ストライク・ザ・ブラッド〜獅子王機関の舞剣士〜 作:倉崎あるちゅ
α
身体中が痛い。穴から落ちて気絶し、それから目が覚めた俺は痛みに苦しんだ。
幸い、落下中に紗矢華を抱き寄せて俺が下になるようにしたから彼女に怪我はない。ただ、紗矢華の命を優先にしたため、"黒翔麟"をどこかに放り投げてしまった。
きっと、
「いつつ……」
ちょうど後頭部の辺りをぶつけたようで、頭が痛い。腕も折れてはいないだろうが、ヒビは確実に入っているはずだ。
幸いなのは脚が無事だという事。手持ちの薬品で応急処置は出来るがまともに戦闘が出来なくなるため助かった。
痛む頭を動かすとすぐ近くに暁が血だらけになっている。落下中にどこかで切ったみたいだ。赤色の煙が出ているところを見るからして、眷獣の能力で回復しているようだ。
「うっ……うぅん……」
どうやら紗矢華が目を覚ましたようだ。
反応してあげたいけど今は無理だ。痛過ぎて声が出ない。
だんだん瞼が重くなり、完全に瞼が閉じられる。
「っ!? 翔矢っ、大丈夫なの!? しっかりして!」
起き上がった紗矢華が俺の肩を掴んで体を揺する。
ぐうっ、揺すったせいで痛みが酷くなって……!
「っつ……」
「翔矢!」
「さ、やか……右脚のポケットに、霊薬入って、るから……」
言葉に詰まりながら紗矢華に言うと、彼女はわかった、と答えて俺のポケットを漁る。緑色の液体が入った小瓶を取り出して、紗矢華は俺の口にそれを突っ込む。
これは俺専用に調合した薬だ。魔力を混ぜた、悪魔の治癒力を高めるものである。
俺はそれを飲もうとするが、上手く飲めずむせてしまって咳き込んだ。
「げほっ……」
「ご、ごめんなさい! 大丈夫?」
「だい、じょうぶだから泣かない泣かない」
「な、泣いてなんて……」
目元に浮かぶ涙を払い、紗矢華はどうしようかとおろおろする。
それにしても、本当に半分魔族とはいえ、純血の魔族より頑丈さは目立たないな。人間より頑丈で力があって、寿命があるくらいしか利点がない。
すると、紗矢華は何かを思いついたのか、意を決したように表情を引き締めた。
紗矢華は小瓶の中の残った液体を全部口に含んだ。何をするんだと疑問を抱いた瞬間、彼女は自身の口で俺の口を塞ぐ。
「っ……!」
ま、待て、今何やって……!?
紗矢華の柔らかな唇の感触が、俺の唇を介して伝わってくる。次いで彼女の口から霊薬が流れ込んできた。
つまり、紗矢華は口移しで霊薬を飲ませてくれたのだ。
軽いパニックになりつつ、彼女の口内の霊薬を飲み干す。
飲み終わったあと、体から痛みが消えていく。口の中から液体がなくなったと確認した紗矢華は唇を離し、荒い息を繰り返す。
「はぁっ……はぁっ……!」
「紗矢華……なん、で」
回復して痛みがなくなって楽になり、俺は上体を起こす。顎に垂れる霊薬を拭い、目の前に座り込む紗矢華を見た。
彼女は視線を逸らして頬を染める。
「そ、そのっ……これは、そう! 医療行為よっ! だから、その……の、ノーカウント、だから」
医療行為、か。恥ずかしい思いをしてまでしてくれたんだ。その思いを無下にしないでおこう。俺は紗矢華にありがとう、とお礼を言った。
ふらつきながらも立ち上がり、支えてくれる彼女にまたお礼を言う。暁の方を見ると、地面に手をついて起き上がる寸前だった。
「暁、大丈夫か?」
「あぁ、なんとかな……」
しんどそうな声を出して、暁は険しい表情を浮かべる。
すると、紗矢華は復活して間もない暁に向けて無遠慮に辛辣な言葉を吐く。
