奏でられる大地讃頌(シンフォギア×fate クロスSS)   作:222+KKK

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第1話 再起動

──歌が、聞こえる。

 

 "彼"の側で奏でられる旋律は、"彼"の直上で鳴り渡る歌声は、どうしようもなく"彼"の心を揺さぶった。

 はるか昔に停止してから以降、茫洋とした感覚しか持たなかった"彼"は。その日、間違いなく意識を取り戻した。

 

──懐かしい、歌が聞こえる。

 

 それは、二人のアイドルが響かせる歌。人々を励まし、熱狂を届ける心からの調べ。

 彼女たち『ツヴァイウィング』が歌う、逆光のフリューゲル。現代のライブで歌われるナンバーだというのに、"彼"はその歌に例えようのない懐かしさを胸に抱く。

 同時に"彼"は、自分が機能の一部、とりわけ歌を聴くための思考・意識分野が起動しているという事実に気づいた。

 まるで、"彼"が歌を聴くために、歌によってその機構を取り戻したかのように。

 

 懐かしい歌を聞きながら、"彼"はどこでその歌を聞いたのか。思い出すために。自身のメモリーを遡っていく。

 

 世界に、豊かな自然に顕れた自分自身。

 ──その全身に幾何学的な模様の走る、継ぎ目のない泥のヒトガタ。頭部と思しき部分からは、長い角と豊かな体毛。

 美しき女性との長く短い語らい。

 ──人の意識を、人の世界を、そして奥底に眠る人の魂が訴える衝動が一体何なのかを教えられた。

 遙かなる冒険の日々。雄々しき怪物との戦い。

 ──あまりにも現代と隔絶した、ルル・アメルを統治するための異端技術による天災の具現。

 

 ──そして、誰よりも共に在った、友との永久の友情、そして別離。

 カストディアンに明確に反旗を翻したことによって起動した、己自身に記述されるセーフティプログラムによって泥へ還るその日までの、"彼"の記録。

 

 しかし、己の1度目の生を振り返っても、それでも"彼"は歌を思い出せなかった。

 否、"彼"のメモリーにその"歌"は記述されていない。それでも彼がそれを懐かしいと思うなら、それは即ち、システムの外に記憶していることに他ならない。

 そこまで考えたところで、記録に残らないがゆえに忘却しかけていた1つの事実を思い出した。

 

 "彼"は、自分がそもそも1度目の自分より更に前に生きていた──いわば0度目、前世とでも呼べるものがあったことを。

 

 "彼"は、前世においてはいわゆる"オタク"と呼ばれる類の人間だった。

 アニメやゲーム、そして漫画などの、いわゆるサブカルチャー系を浅く広くカバーするライトなオタク。

 "彼"の生きていた時代には珍しくもない、若者の間でも一定の市民権を得ている程度の人間だった。

 

 そんな"彼"は、オタクとしての方向性としてある程度"歌"を重視する傾向があった。

 当然、「その娯楽の内容が彼にとって面白い」ということが前提であり、その上で歌がいい作品はより素晴らしいと思う程度だったが、それでも彼は歌を大切にしていた。

 アニメソングを聴くこともあったし、ゲームのサウンドトラックを買ったりもした。

 アイドルのライブを見に行くこともあれば、ただなんとなく駅前の弾き語りの歌に足を止めることだってあった。

 

 いまも奏でられているこの歌は、その時に聞いた歌なのだろう。"彼"はただ漫然とそう考えるだけに留めていた。

 ある程度は起動しているとはいえ、ただ半覚醒しているだけの"彼"はこの"歌"が途絶えてしまえば、また元の微睡みに戻ってしまう。

 それに気づいていた、と言うよりもそうなるだろう事をシステム的に把握していた"彼"は、そこで考えることを切り上げ、歌を聞くことに注力することにした。

 

 今ここで聞いているこの歌で打ち止めであるというのなら、聞けるだけ聞いておいたほうが得には違いない。

 エネルギー的にも、"彼"の機能的にもあまり意味のない考え方から導き出されたその結論は、遥か昔に止まってしまった人間性の残滓が成した1つの選択だった。

 

