奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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第18話 神の被造物

 エルキドゥの通達から12日。2週間という期日は間近に迫っていた。

 

 全世界に対する、と言うより日本政府に対する要求、及び無差別テロの予告の予告は、当然ながらテレビ等でも取り沙汰されていた。

 その中でも、「シンフォギア」「装者」とは何なのか、ノイズを操れるのは本当なのかといった話題が主に焦点となっていたが、しかし1週間も経った現在ではその動きも沈静化されていった。

 実は映画の撮影だったのではないか?何時だったかのアメリカの宇宙人が出たというジョークラジオのようなものなのではないのかというところに落ち着きつつあった。

 尤も、まだ期日の2週間に対して半分の期間しか過ぎていない現状では、完全な沈静化は難しい。下火にはなっているが、噂は消えていないというのが現状だった。

 

「っていう噂の沈静化とかも二課のお仕事なんですよね。ティーネちゃんの調査と並行してやってるってんですから、二課の皆さんもやっぱりすごいですよね翼さん!」

 

「ああ、そうだな。だからこそ、我々もまた出立の時までに少しでも刃を研ぎ澄ませておく必要があるということだ。二課の人々の努力を無為にするわけにはいかんからな」

 

 そう言って元気に雪の登山道を駆け上がっているのは、巷で話題のシンフォギア装者こと立花響と風鳴翼。

 翼は幼い頃からの鍛錬、響は弦十郎との修行で手に入れた肉体を更に鍛えるため、こうして自主トレに励んでいた。尚、トレーニングメニューは風鳴弦十郎考案のものである。

 普段は彼女らの鍛錬に付き合うこともある弦十郎は、現在二課がとても忙しいということで監督には来ていない。

 その代わりというわけでもないが、その2人の後ろからついてくる1つの人影が見える。

 

「だ、だから、待てっつってんだろおい……。あたしはお前らみたく、バカな修行に慣れてねえっ……てんのに……」

 

 フラつき息も絶え絶えな少女、雪音クリスはそう言って先を行く2人を呼び止める。

 クリスはギアを見て分かる通り射撃能力が高く、戦闘時の判断力などにも優れている。戦闘者なだけあり、常人に比べれば生身でもそこそこ程度の力はあるだろう。

 だがしかし、マンガや映画やアニメでしかないような修行に付き合えるような人外じみた体力は持っていない。歳相応の少女としては多少優れている程度の肉体能力だったクリスは、修行に付き合い始めて早くも後悔していた。

 

 やがて頂上についた装者たちは、レストハウスで休憩用のベンチに横並びに座る。

 主にクリスにとって過酷なトレーニングも休憩ということで、クリスは息も絶え絶えに背もたれにより掛かった。

 

「こんなアホみたいな修行で成果でるってんだから信じらんねえよなあ……」

 

「アホみたいって、確かに師匠のトレーニングは言ってる意味がわかんないことが殆どだけど……。でも、映画とかでやってたからきっとすごいんだよ!」

 

「確かに雪音の言うとおり、正直なところあまり効率がいいとは言えない。だがな雪音、効率だけを追い求めても強くなれるものではないぞ?」

 

「わーかってるって。それがわかってるからお前らの修行にひいこら付き合ってるんだろ?」

 

 クリスも、自身が肉体的にはあまり強くないことはわかっている。だからこそこうやって2人の映画的トレーニングを自分でもこなそうとしているのだ。

 艦上でクリスが戦ったティーネ・チェルクは、なぜだか分からないが生半な力ではなかった。せめて少しでも弱点を無くすことで決戦に備えようとするクリスの根幹には、今一度奪われたソロモンの杖がある。

 

(ティーネは、ソロモンの杖を使わないといったが……だからって、誰かが持ったまんまにして良いようなもんじゃない。あたしが起動した杖なんだから、あたしがしっかり始末付けなきゃいけないってもんだ)

 

 そう決意するクリスの心には、杖のせいで大切な場所を守れなくなるかもしれない恐怖がある。自分が歌を歌える学校に、自分の歌を好いてくれる級友。新しく手に入れた帰る場所を、自分の不手際で失うことは今のクリスにとって何よりも辛いことだった。

 だからこそ、クリスは決意を固めている。ティーネ・チェルクは杖を聖遺物を出し入れするための鍵として扱っている以上、取引などで渡すことは基本的に無いだろう。ならば、正面から皆でぶつかって、ティーネごと杖を奪還することが今のクリスの目標となっていた。