「何も
「うっ、それは……すまん」
悪かった、と暁は俺に頭を下げる。怪我人が出た事に彼なりに負い目はあるらしい。気にしてないと言って、俺は暁の肩に手を置いた。
「ナラクヴェーラはどうなった?」
「わからねぇけど、多分破壊した。修理もしないで動けるようなダメージじゃないはずだ」
「そっか。じゃあ俺達はとりあえず地上を目指せばいいわけだね」
行こう、と言って俺は紗矢華と暁を連れて上を目指して歩き始める。
何処かに点検用のハシゴがあればいいんだけど。
暁によると、この
しばらく歩くが、一向にハシゴひとつ見当たらない。しかも足場が悪くて進むのも一苦労だ。
「なぁ、黒崎」
「なに」
「"黒翔麟"だったか? それどこいったんだ?」
「あー、"黒翔麟"か……」
そういえば、と紗矢華も不思議そうに俺を見つめる。俺は軽く息をひとつ吐いて手を首のところへ持って行って首を揉むようにする。
「実は落ちてくる時に、紗矢華を守ろうとして"黒翔麟"を落としちゃったんだよね。多分今頃どっかに突き刺さってると思う」
「「なっ!?」」
目をぎょっと剥いて、紗矢華と暁は二人で俺の胸ぐらを掴んできた。
「どどどどどうするのよ翔矢っ!? 師家様に怒られるわよ!?」
「まぁまぁ、多分なんとかなると思うから」
「あれがあったらすぐ地上に出られたじゃねぇか!」
「うん、そうだね。でも落としちゃったし」
探しに行くぞ、と暁に言われ手を引かれるが、おそらく突き刺さっている場所は今俺達がいる場所より高い位置にあるだろう。
その事を暁に伝えると、彼は項垂れた。
「結局進まなきゃ行けないのね」
「そうなるね」
紗矢華が溜息を吐いて歩き始めようとすると、彼女はバランスを崩して転倒する。
「あ」
仰向けに倒れ、一歩後ろにいた俺の方へ倒れ込んでくる。俺は地面に倒れないように紗矢華を支えようとして彼女を抱き支えるが、俺の足の裏にも石があったようで、それが転がって紗矢華共々後ろに倒れ込む。
すると、むにゅん、と夢中になりそうな柔らかな感触が俺の掌に広がる。
「──ひゃん……!」
思いきり紗矢華の胸を揉みしだいてしまい、彼女が嬌声を上げる。それを聴いて俺はピシリ、と固まった。
「しょ、翔矢ぁ……」
「ご、ごめん紗矢華!!」
やけに艶のある声で名を呼び、慌てて僕は手を離す。
な、なに、なんなの。キスといい今といい。なんなんだよ今日は。
頭の中が混乱し、僕は目を回す。
「大丈夫か、二人とも」
「ぼ、僕は大丈夫……」
紗矢華は手を離した瞬間に離れ、僕は暁に手を差し伸べられ、その手を握る。
「そういや、黒崎って変だよな」
「変?」
「いや、たまに自分の事を俺とか僕とか変わるだろ」
あー、その事か。
「昔は一人称が僕だったから。パニクったりするとたまに出ちゃうんだ」
僕──俺が苦笑いを浮かべてそういうと暁はなるほど、と納得したように頷く。紗矢華を見ると、彼女は頬を染めて胸に手を置いて押さえている。
「紗矢華、ごめんね」
「わ、わざとじゃないんだし、いいわよ。でも、次やったら……覚えておきなさい」
「は、はい」
軽くひと睨みされ、俺は九十度より深く頭を下げた。紗矢華はふん、と鼻を鳴らして先にズカズカと突き進む。
あぁ、そんなに進むとまた転ぶって……。
「嫌われてないといいんだけど……」
「別に嫌われてはいないんじゃないか?」
「そう?」
「あいつとは長いんだろ? ならきっと大丈夫だろ」
確かに俺と紗矢華の付き合いは長い。小学に上がる前からの付き合いだ。しかし、こういう手合いは話が別だ。
