奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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第3話 天の鎖(1)

 日本で起きたライブ会場の惨劇から1ヶ月。唐突に発生した聖遺物の反応はF.I.S.を歓喜させる。

 

 F.I.S.の研究施設に運ばれたティーネ・チェルクを名乗る少女は、運ばれた先でメディカルチェックを受ける。

 その数値は内戦地域にいたとは思えないほどに健康であり、研究者たちを驚かせた。

 

 どうやら父母は内戦に巻き込まれ、既に亡き者となっているらしい。しかし、ティーネはそれでも気丈に振る舞い続けた。

 研究者たちにとってはどうでもいい事ではあったが、しかし心あるものが見れば彼女が健気で心が強いと思わせるに十分な姿だった。

 

 また、彼女の持っていた鎖の破片は調査の結果、(なかば推測できていたとはいえ)聖遺物であることがわかった。

 どのような聖遺物なのかは現在調査中ではあるが、それを暴走的な形とはいえ多少なりとも起動できたのは所持者であるティーネ・チェルクだけであった。

 

 だからこそ、この聖遺物がどういったものなのかを知るには彼女に聞く必要がある。

 

「それで、この鎖のお守りというのは誰からもらったんだね?」

 

「お母さんからです! 実家のお守りだったって……。ええっと、確か……」

 

 うーんうーん、と悩む彼女を見て、研究者は予想外に情報を知ることが出来そうだと驚いた。

 特に、彼女の地元で何らかの神秘性をもっていたという事実、はわかりやすく聖遺物の由来を知る手がかりとなる。

 

「実家? 君のお母さんの実家とは何処にあるんだい?」

 

「え、ええっと……。僕のお母さんはイラクの人なんです。たしか、昔の神話の鎖を模したものだって……」

 

 そういって少女は、鎖を模したお守りを持ち上げる。その動作に合わせ、聖遺物はじゃらりと音を鳴らす。

 

 鎖。神話において、鎖は意外と珍しいものではない。

 例えば、ペルシャの叙事詩「シャー・ナーメ」に登場する王タフムーラスは、悪神アンリ・マユを始め悪魔を鎖で繋ぎ、使役したという話がある。

 また、北欧神話には巨大な狼である「フェンリル」を縛る「グレイプニル」と呼ばれる鎖も登場する。

 獣を縛り、魔を縛る。鎖とは古来より、人が恐れるものを縛り上げ無力化するために用いられた。

 

 そしてイラク、つまりシュメール方面の神話にも、やはり鎖は登場する。

 

 

「なるほど、つまりそれは天の牡牛を縛った鎖だったわけだな」

 

「ええ、どうやらそのようです。神話において明確な名称のない鎖ですので、我々はこの聖遺物を『エルキドゥ』と呼ぶことに決定しました」

 

「エルキドゥ……牡牛を縛り上げた張本人、神エルキに作られた粘土の野人か」

 

 

 彼女(ティーネ)に対する質問を一旦切り上げた研究者は、所長のもとへ向かい調査結果を報告する。

 鎖の一欠片とはいえ、シンフォギアシステムを作るには十二分な量の聖遺物。完成すれば、そのままティーネが使用することになるだろう。

 

 一応今までティーネに外面だけとはいえ優しく対応していたためか、ティーネはこちらに隔意を抱いている様子はない。

 わざわざLiNKERを使用して装者をでっち上げるより、こちらに従ってくれる真っ当な適合者を用いた方が費用もかからない。

 

「ところで、あの、僕はこれからどうすればいいんでしょう?」

 

 別室においてけぼりにされているティーネは、そう声を上げる。

 その言葉に意識を向けた研究者は所長と目配せし、笑顔を浮かべてティーネの下へと向かう。

 

「ああ、そのことなんだけどね。君も、ノイズと呼ばれる災害は知っているだろう? 我々はノイズに対向するための力を研究していてね。──どうだろう、君さえ良ければ我々に力を貸して欲しいんだ」