 

 三人の装者たちがベンチに座って休息していると、それぞれの端末に同時に連絡が入る。

 

「はい、翼です……司令?」

 

『三人とも、そろそろメニューは一周できたか?こちらのティーネ君に関する調査に進展があった、終わってたら一旦帰投してくれ』

 

 応対した翼たちに、弦十郎がそう伝える。その言葉に、装者たちは色めきだった。

 

「ティーネちゃんの情報何かわかったんですか!?」

 

『ああそうだ。だが、修行が終わってなかったのならちゃんと終わらせてから来いよ? あのメニューはワンセットで効果を発揮するはずだからな!』

 

 響の言葉にそう答え、電話を切った弦十郎。修行を終わらせてから、という言葉にクリスは顔を青くした。

 3人がそれぞれ端末を切り、翼と響はクリスに向き直った。その2人の横には空のジョッキが、クリスの側には生卵の入ったジョッキがあった。

 

「飲むのか、コレを……」

 

 トレーニングメニューの1つにある、某映画を参考にした生卵ジョッキ。激しい運動の後にこんなゲテモノのような物を飲まなければいけないという事実に、クリスはげんなりした。

 

 

「通信終わりましたか、司令」

 

「緒川か。ああ、どうやら修行はほぼ達成しているらしくてな。戻るにもそう時間は掛からんだろう」

 

 そう言って、弦十郎はモニターを見やる。モニターに映るアウフヴァッヘン波形は、ティーネ・チェルクの持つ「エルキドゥ」のそれと相違ない。

 

(これが真実だとすれば、俺達は勘違いをしていたのかもしれない……)

 

 ボロボロに破壊された端末のデータから判明した出力は、当時起動したネフシュタンと同等以上。完全聖遺物並みのエネルギー出力のデータが表示されたモニターを、弦十郎はじっと見つめていた。

 

 

 

 2日後、海抜にしておよそ2000m前後を浮遊しているフロンティア、そのコントロールルーム。

 医療技術や月の落下を止めるためのデータを集め終えたマリアは現在、エルキドゥが二課の本部を脱走する際に持ちだした缶詰をもそもそと食べていた。エルキドゥもまた必要なことは調べ終えたらしく、現在は外で装者を待っている。

 やがて缶詰を食べ終えたマリアは、大きくため息を吐く。

 

「……はあ。そろそろ2週間経つけど、ティーネは一体何を考えているのかしら。死者蘇生とは言うけれど、自分からは何も明かそうとしないし……」

 

 この2週間、結局ティーネに関する有力な手掛かりは得られなかった。 マリアが何を聞いても、決して計画の中身を話そうとはしない。

 装者を集める理由もわからなければ、どうやって死者蘇生をするのかも謎。結局マリアの歌は必要なかったのか、マリアに何かを要求することもない。だからこそマリアもこの2週間で必要な情報を集め終えたることが出来たのだが。その手段のことを思い、マリアは再びため息を吐く。

 

「それにしても……。月の落下を止めるためには、フォニックゲインを集め束ねてバラルの呪詛を再稼働させればいい。ティーネだって、これを邪魔することはしないでしょうね。彼女の計画と何ら関係ないのだもの」

 

 だが、とマリアは考える。月はいわば巨大な聖遺物。嘗てのルナアタックで機能不全に落ちたそれを再稼働させるだけのフォニックゲインなんてどうやって集めればいいのだろうか。

 答え自体は既に出ているにも関わらず、マリアは未だに思い悩んでいた。

 

(フォニックゲインを高めるのは"歌"に他ならない。だけど、どれだけの歌を歌えば月を元に戻せる? LiNKERが必要な時限式を含め、ギア装者は高々七人。例え立花響の調律があったとしても、それでどうにか……?)

