再臨せし神の子   作:銀紬

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第十七話 選択された者

「今回の事件の唯一の当事者である初号機パイロットの直接尋問を拒否したそうだな、葛城三佐」

「はい。彼の情緒は大変不安定です。今ここに立つことが良策とは思えません」

 

それは、使徒レリエル、それを退けてから更に数週間程度経った後である。

前史同様に、シンジの代理人としてミサトが人類補完委員会の尋問に立つこととなった。

 

暗く閉ざされ、光は委員会メンバーの席からしか認められない世界。

ミサトにとってこの暗闇は、いまいち好きになれないものだった。

 

いや、暗闇そのものが、得意ではなかった。

セカンドインパクト。間近でその惨劇を見た時に、彼女は多くの時間を暗闇の中で過ごしていたのだから。

それでもその声色には苦手さを感じさせない。あくまでも、毅然とした態度でそこへ臨む。

 

「では聞こう、代理人、葛城三佐。先の事件、使徒がわれわれ人類にコンタクトを試みたのではないのかね」

「被験者の報告からはそれを感じ取れません。イレギュラーな事件だと推定されます」

「初号機パイロットの記憶が正しいとすればな……あるいは、君たちの証言に偽りがなければ、の話だ」

「彼の記憶における外的操作は認められません。そして……我々の偽証もありません。MAGIのログを確認していただくなどしても構いません」

「しかし、エヴァのACレコーダーは作動していなかった。MAGIのログだって君たちなら簡単に操作を行える」

「……」

 

委員会のメンバーの一人に対する反論を行うには、少しばかり難しいものがある。どちらかと言えば、リツコの方がこの尋問には適しているように思われた。

答えに一瞬窮してしまうが、黙っていても尋問が終わる訳ではない。なんとか言葉を、言葉を紡ごうとする。

 

「……それは」

「……まあ、よい。それは今の時点では些細なことだ。使徒は人間の精神、心に興味を持ったのかね?」

 

ミサトが沈黙を貫いていたのは、思いのほか長い時間だったらしい。

彼女が口を開くのと大体同じタイミングで、見かねた補完委員会委員長、キール・ローレンツがそのバイザーの下に見せる口を開いた。

しかし、これまた難しい質問であることに変わりはない。使徒が人の精神に関心を抱くかどうか。そんなものは使徒に聞いてみないと分かる筈もない。

 

そもそも、使徒は何かモノを考えることがあるのだろうか?

これまでの戦闘からして、学習能力があるというところまでは何となくミサトも感付いてはいる。感付いてはいるが、それは人に近いココロを持つが故のものなのか? 本能とは、違うものなのか?

 

「……その返答はできかねます。

果たして使徒に、心の概念があるのか、人間の思考が理解できるのか。まったく不明ですから」

「今回の事件には、初号機からの能動的なものであったとはいえ、使徒がエヴァを取り込もうとしたという新たな要素がある。これが予測されうる第十三使徒以降とリンクする可能性はどうだ?」

「これまでのパターンから、使徒同士の組織的なつながりは否定されます」

「左様。単独行動であることは明らかだ。……これまではな」

「それは、どういうことなのでしょうか」

「君の質問は許されていない」

「はい」

「以上だ。下がりたまえ」

「はい」

 

ミサトはそのことを知る由がないが、今回の彼女の尋問は概ね前史と同じように終えることとなった。

彼女の姿と引き換えに、尋問の場に現れたのは碇ゲンドウ、彼だった。

 

「どう思うかね、碇君」

「使徒の知恵は以前よりも強化されていると見て間違いないでしょう」

「来たる時はそう遠くはないということか。神の覚醒……」

「使徒の強大さに反して、予想以上の好戦果を挙げているとも聞く。願わくば、約束の時までこれまで通り安泰に頼むぞ」

 

キールが最後の言葉をゲンドウに振りかける。

ネルフの戦果は主に被害状況の面で予想以上によいものであった。シンジというイレギュラーが存在する以上半ば当然のことでもあるのだが、特に滞りのなく進んでゆく己が計画に対する不満も前史より圧倒的に小さいものだった。

 

そしてゲンドウはその言葉がやってくると、半ば形骸化すらしているようにも思える普段の科白を返す。

 

「わかっております。すべてはゼーレのシナリオ通りに」

 

暗黒の空間からは全てのモノリスが消え去り、やがて何の変哲もない部屋へと変貌した。

その傍らには何時もの通り冬月が立っている。

 

「どうだね」

「老人たちは自分たちの思うがままに計画が進んでいると考えているようだ」

「ほう。今回もお咎めなしだったか」

 

冬月は安堵と共に感心したようだった。

自分たちは委員会とはまた違う腹積もりを持っている。

だが、まだネルフよりはゼーレの方が力が強い。そこに何か警戒心を抱かれる可能性を危惧していたのだ。

 

「我々が動き始めるのはもう少し後だ。老人たちにはもう少しだけ慢心していてもらうとしよう」

「ぞう上手く行くと良いが……」

「……問題ない」

 

普段のように手を顔の前で組むゲンドウ。

そのサングラス越しの視線の先に映るのは、果たして部屋の壁だけなのか。

長年彼の下で動いてきた冬月ではあったが、未だに読めないところの多い男だと感じられた。

 

