シリアス系がちょっと多いけど、これが終わったら、また日常編に戻る予定です。
正直こういう場面を書くのが苦手でかけてなかった感あります。自分の文章力が上がったら書き直したいです。
海軍と陸軍の関係は野草の様に根深く、そして解決しても解決しても至る箇所から問題が生えてくる代物である事は間違いない。内容まで遡ってしまうと、それはもう円周率の3.14から先の数字を覚えて言ったほうが楽なんじゃないかなと思うぐらいにはややこしく、どろっどろとした代物だ。
かといって、すべての関係が宜しくないかと言われると以外とそうでもないというのが、現場に出ていた正海の答えでもある。前線でも仲が悪いかと言われると大きな確執はなく、以外と気さくで仲が良かったりと個人差が結構あったりするものだ。
つまるところ、海軍と陸軍の関係の大元は殆どが上層部によるものだ。それと、その関係を誇張して伝えて行く情報を生業とする者達の。
「な、なるほど……男が鎮守府に着任したという噂は本当だったのだな」
だからこそ、正海自身は陸軍に対し悪い印象はさほど抱いてはいない。
「あぁ、何驚くのも無理はなかろう。私は陸軍の者だ。遠路はるばるこの呉市に来てくださった新しい提督というのがどういった者なのか、せっかくだから挨拶をしようと思ってだな」
だがしかしと、一言付け加えるのであればいかんせん提督という立場についている状況もあり。
「まったく、とんだちんけな場所にある店だ。このような場所に行かずとも、男であればさらにランクの高い場所にいけるというものを。ま、まぁあれだ? せっかく出向いてやったのだ。このあと時間があればディ、ディナーを馳走してやらんでもないがな?」
また、個人的に話を聞かない女性や一方的な女性は苦手でもあり。
「ん? あぁ、こいつか? そうか、海軍のものであったかこの道具は。人様にぶつかっておいて、謝罪の一つも寄越さぬ欠陥品だったのでな。軽く躾をな」
いや、訂正しなければならない。
そう言って、右の頰が赤く腫れた、龍田の髪を無造作に掴む目の前の女性は、正海がこの年になるまで見たことがない。
陸軍など関係ない、人として大っ嫌いな存在であることは間違いないだろう。
「私の部下に、何をされてらっしゃるのですか?」
低く、自分でも驚くぐらい低く、感情というものを無くした様な声が出た。眼に映る色彩全てが灰色になって行くような、そんな感覚が頭を満たして行く。
予想だにしていなかったのだろう。思っていたよりもこちらに対し冷静に話しかける正海に対して、陸軍の女性は驚きつつも笑みを浮かべた。
「ふっ、部下と? この道具をか? あぁ、立場上は君は兵器である艦娘共を束ねる提督だったか。これは失礼なことをした」
ゆっくりと、こちらを値踏みするような眼で歩み出す。立折襟の夏衣に身を包む彼女の姿は、第一印象からして根が固そうな、融通がきかない雰囲気を出していた。
けれども、正海には彼女の存在などどうでもよかった。道具、兵器。耳の中に方向性を見失った感情の乏しい虫が蠢く様な、不愉快な単語が入って行く。そして、未だ彼女に掴まれた龍田の存在。あまり、いや見たことがない、女性が怪我をした姿。その姿に、自身の声が鋭くなる。
「そう思われるのであれば、まずは龍田の髪を離して頂きたい。彼女の綺麗な髪にそれ以上傷をつけたくはないので」
「うっ……つ、申し訳ありません提督」
「いい、喋るな」
「き、綺麗な髪……だと? そ、そんな言葉を男性が無暗に使うなど」
「離していただけますか?」
「……くっ!」
今まで男性に言われたことのない、拒絶を含んだ言葉に陸軍の女性が怯む。まさか反論されるとは思っていなかったのだろう。きっと、『萎縮し怯えた眼で助けを求めるような声を出す』はずだと。
