追記
本日二話目です。教えていただいた方、ありがとうございます!
外でご飯を食べるのは、誰かと一緒に食べるのが良い。
「姉貴~! 握り飯作ってきたぜ~」
底抜けに元気で、聞くだけでその元気をもらいそうな声。大事そうに、両腕で特大の握り飯を三つ抱えながら玄関を出て、待ち合わせの場所にいた姉のところへと彼女は向かう。
中紅色の髪に青緑色の瞳。地面にもついていそうなその長い髪は、走るたびに月面を飛ぶかのようにふわふわと宙を浮いている。少々走りにくそうではあるが、宝石のエメラルドの様に爛々とした瞳には、姉と一緒にお昼を食べれるという喜びがあふれていた。
「江風……うるさい。もう少し静かにして……」
文句を言いながらも、妹の為に風呂敷を敷いてあげる。若葉色の、自身の髪の色と同じ風呂敷。その端っこにちょこんと可愛らしく座ると、続いて江風もドスンと豪快に座った。その様子に文句を言おうとするも、意気揚々と握り飯の包みを解き始めているのを見て諦めたようにため息を吐く。
「ほら、山風の姉貴も!」
そう言って、三つある中からほんの少しだけ小さい握り飯を姉である山風に渡す。その迫力に、
「おっきすぎる……」
「んっ、そんな事ないって! ほら、ちゃんと見比べてみよ。ちゃんと姉貴の分はそのぽんぽこお腹の分も考えて小さくしてるんだからさ~」
確かに、今渡された物と江風が持っている物を見比べると大きさは明らかに違う。だがしかし、しかしだ。それでも、山風の両手で持ったとしても握り飯の端っこが出ているのだ。これは駆逐艦クラスではない、戦艦クラスの握り飯ではないか。食べている間に貴重なお昼が終わってしまう。別に山風はぽんぽこお腹なんかにはなりたくないのだ。
ぽんぽこ……?
「あたしは、別に、ぽんぽこお腹じゃ、ない……!」
「んっ、別に言葉の綾……って、痛い痛い! 抓らないでくれよぉ!」
「ぽんぽこじゃ、ない……」
「え~、可愛いと思うけどなぁぽんぽこお腹。ぽんぽこぽんぽこ、ぽんぽんぽんぽこっ!」
相も変わらず妹は元気すぎると、山風はため息をつく。こんなことなら、海風姉もお昼に誘えばよかったと思う。しかし、せっかくの秘書艦になれたのだ。常日頃お世話になっている姉の為にも、たまには妹の面倒を見てあげるのも同じ姉としての役目だと山風は気合を入れた。あたしだってお姉ちゃんだ。大役、見事果たしてみせよう。
「もういい……。食べるよ」
「んっ、ふふふぅ。とくと召し上がれ! 今日は奮発して具材も豪華なんだぁ。鮭にツナマヨに昆布におかか、梅干しにさっき瑞鳳さんが焼いてた卵焼きも入れてるんだ、略して江風スペシャルッ!」
「……」
そっと、握り飯を江風に返そうとする。
「いやっ、美味しいんだって! 食べてみようよ姉貴!」
「やっぱり海風姉を連れてくるべきだった……」
前言撤回。やっぱり妹の面倒は海風姉が担当するべきだ。何処から取り出したか、お味噌汁を貰ってきたんだ〜と言いながらいそいそと食べる準備をする江風を見て、海風姉はいつもこんな台風みたいな存在を相手にしているのかと、改めて賞賛する。自分では無理だ、なんとかこのお握りを頑張って食べることしか出来ない。
(今日は夕食、いらない……)
そんなことを考えた瞬間、頭で寝そべっていた妖精がペチペチと頭を叩いて来た。
何をと思えば、玄関を指差している。すると、間もなく山風の姉である海風がバケツと、その中に掃除道具らしきものを持って表へと出て来たのだ。
おかしい、今日は秘書艦として提督のそばにいる筈ではなかったのだろうか。そんな考えが一瞬頭をよぎるが、隣でこれまた何処から取り出したのか、丼といっても過言ではない大きさの汁椀を取り出したのを見た瞬間、きっと一ヶ月分の活動力を使ったんじゃないかと思うぐらいの全力疾走で姉の元へと走って行った。
きっとこれは、神の思し召しに違いない。
「う、海風姉っ……!」
息も絶え絶え。
「あ、山風? どうしたのこんな所で」
