再臨せし神の子   作:銀紬

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こんばんは。大変遅ればせながら二十一話、投稿となります


第二十一話 男の戦い

暗闇の、部屋の中。

 

「それでは……第112回定例会を開始する」

 

八つのモノリスの影。そしてもうひとつ、生身の男の影もあった。この厳粛な雰囲気は常人であれば実に居心地悪く感じることだろう。

 

「それでは碇君。前回以降の使徒の報告を改めて、この場で願おう」

「分かりました」

 

ゲンドウが返事をすると同時のタイミングで、天井から一枚のスクリーンが下りてくる。

そこには雲ひとつない澄んだ青空、そしてビル街。そして、そうした風景に溶け込む要素がまるで皆無である不気味なマーブル模様の球体が映し出された。

 

 

――――第十使徒レリエル、襲来。

 

当初はパターンオレンジが観測されたものの、先制攻撃によりパターン青を確認。

サードチルドレンの提言により、遠距離射撃によって消滅。

 

その後、復活。

 

「復活、というにはいささか語弊があるのではないかね」

「左様。確かに頭部こそ酷似しておるが、それ以外はまるで別物だ」

「殲滅に至ったかどうかすら不明であった状況下でこれが現れました。死海文書の記述通りであれば、第十一使徒であるバルディエルも現れたのですから復活で間違いありません」

 

強大な力を得て復活した使徒に苦戦を強いられるも、

 

弐号機に使用された

 

「モード反転。裏コード、ザ・ビースト」

 

そして、

 

「グルルルルルッ……ウワォオオオオオオオオオオオオッッッ……!!!!!」

「シンクロ率……四百パーセントを超えています」

「その他全パラメータ振り切られています、計測不能……!」

 

初号機の、暴走。

 

これらにより使徒は殲滅された。

 

 

「これは……危険だったな」

「一歩踏み外せば早すぎる覚醒を迎えるところだった」

「だが結果はそうなっていない。この点には目を瞑るとしよう」

 

この後もこのように補完委員会の者々が何かと戦績に難癖を付けることになるが、ゲンドウはその全てを意ともせずにビデオ再生を続けた。

 

 

第十一使徒、バルディエル。

 

松代での三号機のシンクロ実験中、

 

「実験中止、回路切断!」

「ダメです!体内に高エネルギー反応!」

「まさか……使徒!?」

 

浅間山観測所から見える程に巨大な光が観測された。

実験場周辺百メートル四方を更地へと変える大爆発と共に、覚醒。

 

搭乗パイロットは脱出に成功、詳細不明。

 

 

「またしても、真希波マリか」

「今はまだ、我々の手駒。しかし……」

「彼女にもそろそろ鈴が必要な頃合いかな」

 

 

第十二使徒、アラエル。

 

衛星軌道上に突如、出現。

 

葛城三佐の提言によるポジトロンスナイパーライフルによる狙撃により、

 

『光線、届きます!』

『使徒、光線に対しATフィールドを展開。……直撃! エネルギーは減衰しましたが使徒への明確なダメージが確認されました!』

 

コアにダメージを与えることに成功。

 

しかしその直後、使徒、下降開始。

 

正体不明のATフィールドに近い可視光を初号機に照射。

精神汚染などの影響が疑われたものの、地上到達寸前で撃破。

 

初号機パイロットの精神汚染状態などの詳細データは不明。

 

 

……ここまでで、全ての映像が終了した。

 

スクリーンが天井へ再び巻き戻されたところで、一つのモノリスが口を開き、そこからさらに連鎖してゆく。

声色や語調こそ異なるが、中身は全員一致している。碇ゲンドウに対する、ここぞとばかりの口撃が始まっていた。

 

「パイロット以上に気になるのは初号機だな」

「然様。見た限りでは精神攻撃を受けた状態のパイロットが初号機を動かせたとは思えぬのだが」

「それとも、覚醒を遂げたのかね? であるとすればこれは計画外の出来事だ」

「覚醒の兆候は未だ見られていません」

「この一連の行動そのものが、既に覚醒を済ませているシグナル……ということはないのかね。碇君」

「計りかねます。そうであるとすれば、それこそ我々人類には知り得ぬ事態ですから」

 

碇は弁明を図るが、議員達の厳しい表情が揺らぐことはなかった。

彼らはその貌のままそこに続いてと順に碇を問いただしていくが、

 

「……諸君、無用な詮索はやめよ。時は無限ではない」

 

それを見かねてか、この影たちの長、キールが静かに声を上げた。それと同時に、各々の影は再び静まり返った。

 

「ご理解いただけて幸いです、キール議長。まず第九の使徒までに関しては、前回確認した通りです」

「ガギエル、サキエル、シャムシエル、ラミエル、アンノウン、イスラフェル、サハクィエル。そして、レリエルに、バルディエル。そして、アラエル、ゼルエル、アルミサエル」

「残された使徒はあと僅かのはず」

「……本当に計画通りに事が進んでいるのならば、な」

「我々ネルフは計画通りに事を運んでいます。あるとすれば、それは使徒自身が策を変えたということ。即ち我々には如何ともしがたい事態です」

「まあ、よい。すべては計画が実行されさえすれば詮無き事だ」

「度々のご理解、恐縮致します」

「だが分かっているな。君が新たな計画を作る必要はない」

「分かっております。全ては……ゼーレのシナリオ通りに」

 

碇のその一言と共に、老人達は消滅した。

 

老人たちが消えた後の部屋には、また別の老人、冬月の姿があった。

 

「我々の計画も進行しているだけあって、流石に彼らの疑惑も少し強まっているようだな」

「問題ない。幾ら彼らが疑惑を強めたところで彼らにはどうすることも出来んよ」

「だが……」

「以前であればここで多少は安全牌を切るところだろうが、今は違う。冬月、それが分かっていてもなお心配か?」

「……その強気がお前自身の過信でないことを祈っているよ」

 

冬月が碇の自信ぶりにやれやれとばかりに肩を下ろしたところで、

 

『緊急事態発生。パターン青を確認。各員持ち場へ戻れ。繰り返す。緊急事態発生……』

 

非日常を告げるアナウンスが響き渡ってきた。

 

「お出ましのようだな」

「ああ」

「初号機はどうするつもりだ」

「……問題ない」

「またしてもいやに自信たっぷりだな。ダミープラグの計画はレイの有様からして頓挫しているんだぞ」

「フォースを乗せる」

「ただでさえマークされている真希波マリを、初号機にか? 委員会が何を言うやら……」

「委員会にとっては初号機もまたエヴァの一機に過ぎん。サードチルドレンの手によってたまたま功を得ているだけの、計画を完遂するための機械人形だとな。……冬月。少し頼む」

「初めから俺に丸投げか。そろそろ司令を名乗ってもいいか?」

 

----

 

「後十五分でそっちに着くわ。エヴァ零号機、弐号機は発進。そうね、初号機は碇司令の指示に。じゃ」

 

戦線から数キロ程離れた場所からでも、その様子はよく見える。

 

「使徒を肉眼で確認、か」

 

自前の青いルノーで本部へと急行しつつ、ミサトは気だるげに呟いた。

その目線の先では白く輪状になった使徒が、雲一つない青空の下で神々しく、人類にとっては忌々しく輝いている。街中を浮遊する使徒、最早緘口令などはなんの意味も持つまい。

 

そこから本部までは、凡そ十キロほどの距離であった。

人間からすればちょっとしたマラソンが出来る程の距離だが、使徒からすれば些細な距離である。

 

『弐号機、第8ゲートへ。出現位置決定次第、発進せよ』

『目標接近、強羅絶対防衛線を通過』

「今日のはそれなりに強そうね」

「それなりで済めばいいわね」

 

軽口を叩き合う二人の少女はそれぞれエヴァンゲリオン零号機、弐号機のパイロット。

その目線の先には、青空、ほぼ無傷の第三東京市、そして……迎え撃つ敵の姿があった。

 

それは第十六使徒、アルミサエルに酷似した姿であった。

かつての時のようにその身を発光させ、ぐるぐると周期的に空中を旋回している。その姿は、時折天使の輪を彷彿とさせる。

使徒はそのような輪状を維持しつつ、確実にジオフロント直上へ接近しつつあった。目標は言うまでもなく、ジオフロント地下に眠るリリスであるのだろう。

 

『綾波レイ。分かっているね? あの使徒は強敵だ』

「(大丈夫よ。それに……今回はセカンドだっているもの)」

『シンジ君の為だ、頼んだよ』

 

この時点において、ここ数回の使徒戦の例を鑑みて敵の戦闘力は未知数。

もしくは例え前史通りであったとしても、それはそれで大変な強敵であることを意味していた。しかし、せめて口でくらいその勝利を予告せねば、それ以外に勝利を語れる場はないかもしれない。それ程までに、目の前の敵は強い。前史での戦いの結果が何よりの証拠である。

 

「まだかしら、私の相手は」

 

綾波レイが黙々と戦いに備える一方、矢継ぎ早にコクピットへと入る使徒の情報を聞き流しながら、好敵手を求め笑みを浮かべるのは弐号機のパイロットたる式波アスカである。

はっきり言って、使徒の情報などよりも開戦の知らせの方が今の彼女にとっては福音となりえた。心なしか、この日は一段と気分が高揚していた。あたかもこの好敵手に巡り合うということを身体が予知していたかのように。

