例えばこんな青春ラブコメ   作:ひょっとこ_

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友人のリクエストですが。


相模好きなんて、いるんですかね。しかもこの内容。
誰得ですかね。。


相模南篇
Over the bridge


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うち……こんなに、なっちゃったよぉ……」

 

 か細い涙混じりの声には、不安と悲痛と困惑が、これ以上ないくらいに綯い交ぜになっているように思えた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭での一件以来、俺――比企谷八幡と、彼女――相模南との関係には、深い亀裂が入っていた。当然である。傍から見るまでもなく、状況は、酷いことを言ったやつと言われたやつが判然としている。それだけでも形勢の傾きは決まっていたようなものだが、しかし、学校の人気者(ヒーロー)である葉山隼人が被害者側である相模の側についたのが事を決定づけた。

 嫌悪すべきもの()と、庇護すべきもの(相模)

 相容れることのないそのレッテルこそが、俺と彼女の亀裂、溝である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文化祭後、慌しくも明るかった校内の雰囲気がいつもどおりのそれへと戻っていき、嫌悪対象()へのあてつけの視線もそのなりを潜め始めた頃。唐突に、なんの前触れもなく、それは起こった。

 相模南の不登校である。

 その理由は定かでなかったが、当然、納まりかけていた俺へのあてつけのようなものはその熱をさらに激しく吹き返した。相模南が不登校であることとその原因が俺にあるらしいこととが噂になり、同学年内だけですんでいたそれが、全校へと広まったのだ。わりとそのうちいじめにまで発展するんじゃないか気が気でなかったり、そうなればいろいろと頑張らなくていい(・・・・・・・・)理由ができるかもと期待してみたり。

 だけれど、そんなことより、なによりの問題は、平塚先生に一連の仔細が知られてしまったことにあった。

 現代文と生徒指導担当にして、結婚できない人で知られるあの教師がわりと世話焼きの気があるのは、周知のことだが、あの人、なぜか俺にだけはその世話焼きの加減がかなり強くなる傾向があるのだ。それはもう、逐一、なにかと、誰も気にしない俺のことを一緒に見つめなおしてくれるくらいには。

 ……ここだけ抜いたら、めっちゃいい女性(ひと)なのになぁ。誰かもらってやれよ。

 閑話休題。本題に戻ろう。

 今、俺が問題としていること、それは、平塚先生に事の仔細を知られたことを発端とする、ある頼まれごとにあった。

 相模南が欠席している間に溜まったプリント類を、なぜか俺が彼女の家まで持っていくように言いつけられてしまったのだ。

 俺が、相模(彼女)に、である。

 平塚先生的には、俺たちの関係修復のための足がかりとするように、とのお達しなのだろうが、生憎、思春期の少年少女は大人の思惑一つにそう簡単に乗ってやれないみみっちい矜持的なサムシングがあるのだ。

 

「……こんな展開はいらなかった」

 

 現実逃避気味に空を見上げながら、相模南の住所が書かれたメモに視線を落とす。

 破り捨てて、逃げたい。超、逃げたい。

 でも、だけど。衝撃のー、なんてぶつくさ言われながら目の前で拳をちらつかせられたら、それはもう素直に首を縦に動かすしかなかったのだ。

 世の中は非情である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うだうだと、どうにかこうにか逃げおおせる上手い手はないものかと思案しながら、相模宅を目指すこと幾許か。

 あれもだめ、これもだめ、と幾度も繰り返す脳内シミュレーションの傍らで、相模南について、考えを巡らせる。

 

 

 

 

 

 ――――あのとき、俺は、本当はどうしていればよかったのだろうか。

 

 度々、俺は同じようなことを繰り返す。

 そのやり方(・・・)を、よく思わないやつがいることを今回知った。

 それから、ずっと考えている。

 なにがいけなくて、なにがよいのか。俺にとっての最善は、他人(あいつら)にとっての最善ではなく、では、なにをどうすれば、そのようなわだかまりがなくなるのか。

 そんなことをやはりうだうだと考えて、俺は、さらに、相模南という人間についても思考を回した。

 彼女は、いわゆる、考えなしにその場の雰囲気に生きる典型的な女子高生(・・・・)であった。

 考えの足りないままに文化祭の実行委員に立候補し、委員長になってもその足りない部分を補うことをせず、むしろその部分に思い至ることすらなく、ただただ流れ(・・)に乗っかっていた。

 そして、後々になって彼女を襲った自業自得の応報に耐え切れず、自壊した。

 けれど、俺はそれをほうっておくことなく、致し方なかったとはいえ、彼女の背中を殴りつける形で後を押したのだ。

 結果、文化祭は成功に終わり、俺への風評だけが残った。

 でも、その中で、その他大勢に庇護された相模だって、たしかに、俺と同じように、苦悩し、苦しみ、わけのわからない男子生徒(・・・・)に盛大に辱めだって受けたのだ。

 こちらとしては、なんだかそっちのほうに情が湧く。自身のことをまったく問題にしていないから言えることだろうけれど。

 だから、まぁ、プリントを届けにいくこと自体はべつに吝かでないのだ。好んで引き受けたいとも思わないが。

 