 

 

「フォニックゲイン、想定内の伸び率を示しています」

 

 アイドルユニット『ツヴァイウィング』のライブ、その会場の地下には、ライブモニター室ともドーム管理室とも思えない施設が広がっていた。

 幾人もの研究者が手元のモニターに向かい数値を管理しており、彼らが何らかを研究しているということを如実に表している。

 

 その内の1人、赤い服を来た男性の隣に座る妙齢の女性は、研究員から上がった報告を聞き安堵の息をついた。

 

「成功みたいね!」

 

 お疲れ様ー☆、とその女性──櫻井了子は、実験の成功を祝う。その言葉に合わせ、研究施設内にも同様の空気が広がっていく。

 彼らは「特異災害対策機動部二課」。旧陸軍由来の特務室「風鳴機関」を前身に持つ組織であり、文字通り「特異災害」への対策を研究する政府直轄の特務機関である。

 彼らはこの地下で、特異災害への対策の研究の一環として、「歌」の持つエネルギーを用いた実験を行っていた。

 歌の持つエネルギーである「フォニックゲイン」は順調な高まりを見せ、まず実験は成功したと言ってもいい状況。

 地上では『ツヴァイウィング』が1曲目を歌い終わり、そのまま2曲目へと入ろうとしていた。

 

 その時。地下の研究施設内に唐突にけたたましい警報音が鳴り響く。個々のディスプレイ表示は赤く点灯し、何か問題が発生したことを明確に知らせている。

 赤い服を着た男、二課の司令「風鳴弦十郎」は、その警報に負けない大声で研究員たちに状況報告を急がせる。

 

「どうした!?」

 

「上昇するエネルギー内圧に、セーフティが持ちこたえられません!」

 

「このままでは聖遺物が起動、いえ、暴走してしまいます!」

 

 その場にいた全員に冷や汗が流れる。彼らが起動しようとしているそれは、強力な力をもつ完全聖遺物「ネフシュタン」。

 経年による劣化のない蛇鱗の聖遺物は、異端技術の最先端を知っている二課ですら抑えきることの不可能なほどの莫大なエネルギーを湛えたそれは、歌姫たちの力によってその姿を取り戻そうとしていた。

 

 

 

 その瞬間、ライブ会場は地獄絵図と化した。

 

 友人に誘われて、しかし友人が都合で来れなくなり1人でライブに参加していた立花響は、『ツヴァイウィング』の歌とライブをとても楽しんでいた。

 響のよく知らないアイドルユニットだったツヴァイウィング。彼女たちの歌は、その歌い始めから響の心をわしづかみにしたと言っていい。

 そして、一曲目が終わる頃には響の思いは会場中のファンと一体となり、ライブの凄さ、歌姫たちの素晴らしさを満喫していた。

 

 しかし、そこで突然会場の中心部で爆発が起きる。熱狂の歓声は阿鼻叫喚へと変わり、人々は我先にと逃げ惑う。

 更に、人々の混乱を助長するかのように砂埃の中から巨大な影が姿を見せた。

 シルエットだけなら生物のように見え、しかしその姿、彩色が既存のどの生物と似ても似つかないそれは。

 今回の実験を行った二課が対抗すべき特異災害──「ノイズ」の姿だった。

 

 ノイズだ、と誰かが叫ぶ。空間から現出するもの、巨大なノイズから溢れ出るもの。

 出現の仕方に差こそあれ、ノイズ達は一様に逃げ出す人々を襲った。

 ノイズに触れられることで体が炭となる青年。死にたくないと叫びながらノイズに囚われ、肉体が崩壊していく女性。

 接触による自壊を恐れることもなく、生き物のカタチをしただけの災害たるノイズ達は人を殺し続けた。

 

 我忘した立花響は、現実味のないままにその惨劇をただ呆然と見続けた。

 まるで悪夢となったかのような会場で、しかし彼女は歌声が響くのを聞いた。

 

(……歌ってる? あれは……ツヴァイウィングのふたり?)

