世の中クソだな in ダンまち 作:アレルヤ
太陽が昇り、暖かな光がオラリオの街の通りを照らし始めた。
店には看板が立てられ、屋台からは客を呼び寄せる声が響き、オラリオへ訪れた商人達が露天を広げ始める。
誰もが新しい今日の一日を始めようと動き始める中。
一人、顔を曇らせながらふらふらと歩く男がいた。
「……まったく、勘弁してほしいなぁ」
ブツクサと呟きながら、アダチは天を仰ぐ。
彼の心に反して、憎ったらしいほどに良い天気であった。
「今日が休みになるんだったら、昨日のうちに教えてくれないとさぁ。もう目がぱっちり起きちゃったし」
いつも通り、眠気まなこでギルドへ出勤したアダチ。
そんな彼を待っていたのは、怪訝な顔をした自分の上司。そして突然の休日命令であった。
あまりにも唐突な申し出に、アダチはまだ自分が夢の中にいるのかと疑う。
思わず頬をつまんで引っ張る。……うん、痛い。現実だ。
アダチの上司もこれには不振に感じているのか、首を傾げてアダチを見ていた。
『いや……ギルド長から直々なんだよ。何でも、「昨日アダチくんには十分に仕事してもらったから」って、そういう話なんだが』
昨日、行ったことといえば……。
恐らくはイシュタル・ファミリアへの交渉だろう。あれは中々に難儀していたらしい。
娼館を取り仕切っているイシュタル・ファミリアは、その神の存在もあってか。オラリオの深い闇に通じている。
イシュタルは一癖も二癖もある神である。
かの神はいろいろと黒い噂も多く、権謀術数に長けている事で知られる。
実際、その噂は事実であろうとオラリオの人々は考えている。
そうでなければ娼婦達をまとめあげて利権を掌握し、『歓楽街』の実質的な支配者になれるはずがない。
イシュタル・ファミリアへの対応に、ギルドは苦悩していた。
だが、アダチは難儀していた交渉を、あっさりと取りまとめてしまった。
その理由は……思い出したくもない、とアダチは顔を歪める。あの神の顔を思い出すだけで胸糞が悪い。
「急に休暇なんてもらっても……。何もすることなんて無いんだよね」
既に報酬として、金で十分な額を貰っていた。
急な休みなど、これっぽっちも聞いていない。
予想するに、勝手に舞い上がって、勝手に押し付けてきたのだろう。
「本当にさ、いやになるなぁ」
目を彷徨わせると、街を楽しそうに歩くオラリオの人々の姿があった。
恋人、親子連れ、友人。人々は、みんな自分の大切な人達と笑っている。
丁度、アダチの前から歩いてくる集団があった。
鎧を身につけ、武具を纏い、歴戦の戦士の思わせる風格から、彼らが冒険者達であることが見て解る。
エルフ、獣人、人間。互いに憎まれ口を叩きながら、今日のダンジョンへ入る計画を話し合う。
アダチは思わず、その場で立ち止まった。
ふざけ合い、夢を語り合い、共に笑い合う。
冒険者達はアダチの横を通り過ぎると、そのあままダンジョンの方へ向かっていった。
アダチはそんな彼らの背中を視線で追う。二つの空虚な光が、冒険者達を見定めていた。
「……ちょっと早い気もするけど、お昼にでもしようかな」
遠ざかる冒険者達に背を向けて、あくびを一つ。
賑やかな街並み、希望に笑顔を浮かべる人々。
アダチはオラリオの街中で輝くもの全てを無視しながら、一人、歩き出した。
オラリオは堅牢な市壁に囲まれた、円形型の大都市である。
その大都市の北には、ギルドの関係者が住む高級住宅街が存在する他、商店街が活気づいている大通りが存在している。
メインストリート界隈は特に服飾関係が有名であり、昼間には多くの女性がこの通りを行き交う。
他にもかの有名なロキ・ファミリアの本拠地である、『黄昏の館』があることで知られる。
アダチはよくここへ仕事をサボっては来ていたが、今日は新規開拓とばかりにさらに北の方へ訪れていた。
多くの店と多種多様な種族が行き交っている光景に、アダチは流石は迷宮大都市オラリオで一番の商店街だと関心を強める。
露天や屋台が立ち並ぶ中、何をつまもうかと視線を彷徨わせていたその時。
「へい、そこのお兄さん!」
という威勢のいい声が、アダチの耳に飛び込んできた。