「……紗矢華はさ」
「ん?」
彼女の後に続き、俺と暁は足場の悪い道を歩く。
「昔、父親から酷い虐待を受けてたんだ。ずっと暴力を振るわれてて、紗矢華を獅子王機関に売ったんだあのクズは」
拳に力が入る。散々紗矢華を痛めつけて、そして金目当てで彼女を売る。ギリッ、と歯を軋ませた。
暁は神妙な面持ちで俺を見る。俺はでさ、と言葉を続けた。
「紗矢華を引き取る時、俺もついて行ったんだ。紗矢華の顔に痣が出来てて、それ見た瞬間に悪魔の力全開で紗矢華の父親を殴り飛ばしてた」
「っ、それって……」
暁は察したのか、冷や汗を垂らした。俺はコクリと頷いて乾いた笑みを浮かべる。
「はは……一命は取り留めたらしいんだけど、しばらくして亡くなったって」
きっと俺が殴り飛ばしたせいで、元々弱っていた体にトドメを刺したようなものだったんだろう。そもそも紗矢華は生まれながらにして霊力が高く、無意識下で体の周囲に呪詛を纏わせているため、まだ呪術の技術がない時でも、その影響を受けていてもおかしくはない。
人を殺した事になるだろうが、俺は後悔していない。だって、あの時見た彼女の絶望したような表情が、あの日以降笑顔が見えるようになったのだから。
「──ま、そんな事があって紗矢華は男が嫌いになっちゃったんだ。だから不用意にあんな事すると後が怖い」
「……なるほど、な。でも、さっきの様子じゃ心配いらないんじゃないか?」
「だといいんだけど」
その後、しばらく増設人工島内を歩き回っていると、突然激しい揺れが俺達を襲った。慌てて、通路の手すりに掴まり、あたりを確認する。
「本格的にガタが来てんな、この
暁が周囲を見回してあちこちから流れ出る海水を見て舌打ちを打つ。
まだそんなに海水が溢れていないが、このまま手をこまねいているのではずぶ濡れになって閉じ込められる。
そう思っていると、暁の眷獣の攻撃によってできた大きな穴から爆発が起こった。
俺達三人はそちらの方へ目を向けると、穴からボロボロの蜘蛛型の禍々しい兵器──ナラクヴェーラが這い上がってきた。
「もう動けるのか……!」
「見てあれ!」
暁が悔しそうに歯噛みする。第四真祖の眷獣の力でさえ彼の兵器を完全に破壊する事が出来ないのだ。
紗矢華が指をさす方を見ると、ボロボロだったナラクヴェーラの前脚が、増設人工島のコンクリートと鉄筋を喰らって補修されていった。
「元素変換して自己修復してるんだ……」
なるほど。さっき俺がつけた傷も完全に直っている。とんでもない兵器だ。倒す方法は完全に術式を破壊するか、跡形もなく消し去る必要がある。
俺達には気付いていないのか、俺達に向けて大口径レーザーを撃つ事なく、無差別にその火を噴く槍を放っている。
空を飛ぶ動きをしないとなると、まだスラスターは回復していないようだ。
すると、ナラクヴェーラは自身の足元に大口径レーザーの砲門を向けた。
「まさか……」
空からの脱出は不可能と理解したのだろう。ナラクヴェーラは紅い閃光を放ち、足元に大穴を空けてそこから海中へ脱出していった。
そこから大量の海水が流れ込み、あっという間に俺達の足元まで海水が寄ってくる。
「くそ……マジか!?」
「喚いてる場合じゃないよ、暁。このままじゃまずい、行こう」
俺はそう言って走り出し、紗矢華の手を握って出口を探す。俺の後を追って暁も走り出した。
降り注ぐ海水が容赦なく俺達にかかり、体力を奪っていく。
β
「くそ、また行き止まりか!」
