~男女あべこべな艦これに提督が着任しました~   作:イソン

16 / 23
文字数少ないけど許してくださいオナシャス。

なんでもしますから!


第十五話 あべこべ艦これ~提督と龍田②~

 天龍は朝から不機嫌という文字を顔に表すかのように、眉間に皺を寄せていた。

 

 その顔を通りすがりの艦娘達が見るたびに、きっとフフ怖に磨きを掛けているんだろうと微笑ましく接され、さらに皺を寄せた天龍の気分は地面を突き抜け地球の裏側まで行ってしまいそうだった。

ここまで機嫌が悪いのは、決して駆逐艦達に朝からからかわれたわけでもなければ大事に隠していたお菓子をクマーと叫ぶ奴等に取られたからじゃない。

 そう、決して違う。後であいつらにはお灸をすえてやると思いながら。

 

 「ちぇっ。龍田の奴……」

 

 そう、ただ単に相方の龍田に不満があっただけだ。

 

 「あんな顔しやがって……」

 

 そう言って、今朝の事を思い出す。

提督の秘書を担当することになった次の日の朝、いつもは必ず起こしに来てくれる龍田が来てくれないのを不思議に思い探してみると、普段であれば使わないような美容液・乳液・化粧水など

おいそれとは手が出せない高価な化粧品を使用している龍田を洗面台で見てしまった。

その顔はとても笑顔で、時折鼻歌を唄いながら両手で顔を押さえる仕草を見た時、衝撃を受けた。

 

 見たことがなかったのだ。付き合いが一番長い天龍でさえも。龍田が本当の笑顔を。

 

 「きっとあの提督さんなんだろうなぁ」

 

十中八九、きっとそうだと自分のベットに寝転がりながら考える。

 

 天龍だって、提督が嫌いなわけではない。むしろ、初めて見る男性であり、前の提督には悪いが仕事もそつなくこなし交流もしっかりとこなす様子はきっと数少ない男性でもなかなかいないのだろう。

しかしだ。付き合いの長い龍田が、自身に見せたことのない顔をあの提督に見せているのかと思うと、心のどこかでぽっかりと穴があいたようで、そしてぶつけようのない怒りがふつふつと沸いてくる。

 

 「あーもう!」

 

 天龍は近くにあった枕を壁に投げつけた。空気の抜けた音と共に壁に当たって落ちる枕は今の天龍を表しているかのようで、なんだかなーと仰向けになる。

 

 「くやしいなぁ……」

 

 大事な何かをとられたように、天龍は小さく呟いた。

 

 しかし。

 

 

 

 

 「大変クマー! 大変クマー!」

 

 「大変だにゃー……。どれくらい大変っていうと木曽が鼻血出すくらい?」

 

 「大変だっ……って、は、鼻血なんか出してないぜ姉さん!? あれは深い事情があってだな……って、じゃなくて! 天龍、大変だぞ!」

 

 「んだよ、うっせえなー!! せっかくの休憩時間なんだからゆっくりさせてくれよ!」

 

 「そんなこと言ってる暇じゃないクマ! た、龍田が……龍田が……!」

 

 「んなっ! た、龍田に何かあったのか!?」

 

 「提督と町でデートするらしいクマー!」

 

 「は?」

 

 天龍が休まる暇はまだないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 呉は広島県に存在する場所だ。広島県の南西部に位置し、瀬戸内海に面した気候穏和で自然に恵まれた臨海都市であるここは、周りを九嶺と呼ばれる連峰に囲まれている。

 

 その中でも、経済の中心でもあるここ、『中央区』。そして行政の要でもある呉市役所。港からさほど遠くない位置にあるそこには、何か催しごとがあるわけでもないのに何百人もの女性たちが息を呑んで今か今かと何かを待っていた。

時間は昼を少し過ぎたあたり。休日であれば別だが、平日のこの日、これだけの人が市役所に集まるのは異常なことであった。

 

 「はい、下がって下がって! この仕切りから中に入らないように!」

 

 あまりにも異常事態なのだろう。その光景を見た中央区の警官達も道路に仕切りを作り、車両の交通規制をかけている。

その阿鼻叫喚ともいえる光景を見ながら、一人の女性がうろうろと市役所の入り口前で右往左往していた。紺色の背広で身を包み、女性としては少々控えめな胸部分には呉のシンボル、カタカナのレを九つ使った市章のピンバッチをつけている。

髪は日本人特有の黒。ほんのりとではあるが、薄くなっていることからそれなりの年齢であることが伺える。

目元にこそ皺はあるものの、潤いを持った肌は女性としての力を持っている。

 

 鈴木ミノ。それが彼女の名前だ。

 

 「あぁ、どうしましょうか。どうしましょうか」

 

 どうしてこうなったのだろうと、ミノは肩までかかる髪先をいじりながら考える。本当は毎度毎度無理難題を吹っかけてくる陸軍・海軍に嫌気が差し、遠まわしに嫌がらせをしたつもりだったのだが。

 

 「いつぶりかしら、娘の年があれだから……」

 

 ひいふうみいと、男性に会うのは何年ぶりかと数える。この呉市にも男性はいることはいるのだが、いかんせん数も少なければ国が保護しめったに顔を出すことはない。

彼女自身、二十四の時にようやく男性接触礼状が届き、一度だけ事を交えたぐらいだ。その際、目隠しをされたままだったため顔を見たことはないのだが。

 ただ、あの時は極限まで緊張していたのと、万が一にも男性に被害が起きないよう薬で身体を動けなくされていたため、よく覚えていない。そのため直接会って、それも市長として対応しなければいけない事にミノは艦のエンジンのように鳴る心の部分を押さえる。

 

 「あぁ、どうしましょう。どうしましょ……」

 