顔を声の方向に向けると、そこには満面の笑みでアダチを見つめる……過激な服装をした少女の姿があった。
「ひょっとして、美味しい食べ物を探しているんじゃないかい?」
陽気に微笑む、背丈が低い少女。その整った容姿に、アダチの目が微かに見開く。
しかし、その姿は何とも奇妙なものであった。
背中の大きく開いた白いワンピース。黒く美しい長髪を二つのリボンでまとめたツインテール。
そして豊満な胸の下を通すように、二の腕に結ぶ青い紐。
付け加えるならば、白い手袋、そして素足であった。
昨日はオラリオの歓楽街に行った身ではあるが、例えあの歓楽街であっても、ここまでの格好はお目にかかれるものではない。
アダチは一瞬呆気に取られる。
そしてすぐに、その存在から感じった力に目を細めた。
面倒くさいことになった、と内心つばを吐く。
「もしそうなら、是非ともうちの―――」
「悪いけれど、僕はそういうの間に合ってるんで」
「……はい?」
きょとん、と目を見開く少女。
アダチは顔でこそ笑っているが、その目はまったく笑ってはいなかった。
「え、えぇと、君、もしかして何か勘違いしていないかい?」
「あはは、いやだなぁ。そんな恐れ多いことを言わないでくださいな」
あたふたと慌てる神に、アダチは苦笑しながらも、警戒をさらに強める。
『神』は人という存在に、面白半分で干渉する存在。
それをアダチはギルドに努めて一年で、これでもかという程に理解していた。
面倒事を限りなく避けて行きたいアダチにとって、昨日のこともあってか、その存在は容認しきれるものではない。
この場をすぐに脱出するべく、頭を回転させて言葉を連ねようとするアダチであったが……。
「いや、ボクはただ『ジャガ丸くん』を売っているだけなんだけどさ」
頭の回転が止まった。
「……ええと、じゃがまるくんっていうのは?」
「よくぞ聞いてくれた!ボクがアルバイトしているところの、美味しい食べ物だよ!たったの30ヴァリスで食べられるんだから、これは買いだと思うね!」
そう言って、目の前の少女はある屋台を指さした。
店主が油を使って衣をつけた何かをあげている。
店主が此方の視線に気がついてか、ぐっと親指をつきだした。
じゃがまるくん?アルバイト?
アダチの仮面が、ここで初めて崩れ去った。
頬を引き攣らせながら、アダチはさらに問う。
「君、神様だよね?」
「ん?そうだよ」
「神様が、あそこでアルバイト?」
「ま、まぁボクにも事情ってものがあるのさ……」
顔を背け、何やら暗い影をおびはじめた少女。
視線をまた店主に向ければ、人が良さそうな笑みで苦笑している。
アダチは大きく肩を落とした。無駄なとり越し苦労だったらしい。
「……ちょうど、お腹が空いていたしね。それじゃあ一つ貰おうかな」
「ありがとう!店長、ジャガ丸くん一つ!」
店長と互いにサムズ・アップする少女、神を見て頬が自然と引き攣った。
いや、解るはずないだろう。
大体、地上に降りてくる神はほぼ間違いなく、自分のファミリアを持つ。
冒険者を集めて加護を与えた後、自分はファミリアの椅子の上で威張っているか、それともファミリア内の仕事をこなすか。
もしくは自分の趣味に興じるのが、アダチがこれまで一年の間見てきた神の姿であった。
目の前で「今日のノルマもあと少しだぜ!」と言って額の汗を拭う神がいるなんて、いったい誰が想像できるだろうか。
そういえば鳴上くんから、―――もガソリンスタンドで働いていたと聞いたけれど。
あれか、最近の神様はアルバイトがトレンドなのだろうか。……世も末だな、とアダチを頭痛が襲った。
「それにしても、何やらえらくボクの事を警戒していたようだけれど。何かあったのかい?」
不思議そうな顔で話しかけてくる少女。
普段通りであれば、神と世間話することなど考えすらしないのだが。
「まぁ、この威厳が全くないお嬢ちゃんならいいか」と、アダチは暇つぶしに口を開く。
「……まぁ、昨日ちょっと仕事でね」
「仕事?その制服はギルドのものだから……ああ、何となくわかったかな」
困ったようにから笑いする少女に、アダチは頬をかいて笑う。
「どこのファミリアの神を相手にしたんだい?そんなに疲れるところ言ったら、やっぱりガネーシャ・ファミリア、もしくは」