--

 

闇から解放された次に気付くと、自宅のごく近くの建物だった。

見覚えがある周辺の景色に小さな安堵を覚えると、足早に建物を去り、自宅へと足を向ける。

 

既に太陽は沈み、先ほどの闇にも似たような暗さがあった。

しかし近くには街、そして空には月明かり。その分の明るさもあった。

人の手で作られた光と、自然が織りなす光がそれぞれ平等に彼女を照らしていたのだ。

 

「彼ら、何者なのかしらね……人類補完委員会」

 

ミサトの独り言は、虚空へと消えていく。

思い出されるのは先ほどまで尋問を繰り返していた老人たちの姿。

彼女が彼らの姿を見るのはこれが初めてのことだったが、背後に潜む大きすぎる影のインパクトは彼女の記憶に生き続け、決して彼らの姿を忘れることはないのだろう。そう彼女に確信を持たせるに十分なものだった。

 

ネルフの前身たるゲヒルン及び人口進化研究所にも並々ならぬ影響を与えたという彼ら。

恐らくは、ネルフの創立にも大きく関わっており、ひいてはエヴァ、使徒、そして……セカンドインパクトについても。

自分たちの知り得ぬ何らかの情報を持っていると見て間違いない。

 

「でも……」

 

しかし、気になるのは委員会の老人たちだけではない。

むしろ、委員会の老人は結局のところ自分とはかけ離れた位置に存在する上位組織である。確かに情報は計り知れぬものがあるのだろう。

 

だが、どこか考えすぎても致し方ないと、感じる部分もあった。

老人たちよりも、己の思考のキャパシティを注いでいきたい事柄は他にもある。老人たちに注ぐ量を一とすれば、そちらに関しては百でも二百でも注いでいられる。

 

「碇……シンジ君。……何者か、と言えば、やっぱりこの子よ」

 

彼女の脳裏に浮かぶのは、白いカッターシャツと黒い長ズボンを身に纏った少年。

短めの黒髪に、幸薄そうな顔で微笑むその姿はミステリアスの塊そのものだった。

 

 

思い返してみると、奇妙な点があまりにも多い。

 

 

そもそも初めの報告書に描かれていた彼の人物像は、どこにでもいるような内気な少年。

内気という性格自体も特段珍しい訳ではないのだから、総じて彼は凡庸な少年のはずだった。

しかし蓋を開けてみれば、少なくともそのような内気さは感じられない。特別に陽気という印象を抱くわけでもなかったが、内気ともまたかけ離れている。内気というにはあまりにも度胸がある。

いや、無鉄砲とでも言うべきなのだろうか。

ところがその戦果。一見して無鉄砲なだけのようにも見える彼を、そうではないと裏付けるのがそれだ。どういう訳か結果だけは必ずついてくる。

それも一度や二度ではない。これまでの使徒戦の半分は彼の功績が大きい。

その事象の一つ一つたるや、不思議という言葉では片付けられない。

幾度か彼を引き留めたり、作戦を言い渡すこともあったし、彼もそれに従ったりすることもあった。

けれど基本的には彼の言う通りの作戦か、そうでなくとも彼の動いた結果で概ね使徒に勝っている、それが現状だ。

ピタリピタリと、使徒の特性に合致する。

功績だけを考慮すれば、明らかに作戦部長たる自分よりも作戦面における貢献も果たしていると言えよう。

 

その状況はその作戦部長である人間からすれば本来憂慮すべきはずなのだが、不思議と悔しさや嫉妬等といった感情は生まれてこない。

初めこそ彼に対して思うところはあったが、あまりにも出来すぎたこの現状を見ると、最早全ては彼の掌の中で動いているかのようにすら感じられ、気が付けばそのような感情が生まれることはなくなっていたのだ。

そのような感情を覚えるだけ馬鹿らしい。そうとも思えた。

 

 

勿論嫉妬等が生まれてこなくとも、疑問そのものがなくなることはない。

何故、これ程までに的確に作戦が出せるのか、そして動けるのか。彼は中学生離れした頭脳を持っているとも聞く。リツコに英才教育を仕込まれているという噂すらも聞く。そして、普段行っているというトレーニング。あれも徐々に中学生離れを始めている。

報告書には一切記入されていないそれらの特徴。特筆に充分すぎるほどに値する事項であるはずだ。

作戦立案にしても、彼のアイデアの源は予知夢であるという話はリツコから聞いている。

 

 

そしてそれは……あまりにも出来すぎた話ではないだろうか。それもまた疑問の一つだ。

 

 

まず、彼の言う「予知夢」は本当に辞書的な意味の「予知夢」なのか? 

実際のところ予知夢などではなく、彼は使徒について何か知っているのではないだろうか? 

 

人類の誰もが知り得ない使徒に関する情報を、あるいはその正体すらも、弱冠十五歳の少年がどういう訳か知っている。

これが一般的な少年について述べた事柄であれば失笑を買うのみだが、碇シンジというあまりにも特異な存在を考慮に入れるならば話は別になる。

 

では、どこからそんな情報を得ているというのか?

