風見幽香に転生した私は平和を愛している……けど争い事は絶えない(泣) 作:朱雀★☆
風で揺れる木々のざわめき、暗闇から満月の
森に囲まれた紅い洋館とか違和感しか感じないのだが。
画面上ではわりと気にしていなかったが、現実で見ると雰囲気は全く違うものだ。
不気味な館だね。
私は一歩ずつ地面を踏みしめながら心の中でごちる。
真っ直ぐ進むと、大きな門が見え、更に言えば、そこを守護するように一人の女性が仁王立ちでこちらを見ていた。
淡い緑色を主体としたチャイナドレスに、腰まであるんじゃないかという程の長い赤髪、その上には緑色の帽子を被せている。
彼女の名は『
彼女は妖怪でありながら人間の真似事をするわ、人を襲わないといった妖怪らしくない妖怪だ。
さて、大人しく通らせてくれるかな……?
ゆっくりと、威圧するように妖力を高め、余裕を崩さない態度を持って、私は美鈴の正面に立つ。
「こんにちは門番さん」
「はは……どうも、お客様、じゃないですよね~」
「残念ながら違うわね」
彼女は乾いた笑いを見せるが、私は“優しく”笑みを浮かべ、彼女に問う。
「ここの奥にいる吸血鬼に会いたいのだけど……通らせてもらっていいかしら」
そう言って前に一歩踏み出した瞬間、彼女の目つきが鋭くなる。先ほどまで人に優しそうな目つきだったが。
やはりそう簡単には通してくれそうにないか。
「あら? 通してくれないの?」
「申し訳ありせん。私の主がここを誰も通すなとの命令をしているので、誰であろうとここは通らせることは出来ないんですよ」
「そう……争い事は好まないけど、仕方ないわね」
私はそれだけ言い、内に秘めていた妖力を開放する。風見幽香がいつも持ち歩く『日傘』を手に、私は戦闘態勢を整えてから、もう一度だけ、今度はもっと威圧的に私は彼女に問う。
「もう一度だけ、言うわ。ここを通らせてはくれないかしら?」
「断る!!」
美鈴から放たれた否定の言葉を皮切りに、闘争が始まった。
私はゆったりとした動きで彼女に迫り、一方で美鈴は勢いをつけるために走る。
私は攻めに行くことはない。何故なら彼女、美鈴は格闘を得意とする者で、簡単に説明するならば、素人がプロボクサーに挑むようなものなのだ。
身体能力は私のほうが高くとも、技能では圧倒的に不利、だから攻めない。
けど、負けることは“絶対”にない。
高速で私に肉薄する美鈴は、素早い動作で私の顎に掌底を叩き込む。
「はっ!」
「ッ!」
強制的に顔を上に向かせられ、身体が少し宙に浮く。そこから流れるように蹴りや拳が追撃する。
それを私は“無防備”に受ける。
「ハァァァアアッ!!」
気を高めた美鈴の拳が最後に腹部へと打ち込まれる。
だが、それで私の身体が後方へと吹き飛ばされた訳ではない。
その事に驚愕の表情を美鈴は私に見せる。
「馬鹿な……」
私の腹部に拳を当てたまま、彼女の口からそんな言葉が漏れた。
我ながら本当に、馬鹿げた身体をしていると痛感するよ。
『風見幽香』の肉体は本当におかしい。美鈴が最後に放った一撃は、恐らく上級妖怪にも匹敵するほどの威力を持っている。
だが“上級の妖怪に匹敵するからといって”それは風見幽香に通用するかと言われれば、答えは否だ。
「さて、門番さん。準備運動はもう終わりかしら? それなら次は、私の準備運動に付き合ってもらうわ」
全く効いていない事を証明するように、笑顔を見せながら、私は手に持つ日傘で美鈴の腹部に突きを入れる。
「カハッ!?」
肺から全ての空気を吐き出し、身体をくの字に折り曲げ、美鈴は後ろへと吹き飛ばされる。
私はその姿を冷静に見つめながら、頭の中では色々と考えていた。
圧倒的な力を見せつけ、絶望を与え、戦意を喪失させることが出来ればいいが、相手は門を守るのに、言葉通り命がけ。そんな相手の戦意を喪失させることはほぼ不可能だ。
ならば、最早残る方法は一つ、再起不能にさせるのだ。
簡単に言う私だが、それが出来るから言っている。勘違いしないでほしいのは、彼女が決して弱くないということだ。ただ、私が強すぎるだけだ。傲慢な考えだと思う人もいるだろう。だが、これが現実なのだ。最早、この戦いは戦う前に勝敗は決しているのだから……。
「……頑丈ね。大人しく寝ていたほうが身のためだと思うけど?」