 

 と、ふとそこでマリアは疑問に思う。先ほどのギア装者の数には、当然ながらティーネ・チェルクも入っている。ティーネは例え最低限の起動とはいえ、エルキドゥのシンフォギアをLiNKER無しで起動することが出来るのだから、間違いなくギア装者だろう。

 つまり、彼女は自分よりフォニックゲインの発生に優れているのではないだろうか。だとするならば、何故わざわざ自分をこんなフロンティアに連れてきたのだろう。

 ティーネは歌が必要だからマリアを連れてきたと言っていたが、ただ歌が必要なら、ティーネ自身が歌えばいいのだ。彼女の言から考えればマリアでなければいけない道理もなく、LiNKERを使わなければギアの起動もままならないマリアを連れてくる意味は無い。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは甘く優しい人間であり、その人間性が色々と計画の足を引っ張ることもあった。しかし、だからといってそれがマリアが無能であるということではない。むしろ人間の持ちうる才覚という点において、彼女はかなりの逸材といえるだろう。

 その才覚は、徐々にティーネ・チェルクという存在の実像を編み上げていく。

 ティーネ・チェルクのやけに規則的なフォニックゲイン。適合率が高い割に最低限度しか起動できないシンフォギア。それらの特徴は、彼女が自身のギアに宿る聖遺物クラックというスキルによって他のギアを起動させた時にも同様に現れていた。

 そして、もしティーネがマリアのような時限式を連れてこなければならないほどに歌がもしも歌えないのだとしたら。

 

 今までのピースが次々に当てはまる。ティーネ・チェルクという少女の真の姿が、その推察から明らかになっていく。

 

「ティーネ……あなた、まさか……」

 

 

 エルキドゥは、フロンティアの外部で二課の装者が来るのを待っていた。期日である今日になっても未だに来ていないため、今日を過ぎてしまったらどうしたものかと思案していた。

 

「……まあ、人死を出さないっていう副目的を維持したままでも、現状主目的の達成可能性はある。ある意味ではそれも問題なんだけど」

 

 現在のエルキドゥは、先史文明期ともティーネ時代とも違い、ある意味では尤も原初の状態に近い。即ち、プログラムに従う器物という属性を強く維持している。

 だからこそ、設定された条件のために目的の達成難易度が上昇したとしても、それが達成できる可能性がある内はその手法を模索するというシステムに囚われていた。

 この世界への宣言が不発に終わってしまっては、ただでさえ以前似たようなことをやって失敗した事案があったために単なるジョーク程度に扱われてしまうだろう。そうなっては、次に何をどう宣言しても無視されてしまいかねない。

 だが、仮に全てジョーク程度に扱われるようになったとしても、それで主目的が達成できないわけではない。よって、ノイズをばら撒くという手段をエルキドゥは選択できなかった。そういう意味でこの現状は、ある意味でエルキドゥが追い詰められているとも言えた。

 

 だから、それを感知した時エルキドゥは胸をなでおろした。

 エルキドゥの持つ無機物への干渉能力、そこから派生した優れた対無機物察知能力によって、エルキドゥは高速の飛翔体がフロンティアに向かっていることを確認していた。

 

「……ミサイル攻撃……なわけは無いだろう。フロンティアが落ちたら、困るのは米国も日本も一緒のはず。しかし、それでも明らかに弾道線を描いてる」

 

 まさかエルキドゥのみをピンポイントで狙うミサイルなんてことも無いだろうし、一体何を飛ばしているのか。確認するために、エルキドゥは飛来する方角を注視した。

 そして、その視力で確認しうる限り、間違いなく小型のミサイルがフロンティア目掛けて突っ込んでくる。青い弾頭に、白い胴体。その長さは精々人の二倍といったところ。

 明らかに攻撃であるというのに、エルキドゥはそれを見て待ち焦がれたかのような表情を浮かべた。

 

 ミサイルは空中で分解され、中から三人の人影が飛び出した。

 聖遺物の鎧をまとい、歌の音を鳴り響かせて。特異災害対策機動部二課 所属のシンフォギア装者、風鳴翼、立花響、雪音クリスは空に浮かぶフロンティアの大地に降り立った。

 

「やっときたか。期限ギリギリだったね」

 

 そう言って笑顔を浮かべるエルキドゥに、装者達は複雑そうな表情を浮かべる。

 

「あ、あのねティーネちゃん……。えっと、ね……」

 

 やがて響が、三人の気持ちを代表して切り出そうとするが、それでもどうにもまごついている。まるで、聞いてはいけないことを聞こうとしているかのようなその態度に、エルキドゥは首を傾げる。

 その響の態度に業を煮やしたのか、クリスが響の言葉を遮った。

 

「だぁー、もうッ! まどろっこしいのは嫌いなんだ! 単刀直入に聞かせてもらう、てめえは──」

 

 

 

「師匠、これって確か、アウフヴァッヘン波形でしたっけ?」

 

「そうだ。聖遺物が起動する時に放たれるエネルギーの特殊な波形パターンだな」

 