 

 一種非現実的な光景を前に、立花響はただその武踊を見続け、人々を守る戦場の歌に聞き入っていた。

 

 

 

 

「飛ぶぞ翼!この場に槍と剣を携えているのは、あたしたちだけだ!」

 

「で、でも……司令からは何も……ッ奏!」

 

 ステージの上、惨劇を見ていたアイドル『ツヴァイウィング』の1人、天羽奏は相棒の返事を待たずにステージから駆け出す。

 逃げ惑う観客たちとは違い、惨劇を引き起こしたノイズたちの居る領域へと、その身を躍らせた。

 

Croitzal ronzell gungnir zizzl(人と死しても、戦士と生きる)

 

 

 

 特異災害──「ノイズ」。未だ正体が謎に包まれているそれは、人を殺し、自壊する。

 確認自体は有史以前より行われているそれらは、現代においても尚猛威を振るっている。

 ソレらが特異災害と呼ばれる理由は幾つもある。

まず、ノイズは人のみを襲い、殺害する。生物的な見目に反し相互理解を図ることは不可能であり、今まで多くの人間が犠牲になってきた。

 ノイズは接触した相手を自身とともに炭化させることで崩壊する。ソレ以外には長時間の出現によって消滅することを待つ他ない。

 そして、ノイズは人と接触するほんの僅かな時間のみ物理干渉が可能となり、通常時のノイズには全く物理的な干渉が通じない。

 そのため、まともな手段では傷をつけることは不可能である。

 結果、人類はノイズに対し、運良く実体化する瞬間に当たることを狙って弾幕を張るなどの対策しか持てなかった。

 

 しかし、特異災害対策機動部二課は不可抗の災害たるノイズに対して、対抗手段を見出していた。

 

 

 

 『ツヴァイウィング』はアイドルユニットである。しかし、只のアイドルユニットではなかった。

 

 天羽奏の全身を光が覆い、黒とオレンジのカラーリングのボディスーツを身にまとう。

 腕や脚部、頭部や腰回りに機械的なアーマーが展開され、その手には大ぶりな刃を持つ突撃槍が握られている。

 

 

 彼女たちは地下施設の人々同様特異災害対策機動部二課に所属する人類守護の戦士にして刃。

 天才・櫻井了子の提唱する「櫻井理論」に基づいて聖遺物から作成されFG式回天特機装束。

 通称「シンフォギア」を纏う「装者」。それが、特異災害対策機動部二課における彼女たちの立場であった。

 

 

 ノイズの攻撃を捌き、隙ができれば一太刀の下に切り捨てる。その胸に生まれる歌を奏でながら、天羽奏はノイズを散らしていく。

 やがて目前に迫るノイズの大群を見て、高く跳躍する。

 

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        STARDUST ∞ FOTON

 

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 眼光鋭く敵を見据え、空に歌を奏でながら、天羽奏は分裂する槍の雨を放つ。

 刃の豪雨は容易くノイズの群れを蹴散らしていく。

 

 そのまま敵群の中央に着地し、その手に握るアームドギアは回転を開始する。

 彼女のシンフォギア「ガングニール」は、すべてを穿き抉るドリルのような回転を特徴としている。

 その刃からは莫大なエネルギーが溢れ、螺旋を形取り規模を増していく。

 

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          LAST ∞ METEOR

 

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 アームドギアから発するエネルギーの暴風はやがて大規模な竜巻を生み出し、大量のノイズを蹂躙する。

 体躯が建物に比肩するであろう大型ノイズすらも、奏の一撃は容易く打ち破った。

 

 槍を振りぬいた奏は、戦場に立つもう一振りの刃である風鳴翼と合流し、お互いに連携をとってノイズの群れを切り開く。

 

 しかし、多勢に無勢というべきか、数の減らないかのようなノイズたちを前についに1つの限界が来た。

 

「……ッ! 時限式はここまでかよ!」

 