思い当たる節としては先ほどまで尋問を受けていた人類補完委員会、彼らなら何か知っているかもしれない。

だがシンジと補完委員会との接触は明らかに認められていないし、そもそもシンジは補完委員会の存在そのものを知り様がないだろう。

あるいは補完委員会と直接通じ、かつ父親であるゲンドウを媒介として聞くという手も考えられなくはない。

だがそんな都合よく「使徒についての情報」があるというのならば、わざわざシンジを媒介にしてそのような面倒な手続きを踏んで伝える必要はない。

直々に使徒の情報を作戦部長である自分とエヴァの管理を務める技術部長であるリツコに通達、それに沿った対策を練らせるはずだ。

そちらの方が効率が良い筈であり、何よりシンジとゲンドウの仲は普段のふるまいからして良いとは言い難い。

 

ミサトの中に、その結論は出ない。

彼が近未来からの使者であるという発想がなければ、それは仕方のないことではあるし、そのような発想はその事実を知らない限りは余りにも突飛なものであり、発想に至る方がむしろ不自然とすらいえる。

 

と、八方塞がりになるか、あるいはもう一つの可能性を考える。

 

 

それこそ……彼が、神の使い。

 

使徒、と呼べる存在でなければそのような芸当は不可能なのではないか?

 

 

裏を返せば、彼が使徒であると仮定すれば、その疑問の全てに説明は付く。

 

中学生として考えるには明らかに卓越した知識量、技術、そして使徒戦の予知。

彼が使徒であり今後の使徒についても知識を持っているというのならば、その説明は容易だ。

 

仮に今この場で使徒襲来の速報が入ってネルフ本部へと駆けつけてみたら、シンジがセントラルドグマに潜り込んでリリスに接触しようとしていた。

そんな未来があっても、かつて仲間だった少年を殲滅することに対し少なくない抵抗こそ覚えるだろうが、そのことに対する疑問それ自体は抱かないだろう。

そしてそれは恐らく自分だけではなく、他の者からしてもそうであるはずだ。

不思議なところのある少年だったが、使徒であるならばその超人類的な能力にも説明が付く。

 

とはいえ現実として、彼からパターン青の反応が出たことなど一切ない。それもまた事実だ。

それに仮に彼が使徒であったとして。そのことについて彼を問い詰められる理由がどこにあるだろうか? パターン青など一切出ていないし、遺伝子パターンも人間のものと百パーセント一致している。使徒であれば説明できる事項が存在しながらも、使徒であることが説明出来ない。二律背反の状況に陥るのだ。

 

ましてや彼は、人類の窮地を幾度となく救ってきているのだ。

その人類の中には自分もまた、含まれている。

それでも彼を使徒と言うのか。

使徒ではないと証明する証拠も山ほどあるのだし、何より自分がそうであることを認めたくない。

 

 

では、使徒ではないとすれば何だというのか。

 

 

あるいは、彼はもはや使徒という存在をも超越し、神そのものであるとでもいうのか?

 

 

このような疑問は、何も今に始まったことではない。

第三使徒からそれは始まり、第四使徒、そして第五使徒。秘密裏に処理されたとされる第六使徒はともかくとして、第七使徒、第八使徒、……

彼が勝ち星をつけるごとに強まっていくのだ。

 

家へ帰りビールを飲み明かすときも、ペンペンを抱いて眠るときも、少し高く感じるヒールを履いて出勤をする時も。

一日一度はふと疑問を覚え、強まっていく。

 

彼の無限大にすら感じられるその力は、どこから湧いてくるのだろうか?

先の使徒を倒したときの精神状態の乱れも、気付けば見る間に回復を遂げている。

並々ならぬ事情があったように思われるのだが、何故ここまでの短期間でこれ程の回復が出来るのか。

その回復力、ひいては碇シンジの行動の根源となる力とは一体なんなのか?

 

 

それこそ……「神」と呼べるような存在であってこその、事象なのではないか?

 

 

その疑問を考える程に思考の谷底の、更にその先の深淵の闇へと己の感情を誘っていくが、いつも最終的には彼のどこか哀しげな笑みへと収束していく。

シンジ自身は気付いていないのだろうか。使徒に勝利し、こちらへ戻ってきてその度に浮かべる笑みに、少なくない影を灯しているのを。

 

ミサトは気付いていた。自分の持つ闇にも、どことなく似たそれを感付いていた。

そして彼女はそれを自覚すると、たちまち他人とはまた少し違うようにも感じられる。一種の親近感とでも言うべきなのだろうか。

いや、違う。どこか、どこか他人ではない。だが、だからと言って何なのか分からない。

違和感はあるのだ。でもそれが何なのかは、分からない。

けれど他人ではない、ということだけは、なんとなく分かる。本能的な部分で、分かるのだ。

ではその本能は何なのか? 

 

上司と部下としての感情なのか?

それともそうした上下関係のない仲間としての意識か?

あるいは、それをも超えた友人として?

それすらも超えて、恋愛感情?

いや、それとも……?