コクピットの中にいてもなお感じられる、使徒特有の禍々しい波動ともいえるものが彼女の第六感をビンビンと刺激していたのだろう。

 

「目標は、大涌谷上空にて滞空。定点回転を続けています。A.T.フィールドも健在」

 

使徒は暫く空中を漂うのみで、破壊活動などをする気配はなかった。

距離もまだそれなりにある。いわゆる、膠着状態。

 

その時緊張感がピークに達しつつある本部に、漸くミサトが走ってきた。それを見たリツコは、この状況下で遅れてくる女を視線で冷たく咎め、言葉で迎えた。

 

「何やってたの」

「言い訳はしないわ、状況は」

 

ミサトはその冷たい視線を流して、即座に思考を戦闘モードに切り替える。この時の彼女には、使徒を肉眼で確認したというだけで、使徒の特徴や戦闘力といったデータが何より必要だった。

 

「膠着状態が続いています」

 

状況報告の命を受け、まずはマコトが外見上の報告を、

 

「パターン青からオレンジへ、周期的に変化しています」

 

そしてシゲルが使徒内部の報告を、

 

「どういう事」

「MAGIは回答を保留しています」

 

そしてマヤがMAGIによる分析報告をそれぞれ行う。このように各々の仕事が綺麗に分担された、恐らく世界でもそう多くない優秀なチーム。そして、優秀なコンピュータであるMAGI。

しかしそれらを以ってしても、

 

「答えを導くには、データ不足ね」

 

使徒という生物はまるで解析出来ない。

 

「ただあの形が固定形態でない事は確かだわ」

「先に手は出せないか…」

 

更に人類にとって都合が悪いことに、使徒という生物は気まぐれである。そして、強い。いついかなる時も、人類を蹂躙する手段に事欠かないのである。

 

仮にそれを行わないとすれば、たまたまその瞬間において、その手段をとらないだけ。

戦略的な理由か、それとも、――例えば、破壊活動を終えた後など――取る必要すらない状況なのか。

使徒という生物がかなりの高精度で解析できていればそれも明らかになるのだろうが、生憎そうではないのが経った今のやり取りで実証済みだ。

 

しかし、それを行わない理由は分からなくても、行おうとするその瞬間が分かる者ならいる。

それも、

 

「いえ、来るわ」

 

直感という、まるで精度のない形で、である。

 

それはあまりにも不確かな情報なはず。しかし綾波レイはこの時、それが分かる者であった。

戦場に出ている者特有の勘。それは時として、一般的な科学常識程度であれば超えることもあるのだ。理論的ではないという反論もあろうが、理論を超えた直感。これはこの戦場において確かに存在していた。

 

「Gehen!」

 

そしていち早く飛び出した式波アスカもまた、それが分かる者の一人であった。

相手の動きを二手三手と読む、そして怖気づくことなく相手を叩くことが出来る。

これは相手が人であっても使徒であってもけしてぶれることのない、彼女特有の強みである。

 

その一方で使徒は、零号機の方へ向かってその細長い体躯を伸ばしてきた。それは前史におけるアルミサエルを彷彿とさせる動きであった。

前史通りであれば、此方のエヴァに物理的接触を行った後、侵食を試みるはず。そして今のパイロット二人はどちらもそれを知っている。

 

一通りの攻撃を避ける零号機と弐号機だったが、一方で兵装の一部は使徒に瞬く間に破壊されてしまった。

 

一見、不利に見えた状況。ただ、それでも一人、この状況を純粋に楽しむ者も居る。それもまた、式波アスカだった。

 

「ふん、鈍いわ」

 

ウネウネと襲い来る使徒の攻撃を瞬間的に回避する弐号機。

弐号機の身体は彼女の動きたいように舞い、使徒の身体をその両手を以ってとらえた。不利に見えた状況も、この瞬間に逆転した。

 

そして、その身体を握りしめる。

 

今回の戦い。前史と異なるのは、弐号機の存在。より正確に言えばそのパイロット、式波アスカ・ラングレーがその身に潜ませる圧倒的な戦闘力。

彼女の能力は先天的にも後天的にも人類の範疇で果たして説明がつくのだろうか。そう疑ってかかりたくなるほどの凶悪な力だった。あるいは、全人類、いや全生物の中でも最強。即ち、地上最強と言える圧倒的な力。

しかしそれがこの場において発揮されるのであれば、人類にとってそれ以上にない頼みの綱でもあった。

 

さらにさらに、この闘いで仮に彼女が戦闘不能となってしまったとしても弐号機さえ動けば、これまた未知数の能力を持つ真希波マリ・イラストリアスが後続に潜む。

彼女はこの世で数少ない今のアスカに比肩しうる一人である。

前史では零号機しかまともな戦力がなかったので、仮に相手があのアルミサエルであっても自爆なしでも勝つ可能性は充分にある。

 

その期待に沿うように、使徒の身体が上下からくるその圧力で悲鳴を上げ始める。

ATフィールドが辛うじて働いているが、それ以上の出力で潰されようとしている。

 

初めはATフィールドの干渉音にとどまっていたのが、次第に物体が引きちぎられるとき特有の音が響きはじめる。

最初はただ握られただけだと高を括っていたのだろうか、初めは握られた部分に何ら抵抗を示さなかった使徒だが、こうも破壊が進むと事情は違う。さも慌てたかのようにATフィールドを掌握されている部分に展開しようとする……が、

 

「遅い」

 

それによって妨げられる前に、プラグ内においてなお分かる程の音量の鈍い音と共にその体の一部が完全に押しつぶされた。蛇のように長い体躯をだらりとさせ、まるで動かなくなる使徒。

 

「どうかしら、ファースト。戦いは常に無駄なく強く、よ」

 

動かなくなった使徒を、そのまま地へと叩き付けてやる。その衝撃で、潰された部分から使徒は二つに分断されてしまった。

大通りに打ち付けられた使徒の体躯は乗り捨てられた車両などを破壊し、その衝撃で更に傷を増していった。

 

 

非常に呆気なく、勝った。

 

 

……その瞬間は誰もがそう思ったことだろう。だが使徒は人々が思っているほど脆弱なものではなかった。

 

「まだ、動いてるわよ」

「へえ?」

 

レイの言う通り、まだパターン青の消失は確認されていなかった。それを裏付けるかのように、使徒は再び動き出す。

初めはピクピク、と痙攣していた。例えば殺されてすぐの生物が、直前まで動いていた筋肉の動きが止まることなく、それが震えとして現れる……そんなように。

だが、それから更に少しすると、何事もなかったかのように使徒はそのまま再び活動を開始した。二つに分裂した状態、そのままで。

それはまるでイスラフェルのような特徴であったが、今回はイスラフェルとは異なり、純粋に分裂したという様相だった。

しかしそれを聞いたアスカは戦くどころかむしろ歓喜する。自分を昂らせる存在がまだまだ戦えることに。

 

『ぬゎんてインチキ!』

『いつぞやの使徒にソックリね。体型的にもプラナリアあたりを模したのかしら』

『感心している場合じゃないでしょ……アスカ! レイ! 一対一で対応して』

 

二つに分裂した使徒に対峙する二機。

弐号機は元々のスペックの高さもあり依然として圧倒的な立ち回りを見せているものの、零号機は途端に少し厳しい戦いを強いられ始めていた。

何分厄介なのは、スピードなどの基本的な能力は全く変わらないというところであった。分裂しただけ全長がちょっと短くなったようではあったが、襲撃スピード、そしてその威力にはなんら影響がなかった。

 

であれば、レイには少し荷が重い。しかしリリスの力を解放する訳にもいかない。

 

「へぇ、分裂も出来るのね。面白いじゃない。ファースト、キツいならあたしに二体とも任せなさい」

「まだ行けるわ」

「そう。足手まといにはならないでよね?」

 

急変する戦況の中でも変わらずに軽口を叩き合う二人の少女は、再び目の前の敵へと斬りかかった。

 

---

 

一方、戦闘から数時間前のことである。

 

緊急避難に励む住民の流れを一人逆らい、歩みを進める少年。それが碇シンジであった。

 

「おいっ、逃げ遅れるぞ!」

「そっちは逆だぞ!」

 

時折このように、呼びかけてくる人々もいた。けれどシンジはその全てを黙殺し、逆側に歩みを進めていたのだ。

その方向に何があるのかはシンジ自身よくわかっていない。

 

この時の意識はふわふわとしていた。眠いような、そうでないような、ただ不思議と欠伸は出てこない。

 

もうすぐ使徒がやってくる。下手をすれば、あと数時間もしないうちに人類は滅亡する。

自分が行けば、滅亡しない確率はそれなりに上昇するかもしれない。

 

と、あれば。行くのが筋か。

 

しかし、シンジは無力感を覚えてもいた。

 

客観的に判断すれば、けして彼は無力ではない。

それどころかネルフの戦力としては総合的な観点からして―――レイは言うまでもないとして、アスカは強いが命令に背きかねない、マリに至ってはその場にいないことも多々――ということで、ほぼトップと言っても過言ではなかった。

 

だがそれでも、シンジは無力を覚えていた。

 

頭ではわかっている。所詮はこの思いが使徒によるまやかしに過ぎないことを。しかし、心がこれを赦さないのだ。

起こる出来事を知っていてもなお防げなかった幾つかの不幸。未来を知っていてなお自分が変わってなどいないという指摘。

 

何時までも気に病んでいることではないということに気付かないのもまた、成長なき証ということか?