 修行が終わった後、響達は二課の司令室まで戻ってきていた。そこに表示されているのは、聖遺物の起動波形パターンを示すアウフヴァッヘン波形。

 

「……で、これはティーネのギアの波形なのか?」

 

 ここに呼ばれた理由がティーネ・チェルクの調査関係である以上、クリスはここに表示されているアウフヴァッヘン波形がティーネ・チェルクのギアの波形であると推察した。

 しかし、弦十郎はその言葉に首を振った。

 

「クリス君の言葉は半分当たっている。この波形はティーネ君の「エルキドゥ」の波形だが、この波形が観測されたのは全く別のタイミングであり、ティーネ君のギアから観測した波形ではないんだ」

 

「はあ? ってことは何だ、誰か別な奴がティーネのギアを使ってたとか?」

 

 弦十郎の言葉の内容に、どうやったらそんなことになるのかとクリスが最初に思いついた理由を挙げる。しかし、それにも弦十郎は首をふる。

 

「いいや違う。この波形は2年前、ツヴァイウィングのライブで観測されたものだ」

 

「──ッ!! バカな、あの場にあったのは槍と剣、そしてネフシュタンだけだったはずですッ!」

 

 声を荒げる翼。彼女にとって、先の弦十郎の発言内容は到底聞き流せるものではなかった。ライブ会場の事件は、彼女がその眼前で全てを見届けざるを得なかったものだ。彼女に刻まれた記憶において、ティーネのギア「エルキドゥ」の聖遺物が介在する余地はなかった。

 興奮する翼を前に、弦十郎は静かに語り続ける。

 

「だが、事実だ。このアウフヴァッヘン波形は、破損した端末からデータをサルベージした結果発見された。そして……」

 

と、弦十郎はその波形が発生した時刻を表示する。

 

「……この波形が発見された時刻は、周囲のマイクに記録されていた奏君の絶唱のタイミングと一致する。つまり、ティーネ君のギアに使用されている聖遺物は、あの場に存在し、奏君の絶唱によって励起したものだと考えられる」

 

「そ、それじゃあ、今のティーネちゃんは……?」

 

 それは、ティーネ・チェルクの語った来歴が嘘であると断じるに十分だった。弦十郎の発言はあまりにも衝撃的であり、響は、信じられないというような声音で問いかける。今、フロンティアにいる彼女は本当は誰なのか、と。

 その問に弦十郎は直接は答えず、話を続ける。

 

「最初は、俺達も目を疑った。もしかしたら、ティーネ君は例えばネフシュタンの鎧のような聖遺物に肉体を侵食されきってしまったのかもしれないと思った」

 

「……しかし、違ったのですね」

 

「……そうだ」

 

 ティーネ・チェルクの肉体には、簡易的なスキャンでは一切の異常が見られなかった。弦十郎は当初は「エルキドゥ」のシンフォギアの千変万化性を考えれば、表面的にでも元の肉体のように見せることでスキャンを騙せるのかとも考えた。

 それが否定されたのは、とある1人の少女の告解からだ。

 

「……あたしが使ったイガリマは、確実にティーネの胸を貫いたデス。あの時のイガリマは、間違いなく絶唱状態だった。手応えを考えてもイガリマは間違いなくティーネを殺してしまった筈、デス」

 

 そういって司令室に入ってきたのは、手錠をかけられた1人の少女。暁切歌は顔を俯かせ、その目には涙が浮かんでいる。

 

「お前……」

 

「切歌ちゃん……」

 

 切歌は涙を流しながら、自身のやったことを説明していく。無茶して、無理に思いを通そうとした結果起こしてしまった悲劇は、自身の背負うべきものだと切歌は理解していた。

 

「今、あの体を動かしてるのはティーネの魂じゃないデス。イガリマの絶唱を防ぐことは、あの時のティーネに、できなかった、筈デス、から……ッ」

 

 そう言ってしゃくり上げる切歌に、クリスは心配そうな表情を見せる。

 

「つまり、今ティーネ君の肉体は魂ではない何かが動かしているということであり、彼女の肉体とギアから放たれるアウフヴァッヘン波形は、2年前に観測されたものと同じ。ダメ押しをするなら、我々が調査する中で、それ以前に彼女の存在したというデータや痕跡は一切見つかっていない」

 

 弦十郎の説明に、装者たちは顔色を変える。

 2年前に唐突に現れ、その原因がライブ会場の惨劇の時の謎の聖遺物の反応。その聖遺物は、天羽奏の絶唱によって励起した。ティーネ・チェルクはそれ以降にしか姿を見せず、同じ波形の聖遺物で戦っている。

