世の中クソだな in ダンまち   作:アレルヤ

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第1話

 エイナ・チュールは怒っていた。

 

 ダンジョンを運営管理する『ギルド』の受付嬢のハーフエルフ。

 それがエイナという女性であった。

 

 パリっと整ったギルドの制服に身を包み、そこにはしわひとつ見受けられない。

 短く切りそろえられたブラウニーウッドの髪は、艶がありしっかりと手入れがされていることが解る。

 

 その佇まいは真面目なギルド職員そのもの。

 

 実際に彼女は自他ともに認めるほど、職務に忠実で非常に真面目なハーフエルフだった。

 堅実な仕事ぶりは、他のギルドの職員からの評判もよい。

 親身に相談に乗り、的確なアドバイスを行ってくれる事から、冒険者達からも人気が高い。

 

 面倒見が良く、仕事もできる。

 そんな彼女は、目を吊り上げて息巻いていた。

 

 「……リア」

 

 「はい、なんで……ひっ!?」

 

 見知った仕事仲間を呼び止める。

 リアと呼ばれた少女が、エイナの顔を見て真っ青になる。

 

 「え、あの、その、わ、私、何か、間違いを」

 

 「別にあなたに怒っているわけではありません」

 

 「え、じゃ、じゃあ」

 

 戸惑い気味に疑問の意を表したリアに、エイナは怒りを圧し殺して尋ねた。

 

 「アダチさんがどこにいったのか、知っておりますか?」

 

 ああ、アダチさん。またですかー。

 

 リアの恐怖が、氷が溶けるように消えていく。

 原因が自分では無いことに安堵し、同時にここにはいない同僚に呆れた。

 よくもまぁ、ここまで彼女を何度も怒らせて懲りないものだと。

 

 「えーと、またですか?」

 

 「またです。それで、ご存知ですか?」

 

 「す、すいません。私は知りません。でもお昼休みの後から、ギルド内では見かけておりません。もしかしたら外に出ておられるのかと……」

 

 「……ありがとうございます」

 

 声がまた一段と低くなったエイナ。

 怒気を漂わせながら、歩き去っていくその姿を見送った後。

 話をこっそり盗み聞きしていた同僚の一人が、リアに恐る恐るといった様子で声をかける。

 

 「えーと、アダチさん。またなの?」

 

 「は、はい。そうみたいです」

 

 すると同僚が、大きくため息を吐き出す。

 

 「あの人も本当に懲りないよね。それにエイナだって真面目すぎ、いい加減に放っておけばいいのにさ」

 

 まぁ、エイナも意地になっているところがあるよね。

 そう言って苦笑する同僚の姿に、リアも乾いた笑いをこぼしながら頷いた。

 

 エイナはそんな事などつゆ知らず、有無をいわさずに外出許可を取ると、ギルドの外へ踏み出す。

 

 女は怒ると非常に怖い。美人であれば尚の事。

 というのはどこに行っても、通じる普遍的な真理であるが、容姿端麗なエイナもまたその例に漏れなかった。

 屈強な冒険者達が、顔をそむけて自ら進んでエイナの為に道を開けていく。

 

 多くの怯えた視線を向けられていたが、怒りに燃えるエイナはまったく気がついていなかった。

 

 恐らくはそこまで遠くには行っていないだろう。

 ギルドの周辺にある屋台で、お茶でも啜っているに違いあるまい。

 そう目処をつけていたエイナは、周囲を行き交う人へ男の情報を尋ねる。

 

 彼らも既にアダチという男と、エイナの追っかけっこを十分に理解しているのだろう。

 またかい、と慣れたように対応する。すぐに角の店に彼がいる事が解ってしまう。

 そこは男の行きつけ、サボり先とも言える茶屋であった。

 

 また、あそこですか。

 エイナが思わず笑みをこぼすと、その情報を話した獣人は、怯えた様子でそそくさとその場を離れる。

 

 それから時間にして数分と経たずして、件の茶屋に到着。

 エイナが目線を彷徨わせていると、すぐに目的の男が視界に入った。

 

 

 「……いた」

 

 男はギルドの制服を身につけたまま、椅子にゆったりと腰掛けて、ぼうっと空を眺めていた。

 丸机には茶器と、何も乗っていない皿が一つ。茶菓子でもあったのだろうが、既に食べ終えているのだろう。

 

 さらに怒りのボルテージが上がる。

 まるで東方に存在するシノビのような足運びで、ゆったりと男の背後に立つ。

 そしてエイナは氷のような笑いを浮かべると、冷え冷えするような優しい声をかけた。

 