 

シンジの歩むその道は今のところ少なくともネルフとは北西に八十度ほどずれた位置を進んでいた。

なので、彼はけしてネルフに向かっているという訳でもなかった。

 

ともすれば、これもきっと恐らくは運命の悪戯という奴なのだろう。

もう既にどれ程進んだだろうか。気付けばビルよりも山が目立つようになり、人も殆どいなくなったところで、

 

「シンジ君じゃない」

「マナ。どうしてこんなところに」

「それはこっちの台詞よ。何しているの、こんなところで」

「……僕はもう、誰も助けられないから」

「……」

 

霧島マナに遭遇することも。

 

マナはシンジの様子を見て、少し考える素振りを見せた。だがすぐにいつもの柔らかな表情に戻ると、シンジの手を引いた。

 

「ちょっと、散歩しよっか」

「え?」

「散歩よ。これだけ離れた場所なら、すぐに危険にはならない筈よ」

「あ……うん」

 

マナにそう言われてみると、確かに距離はともかくとして、ここは使徒の先ほどまでの進路上であった。

サードインパクトが起きたりすれば話は別だが、わざわざここまで使徒が戻ってくる、ということはすぐには起こりにくいだろう。

 

マナとシンジは、暫くの間空っぽの道を歩いた。時折遠方から戦闘に伴う爆音も聞こえてくるが、非日常に慣れているシンジは勿論、どういう訳かマナも然程気にしている風には見えない。

 

「一度やってみたかったんだ、戦場デート」

「何それ?」

「戦場……といってもそこから少し離れた場所でだけどね、こうして一緒に散歩したり、開いてる店で買い物したりするのよ」

「へえ、そんなものがあるんだ」

「うん。戦場がすぐそばにある以上危険なのは変わりないけど、リスキーな分吊り橋効果よりも効果は大きいのよ。どう、ドキドキする?」

「それ程でもないかな」

「私は結構してるんだけどな。確かめてみる?」

「い、いいよ。マナって刹那的なんだね」

「それ程でもないよ」

 

二人の雰囲気は然程普段と変わらなかった。マナがおどけてみせて、シンジが苦笑いでそれを流す。けど、たまに悪ノリもしたりして。

普段より何十倍も命の危機にさらされているにもかかわらず、二人の様子はその辺りで見かけられるカップルと相違ない。

 

けれど、それも長くは続かない。

 

暫く歩くうちに二人は、驚嘆すべき瞬間を目の当たりにした。

 

それは前史でも異常なまでの硬度を誇っていたほどの使徒がいともたやすく、弐号機の手によって両断された瞬間である。

握られている間は抵抗すべく暴れまわっていた使徒も、その瞬間電流が走り回ったかのように動きを止めてしまう。

 

「やったの?」

「……」

「シンジ?」

 

マナの声色が一瞬安堵の物に代わるが、シンジの目は鋭いままだった。それを見て、この戦いがこうも容易く終わるものではないことをマナは本能的に察した。

それとほぼ同じタイミングで、使徒が活動を再開するまでもをその目で見届けることとなった。

 

「まだやられない、ってわかったの?」

「ううん。ただ、油断出来ない相手なのは間違いないからね」

「そう。……一筋縄では、いかないのね」

「でも、赤いエヴァのパイロットは、とても強いから。きっと大丈夫」

「シンジよりも?」

「多分ね」

「その人を知らないから何とも言えないけど、私はシンジのほうが強いと思うな」

「マナは僕を買いすぎだよ」

「そうかな、まだやられないのを見抜いていた貴方なら、動きが止まっていた今さっきにとどめを刺していたはず」

 

二人の様子もまた驚くほど落ち着いていた。

幾らここが前線でないとはいえ、零号機が前史のように自爆してしまえばここもただでは済まない。特にシンジはそれが分かっているはずなのだが、それでも二人は落ち着いていた。

 

ところで、戦況はいつまでも膠着状態ではなかった。分裂した使徒は、分裂前と全く同じ動きを二体同時に仕掛けてくるのだから。

 

弐号機はそれでも善戦するが、零号機は少し怪しくなっている。

当然ながらこれほどの状況ともなると、弐号機もいつまで持つか保証出来るものではない。

 

「……」

「マナ?」

 

じっと戦いを見つめていたマナが、ゆっくりとシンジに向き合う。

戦いに見入っていたために突然に現れたように見え、少し驚いてしまう。

 

劣勢になりつつある闘い。それを見てか、その目は意を決していた色をしていた。

 

「シンジ。本当に、……本当に、乗りたくないだけ、じゃないのね」

「その、筈だよ。僕は確かに乗れなくなった」

「そっか。もし……少しでも、心当たりがあるなら……今からでも、行った方がいいと思って」

 

マナの目は、シンジの方を真っ直ぐと見据えている。

 

「そうだね、でも」

「でも、何?」

「マナ……」

「ごめんね。強要できることじゃないのは分かってる。これがシンジにとって決して簡単な選択肢じゃないってのも、シンジの様子を見ていたら分かるわよ」

 

マナがゆっくりと語る間にも、兵装ビルは次々と破壊され続ける。エヴァ二機の攻撃も、ATフィールドによって阻まれつつある。

下手に動くと挟撃が待っている。それが自然と二機の動きをがんらがじめにしているのだ。

 

「それに、私としてはこのまま世界の終わりをシンジと……大切な人と一緒に見届けられるのも、それはそれで一つの在り方だと思ってるの」

「……」

 

世界の終わり、という一言にシンジは目を丸めた。

 

幾らなんでもあの弐号機がいるのだから、そのまま終わるということはないように思う。しかしマナのその言葉には、何か確信めいたものを感じられる。

 

人類がここで使徒に敗北し、世界が、終わる。

 

ここまで想定以上にとんとん拍子で進んでいたこともあり、思い至ることすらなかったその一言。

 

 

世界が、終わる。

 

前史では、そんな自覚はなく。そして今は、どこか潜んでいた慢心によって現実味がなく、結局としてその重みを感じることのなかった言葉。しかし言われてみればその通りである。

 

幾度となく聞こえてくるある程度の距離があってもなお声を阻む強烈な音。それでもマナは何度でもその言葉を言い直した。

 

「でもね、シンジがそれでいいと思っているのかは私には分からない。このままでいいと思うならそうすればいいと思う」

 

もし、本当に世界が終わってしまうならば。

 

このままでいい訳が、ない。

 

 

ふと気づくと右手に感じる、しっとりとした暖かさ。

 

「でも、もし後悔が……そうでなくても、心当たりが少しでもあるようなら……」

 

マナの左手は、いつの間にかシンジの右手をとっていた。

 

「私は例え嫌われてでもネルフに連れていく」

 

いつも通りに見える彼女の決心は、覚悟は、大変に強固だった。

それは、繋がった手から確かに伝わってくる。身体に、冷え切った心に、確かに伝わってくる。

 

 

その時シンジは、不敵に笑った。

 

『誰も君に強要はしない。自分で考え、自分で決めろ。自分が今、何をすべきなのか』

『ま、後悔のないようにな』

 

まさか。まさか、自分に一筋の光を差そうとする言葉が、全く同じようなタイミングで、同じような言葉だったとは。

もしや、これも全て予定調和のうちだったというのか。

なんて皮肉なことなのだろうか。全ては予定調和だった。

 

この瞬間の為に用意された、世界の運命。

 

けれど、それなら。それならなおのこと、今ここで立ち上がらないわけにはいかないではないか。

エヴァは心で動くのだ。だったら……だったら今からでも、動かせるかもしれない。

 

シンジはこの時、初めて真に立ち直った。

 

使徒の攻撃やそれに伴い度重なる不安。その全てが茨となり薔薇となり、それをはぐくむ土となり水となり陽光となり、ついには闇となりシンジの心を塞いでいた。

だがその塞がりかけた心に少女の心からの行動によって一転、光が注がれ始めたのだ。

 

「シンジ?」

「マナ。……ありがとう」

 

シンジはマナの手を優しく解くと、一直線へ走り出した。

 

その両脚が目指すはネルフ。

 

辿り着けるか辿り着けないかではない。

辿り着いてみせるのだ。

 

ネルフへと、そして自分が元々目指していたはずの未来へと。

 

「やっぱり、そういう人か。私の見る目に間違いはなかったということね」

 

目の前にある、消えかけた一筋の光を追いかけた想い人。

その背中を見届けたマナの足は、ふらりと後を追うように歩みだした。

 

----

 

「そう、そうよ……もっと、もっと私を楽しませなさい……!」

 

使徒が二体に分かれたのちも弐号機の猛襲はまるで衰える気配を見せない。

それどころか弐号機は歓喜ともとれる雄叫びをあげ、数の差を感じさせない迅速な動きで動いている。

 

一方の零号機は近接戦闘は弐号機に任せ、後方からの射撃で弐号機を支援している。

一見して非常に有利な状況が展開されてこそいたが、同時にまったく倒されない使徒に発令所の一同は不気味さを感じ始めていた。

 

「戦況は一見して圧倒的。弐号機、零号機共に損傷はほぼなし。だけど……何故あの使徒は倒れないの?」

 

ミサトの口走ったその一言は、本部の雰囲気を次第に不安の一色に染め始めた。それに一瞬遅れて気付いたミサトは自分の呟きを悔やむことにになる。

 

だが、たとえミサトがここで呟いていなかったとしても、恐らく誰もがやがてこの状態の違和感に気づくはずである。

 

そう、異常。それがこの状況を形容できる二文字である。

 

そしてそれは、戦線に立つ彼女たちが気付かぬはずもなく。

 

「(おかしいわ。前の時より明らかに耐久力があがっている)」

『妙だな……動きはそのままだというのに。何故だ?』

 

レイもまた不審に思っていた。何故あの弐号機が最早破壊ともいえる猛攻を続けているにもかかわらず、使徒は殲滅されないのか?