 

 そして、シンフォギアシステムもなく歌のみで起動する聖遺物は、ギアの核に使用されるような欠片のようなものではない。

 

 それは、つまり──

 

 

 

「──てめえは、完全聖遺物なんだな、ティーネ」

 

 クリスのその一言に、エルキドゥの顔から笑いが消える。それは、彼女の言っていたことが真実であることを如実に表していた。

 

 

 

 エルキドゥは、やがてため息を吐いた。隠し事がバレてしまったことを多少残念に思うような、そういう様子を表した。

 

「……すごいね、そこまで判ったんだ」

 

「ああ。だからこそ、お前が何を求め願うのか、私達には分かっている──ティーネ。奏は、もう死んだんだ。そして、彼女はそれでも歌の中に、それを聞いた人の心に生き続ける。お前は、それでも──」

 

 ティーネ・チェルクの願いは死者蘇生。彼女にとって、何よりも鮮烈な価値を残し死んだ人間といえば、それは起動した天羽奏に他ならない。それが二課の出した結論であり、その結論は一分の隙もなく正解だった。

 

 風鳴翼は、恐らく誰よりもティーネ・チェルクに共感できる。天羽奏の死は、彼女の心に深い爪痕を残したのだから。

 ティーネ・チェルクにとって、自身を起動した天羽奏の歌はきっと何よりも大切なものだったのだろう。切歌と調がツヴァイウィングの歌を聞いて驚いたように、翼の歌を聞いて褒めたように。2年の歳月の変化を少し聞いただけで理解できるほどに、ティーネの心には奏の歌が染み付いていたのだ。

 だからこそ、ツヴァイウィングのメンバーとして、自分がティーネを止めなければならないのだと、翼は心からそう思っていた──この時までは。

 

 

 

 エルキドゥが、その輪郭をぼやけさせる。外套を大きくはためかせ、その姿がぶれ始める。

 

「──奏は、死んでなんかいない。ただちょっと、心が無いだけだ」

 

 翼の言葉が、エルキドゥの琴線に触れたのか、今までにないほどに無感情で、だからこそそれらしい声色を作りだす。

 女子にしては比較的高めのその背丈は更に伸び、より女らしい肉体へと変化する。

 

「だから、僕は心を求めた。魂無き肉体を動かすために」

 

 口の端から零れ落ちる言葉は、最早誰に語っているのかも分からない。ただ、彼が何を求め願ったのかを独白する。

 癖のない直毛のはずが、まるで鳥の翼のように広がっていく。若草のような春の髪は、燃えるような橙へと変化する。

 

「フロンティアには、必要な知識のすべてがあった。先史文明期の巫女フィーネのリインカーネーションのように、魂を魂として肉体に刻印する技術は、僕の望む知識だった」

 

 中性的でありながら、どこか人間離れした美しさは消え、鋭く、強く、活気に溢れた女性的な顔へと変化する。

 目の前で唐突に起きた変貌に、装者たちはどこか唖然とした心持ちで見ていた。

 

「だから、後は魂だ。それが何処にあるかは、細かくはわからない。だけど、天羽奏の魂があるとすれば、それはきっと君たちのどちらかの中にあるはずだ」

 

 変貌した彼女が手に持つのは、破損した欠片をかき集めて作られた出来損ないの(ガングニール)

 しゃべり方は、違う。瞳の色だけは、違う。

 だが、その声も、その姿も、その顔も。

 

「……かな、で……?」

 

 翼が、その手から天羽々斬を取り落とす。直感的にわかったのか、経験的にわかったのか。あの肉体は、ちゃちな模倣では無く、天羽奏の肉体そのものだと理解してしまった。

 

「僕の名前を、改めて教えよう。ティーネ・チェルクは、崩壊した擬似人格の名前だ。僕は、今でいうところの完全聖遺物である『神の被造物(エルキドゥ)』」

 

 槍以外一糸纏わぬその肉体を、シンフォギアの装甲が覆っていく。立花響とは肉体を覆う箇所を逆にしたそれもまた、天羽奏の姿に相違なかった。

 

「僕は、奏の歌を聞きたいんだ。──だから、奏の魂を、心を寄越せッ!」

 

 その叫びを皮切りに、エルキドゥは槍を携え、剣を落とした翼へと斬りかかった。


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