 

分からない。

ただ、他人ではないという感情だけが確かにある。

 

では、分からないなりに、一先ず「他人ではない誰か」という意識を基底とすれば……一つの結論へと帰着する。

これも、いつものことだった。

 

少なくとも彼は、「神」等という大それた存在ではなく、仮にそうであったとしても、自分たちにそれを認識することは出来ないのだろう。それが神であるが故に。

 

そして、自分たちの目から見れば、彼もまた、自分たちと同様の一人の人間にすぎない。

他「人」ではないと感じるのだから、恐らく、彼は「ヒト」であるのだろう。

であるからして、彼はやはり、どこにでもいるような人間の少年の一人であり、それ以上でも、それ以下でもない。

 

「……当たり前よね」

 

そう、当たり前。

当たり前のはずの結論なのだが、ことあるごとに考えてしまう命題。

 

碇シンジとは、何者なのか。

 

幾ら結論付けてもなお考えてしまうとは、その結論に、自分は納得がいかないのだろうか。

それは論理の破綻がどこかに気付かぬ間に生じているからのか。何らかの前提がおかしいのか。

 

そして気が付けば、目の前には見慣れたドア。自分の苗字が書かれたネームプレート。

玄関の明かりを点けるといつも通り、同居人が餌を求めてクワクワとせがんでいる。

それは彼女、葛城ミサトを、思考の世界から現実へと戻すトリガーの一つであった。

 

彼女の夜は、これから更けようとしている。

 

--

 

碇シンジの放浪から、一ヶ月半が過ぎようとしていた。

 

この一月半で一時期的な精神の落ち込みからも少しずつ復帰しつつあった。

バルディエルまでの期間が前史でそれなりに空いたように、今史でもレリエルとバルディエルはそれなりに間隔があるらしい。

 

そしてこの日は、様々なチェックを受けた三号機が、漸くもって日本にやってこようとしていたまさにその日のことでもあった。

 

ケンスケは放浪中に出会ったことを特に誰かに喋った訳でもないらしい。学校には病気と伝えられたようでもあるので心配する声すらあった。

そうして実際に蓋を開けてみると、体調こそ普段通りのように思われた。

しかし、普段より落ち込み気味なシンジの態度に少し驚く者も居れば、事情は分からなくともそれをよしとする者、逆に不安がる者、腹の中に隠した本心は様々だった。

しかし表向きにそのこころが出るということはなく、結果としてシンジの復帰は滞りなく進んでいた。

この日も学校の帰り道、いつもの二人と帰路を歩むシンジの姿があった。

 

「いや~一時期はホンマどうしてもうたかと思うたわ~」

「ごめんね、心配かけて」

「まぁ、元気ならええんやで? ……おう、また外れよった」

「トウジ、もう諦めろよ。それ三本目だろ」

「やかましいわい、コリオリ君のコーラ味はアタリ目当て抜きでも美味いから何本食ってもええねん」

 

日本がセカンドインパクト以降地軸の関係上常夏となっているのは、既にこの世界の人間の常識となっている。

今や暦の上でももう間もなくすれば初夏を迎えるかという時期であり、正に夏日という形容が相応しくなりつつある。

真夏の刺すような日差しから僅かに逃れた木陰のベンチで、三人は外の温度とは対照的なひんやりとしたアイスキャンデーを頬張っていた。

頭上ではけたたましくセミが鳴いている。この時期であろうとセミの鳴き声が聞こえることが日常茶飯事である日本ではそこまで気になることはない。

また、近くにはそのアイスを購入した駄菓子屋があった。

風向き次第だが、時折清涼さを孕んだ風鈴の涼しげな音色が微かに三人の耳に届けられている。

 

「そういや、シンジは高校とかどうするんだ?」

「え? 高校?」

「え? って、今年俺たち受験……あぁ、シンジはもしかして受験、ないのか?」

「うーん……そうだね。ネルフの監視とかの都合で、行く高校も決められちゃってるらしいんだ」

「くぅ~っ、羨ましいやっちゃなぁ!」

「でもトウジだって半ば決まってるようなもんだろ。俺だけだぜ、本気で受験に取り組まなきゃいけないのは」

「そうなの?」

「コイツはどっちに転んでも道があってさ。もし受験ダメだったら家業を継ぐ予定らしいよ」

「せや。言うてなかったかもしれへんけどウチのオトン、元はお好み焼き屋やってたさかいに。今はオカンが切り盛りしとってなぁ、それ手伝お思うとるねん」

「へぇ~……」

 

そういえば、前史ではこうした話をすることはなかったように思う。

それもそのはずで、バルディエルとの戦いでトウジは入院。

被害状況がいよいよ増していったゼルエル、アラエル、アルミサエルとの戦いの間は殆ど休校同然の状態で、シンジは殆ど学校に行けることはなかった。

恐らく最後に登校できた明確な記憶があるのは、、バルディエルとの戦いの前日だっただろうか。

 

その日からも何度かケンスケから連絡もあったし、スケジュール的にも、健康状態的にも登校は可能であったはずだ。

 

しかしながら、トウジを負傷させてしまったという自責の念から、不登校気味になってしまったのだ。それもまた何となく覚えていた。

何度か登校することこそあったのだろうが、それは数える程の日数であろう。恐らく、トウジやケンスケと友人関係になる前の自分と全く同じ、空虚な毎日が続いていた。

そうしてアスカの離脱、二番目のレイの戦死、カヲルとの遭遇、殺害。

そして……あれよあれよという間にサードインパクトの日は訪れたのだ。

 

