ストライク・ザ・ブラッド〜獅子王機関の舞剣士〜 作:倉崎あるちゅ
前回の終わりに翔矢くんが雪菜の補佐と古城の監視につきましたのでそのお話です。長くなったので分割。
Ⅰ
キーストーンゲート内の高級ホテル。その一室で、俺はいつも着ている紗矢華と似た制服ではない真新しい制服に袖を通した。
半袖のワイシャツにグレーのスラックス。それが新しい制服だ。その上から空色のパーカーを羽織り、腕まくりをする。鏡を見て髪を少し整えて、俺は〝黒翔麟〟が入った大きい竹刀ケースを背負って部屋を出る。
高級ホテルだけあって部屋の鍵はオートロックだ。
カードキーをロビーに預けて、俺は燦々と太陽が照りつける外界へ足を踏み出した。
──絃神島。〝魔族特区〟の一つであり東京の南方海上三三〇キロメートル付近に浮かぶ人工島。樹脂と金属と、カーボンファイバーと魔術によって成り立つこの島に、俺はこれから住むことになる。
住む、と言っても第四真祖である暁を監視して雪菜の手助けをするわけで楽しむことなんてできない。
それに紗矢華がいないし少し寂しいかな。
「はぁ……」
指令を受けたあと、師匠から電話が来てひたすら謝られた。
一緒に居られるように、と二人で戦闘狂二人の監視の任務につけたのに終わって早々また離れ離れ。師匠の力でもどうにもならなかったようだ。
獅子王機関は女性が多い。その中で男、しかも半魔の俺が行動するのを多くの獅子王機関の攻魔師から反発されている。師匠や三聖の長である緋稲さんはそれらを何度か黙らさせていたが、今回の第四真祖に乙女の鮮血を与えたことを好機と見たのか弾圧的なものになったらしい。
「着いた着いた」
彩海学園行きのモノレールから降りて数分後、俺は学校の中に入って〝空隙の魔女〟南宮那月がいる一室の前にたどり着いた。
校長室より上の階にある辺り、南宮さんは凄いな。
ゴクリと生唾を飲み、俺はノックをする。すぐに入れ、と返事が来てドアを開けた。
「失礼します」
部屋に入ると、部屋の主は豪奢な椅子に座って外を見ていた。
「来たか、舞剣士」
こちらにその幼い顔を向けて、彼女は強気に微笑む。
「どうも、南宮さん」
「これからは、さんじゃなくて先生をつけろよ」
「それを言うなら、南宮さんも舞剣士じゃなくて名前で呼んでくださいね」
にっこりと笑みを浮かべて南宮さんに言うと、彼女は面倒くさそうに目を細めた後、溜息混じりにわかったと了承した。
「それで、獅子王機関は何を企んでいる?」
腕を組んで背もたれに背を預ける小さな魔女が真剣な表情で質問してきた。俺はあはは、と笑って両手を挙げる。
「いやぁ、それは俺にもわからなくて……。俺も俺で困っているんですよ」
「使えんやつめ」
「ご最もです……」
乙女の鮮血を与えたせいで左遷だもんね、使えない言われても仕方ないよ。
「まぁいい。大方暁古城のことだろう」
「はい。第四真祖、暁古城の監視及び、姫柊雪菜の補佐をしろ、というのが俺が受けた指令です」
「確かにあの転入生だけだと不安にもなるな」
「まだ見習いですから大目に見てあげてください」
南宮さんとそう話していると、横から紅茶が淹れられたカップを差し出された。ビックリして隣を見ると青い髪を長く伸ばしたメイドさんがトレイを持って立っていた。
「どうぞ」
「ど、どうも」
「アスタルテ、こいつには茶請けも用意してやれ。まだ予鈴まで時間もあることだしな」
「
南宮さんの目の前にカップを置いて、アスタルテと呼ばれた少女は茶請けを用意するため棚に向かっていった。
「南宮さん、あの子って……」
「あぁ、そういえばお前がアスタルテの応急処置をしてくれたんだったな。感謝する」
「あ、いえ、やったのは俺じゃなくて紗矢華なんですけどね」
「紗矢華? あぁ、あのポニテ娘か」
自己紹介もしてなかったのだから覚えてないのも無理はない。
適当に座っていろ、と幼い魔女に言われ、俺はお言葉に甘えてなにやら柔らかそうな一人掛けのソファに座る。ちょうどお茶請けも出され、手でつまんで口に運んだ。