「もしくは?」
「あの、くっそいけ好かないお胸ぺたんこ洗濯板のロキがいるロキ・ファミリアかな」
黒い笑顔を浮かべて、妙な威圧感を出し始めた。
神様同士のいがみ合いは、よく見られる光景と思っていい。
昨日のイシュタルの奴も、そんな感じだったと思ったアダチは、特に疑問もなく言葉にする。
「いや、イシュタル・ファミリアなんだけどね……あ」
「い、イシュタル・ファミリアぁッ!?」
言った後ですぐに後悔する。
内部の機密情報を漏らすことは好ましくない。
エイナ、そして堂島先輩がこの場にいたらと思うと背筋が凍る。
「あ、やっぱ今の無し。ここだけの話しね」
「あぁ、うん。本当にそれはご愁傷様だね。あそこは僕達神の中でも、特に極まってるからなぁ……。余計なお世話だと思うけれど、気をつけた方がいいよ?」
まるで自分のことのようにして、心配そうに話しかける少女に、アダチは「有りがたく受け取らせていただきます」と苦笑する。
「そうだ、ちょっと聞きたいんだけれどいいかな?」
「へ、何ですか?」
「君はギルドの職員なんだろう?それなら、ボクのところにいるベルくんのことを聞きたいんだけれど……」
『ベルくん』という名前にアダチは首を傾げる。
顎に手を添えながら考える。確かどこかでその名前を聞いたはずだ。
「ベル・クラネルだよ、あの子がうちのファミリア唯一の冒険者だからね。本音を言うなら、心配で仕方がないんだ」
「ベル・クラネル……。もしかして、ファミリアっていうのは」
「そういえば、紹介がまだだったね」
そうだ、確かエイナが自分へ話していた冒険者の名前であった。
いい加減な返事を返していたら、「聞いているんですか」と理不尽に怒られたから覚えている。
目の前の少女は、「ふふん」と得意気に笑う。
両腕を組み、その大きな胸を突き出して、鼻高々に天を仰ぐ。
本人は威厳高々な自分の姿を想像しているのかもしれないが、身長と可愛らしい容姿が先立ってしまっている。
アダチからすれば背伸びして、大人ぶっている子供にしか見えない。
「ボクはヘスティア。ヘスティア・ファミリアを持つ神なんだ!」
「ああ、ご丁寧にどうも。僕はギルドに勤めるトオル・アダチと申します。あ、これ名刺ね」
「……あ、ありがとう。うーん、釈然としないのは何でだろうね」
名刺を受け取って頬を膨らませるヘスティアを無視して、アダチはベル・クラネルの情報を脳から引き出そうと考える。
「うーん、まぁ悪評は聞いていないから、がんばってるんじゃない?」
「へ?そ、それだけかい?」
「あと、いろいろと抜けているって同僚がいっていたけどさ」
「い、いや。確かに最初はゴブリン一匹を倒して、喜んで帰ってくるような子だったけど……」
ズーン、という重く静かな幻聴が聞こえた。
何やら気を落としてしまったようだが、アダチにとっては別に知ったことではない。
冒険者になったからといって、全ての冒険者がその才能を開花させたり、名が知られる程に実力をつけるわけではない。
むしろ大半が名も無き、凡庸な冒険者として分類される。
大金を稼ぎ、偉業を積み重ねるような冒険者はほんの一部しか存在しない。
才能があり、運があり、仲間に恵まれ、スキルに恵まれ、神に恵まれ、ファミリアに恵まれる。
そうでなければ、一流の冒険者になどなれやしないのだ。
アダチが考えるに、そのベル・クラネルという冒険者は凡庸な存在なのだろう。
確か多くのファミリアから門前払いを受けていたと、エイナから聞いていた。
才能もない、スキルもない。
神がこのようなアルバイトをしなければならないということは、神の固有の権能がそこまで良いものでないということに他ならない。
ファミリアも貧乏で、神も言ってしまえばハズレだ。
それに一人でダンジョンに潜っているということは、仲間もおらず同僚に恵まれてすらいない。
どうしようもないな、とアダチは心の底で嗤った。
何かを夢を見ているのかもしれないが、すぐにそんなものは現実に打ち砕かれるだろう。
ギルドに務めてから、そうして夢も希望も失っていく冒険者の姿は大勢見てきた。
そのベルくんとやらも、すぐに嫌になるんじゃないかい?
