ベルの大冒険   作:通りすがりの中二病

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修行

 

気がつけば、僕はそこに居た

真っ黒な霧の中、僕はそこにただ一人立っていた。

ここはどこだろう?

辺りを改めて見渡すが、黒い霧に阻まれて何も見えない

下を見ても黒い霧、上を見ても黒い霧、空も大地もなく在るのは黒い霧だけだった。

ここにただ立っているだけではどうしようもない、少しこの辺りを歩いてみよう

そんな風に思った時だった。

「……ヨコセ……」

その声が響く、小さく静かに囁く様な声だったが間違いなく聞こえた

『誰かいるんですか?』そう辺りに声を掛けても返事は来ない。

だがしかし、再びその声が響いてきた。

「……ヨコセ、オマエの体ヲ……」

「……私にヨコセ、キサマのその肉体を……」

黒い霧から腕が生える、何本も何十本も黒い霧から黒い腕が生える

そしてその腕は僕に向かってくる。

――ヨコセ!よこせよこせ!よこせエエエエエェェェェェ!――

――この躰は私のモノだ!この肉体は俺のモノだ!コレは全てワシのものだぁ!――

それは正に呪いの言葉、僕が初めて体験する人の悪意

妬み、恨み、僻み、憎しみ…ありとあらゆる負の感情が意志が込められた、純然たる悪意。

その黒い感情を前に、その呪いの言葉を前に

僕はたまらず叫びだす、僕は耐え切れなくなって逃げだす。

黒い霧が僕を逃すまいと腕を伸ばす

黒い手に掴まれた瞬間、その黒い手は僕の体に沈んでいく、その黒い腕は僕の体の中に入っていく。

恐怖の塊が、自分の肉体に侵入してくるその感覚

呪いの感情が、自分の肉体に浸透していくその絶望

僕はその時、どんな表情をしていただろう?

どんな言葉を口にしただろう?

恐怖と絶望の限界を超えた僕は、一体どんな事を考えただろう?

もう恥も糞もなかった、ただ抵抗した、必死に暴れて声を上げて抵抗した

嫌だ、止めて、消えたくない、奪われたくない、そんな風に絶叫しながら必死で暴れた

黒い腕を振り切る様に、呪いの言葉が聞こえない様に、僕は死にもの狂いで抵抗した

そして次の瞬間、眩い閃光が世界を照らしだした。

 

 

 

 

「戻ってきたか」

 

不意に響いたその言葉で、ベル・クラネルは我に帰った

『アレ?』という間の抜けた声と共に、呆けた様な表情をしながら辺りを見渡す

そこは見慣れた水場であり、目の前には自分の師である大魔王が書物を開いていた。

そして視線を下に向ければ、自分は草の上に腰を下ろしていた。

「…もしかして、僕寝てました?」

「もう昼時だな」

その言葉を聞いて、ベルはハっとしながら空を見る

既に日は真南を過ぎていた、自分がここに来たのは昼前だったから…その事を考えるとざっと一~ニ時間寝ていた事になる。

「アレ?でも僕はいつ寝て…アレ?」

「その事は後で話そう、腹が減っては何とやらだ」

二人は予め用意しておいた昼食を軽く取り、再び鍛錬の話に戻る。

「さて、ベルよ。寝ていた間の事は覚えているか?」

「寝ている時の事ですか?そうですね…実はよく覚えてないんですけど、恐い夢を見ていた様な気がします」

「…恐い夢、か」

「はい、何かこう…とても恐い何かが僕を襲ってきて、僕はその何かに必死に抵抗してた…様な気がします」

「…成程」

食後の一杯を飲み終えて、バーンはベルの様子を少しだけ注視して

「結論から言おう。其方の言う夢の正体は『闘気』だ」

「トウキ?」

「恐らく其方が体験した恐ろしい何かとは余の闘気、そしてそれに抵抗していた其方自身の闘気だ。…では、そもそも闘気とは何かという話だが…先ずはその説明をしよう」

バーンの言葉を聞いて、ベルもまた「お願いします」と一礼して姿勢を改めてバーンに向き合う

そしてバーンは説明を始める。

「闘気とは簡単に言えば、生命体であれば誰もが所持しているエネルギーの事だ…ある種の生命力と言っても良いだろう

無論、生命体である以上人間も例外ではない。そして生まれ持った力である以上、当然鍛え磨く事もできる。そして鍛え上げた闘気は様々な使い方において、その真価を発揮する」