そしてそれはアスカも例外ではなかった……尤も彼女の場合、増えるだけで単調な戦闘に飽きを感じ始めていたというのもあったが。

 

そして、

 

「おかしい……使徒のダメージ量が明らかに変動していません」

 

マコトのその報告がパイロットたちの疑念を確信へと変えた。

この場合のダメージ量とは、使徒が実際に負っているダメージというよりも単純な見た目の損傷率に過ぎず、本当にそのダメージを使徒が負っているかは定かでない。

だが、見た目にすら変化が表れていないということ自体は、殆どの攻撃が効いていない証拠になる。

 

「通りで埒が明かないわけねぇ。……ファースト。聞こえる?」

「何、セカンド」

「少しだけ時間を作りなさい」

「なぜ」

「いいから!」

 

金属のぶつかり合いのような音が響くと共に、弐号機は一度後退した。

弐号機を追いかける使徒は突然の後退に対応できず正面衝突した。それが音の正体だった。

レイは少し釈然としないところもあったが、その隙を逃さない。使徒の集う地点に射撃を集中させ、弐号機への襲撃を阻む。

 

「アスカ。何をする気?」

「……心配しなさんな、ミサト。この戦い、終わらせるだけよ」

 

アスカの一声と共に、弐号機の背中から煙が立ち込める。

たちまち筋繊維は膨れ上がり、普段は紅い装甲の下に眠っている赤黒い素体が見え始める。

 

その時、分裂したうちの一体が零号機の集中射撃の魔の手をついに逃れ、動きを止めていた弐号機の方に差し迫る。

が、それは強力なATフィールドによっていとも簡単にはじき返されてしまった。

 

その様子をみて、

 

「……何故、そのコードを?」

 

驚愕の声を上げたのはリツコだ。

 

弐号機に乗っているのがマリならば、技術部兼任である以上はこのコードを何らかの拍子で知った可能性は無きにしも非ずだが、アスカがこれを知っているのは本来はありえない。

 

あるいは、マリがそのコードを伝えた?

 

可能性自体は、多分にある。だがこのコードは、本来であれば門外不出。

 

しかし、そのありえない事象が今確かに起きている。であれば、それは現実として受け止めるしかないのである。

 

弐号機に、翼が生じる。その超常現象に、見る者すべてが言葉を失った。

赤黒い体躯、鋭利な角、橙赤色の光によって構成された翼。その姿はまさしく悪魔のようだった。

 

本部にて、その様子を見て息を飲む一同。

 

冷静に考えてみれば「あの」アスカだ。

 

普通の少女であればこの疑問も浮かびうるだろうが、そこにいるのは言ってしまえば得体のしれない少女の皮を被った何かといってもいい。

 

誰もがそれを口にしないだけ。暗黙の了解ともいえるその事実。

 

であれば、如何なる機密を知っていてもそれ自体は何らおかしくはないのではないだろうか。

そうとまで考えて、リツコは少しだけ平静を取り戻した。

 

「……死に至る可能性すらも厭わないとはね」

「死に……?」

「その名の通り、敵対した者をその圧倒的な力を以ってして確実に殲滅しうるコード。

けれど、その代償はパイロットの命といっても過言ではない。本来はSSS級、司令、副司令、もしくは私しか知らない最重要機密コードよ。パイロットが知り得ることは想定外だった」

「じゃあ、アスカはこれが終わったら……?」

「どうかしらね。この状況下で無事という、「いつもの」オカルトを見せてくれるんじゃないかしら」

「そんな呑気な……」

「ここまでオカルト続きですもの。それに、使徒だってこれまでの個体より遥かに強い……人類では、届かないのではないかと思うほどに。であれば私たちに出来るのは、子供たちを信じることくらいのものだわ」

 

リツコがそこまで言ったタイミングで、弐号機「だったもの」が、「悪魔」に変質しようとするその瞬間を再び注視し始めた。

 

「聞こえてるわよ、ミサト。私が勝機のないことをやるとでも思ってるワケ? 私の策を信じなさい」

「アスカ……貴女」

 

咆哮をあげる弐号機。いよいよ戦意のボルテージが、最高潮まで上り詰める。

その間も使徒は弐号機への接触を試みるが、その全ては強大なATフィールドによって弾かれていた。

彼女を止められる者は、もはやどこにも存在してはいなかった。

 

そして、その一方で。

 

「……?」

 

その時、異変に最も早く気付いたのはレイだった。

弐号機が変異し続けるのと同時に、弐号機に潜むエネルギーが急速に変質していることが、使徒たるその身体では確かに感じ取れたのだ。

 

いや、厳密に言えば違った。

 

普段は弐号機から感じ取れることのない気配。いや、普段どころか、原理的には起こり得ないはずの気配。

 

それが変質しつつあるエネルギーの正体であった。

 

そしてそれは、カヲルもほぼ同時に感じ取ったことだった。

 

『何だ? あのエネルギーは』

「あれは…………まさか」

『! そうか。セカンドのあの力も、これが原因だったとすれば全ては説明がつく』

 

レイのただならぬ様子に自分の感覚の正しさを改めて再確認するとともに、カヲルの頭脳は一つの答えに辿り着いた。

そしてそれは、レイも全く同時であった。

 

「…………ダメ、それ以上はいけないわ。弐号機パイロット、それを止めて」

「あんた馬鹿ぁ? あいつは私が、この手で倒す。そう、倒すのよ……」

 

それ以降、ついに弐号機との通信は切断されてしまう。

そしてアスカ自身は、その変質したエネルギーに気付くことはなかった。

 

「……駄目!」

 

レイのその叫びは零号機のエントリープラグ内をむなしくこだまするだけであった。既に通信が断絶された弐号機のエントリープラグ内で一人笑みを浮かべるアスカへと届くことはなかった。

 

変質し続ける弐号機に対しても、恐れるという感情を知らぬ使徒は攻撃を試みる。

 

使徒の攻撃が届くかどうかのタイミングと、

 

「Komm, Verzweiflung」

 

アスカがそう呟くとともに、弐号機が先ほどとは比べ物にならないほどの凄まじい咆哮を上げるタイミングはほぼ同時。

 

その時凄まじいエネルギー量が、光となり音となり、そして爆風となり戦場を覆った。

 

その光は、暫くの間留まる気配がなかった。零号機、及びネルフ本部のモニターが再生できる最大の光量を維持し続け、それでもなお足りない程の凄まじいものであった。

 

 

本部は固唾を飲んで見守るのみであった中、レイとカヲルは冷静にこの状況を見ていた。

 

二人はこの状況を、完全に把握できていた。

尤も、把握できていたからと言ってこれといった対処方法がないのもまた事実ではあったが。

 

「遅かったわね……」

『どういう経緯かは知らないが、彼女はその身の内に孕んでいたというわけか』

 

やがて光が晴れるとともに、爆心部に佇むは影二つ。いずれも人型をしていた。

 

まず確認できたのは、無傷のまま、しかし変質前の姿でゆっくりと倒れ込む弐号機の姿。見慣れた装甲とあり、その正体を看破するのは簡単だった。

 

そして、もう一つ。レイも、ここにはいないシンジもかつて目にしたことのある姿。

 

かつて人類を滅亡の危機へと陥らせた、最強の天使。

 

『……力の天使の因子を、ね』

 

 

第十四使徒、ゼルエル。

 

そのものの、姿があった。

 

 

----

 

マナと分かれたのちのシンジは、どれ程の距離を走り抜けただろうか。

 

爆音に次ぐ爆音の音量は戦地に近づけば近づくほど大きくなっていく。時折飛んでくる砂埃が煩わしいことこの上なかった。

幸いにしてシンジが目指していたネルフへの入り口は戦場とは真逆の方であり、入るのは難しくなかった。

 

一度入ってしまえば後はエレベーターで格納庫まで真っ先に急行できる。

ネルフのエレベーターは他のビルなどに設置されているエレベーターよりひときわ早い最新鋭のものでこそあったが、それでも一秒一秒が惜しく、もどかしかった。

 