 エネルギー出力の大きく落ちた自身のシンフォギアを見て奏では悪態をつく。

 正式な適合者ではない彼女は、本来薬物投与によってシンフォギアとの適合率を高めているのだ。

 逆に言えば薬物の効果の切れている場合、彼女の力は大きく削がれてしまう。

 

「っきゃあああ!?」

 

 更に悪いことは重なる。彼女の背後から、崩れるような音と悲鳴が聞こえる。

 

 見れば、観客席にいた1人の少女が崩れた瓦礫の側で足を抑え蹲っていた。

 そこにノイズが襲いかかり、少女は恐怖に目を瞑る。

 

 天羽奏はその姿を放置できる人間ではない。ノイズを殺し、人を守っていくことを決めた彼女は、躊躇いなく少女の盾となり、ノイズの前に立ちはだかる。

 

「駆け出せっ!!」

 

 少女に振り向き、奏は言い放つ。その声を受け、少女──立花響は、立ち上がり逃げようとする。

 ノイズ達は弱っている響と奏に狙いを定めたのか、集団で突撃する。

 出力の落ちたギアでは完全に防ぐことは出来ず、奏はガングニールを欠けさせながら受け続ける。

 

 そして、如何なる運命のイタズラか、その歯車は回り始めた。

 

「ッ奏!」

 

 大型のノイズ2体も奏を狙い、ノイズを生み出す濁流を放つ。

 小型ノイズのある程度散発的な突進ですら抑えきるのが難しい状態で、連続的なノイズの攻撃は奏の体力を、ギアの装甲を著しく損耗する。

 やがてそのギアは端から砕けていき、奏を守る装甲が刻一刻とその崩壊へと近付く。

 

 そして。

 

 大きく破損したガングニールの装甲は、1つの生命に突き刺さった。

 

 立花響は、目を見開いた姿のまま、自分に何が起きたのかもわからないまま。

 自身に突き刺さったガングニールの装甲の持つ運動エネルギーのままに壁に叩きつけられ、目を閉じる。

 

 天羽奏はその瞬間を、まるで脳裏に焼き付けろと言わんばかりに鮮明に見ているだけだった。

 

 

 

「おい、死ぬな! 目を開けてくれ! ──生きるのを諦めるなッ!」

 

 立花響は、なぜ自分がこうなっているのかよくわからないままに、その声に目を開き顔を上げる。

 ぼんやりとした視界には、嬉しそうな笑顔を見せるツヴァイウィングの天羽奏の顔が映る。

 どうやら彼女は自分の体を支えてくれているらしく、体に人肌の暖かさが伝わってくる。

 

 彼女はそのまま、響の体を後ろの瓦礫へと預ける。その顔には優しい微笑みを浮かべ、槍を手に立ち上がる。

 

「いつか、心と体を全部空っぽにして。思いっきり、歌いたかったんだよな」

 

 彼女はノイズの群を前に全く気負わず、ただ歩を前へと進める。

 

「今日はこんなに沢山の連中が聞いてくれるんだ。だからあたしも──出し惜しみ無しで行く」

 

 彼女は、既にボロボロで壊れそうな槍を掲げた。

 

 

「とっておきのをくれてやる……絶唱」

 

 

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal

 

(歌が、聞こえる。)

 

 "彼"の直上で奏でられる歌声は、どうしようもなく"彼"の魂を揺さぶった。

 先に意識を取り戻して以降、漠然と歌を聞いていた"彼"は。その日、間違いなく世界を取り戻した。

 

(魂を燃やす、歌が聞こえる。)

 

 

 "僕"は、この歌を知っている。

 "ワタシ"は、この魂を燃やす歌を知っている。

 "俺"は、彼女たちの生命の軌跡を知っている。

 

 

──Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 

 槍の歌姫のその歌は、一節一節歌われるごとに彼を完全な起動へと導く。

 

 完全聖遺物は、経年劣化の起こしていない聖遺物である。

 欠片だけのシンフォギアと違い、その姿を現代に至るまで引き継いだ異端技術の結晶。

 