けれども、その目論見はいとも簡単に崩れ去った。それもそのはず、正海はこの世界にいる男性の常識とはかけ離れているからだ。
少しの間、店内でにらみ合いが続く。
その後渋々といった様子で、陸軍の女性は龍田の髪を離した。乱雑に離されたせいかよろめきそうになりながらも、龍田がこちらに戻ってくる。大丈夫か、という問いに対し落ち着いた様子で問題ないと答えるその姿に正海は心の中で安堵した。けれども少し後ろに立ち髪を整える姿、乱れてしまった彼女の綺麗な紫色の髪。その姿に、自然と拳を握りしめる。
周りでは、店内の客や店員が目の前で起こっているいざこざに戦々恐々としだんまりを決め込んでいた。かと言って、男性である正海をしっかり見ているあたり、この世界特有の男性に対する意識の強さが見て取れる。
「確か、挨拶と仰られていましたか?」
「あ、あぁ。私は陸軍の――」
男性特有の少し響く、バリトンボイスの声。その聞き慣れぬ声に、内心どもりながら答えようとする。
「かの光栄な陸軍様にご足労頂くとは誠に恐悦至極です。私は呉市の鎮守府に着任することになった長門 正海と申します」
だが、先制打はこちらが撃つ。こちらではレディーファーストならぬ、ジェントルマンファーストというものがあるらしい。なかなかに無理がある造語ではあるが男性優先のこの世界において、男性側が率先的に女性に話しかけるという事は基本的にありえないらしい。だからこそ、先にしゃべる。攻めることで優位性を得るのだ。
女性に口言葉で適うわけがないし。
「な、長門殿と言うのか! なかなか良い名ではないか!」
「ありがとうございます。さて、私の部下である龍田に対し暴力を働いたように見受けられますが……?」
その言葉に彼女は笑みを浮かべる。しかし、『部下である龍田』の発言と同時に後ろの方から、ちらりと振り返ると助けたはずの龍田から鋭い矢のような、それでいて有無を言わせない圧迫感をその鋭い眼光から発していた。なんでさ。
「人間であったならば非礼を詫びよう。しかし、そいつは艦娘だ。人ならざるものに対し、同等に扱う理由もあるまい?」
何を当然のことを言っているのだと不思議な顔を陸軍の女性が浮かべた。
「人間であろうと、艦娘であろうと私の部下です。それに彼女達には意思がある。身内で話すならまだしも、面前で話されるのは如何なものかと」
その言葉にまたしも、後ろから圧力がかかる。いや、おかしい。なぜ守ろうとしている筈の龍田からそんな目で睨まれないといけないのだ。
「ほう、君は人として扱うと? いやなに、それも結構。けれども世間一般的に、海の上を走り通常兵器が効かない化け物に対して有効打を持つ存在を我々と同格に扱うのは如何なものかと思うがね?」
「その通常兵器が効かない陸軍様のために、我々海軍が身を粉にして彼女達と共に戦っているのをご存知で?」
「……その言葉、侮辱と受け取ってもいいのだな?」
「今の発言にそちらを蔑む言葉などないかと思いますが……。あぁ、申し訳ございません。何か心当たりでもおありになられたのですか? これは失礼致しました」
「貴様……! 男だと思っていれば付け上がりおって!」
「そちらこそ、男だと思ってこちらを舐めないでいただきたい。開口一番に食事に誘おうなど、時と場合によっては法律に抵触していたかもしれないということを忘れないでほしいものです」
正海のその言葉に、陸軍の女性が開きかけていた口を閉じた。それもそのはず、たとえ陸軍であろうと海軍であろうと法律に関しては厳しく罰せられる。それがたとえ、小さな艦娘に対しいかがわしい事を行った時でもだ。
