忘れていたな。そう考えると今まで悩んでいたことがバカらしくなって、思わず笑ってしまった。
「つうか、病人はとっとと寝ろ」
「悠夜さんはどうするんですか?」
「ここで本を読んどく」
「寝ないんですか?」
「寝てて夜中に家の中を徘徊されてもめんどくさいからな」
「徘徊って……しませんよ」
「トイレに行って倒れた音で起こされるのはごめんだ」
「今日は優しいですね」
「お前のなかの俺は病人をどんな扱いしてるんだよ」
若干、顔をひきつらせながら悠夜さんが聞いてきたが答えなかった。
「優しい悠夜さんにお願いがあります」
「優しくないから却下だ」
「手を握ってもらっていてもいいですか」
「無視かよ、つかなんで?」
「風邪のときは人恋しいんですよ」
冗談めかして言ったが、恥ずかしいことにかわりはなかった。熱以外の理由で顔の温度が上がった気がする。けど、風邪の時くらいこんな役得があってもいいだろう?
「はぁ〜、お前ら実は1人だったのが分かれたとかじゃないよな? 言うことが同じだ」
束も似たようなことを言ったのか? ちょっとした疑問を感じている間に悠夜さんは手を握ってくれた。自分の手よりも大きく、熱とは違う暖かさがあった。
「さっさと寝ろよ」
そう言って、悠夜さんはさっきまで読んでいた本を、椅子の上に片足をのせて、片手で器用に読みはじめた。
「お休みなさい、悠夜さん」
「はいはい、お休み『雪』」
悠夜さんの声を聞きながら、私はゆっくりと眠りに落ちた。
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……さっきの流れで終わればよかったんだけどさ。わざわざ若干キャラを変えて、説教紛いのことを言って、織斑を丸め込んだまではよかったんだよ。多分、これでもうこんなことはないだろうしな。めんどくさいことにならなくてすむだろ。
……問題は織斑が寝た後だ。手を握ってんのは別にいいんだよ、しばらくしたら放すつもりだったしな。が、織斑は寝ながらどんな夢を見てるのか知らねぇけどな、全力で握ってくるんだよ……
めちゃくちゃ痛い、普段から剣道をやってるからか知れないが、握力がありえないくらい強い。
……明日まで俺の手はもつのだろうか? はぁ〜、めんどくさい