突然現れた山風に驚きつつも、久しぶりに見る妹の慌てた様子に心配そうに答える。それに対し、「あれ……、なんとかして」と江風がいる方を指差せば、もはや何処から持ち出したのかどうでも良くなるくらい大きな水筒を取り出し、ピッチャーと言ってもいいぐらいのコップ二つに、並々と麦茶を注いでいた。
その様子に、今日も元気にしてるなぁと、山風の頭を撫でながら、
「ごめんね? まだお仕事が終わってなくて……。これから外出用の車を洗わなきゃいけないの」
「そ、そんな……!」
神はいなかった。全てを準備し終えた江風が、どうやらこちらに気づいたようで、大きく手を振りながらこちらへやってくる。
「姉貴〜! 準備できたよっ……、あっ、海風の姉貴! 丁度良かった、一緒にお昼食べよう!」
「そ、そう……! ついでに、私の分のお握りも頑張って食べて……」
「なんだよ〜、ちゃんと小さいやつにしてるじゃんか」
「十分おっきい!」
「あははは……」
その様子にとても仲が良くて良かったと、海風はほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、江風がいつもの元気さで山風を慌てさせているのだろう。助けてあげたいとも思うが、秘書艦として仕事の途中で抜け出すのは良くないと、助けるのはこれが終わってからにしてあげようと考える。偶には、山風もお姉ちゃんとして少し努力した方がいいとも感じたからだ。
「ごめんね、まだ仕事が終わってないから……」
手に持っている掃除道具を掲げ、これが終わったら合流するねと伝える。
「車の掃除? なんでまた、海風の姉貴が?」
「そういえば、そうかも……」
そういったお仕事は本来なら、各艦娘達に、日頃の業務として割り振られているはずだ。秘書艦の海風がやるものではないんじゃないかと疑問を浮かべる。
「実は、急な用事で提督が街に行かなくちゃいけなくなったの。本当なら今日は、何処も行く予定が無かったから車の洗車をする担当はお休み。だから急遽、やることになっちゃって」
本当なら、一緒に居たかったけれども。その言葉は、言わないでおく。そんなことを言ってしまえば、妹達が心配するに違いないから。
「んっ、そういう事か〜。ちなみに、提督は何処に行くのさ?」
「百貨店に行って、今度のイベント用に着る服を買ってくるって言ってたけど」
「百貨店!いいなぁ、行ってみたいなぁ」
「提督、の他に誰が……付き添うの?」
「ええと、確か大淀さんに明石さん、それと榛名さんに金剛さん……だったかしら?」
丁度今日は非番だったのと、外行き用の私服を持っているかららしいと海風は、選ばれた人選について答える。他の子にはなるべく言わないようにしてねと付け加えて。
妹達の事だ。問題はないだろうが、広まってしまえば他の子達も行きたいと答えるに違いないから。
海風の言葉に、まろーんと言いながら江風は考えた。つまり、今の海風姉貴に元気がないのは提督と一緒に居られる時間が少なくなったからに違いない。常日頃、姉に迷惑をかけている自分だからこそわかる。心配かけさせまいと気丈に振る舞っているが、それは自分達に心配をかけさせないためでもあると。となれば、日頃お世話になっている優しい姉のために一肌脱ぐのが妹ってもんじゃないだろうか。
「山風の姉貴」
稲妻のように走る視線、受け取るは山風の重たい瞼。しかし、その眼は違う。きっと同じことを考えているに違いない眼だ。たぶん。
「狙うは金剛、そこに勝機……」
「妖精さん、お握りとかその他諸々に上から何かかけといてくれな〜!海風の姉貴、ちょいと用事できたからまた後で!」
「え、えぇ?ちょっと、何する気?」
「大丈夫……恋路を邪魔する輩を懲らしめるだけ」
「姉貴は仕事の続き頑張ってくれなぁ!」
名前の通り、風の如く。訳も分からぬまま、一瞬にして二人はその場から居なくなってしまった。後に残されたのは、めんどくさそうに言われたことをやろうとする妖精さん達と、海風のみ。
「変なことしなければいいけど……」
ああいったときの妹達は、碌な事をしない。言いようのない一抹の不安を抱えつつ、海風もその場を後にした。
