「ずっと好きだった」   作:エコー

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ダメな兄には、よく出来た妹がいる。
そして妹は頑張る。ダメダメな兄の為に…
な、お話。

では、どうぞ。


15 比企谷小町は奔走する

15 比企谷小町は奔走する

 

 3年J組。

「雪乃さんっ、遊びにきちゃいました~」

 ぴょこん。そんな効果音が付きそうな動作で小町は雪ノ下の前に立つ。

「あら小町さん、こんにちは。ひ…お兄さんは?」

 辺りを見回す雪ノ下に、小町の悪戯心は全開になる。

「あらあら雪乃さんっ、兄のことそんなに気になりますぅ~?」

 にやりと笑いながら見上げられて、雪ノ下は困惑する。

「い、いえ、そんなことは…その」

 そこで小町は、にやけ顔そのままでこう伝えた。

「おにいちゃんはですね~、結衣さんと一緒ですよ」

 ぴくん。いや、ぴしっ。確かに雪ノ下からそんな音が聞こえた。

「え。ど、ど…、そう」

 滅多にお目にかかれない雪ノ下の慌てふためく姿に満足した小町は、平時の口調に戻る。

「まあ、あの小心者のおにいちゃんですから、何かある訳ないですけどね」

「そ、そうね、そういう意味では安心ではあるわね」

 安堵して微笑む雪ノ下に、ここでもう一度小町が爆弾を落としにかかる。

「あーあ。雪乃さんと結衣さん、二人とも小町のお姉ちゃんになってくれたらいいのに」

 が、この爆弾は不発に終わった。

「あら小町さん。私はあなたに妹のように接しているつもりよ。きっと由比ヶ浜さんも。それにけ」

「それに~? け~?」

 機を見るに敏。小町の悪戯心は好機を見逃さない。

「そ。それに…何でもないわ。とにかく小町さんは私の可愛い妹よ」

「ゆ、雪乃さん! もう小町的にポイント高すぎです~♪」

 『ポイントって、一体何のポイントなのかしら。そろそろ知りたいわ』

「さーてそろそろ結衣さんの休憩時間が終わりますから、おにいちゃん呼びますね~」

「え、ええ」

   ☆      ☆      ☆   

 程なくして、俺はJ組の教室にいた。

 ゴシックというのだろうか。所謂ゴスロリではなく、中世ヨーロッパの雰囲気を醸し出すメイド服。その中で別格の気高さを纏う美少女から俺の目は離せない。似合いすぎている。美しすぎるのだ。

 その美少女は、俺を見つけるなりにこりと微笑んでいた。目、以外は…であるが。

「いらっしゃい、比企谷くん。由比ヶ浜さんとのデートは楽しかったかしら」

 開口一番のその言葉を受けて現実へ戻った俺は雪ノ下の横にいる妹、小町を睨む。

「てへへ。」

 小町の頭をくしくしと鷲掴みにしていると、口角を吊り上げた雪ノ下が俺を目で射抜く。

「あら、何かやましいことでもあるのかしら。それに小町さんは私のお客様よ。いくら肉親とはいえ無礼な態度はやめてもらいたいわ。そもそも…」

「あー、わかったわかった。雪ノ下、喉が渇いてるんだが、紅茶をもらえないか」

 3年J組の教室は、紅茶を供する喫茶店になっていた。

「こっ、ここにはあなたに供する紅茶は無…」

 もにょもにょと雪ノ下が話しているのに気づかずに言葉を発してしまう。

「俺も何度か自分で淹れてるが、やっぱおまえの淹れた紅茶じゃないとダメだわ」

「え」

 ぴたりと「もにょもにょ」が止まり、一瞬にして雪ノ下の顔が朱に染まる。

 『おお、おにいちゃんたらいつのまにそんな技術を。雪乃さん的にポイント高いよ』

「そ、そう。じゃあ、少し待っていてね」

 そそくさと席を立つと、自分のバッグを開けて茶葉の缶を取り出す。その缶は誰が見てもわかる高級品で、他の客に供するものと違うことは紅茶に詳しくない俺でも判った。

「…はい。どうぞ」

「ああ、いただきます」

 一口、含む。香りと安らぎが口内に充満する。

「やっぱり美味い、つーかいつもより美味いな。ちょうど飲み頃の温度だし」

「そ、そう。それは何よりだわ…」

 『あのごみいちゃんが雪乃さんを完全にコントロールしてる…』

 小町は、お茶請けのクッキーをボリボリと頬張りながらニヤニヤしていた。

 

 文化祭初日からの帰り道。

「おにいちゃん」

 小町がいつになく真剣な表情を向けてくる。

「そろそろ…決断の時だよ」

 俺は黙って、さっき自販機で買ったMAXコーヒーを啜る。

「おにいちゃん、人のことだと大胆な行動が出来るくせに自分のことだとまるで優柔不断だから。メニューを選ぶときの小町と一緒」

 自嘲気味に呟くと、小町は仄かに赤く色づいた空を見上げる。

「小町の理想はね。結衣さんも雪乃さんも、ずーっと小町のお姉ちゃんでいて欲しいんだ」

 しばらく薄赤い空を仰いで遠い目をして、すっと下を向く。

「でも、それは叶わないって、無理だって…知ってる」

 俺のことでこんなにも小さな心を悩ませているのだと思うと、申し訳ない気持ちになる。

「だ・か・ら、小町のお姉ちゃんは、おにいちゃんが決めてっ」

 俺の顔を見上げ、満面の笑みを浮かべる。

「どっちのお姉ちゃんを選んでも小町は大丈夫。選ばれなかった方には小町のお友達でいてくれるようにお願いするから」

 妹に背中を押される兄。情けないが、そのお節介が今は有り難い。

「ああ、わかった」

「ほんとかなぁ~」

 小町と手をつないで帰る。

 久しぶりに繋いだその小さな手に、勇気をもらいながら。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
第15話、いかがだったでしょうか。
次回からついに文化祭二日目、双方のバンドの出番がやってきます。
無事にライブを終了することが出来るのでしょうか。
それは…私次第です。

ではまたのお越しをお待ちしております。
あ、批評、ご意見などありましたらお聞かせくださいね。

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