人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ 作:幼馴染み最強伝説
休み時間ほど心休まらない時間もない。
ざわざわと喧騒に満ちた教室。誰も彼もが授業の抑圧から解放されて、友人達と親しく話をしながら、放課後の予定や昨日見たテレビ番組の話をしていたりするのだ。飛び交う話はまるで異国の言葉のようで、届いても意味をなさない。単純に興味がないと言ってもいいが。
何はともあれ、それが今日はまた一段と騒がしい。
おそらくは、昨日帰りのHRで担任が言っていた「職場見学」のグループ分けの件があるからに違いないのだが、グループと見学場所を決めるのは明後日のLHRだというのに、気が早いものだ。
因みに「何処行く?」という会話はあっても「誰と行く?」という会話にならないあたり、このクラスの殆どの人間が特定のグループを形成していることがわかる。
当然だ。学校という場所は単に学業をする為の施設ではなく、社会の縮図であり、小規模な人類を映した箱庭と言ってもいい。だから、戦争や紛争のように喧嘩やいじめは起きる。格差社会を引き写したようにスクールカーストも存在する。もちろん、民主主義そのままに数の理論が適用されるし、多数派が何時だって正義となるのだ。
そんなクラスメイトの様子を俺は頬杖をついて見ていた。
まぁ、俺はどのグループにも該当しないので、とりあえずは余った所に入る方式で行くか………
それが何時もの俺の取るべき行動だ。それが適用されなかったのは、茜と付き合いだしてから中学を卒業するまでの間だ。
茜、或いは折本を中心として形成される女子の輪に無理やり引き込まれていた俺に「余ったから」なんて方式は選ぶことが出来ず、気付いたら女子の中に引きずり込まれているという事実。お蔭で初対面だろうが女子相手にはキョドらなくなった。これを進歩と捉えるべきか、はたまた刷り込みと捉えるべきかは悩みどころではあるものの、今となってはそれも忘却の彼方。あるべき形へと戻っていた。
それにしても、この時間は眠い。
昨日は割と遅くまで起きていたせいか、睡眠が微妙に足りていないため、瞼が重い。
一つあくびをかいて、寝ようかと瞼を閉じかけた時、視界の前で、ひょいひょいと手が振られた。
「おはよ」
くすっと微笑むようにして、戸塚は目覚めの挨拶をしてくる。
「……いや、別に寝てない。寝ようとはしてたけどな」
背筋を大きく伸ばしてから、眠気を払う。睡眠も重要だが、戸塚との触れ合いも大事だ。茜の次………の次くらいに。
「なんか用か?」
「特に用はないんだけど……比企谷くんがいるなぁって思ったから。ダメ、だったかな?」
「そんな事ない。俺も暇を持て余してたしな」
寧ろ、暇を持て余していない時がないまである。つまり、常時暇。主に学校においては。
それにしても、茜然り、戸塚然り、思うのだが用もなく話しかけられる人間は素直に尊敬できる。他にも当てはまる人種はいるが、尊敬できる人間ではないので却下。
ふと、戸塚がパンと手を打つかのように両の掌を小さく合わせた。
「そういえば、比企谷くんはもう職場見学の場所決めたの?」
「いや、特には。何が好きとか、何が良いとか、そういうのは気にしないんだ」
結局職場見学なんてものは事前に学校側が学生が見に行くと伝えているために、会社側のメリットしか見せられない。ブラックなのかホワイトなのか、全くというわけではないが区別なんてつくはずがない。昨今のブラック企業は入社させるまでの手際が良いと聞くし、職場見学で見せられるものを信じるのは愚の骨頂だ。
「じゃあ……誰と行くかは、もう決めちゃった、かな?」
少し躊躇いがちに、けれど確かな意志を感じさせる瞳で戸塚は俺の目を見つめてきた。
今の言い方は「一緒に行きたいんだけど、もう決めちゃってたら、残念だなぁ」みたいな意図を孕んでいそうだ。
昔はこれで痛い目を見たものだが、今となっては笑い話………には出来ないな、傷が深いわ。
「場所が決まってないからな。誰と行くかも決められん。戸塚はもう決めたのか?」
「ぼ、ぼく?……ぼくは、もう、決めてる、よ」
急に聞き返したからか、戸塚は戸惑い気味に答えた。
まぁ、戸塚はテニス部員だし、特定のコミュニティをもつ人間だ。必然的にそこから派生する繋がりを持っている。ともすればクラスに友達がいて当たり前だ。
俺もいることにはいるのだが、全員女子だし、目指す方向性が違うし、友達がいるからなんて理由で決めるのも癪だ。
「……よく考えたら、俺って男子の友達いないんだな……」
「あ、あの……比企谷くん……。ぼく、男の子だけど……」
戸塚が何か言ったが、小さい声だったのでよく聞こえなかった。
それにしても俺が教室で誰かと会話をしているというのはどうにも違和感がある。
中学の時は最後の方がそうだったのだが、高校に入ってからはそういうことはなかった。
会話というか、一方的に話しかけられ続けたという事は割とある(誰とは言わないが)んだが、雑談をするというのはなかなかない。
後、戸塚は男の子じゃない。男の娘である。よって男子の友達は一人もいないっ!