階段を見つけてなんとか上に上に、と登っていっているが、予想より遥かに深い所まで落ちていたらしく、地上までまだ遠い。
「まずいわね。水位の上昇速度が上がってる。このままじゃあと数分で沈むわよ」
もう既に俺達の脛近くまで水位が上昇している。
ちっ、今回の任務じゃ、脱出できそうな使い魔は制限かかってて使い魔本体を使えない。どうしたものか。
「"
「そんな事したら俺達が危ない。溺れ死ぬか、感電して死ぬかの違いだぞ」
「そうだよな……」
そうよ、と紗矢華も呆れたような目で暁を見る。
「はぁ、黒崎の使い魔はダメなのか?」
「獅子王機関から制限かかってて無理」
「……せめて俺が他の眷獣を掌握してたらな」
他の眷獣、か。そういえば暁は雪菜の血を吸って掌握したんだよな。生身の人から血を吸うとか制限もないだろうし、もしかしたら……。
善は急げ、という事で俺は左腰に付けているホルダーから手のひらサイズの瓶を取り出した。
その中は霊薬とは違い、赤く光る液体が入っている。
「黒崎、それなんだ?」
「翔矢、それって……」
紗矢華は察したようで驚いた表情を浮かべている。
俺はニッ、と笑って暁にその瓶を突き出した。
「俺が使う道具のひとつ、俺の霊力を大量に混ぜた特殊な血液だ。獅子王機関の強い霊媒の子から採取したものだよ」
吸血鬼の監視任務に就いた剣巫、舞威媛、舞剣士を対象にした健康診断で血液検査をする。"血の従者"になっていないかの確認をするためだ。その過程で問題のない血液を横流ししてもらい、俺は自分で活用するためにこうして霊力を混ぜて瓶に入れて持ち歩いている。
その中でも、雪菜と紗矢華は飛び抜けて強い霊媒として機能する。
俺が今暁に差し出している瓶の中には雪菜の血が入っている。
俺はこの瓶の事をこう呼ぶ。
「──乙女の鮮血。これがあれば眷獣を掌握できるはずだ」
紗矢華の攻撃で暁の中に眠る未掌握の眷獣が覚醒しかけている。そいつだけならこの乙女の鮮血だけで事足りるはずだ。
「迷っている暇はないよ、暁」
「でも、いいのか。お前達は俺を……」
確かに俺達獅子王機関は第四真祖、暁古城を監視または抹殺している、あるいは試みている。しかし、危険ではあるが、こいつ自身はちゃんとした考えを持っている。なら問題はない。もし仮にあったとしたら、それは俺が責任を取ってなんでも罰を受け入れよう。
「いいんだよ。ほら、早く飲め」
「……助かる」
瓶を受け取り、暁は瓶の栓を抜いて一気に煽る。ごくり、ごくりと喉を鳴らして、乙女の鮮血を飲み干していく。
飲み終え、暁の周囲に赤い魔力が漂う。次いで軽い耳鳴りを覚えた。
これは彩海学園の屋上で覚醒しかけた眷獣だ。どうやら成功したみたいだ。
「助かったぜ、黒崎。これで行けそうだ」
「礼はいいよ。これ無かったら紗矢華の血を吸う事になるし。……そんなの嫌だから」
最後は小さく呟くと、暁はふっ、と笑った。
「それじゃあ、行くぜ二人とも! どうなるか俺もわからないから気を付けてくれ」
「わかった」
「"煌華麟"で防ぐから心配いらないわ」
俺と紗矢華の返答に、暁はひとつ頷く。そして彼は右腕を掲げて魔力を高めた。
「"
瓦礫に向けて、第四真祖が強大な魔力を叩きつける。
その赤い魔力が
「──
今の実力と前の実力を比べるとすごい落差があって驚きました。
プロットなんてなくて、穴だらけ。これ書いてる時すごく困りました:(´◦ω◦`):
頑張って完結させます。これからもよろしくお願いします!
感想、評価お待ちしております。