「さて…………行こうか、カヲル君」
『そうだね。レイ君の所在もはっきりさせないと』
2015年7月16日。この日は零号機の起動実験が行われる日である。とどのつまり……ラミエルがやってくる可能性もあるのだった。
本当は1ヶ月早いのだが、シャムシエルが予定より早く来たことや、使徒と戦うたびに初号機に充てられるはずだったパーツがシンジの善戦により全て零号機に充てられることになった。よってここまで早まったのである。
確かに時期だけ見れば早すぎる襲来のように思えるが、シャムシエルがあれほど早く来たのだ。ラミエルが早く来てもおかしくはない。
この結論に達したのは、数日前に行われたブレインストーミングの結果である。
恐らく、トウジの妹が怪我をしなかったことや、サキエルを暴走抜きで倒したという事が、世界における一つの因果律に干渉したのだろう……という結論である。
その結果シャムシエルもより早く到達した、という訳である。
最も、実際にはそんなオカルトじみた理由だけではなく、きちんと裏もある。いや、裏があるからこそ、「因果」と呼べるのかもしれない。
シンジたちは最初に「サキエルが早く、暴走抜きで倒されたからその分早くシャムシエルも来たのではないか?」という仮定を立ててもいた。
そこからさまざまな仮説を立てた結果、
なぜサキエルが早く倒されたのか?
勿論、シンジが早く倒したからだ。
何故早く倒せたか? シンジがトウジの妹を救いたいと思い行動したからだ。
早く倒したことで何が起きたか? 暴走も起きなかった。
暴走したらどうなる? いつもより戦闘力も高くなる。
纏めると、
早く倒された=次である自分もすぐに出向かねばならない。
暴走しなかった=そこまで戦力が無い=戦力が無いうちに叩きのめしてしまおう。
という「世界の心理」により、シャムシエルが動いたという仮定を立てた。
事実はどうなのか分からないが、
『使徒にも少しは知恵、そしてこれまでの記憶を持ちこす性質があるからね』
これはカヲルの弁である。使徒である彼の意見により、大幅にその信憑性も増したのであった。
そして、その心理に行きつくには上に挙げたようにそれなりに色々な因果が絡んでいることになる。
故に、「世界における因果律に干渉した」という結論に達したのだ。
そして、恐らくこれからも別行動を起こせば起こすほど使徒の展開も変わってくるかもしれない。
が、シンジたちはあくまでも楽観的であった。
「(まあ、僕たちが来たという事が一番の因果律そのものに対する反逆だしね。
それでもサキエルは同じ日に来て、全く同じ行動を取ったじゃないか)」
これはシンジの弁である。カヲルとしてもこれはご尤もな意見であった。
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ゴーン……ゴーン……
やはり何か機械が動く音が遠くから聞こえてくる。今は明るいから良いが、夜になったらかなり気味が悪いのではないだろうか。
ミサトかリツコ、あるいは自分と同居させることを検討しようかとも考えていた。
「綾波さーん」
まずはさん付けだった。いきなり呼び捨てすると、もし「あの」綾波じゃない時にかなり警戒されるだろう、という考えでのことであった。
声を掛けてみるが、案の定返事はない。
カチッ、カチッ。
試しに押してみるも、空鳴りするインターフォン。これまたあの時同様破損しているようだ。
「……入るよ?」
奇しくも科白は同じだが、あの時ほどの抵抗感はなかった。
もう既にシンジはレイのことをよーく知っているのだから、警戒するには至らなかった。
やはり、あの日のようにシャワーを浴びているのだろうか?