4輪の花が、咲き誇っていた。二つはまだ蕾だけれども、残りの2つは今まさにこの時の為にと用意していた勝負服を着こんだ満開の花に。きっと、この世界の男女比が一定であったならば、そこは花園と言っていいのかもしれない。つまり、そこで優雅に話す女性達は貴婦人だろうか。
「ついに、ついにこの時がきたネ……! お店の人に嘘ついてまで勝負下着を買った甲斐があったデース!」
「位置は右の後方座席……! 提督の隣に座ることによって曲がり角で合法的に提督の膝に手を添えることが出来れば……、榛名興奮してきました!」
否。
「にゅふふ、エレベーターの中で提督と一緒に……!」
「男性の服を選ぶ榛名……、試着室にお着替えを持っていくことがきっと!」
「ひぇぇ……、欲望の権化が」
「司令、人選間違えた気がしますねこれ」
花ではなく、食虫植物の類だった。
この二人が選ばれた理由はというと、前述の通り今日が非番だったという事といざという時に備え、事前準備をしていたからに他ならない……だけではない。
深海棲艦がこの世界に現れて月日がたち、海域全てを開放することは出来ずとも幾許かの資源的余裕が出てきた日本。海外との交流も少しずつではあるが再開を始め、その一環として海外艦と呼ばれる艦娘達も、日本に滞在することが増えてきた。
戦時中と言えども、戦況が有利に傾いてくれば、景気も良くなってくるのが経済の不思議な所で、現在の日本は、着実に復興への道を鈍足ではあるが歩み始めていた。
となると、物品の流通が加速するとなると多種様々な専門店が乱立することになる。
それをまとめ、一括に扱うという概念のもとに生まれたのが各地に存在する百貨店だ。西洋の大きな建築物の中に様々な種類の専門店を凝縮させ陳列し、営業を開始したのだ。
と、ここまでならば本来の百貨店の歴史となんら違いはない。
だがしかし、この世界は違う。
男性が少ない世界において、男性を求める者もいれば、諦めて逆の方向へと嗜好を変える人達もいる。
その時に現れた、日本の危機を救った存在である艦娘達。端正で可憐な少女達の姿。
心を射抜かれたものは少なくはない。
そこで活躍したのが、海軍だ。人間なのかどうかも怪しい存在であった彼女達を、国民に浸透させるために施策した物の一つが百貨店による艦娘とのコラボである。国内生産にこだわり、東京・浅草の工場で作り上げたローファーや革にこだわった財布、そのほかにもバッグやマグカップ、艦娘達の三越に行く際をイメージした私服のポスター。また、呉鎮守府には海外艦が殆ど在籍していないため、海外艦が多く在籍する他の鎮守府と連携したボージョレヌーヴォー。
これだけではない。会社勤めをターゲットにした名刺入れやIDカードストラップもあれば、フルーツゼリーやチョコ、果てには海苔やお米まで。艦娘達がプロデュース・イメージした商品が現時点で第四次作戦まで進行している。
もちろん、全ての商品が売り切れという大盛況だ。当時の新聞によれば、開店前から長蛇の列ができていたらしい。
「榛名が百貨店大作戦に参加してくれていたおかげで、私も運が回ってきたデース」
「まさかあの時の出来事が、こんなことに繋がるとは思いませんでした……」
そう、呉鎮守府に在籍の榛名も百貨店で展開された作戦において、コラボレーション企画の対象艦娘として抜擢されていたのだ。当時は、海軍のイメージ向上作戦として認識していなかったが、まさかその作戦が今になって生きるとは榛名自身も驚きである。
「あの時は凄い人気でしたものね。お姉様の写真が刷り込まれたマグカップの売れ行きは凄かったです」
「私も金剛お姉様と一緒に行きましたが、結局何も買えずじまいだった記憶が……」
「確かに、凄まじかったネ。せっかく、服を新調しようと見に行ったら売り切れ後免のお札ガ……」
「確か、榛名が協力のお礼として一式だけ貰ったんですよね?」
「あぁ、あれの事ですね。男性用の服」
そう、そうなのだ。百貨店による大作戦では、女性用だけではなくなんと男性専用の服まで取り揃えていたのだ。しかし、男性が少ないこの世界において果たして需要の少ない物を展開することに意味はあるのだろうか?