結論……なんだか悲しくなってきた。
「ふむん……闇の時間が、始まるか……」
「終焉の始まり……それもまた一興よのう……」
グラウンドの喧騒が小さくなると、この部室にも夕日が差し込む。
ついでに俺達の心には影が差し込んだ。
「封印を、外す時が来たようだな……」
「古より恐れられし我が秘技。今解放せん」
なんでこの材木座と茜をセットにしちゃったの、神様………っ⁉︎
現状において、関わるべきではないと材木座を放置していたところ、なんか用事あったらしい茜が入室してきて、材木座と厨二病談義?を繰り広げ始めてしまった。
くっ………茜がどんどん厨二病を再発させていく……ついでに俺も厨二病の影響を受けてしまいそうだった。
「お願いだから、そろそろ用があるのなら話してくれないかしら?」
ついに根負けしたのは雪ノ下だった。
材木座一人なら永遠に無視できたかもしれないが、どうやら茜まで混じると無視を貫き通せなかったらしい。いや、とてもその気持ちはよくわかる。実際、俺もそろそろ根負けしそうだったし。
「ふむ、いやすまんな。つい良いフレーズがーー」
「用があるのでしょう。早く言いなさい」
「あ、はい」
ふふんと笑って能書きをたれようとしていた材木座を雪ノ下は一刀のもとに切り捨てる。そして材木座は相変わらず、雪ノ下相手になるとすぐに折れる。
「ほむん。実はな、我はついにエル・ドラドへの道筋を手にしたのだよ!」
「受賞でもしたのか?」
「い、いや、それはまだだ……。だ、だが、完成さえすれば受賞も時間の問題だろうな!」
や、なんでそんな自信満々なんだよ。つーか、前から二月も経ってねえぞ。
「ははっ、聞いて驚け。我はな、此度の職場見学で出版社へと赴くことにしたのだ!つまり、わかるな?」
「いや、全然わかんねえけど……」
「成る程、つまりコネを得るための手段を持ったって事だね」
「ほむん、流石は来栖氏。察しがいい。そういうことだ、八幡」
おい、脳味噌幸せすぎるだろ。それ地元で有名な不良の先輩がいるって自慢する中学生レベルじゃねえか。
それに出版社っていってもピンキリだろうに。そこまで自分の明るい未来を信じ切れるといっそ清々しいな。
しかし、そうなるとおかしなことがある。
「材木座、よくお前の意見が通ったな」
「なんだ、その我を羽虫の如き低い扱いをする言い草は……まあいい。此度はたまたま我以外の二人が所謂オタクでな。我が言わずとも、その二人がきゃっきゃうふふとしているうちに出版社に行く事になったのだ。彼奴等は最近流行のBLというやつに違いない。さしもの我も愛の前では無力故、邪魔せぬようにいつも黙っているがな」
「同類同士仲良くすればいいのに……」
「それが出来ねえんだよ。宗教戦争みたいなもんだ」
「そうそう。好きな作品とかキャラとか違うだけで結構な論争に発展するんだよね。結衣ちゃんに分かりやすくいうと「アイドルグループの中で誰が一番かっこいいか!」ってなる感じ」
「あー、それわかる。絶対に終わらないよね〜、それ」
うんうんと由比ヶ浜は頷く。どうやら、過去においてそういう経験があったらしい。
アイドル然りアニメ然り。
好きな奴もいれば嫌いな奴も存在するのだ。
ともすれば言い合いになるのは火を見るよりも明らか。価値観が違えば、例え同類だろうが、仲良くできるはずもない。
と、その時だった。
部活もそろそろ終わりの時間が迫ってきていたというのに、タンタンっと小気味よくリズミカルに扉を叩く音がした。
「どうぞ」
時間もギリギリなので雪ノ下の方に視線で問いを投げようとしてみたが、その前に雪ノ下は許可を出した。いついかなるときでも悩める人間に手を差し伸べるのが奉仕部の信条である事を鑑みても、雪ノ下が居留守を決め込むはずもなかった。