あの時は気恥ずかしさですぐ目を逸らしてしまったが……中学生とは思えないプロポーションであったことは覚えている。
警戒はなくとも、やはり目を逸らしちゃうだろうな、反射的に。いや、意外と助兵衛になっているかもしれない。
等と、過去に想いを馳せていると……
「……あなたは?」
奥から、仄かな青の籠った髪の少女が出てくる。
彼女こそが、綾波レイ本人である。
しかし、この様子からして―――残念なことに、覚えてはいないようであった。
考えてみれば残念でもなく当然で、シンジはリリン、つまるところリリスの子供である。
アダム一体に対してリリス、リリン。初号機も含めればもう一体リリスもいる……いや、確か初号機に関してはアダムだっただろうか?そこまでは覚えていない。
兎も角、神の化身と呼べる存在が同時に4体も時空間を移動したのである。
カヲルが体内意識に留まったように、あのレイは消えてしまったのだろうか。
けれども、それならそれで仕方がない。
一先ず、声は掛けることにする。
「僕は、碇シンジ」
「そう」
「このカード、リツコさんに頼まれて届けに来たんだ。新しいカードにしたんだって」
「そう……頂くわ」
そういうと、シンジからカードを受け取る。
心なしかその動作は前よりは優しめであった。
「(よく考えたらそうだよなあ……あの時の綾波にとって大事な人だった父さんの眼鏡を勝手に掛けた挙句、その……胸、触っちゃったし)」
『そう、らしいね』
前回の方がどちらかというと、因果応報であった。
「ネルフ、行くんでしょ? 僕も一緒に行くよ」
「……そう」
レイはあの時のように、静かにネルフへ向かっていく。
レイの家から本部まではそう遠くないので、シンジもそのまま着いていくことにした。
すたすたすた。
暫し、無言が続く。
レイは特に何か喋る気はないようだった。
シンジの方はというと、無言……厳密には、カヲルと脳内対話をしていた。
「(……どこに消えちゃったんだろう。綾波)」
『そうだね……いったいどこに行ってしまったのだろう』
「(消えてしまった、のかな?)」
『そこまでは僕にも分からないさ。全知全能ではないのだからね』
「(そうだけど……)」
『まぁ、それよりも今日は「あの」ヤシマ作戦の日だろう? あの雷の天使ラミエルを見事に落としたリリンの見事な作戦、是非生で拝ませて貰いたいものだね』
「(見事な、って言っても遠くからスナイプするだけだよ? 今回は普通に叩こうと思ってる)」
『そりゃ残念』
実はこのように思考の続くあまりシンジの歩行速度は少しずつ落ちていたのだが……目の前のレイはそんなことを気に留めずに歩いている。
最も後ろを向いて歩いている訳ではないので当然ではあるが。
数分程歩くと、そこはもうネルフ。
例のあのエスカレーターで、シンジはレイに引っ叩かれたことを思い出し苦笑していた。
「(あの時の綾波のビンタ、やっぱちょっと痛かったなあ)」
「……君?」
「(……でも、ちょっと目覚め……いや、なんてことを想像してるんだ)」
「碇君?」
「(まあ戻って来たし、まだチャンスはあるよね、ふふふ……)」
「碇君?
「わわっ!?」
気付くとレイが目の前でじーっとシンジのことを見つめている。
自然と顔が熱くなる。
「……何を笑っていたの?」
「あ、ああ綾波。いや、ちょっと懐かしい感じがしてね」
「懐かしい? ……わからないわ」
「え……あ、そ、そう」
「……?」
レイは不思議そうな面持ちである。
その無垢な目に思わずどきりとし、吃ってしまうシンジであった。
しかし、そんなことにも構っていられないことが起きた。
その三時間後、零号機の実験は終了した。
シンジはケージの近くにある自販機コーナーで、普段着の下にはプラグスーツを装着して待機していた。
理由は当然、この後に訪れるであろう第五使徒ラミエルを想定したものだ。
ここで、シンジは終了の正式なアナウンスを聞くとともに異変に気付いた。
そう、正式に「終了」したのである。かの実験が。
「そんな……馬鹿な?」
シンジは一人驚いていた。厳密には、内心のカヲルもだが。
『コレは……想定外だね』
「(うん……)」
何故彼は驚いているのだろうか?