目的のフロアに辿り着くや否や入り口を飛び出し、格納庫へと急行した。そこには、前史でのサキエルやゼルエルの時同様、ゲンドウの姿があった。

 

「乗せてください!」

 

走り抜け、息も絶え絶えになりながら精一杯の声を張り上げる。その声は確かにゲンドウに聞こえたようで、ゲンドウはシンジの方を振り向いた。

ただし、ゲンドウの表情は変わることはない。あたかもシンジがこうしてやってくることが予定調和であったかのように、落ち着きを見せている。

 

「……シンジか。エヴァに乗れぬ者に用はない、帰れ」

 

やってきたシンジに対する応答も、普段通り淡々としたものだ。それこそが碇ゲンドウという人物たる所以である。そこに大きな自信があるからこそ、このような態度なのだ。

 

シンジの表情は、前史のあの時を彷彿とさせた。ゼルエルの猛攻をわき目にジオフロントを走り抜け、一度は決別したゲンドウに対して再び向かったあの時。

 

「何故なら僕は……僕は、エヴァンゲリオン初号機パイロット、碇シンジだからです」

「……」

 

自信はここにきて確信となる。

 

「乗るなら早くしろ。出撃の準備だ」

 

思うがままに動いた息子を見て、ゲンドウは内心でほくそ笑んだ。

 

----

 

使徒はゼルエルのほかにも、アルミサエルの片鱗もまだ残していた。かつてマトリエルとサハクィエルが融合したように、である。

その証拠にまず、かつて黒かった部分は頭部の一部を除いてアルミサエルを彷彿とさせる白を基調としていた。その他、ゼルエル特有のゆったりとした動きはそのままであったが、腕部から伸びるのはかたやカッター状の腕、かたやアルミサエルの体躯。それを交互に、あるいは同時に発現させていた。

 

『弐号機パイロットの異常なまでの闘争心が、ついにゼルエルの力を解放するトリガーとなったのか』

「(分析は後よ……戦いに集中して)」

 

しかし弐号機が動かなくなった今、戦闘力の差は歴然たるものがあった。レイの奮闘もむなしく零号機は追い詰められていく。

レーザーを避ける先には、触手が飛んでくる。触手を避ける先には、レーザーが飛んでくる。防戦一方とはまさに今の状況を示しているのだろう。

そしてついには腕部から顕在したアルミサエルの部分が零号機を貫き、前史同様に零号機への侵食を始めた。

 

「目標、零号機と物理的接触!」

「零号機のA.T.フィールドは?」

「展開中、しかし、使徒に侵蝕されています!」

「使徒が一次的接触を試みている……とでもいうの?」

「危険です!零号機の生体部品が侵されていきます!」

 

結局戦況は前史と同じになってしまった。となれば、残される道は敗北しかない。

一方で、

 

「初号機起動完了。シンクロ率、42.1%。起動指数到達しました」

「普段より低いけど……でも、なりふり構っていられないわね。初号機にレイの救出と援護をさせて」

 

初号機の準備も整いつつあった。

復帰したてだからか大分シンクロ率は落ちていたが、ある程度戦うだけならばどうにか支障はない。

しかし状況は初号機の準備を進める間にも悪化しており、

 

「目標、さらに侵蝕!」

「危険ね、すでに5%以上が生体融合されているわ」

 

既に機能を停止した弐号機はよそに、使徒はアルミサエル状の腕によって零号機への侵食を続けていた。

 

しかし前回とは異なるのが、使徒が精神へ入ってくる気配はないということである。力の使徒の因子の原因なのかは定かではないが、使徒は人類との接触というより、今はただ人に対する攻撃のみを旨としているように思えた。この侵蝕もあるいは単に力を求めての行動のように思えた。

 

だが精神への侵蝕をしてこようとこまいと、この現状が非常に危険な状態であることは言うまでもなかった。

このままでは間違いなく人類は敗北、サードインパクトも免れないだろう。

 

この状況に対し苦肉の策でこそあったが、レイは一つの決断を下した。

 

「(このままでは全滅ね……ねえ、渚君)」

『なんだい』

「(碇君は、どっちが嫌かしら?)」

『分からないけど、比較対象によるんじゃないかな』

「(そうね……今比較しているのは、私一人と、世界全てなのだけど)」

『それはやらないと決めていただろう』

「(そうね。けど、このままでは、いずれにせよ私は死ぬ運命。だったら)」

『……レイ君』

 

徐々に使徒に侵食されながらも、息絶え絶えになりながらも、言葉を紡いでいくレイ。

 

レイの考えるそれは本来、最終手段として用意されたものである。

 

『止める気はないんだね』

「(ええ……碇君に伝えておいて。人の心を、有難う、と)」

『人の心を……』

「ええ……こんな時に漸く、自覚したわ。本を読み続けていたのはこの時の為だったのね」

『なるほど、君は確かに人の心を手にしたようだ。使徒である僕にはまるでその思考が分からない』

 

己の命と引き換えに、世界を救う可能性を秘めたそのトリガーとなるスイッチが今引かれた。

皮肉なことに、それから僅かに遅れたタイミングで、初号機が射出されてくるのが視界に入る。

 

「(ほら。碇君が丁度やってきたわ。行って渚君。このまま私と共にいては貴方も消えてしまうかも)」

『こんな時になってようやくまともな呼ばれ方をされるとは』

「(早く愛しの碇君のところに行きなさい……このホモ)」

『やれやれ。最期まで憎まれ口を叩かれるとは。君はいつまでも君らしいね。少しだけ好意を抱いたよ』

「(……最期まで気持ち悪いとは。貴方もいつまでも貴方らしいようね)」

 

零号機が使徒の身体から伸びている触手を少しずつ、取り込んでゆく。それはまるで、前史においてアルミサエルが零号機の体内へと格納されていったように。

 

『リリスの力を解放すれば、助かるかもしれないよ』

「(いいえ、ダメよ。ここでリリスの力を解放しても怪しまれるのは碇君だもの)」

 

カヲルの提言も、レイの決心を揺るがせることはなかった。

結局これもまた仕組まれた運命だとでもいうのだろうか? だが、言葉でしか干渉できない以上、他に打つ手はなかった。

シンジが居れば、他の手を打ったのだろうか? いや恐らく、この状況であればシンジが居ても同じ選択を取ったのだろう。

 

『そうかい。……君の決心は分かった。さよならだね』

「(さよならなんて、悲しいことを言うものじゃないわ)」

『そう言われても、こういう時にどんな顔をして何を言えばいいのかな』

「(そう。私は知っているわよ、だって私はかしこいもの)」

『それでは、教えておくれ』

 

言われるや否や二コリ、と微笑むレイ。

 

「(こういう時は……笑えば、いいのよ)」

 

 

その微笑みはほんの一瞬。しかし、カヲルは確かにそれを記憶に焼き付けていた。

微笑みが、内側からの白い光によって照らされていき、

 

 

爆音に包まれるその瞬間を。

 

 

『覚えて、おくとしよう……』

 

 

----

 

静止もままならず、自爆した零号機。

 

もうもうと立ち込める煙は、莫大な犠牲と共にこの戦いの終わりを予見させた……

 

 

というのは、

 

 

「あや……なみ」

 

 

ひとびとの都合のよい妄想であった。

 

シンジの呟きは、虚空へと消える。絶望の色が、含まれていた。

 

そこには、全身が焼け落ちながらも確かにコアの輝きを保つ使徒の姿があった。

 

 

零号機の自爆をも耐え抜いた使徒は、その姿を更に異形なものに変えていた。

 

確かに、零号機の自爆は使徒をひとつ破壊させるに至ったようで、爆発の衝撃でアルミサエルの因子は殆ど消えてしまったようにみえた。アルミサエルの面影は腕部からもなくなり、元よりゼルエルも一部に有していた白い体色を除き殆ど残っていなかった。

代わりに容貌が第十四の使徒、ゼルエルのそれに限りなく近づきつつあった。焼け爛れた表面さえ元に戻ろうものなら、恐らくその姿は寸分違わずゼルエルであったのだろう。

 

恐らく彼の者は、ゼルエルとアルミサエル、何れも単純な戦闘において勝利することの適わなかった二体が融合した最強の使徒。アルミサエルの因子がなくなったとしても、そこにはまだゼルエルが存在する。

だが、首から下の姿はゼルエルとはまた別の姿であった。つい数日前まで目にしていた筈の……プラグスーツ姿を着たレイのような姿をしていたのだ。

 

シンジは暫し放心状態であった。

結局、前史通りにレイを死なせてしまった?