こうして考えてみると、トウジやケンスケとの明確な絡みがあったのはそう長い時間ではないだろう。

一方でアスカはどうやら、ヒカリの家に転がり込んでいたらしい。どこまで行っても自分とは対極にあると痛感する。

性別から始まり、見た目、性格、好み、考え方……どれをとっても、まるで対極。

けど一方で、根本的なところにある欲求。承認欲求とも呼ばれるそれだけは、まるで一致したものだったようにも思われる。……少なくとも、今は。

 

ともかく、こうしたやり取りはそんなシンジにとって新鮮味すら感じられた。当然だろう、初めての展開なのだから。

そしてなにも、こうした新鮮味溢れる

 

そして二人にも進路があるという今更の気付き。正直なところ、驚かされていた。

驚かされたと言ってもそれに何か後ろめたい意味がある訳ではなく、

本来はこうして世界が続いていけばサードインパクトが起きた時代以降にも自分たちは生きていくのだという自覚が、今更になって少し芽生えてきたということだった。

少しずつではあるが、確実に世界は崩壊から逃れる道を歩んでいるのかもしれない。そんな自覚を、改めて実感したのだ。

 

「ちなみにシンジ、お前どこの高校行くんや?」

「そういやそうだな。やっぱりネルフ指定の高校ってことは、お前自身も勉強はかなり出来る方だから相当いいとこだとは思うんだけど」

「うーん……ミサトさんに聞いても「ネルフの高校、通称N高校よん」としか教えてくれないんだ。

調べてもそんなイニシャルの高校近くにないし、でもネルフに行かなきゃならないことを考えるとこの近くじゃないとおかしいし」

「そっかぁ、もし分かったら俺はシンジの高校目指そうと思ったんだけどな」

「ワシも……と思ったけど、センセが行くとこは多分ごっつい高校やろからなぁ。この三人も中学出たら解散やな」

「イニシャルNでスゲーところかぁ……そういや関西にそんな感じの高校があったような、トウジ、どこだっけ?」

「んー……ワシは大阪の堺に住んでたさかいに、聞いたことあらへんわ」

「……」

「……」

「……」

「……トウジ」

「な、なんや」

「無理はしなくていいんだぞ」

「やかましいわ、自分パチキかましたろか。……というか、何の話しとったんやっけワシら」

「シンジがどこの高校かってことだろ」

「そやそや。どこに行きよるかは知らんけど、寂しくなるのう」

「そんなことないよ。第三新東京市に居る限り会えるって」

「ほならええんやけどなぁ……じゃあワシもケンスケと同じとこを目指してもええかもなぁ」

「そうだな、もしその高校がシンジのとことバッティングしたらまた三人でつるめるよ」

「仮に違ってても、家自体はそう遠くないから」

「せえやな。ほな、高校上がったらよ。地球防衛バンドのリベンジと行こうや」

「おっ、いいね」

「楽しみにしてる」

「二人とも練習ぎょうさんやっとくんやでぇ?」

「その言葉そっくりお返しするよ」

「こればかりは僕も同感」

「おのれら……」

 

話に一区切りついたところで、残ったアイスに齧り付いた。

シャクッ、と音がすると、まずは心地よい冷たさが口内に広がり、それからすぐに特有の甘みと香りが己の舌を満足させてくれる。

アイスキャンデーとは、そういう食べ物だった。

 

やがて最後の冷たさが口内を包んだのと同時に、ゴウンゴウンと轟音が頭上から響いてくる。

セミの鳴き声などではない人工的なその音は三人に空を仰がせるに十分なものだった。

しかし頭上には、かすかに小さな黒点と化した飛行機が一機、北北西の方角に向かっていくのが見えるのみ。特に何の変哲もなく非日常感も一切ないそれには、シンジ以外の二人が再び目線を元に戻すまでに時間を掛けさせることもなかった。

 

逆に言えば、シンジはそれをじっと見つめていた。

 

「おーい、シンジ。何やってるんだ」

「置いてくでー」

「あぁ。ごめん、ごめん……」

 

シンジがそのウイングキャリアーを見つめる理由はただ一つ。

黒い巨人、エヴァンゲリオン三号機が日本の地に降り立つ、その日であったからだ。

 

かつて、隣にいる浅黒い少年を乗せることとなった三号機。

そうではなくなったことに、今はただ安堵する。

 

----

 

ところで、もう間もなく三号機が日本にやってくる、という情報を掴んだのは、今史もまたケンスケ由来だった。

どういうツテで情報を得たのかは知らないが、それは大きな問題ではない。

むしろ問題なのは、三号機がやってくるのならばバルディエルとの戦いも近いのは確かだということだ。

バルディエル自体はエヴァの戦闘能力プラスアルファなので、レリエルやイスラフォンほど厳しい戦いにはならないだろう。同じく菌状のイロウルや侵食能力を持つアルミサエルと融合などが起きていればともかく、前者は既に撃破されている。後者との融合であれば流石に考えることは色々出来てくるが、それでも事前にパイロットを乗せないなどの対策は可能である。

そこで、リツコには一先ずバルディエルの存在だけ仄めかすことにしておいた。

 