反論の言葉を考えているのだろう。こちらを睨みつつも手口を探そうと震える陸軍の女性を見て、今のうちにここを出てしまおうと考え、場の雰囲気を変えるように大げさに咳をしながら襟を正す。そして、未だそことなく機嫌が悪そうな龍田に鎮守府に戻ろうと告げようとした。
その時。
「っ、そうだ! ならば何故貴様は艦娘とこのような場所にいる!? 大方、部下であるそいつに無理やり連れてこられたのではないのか? ならば、そいつも法律に違反していることになるぞ」
反論する材料が見つかったとばかりに、陸軍の女性が龍田を指差した。その言葉に溜息を吐きつつ。
「彼女はそのような事をする部下ではありません。ただ単に、食――」
食事をしに来ただけだと、そう答えようとする。けれども。
「あら~、提督は私とのデ、デートの中で食事をされていたのですよ~?」
「えっ?」
「ねぇ~提督!?」
「そ、そうだな……?」
後ろに控えていた筈の龍田から出た言葉。その言葉に驚きの声をあげるも、恐ろしく早い強制的な言葉に、正海は提督でも逆らえないねと肯定とも疑問とも言えそうな答えを口にした。いや、というか先ほどのはデートとして数えていいものなのか。
けれども、龍田の発言で時が凍りついた。比喩などではなく、本当に誰もが動かず、空気さえも静まり返ったような。
周りから息を呑む音、店員が手に持っていたトレーを落とす者。飲み物を口に含んでいた女性達は信じられぬ言葉を聞いたかのように口をあんぐりと開け、液体を服にこぼしている。陸軍の女性もあり得ないと言った風にこちらを凝視していた。その表情からは驚愕・羨望・怒り、様々な感情が容易に読み取れる。
「なので、早く続きを行う為に鎮守府に戻りましょうかしら。ねぇ、提督~?」
ささっと、何かを誤魔化すように龍田は提督を促す。時刻は午後5時過ぎ。いい加減、戻らなければ他の仕事に差し支えると周りに聞こえるように。
「あ、あぁ。そうだな……」
時が凍りついた世界の中で唯一、動くことの出来た(張本人とも言えるが)龍田が、好機とばかりに店を後にしようと提案する。頰を朱色に染め、頭の上にある艦装が回り出しているあたり自分でもとんでもないことを面前で堂々と言ってしまったと恥ずかしさ半分、残りは優越感と言った感じであるが。
その言葉に周りの誤解を残したまま行くのも少々心残りだが、有無を言わせぬ圧力を放ちながら話しかけてくる龍田に対し、今はそっとしておこう(女性の機嫌が悪い時は男性は口を開かない方がいいと母に教わった)と大人しく頷く。ここで彼女の雰囲気に気付けないあたり、正海という提督も女性に対しての経験が少ないことがわかる。もし気付けたのなら、きっと彼女のなかなか見れない一面が見れたかもしれない。恋する少女のように、恥ずかしさと嬉しさで綻ぶ顔を。
龍田の先導で、陸軍の女性の横を通り抜け、入口の扉に取り付けられたドアノブを回そうとする。
「馬鹿な……デートする時は、誰にも邪魔されず自由で豪華なホテルの最上階で百万ドルの夜景を二人で眺めながら、なんというか救われてなきゃダメな筈だ! 二人で静かで!」
(映画の見過ぎじゃなかろうか……)
(さすがに嗜好が古すぎるわねぇ……)
陸軍様はなかなかに少女チックというか、どちらかというとドラマのワンシーンで出てきそうなシチュエーションがお好みらしい。今の心からの叫びを聞き、どこかで聞いたような言葉だと思いつつ、これ以上陸軍の話に耳を傾ける必要もないため、何かしでかす前に出ようとする。
だが。
「待て。デ、デートなどと風紀の乱れた行いは陸軍として看過できん! 貴様ら海軍の鎮守府は一体どういう教育をしているのだ!」
「往生際の悪い……」
「そうねえ……」
言いながら、膝を上げこちらに八つ当たりのように叫ぶ陸軍女性の姿を見て、正海と龍田はため息をついた。
どうしたものかと悩みつつも、正海も声をあげる。