「冒険者の方が使う魔力ってヤツと違うんですか?」

「魔力とはまた別物だ、それは追々説明しよう…まあ其方の場合は百聞より一見だろう」

そしてバーンは「見ていろ」と、ベルに一言いってその掌を突き出す

その掌が徐々に光を帯びていき、ベルもまたその力の脈動を感じ取る

可視化されるまでに圧縮され凝縮された、絶対的な力の波動をベルは感じ取る。

「っ!」

「解った様だな。余の掌に宿り、其方が感じているソレが闘気だ

そして鍛えられた闘気は最強の剣にも、最強の鎧にも進化する事ができる

またそうした使い方以外にも、身体能力の向上、武器や防具の強度向上

更に糸状に変化させたり、炎の様に高熱を帯びらせる事も可能だ」

「糸?炎?……じゃあ、さっき僕が飲んだアレって…」

「そうだ。余の闘気を液状になるまで具現化し、抽出して集めたモノだ

尤も其方の力量に合わせて濃度と量は調節したがな」

バーンの言葉を聞いて、ベルは先の一件の真相を知りその答えを知る

バーンが先程ベルに飲ませたグラスの正体、それはバーン自身の暗黒闘気の塊だった

嘗て自分の腹心が使用した物と同じだが、あの時とは違ってベルの闘気を目覚めさせる事を目的とした物なので、濃度もかなり薄めにした物である。

「そして其方は感じた筈だ、我が闘気に負けまいとする其方自身の闘気を」

「…っ!」

「思い出せ、そして再現してみろ。夢の中で感じた恐ろしい何かに必死に抵抗したその力を」

そしてベルは、あの夢の中を思い出す

確かに良く覚えていなかったが、その時に感じた事は覚えている

あの時の、あの感覚、恐ろしい何かに負けないとする、必死に飲まれまいと抵抗したあの感覚。

それを思い出す。

あの時のあの感覚を思い出し、力を練り上げる、それをバーンが実戦して見せた様に掌に集中させ

その集中状態を十秒、三十秒、一分と保ち続けて、もう直ぐ三分になろうとする時だった。

「――フム」

バーンが満足気に呟く

そしてベルも確かに感じ取る、掌に集中していくその力を

自分の意志と呼応して体の奥底から湧き上がる、その力を

そしてバーンは辺りを見渡して、手頃な石を拾い上げて

「砕いてみろ」

簡潔にベルに告げて、ベルもまたそれに対して無言で見つめる

昨日までのベルなら、「絶対に無理です!」と首を大げさに横に振っていただろう

だが今のベルは違った。

――多分、出来る――

右手の集中状態を切らさずに、バーンから石を受け取る

それを自分の前に置いて、狙いを定める。

腕を思いっきり振り上げて、一気に拳を打ち下ろす。

そして

「いったあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

盛大にのたうち回る

振り下ろした右拳に走る激痛に、ベルは思わず転げまわる。

「いたーい!イタイいたい痛い!痛あああぁぁぁい!」

「馬鹿者、幾ら強化したとはいえ基本は其方自身の肉体なのだぞ?痛みがあって当然であろう?」

「その通りですうううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

叫びながらベルはゴロゴロと転がり、必死に右拳をさする

そうしている内に痛みが引いてきたのか、やっと落ち着きを取り戻す。

「はあー、痛かったー」

「フム、多少腫れはしているが…それ以外は問題ない様だな、これなら数日で治る」

「…はい」

「まあ、それほど落ち込む事もあるまい。其方が闘気の力を感じ取り、扱えたのは紛れもない事実

――そして何より、その成果は出たのだからな」

その言葉を聞いて『え?』と、ベルは間の抜けた声を出す

次いでバーンに視線を向けると、スっとバーンは下を指差す

そしてベルはその指先に視線を向けると

「……あ」

