英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか 作:琉千茉
第1話
広大な地下迷宮。通称『ダンジョン』。
世界に唯一のモンスターがわき出る『未知なる穴』。
数多の階層に分かれ、その広く深過ぎる『穴』の全容を掴んだものは誰一人いない。
『
それは、未知なる資源と未知なる体験と未知なる危険。あらゆる可能性が眠る場所。
そして、その『未知』に挑む者達を人は『冒険者』と呼んだ。
◆◆◆
金髪金眼の女神様と見紛うような少女、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。【ロキ・ファミリア】所属の第一級冒険者。
ファミリアの仲間達とダンジョン遠征に出ていた彼女は、見たこともない新種のモンスターと交戦していた。
まるで芋虫のようなモンスターは、体内から腐食液を吹き出し、体内の体液に関しては鉄の武器すらも溶かした。
一匹ならまだしも、群れでやってきたそれに、苦戦しながらも何とか勝利した矢先、芋虫を何百匹も足したような六Mほどの大きさの上半身が人の上体を模しているような人型の巨大なモンスターが現れたのだ。挙句には、爆発する光る粉――爆粉を撒き散らす。
腐食液だけでも厄介だったものが、巨大となり爆粉を撒き散らす。
さすがの状況に、ロキ・ファミリアの団長も撤退命令を出した。アイズのみにモンスターの討伐を任せて。
モンスターとの交戦の最中、アイズは想う。
「(強くなりたい)」
大事な人達を守れるように。
二度と失くさないために。
そして……悲願のために。
『彼』のように……。
私はどこまでだって強くなる――。
アイズとモンスターの激突。
爆風と同時にモンスターが倒された証と言わんばかりに、体液が飛び散る。
アイズが勝ったのだと、仲間達の顔に少しばかりだが安心が生まれる。
だが、それも束の間。木々をなぎ倒し、へし折るような粉砕音がその場に響いた。
それはつい先程聞いたばかりの音。誰もが嫌な汗を流す。
そっとその音の発信源へと全員が顔を向けて青ざめる。
そこには先程アイズが倒した同種のモンスターがいた。
倒しても倒しても終わらないのかと、誰もが思った。
「もう、一体……」
それはアイズも同じだった。
外から見ればそうでないにしろ、中は既にボロボロで目の前に現れたモンスターを倒す程の力はアイズには残っていなかった。
アイズを狙って振り下ろされた扇のような厚みのない腕。アイズはそれを途端に躱す。
だが、躱した場所には既に腐食液が吹き出されている。まるで、そこに躱すと分かっていたかのように。
「エア――(間に合わない!!)」
腐食液がかかる事を覚悟して、アイズはぐっと身構える。
だが、感じたのは熱い液体ではなく、温かな抱擁。
腐食液はこんなにも心地いいものなのかと、考えてしまう。
「……焼き消せ」
耳元から聞こえた声にハッと目を開いた。
目に一番に飛び込んで来たのは白。次に見えたのは、自分とその白を守るような青。
自分が見ている事に気付いた白がこっちを見た。
空色の双眸。
「……大丈夫か?」
「……」
その言葉にアイズは返事をする事が出来なかった。
只々、目の前の白い彼を見つめていた。
「!」
トンと地面に着地した振動で、我に帰る。
白い彼がアイズを地面へと下ろす。
そこで気付いた。白い彼に抱き抱えられていたという事に。
「アイズ!!」
「アイズさん!!」
後方から聞こえた仲間の声に、アイズはそこを振り返る。
安心したように駆け寄ってくる仲間達。
「……下がってろ」
「あ、待っ――」
アイズの制止の言葉よりも早く、白い彼がモンスターへと跳んで行く。
「アイズ! 大丈夫!?」
「お怪我はありませんか!?」
「今のは……?」
「……」
仲間達が次々とアイズの元にやってくるが、アイズはずっと白い彼が跳んでいった方を見つめている。
蘇る幼い頃の記憶。
まだ、ファミリアに入団したばかりの頃同じように助けられた。
白い彼とは違う、黒い男の子に。
その瞬間、モンスターが青い炎に包まれる。それはまるで青い火柱。
青い火柱の中で、巨大モンスターは呻くことも、灰すら残す事も出来ずに消えていく。
体液も一緒に焼かれ蒸発する事すらなく消える。
青い炎が消えたそこは、元々生い茂っていた木々すらも燃やし、焼け野原となっていた。
その中心に佇む白い彼。
「アイズ!!」
「ちょっ待って!」
仲間の声を無視して、アイズは白い彼へと駆け寄る。
その音に気付いたのか、白い彼が振り返った。
透き通るような澄んだ空色の双眸に腰に差している一つの長刀。
記憶の中の彼とは髪の色が違うが、それらや雰囲気は自分の知っている彼で。
「……」
「……」
白い彼の目の前で立ち止まったアイズの金色の瞳と白い彼の空色の瞳が交わる。
目の前にいる人物を見て、目頭が熱くなるのを感じる。
口を開くが、思ったように声が出ない。
「チ、ヒロ……?」
やっとの思いで出せた声は、相手に届いたかどうか不安になる程、か細いものだった。
だが、白い彼にはしっかりと届いていたようで、どこか悲しげに微笑んだ。
「……久しぶり、アイズ」