「お邪魔します」
そう言って入ってきたのはーー爽やか系イケメンだった。
「帰れ」
そして反射的にそう言ってしまった。
「こんな時間にーーって、ええ?」
扉を閉めて、振り向き様に爽やかな笑みで話そうとしていたそいつは素っ頓狂な声を上げた。
「……なんだ、君か。比企谷」
「もう時間切れだ。明日に出直してこい」
「それを決めるのは貴方ではないわよ、比企谷くん」
ジロリと雪ノ下に視線で威嚇された。言ってる事は雪ノ下の方が正しいので肩をすくめるしかなかった。
「それで?何か用があるのかしら?葉山隼人くん」
冷たい響きをにじませた雪ノ下の声に、そいつは、葉山は笑顔を崩さずに答える。
「ああ、そうだった。奉仕部ってここでいいんだよね?平塚先生に、悩み事を相談するならここだって言われてきたんだけど……比企谷の言う通り時間も遅いし、結衣もみんなもこの後予定とかあったらまた改めるけど」
「やー、別にそんな全然気を遣わなくてもいいよ。隼人くん、サッカー部の次の部長だもんね、遅くなってもしょうがないよー。それにあたし達奉仕部だしっ!」
えっへんと胸を張って言う由比ヶ浜。
どうやら以前依頼内容として持ちかけてきた癖の方は治っているらしい。最近はあまり見ていなかったからどうかと思ったが、思わぬところで成果を知れた。
とはいえ、時間ギリギリで来るというのはあまりよろしくない。雪ノ下は通したものの、何やらピリついているし、茜も時計の方をチラチラ見ている。材木座はどうでもいい。
「えーと、来栖さんも材木座くんもごめんな」
「あ、いいよ。気にしなくても、私は勝手にお邪魔してるだけだから」
「ぬっ⁉︎ふ、ふぐっ!あ、いやぼくは別にいいんで、あの、もう帰るし……は、八幡ではな!」
手を左右に振って否定する茜と、敵対心などどこ吹く風。材木座は葉山に話しかけられた途端にキャラが解かれた。そして言うが早いか、そそくさと帰ってしまった。
しかしながら、材木座のその気持ちは痛いほどわかる。
スクールカーストが低い連中は上位カーストに出会うと萎縮しちまう。廊下とかで反射的に道譲るし、話しかけられるとまず八割方噛む。それでさらに嫉妬や憎悪が高まるかというとそうでもなく、名前なんて覚えてもらっていた日にはちょっと嬉しかったりする。それが葉山みたいな奴となると殊更だ。
因みに現時点においてはとても忘れてほしい。
「……俺には聞かないんだな」
「君に聞くと、また帰れっていうだろ?」
ちっ、ばれたか。
「それで、用事って言うのはさ」
そう言って、葉山はおもむろに携帯電話を取り出した。カチカチと素早くボタンを操作するとメール画面に移行し、葉山はそれを俺に見せてきた。
横から雪ノ下と由比ヶ浜、上からは茜が……うん、柔らかいものが首の後ろに当たってるけど。そしていい匂い。
「あ……」
「どうした?」
不意に由比ヶ浜が小さく声を上げたので問うてみると、由比ヶ浜は自分の携帯電話を取り出して俺に見せてくる。
するとそこには同じ文面があった。
『戸部は稲毛のカラーギャングの仲間でゲーセンで西校狩りをしていた』
『大和は三股かけている最低の屑野郎』
『大岡は練習試合で相手校のエースを潰すためにラフプレーをした』
要約すると大体こんな感じのものが書かれていた。
事の真偽は定かではないメールがいくつもある上、アドレスはどれも捨てアカであるらしく、幾つものアドレスから誹謗中傷するメールばかりある。
「おい、これ……」
「うん。これ、最近うちのクラスで回ってるやつ……」
「チェーンメール、ね」