割れていた

その掌大の大きさのその石は、真っ二つに割れていた。

「――や」

その事実を確認した瞬間、その成果を見た途端、ベルの中で感情が弾けた。

「やったああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

先程とは正に真逆の反応

その喜びと感情を抑えきれずに、ベルは兎のぴょんぴょんと跳ね回り、全身で喜びを表現する。

「馬鹿者、この程度ではしゃいでどうする。仮にも余の教えを受けたのだ、この程度も出来なかったら即刻破門を言い渡しておる所だ」

過剰な程にまで喜びはしゃぐベルを見て、バーンは呆れる様に呟く

ベルもまたそんなバーンの言葉を聞いて「はい、浮かれてごめんなさい!」と勢い良く謝るが、まだその感情は燻っているらしく、小さく跳ね回っていた

いい加減バーンの方もうんざりしたのか、「少しは落ち着け」と諌めてベルの方もそれでようやく落ち着いたのか

改めてバーンと向き合う

「さて、其方が体感した様にソレが闘気の力だ。だが其方の闘気はまだまだ貧弱であり、脆弱なものだ。小石を割る程度ならその辺のハンマーでも出来る上に、其方の様に数分も闘気を溜める必要もない訳だからな

つまり、今の其方の闘気は到底実戦では使えない代物…それこそ農具にも劣るという事になる」

「…うぐ」

 

 

「だが逆に言えば、幼い其方の拳ですらハンマーの一撃に成り得る訳だ」

 

 

そのバーンの言葉を聞いた瞬間、僅かに曇ったベルの表情が再び輝く。

そんなベルを見てバーンも『コロコロ表情が変わるヤツだ」心の中で息を吐いて

 

「だが先も言った様に今の其方の闘気はまだまだ弱い、質も量も全てが足りない状態だ…故に先ずは其処を補う」

「!!? つまり、修行ですね!!?」

「その通りだ、今までの様な下拵えとは違う…本格的な鍛錬に入る、覚悟は良いか?」

「はい!いつでもOKです!」

元気よく返事をするベルを見て、バーンもまた『よろしい』と呟いて自分の所持品の中から訓練用の木刀を取り出す

それはバーンが事前に村の商店で調達しておいたモノの一つだ、そしてその木刀をベルに握らせる

「受け取れ、其方の得物だ」

「はい!」

初めて手に持った木刀を、ベルは興味深く見つめる

刃渡りは大体ベルの片腕よりも少々長い位の木刀、木製のショートソードと言った所だろう。

「其方の体格を考えると、先ずはその辺りが妥当だろう

無論、今後も訓練を通して其方に適した獲物も順次選抜していく

短刀から長物まで武器の数だけ選択肢はあるだろう、先ずはその適正を見ていく」

「適正、ですか?」

「そうだ、そしてそれ以上に其方には足りないモノが多すぎる

先程の闘気は勿論、体力・精神力・技術・経験その他。コレ等の物が絶対的に不足している…故にそこから補っていく」

 

次いでバーンは「パチン」と指を鳴らす

次の瞬間、バーンの足元からソレは現れた

「っ! ほ、骨…っ!?」

「余の呪法で生まれし骸の兵だ、コレが其方の相手だ」

骨の剣士、ベルの眼前にいる物を一言で表せばそんな感じだろう

形こそは人型であるが、それはよくよく見れば大小様々な骨の集合体だ

体格は標準的な成人男性、その身は緑色のボロ切れを衣服替わりに纏い、その両手には同じく骨の集合体である剣と盾が握られている。

「ベル・クラネルよ、師として其方に課題を言い渡す」

バーンはベルに射抜く様な視線で見て、片手を静かに振り上げる。

次の瞬間、骸の剣士が前傾姿勢の構えを取る。

そして

「――闘え、そして生き延びよ――」

その言葉と共に、弾かれた様に骸の剣士はベルに飛び掛った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、今に至ると?」

