人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ   作:幼馴染み最強伝説

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そして謎の特訓は開始される。

数日の時の経て、今再びの体育。

 

今回は流石に戸部は葉山と組んだらしく、今日に至ってやっと一人である。

 

とはいえ、明日からしばらく試合形式になるので、ラリーは今日まで。

 

こんな事は初めてだ。一回も一人でなかった日が来るところだったぜ。

 

最後だし、ここはアクロバティックに決めてやろうかなーとか考えていたら、ちょんちょんと右肩を突かれた。

 

誰だよ、葉山か?いや、葉山ならもっとこう……太陽をバックに迫ってくる。

 

まぁ、後ろを振り向けばわかるんだがな。

 

と思って、後ろを振り向くと右頬にぷすっと指が刺さった。

 

「あはっ、引っかかった」

 

そう可愛いらしく笑うのは先日会ったクラスメイト戸塚彩加くん(リアル男の娘)である。

 

今一瞬ものすごく抱きしめたい衝動に駆られた。これが男じゃなくて、茜がいなかったら告白して振られているところである。うん、安定のネガティヴーーもとい現実的思考でなにより。平常運転だ。

 

しかし、一度制服姿の戸塚を見てみると男だってのはわかるんだが、体操服みたいな男女共通の格好してると一瞬わかんなくなる。これで足元アンクルソックスじゃぬくて黒ハイソなら絶対わからない。それどころか、何か特殊な事情で男として入学したんじゃないかと勘ぐる。ラノベ的に。

 

腕も腰も脚も細い、肌も抜けるように白い。

 

胸が無いのは誤魔化せるし、雪ノ下も………いや、考えるのはよそう。何故か気付かれそう。

 

「どした?」

 

「うん。今日さ、何時もペア組んでる子がお休みがなんだ。だから……良かったら僕と、やらない?」

 

だからその上目遣いやめて下さい。超可愛いから。頬染められたら、告白されてんのかと思うでしょ、キミ。あり得ないけども。

 

「ああ、いいよ。俺も一人だしな」

 

結局、今日も今日とて一人じゃなくなったわけだ。折本辺り聞いたら「ウケるwww」とか言って、背中バシバシやってきそうだ。割とマジで。

 

由比ヶ浜が言っていたが、女子の一部ではこの戸塚の愛らしさを指して「王子」と呼んでいたりするそうだ。言い得て妙だが、俺としては「王子」よりも「ドジっ子メイド」とかの方を薦めるね。ほら、一見しっかりしてそうだけど、保護欲駆られるところとか。一々挙動が愛らしいところとか。俺と茜の専属になってくれないかな。一緒に愛でるから。

 

そして、俺と戸塚のラリーは始まったわけだが、やはり戸塚はテニス部だけあって、それなりに上手い。

 

戸部の時とは違い、お互いに動くこと無く、手元に返しあっている。

 

「やっぱり比企谷くん、上手だねー」

 

距離があるため、戸塚の声は間延びしている。

 

「まぁ、前も言ったが手先は器用でなー。それなりにはこなせるー」

 

「そうなんだー。凄いねー」

 

伸び伸びの声をお互いに出しながら、俺と戸塚のラリーは続く。他の連中が打ちミス受けミスを出す中、俺たちだけが長いこと続けていた。

 

た、そのラリーが止まった。ぽーんと跳ねたボールを戸塚がキャッチする。

 

「少し、休憩しよっか」

 

「おう」

 

二人して座る。

 

で、なんで君は自然に横に座るの?普通男子同士だと向かい合ったり、斜めだったりしない?や、俺は男友達いないからわからないけど。しかも距離近くない?

 

「あのね、ちょっと比企谷くんに相談があるんだけど……」

 

戸塚が真剣な表情で口を開く。

 

成る程、秘密の相談なら近くないとマズイよな。

 

「相談、ねぇ。それは俺個人で解決できる問題か?」

 

「うん」

 

ならいい。事と次第によっては奉仕部に回すことも吝かではない。というか、基本的に働きたくないから、雪ノ下に任せたい。

 

「うちのテニス部の事なんだけど、すっごく弱いでしょ?それに人数も少ないんだ。今度の大会で三年生が抜けたら、もっと弱くなると思う。一年生は高校から始めた人が多くてまだあまり慣れてないし……。それに僕らが弱いせいでモチベーションが上がらないみたいなんだ。人が少ないと自然にレギュラーだし」

 

もっともな話だ。弱小の部活にはよくあることだ。

 

弱い部活には人が集まらず、そして、人が少ない部活にはレギュラー争いがない。

 

休もうがサボろうが試合には出られるし、試合をすれば勝ち負けを問わず、それなりに部活をしている気分になる。勝てなくても満足という奴は少なくない。

 

そうなると必然的に弱い部活は弱いまま。

 

精神論は好きじゃないが、そこだけでいえば気持ちの問題が根本的に関わってくる。完全なる負の連鎖だ。

 

「それで……比企谷くんさえよければテニス部に入ってくれないかな?」

 

「……一応理由を訊いていいか?」

 