理由は単純だ。
第五使徒ラミエルは零号機の実験終了直後に訪れた。あの時は突然の襲来と言うこともあり、正式な終了アナウンスは流れていない。
結果、シンジは実験直後というあわただしい空気の中で射出され、あの加粒子砲を受けてしまったのである。
が、今回は違う。実験は無事終了し、レイは今更衣室の中だった。
ゲンドウやコウゾウも既に司令室に戻っている。
逆に言えば、慌ただしい雰囲気の中ラミエルが来ない可能性も浮上してきているのでシンジとしては喜ばしい筈なのだが……
「(……カヲル君。今は家に帰ろう。また考えを練り直すんだ)」
『そうだね。今は慌てても仕方がないさ。こういう時は……美味しいものでも食べて、落ち着こうよ』
「(……それってカヲル君が美味しいもの食べたいから言ってるだけなんじゃないの?)」
『……ふんふんふんふんふんふんふんふん♪ ふんふんふんふんふーんふふーん♪』
鼻歌で誤魔化された。しかもよりにもよって第九の鼻歌である。
もしやカヲルは第九以外の曲を知らないのだろうか? と思ったのはまた別の話。
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宣言通り、シンジはスーパーマーケットに来ていた。
「……おや、アレは?」
今日はカレーの予定である。カヲルはどうもカレーが好きなようで、食べる度に『カレーは良いねえ、リリンの食文化の極みだよ』などと言っている。
シンジも特段嫌いな食べ物はないので、何となくカヲルに合わせてカレーをしばしば作るのであった。作り置きも出来る便利な料理である。
そんなシンジが見つけたのは、意外と言う程でもないがリツコにミサトという、ちょっと変わった組み合わせだった。
本人たちからすればお互いに友人関係ではあるが、
他のネルフ関係者からすれば作戦部と技術部は実のところエヴァによる作戦行動時を除いてそこまで接点はないのである。
「ミサトさんに、リツコさんじゃないですか」
「あら~シンちゃん奇遇ねえ」
「シンジ君はどうしたの?」
「カレーの材料を買いに。二人は?」
「それがね……ミサトもカレーを作る気らしいのだけど」
「え……?」
「んっふっふ~、シンちゃんもたべるぅ?」
「え……」
赤い海で体験した記憶によると、人知を超えた味であった。聞いた話ではこれを食べた加持は一週間ほど大学を休まざるを得ないことになっていた程の、相当なもの。
つまるところ、大変な凶器を生み出すことを意味していた。通称「ミサトカレー」。このままではリツコもそうだが、彼女の同居人(?)である、温泉ペンギンのペンペンの命運も風前の灯火である。
「リツコったら『アンタのカレーははっきり言ってヤバい味だから材料が大丈夫か確認する』だなんて言うのよ、酷い話よねぇ……シンちゃんなら分かってくれるわよね、ウッウッ」
「と、突然くっつかないで下さいよぉ……」
「あたしは事実を言ったまでよ」
シンジにしがみついてさめざめと泣きだすミサト。勿論嘘泣きなのはバレバレである。
とはいえ、いつラミエルが来るかわからない状況でリツコに倒れられるのも困る。そこで……
「……良ければ、僕が作りましょうか?」
「あら~、でも悪いわよぉ」
「どの口が言うのかしらミサト? シンジ君、いっそのことお願いするわ」
「ええ、構いませんよ」
意外な形で史実に近い食事をとることとなったのであった。
暫くして買い物を終えると、ミサト宅へ向かう。前史ではかなり荒っぽい運転だったが、今回は幾らかマシなようである。
夜の帳もそこそこに、やや静かなコンフォート17、ミサト宅でもあるマンションに到着した。
そういえば、ミサトの家と言えば――――
「たっだいま~」
「お邪魔するわ(します)」
ガチャン、と扉が開いたその時。
どささささささ。
クワァッー!!