「看過できない問題であったとしても、これは海軍の問題であり陸軍がわざわざ関与するものではありません。それに、彼女達と親睦を深めることに何か問題でも?」
「風紀が……!」
「風紀がと言われるのであれば、まずはあなたの言動と行動を省みていただきたい」
「私に落ち度があるとでも言うつもりか海軍は!」
「市民が営む店への営業妨害、初対面である違う所属のものに対する言動、そして何より龍田を……彼女を傷つけた事」
「常日頃、我々陸軍が市民を守っているのだ。多少のことには許す寛容さを持つべきだ! 二つ目のことに関しては非礼をわびよう。君が男性ということもあり柄にもなく緊張したようだ。だが最後、部下であることを除いても、道具を掴んで起きたことに対し、落ち度があるとでもいうのかね?」
何故当たり前のことを聞き返すのだと言わんばかりに、陸軍の女性は苛立ちを隠そうともせず吠えた。その姿に、絶えず流れている川のように、いくら石を投げても変化が起きないその姿に、正海は呆れを通り越して怒りが湧いていた。
「そちらの常識がそのような物であるのならば、そのままで構いません。人の価値観に対し、無闇に強制させようなどと底なし沼にハマるような愚行はしません。そして、私の部下を物呼ばわりしたことについても、もういいでしょう。今後、陸軍に関わる事は何があろうともありませんので」
だからこそ、正海は怒りを抑えてこの場を後にする。相手が狙っている魂胆など丸わかりの中で迂闊に足を踏み出してしまうのは今の立場から言っても、そして『彼女達』を守る者としてあってはならない事だからだ。
けれども。
「文句があるのであれば結構。後日、海軍本部に苦情の一つでも入れていただいて構いません」
「いいだろう……。男でありながら、そこまで啖呵をきるのだ。このような辺鄙な場所ではなく、正式な舞台で会う必要がありそうだ。だが、陸軍に喧嘩を売って君の道具が無事で済むと思うなよ。足元にでも気をつける事だな」
「……それでは失礼します。龍田、行こう」
「提督……」
彼女は知らない。目の前にいる提督と呼ばれる男が、この世界の住人ではないということを。この世界の男とは違う存在だということを。
正海が龍田より前に出て、扉を開ける。そこで違和感に気づいた。
『何故、彼はエスコートされる側のはずなのに前にいる』
正海が手を差し伸べる。それは、彼の後ろにいる女性。紫色がかった黒のセミロングヘアーに今は皮膚の下に赤が通り、少し腫れてしまっているが、本来ならば雪のように透き通っていて綺麗な肌を保つ女性。初めての事に緊張しつつも、大人びたようで子供のように目の前の好奇心に食いつく彼女ーー龍田に。
何故、という疑問を浮かべそして思い出した。嫌がらせにと、仕組んだ一つの罠を。けれどもそれは、艦娘の方にやろうとしていたもので彼にやろうとしていた罠ではなく。
「まっ……!」
止めようと声を上げる。けれども、その声が間に合う事はない。
「えっ……」
扉をあけて外へ足を踏み出したはずの一歩は、地上へ続くはずの階段を一瞬踏んだ感覚の後、宙に浮く。
陸軍の女性が施した些細な嫌がらせが、龍田ではなく正海に降りかかった。想定していなかった事態に、一瞬体の反応が遅れる。たとえ少しの段差だろうと、受け身も取れない状態であれば大なり小なり怪我をするのは避けられない。目を瞑り、頭だけは守ろうと手で覆い衝撃に備えようとする。
しかし。
「提督っ!」
来るはずの衝撃はなく、一瞬感じた異性特有の不思議な香りと柔らかな感触に包まれた。
誤字脱字報告、誠にありがとうございます。これからも頑張っていきます。活動報告更新しました。
龍田さん可愛い。可愛い……カワイイ……カワイイ。
そして、瑞雲祭りいきたいズイ……。