「おっ、美味しい」
「そうだろう。それは私のお気に入りのものだ」
優雅に微笑んだ南宮さんはカップに口をつける。
「いいんですか、俺なんかに出して」
「なに、これからいい駒が手元にあるんだ。それくらいはな」
「……何言っているんですか?」
「お前ほどの攻魔師をのさばらせておくわけにはいかないだろう。暇があれば私の仕事を手伝ってもらう」
「えぇ……」
横暴だ。いやわかっていたことだけど横暴だ。
カチャリとカップをソーサーに置いてそれと、と言葉を続ける。
「転校生は攻魔師ということを隠しているが、お前は隠さなくていい。下手に嘘をついて怪しまれるより攻魔師だと公開して関わらせない方がいいだろう」
「では、外面では南宮さんの後輩、という形に?」
「それが妥当だろうな」
「まぁあながち間違いでもないですしね」
所属が違うだけで攻魔師としての先輩は南宮さんだし。
それに、幼馴染の俺が攻魔師だと言えば、俺の影響で雪菜が魔族や呪術、魔術を詳しくなったと信じさせることもできる。
そのあと、俺が絃神島に住むにあたって良い物件がないか聞いたのだが、私のところに住めばいいだろう、とか言い出したのでご遠慮した。
絶対扱き使われる。めっちゃ顔怖かった。なんなのあれ。
遠慮しなくていいぞ、なぁ? って言ってきた時は終わったと思ったが予鈴が鳴ってくれたおかげで事なきを得た。
「それでは行くとするか」
「了解です。よろしくお願いしますね、南宮先生」
「あぁ。行くぞ、黒崎」
はい、と頷いて、俺は先に部屋から出ていく南宮さんの後ろをついていった。
α
「ふぁ、あ……」
机に突っ伏した第四真祖、暁古城は窓から差す太陽の光に目を細めながら長い欠伸をする。
黒死皇派のテロから数日が経ち、眷獣を使役したことによる疲労は消えた。いつも通りの日常を取り戻している。
予鈴が鳴っても騒いでいるクラスメイト達をぼんやり見つめ、彼は教室の扉が開くのを待つ。
このまま寝てしまいたいという衝動が湧くが、どうにかそれを押し潰す。担任の那月に見つかれば扇子で叩かれるのは必至だ。
そう思っていると教室の扉が開かれた。開かれた扉から黒いドレスを身に纏う人形のような少女が入ってくる。
「まったく、予鈴が鳴っていると言うのに騒がしいヤツらだな」
呆れたように溜息をついて、担任の南宮那月は腕を組んだ。
「静かにしろ馬鹿者ども。今日は連絡することがある」
手に持ったレース付きの扇子で教台をペシペシ叩いて生徒達の注意を引く。
「突然だが、今日は転校生を紹介する。おいこらそこ騒ぐなよ」
どっ、と騒がしくなる寸前で那月が凄んで生徒達を黙らす。古城は苦笑いを浮かべて担任教師の言葉を待った。
古城としては転校生か、この時期は珍しいな、とふと思った。彼もまた本土の学校から転校してきた口なのだがここまで時期がズレた転校ではなかった。
「では入ってもらう」
そう言って那月は指を鳴らし、教壇に魔法陣を描く。そこから現れたのは大きな長方形のケースを背負った空色のパーカーを羽織った人物だ。
「んっ!?」
突っ伏していた体を起こして教壇に立つ人物を凝視する。
「南宮さん、無闇に空間制御の魔術を使わないでもらえます?」
「この方が印象に残るだろう? それとここでは先生と呼べ黒崎」
ジトッ、とした目で那月を見る人物は、獅子王機関の舞剣士、黒崎翔矢だ。
見間違えるはずもない。つい数日前に一緒に行動して黒死皇派の企てたテロを阻止したのだから。いやなんで黒崎がいる、と古城は驚きで口を開いたまま動かない。
古城と同じクラスである藍羽浅葱もまた、見たことのある人物の登場で目を見開いている。
「古城っ、古城ってば!」
「な、なんだよ」
小声で古城に話しかけて、浅葱は翔矢を指さす。教室全体が転校生が来たということで騒がしいため小声で話してもバレることは無い。
「なんで姫柊さんの幼馴染がここにいんのよ!?」
「知らねーよ! 俺だって驚いてんだよ!」
「なに、浅葱と暁くん知り合いなの、あの女の子と」