 

やがて爆煙が晴れ、使徒の姿がより鮮明に視認できるようになると……何かが腹の中で煮えくり返る感覚がしてくる。

初号機のシンクロ率もこの煮えたぎりに呼応するかのようにこの時確実に42.1%から上昇しつつあった。

 

使徒は、焼け落ちた第三新東京市の瓦礫とともに足元に転がる弐号機を無視して立ち上がると、己の力を確かめるようにビームを放った。

ビームを放たれた先にあったのは、二十近くにわたる装甲板。シンジ達の活躍によって無傷であり続けたジオフロントは、ついにその爪痕を使徒に残されることになった。それも地上の街々がほぼ全壊になった状態というおまけ付きである。

 

「二十もの装甲を、一撃で……!」

 

マコトの呟きには明らかな恐怖の色が伴っていた。

前史であればジオフロントには弐号機が待機していたが、今回は違う。

零号機は自爆、使徒の因子を奪われたアスカと弐号機は目に見える傷こそ少ないものの、アポカリプスモードの反動もあって完全に沈黙していた。

 

しかし、人類に一つだけ希望は残っていた。

 

「初号機、使徒の空けた侵入経路から使徒を追撃中!」

 

地上からジオフロントへとゆっくりと降下していく使徒を追いかけ、そして重力任せの自由落下と共に殴りかかる初号機である。見る間にシンクロ率を回復させ、その動きは以前までのそれとまるで褪色ないどころか、それ以上ですらあるように思われた。

突然の背後からの一撃に流石の使徒もまるで反応できず、そのままジオフロントの地面に叩き付けられた。

 

そのまま動けなくなる使徒と、そこにマウントポジションを掛ける初号機。形勢は圧倒的に初号機が有利であった。

 

「畜生……畜生!!」

 

シンジは使徒のコアに、感情をぶつけ続けていた。

 

その感情はどこに向かっているのか?

見た通りに、使徒に向かっているのか? 

綾波レイを死に至らしめた使徒に向かっているのか?

 

それもあるのかもしれないが、この時のシンジは死に至らしめる羽目になった、自分の弱さに何より怒りを覚えていた。

 

それとも、そもそもこれは怒りなのだろうか。怒りでないとすれば、何の衝動か。

 

その正体はともかくとして、シンジのこの湧き上がる感情は人類にとってこの状況を少しずつ好ましい戦況へと向かわせ始めていた。初めは傷一つ入ることのなかった頑丈なコアも、少しずつヒビが入る。

頭部を抑えつけられた使徒はビームを放つことすら許されず、初号機のなすがままのように見えた。

 

勝てる。その確信が、今のシンジを突き動かしていた。

 

そして……その確信は、実のところ百パーセントに近いレベルで本当のものであった。

レイの命と引き換えにアルミサエルの因子が取り払われた今、あるのはゼルエルの因子のみ。厄介な使徒であることには違いないが、今史のシンジと初号機であれば平常時であれば概ね完封に近い勝利が出来た筈である。

 

だが、その盤石に近いはずであった勝利。それは、揺れ動く感情によって盤石ではなくなってしまっていた――頭に血が上り切ったことで存在を完全に忘れられていたのか、使徒の両腕は未だ自由に動かせる状態である。

コアは既に崩壊寸前の状態であったが、それでもなお初号機の胴体をその腕部で包み込むと、そのまま投げ飛ばして思い切りジオフロントの向こう側へと叩き付けてみせた。

 

「ぐ……っ」

 

突然の強烈な衝撃がフィードバックされる。LCLが緩衝材となり叩きつけられた時の衝撃そのものは大分吸収されたが、それでも肺から大量の空気が吐き出される。たちまち全身が軋み、すぐに立ち上がることは困難であった。

 

相手が人であれば、あるいはここで勝負ありとみて手を止めたのかもしれない。しかし、相手は残念ながら人に限りなく近く、しかし人とは限りなくかけ離れた存在、使徒である。

 

そこに追い打ちを掛けるように口から強烈なビームを放つのも、やはり人ならざる者であるが所以であろう。

 

発令所から出てきた一同が見たのは、そのビームが初号機に直撃するまさしくその瞬間であった。

強烈な爆音と共に装甲は爆ぜ、焼き爛れる。奇しくも前史のように、そのコアは完全に露出した。

 

腕はだらりと下がり、装甲の輝きは失われる。起き上がる気配は既にどこにもなかった。

そのことを、裏付けるように、

 

「……機能中枢破損。戦闘不能」

 

マヤの口から、震える声と共にその絶望は明らかとなった。

 

もう間もなく人類が滅亡するという、シンプルかつ余りにも残酷な絶望、である。

 

 

だが、それだけならば……人智を超えたエヴァの力。客観的視点からすればここからでも勝てる可能性はゼロとはいえない。

 

真の絶望は、別に一つあった。

 

 

「パイロットの生体反応……ありません」

 

 

そう、最後の希望であるエヴァンゲリオンを操縦するパイロット……碇シンジすらも、人類の手から失われたという絶望である。

 

 

----

 

「……ん?」

 

シンジが次に気が付いたのは、真っ暗などこか空間の中だった。

 

そこは、かつて使徒にとらわれたマユミの居る空間にもよく似ていた。

どういう理屈なのか、歩こうと思えば歩けるし、飛ぼうと思えば飛べる。風はなく、暑くもなく寒くもない。そんな、不思議な空間であった。

 

「僕は……確か、使徒に挑んで、それから……」

 

それまでに起きていた出来事を回顧するその時であっても、他に物音はしない。強いて物音があるとすれば、シンジ自身の呼吸と心音くらいのものであろう。

 

「ここは、一体何処なんだろう」

 

至極全うな疑問を口にしてみるが、それに答える者は誰一人としていない。

 

あるいは夢を見ているのだろうか。

 

確か、前史でもサキエルにやられたとき似たような現象が起きた。完全に死ぬ、そう思った瞬間に初号機が暴走して、気付けばベッドの上。ただ、斜陽の差す電車内で子供の頃の姿をした自分と対話した、そんな夢を見た。

いや、あれ自体は夢ではないのかもしれない。しかしいずれにせよ、自分が危機に陥っていて、気付けば不思議な経験をしている「夢のようなもの」を見ていて、また気付けばベッドの上。

 

であれば、次に目覚めるときもまたベッドの上だろうか。今頃初号機は元の世界で暴走ないしは覚醒して、今の自分は何れまたベッドの上で目を覚ますことが出来る……?

 

だが、どうしてかその確信は出来なかった。

早く戻らねばならない、そんな予感が気持ちを焦らせていた。

 

しかし、どうやって戻るのか。そもそもここがどこなのか、これがわからない。

何もないという点でこそ一致するが、レリエルの展開した虚数空間とはまた違う場所のようである。あの場所はどことない明るさがあったが、ここにはまるで光一つないように思えた。

 

「とにかく早く、早く戻らないと……」

 

思わず口からすらはやる気持ちが零れてくるが、それに反して脱出の手がかりはまるで掴めない。

辺りを見渡してみるが、やはり何も……いや、一つだけ「何か」があった。

 

確かに一点の赤みを含んだ光が、かなり遠くではあるようだがそこに見えた。

 

その光をシンジが視認したその瞬間、その光はシンジの方に向かってきた。

近付いてきて分かったのが、どうも球状の物体であるということ。それは胸元まで自然とやってきて、そのまま動かなくなった。

 

「何これ?」

 

自分に向かってきた、りんご程の大きさの謎の玉、これは当然ながら初見の物体である。

強いていうなら、赤みがかった球状ということでどこか使徒のコアに似たような印象を受けないこともない。

 

手をかざしてみると、仄かな暖かみ……そして、妙な懐かしさを感じた。

何も手掛かりがない現状、これが唯一この世界における元の世界に戻るヒントであるのだろうか。

 

藁をもつかむ思いでそれに触れてみると、一瞬だけ暖かみが増した……そして、

 

 

プラグ内で、目を覚ました。

 

 

「! 戻った、のか」

 

一体何があったのかは分からない。ただ、突然に襲ってくるLCL特有の血生臭い匂いが元の世界に戻ってきたことを証明していた。

 

「……でも、駄目みたいだ」

 

シンジの言葉通り。プラグ内には、絶望が映し出されていた。

 

前史においてゼルエルにやられたときは、「残存電力が0である」ということを示す活動限界表示はまだ生きていた。

けれど今回は、いよいよそれも起動していなかった。

それはエネルギー切れなどではなく、初号機の機能自体が、完全に失われていることを意味していた。

 

「形はどうあれ、世界は終わる……というわけか」

 

シンジの目には、もう絶望はなかった。あるとすれば、失望か。

 

どうにか戻ってこられたはいいが、肝心のエヴァは最早動くことすらままならないようだった。

 

『それは違うよ』

 

そして突然聞こえてくる、第三者からの異論。思えばこの声も久々に聞いたかもしれない。

 