「いやいや、門番が敵を前に大人しく寝ることなんて出来ませんよ」
腹部に手を当てながらも立ち上がる目の前の門番に、私は溜め息を吐く。
「時間を掛けたくはないし、次は手加減はしないわ」
お願いだから素直に寝ててよ美鈴。と、私は言いたいけど言えるわけもない。ならこの戦いを早く終わらせるまで。
私は目を細め、ここで初めて、歩くのではなく、走った。
足に力を込めれば地面は抉れ、一歩を踏み出せば大砲が発射されたように直線に進む。
私が本気になったことを理解した美鈴は瞬時に気を高め、両腕をクロスさせる。
耐える気だな。それは間違った選択だと後悔するだろう。
日傘を持つ手に力を込める。
助走の勢いをつけ、日傘を持つ手を真上に上げる。美鈴に肉薄した私は上げていた日傘を躊躇いもなく振り下ろす。
日傘が美鈴の腕に当たった時、ズンッ! と、重たい音が鳴る。それと同時に美鈴の足は地面に減り込み、地割れが起きる。私の日傘を受け止めた腕からは鈍い音が響いた。
確実に骨は折れただろうな。
「ぐっ!」
苦悶の声を漏らす美鈴だが、その瞳からは未だに諦めの色は見えない。
ならば、追撃するまで。
私は振り下ろした日傘をもう一度美鈴の腕に叩きこむ。
軋む音が、苦悶の声が響く。
それでも彼女は負けを認めない。
「強情ね」
「諦めの悪さには自信があります」
「減らず口を」
日傘を持たない空いた手で、私はボディブローを放つ。拳は美鈴の胸の中心に入り、身体を上へと浮かせ、日傘で地面に叩きつける。
叩きつけられた美鈴は激しい音と共に地面に陥没した。
「これで終わりよ……はぁ、ホントに諦めが悪いわね」
私が戦いの終わりを宣言すると、彼女はまだ終わっていないと言うように、ボロボロになった身体を起こし、再び立ち上がった。
その執念に、私はやれやれと首を横に振る。
今度こそ沈める、と、私は日傘でまた地面に叩きつけようとした時、気づく。
「貴女は本当に諦めが悪いのね」
門の前で彼女は腕を広げ、まるでこの先には行かせないと言うように、門を守ったまま“気絶”していた。
殆ど呼吸も出来ない、荒い呼吸を繰り返し、折れているはずの腕を必死に上げ、瞳からは光を失い、されど、彼女は門を守る。
「大した意地ね」
上に掲げていた日傘を下げ、私は苦笑する。
美鈴の門番としての意地は相当なものであった。それは恐らく中にいる紅魔館のメンバーを守るために、なんだろうな。
優しい門番に、私は無駄だとわかっていても口を開く。
「大丈夫。貴女の守るべき人たちは誰一人死なないわ。だから、貴女は少し休んでいなさい」
美鈴の開いた瞼を優しく閉じ、門の近くに彼女を運ぶ。
身体を労るように、私はゆっくりと地面に寝かせた。
「貴女にしては随分と手こずっていたわね」
後ろで観戦していたのか、ゆかりんが怪しい笑みを浮かべたまま話しかけてくる。
「そうね。この門番を少し甘く見ていたわ」
「この娘は善戦したほうね。けれど、貴女がその気になれば一瞬でかたをつけられたでしょうに。もしかして遊んでいたのかしら? 酷いわね~」
扇子で口元を隠しながらクスクスと笑うゆかりんに、私は誤解だと叫びたいが、ギリギリの所で我慢する。どうせ何を言っても私の言葉に耳を貸さないのは目に見えている。
だから、私は少し怒った声で返す。
「私は、早くこの馬鹿げた祭りを終わらせなさい、と、言ったけど? なぜ貴女がここにいるのかしら?」
「あぁえっと……それじゃまたね幽香」
「すまない幽香」
不機嫌そうにしわを眉間につくる私に、ゆかりんは焦った様な口ぶりで別れを告げてスキマを使って消える。
そんな情けない主人を追うべく藍もまたスキマを使うが、行く前に申し訳無さそうな顔で謝る藍に、私は手を振って返す。
藍は悪くない。恐らくゆかりんがちょっと見てから行きましょ、なんて言って付き合わされたのだろう。全く、さっきまで吸血鬼にこれ以上大きな顔をさせないと言っていたのにこれだ。
相変わらずのゆかりんの性格にやれやれと首を振り、私は今一度、紅魔館を見る。
ここから先はもっとやっかいな相手と戦わなければならない、か。
本来は穏便な方法で終わらせたいところだが、そうもいかないのが現状。ま、誰一人死なないで終わらせる事を目指して、頑張りますか。
重たくなる足を動かし、私は紅魔館の門を潜った。