どこからか凄まじい物音、そして鳴き声が響いている。
「あら、折角端っこに寄せたのに崩れ落ちてる~……また直さなきゃあ」
「ミサト……あんたいつになったら部屋をきれいにする習慣が付くのかしら」
「えへへぇ」
後頭部に手を当てて苦笑いするミサト。
「…………」
『……想像以上だね』
「(……そうだね)」
そんなミサトがしゃがんでいる目の前にある―――――ゴミ袋の山。
その麓には何やら人間とはまた違った生物の腕が見え隠れしている。ピクピクと動いており、救援を求めているのは火を見るよりも明らかであった。
「葛城さん、なんか蠢いてますよ、そこ」
「えっ? あらペンペン、これもしかして貴方が崩したのかしら?」
ぴくぴく。
返事をしようにもしようがない「ペンペン」と呼ばれる生物。唯一出ている片腕をブラブラと振る位しかこの窮地を脱出する術が残されていない。
「ミサト、助けてあげなさいよ」
「しょうがないわねぇ……ほら捕まりなさいな」
ズルズルと黒い塊が引っ張り出された。最早息も絶え絶えである。
引っ張り出された黒い塊は冷蔵庫の方へよろよろと歩いていくと、
「……クエッ」
と一声鳴いて扉も閉めずに冷蔵庫の中へ倒れ込み姿を消した。いや、下段部ということは冷凍庫だろうか。
「葛城さん……」
「あぁ、アレは温泉ペンギンの一種で、名前はペンペン。あたしの同居人よん」
「いや、そうじゃなくて……部屋、掃除しましょう?」
その夜はカレーを作る以前にミサトの家の大掃除に使われ、結局カレーは作られることなく簡単なデリバリーピザによる晩餐となるのであった。
『わけがわからないよ』とはカヲルの弁である。どれ程カレーが好きなのだろうか。
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翌日。
碇シンジの朝は少しだけ早い。いつも通りの学校である。
昨晩の大掃除で痛む体を何とか起こして、軽い朝食を取る。
軽いとはいえ、程よくあぶったベーコンを含むBLTサンドに新鮮なバナナ、そしてキンキンに冷えた牛乳。
この牛乳を一気に飲み干すことで、冷たさの相乗効果と共に完全に覚醒するのが日常である。
「っはー、やっぱこの為に朝があるってもんだよね」
『シンジ君、何やら葛城一尉のようなことを言うねえ』
「(美味しいんだしいいじゃない)」
『まぁカレーにも合うしね』
ばしゃりばしゃりと顔を洗い、歯を磨くと制服に着替える。何時もの白いカッターシャツに黒いズボンである。
「じゃあ、行ってきますっと」
「よ~うセンセ、おはようさん」
「おはよう、碇」
「ああ二人とも。おはよう」
前史ではこの頃はまだ険悪な雰囲気だった気がするが、今回はそういうこともない。いたって良好な関係が続いている。
どういう訳かシンジが出てくるとこの二人が待機しているのだ。
いや、一応前史でもそうだっただろうか……まぁ、その時の二人の目当てはむしろシンジではなくミサトであったが。
「いや~残念だったなぁ…………」
「どうしたのケンスケ」
「コイツ、此間のドンパチを覗きに行こうとシェルター抜け出そうとしとったねん。まあいざ行ってみたら暗すぎてよう見えんから帰ってらしいけどな」
「もうちょっと近くに行けたら充分明るそうだったんだけどな……でも、大分距離があるんだぜ? あそこまで危険になるってこともそうそうないと思うんだけどな」
「いや、危ないよ。何が起こるか分からないからさ」
またしてもケンスケは脱出しようとしていたらしい……が、幸いにも暗かったらしく前回のようにエントリープラグに彼をぶち込むという事態は阻止されていた。
夜に現れてくれたシャムシエルに感謝感激である。まさか使徒に感謝する日が来るとはシンジも想定していなかった。
そんな風に他愛もない話をして歩いていると、学び舎こと第壱中学校が見え始める。