 

「? よく言っている意味がわからないんですけど……」

 

「おっと、そうだったね。あの鎖のお守りはね、すごい力を秘めているんだ。そして、それを扱えるのは君だけなんだ!」

 

 研究者は言っている間に興奮したかのか、徐々にその言葉に熱が入っていく。

 もちろん、ここで興奮する理由は彼女が人類を救えそうだからではない。そんな彼女を、聖遺物をF.I.S.が見出した点に興奮しているのだ。

彼女の研究が進めば、この部署の立ち位置はグンと向上することは明らか。栄光を前にした研究者は心からの笑顔を浮かべる。

 

「さあ、君はどうしたい? ノイズから人々を守れるのは君だけだ! 君だけなんだ!」

 

 彼女の来歴を聞き出したところ、父母が死んだ後もバルベルデでできたという友人を紛争で失くすこともあったと言っていた。

 ならば、彼女が仮に人を助ける力を持っていると言えばその力を望むと考えた研究者は、そう言ってティーネを煽る。

 

 歳若いがゆえに持っているであろう青い正義感をくすぐるような研究者の言葉に、彼女は理解しているのかしていないのか静かな微笑みを浮かべる。

 

「……はい、まだあんまり良くわからないですけど、僕の力が役に立つのなら」

 

 ティーネはわずかに沈黙し、次いで逡巡することなく了承する。

 その微笑みには決意が浮かんでおり、研究者も懸念が解消されたことで安堵する。

 

「よし、それじゃあ色々説明しよう。こちらに来てくれ」

 

 研究者はティーネの手を引き、施設奥へと歩いて行く。

 それに従うように歩いて行くティーネは、その顔にいまだ決意の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

(やれやれ、とりあえず潜入することが出来た)

 

 エルキドゥは、目の前の研究者の背中を見ながら心のなかで安堵する。

 

 

 事の発端は、そもそも彼がアメリカの聖遺物研究機関の名称などを知らなかった(正確には覚えていたかった)ことに始まる。

 航空機に潜入しアメリカへと単身渡ってきたエルキドゥは、どうやってその組織から情報を得るかを考えていた。

 しかし、そもそも所在地を知らず、名称は憶えていない。そんなありさまでは、彼が自分から組織に潜入することは不可能だといえる。

 

「どうすれば彼らの場所に入れるだろう……」

 

 もちろん、聖遺物の力を全開で使用すれば発見も侵入も容易だろう。しかし、そんなことをすれば間違いなく目立つ。

 F.I.S.に発見されることもそうだし、ヘタすれば二課に自身のアウフヴァッヘン波形を記録されかねない。

 

 そうなってしまえば自分の存在が常に警戒されることになる。なにせ、自分は強力な完全聖遺物。そのエネルギー規模も大概なのである。

 最初に覚醒した時は、同時に奏の絶唱によるエネルギー放出があったから誤魔化せる可能性もあったが、今はそれもない。

 一度目の侵入まではいいかもしれないが、二度と余所への侵入は叶うまい。

 

 と、そこまで考えてふと逆転の発想が浮かぶ。

 そもそも、こちらから見つけることは不可能。では、向こうからこちらを見つけて貰えばいいのではないだろうか?

 勿論、目立つのはダメだ。完全聖遺物が見つかったなんてことになれば、間違いなく捕まってしまう。

 自由意志を持っているとしても、聖遺物は聖遺物。間違いなく厳重な監視下に置かれ、自由を奪おうとしてくるだろう。奪えるかどうかは置いておくが。

 

 だが、目立たない程度に発見される。つまり、聖遺物の欠片が見つかる程度の発見ならどうだろうか。それなら、向こうも多少の自由を認めて保護してくれるのではないだろうか。

 