 その特徴として、一度励起すれば誰でもその力を扱えるということがある。

 つまり、励起したものは何らかの理由で停止させられない限りその力を行使し続けるということにほかならない。

 

 例えば三位一体を示す不滅の刃「デュランダル」は、起動すればその異名の通り、不滅の炉心として永遠のエネルギーを約束するだろう。

 神の裁きを回避する青銅の蛇「ネフシュタン」ならば、あらゆるダメージを受けても再生する不滅の鎧となる。

 

 しかし、現行の技術では、その扱えるエネルギー規模を考えれば真っ当な手段でそれらを励起させることは不可能に近い。

 聖遺物の覚醒には、聖遺物自身を覚醒させるだけの特殊な要素が必要となってくる。

 聖遺物の技術を取りまとめた"櫻井理論"。それを有する二課の出した答えは、「歌」である。

 特殊な波形による歌を持つもの。即ち「適合者」と呼ばれる存在が歌う歌こそ、聖遺物を起動させるために必要なのだ。

 

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 

 "彼"は、「歌」を聞いていた。

 第3号聖遺物「ガングニール」の後天的適合者、天羽奏の最期の歌。

 シンフォギアのエネルギーすべてを開放する"絶唱"を。

 

 "彼"は、心があった。"彼"は、魂があった。

 しかし"彼"はどうしようもなく、完全たる"聖遺物"だった。

 

 神の作った原初の統括者。

 カストディアンの力を継ぎながら、黄金の魂を輝かせ、カストディアンすら魅了するほどのカリスマを持つもの。

 黄金郷の王、ルル・アメルの英雄王、"天の楔"ギルガメッシュ。

 

 ルル・アメルに完全な統治を敷くことで、余計な知恵も力も持たせない。

 そのコンセプトの下に作られた完全たる彼の王は、しかし成長するにつれ暴政を敷いた。

 英雄王は人が人であることを選び、人が成長するための機会を与える意思持つ嵐の如き存在となった。

 

 "彼"は元来、ギルガメッシュとのマッチポンプによってルル・アメルの王への依存度を高めるために作られる兵器だった。

 すべての無機物と共振し、雷や地震といった自然の猛威を意のままに操る環境操作兵器。

 適切な災害を適切に引き起こし、それを英雄王の導きで踏破する。

 民は英雄王に付き従う盲目のルル・アメルとなり、カストディアンの統治を万全とするものだった。

 しかし、ギルガメッシュはその意向を無視し、自身の正しいと思うことを行う人の統治者となった。

 

 カストディアンは英雄王の暴挙を止めるため、"彼"の機能に更に"聖遺物"をクラックする力を与えた。

 神威を縛り、技術を縛る"天の鎖"。

 バビロニアの宝物庫を統べる黄金の王に対向するために与えられた更なる力は、純粋な力だけならばカストディアンの持つ中でも有数の兵器となった。

 

 カストディアンたちの唯一の誤算とも言えない誤算は。

 その不定形なはずの泥には、存在するはずのない魂が存在していたという1点のみだった。

 どのような因果をたどったかもしれない"彼"の魂は泥に影響を与えた。

 

 "彼"は地に降り立つと、その魂の形に従い泥の形状を人に近しい形状へと固めた。

 その魂は強力な異端技術のエネルギーによって大部分が眠りについたままであったが。

 1人の女との語らいで、彼女のもつ歌を聞いて。

 その魂を、人の姿を取り戻した。

 

──Emustolronzen fine el zizzl

 

 「エルキに作られたもの」という名が示す、ルル・アメルではないモノ。

 楔を封じる鎖としての役割を放棄した、嘗て最強たり得た存在。

 そして、セーフティプログラムによって泥へと還元された、原初の人形。

 星が定めか巡り巡って、ライブ会場の建材として使用されていた"只の泥"だったはずの"彼"

 

 歌が終わり、ノイズが消滅し、天羽奏はその場に斃れた。

 

 それと同時に、最古の叙事詩に語られる、最古の英雄王の友──「エルキドゥ」は完全なカタチで再起動を果たした。


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