ここ第壱中学校では、意外と校則は緩かった。ぶっちゃけ白いシャツに黒いズボンであれば何も言われないどころか、トウジのように常時ジャージでも何も言われない。
そんな中学の校門をくぐった位の時に、シンジは見慣れた青い髪を目にした。
「あっ、綾波おはよう」
「……おはよう」
「えっ!?」
「ふぁっ!?」
このやり取りに驚いたのはトウジとケンスケ。そういえば、彼らはまだシンジとレイの間柄は良く知らない。
不思議そうな顔をするレイ。
「……なに?」
「どうしたの二人とも?」
「い、いや……綾波がまともにやり取りしてるの、初めて見たからさ」
「自分ら一体どないな関係なんやぁ?」
「あぁ、パイロットなんだよ綾波も」
「マジか」
好奇心をたぎらせた目を向けて聞いてくる二人であったが、特に気にせず淡々と返すことにするシンジ。
「でもあんまり騒ぎが大きくなるといろいろ拙いから出来るだけ内密にね」
「分かってるって」
「となると欠席が多かったのもロボット関連か、綾波も難儀やったのう」
「……そう? 分からない」
「あはは……まぁ、いつもはこうだけど仲良くしてあげてよ」
「お、おお」
なんて会話をしているうちにいよいよ校舎が目に入ってくる。
今日の一時間目は何だっただろうか、等と考えていたからシンジは気付かなかったが、
こちらに来て日の浅いことになっているシンジはともかく学校の2バカとして扱われていたトウジやケンスケと、無口なだけでかなりの美少女であるレイがともに登校しているという風景は結構異端なようであり、そこそこに視線が向けられていたらしいと言うことをケンスケから後ほど耳にすることになった。
一方で、そんな渦中の人物であるレイは一人、思考の海にダイビングしていた。
「(……懐かしさ。
昔の想いの痕跡……わたしの、昔の想い? 想いとは……何か、感情。どんな感情?
……分からない」
「(……感情。私が持っていないもの。いや、持っている……? 誰に対して……誰に? 碇司令? 副司令? 赤木博士? 葛城一尉? ……碇君?)」
「(……碇君、わたしと同じエヴァのパイロット。単なる同僚。
でも、不思議な感じがする。フワフワとしたような……でも、嫌いじゃない……これは何?)」
「(……分からない、でも、知らない人でも、ない? 何故?)」
レイの席は前回同様、窓際の一番後ろである。
居ない日の方が多く、その癖成績だけはどういう訳かかなり良いので教師も特に指そうという気にはならないらしい。
それをいいことに、レイの果てしない思考の海へのダイブは留まる事を知らなかった。
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結局ラミエルが来ないまま、一ヶ月が経とうとしていた。
シンジやカヲルも警戒はしていたし、訓練は定期的にこなしていた。
しかし一方で夏休みも始まり、トウジやケンスケらと遊んだりもしていたりと楽しい日々を送るものなので、
どこかでこのままラミエルも来なければいいな、と願い始めてもいた。
ネルフ本部内でも段々とサキエル戦後、及びシャムシエル戦後ほどの緊張感がなくなってきている。
元々使徒殲滅を目的とした組織なので、使徒に関わる仕事が無ければ大多数の人間もまた暇になるのである。
国連直属組織なので仕事はなくとも給与は与えられるが、仮にも軍事組織がこうもだらりとしているのは如何なものかと思える程には緊張感が無くなりつつある。
もし、この現実が誰かによって描かれた物語であるならば――――
このままラミエルが来ないまま、めでたしめでたしとなって欲しいとすら考えてもいた。いや、そうしてください神様とも。
そうなればサードインパクトも起きることはなくなるだろうからだ。
そうしていよいよ史実と同じ日が来ようとしている8月15日、定期的なシンクロテストも終わり帰ろうとしていたシンジはリツコに呼び止められた。
「シンジ君」
「何ですか?」
「レイにこれを」
「手紙……ですか?」