「今回の使徒はエヴァに寄生している可能性がある。そう言いたいのね」

「はい」

「本当、突拍子もないわね。貴方の発想」

「僕はただ夢に従っているだけですよ」

「今はそういうことにしておいてあげるわ。かの数学者、ラマヌジャンも夢のお告げで数々の定理を示したと言われるしね。……もしかして。貴方は使徒学者にでもなるのかしら?」

「それは分かりませんけど……」

「とはいえ、四号機の吹っ飛んだ今。実験を行わないとならないのは貴方も分かっているでしょう。

これまでの貴方の予言の的中率からしてそれを行うのは少々リスキーな気もするけど」

「へえ、リツコさんって結構予言とかのオカルトじみたことは信じない人だと思ってました」

「人類からしたら使徒の存在自体がオカルトよ」

「……なるほど」

 

リツコの言うことにも一理あった。

本来人類が知る由もなかったアブソリュート・テラー・フィールドを纏った使徒という生命体は、

人類がホモ・サピエンスに進化して数万年、その歴史に一切名を残さないまさしくイレギュラーな存在であった。

そんな存在がよりにもよってここ一年弱の間に突発的にかつかなりの短期間の間に複数個体がやってきているというのだから、その天文学的な確率たるやオカルトの領域に入っていると言っても過言ではない。

リツコとしては本当ならお前も充分オカルトな存在だと言ってやりたいところだったが、まだ精神的に病み上がりな彼に下手な言葉は使わぬようその言葉を飲み込んだ。

 

「しかし、どうしたものでしょうか。三号機の実験はやらなきゃいけない。でも、中に使徒がいるかもしれない」

「一応、碇司令には代わりのパイロットを探すことを近日中に伝えるつもりではあったわ。

とはいえそういう話を聞くと、まったくもって無視は出来ないわね」

「……出来ないんですか? 無人起動とか」

「出来たら苦労しないわよ。本当は可能になるかもしれなかったけど、頓挫したわ」

「(……間違いなくダミーだよねこれ)」

『レイ君を連れ出したツケはここに来たか……』

「(これに関してだけ言えば別に対策を練っておかないとね。ダミー)」

 

シンジ、そしてカヲルの予想は当たっている。

ダミー計画はエヴァ開発当初から少しずつ進行しており、

実のところ立つ、座る、歩く、走る、投擲するなどといった基本的動作は既にかなり前の段階から行えるようになっていた。

ところがサキエル、シャムシエル、ラミエルと引き続き実戦データを取り入れ、所々見られるエラーコードを修正する。開発段階の大詰めとも言えるところで肝心のレイが使えなくなり、いよいよ頓挫したのだ。

 

「ところで、パイロットは誰になる筈だったんですか?」

「あぁ、それなら……特に問題がなければマリになる、予定だったわ」

「真希波さんですか?」

「ええ。先の四号機の事故からしてもそうだけど、仮に今回の三号機に使徒が潜むなら、最も戦闘能力の高い初号機はいざという時に取っておきたい。レイは今のところ零号機か初号機しか動かせないから、消去法的には零号機専属になる。そうなるとマリ以外には居ないのよ。

あの子、どういう訳か零号機から弐号機まで全部それなりのシンクロ率で動かせるのよね。だから恐らく三号機にも互換性はある」

「互換性、って……そんな」

「言葉の綾よ、気にしないで」

 

取り繕ったものの、恐らくは思わず口に出てしまった本音だったのだろう。思わずシンジは顔をしかめていた。

人類が少しでも生き延びる為ならば、多少人を道具として見ることもいとわない。ヒトに備わる感情というものを完璧に度外視してしまえば、それは間違った選択であるとまでは言えない。

 

しかし、

 

「あたしは大丈夫だよ?」

 

そこへまたもや聞きなれた声が一つ。マリのものだった。

彼女は感情こそあっても、普通の人間とはまたどこか離れた部分があるように思える。

合理性を重視しているのか、単に感性の違いにすぎないということなのか。

 

「マリ? 貴女一体今までどこに」

「だからリッちゃん野暮用だって言ってるじゃん。それよりわんこ君。話は聞いたよ。いるんでしょ、使徒」

「……確定はしていませんけどね」

「キミの言うことはリッちゃんから色々聞いてるからさ、割と信頼はしてるよ。それに、使徒居たとしても大丈夫。大船に乗った気持ちで居てくれて構わないから」

「不安しかないんですけど」

「あら、そんなにあたしを信頼できない? 身体の隅々まで見ないとわかんにゃい? しょうがないにゃあ」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「まー任せときなって。死にはしないから」

 

マリが何の根拠でこう言っているのかは、誰にも分かる術はない。

分かるのは、彼女のみである。

いつもの軽い調子で、いともたやすく無理難題をクリアしてやろうと彼女は言っているのだ。

 

彼女がエヴァの調整などの知識を有しているのは確かである。三号機起動実験はおいそれと中断できるような実験でもないので、リツコとしては彼女の発言には乗っておきたいところでもあった。

しかし知識を有しているからといって、三号機をどうにか出来るかどうかはまた別問題である。

流石に命が掛かっているとあり、念は押してみることにする。

 