 「車が来ました!」

 

 「ひえっ……」

 

 なんとか落ち着こうと考えてた彼女は、警官が発した言葉に心臓が止まりそうになった。震えながらも新しい鎮守府の提督を迎えるため定位置へと移動する。

視線の先、道路の先から少しずつ黒塗りの車が静かとはいえないエンジン音を響かせながら、市役所へと向かってきていた。車のボンネット部分には海軍の証である軍艦旗が靡いている。

 

 次第に近づく車を見て、ミノだけでなくほかの女性全員も沈黙という二文字に口が囚われていた。

徐々に弱まるエンジン音と共に、少量の土ぼこりを立たせて車が到着する。

 

 ごくりと、つばを飲み込む音が聞こえる。

 

 安全装置が解除されると共に、扉が開く。最初に出てきたのは女性だった。

 

 紫がかった黒のセミロングヘアーに、透き通る雪のように潤いと張りを持った肌、左目には印象を深くする泣き黒子。ちらりと、あたりをみまわすように鋭い目が動くたびに、ぞくりと背中に悪寒がはしる。

ただ、頭部に天使の輪の様な艤装がついており、彼女が艦娘だとわかる。

 

 こちらをみる彼女は、怖さと同時に綺麗だと思わせる姿をしていた。

 

 「どうぞ、提督。問題ありませんわ」

 

 そして、彼女の言葉に周りの女性たちは再度息を呑んだ。

 

 「あぁ、ありがとう。龍田」

 

 男性にしか出せない低い声。耳に優しく語り掛けるような声。その声を聴いた瞬間、この場にいる誰もが女性の名前が龍田なのか、という思考が一瞬で消え去った。

車が少し傾き、開いたドアに手をかけ、彼は降りてくる。

 

 悲鳴や歓声はなかった。

それがたとえ、以前男性を見たことがある人でも。後に、男性を見たことがあった女性達は新しい提督のことをこう語る。

 

 『自分達が知っている男性ではなかった』と。

 

 細身ながらも、鍛え抜かれた体。浅く日に焼かれた健康的な肌はきめ細かながらも吸い込まれるよう。髪は黒色、女性とは違い芯が通った髪は整えられているが、雄雄しさを感じられる。

目は大きく、しかし笑みを浮かべながら車を降りるその姿は、奇妙な威圧感を醸し出していた。

その仕草一つ一つに辺りの空気を震わせているかのような錯覚が起きる。

 

 「提督、どうぞ」

 

 龍田が提督に手を差し伸べる。

その仕草に困ったように微笑みながら、正海はその手を借りた。

 

 それを見て、誰かが『嘘』と言った。

 

 女性が男性に手を伸ばす。それは下手すれば法律に触れてしまう行為だ。そして、男性がその手をなんの抵抗もなく出すということもありえない事。ありえるはずもない二つの衝撃的な光景に皆誰もが言葉を失う。

 

 「意地が悪いな、龍田は」

 

 「あら~、何のことかしら? 提督」

 

 「誰がここまでやれといったんだ……」

 

 聞こえぬようにぼそりと。その言葉に少し頬を染めつつも龍田は道を空けながら満足した笑みを浮かべる。そして提督が車を降りると同時に車の扉を閉めると、提督の後ろへと回った。

そして一緒に歩き出す。

一歩一歩足を出すたびに周りから息がこぼれ、これほどかと提督は苦笑いしつつ市役所の前へと移動する。そこにはあらかじめ出迎えの用意をしていた市長――ミノと役員達がいた。

 

 ごくりと、口の中に溜まっていた唾を飲み込んでミノは初めて男性である提督とまともに向き合う。

 

 「は、初めまして。私が呉の市長を勤めている鈴木ミノです」

 

 不束者ですが宜しくお願いしますと、頭を下げる市長にそれは違う意味だと提督は引き攣った笑みを浮かべた。

 

 「初めまして。新しく呉鎮守府の提督となりました正海と申します。以後、お見知りおきを」

 

 「ま、正海提督ですか! い、いい名前です」

 

 「あはは、ありがとうございます。しかし、わざわざ新任の挨拶に他の役員方までもご同席とは……。恐縮の至りであります」

 

 「い、いえ。この町を守ってくれる方ですもの。ご挨拶したいと思うのは当然のことでございます」

 

 それに、本当は別の目的ですもの。という言葉をかろうじて飲み込む。

 

 「そこまでしていただけるとは……。しかし、立ち話もなんです。催促をかけるようで申し訳ありませんが、案内をお願いしても宜しいでしょうか?」

 

 「あっ、失礼しました! どうぞ、こちらへ」

 

 慌てて市役所の扉を開けようとする。だけれども、取っ手に手をかけた瞬間別の手がミノの手を覆うように取っ手を掴んだ。

声にならない悲鳴をあげそうになる。誰、とは言わない。今自身の手に重なり合っているのは白手袋。それを着けているのはこの場でただ一人。

 

 「申し訳ありません。わざわざお出迎えいただいたのに扉を開けていただく事までせずとも、私が開けますよ?」

 

 「ひえっ……」

 

 

 

 

 

 ミノの受難はまだまだ始まったばかりだ。

 




遅れましたがようやく投稿。やっぱり地の文の描写かけなくなってるなーと再確認。精進。

ちなみに作中に出てる鈴木ミノというキャラは呉市で実際に戦時中に市長だった人の名前をもじって女性にしてます。
ウィキで探したのでもしかすると間違ってたりしますが……。

感想、評価本当にありがとうございます。頑張っていきます。

色々書いて没になったりしているネタとかあべこべな艦これ世界があべこべヤンデレ世界になったものとかそういったものを、今度短編で投稿して行きます。
お蔵入りもあれなので。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。