「カヲル君……か。今までどこへ?」

『レイ君のところだよ。今まで君が締め出していたんじゃないか』

「そうだったっけ?」

『そうさ。こうして君がエヴァ初号機に乗って……そして君が帰ってくる今まで、ずっとね』

「そっか、ごめん」

『今君がやることは……謝ることじゃないだろう?』

「カヲル君は、優しいね。こんな時でも僕を励ましてくれる」

『僕は望みのないことはしない主義だよ。それに……約束したじゃないか。君を助ける、と』

「……じゃあ、この状況をもひっくり返せてしまうというのかい? エヴァも動かせない今、この僕が?」

『ああ』

「カヲル君。悪いけど、僕を買い過ぎだよ」

『いやいや、そんなことはないさ。幸いなことに、この初号機は、ただの初号機じゃない』

「……」

『もう一度……もう一度、立ち上がってみないかい? レイ君の為にも』

「綾波は……関係ないんじゃないか」

『いや、関係あるよ。レイ君は、君の為にその命を以って使徒に大きなダメージを与えた』

「……!」

『彼女は無駄死にしたわけじゃない。君にこの世を託したのさ。あの使徒は確かに強いが、レイ君と引き換えに弱体化したと思われる。大体……使徒一体分くらいかな』

「そう……なの?」

『それでも君が諦めるなら、僕は止めはしない……けれど君は今度こそ、あの暗黒の世界から帰ってくることは出来なくなるよ』

「! カヲル君はあの世界を……知ってるの?」

『知っているも何も……ま、君がまたここで立ち上がるのなら関係ない話さ』

「そっか……」

 

カヲルの態度からして、けして自分を激励するためのその場任せの言葉に過ぎない訳ではないことは心で理解できた。

ただ……後もうひと押し。もうひと押しだけ欲しかった。だから、最後の一押しを友に求めた。そして、

 

「……これ以上、誰かが死ぬのは嫌だ。でも……出来るのかな、この僕に」

『君がそう願うなら、きっと出来るさ』

 

それを友は、答えてくれた。それによって、漸く心は決まった。

 

これ以上、逃げたくはなかった。逃げ出してしまえば、……世界は、終わる。

仮に終わらなかったとしても、これまでと変わらない、逃げ続ける自分を脱することは出来ない。

 

半開きだったシンジの目は、活力を取り戻した。

 

「分かった……僕は、君の言葉を信じる。行こう、初号機……母さん」

 

シンジは静かに、プラグ内で初号機……そして、中にいるであろう母に呼び掛けた。恐らく、今史では初めてのことだろう。

いや、恐らく前史を含めても初のことだ。

 

 

そして初号機は、それに鼓動で応えた。

 

 

シンジが呼びかけると同時に、熱いリズムを奏でる心音。

 

煌めきを取り戻す初号機の双眸。

 

 

それは、使徒が初号機に興味を失い、ビームを放ち地を穿つことでセントラルドグマに潜ろうとしたその時であった。

 

----

 

発令所内で、固唾を飲んで初号機と使徒の様子を見守る一同はその事実に驚嘆した。

 

「初号機、再起動」

「そんな、動ける筈がないのに……」

 

そう、前史のように電力不足ではない。

 

機能中枢がやられた、即ちたとえエネルギーがあったとしても物理的に動けるはずがない初号機が、今再び起き上がったのだ。

 

何故、立ち上がれたのだろうか。

 

あるいは、機能中枢がやられたかどうかの基準も所詮は人が勝手に決めたものに過ぎなかったのかもしれない。ゆっくりと立ち上がるエヴァ初号機自身がその証明である。

 

それだけではない。普段緑色に輝いているはずの装甲部分が、今は赤色に輝いていた。

内なる力の解放。それが普段とは違う輝きを見せているのだ。

 

「パイロットの生存を確認!」

「シンジ君が生きているの!?」

「間違いありません。パターン、サードチルドレンです」

 

突然立ち上がった初号機と共に確認された三番目の子供の無事は、その場にいた人々に一縷の希望の光を差し始めた。

 

だが、その希望以上に初号機の人智を超えた禍々しさが彼らの心を鷲掴みにしていた。

 

初号機はあたかもたった今目覚めたヒトのように、胸を張り両腕を背の後ろに伸ばす。それはまさに人が目覚めた時の「伸び」と同様のものであった。

そして欠伸をするかのように、赤く染まった口を開いた。

 

そう……その様子は、目覚めたヒトと全く同じ。初号機もまた「目覚めた」のだ。

 

「信じられません……シンクロ率、四百パーセントを超えています」

 

マヤの操るコンピュータでは、シンクロ率の他にも振り切れたグラフが多数映し出されていた。

通常の初号機であれば絶対にありえないパラメータである。即ち、この初号機が通常ではない、ということが人の目だけでなく機械によっても証明されることになった。

 

すでに倒したはずの初号機の復活に気が付いたのか、セントラルドグマに降下しようとしていた使徒は再び初号機のほうに首だけ捻ると、その口から非常に高出力なレーザーを放った。

エヴァの特殊装甲をも簡単に打ち破る筈のその青白いレーザー。しかし初号機が片腕で展開したATフィールドはそのレーザーを完全に凌ぎきってみせた。

 

それが気に入らなかったのか、今度は使徒が自分から初号機へ急接近する。

人間目線で見れば一キロ近い距離に及ぶ距離も、使徒ほどのサイズであればまるでアリの一歩の如き短距離であった。瞬く間に使徒は初号機の眼前に立ち塞がる……が、それ以上の接近、即ち初号機との接触はかなわなかった。

初号機との距離実に十メートルを切ったところで、初号機の展開する強靭なATフィールドによって侵入が阻まれたのだ。

 

赤色に染まったATフィールドは、その距離から繰り出される使徒のビームや、カッター状の腕による攻撃をすべて無力化していた。

 

まるで初号機には効果のないように見えたが、それでも使徒は己の行える限りの攻撃を続ける。これもまた使徒と人との差異なのかもしれない。全ての能力が攻撃に向かっている以上、効かない攻撃はすべて隙の様なものだ。人であれば己の攻撃が効かない以上は別の攻撃を試みるか、あるいは諦めて撤退を図るところであるが、使徒はまるでそうしようとはしない。例え命を失おうと、本能のままに突き進む。

 

一方の初号機は、結果的にそんな使徒とは対照的であった。

押している相手に対しては基本的に攻めてそのまま押し切るという戦法。初号機がそれを意図しているのかはさておき、それが実現しているのがこの戦況であった。

 

「ウォオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

この世の生物のそれを逸脱したエネルギーを秘めた咆哮とともに初号機がやってのけたのは、右手によるATフィールドの投擲。

その一閃は使徒のATフィールドを一瞬で血塗れのものとし、使徒自身はついさっき初号機が攻撃を受けた時のようにジオフロントの奥まで吹き飛ばされた。

それでもまだ余力があるのか、攻撃を受けた後に使徒はふらふらと起き上がると再びビームを照射する。その輝きは弱っている使徒本体とは裏腹に先ほどと遜色ない威力であったが、それでなお初号機のATフィールドを貫くには適わなかったようだ。ビームが反射された分だけそのエネルギーは大気を震わせ、初号機の周りの木々は瞬く間に灰燼と化していった。

 

「……決めたんだよ。今度こそ……今度こそ、逃げないでみせる、って……!!」

 

シンジのその決意を固める発言に呼応してか、今度は初号機がその目からビームを発射してみせた。

 

一口にビームとはいってもその威力は使徒とは比べ物にならない破壊力を有しており、使徒の多重展開されたATフィールドのすべてを簡単に貫いてしまう。そこでまたしても吹き飛ばされる。

 

「エヴァに、こんな力が……」

 

そんなミサトの呟きも、圧倒的戦況差に掻き消される。今度の攻撃は、ほぼ完全なトドメとなったのだ。

まだ目の輝きこそ失われてはいなかったが、大地を踏みしめ確実に距離を狭めてくる初号機に対し何らかの反抗を示す意思があるようには見えなかった。

 

瞬く間に使徒の元に辿り着いた初号機は、使徒の顔面を完全に叩き潰す。これにより、先ほどまで人類滅亡の危機をその体躯で実現しようとしていた使徒の眼光は永遠に失われることとなった。

 

しかしそれでも、使徒の命を奪うだけで初号機は止まらない。両腕をコア側面に突き刺すと、コアだけを綺麗に取り出してみせた。

そして、ひとくちでその全てを喰らいつくした。

 

「……S2機関を、自ら取り入れているというの? エヴァ初号機が」

 

リツコが呟いたその瞬間、初号機の頭上に円環が現れる。天使の円環を彷彿とさせるそれは、今の初号機が有している圧倒的な力を証明するかのように光り輝いていた。

不完全なS2機関を外部からの摂取という形で完全なものとしたエヴァのその目は、いよいよ白光を携えて爛々と輝き、赤から紫へと変色した強大なエネルギーがそこら中を満たし始めた。

 

 

ひとびとは、目の前の現象に息を呑む。もはやひとの手では止められないことは本能的に理解できた。

 

 

「S2機関を体内に取り込み、本来の力を解放していく。ああなったエヴァは、もう誰にも止めることは出来ない……」

 

リツコの声色には、驚嘆と絶望が入り混じっていた。

当然ながらその一声でこの現象が止まるということはない。初号機は発光を続けながら、再び雄たけびを上げた。

 

「これほどのドグマとの近さでは……起きかねないわね。エヴァ初号機による……セカンドインパクトを超えた、人類史上二度目の、そして最期ともいえる最悪の事態」

「まさか。十五年前と同じ……」

 

発令所において指揮を執り戦線をサポートしていたネルフスタッフたちの、そしてミサトの目は、光の中心で雄々しく叫ぶ初号機を見据えながらも、リツコの一言で実感を伴わぬ絶望を覚え始めていく。

 

「サード・インパクト。世界が……終わるのよ」

 

そのときの人々の思惑は、様々だった。

普段通りの世界が失われることにすら、喜びと悲しみ、そのどちらもが存在する。

 

けれど、誰が如何なる思惑を持っていたとしても、これだけは変わらない。

終焉が今まさに世界中へと広がろうとしているという事実だけは。決して変わらない。

だがそれでもなお誰もが、これを言ったリツコでさえ感情をあらわにしたりしないのは、これに現実味がないからである。

 

 

突如その身に突き付けられた滅亡、これを誰が納得できるだろうか?