「それも個人を貶める系統だから、悪戯っていうには結構悪質だね」
「これが出回ってから、なんかクラスの雰囲気が悪くてさ。それに友達の事悪く書かれてれば腹立つし」
そういう葉山の表情は正体のわからない悪意にうんざりしていた。
顔の見えない悪意ほど恐ろしいものはない。
面と向かって罵倒されるのはそいつに何かしら報復をすれば解決することが出来るが、そういった暗い感情は向ける対象がいるからこそ、どこかでプラスへと転じさせられる。
だが、憎悪も嫉妬も復讐心もそれを向けるべき対象がいなければ曖昧な感情でしかない。
「止めたいんだよね。こういうのってやっぱりあんまり気持ちがいいもんじゃないからさ。あ、でも犯人捜しがしたいんじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい。頼めるかな」
「つまり、事態の収拾を図ればいいのね?」
「うん、まぁそういうことだね」
「では、犯人を捜すしかないわね」
「うん、よろし、え⁉︎あれ、なんでそうなるの?」
前後の流れを完全に無視された葉山が一瞬驚いた顔を見せるが、次の瞬間には取り繕った微笑みで穏やかに雪ノ下の意図を問う。
すると、葉山とは対照的に、凍てついた表情の雪ノ下がゆっくりと、言葉を選ぶかのようにして話し始めた。
「チェーンメール……あれは人の尊厳を踏みにじる最低の行為よ。自分の名前も顔も出さず、ただ傷つけるためだけに誹謗中傷の限りを尽くす。悪意を拡散させるのが悪意とは限らないのがまた性質が悪いのよ。好奇心や時には善意で、悪意を周囲に拡大し続ける。止めるならその大本を根絶やしにしないと効果がないわ。ソースは私」
「うんうん、よくわかるよ、雪乃ちゃん」
腕組みをして頷く茜。
因みにうちの学校でもチェーンメールが一時期流行った。
当然ながら対象は俺。直接的に手を出せないならとチェーンメールで俺に対する誹謗中傷が出回り、挙げ句の果てに学校の裏サイトすら出来る始末だったのだが、俺がそれを折本伝てに知る頃には収束していた。十中八九、動いたのは茜である。誰よりも俺に対する誹謗中傷などに反応するのは茜なのだ。その時においては雪ノ下のような容赦の無さが垣間見える。
「全く、人を貶める内容を撒き散らして何が楽しいのかしら。それで佐川さんや下田さんにメリットがあったとは思わないのだけれど」
「犯人特定済みなんだ……」
「でも、何事も因果応報だよ、結衣ちゃん。海原くんや染川くんもその辺りはわかっててやってたと思うし」
「茜ちゃんもなんだ⁉︎」
由比ヶ浜が引き攣った表情て笑っていた。これだから高スペックの人間は敵に回してはいけないんだ。っつーか、初めて犯人の名前を聞いたんだが。
「とにかく、そんな最低なことをする人間は確実に滅ぼすべきだわ。目には目を、歯には歯を、敵意には敵意を持って返すのが私の流儀」
「あ、今日世界史でやった!マグナ・カルタだよね!」
「ハムラビ法典よ」
さらりと切り返すと雪ノ下は葉山に向き直る。
「私は犯人を捜すわ。一言いうだけでぱったりと止むと思う。その後どうするかは貴方の裁量に任せる。それで構わないかしら?」
「……ああ、それでいいよ」
葉山は観念したように言った。
実際、俺も雪ノ下には同意している。
メアドをわざわざ変えているということは自身の正体がばれることを恐れている。なら、ばれた時点でやめるはずだ。要は犯人を見つけるのが一番手っ取り早い。
雪ノ下は机に置かれた由比ヶ浜の携帯をじっと見つめる。それから顎に手をやり、考える仕草をした。
「メールが送られ始めたのはいつからかしら?」
「大体先々週くらいからだよ。な、結衣」