わかる。突拍子のない質問にも聞こえるが、テニス中の会話も考慮してみれば、なんてことない発言だ。

 

「比企谷くん、テニス上手だし、もっともっと上手になると思う。それに、皆の刺激になると思うんだ。あと……比企谷くんと一緒なら、僕も頑張れると思うし。あ、あの、へ、変な意味じゃなくて!ぼ、僕も、テニス、強くなりたい、から」

 

「お前は弱いままでも………は良くないよな、うん」

 

「?」

 

「あー、すまん。血迷った」

 

戸塚のあまりのいじましさに一瞬言うべき言葉を間違えかけた。慣れたというか、耐性ができたというか、茜とやり取りがここに来て活きたらしい。因みに茜相手なら言い直すことは無い。言い切る。

 

しかし、それを踏まえた上でも血迷う程に戸塚は可愛い。

 

だがまあ、それとこれとは話が別というものだ。

 

「……悪い。それは無理だ。理由は………言わなくても知ってるな?」

 

「…………うん」

 

俺が問いかけると戸塚は視線を彷徨わせた後、静かに頷いた。

 

俺は部活動……特に運動部には入れない。

 

というのも、俺がその全てを断っているわけで、断ってきた相手には納得させるための理由に『他の運動部にも入らない。しかし、条件次第で助っ人程度はする』と交渉したからだ。

 

奉仕部は文化部な上、忙しすぎて大変ということもない。

 

それ故に問題はないのだが、俺がテニス部に入ったとなると、色々とまずい。

 

葉山の俺に対する勧誘はある意味葉山であるから許されているようなもの。あいつのようなリア充イケメンでなければ今頃他の運動部に何を言われているか。まぁ、戸部も絡んでいる分、ガチというよりもネタ的な雰囲気もあるから許されてるのもあるだろうな。葉山自身、冗談交じりだし。

 

「そういう事だ。まぁ、テニス部には入ってやれないが、何か方法は考えてみる」

 

無責任な発言だが、やってやれんこともないだろう。優勝させるとかじゃない以上、現状よりも良くなればいい。そして現状は限りなく底辺なら、少しくらい上げるのは簡単だ。

 

「ありがと。比企谷くんに相談して少し気が楽になったよ」

 

戸塚はそう笑うが、はっきり言ってこんなの気休めにもならない。

 

とはいえ、出来ないことを出来るというのは傲慢だ。いらぬ期待は必要以上に相手を絶望させるから。これでいいんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理ね」

 

放課後に戸塚とのやりとりを雪ノ下に話したのだが、開口一番にそう言われた。

 

「私や貴方のような一度はぼっちを極めた人間に集団行動なんて出来るはずないでしょう?確かに、実力的な部分を考慮すれば、一種のカンフル剤になれるかもしれないけれど、その向上心は自身の実力ではなく、邪魔な貴方という存在を排除することにのみ費やされるでしょうね、ソースは私」

 

「まぁ、そうだよな………え、ソース?」

 

「ええ。私、中学の時に海外からこっちへ戻ってきたの。当然転入という形になるのだけれど、そのクラスの女子、いえ学校の女子は私を排除しようと躍起になったわ。誰一人として私に負けないように自分を高める努力をした人間はいなかったわ」

 

そう語る雪ノ下の後背に何か黒い炎めいたものを感じた。

 

まさか蛇王炎殺拳の使い手⁉︎……いや、単に嫉妬の炎です。

 

まぁ、言わんとすることはわからないでもない。つーか、多分そうなる確率がかなり高い。

 

自分達は部活動をやっている気にさえなれればそれでいいのに、そんなガチで部活動はしたくないから、入られても困る。寧ろ邪魔。とすら思われる。

 

となると、やっぱり求められるのは意識改革の方だよな。

 

戸塚自身が強くなる事もそうだが、やはり二年生の全体的なレベルアップも必要なわけだから、その上で意識改革も必要だな。

 

「お前ならどうする?」

 

「私?」

 

唐突に振ったせいか、雪ノ下はパチパチと目を大きく瞬かせてから、思案顔になる。

 

「全員死ぬまで走らせてから、死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら」

 

ちょっと微笑みながら言うな。一瞬可愛いこと言ってるのかと思ったら「アイアムスパルタ!」とか叫びそうな内容だったぞ。レオニダス一世かよ。

 

俺が半ば本気で引いていると、部室の戸が開かれた。

 

「やっはろー!」

 

雪ノ下とは対照的にお気楽そうな、頭の悪い挨拶が聞こえてきた。

 

由比ヶ浜はあいも変わらずアホアホしく抜けた微笑みを湛えていて、悩みなどなさそうな顔をしていた。

 

だが、その背後に、力なく深刻そうな顔をした人がいる。

 

自信なさげに伏せられた瞳、由比ヶ浜のブレザーの裾を力なく握る指先、透き通るように白い肌。陽の光を浴びれば泡沫の夢のごとく消えうせてしまいそうな、そんな儚げな存在。

 

「あ……比企谷くんっ!」

 

その瞬間、透き通っていた肌に血の色が戻り、ぱあっと咲くような笑顔を見せる。その表情でようやくわかった。なんでこんなに暗い顔してたんだよ。

 