 

 

丁度その時普段は司令室として扱われている場所では、三人の男がその様子を静観していた。

 

「始まったな」

「これは始まりにすぎん。全てはこれからだよ」

「しかし、初号機の早すぎる覚醒と解放……ゼーレが黙っちゃいませんよ」

「問題ない。現段階において、老人達の計画との相違点はないのだからな」

 

この三人は滅亡に対して肯定的であった。あるいは滅亡に対して肯定的というよりもむしろ、この事態によって起こり得る未来に対して肯定的とみるべきか。

即ち滅亡を望んでいるか、そもそも滅亡など起きないことを分かっているのか。

 

何れにせよ、こういう人類もいる。

 

一方でそこから少し離れた場所では、一人の少女が静かにその様子を見つめていた。

そこに絶望の色はなく、むしろ祝福するかのような微笑を浮かべながら。

 

「やれたのね、シンジ。私は、これでいいと思う。ほかの誰でもない、貴方の決めたことだもの」

 

彼女は己の命は勿論、それ以外のすべてが消え去る事態すら自らの想い人の意思と天秤にかけ、そしてその意志を尊重出来ていた。

 

こういう人類もいる。

 

そう、目の前のこの事象に対する反応は十人十色。或る人は何を想い、喜ぶのか。あるいは、悲しむのだろうか?

 

 

いずれにせよサードインパクトの炎は、最早人類の眼前へと迫りつつあった――。

 

 

----

 

 

そこは、本来人の立ち入ることのない暗黒の世界。

 

だが今は、赤い光が外から差し込んでいる。禍々しい終焉の光だ。

その光は、黒い巨人をあかあかと照らし出していた。

 

巨人の手には、巨大な槍。外の紅さに負けない、禍々しい赤色。

その巨人を携えるは、一人の少女。適格者でありながら、唯一この戦いに参加することのなかった者。

 

「やっぱり始まったか……まぁ、どの道世界が終わっちゃうかもしれないならこっちのほうがマシね」

 

巨人の目を介して外の状況を確認した少女は、にやりと笑みを浮かべる。

槍を持った腕をゆっくりと引く。外界を赤で染めようとする紫の巨人に狙いをつけて。

 

「せーの……やってやるにゃん!」

 

巨人の腕から解き放たれた槍は、目にもとまらぬ速さで初号機を穿った。

 

その瞬間、周辺の赤色は忽ち消え去る。その時間帯にあるべき月光が再びジオフロントを照らし始めていた。

 

少女と巨人によって突如守られた世界の均衡。

元より世界の崩壊を導きつつあることに実感のなかった多くの者は、その様子を唖然として見ているほかなかった。

 

「……止まった、の?」

「あれは……ロンギヌスの槍」

 

ミサトやリツコの記憶には、確かにインプットされているその大槍。

 

確かに強大すぎるほどの力を持っているという知識はあったが、まさかこの状態の初号機をも止めうるとは、それもまた予想外であるといった様子だった。

 

 

その一方で、

 

「悪いね、さすがにまだ世界に終わってほしくはなかったから。ちょっと痛かっただろうけど……まぁひと月あればなんとかなるでしょ」

 

黒い巨人の中で少女・真希波マリは一人、悪びれた様子もなくそう呟いた。




日「こんにちは。日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」

パーパラッパッパパーラパッパー♪
パーパラッパッパパーラパッパー♪

日「……いつぶりの出勤だ?」
青「さあなあ……何もしないで遊んでいても金が入る日々。ここまで続くと最早罪悪感を感じるよ」
伊「ある意味理想的な生活のはずなんですが、不思議ですねぇ」
日「ま、働かざる者食うべからずという言葉は伊達じゃないってことだろ、ヒトとしての集合的な意識がそうさせているのさ」
青「やけに哲学的なことを言うな」
日「って冬月副指令が言ってた」
伊「ただの眼鏡君じゃないんだなってちょっと見直しかけましたが損しました」
日「なんだそりゃ」
青「お前の場合は普段が普段だからなぁ。とりあえずマヤちゃん、いつもの」
伊「はいはい、それじゃあ質問行きますよっと。

『どうしてここまで時間が掛かっているの?』ということですが」

日「……」
青「……」
伊「……」
日「まあ、一言でいえば」
青「怠慢だよな」
伊「ですねえ」
日「だって半年だぜ、半年。いやもっとか? 幾ら分量的には普段の二倍以上とはいえ」
青「これじゃあ先行きが怪しいってもんじゃないよな。折角使徒戦に関しては終盤に近付いてきてるし、全体的にもそろそろ大詰めなのに勿体ない」
伊「時系列的にはそろそろただのロボット大戦が終わって、哲学的内容になり始めるところですしね」
日「そこの詰めの部分で時間が掛かるならいざ知らず、ロボット大戦の時点でこの体たらくだしな」
青「あんまり期待はしない方がいいだろうな。一応ここからゴールラインまでの見通しはあるんだろうけど」
伊「時系列的には二十一話以降が分かっていないのでギリギリ無理は通せますけど、流石に限度ってものがありますよね」
日「シンとどっちが早いかなあ、あれも最近また動き出したんだろ?」
青「らしいけど……まあ流石に負けないんじゃね? もう終盤に突入しかけてるぞ?」
伊「逆に言うとどっちも終盤に突入しかけているという点では私たちが漸くスタートラインなんですけどね」
日「まさかとは思うが放映日と同時に終わるってことはないよな」
伊&青「「まっさかー」」
日「まさかな」
青「……」
伊「……」
日「……いや、なんで黙るの。幾らなんでもそれはないだろ」
伊「ないといいですね……それでは次。

『結局ここでの「使徒」と、前史の「使徒」って何が違うの』ということですが」

日「そういや新劇場版でもビジュアル的に明らかにサキエルやシャムシエル、ラミエルでも「第四~第六使徒」としか記載されてないよな」
青「まあサハクィエルあたりから見た目が全然違うしなー。もしかしてそのあたりでただのリメイクから方針転換したのかね?」
伊「確かにここで運命が変わった、みたいな暗転がちらちらありますからね」
日「まあそれはそれとして、単純に前史と全く同じサキエルやラミエル、あるいはゼルエルとかであることが断定できないから使徒、って呼称されているだけだろうぜ」
青「一応お偉いさんの認識としては前史と同じみたいだし、そう呼称しちゃってもいいとは思うんだけどね」
伊「何はともあれ今のところは特に意味はないという訳ですね。それでは本日最後の質問です。

『マナが出てきたけどムサシやケイタはいないの?』ということですが」

日「そういや見かけないな」
青「元々は戦略自衛隊の少年兵だしなぁ……出てこないならつまりあのロボットに乗ることもないわけじゃん? それに越したことはないと思うんだが」
伊「単純に男キャラだから出ないって可能性もありますよね」
日「まあこれ以上男キャラ増えてもむさ苦しいだけだしな」
青「うんうん。まあちょいと女の子の供給過多感はあるけど」
伊「大丈夫ですよ。どこぞの芸人が男は世の中に三十五億人いるって言ってましたけど、それなら裏を返せば女も同じくらいいるってことです。なら多少第三新東京に女の子が固まったところで」
日「まぁ本当のところ、多分存在はしているんだろうな。ただ出番がないってだけで」
青「マナちゃんも完全にシンジ君にゾッコンって感じだしなぁ。もしかしたらマナちゃんと出会ってすらないんじゃないか」
伊「女の子が多い分には私は構わないので」ツヤツヤ
日「マヤちゃんがそれでいいなら何も言うことはない」
伊「いやほら、人の恋路を邪魔する奴は某所一足の速い馬に蹴とばされるっていうじゃないですか。だからシンジ君とマナちゃんを邪魔する輩が現れるのはですね……」ブツブツ
日「マヤちゃんの妄執も今は忘れるとして」
青「突然現れた某所、これが分からない」
伊「ま、まあそろそろ時間ですし、葛城さんお願いします」ダッダッダダダダッ! コーン
伊「あっ音響さん、BGM間違えてますよー! それじゃあ改めて葛城さんお願いします」
葛「ほい、それじゃ行くわよー!

『前史同様に高シンクロ率の影響で初号機に溶け込んだ碇シンジ。使者の手引きによって彼のサルベージ作業は無事成功した』
『目覚めたシンジの前に現れたのは驚愕の二名。しかしそれを除けば平穏の日々が再び戻ってきたこととなる』
『そんなある日、実験中に異変が起きた。次回、「甘き日々よ、来たれ」』。
さぁ~て次回も?」

「「「「サービスサービスゥ!」」」

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