 その考えに至ってからの行動は早かった。

 まず、自身の肉体の一部を切り離し、鎖の形に固定する。

 エルキドゥ自身は不定形であり、その総量は人の体積の数倍は容易に越える程である。

 鎖を構築する一部分程度の肉体が損失しても、人が髪を切る程度の損失でしか無い。

 これを用いて、「聖遺物の欠片」、即ちシンフォギアの材料を作成する。

 

 次に、少しでも人間らしさを作るため、自身の内部の「人の魂」、つまりエルキドゥの転生前の魂の持つ要素を基に1つの人格を創りあげる。

 より正しく言えば、記憶も意思も共有するため明確な別人格とは言わない。しかし、機械的な部分が表出することを防ぐことはできる。

 

 そして、なるべく紛争が発生しそうな場所へと向かう。

 F.I.S.に見つかった時に少しでも自然を装うなら、少女が1人でいる環境を作る必要がある。

 図書館などで調べた結果、バルベルデと呼ばれる紛争地帯が中南米にあるという事を知り、その地域のなるべく北限、合衆国に近い地域で波形を出力することにした。

 

 バルベルデについてからはそこで暮らし、人としての感性・感情をより自然なものと変えていく。

 住人にこの地域で死んだ子供がいないかを聞き出し、その死んだ子と友人だったと偽る。

 悲しみの涙をながすことで、彼が住民たちと悲劇を共有していると錯覚させ連帯意識を構築し、その地域へと溶け込みバックボーンを形成する。

 

 そして、同時に優れた容姿を晒して生活していく。己の見た目は聖娼シャムハト、神に仕える巫女たる娼婦の中でも特に優れた見目をしていた彼女のそれを模倣している。

 それが貫頭衣というシンプルな服装をしていれば、馬鹿な考えを起こす男たちが出てくるということは容易に想像がつく。

 となれば、それらに襲われた恐怖で聖遺物を起動させたということにすれば、自然にアメリカの聖遺物関連の組織に保護されるだろう。

 

 果たしてそれは成功し、彼は上手くF.I.S.に潜入することが出来た。これが彼がアメリカに来て1ヶ月の状況である。

 

 

 

「それで、エルキドゥの装者の能力は解析できたか?」

 

「はい。といっても、なかなかその能力を証明できるかは難しいところなんですが……」

 

 F.I.S.研究者であり、ティーネの主担当者は、数週間前に施設へと来た少女の装者としてのデータ、聖遺物の機能をディスプレイに投影する。

 そこにはギアを身に纏ってもほとんど見た目の変わらない、いつもの貫頭衣の姿が映し出されている。

 

「これで本当にギアを纏っているのか……?」

 

 所長の発言も当然。既に判明しているシンフォギアの奏者たちは、ボディスーツのような服に機械的な鎧を纏っている。

 翻ってティーネの場合、姿に変化が見られないのだ。

 

「はい。一応貫頭衣の下にはギア装者特有のボディスーツを纏っていました。どうやら『エルキドゥ』のギアの特性の1つがその不定形さにあるようなのです」

 

 次の画像では、訓練施設でのティーネの戦闘が映しだされている。

 彼女の貫頭衣の端が変形し、鎖となってシミュレータのノイズを打ち倒している。

 また、鎖に限らずその貫頭衣の縁が刃となりスカートを回すようにして周囲を薙ぎ払う、剣のように変形し射出し大量のノイズを撃滅するといった姿が同時に映っている。

 

「なるほど、確かに変幻自在だな。しかし、これで十分に能力を証明できているのではないか?」

 

「いえ、これは能力の一部に過ぎません」

 

 納得した声と同時に疑問を提示する所長に対し、研究者は否定し、更に次の画面を写す。

 そこにはいくつかの波形パターンが浮かんでいる。シンフォギアや聖遺物の起動によって発生するアウフヴァッヘン波形を表示した図である。

 

「このアウフヴァッヘン波形はどれも異なるように見えますが、すべてエルキドゥの起動によって得られた波形です」

 