「戸塚か」

 

「比企谷くん、ここで何してるの?」

 

「俺は部活だけど……お前こそ、なんで?」

 

「今日は依頼人を連れてきてあげたの」

 

由比ヶ浜はふふんと鼻を鳴らし、大きい胸を反らして自慢げに言った。ふむ、やはり由比ヶ浜もかなり良いものを持ってるな。実に揉み心地が………いかん、思考がそれた。

 

「やー、ほらなんてーの?あたしも奉仕部の一員じゃん?だから、ちょっとは働こうと思ってたわけ。そしたらさいちゃんが悩んでる風だったから連れてきたの」

 

つまり、結局はここに来ることになったわけか。手間が省けたというか、余計なお節介を焼いてしまったというか、微妙なところだな。

 

「そう、ありがとう、由比ヶ浜さん」

 

「ゆきのん、お礼とかそういうの全然いいから。部員として当たり前のことしただけだから」

 

「それでもお礼は必要よ。親しき中にも礼儀ありというでしょう。それに、その事をさっき比企谷くんと話していたところよ」

 

「え?ヒッキーと?」

 

「まあな」

 

話したというよりも状況説明に近いと思うが、何も知らないよりかはマシだな。

 

「で、戸塚彩加くん、だったかしら?何かご用かしら?」

 

改めて、雪ノ下は戸塚に問う。

 

一応、違っていると問題だしな。戸塚本人の口から聞くべきことでもある。

 

「あ、あの………テニスを強く、してくれる、んだよ、ね?」

 

最初こそ雪ノ下の方を見ていたが、語尾に向かうにつれて戸塚の視線は俺の方へと動いていた。

 

俺より身長の低い戸塚は俺を見上げるようにしてこちらの反応を伺っている。

 

俺を見られても困るが、まぁ、雪ノ下は初対面だと若干威圧的に見えなくもないし、視線のやり場に困ったのだろう。俺もだって、立場が逆なら戸塚に助けを求めちゃうもん。

 

「由比ヶ浜さんがどう説明したかは知らないけれど、奉仕部は便利屋ではないわ。貴方の手伝いをして、自立を促すだけ。強くなるもならないも貴方次第よ」

 

「そう、なんだ……」

 

落胆したように、しょんぼりと肩を下げる戸塚。

 

この調子だと由比ヶ浜のやつ、相当期待を持たせる言い方をしたに違いない。なんならテニスのプリンスにまでしてくれるとか言い出してそうだ。や、ある意味そうだけど。

 

ちらっと俺と雪ノ下が由比ヶ浜に視線で訴えかけると由比ヶ浜は小首を傾げる。

 

「ん?何?」

 

「何、ではないわ。貴方の無責任な発言で、一人の少年の淡い希望が打ち砕かれたのよ」

 

「へ?そう?ゆきのんとヒッキーなら、なんとか出来ると思ったんだけどなぁ」

 

あっけらかんと。由比ヶ浜はそう言い放った。

 

それは受け取り方によっては「できないの?」と取れなくもない。

 

そして、運が悪いことにそういう風に受け取ってしまう人物がここにはいた。

 

「……ふぅん。貴方もいうようになったわね、由比ヶ浜さん。比企谷くんはともかくとして、私を試そうだなんて」

 

ニヤッと雪ノ下が笑った。

 

あー、変なスイッチ入ったよ。雪ノ下はどんな挑戦も真っ向から受け止めて全力で叩き潰す。なんなら、挑発抜きでも叩き潰す。

 

「いいでしょう。戸塚くん、貴方の依頼を受けるわ。貴方のテニスの技術向上を助ければ良いのでしょう?」

 

「は、はい、そうです。僕がうまくなれば、皆一緒に頑張ってくれると思う」

 

なんやかんやで依頼は受けるのな。

 

「それはいいが、どうするつもりだ?」

 

「さっき言ったじゃない。記憶力にはあまり自信がないの?」

 

「おい、まさかあれ本気で言ってたのか?」

 

俺が訊き返すともちろんとばかりに雪ノ下はにこっと微笑んだ。だから、その笑顔は怖いんだって。

 

「僕、死んじゃうのかな……」

 

「大丈夫だ。その前に最終手段を行使する」

 

「最終手段?」

 

「ああ」

 

具体的に何をするかというと茜を呼ぶだけ。ストッパーだからな、俺や雪ノ下の。

 

俺はともかくとして、雪ノ下のストッパー役としては是非とも由比ヶ浜にも立候補してほしいところはある。女子達の百合……じゃなかった。友情は目の保養になる。

 

「戸塚くんは放課後テニス部の練習があるのよね?では、昼休みに特訓をしましょう。コートに集合でいいかしら?」

 

そう聞かれてこくりと戸塚は頷き、由比ヶ浜は「りょーかい!」と大きな声で返事をした。

 

と、いうことはだ。

 

「俺も……だよな?」

 

「当然。貴方も奉仕部の一員なのだし、お昼休みは空いているのでしょう?」

 

おっしゃる通りで。


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