「まあ、そういう事だな」

 

その日の夕食終わり、バーンとベルの祖父はチェスをしながら会話していた。

テーブルを挟んで黒と白の駒をコトコトと動かし、ゲームを進めていく

そして二人がいる居間の隣の部屋、ベルとその祖父の寝室でベルは死んでいるかの様に熟睡している

満身創痍、疲労困憊、闘気過剰放出、等など…様々な原因により、ベルは夕食を食べた後にそのまま寝入ってしまったのだ。

 

「しっかし、お前さん…容赦ないのー。いくらベルの頼みとはいえ、初日からあそこまでボロ雑巾にするとはのー」

「止めるかね? 余は一向に構わぬが?」

「馬鹿言え。お前さんは予めベルにその事を話して、ベルもそれに了承したんじゃろ?

ならば外野がどうこう言うのは筋違いじゃ、それはベルとお前さんへの侮辱になる…ボケ爺でもそのくらい弁えておるわ」

「クク、成程」

「それに何より、お前さん…超強いじゃろ?」

「勇者に敗れた敗軍の将だがな」

 

確かに、とベルの祖父は豪快に笑って盤上の駒を動かして、バーンもそれに応酬していく。

次いでバーンも盤上の駒を手にとって

 

「余も一つ、其方に尋ねたい事がある」

「スリーサイズはひ・み・つ」

「冗談はさておき、なぜベルに其方の事を隠す?」

「だってあの本、成人指定だし」

「――まあ、余も無理には聞くつもりない。いずれ話せる時に話すといい」

「フッフッフ、ワシの心の扉を開けるには今少し『こーかんど』が足りぬな」

「生憎と、枯れた年寄りを口説く趣味は無い」

「侮るなよ大魔王!ワシは生涯現役!心はいつも純情少年!常時青春!常にビンビンに滾っておるわあぁ!」

「粗末な汚物を晒そうものなら焼き捨てるぞ?」

「…ちぇ、ノリが悪いのー」

 

心底残念そうに肩を落としながら、ベルの祖父は呟いて

 

 

「…大魔王よ、お前さんに頼みがある」

 

先程までとは打って変わっての、真面目な表情に切り替わる

その眼光に強い意志を纏わせて、真剣な表情と語気を纏わせてバーンを見る。

 

「ベルに対して、決して手を抜かんでやってくれ

あれが望む限り、諦めぬ限り、どこまでも厳しく、どこまでも容赦せず、どこまでも真剣に見てやって欲しい

アレが夢見た目標と理想に少しでも近づけるように、お前さんの手でベルの背を押し、首根っこを引っ張り、尻をぶっ叩いてやって欲しい」

「……其方に言われるまでもない、仮にも大魔王の弟子になったのだ

架空の勇者や創作の英雄程度に劣る様では、余の沽券に関わる」

 

そしてバーンは、盤上から駒を弾き落とす。

 

「余は決して手を抜かん、力量に合わせて多少の調節は行うが…それ以外は徹底してベルを鍛える

だから、余も其方に問う。引き止めるなら今の内だ…これからも修行は厳しさと苛烈さは増していくだろう

これから先、ベルは幾度と無く血を流す、痛みにのたうち回る、地獄の痛苦を味わう、最悪命を落とす…それでも余に孫を託すか?たった一人の孫をいつ何時に悪や邪の道に誘うかもしれん魔王に、其方は本当に孫の未来と将来を託す事ができるか?」

 

 

「――舐めるなよ大魔王、アレはワシの孫だぞ?――」

 