 ……はて、結局俺はなにについて考えていたんだっけか――――。

 

「はぁ……」

 

 思わず漏れたため息の先に、おそらくは目的地であろう集合住宅が見えてきて、切実に、帰りたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オートロックなんて、帰るための口実になりそうな障害など一切なく、俺は無事、相模の表札が掲げられた部屋の前まで辿り着いてしまっていた。

 なんでだよ、つけとけよ、オートロック。部屋の番号がわからなかったとか、そういう言い訳を使わせろよ。ていうか、今さらなんだけど、なんで相模(こいつ)の家、俺の家と同じ方向にあるんだよ。運命の悪戯趣味わりーよ。もっとべつなとこで気回せよ。ばか。ばーか。

 

「…………」

 

 …………。

 いや、まぁ、こうしていても始まらないことは俺にもわかっている。

 ただ、どんな顔して会えばいいかわからないだけであって、本来は、プリントを渡して、それでミッションコンプリートなのである。

 ……あぁ、でもなぁ。

 ええい、男も度胸。南無三。

 俺はとうとう、相模家のインターホンを鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一回目は、無反応だった。

 二回目も、三回目も。

 カメラがついているタイプのインターホンだったので、まぁ、居留守をやられてもなんの不思議もない。

 他の誰でもない相模自身が、最も俺を忌避しているべきなのだ。それが、当たり前のことなのだ。

 だから、俺は再三に渡り、ただプリントを届けに来ただけであってそれ以外に他意はないことを、無言を貫くマイクに向かって主張した。

 そして、四回目も、相模は俺を黙殺した。

 

「…………」

 

 言いようのない虚脱感に見舞われて、一つ、深くため息を吐く。

 やや間を置いてから、踵を返し、家路に戻ろうとした俺は、唐突に、何者かに腰に突撃を喰らわされた。

 

 

 

 

 

 背後の扉を勢いよく開け放ち、俺に突撃を敢行した下手人は、校則違反にならない程度に脱色した茶髪の女子――相模南その人であった。

 なぜか俺に向かって突貫し、今もこうして腰元に抱きついているその奇行としかとれないことをやってのけている相模に、再度、ため息がこぼれた。

 

「なんだ、お前、やっぱり居留守か……」

 

 インターホンを押したぶんだけの労力を返せと、あと離れろと、そう言ってやろうとして、しかし、俺は口を噤んだ。

 

「……うぇぅ、ひき……比企谷ぁ……」

 

 文句を言う相手が、涙を溢れさせ、鼻水を垂らし、みっともなく泣いていたからであった。

 

 

 

 

 

 そのとき、俺は妙に落ちつき払っていた。涙を流す彼女を捨て置くこともできず、結局俺は、先ほど彼女が飛び出してきたばかりの相模の部屋の中へと、彼女を引っ張り込んだ。一応、そのまま放っておくことも考えたのだが、相模が俺の上着の裾を掴んで放さなかったのだ。ほんとなんなのこいつ。

 まぁ、とりあえず、彼女を落ちつかせるのが、なにより、先決だろう。プリントを渡すにせよ、帰るにせよ、だ。

 けれど、というところで問題になるのが、そのための方法だが。まぁ、いいか。今さらどんな嫌悪感を抱かれたところで、痛くも痒くもない。

 俺は、いよいよ縋りついてきて本泣きに入った相模の頭に手を置いて、鍛えに鍛え抜かれたお兄ちゃんスキルが一つ、頭なでなでを発動させた。ここだけ抜くと、すっげぇ頭悪いな。

 

「落ちつ……落ち着け。な……?」

 

 できるだけ優しい声を意識しようとして、途中、自分で気味が悪くなって、やはりいつも同じ調子に戻す。

 なでり、なでりと茶髪を撫でるうち、泣きじゃくっていた相模は、自分がなにをされているのか次第に理解したらしく、咄嗟に俺を押しのけようと、まったく力の篭っていない抵抗を始める。

 

「あっ、だ、だめ、比企谷っ。だめなのぉっ」

「あ? だめってなにが……」

 

 そして、俺はついに気がついた。

 相模の頭の上に、見覚えのないもの(・・)が乗っかっているのを。

 

「おま……これ……」

「だめぇ……うぅ、ぐすっ……うぇぇ……」

 

 そのなにか(・・・)は、ぺたんと垂れた、犬の耳(・・・)であった。

 

「まじ、かよ……」

 

 相模南の頭に、犬耳が一組、乗っかっていたのである。

 

「ふぐぅっ、うぇっ……うぇぇ……だめぇ、見ないでよぉ……」

 

 一層強く泣き始めた相模を余所に、俺は、彼女の頭に手を置いたまま、ただ固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いかがでしたかね。
できれば、感想などいただけましたら、幸いに思います。

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