話し合う二人にクラスメイトの
「少しね。それとお倫、アレ男よ」
「うっそ、あの顔で男子!?」
「言わないでやってくれ、黒崎気にしてるから……」
彼らの会話が聴こえたのか、教壇に立つ翔矢はピク、ピク、と頬を引き攣らせている。他の生徒達も女子か、男子かという話をしていた。
「ほら静かにしろ」
ざわつく生徒達に一声かけて、那月は翔矢を見て顎でしゃくる。
「えーと、黒崎翔矢です。男です」
えええ、とクラスがまたざわつく。
「攻魔師をしているんですが、転校は仕事が理由です。あ、このケースは仕事で使うものなので誰も触れないでくれると嬉しいな」
竹刀ケースを背負い直してニコリと微笑む。これには女子も男子も目を奪われた。古城は攻魔師のことバラしてもいいのか!? と内心ハラハラしている。
「はーい質問でーす」
そんな中、築島倫が手を挙げた。那月は翔矢に断りもなく、いいぞ、と勝手に承諾した。
「攻魔師ってことは南宮先生と前から知り合いだったりしたのかな?」
「あぁ、うん。先輩なんだ」
おお、と数名が声を上げる。
少なからず攻魔師の教師はこの彩海学園に在籍している。しかし、生徒で攻魔師は誰一人としていない。正確には届け出ている生徒が、というのが正しい。
雪菜もまた正式に届け出ていない生徒の一人である。
そして絃神島の攻魔師達は〝空隙の魔女〟である南宮那月の教えを受けている。そのせいもあってか並より上の実力を持っている者も少なくない。
そこから少しの間質問時間が設けられたが、それも難なく受け答えをしていく。
「黒崎に質問のあるやつはまた後にしてもらう。黒崎、お前の席は暁古城の隣だ」
「はーい」
「俺の隣かよ。いやいいけどよ」
那月に指示され、翔矢は古城の隣にある空いた席に座った。
「んじゃ、これからよろしくね暁」
「あとで説明してもらうからな黒崎」
「はいはい」
翔矢は疲れたような顔をする古城を見て、小さく微笑んだ。
その後、ホームルームを終えた高等部一年B組は質問の嵐だった。得意な魔術や古城との関係など聞かれたが、翔矢はひとつひとつ嫌な顔せずに答えていた。
隣でそれを見ていた古城は感心する。
「ふぅ、なんとか収まった」
「お疲れ、黒崎」
「ま、これも何日かしたら落ち着くだろ」
「大変ねー転校生ってのも」
三時間目が終わってしばしの休み時間。翔矢、古城の席には浅葱と矢瀬基樹が集まっていた。
既に浅葱と基樹とは自己紹介を済ませており、浅葱には先日の件のことも謝罪を済ませている。
「それにしても、姫柊っちが少し不思議ちゃんなのは翔矢が関係していたとはなぁ」
「あはは、昔から俺や幼馴染にくっついてたからね」
どちらかと言うと翔矢と紗矢華が彼女にくっついてたのだが。
「その幼馴染の、煌坂さん? だっけ。その子も攻魔師なの?」
「うん。よく紗矢華と二人で仕事してたんだ」
「へー、じゃあこの前のもそうだったんだ?」
「うっ……はい」
「あははっ、うそうそ。気にしてないから大丈夫よ」
浅葱の言葉に翔矢は言葉を詰まらせたが、彼女は明るく笑って流す。それを見た古城と基樹はもう浅葱のおもちゃになってる、と同情の眼差しを翔矢に送る。
「とっ、そろそろチャイム鳴るな。じゃまた後でな」
「あたしも席に戻るわ」
「おう、またな」
二人が去ったあと、翔矢はふぅ、と軽く息をついた。
一般の攻魔師として振る舞うのは慣れているつもりでいたが、獅子王機関の呪術を使った相手となると話は別になる。
「で、簡単でいいから説明してくれよ」
「あー、そうだったね。簡潔に言うと雪菜の補佐でお前を監視することになったんだ」
「……はっ!?」
「まぁ安心しなよ。メインは雪菜。俺は雪菜のいない時とかだから」
例えばこの瞬間とかね、と翔矢は苦笑する。
「勘弁してくれ……」
古城は煌めく太陽の光が差す外を見てそう嘆いた。
次は来年に!! 良いお年を!!!
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