タン、と硬い音が盤上に響いてその駒が置かれる

黒い王の前に、白い兵士が置かれた状態になる

僅かな沈黙を置いて、バーンは城兵で兵士を落として、ゲームは続いていく。

「…ま、お前さんはそういうセコい事をこそこそとするタイプじゃなさそうだし

ベルは少々素直すぎるというか、優しすぎる気質じゃからなー…お前さんくらい腹黒い師匠の方が、かえって安心できるわい」

「成程、アレが妙な所で肝が据わっているのは…其方の教育の賜物という訳か」

「褒めてもとっておきの燻製くらいしか出ないぞ?」

「頂こう」

そんなやり取りをしながら、ベルの修行初日は終わるを告げる。

魔王と祖父の夜会も、チェスの終焉と共に終わりを告げる。

 

 

そして明けて次の日、バーンの言葉通りこの日から修行は苛烈さを増して行った。

 

 

 

「違う、散漫になるのではなく、全身に神経を張り巡らせるのだ

敵がいつも自分の正面だけとは限らん、伏兵、罠、奇襲、騙し討ち、あらゆる事態に備えよ」

「常に重心はやや低めに置いておけ、関節は柔らかく、即座にあらゆる方向に動ける様に心掛けよ」

そして時は流れる。

「この腕は斬られたいのか?この足は折られたいのか?

この体は貫かれたいのか?この首は切り落とされたいのか?」

「疲れたと言えば敵は待ってくれるのか?痛いと言えば止めてくれるのか?

血が出たからと言って躊躇ってくれるのか?倒れたからと言って追撃をしないと思うのか?」

時は流れる。

「苦しいからと言って表情に出すな、呼吸を乱すな、相手に自分の弱みを見せるな、悟らせるな

苦しい時こそニヤリと笑え、虚仮やハッタリも時には武器の一つになる

呼吸は小さく浅くするな、深く大きく、疲れた時こそ呼吸を整えよ」

「常に全力で動く必要はない、力を抜くべき所は抜き、込めるべき所で込める、力の緩急を身に付けよ。リラックス状態から瞬時に戦闘態勢に移行できる様に心がけよ」

時は流れる。

「如何なる困難でも思考は止めるな、如何なる危機でも冷静さを失うな、体は熱くとも頭の中は常に冷やしておけ

体力も闘気も、武器も道具も、味方さえも無くなったら、最後に頼れるのは己自身である事を忘れるな」

 