「本当に、やれるのね?」

「うん任せといてー。三号機に異常があったら……ま、二十四時間以内には報告出せると思うよ?」

「分かりました。二十四時間以内に報告がなかったら死亡処理するからそのつもりで」

「あっそれはそれで楽しそうだし敢えて二十四時間経ってから更に十秒後くらいに報告出そうかなぁ」

「貴女ねぇ……」

「あっ万が一ダメだったら私十階級特進でよろぴく」

「貴女が司令になったらネルフは終わりね」

 

自身の命が懸念されかねない大仕事だということを念押したにもかかわらず、彼女は依然として呑気な様子だった。

まるで自分の内に失敗する要素はまるで存在しないとでも言いたいかのような、自信の表れとも言えるその様子。しかし、これ自体は普段の彼女とそう剥離した行動でもない。

それが故、シンジたちも彼女のこの提案に何か特別な疑問を抱くということは、この時はなかった。

 

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そして、翌日を迎えた。

 

制式タイプの二号機のボディを流用した、三号機の厳つい眼光がそこを見下ろしていた。

起動していないのでこの時動くこともないのだが、その黒い体躯には禍々しささえ感じられる。

 

だが、この禍々しさは見た目だけではない。三号機には見た目だけではない、確かな禍々しさが潜んでいるのだから。

それ故、実験場にはマリ以外は誰もいなかった。

エントリープラグ挿入から三十分経過、実験場内の全員がそこから遠く離れ、松代から南東に凡そ三十キロの位置にある浅間山の観測施設へと潜り込んでいた。

かつてイスラフォンの襲来により破壊されていたそこはネルフによって修繕されると共に、

使徒襲来後の経過観察施設としてネルフ傘下に置かれ、そして現在のように三号機実験における連携も取れるようになっていたのだ。

実験メンバーは技術部が大部分を占めており、エヴァ三号機の稼働能力を見るということで作戦部のミサトを初めとする数名が参加するという形になっている。

 

エヴァに使徒が侵食している可能性がある、というのはリツコとシンジ、そしてレイ・カヲル以外は知らないはずだった。

己の腹心であるマヤも、友であるミサトも、上司であるゲンドウすらもそれを知ることはない。

しかし先の四号機の二の舞とならないように遠く離れた施設で実験を行うと説明したらすんなりとことは運んだ。不謹慎ではあったが、この時ばかりは四号機と数多くの人材の消失に感謝するほかないように思えた。

 

万一のことを考慮しそこから更に数km程離れた地点の地下には、零号機・初号機・弐号機がそれぞれ配備されていた。

そしてシンジ達パイロットも、浅間山観測所へと連れてこられていた。エヴァ三号機の暴走を食い止める為のメンバーだ。

此方も先の事件を考慮して、ということであっさりと承諾された。未来を知る者としてはこの上ない状態だ。

 

技術部は基本的に条件調整に追われていた。

その技術部のトップたるリツコとてそれは例外ではない……のだが、

 

「あら……守秘回線。誰かしら」

 

妙なタイミングで通信も入ってきたものだ。

この忙しい時に誰か、と思ったら聞こえてきたのはいつもの気の抜けた声。

 

「やあやあリッちゃん」

「マリ。どうしたのよ本番前に」

「いや~何だかリッちゃんと二人で話がしたくなってさ」

「……忙しいから切るわよ」

「いやいやちょっとそんなあ、一緒に話そうよ~女同士のヒ・メ・ゴ・ト」

「そんなもん幾らでも付き合ってあげるわよ、投薬実験と一緒に」

「やだあリッちゃんったら。投薬って新しいエッチな薬でも開発したの? 

自分に使ってみなよ経過観察してあげるからさ、ほら激しく色んな汁分泌させたら月の向こうまで」

「本当に切るわよ」

「ヤダヒドイサビシイ」

 

あまりにふざけた語調に対し本当に切ってやろうとも思ったが、

考えてみれば丁度もうそろそろパイロットへの最終確認を取る時間でもあったので我慢して切らないことにする。

生還後の経過観察を密かに楽しみにしつつ、会話は続けた。

 

「……まぁ、丁度貴女にも確認は取ろうと思っていたところだから。

出来るのね? 使徒の能力でエヴァンゲリオン三号機を侵食されたら。科学の力でエヴァと繋がってる、貴女まで侵食されかねないのよ」

「大丈夫、死なないわよ私は。私が今ここで倒れたら、わんこ君たちとの約束はどうなっちゃうの?

三号機の電源はまだ残ってる。ここを耐えれば、私たちは使徒に勝てるんだから。 

次回『真希波マリ、死す』、なーんてことにはならないから安心してエヴァ・スタンバイ!」

「…………」

「……ん、どうしたリッちゃん突然静かになって。あっもしかして心配してくれてるの? やだなあリッちゃん可愛いんだから」

「……呆れてただけよ。どうせ貴女のことだから何か魔法でも使って出てくるんでしょ」

「リッちゃんっていつの間にやらオカルト信じるようになったよねぇ。ちょっち前とは大違い」

「使徒やエヴァもそうだけど、それ以上に貴方達チルドレンの存在がオカルトすぎるのよ。シンジ君然りレイ然り、貴方然り。もはや、信じない方が非合理的よ」

「確かにわんこ君やレイちゃんもなかなか凄いよね。でもそれ以上にもう一人のじゃじゃ馬姫も忘れちゃダメよ。この世界は私の知らない面白いことで満ち満ちているのねぇ」

「私としては貴女もその面白いことの一つなんだけど」

「でもね、その子可愛いとこもあるんだよ?