否。とっても需要があった。
話によると、百貨店大作戦を展開した際に真っ先に売り切れたのは、男性専用の服だったりする。下から上まで、国内の最高級素材と職人を持って作られた男性用商品はとんでもない高額の値段にもかかわらず、瞬く間に溶けていったそうだ。その情報を知らされたときに、駆逐艦達や幾名かの軽巡達は「何故、自分で着ないものを買う必要があるのか」と疑問を口にしていたが、金剛たち含め、ほとんどの艦娘達は理解している。男性用の服を欲するわけを。
「ただで、とはいきませんでしたが。それでも、あの長蛇の列を並ばずに買わせてもらえることが出来たのは行幸でした!」
「ちなみに、他の子達で買うことが出来たのはいるのでしょうか?」
「えぇと、聞いた情報によれば大和型と明石ぐらいしかいなかったような……」
「あぁ、大和ならなんだか納得できるネー」
帝国ホテルと過去の情報から噂される大和の事を思い、金剛は納得したように大きく頷いた。ああ見えて、とてもピュアでこの前提督とお喋りすることが出来ましたーと喜んでいたのを食堂で武蔵に報告したのを覚えている。それを聞いて、武蔵がとんでもない偉業だと褒め称えていたのも。
会話が弾む。しかし、時間というのは楽しいひと時であればこそ一瞬というものだ。二人の会話を聞きながら、提督の安全を願う霧島がふと、部屋に設置されていた壁時計を見た。西洋風の白い枠組みに収まったシンプルな針時計。その長針と短針が、提督との約束時間を示す時刻までほんの少ししかないことに。
「は、榛名、お姉様っ! じ、時間が!」
「えっ、時間が……嘘っ、もうこんな時間なのですか!?」
「オーノゥっ! まずいデース、まだ準備が……」
会話に花咲いていたせいだろう。榛名は百貨店コラボの際に使用した服を着終えていたが、金剛に関してはまだ支度が終わっていなかった。
その様子に、取り合えず先に向かい少しだけ待っていただこうと榛名は考える。
「榛名、提督の所に先に向かって少しだけ待ってもらえるよう言ってきます!」
「比叡も一緒に向かってお願いしてきます! 別に提督の私服姿を見たいわけじゃないです、お姉様の為に!」
「霧島も一緒に向かってお願いしてきます! 別に提督の私服姿を見たいわけじゃないです、私自身の為に!」
「オゥ……幸せな妹を持って、私は幸せ者ネ!」
「霧島……」
若干一名、欲望が口から洩れていた気がしないでもないが、焦る金剛が気づく様子もない。忘れ物がないかだけ確認し、三人が部屋から出ていく。それを見て、金剛も急がなければと準備を進め始めた。
「この服はあんまり妹に見せられないネー」
何故、準備が遅れていたのか。それには理由がある。勝負用にと買った下着類、それを見ながら。
「こ、これ着けなきゃ……ダメ?」
布地が薄く、刺繍などでデザインされ、透明感を強調するショーツ。色は誠実を強調する白、素材はドレスにも使われるオーガンジーと呼ばれる生地を使用した物で、薄く持つ手の肌色がうっすらと生地越しに見えるほど。
ただ、薄い分下着として日常使うにはあまり向かないと店員が言っていたのを覚えている。
ごくり、と。湧いた生唾を飲み込んだ。もし、何かの拍子で提督にこの下着を見られてしまったら一体どうなるんだろうか。いや、勝負下着なのだから見せて当然なのだろうけど、何分初めて着るのにはいささか刺激が強すぎではないだろうか。自分に対して。
だが、覚悟を決めねばなるまいと恐る恐る履いてみる。
ゆっくりと左足を上げた。下着が上手に入るように、ぴんっとつま先を伸ばす。確かに、少し硬い感覚がする。けど、この程度であれば問題ないとバランスを保ちながらもう片方の足も同様に入れる。そして、綺麗に位置に収まるように上半身を少し前かがみにしてお尻を突き出した。
いつも履いている物とは違う下着の感覚、なんだかむず痒いような。
「上も……」
ブラジャーも同様の素材だ。いや、こちらは刺繍が大味な分、さらに肌の露出が高いかもしれない。刺繍は白いバラ、花ことばは純潔・清純・心からの尊敬・私はあなたにふさわしい。
「ンっ……」
いつもと違う、前で止めるタイプのブラジャー。胸を寄せる効果があるのか、サイズを測ってもらって用意したものだが、ほんの少し圧迫感がある。色白ではあるが、日々の戦いで少しだけ健康的に染まった肌。赤子の頬の様に弾力のある双丘が、元々ある大きさをさらに強調する。
鏡の前に立ってみる。そこで気づく。
「こ、これ肌の色ガ……!」
勝負下着といわれる由縁か。てっきり、見た目が派手なだけだと買った当初思っていたものだが、いざ着てみれば一本勝負な下着ではないか。
鏡に映る自分の姿、そして履いた下着を見て顔を真っ赤にする。上と下、白を強調しているはずの下着が自身の肌色が生地の下から見えていることに。その光景にこれは急ぎすぎたかもしれないと気付いた。これでは提督に思われている清楚な金剛型のイメージが、足柄と同じ肉食獣になってしまうではないか。
「や、やっぱりいつものにするデース」
急いで下着を替える。こんなことをしている場合ではない。早くしなければ、提督に時間も守れないのかと信用を失ってしまいかねない。いそいそと勝負下着をしまい、いつもの下着に履き替えようとする。
だからこそ、気づくことが出来なかった。急ぐあまり、周りが見えなくなってしまったせいで。窓の隙間から流れ込む白い煙。甘いような、不思議な香り。それに気づいた時には、金剛の瞼はゆっくりと閉じられていた。
金剛さんは卵コラボの方ですからね、百貨店じゃないからね。シカタナイネ。