葉山が答えると由比ヶ浜も頷く。
「先々週から突然始まったわけね。由比ヶ浜さん、葉山くん、先々週クラスで何があったの?」
「特に、なかったと思うけどな」
「うん……いつも通り、だったね」
「一応聞くけれど比企谷くんは?」
「一応ってなんだ……」
俺も同じクラスだっつーの。
「貴方の場合、クラスに興味を持っていないでしょう?」
「まぁ、そうだが……」
しかしながら、興味がないからといって知らないわけではない。
先々週か………確かに特に何もなかったような……いや。
「昨日はあれだ、職場見学のグループ分けの話があった」
「うわ、それだ。グループ分けのせいだ」
俺の話を聞いて、由比ヶ浜はハッと何かに気づいた。
「「え?そんな事でか?」」
思わず葉山と声が重なると、葉山はにかっと笑って「ハモったな」などと死ぬほどどうでもいい事を言いやがる。
「こういうイベントになるとグループ分けはそのあとの関係性に関わってくるからね。ナイーブになる人もいるの」
「そうなると今回の三人組で行く職場体験は致命的だな。一人仲間外れが出来る」
「動機を考えると、必然的にその三人のうち誰かの仕業って事になるけど……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺はあいつらの中に犯人がいるなんて思いたくない。それに、三人それぞれを悪くいうメールなんだ、あいつらは被害者じゃないのか?」
茜の呟きに葉山は珍しく声を荒げた。
そりゃまあ、友人を犯人扱いされて気持ちのいいやつなんていないだろう。
だが、茜の見解は正しいだろうし、雪ノ下も由比ヶ浜もそう思っているだろう。
「葉山。お前が三人を信じるのは勝手だけどな。そういう事を考える奴もいるってことを覚えとけ。人間っつーのはそういうもんだ。人に蹴落とされるくらいなら蹴落とす道を選ぶ」
加害者よりも被害者に、なんていうのは第三者の綺麗事だ。殺されるか殺すかの瀬戸際に立てば、大抵の人間は殺す方を取る。それが普通だ。人間は誰でも自分が大事だ。赤の他人の方が大事なんてのは創作物の世界だけの話だ。例外こそ存在しても、本人にとって大切でない人間なら、そいつは自分を取る。
「とりあえず、その人達の事を教えてくれるかしら?」
悔しそうに唇を噛む葉山に雪ノ下が情報の提示を求める。
すると、葉山は意を決したように顔を上げた。その瞳には友の疑いを晴らさんとする崇高な信念が宿っていた。
「戸部は、俺と同じサッカー部だ。金髪で見た目は悪そうに見えるけど、一番ノリのいいムードメーカーだな。文化祭とか体育祭とかでも積極的に動いてくれる。いいやつだよ」
「騒ぐだけしか能のないお調子者、ということね」
「……」
「?どうしたの、続けて」
絶句する葉山に不思議そうな顔を向ける雪ノ下。
まぁ、雪ノ下なので仕方がないとか言えんな、これは。
葉山は気を取り直して次の人物評に移る。
「大和はラグビー部。冷静で人の話をよく聞いてくれる。ゆったりとしたマイペースさとその静かさが人を安心させるっていうのかな。寡黙で慎重な性格なんだ。いいやつだよ」
「反応が鈍い上に優柔不断……と」
「…………」
葉山はなんとも言えない、苦々しい顔で沈黙したが、諦めたような溜め息をついて続ける。
「大岡は野球部だ。人懐っこくていつも誰かの味方をしてくれる気の良い性格だ。上下関係にも気を配って礼儀正しいし、いいやつだよ」
「人の顔色を窺う風見鶏、ね」
「「「…………」」」
いつの間にか、俺も茜も由比ヶ浜も言葉を失っていた。
やはり雪ノ下の適職は検察ではないだろうか、いくら好意的に見る葉山の意見を排したものとはいえ、こうまでマイナスに考えられるといっそ清々しい。