「リスクとリターンは常に天秤にかけよ、如何な巨万の富を得ても死しては無意味、如何な生物も死しては何も出来ん、先ずは己が生存する事を第一に考えよ」

時は流れる

「あらゆる可能性を考え、あらゆる可能性を疑え、あらゆる可能性を予測せよ

心構えが出来ていれば如何な奇襲や騙し討ちにも動じる事はない、少なくとも劇的に影響は少なくする事が出来る。この心構え一つで、生存率と生還率は跳ね上がる」

「人間とは時に想像以上の強さを見せるが、それと同時に想像以上に弱く脆い

一瞬の判断の遅れが、一回の選択ミスが、自軍の全滅を招く事も珍しくない

常に最悪の事態に対しての対処法と対応策を携帯せよ」

時は流れ続ける

その時の中でベルが受けた修行は、正に荒行だった。

幾度となく倒れ、幾度なく気絶し、幾度となく失神した

何度も激痛に悶え、何度も鈍痛にのたうち、何度も痛みで藻掻き苦しんだ。

手の皮が剥けて肉が裂けて、骨が見える事もあった

咄嗟の行動を誤って、指の爪のニ~三枚が一気に剥がれた事もあった。

灼熱の豪火や凍てつく吹雪を、実際に体で受けた

真空の刃や風の渦に飲み込まれた

炎とも閃光とも分からない、未知の魔法を喰らった事もあった。

体を蹂躙する様な激痛で一睡もできない日が続いた事もあった

痛みと疲れで何も食する気が起きず、吐き気に耐えながら無理やり口に捩じ込んだ事もあった

精根尽き果て倒れた状態で、あのグラスを不意打ちで口に注ぎ込まれた事もあった。

数え切れない位にゲロを吐いた、吐きすぎて何も吐けなくなる事もたくさんあった

血反吐を吐いた事もあった、骨が折れて肉を突き破った事もあった、時には大魔王が回復呪文を掛けねばならない事もあった。

ある時は何体もの骸の兵隊を一人で相手にした

ある時は村の外の魔物の巣に放り込まれた

ある時は見知らぬ森に一人残されて、一人で脱出しなければならない時もあった

ある時はファミリア同士の抗争に巻き込まれた事もあった

ある時は『王国』でも手を焼く悪党や山賊や賞金首の根城に、二人で乗り込んだ事もあった

バーンは一切容赦しなかった、どこまでも厳しく、どこまでも徹底的に鍛えた

それはベルの想像を遥かに超えた痛みと苦しみを伴う、まさに地獄の痛苦だった。

痛かったし、苦しかった。

とても痛かった、とても苦しかった。

凄く痛くて、凄く苦しかった。

「もう限界か?ならば止めるか?」

――だが

「…やれますっ!…まだまだ、やれます!」

だがそれ以上に、ベルは楽しかった

胸が沸き立つ程に、心が躍るほどに、大魔王との修行の日々は楽しかった

地獄の痛みと苦しみですら霞む程に、バーンとの修行は充実したものだった。

大魔王が操る骸の剣士と闘う、魔物と死闘を繰り広げ、悪党共から人々を守る

それは正にベルが夢見た英雄譚の一ページ、御伽噺の一幕だった

着実に目標に近づいている事が解った

確実に夢に近づいている事を実感した

故にベルは耐え切った

故にベルは乗り越えられた

骨を砕きながら、血を吐きながら、痛みと苦しみに歯を食いしばりながら

大魔王による地獄の荒行の日々を、糞真面目に全てこなして見せた。

そして時は流れる、少年は成長し大魔王も嘗ての力の大部分を取り戻していた

二人にとって、この始まりの村は狭く小さな場所になりつつあった。

 

故に、二人の冒険譚はその舞台を変える

始まりの村から、二人の冒険譚は外の世界へと舞台を変える。

 

 

数多の神が住まう場所、夢見る若者達が目指す場所、幾多の冒険者が集いし場所

 

 

――迷宮都市オラリオにて、二人の冒険譚の新しい幕が上がる――

 

 

 

 

 




信じられますか?もう五話になるのにまだ女の子が一人も出てきてないんですよ?
50件以上も感想を貰って、お気に入りも800人以上登録して貰ってるのに、未だにこの作品女の子が一人も出てきてないんですよ?


――つまり!ダンまち作品においてヒロインなんて必要なかったんですよ!(ドヤァ)


…とまあ、冗談は置いといてこの作品も五話目にしてようやくプロローグ的な話は終了です。
次回からはオラリオが舞台の話になるかと思います、進み具合によってはこの作品において初めて女の子が出てくるかもしれません。

さて今回は修行パートがメインだったんですが、かなり端折ってダイジェスト風になってしまいました
普通に描くと軽く5~6話は使ってしまいそうなので…(汗)
ちなみに多くの方が予想されていた通り、ベルくんが飲んだ中身は暗黒闘気です。作中でも述べてますが、ヒュンケルが飲んだヤツと比べるとかなり薄めになっております。濃さで言えば十分の一程度だと思って下さい。

ちなみにバーン様と爺ちゃんの年寄りコンビについてですが、この二人の間柄についても後々使っていきたいと思います
さて、次回からついに話の舞台はオラリオです。作者的には描きたいイベントがたくさん控えているので、何とか上手く書いていきたいと思います。


追伸 

ベルくんのオーラナックルもどき<超えるべき壁<<越えられない壁<<窮鼠文文拳

…闘気も魔力も使わないのに、チウのあの体格で大岩をも砕くって普通に考えたらかなり凄い事ですよね(真面目)


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