郵便で出せばいいじゃないか、とも思ったが、
そこはきっと機密になり得ることが書いてあるのかもしれない。
「直接渡せばいいじゃないですか」
「そうしたかったのだけど、もう帰っちゃったみたいだから……明日でもいいからお願いできるかしら」
「ええ、構いませんよ」
「ただ、明日行くならレイは臨時シンクロテストがあるから……出来れば午前の10時までに届けてほしいところね」
「わかりました」
まあ、シンジとしても別に悪いことではない。
レイが記憶を取り戻せるよう色々と取り計ろうとしていたのだが、どうも上手くいかない。だが接触しないことにはどうしようもないので、とにかく接触の口実は欲しかったのだ。
しかし、この日は既に21時を回っていた。
シンジは諦めて次の日に渡すことにした。リツコも明日で良いと言っていたので、大義名分付きである。
翌日、何かと早く目の覚めたシンジはレイの家へ向かった。
言われた通り10時までには間に合いそうだ。
「綾波ー、入るよ?」
一ヶ月前のように綾波家に入り込むシンジ。
この夏休みである程度接触していたので、もう抵抗感は欠片もない。
「うーん……居ないなぁ」
中に入ってみるものの、目当ての人は居ない。
しかし靴はあるので、トイレかなにかに……と思ったその時である。
レイが一糸纏わぬ姿で風呂場から出てきた。
「うわぁぁぁ!?」
突然の出来事に最早頭がついていけない。そして、やはりあの時のように目を瞑ってしまった。
しかし案の定というべきか、レイは裸を見られたことなど全く気にとめていない。
「……何?」
「いや、あの、その、この手紙を届けるように……リツコさんから」
「そう、ならそこにおいておいて」
シンジがおずおずと手紙を置くと、あくまでも淡々とした様子で手紙を手に取るレイ。
勿論、その間も衣服を着てはいない。整った肢体が眼に入るたびに申し訳なさげにしているしかなかった。
「……」
「あ、ちょっと!」
「……何?」
「ネルフ本部、行くんだろ? 僕も行くよ」
「そう」
暫く目を背けていたからか、気付くとレイが既に着替え終えネルフへ向かおうとしている。
慌ててレイについていくことになった。
手紙の内容は、リツコの言った通り臨時シンクロテストに関する物であった。
またも二人で例のエスカレーターに乗ることになったのだが、如何せん長いエスカレーターなので自ずと手持ち無沙汰になってくる。
そこで、なにか適当に話を持ちかけることにした。
「綾波は、どうしてエヴァに乗るの?」
前回と殆ど同じ質問である。
そして期待した通り、レイもあの時と同じ返事をした。
「絆だから」
「絆? 父さんとの?」
「そうよ。 貴方は、自分の父親との絆はないの?」
「……今の段階で、あの人とマトモな絆を持ってる人の方が凄いよ」
そう言うと、レイはあからさまに嫌な顔をしている。
シンジがああ、そういえば――と過去を思い出したかどうかのタイミングで、史実通りその頬に紅葉模様が付くこととなった。
その数分後、臨時シンクロテストが開始される。
一通りの準備が整い、レイのシンクロがスタートした。
……その時、である。
ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!
緊急事態を知らせるアラートが鳴り響く。
「……やっと来たのか」
『そう、みたいだね』
二人の言葉を裏付けるように、映像モニターには記憶に深く刻まれている青い正八面体が泳いでいた。
ごめんなさい。前回予告の通りラミエル編をお送りする予定でしたが、よく考えたらこの話もあるんですよね。
ラミエル編と合わせるとあまりに長くなってしまうので、
第四話を「レイ、心のむこうに」第五話を「決戦、第三新東京市」としてお送りさせていただきます。
7月の終わりごろに五話を投下して、その後日時調整となります。
それでは、今回もご一読ありがとうございました。