「困ったわね。どの人が犯人でもおかしくないわ……」
「ごめん、雪乃ちゃん。私には雪乃ちゃんが犯人にしか見えないよ……」
「それは心外よ、茜さん。私なら正面から叩き潰すわ」
「仲良くする選択肢はないんだね……」
やり方が違うだけで結局潰しているということに気づいていないのだろうか。
とはいえ、雪ノ下も雪ノ下だが、葉山も葉山で擁護したい分、良い印象を持たせようとする発言に傾倒している。それでは結局大した情報になりえないどころか、俺達の捜査の目を撹乱するだけだ。逆効果である。
「葉山くんな話だとあまり参考にならないわね……。比企谷くん、由比ヶ浜さん。貴方達は彼らの事をどう思う?」
「え、ど、どう思うって言われても……」
「俺も戸部以外はよく知らんからな」
というか、この学校の生徒大体知らない。ごく一部の人間しかわからん。
「では、戸部くんは貴方から見てどう思うの?」
「底抜けの馬鹿だな。無視してもやたらとちょっかいかけてくるし、勧誘ウザいし、致命的に空気が読めん」
「そう。なら「でもな」何かしら?」
「あいつは阿呆だが、屑じゃない。どんだけ無碍にしたって話しかけてくるような奴だ。グループ分け程度の理由でチェーンメールやるような奴じゃねえ………っつーのが俺の見解だ」
「比企谷……」
どこか安心した様子で俺を見てくる葉山。
何に対して安心してるかは知らんが、これで戸部限定で疑いが晴れたとかそういうのではない、あくまでも俺個人の意見でしかない。犯人捜しというのは先入観を一切排し、感情を持たずに行うものだ。どれだけ良い意見を述べても意味はない。
「比企谷くんがどう思っているかはわかったわ。けれど、それでは残る二人の情報が不足しているから、グループを決める明後日までの一日の猶予期間で調べてもらっていいかしら?」
「……ん、わかった」
雪ノ下に言われて、由比ヶ浜はちょっとだけ戸惑いの表情を浮かべる。
やっと最近自分を前に出せるようになった由比ヶ浜からしてみれば、仲良くしていたクラスメイトの粗を探すという行為は気が進まないはずだ。そしてそれは同時に自分の粗を晒すことになり、コミュニティ内ではかやりリスキーだ。
それは雪ノ下も理解してはいるらしく、そっと目を伏せる。
「……ごめんなさい、あまり気持ちのいいものではなかったわね。忘れてもらっていいわ」
となれば、俺しかいないな、
「俺に任せろ。クラスの奴などう思われようが、今更知ったことじゃない」
「……そう。あまり無茶な事はしないでちょうだい」
「ああ。まぁ、人の粗探しは得意だ。ばれずにやるさ」
もっとも、ばれるようにやる方が俺にとっては難しいかもしれんがな。
「ちょ、ちょっと!あたしもやるよ!そ、その、ヒッキーにだけ任せておけないし!それに、それにっ!ゆきのんのお願いなら聞かないわけにもいかないしね!」
由比ヶ浜は顔を赤くして語尾をもにょらせながらも、次の瞬間には拳をぎゅっと握った。
「ありがとう、由比ヶ浜さん。貴方も無茶はしないでね」
「うん!」
微笑んでそういう雪ノ下に由比ヶ浜は力強く頷いた。
そんな二人の様子を見ていた葉山は素敵スマイルで笑う。
「仲良いんだな」
「あ?当たり前だろ。こっちはお前みたいに人数が多くない分、結束力は強いんだよ」
つっても、最近友達になったばかりなんですけどね。それは蛇足なので言う必要はない。
「かもね。……少し……羨ましいかな」
「なんか言ったか?」
「いや。別に何も」
一瞬だけ葉山が遠い目をしていたように見えたが違うらしい。
俺もそろそろ目が濁ってきたか…………まぁ、元々なんですけどね。