嘲りの笑みを潜ませながら、アダチはヘスティアを期待した目で見る。
だが、目の前のヘスティアはそれでも安心したのだろう。
ほっと胸をなでおろし、満面の笑みでアダチを見た。
「まぁ、でもこれからだよ!確かに彼は抜けているところもあるけれど、すごいいい子だからね。きっと伸びるはずさ」
ヘスティアは、そう言って何度も頷いた。そして晴天の空を見つめる。
大切な存在を想い、決して失望すること無く、温かい笑みで笑っていた。
照れくさそうに、それでも確たる言葉でヘスティアは言う。彼はきっとやってくれるさ、と。
アダチはその姿を能面のような、感情が抜け落ちた顔で見つめていた。
「へぇ、なるほどね。……どうして、そう思うか教えてくれるかい?」
「あの子はボクの唯一の家族なんだ!ボクが信じなくて、誰がベルくんを信じるんだい?」
アダチは笑った。
「あはは、君は本当にそのベルくんという子が好きなんだねぇ。いやぁ、羨ましいなぁそのベルくんが。君みたいなかわいい神様に、そこまで言ってもらえるんでしょ?いよ、色男ってね」
「も、もう!やめてくれよ、流石にちょっと照れてきちゃったからさ!」
アダチとヘスティアは互いに笑い合う。
そんな二人のところへ、店長が現れる。その手には丁度焼きあがった、出来立てほやほやのジャガ丸くん。
アダチはジャガ丸くんが入った袋を受け取り、代金を払おうと財布をズボンのポケットから探す。
その最中、ヘスティアは何かに気がついたのだろう。
躊躇いがちに、財布を取り出したアダチへと口を開いた。
「そういえば、キミも不思議な人だね」
「それって、変わってるってことかい?酷いなぁ、まぁ同僚にはよく言動が軽いって怒られるんだけどね」
苦笑いを浮かべながら、財布から硬貨を取り出す。
いや、違うんだとヘスティアは首を横に振った。
「いや、ボク達神っていうのは、その人間が大体どういう人間なのか分かるんだ。でも、キミについてはなんていうかさ、霧がかっているっていうか」
「『霧』……ねぇ」
アダチには心当たりがあるのか、考える素振りを見せる。
その様子を見て、自分の言葉が勘違いを招くものであることに、ヘスティアは気がついた。
「あ、いや、キミがすごいいい人だっていうのは分かるんだけれど、どうしてもそれが不思議に感じてしまってね。不躾に変なことを言ってしまってごめんよ」
慌てふためく姿が面白かったのか、吹き出したアダチは全然気にしていないと宥める。そして手に持っていた硬貨をヘスティアに手渡した。
安堵したヘスティアは、その硬貨を受け取る。
そして「また来てね!ベルくんをよろしく!」と、元気に手を振って客寄せに戻っていった。
アダチはこれに手を軽く振って見送ると、ゆっくりとした足取りで離れていく。
しばらく歩いていると、大通りから離れたのか。人の姿が疎らになっていった。
アダチは人気がない裏路地を見つける。迷うこと無く、表通りを離れてそこに入り込んでいく。
そこは明るい太陽が当たらない、人々の声がどこか遠くに感じる薄暗い小路であった。
アダチはしばらく佇んだ後、手元の袋を覗いた。
美味しそうな匂いを発する、小麦色の揚げ物。その匂いに釣られた野良犬の一匹が、アダチに鼻を鳴らして近づいてきた。
アダチはそれを見ると、袋を手放す。足下にころがるジャガ丸くん。野良犬は目を輝かせて、アダチへ小走りに近づく。
瞬間、アダチは足下にころがるジャガ丸くんを踏みつけた。犬はその音に驚き飛び退る。
だがアダチは無視して、ジャガ丸くんを何度も踏み躙る。ガラス球のような目が、自分の足を見つめていた。
時間にして、十秒もなかった。
アダチがゆっくりと顔を上げると、犬の姿はない。アダチに怯えて、逃げ去ってしまったのだろうか。
そしてアダチは土に塗れ、ぐちゃぐちゃになったジャガ丸くんを一瞥。
「お昼、とっとと済ませないとなぁ」
両ポケットに手を突っ込むと、何事もなかったように、表通りへ戻っていった。
イメージは、ペルソナ4Gの6話。
こんなんでも、最終的にはハッピーエンド予定。残り5~6話ぐらいで完結。
あとがきをここで初めて使ったのは、次回更新が遅れるからです。
大体、三ヶ月から四ヶ月ぐらい。
リアルの生活関係で、これはどうしようもない。
のんびり頑張ります。
追記12/04
のんびりしていられませんでした。
更新は来年になりそうです。いや、本当にどうしてこうなったんだろう。