此間もちょっと後ろから脇腹突っつてみたらビクッとしたから、そのまま背中を指でつぅ~ってしてあげたら顔真っ赤にしてプルプルしてるの。可愛いでしょ」

「……他人事みたいに言ってるけど。あなた自身が一番の規格外なんじゃないかしら」

「そんなことないってぇ。それじゃあかるーく行ってくるから」

「精々死なない様に祈っておくわね。規格外さん」

「リッちゃん達も逃げ遅れないようにねー」

「そこから何キロ離れて通信してると思ってるの。大丈夫よ」

 

通信から戻ると、ミサトが不満げな顔でこちらを見つめてきた。

 

「何してたのよ~リツコぉ」

「パイロットの最終確認よ。貴女こそ、そろそろ実験開始するんだから配置に付いときなさいな。

それとマヤ。三号機はもう動かせるのね」

「はい。エントリープラグ挿入を確認。パイロットの状態にも異常ありません。何時でも行えます」

「宜しい。それじゃあエントリースタート」

 

リツコの発令と共に、いよいよ以って起動実験は開始される。

この後に起こることなどは誰も知る由もなく。

 

『L.C.L.電荷。圧力、正常』

『第一次接続開始、プラグセンサー問題なし』

『検査数値は誤差範囲内』

「了解。作業をフェーズ・ツーへ移行。第二次接続開始」

 

一方のマリは、実験開始前とは思えぬ緊張感のなさだった。

あるいはそれが彼女の強みなのだろうか、全ては計画通りという顔でコクピットに細工を行っていた。

そしてその全ての工程が終わったところで、起動実験開始のアナウンスが聞こえてきた。

 

「よーっしそれじゃあ私はここで退却っと。三号機君と使徒君、後は任せたよ」

 

マリがエントリープラグ上部に手をかざすと、エントリープラグ上部の蓋が強引に開いた。

どういう仕組みかマリのエントリー判定自体はそのままであるようで、特にエラーも起きない。

仮設ケージにマリが降り立ったところで、三号機がゆっくりと動き出す。

その目にはエヴァのモノではない怪しげな光がゆらりと煌めく。が、その頃にはもうケージ内にマリの姿は見えなかった。

 

一方の浅間山では、エヴァ三号機の見せた異常な挙動に対し、普段の実験には決してない緊張感が稲妻のように駆け巡り始めていた。

それに比例して、解析グラフの数値も目に見えて振動を始めている。普段では見られないような関数の挙動がこの異常事態をまざまざと示していた。

 

「プラグ深度、百をオーバー。精神汚染濃度も危険域に突入!」

 

オペレーターの一人がミサトとリツコに報告する。

 

「なぜ急に!?」

 

突然の出来事にまず焦りを見せたのはミサトだった。

何も知らされてなどいなかったのだから、当然の反応とも言えよう。

 

「パイロット、安全深度を超えます!」

「引き止めて! このままでは搭乗員が!」

 

まさか本当に使徒が訪れるとは、と驚きのあまり怒号を飛ばすリツコ。

本当に脱出に成功できたとは思えぬほど突然の出来事だったので、マリの脱出が成功したか否かは頭から消え去っていた。

 

「実験中止、回路切断!」

「ダメです!体内に高エネルギー反応!」

 

オペレータの叫ぶような報告とほぼ同時に、

 

「まさか……使徒!?」

 

ミサトが叫ぶ。

 

EVA-03という文字を示すパネルの下部には、識別信号とも言えるBlood・Patternの表記が煌々と輝いている。

「Green」から「Blue」に変わるまでに、時間はそう掛からない。

 

それとほぼ同時に、見える程に巨大な光が観測された。

使徒の覚醒は、実験場周辺百メートル四方を更地へと変える大爆発と共に行われたのだった。

 

 

使徒覚醒という事実は瞬く間に本部にも伝えられることとなった。

作戦部・技術部共にトップが不在である中でてんてこ舞いになるネルフ本部内。

 

待機中のパイロットにこのことが告げられ、エヴァの配備が完了するまでは三十分。

 

エヴァ三号機の移動速度からして問題ない時間ではある。

 

 

が、その三十分があれば、彼女には充分だった。

 

「うーっ、寒い寒い。今、戦いを求めて全力疾走している私はごく普通の女の子。

強いて違うところを挙げるとすれば……この子に興味があるってことネ―――それじゃ、行くわよ」

 

弐号機プラグ内に潜む彼女が妖しく微笑んだところで、弐号機もまた、エントリー完了を示す緑色の眼光を灯す。

獲物が来るのを、今か今かと待ちわびる獣のように。

 

「「アタシの」弐号機」

 




はい。十七話です。今回は予定通りの投稿になります。

一応明日、十八話を投稿予定ではあります。ハイ。乞うご期待(?)

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