 「アダチさん」

 

 男は、その声に大きく肩を跳ねる。

 数秒の後、恐る恐るといった様子で。ゆっくりと、油の切れたブリキ人形のように背後へ振り向いた。

 そこには目の奥に怒りの炎を燃やしたエイナの姿をが。

 

 「あ、あはは……ええと」

 

 「随分とまぁ、寛いでいるようですね」

 

 視線を右往左往させる、東方風の顔立ちをした男性。

 この男こそ、アイナが探していた『アダチ』なる人物であった。

 

 「うん、エイナちゃんもお茶を飲むかい?ここは年上として奢ってあげるから」

 

 「へぇ、そうやってごまかすつもりですか」

 

 「い、いや、別にそんなことはないんだけどね」

 

 周囲は何があったとのかと二人へ顔を向ける。

 だがそれがエイナとアダチであると判れば、いつものかと言った様子で興味を失う。

 この街では、既に珍しくもない光景になっていた。

 

 「あ、あはは。ほら、一応仕事は全部終わらせたからさ。ほんの少しの休憩を楽しみたいっていうか」

 

 「そうなんですか。ですがまだアダチさんの就業時間は終わっていないはずですが」

 

 背を丸めて髪をかくアダチに、エイナは苛立ちが募っていく。

 困ったと言い訳を考えているのかもしれないが、困っているのは私だ。

 もう何度目になるのか、このどうしようもないやりとりは。

 

 「アダチさん、ギルドに戻りますよ。みっちり、ええ、それこそみっちり今日は仕事をして頂きます」

 

 「いや、今日の僕の仕事はもう無いっていうか」

 

 「ご安心を、ちゃんと私が掛けあってご用意して差し上げますから」

 

 苦い薬を噛み締めた顔に変わったアダチの手を取ると、ギルドへ引っ張り連れ戻す。

 アダチはああだこうだと口を動かしているが、エイナはその一切を聞き流しながら、歩みを止めることは決してなかった。

 

 その日の夜。

 煤けた背中をさらしながら、アダチは疲れきった様子で帰路につく。

 帰り際に同僚たちにからかわれ、今日あったアイナとの遣り取りを揶揄されたためか、余計に疲れてしまっていた。

 

 この迷宮都市『オラリオ』は、昼間とはまったく違った顔を夜に見せる。

 明かりを灯すいくつもの酒場からは、酔った男女の喧騒が外にまで響き渡る。

 路上では酔った冒険者達が険悪な雰囲気になっていたり、酔いつぶれた獣人が大イビキを発しながら寝ている姿もあった。

 

 アダチは下手に絡まれぬよう道の端を歩きながら、そんな光景を冷めた目で見つめていた。

 ポケットに手を突っ込みながら、眠たげな瞳は一つ一つの夜のオラリオを捉えていく。

 

 「……はぁ、何やってんだろうねぇ。僕はこんなところでさ」

 

 その問いかけは、いったい誰に向けたものであったのだろうか。

 

 アダチはギルドの紹介で住まわせてもらっている、集合住宅の自分の部屋にたどり着く。

 扉を開けると、そこにあったのはベッドと机、それに数着の私服。必要最低限の物しか無い、飾り気の一切ない部屋。

 

 軽く水で自分の体を拭った後、アダチは黒パン一つを食べると、明かりを消してすぐにベッドに横になる。

 暗い中、誰もいないこの部屋で一人目をつむっている。

 そうすると嫌でも今日もまた、目をそらし続けた事実と向き合わざるをえない。

 

 何度、これが夢だと思ったのか。何度、起きたらあの牢の中で目を覚ますと思ったか。

 しかし何度こうして目を瞑り、朝の光で目を覚ましても、自分がいる世界は変わっていない。

 『アダチ』はここオラリオのギルド職員として、これからも、ずっと生きていくことになる。

 

 むっくりと、ベッドの上で背を起こす。

 狂気の光を瞳に宿し、手を握りしめ、開く。

 

 一枚の、禍々しく光を発するカードが浮かび上がった。

 

 アダチはそれを胡乱な目で見つめていたが、やがて大きなため息を吐き出す。

 つまらなそうに手を振り払ってカードを消した。

 

 「ダンジョンがあろうが、神様がいようが、冒険者や獣人やエルフがいようが、結局―――」

 

 ベッドに身を預けながら、頭の後ろに腕を組む。

 意識がゆったりと落ちていくことを感じながら、アダチは気だるげに呟く。

 

 「―――世の中クソだな」

 

 それは悲観的なものではなく、どこか空虚な言葉であった。


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