「別の波形にしか見えないが……。アウフヴァッヘン波形というのはこうも変化するものなのか?」

 

「いえ、通常の聖遺物ならたとえ装者が異なっても波形が変化することはありません。これが、エルキドゥの持つ特性の1つなのです」

 

 これを見て下さい、と更に別のアウフヴァッヘン波形を映し出す。そこにはF.I.S.の装者、レセプターチルドレンの写真と聖遺物も同時に映しだされている。

 

「これをエルキドゥの装者に確認させたところ、エルキドゥの波形が変化しました。詳しく調査した結果、エルキドゥはどうやら他の聖遺物と同じ波形をもって干渉することができる可能性が高いと見られます。いわば、聖遺物へのクラッキングですね」

 

 エルキドゥは、神話において天の牡牛を縛り上げることが可能であった。街を滅ぼす嵐の如き天牛は、その鎖の前に為す術なく封じられたのだ。

 ネフィリムのように、生物的な聖遺物は存在しうる。まして神に遣わされた天の牡牛が聖遺物であった可能性は低くはないといえるだろう。

 それを封じるということは、その鎖には強力な干渉効果があったのではないかというのが研究側の見解である。

 

 余談だが、フォニックゲインを発する歌を歌えないティーネがシンフォギア加工されたエルキドゥを操作できるのはこの力によるものである。

 つまり、ティーネと名乗る「完全聖遺物エルキドゥ」が「聖遺物クラック能力」を使ってペンダントに加工された「エルキドゥ」をシンフォギアとして操作しているということである。

 エネルギーの無駄遣い以外の何ものでもないが、疑われないようにするためには必要なことだった。

 

「ふむ、つまり聖遺物を従え、コントロールする。それがエルキドゥの能力というわけか……」

 

 これは、切り札足りえる。異端技術(ブラックアート)をコントロールする鎖があれば、技術の解析の進む可能性は高い。

 ややもすれば、あのフィーネにすら対抗し、先んじる可能性さえあるだろう。

 

 F.I.S.は二課同様聖遺物を研究するための組織だが、その方針は二課と異なり、歌という不確定要素に頼らず起動することを主題においている。

 仮にエルキドゥを歌に依らず起動することができれば、他の聖遺物も鎖を通して扱うことが可能となるだろう。

 

「よし、上層部に報告だ。彼女の存在は、フィーネから一切を隠し通して欲しいと伝えろ」

 

「分かりました。それと、できれば彼女をレセプターチルドレンの連中と会わせても構わないでしょうか? 干渉効果がどういった原理で発生するかを確認したいのですが」

 

 勿論データはフィーネが確認できない場所に保管する予定ですが、と研究者は要望を訴える。所長はそれを許可し、退出させる。

 研究者の退出後、所長は未だ投影されているディスプレイを見て、その顔に笑みを浮かべる。

 

「ふ、ふふふ……。いつまでも我々の上に立っていられると思うなよ、フィーネ……」

 

 ティーネにとっては予想外であったが、ティーネを名目上保護したこの施設はF.I.S.の中でも比較的米国政府よりの施設であった。

 F.I.S.は聖遺物を研究すること主題に掲げている智慧の信奉者達による研究組織であるが、この施設はあくまで米国主導で立ち上げられたもの。

 研究者や職員も比較的愛国心が強いメンバーで構成されており、それらの所長である彼は政府からの出向者。米国へと技術還元することを目的としているのである。

 しかし、フィーネの影響が少ないということは逆に言えば異端技術(ブラックアート)に関する知識も少ないということ。

 装者もおらず、今まではあまり成果を上げられていなかったが今度は違う。

 

 日本、特に二課が大被害を受け、フィーネが大きく行動できる状況でないことが奏功した。

 彼女──ティーネ・チェルクは間違いなく米国のジョーカーになり得る。所長はそう確信していた。

 


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