再臨せし神の子   作:銀紬

2 / 26
第壱話 使徒、襲来

すぅ…………すぅ…………

 

 

寝息が聞こえているその部屋に、幾らか日差しが入り始めている。

朝だ。朝が来ている。

 

少年は目を覚ますと、ふわりとした笑みを浮かべた。

 

 

「……本当に、戻ってきたのか」

 

電子カレンダーは6月22日。来たるあの日を示している。

俄かには信じられないが、これは現実である。静かに喜びを噛みしめた。

 

『そうだね、シンジ君』

 

聞きなれた声がどこから聞こえてくる。

その声の主はシンジの友、渚カヲルの声である。

 

「…………カヲル君? どこにいるんだい?」

『君の中さ』

「……え?」

 

唐突に非現実なことを言われて狼狽えるシンジ。

しかし、言われてみれば確かに自分の中から聞こえてきているようだった。奇妙な感覚に思わず顔をしかめる。

 

『どうやら、ここに来る過程で君の中に魂が収まったみたいだ』

「……じゃあ、この世界に君はいないの?」

『いや、もう一人の僕はまた別にいるみたいだ。まだ目を覚ましていないけどね』

「別に……?」

『そう。今は月に居るよ。時が来たら降り立つ予定になっていたのさ』

「へえ……」

『そうだね……それまでの間、暫く君の目を通して、この世界を楽しんでみるよ。

破壊されていない第三新東京市を見るのは初めてだし、それなりに興味もあるからね』

「そっか……そういえば、綾波は僕の中に居ないのかな?」

 

そう。ここには綾波レイがいなかった。

共に力を行使した存在である以上、カヲル同様に戻ってきていてもおかしくはない筈なのだが……

 

『うーん……彼女はこちらの世界では僕より遥かに早く生まれたからね。もしかしたら、既に移っているのかもしれないし』

「そういうものなのかな?」

『仮説だけどね。でも、僕たちがこうして戻ってきたこと自体イレギュラーだから、そう考えるのも自然ではないかな?』

「……ま、とりあえずネルフに向かって、綾波の様子を見るのが先だね」

『そうだね』

 

どうやら、カヲルとはしばらくの間心の中で対話することになるらしい。

暇なことはなくなりそうだが、はてさて。

 

身支度を済ませると、やや早い時間ではあったが荷物を担ぎ手早く外へ出ることにした。

 

----

「……さて、ネルフ本部に行こうか」

 

この世界では特務機関ネルフと呼ばれる組織。そこへシンジたちは向かっている。

手元には『来い。ゲンドウ』とのみ乱雑な字で書かれた手紙が握られている。

 

ネルフはサードインパクトを回避するための組織と表向きでは謳われているが、現実は逆である。

そして、この組織の総司令である碇ゲンドウこそがシンジの父であるが、

最終的にはネルフの裏にあるゼーレと呼ばれる組織によって半ば利害の一致により利用されてもいた。

 

結論から言うと、シンジはゲンドウを赦そうと思っていた。

勿論ただで、すぐに赦すわけではない。

だが、恨みに恨んでも仕方がないのだ。

今からでも使徒の戦いを通じてアタックしていけば、きっと思い描く「普通の」家庭が得られるかもしれない。

そうなれば、自然と互いを受け入れられるかもしれない。そう思ってもいた。

 

『待ち合わせ場所の駅に行かなくてもいいのかい?』

「……」

『シンジ君?』

「……今回はちょっとミサトさんには反省してもらおう」

『どういうことだい?』

「だってあの人、とってもズボラなんだもん……」

 

ミサトさん。

この世界でも同じ人物、同じ名前ならば、その名は葛城ミサトという。

 

確かにミサトはシンジに一つのターニング・ポイントを与えた人物ではあった。

しかし、それ以上に彼女は、平均的な女性と比較してみると余りにも生活力が欠如していた。

その上とんでもない飲んだくれと来ている。

 

今回軽く不祥事扱いを起こして、せめて減酒くらいは出来るように、ちょっとした減俸を喰らわせることを目論んでいたのである。

 

「それに、あの人には加持さんも居るんだ。

でも、僕がそこへ行くと……きっと、どこかで迷うことになる。

年の差っていうのもそうだけど、心からあの二人は分かりあってるようだった。

僕も……今思えば求められなかったわけではないけれど、

僕では、あの人を加持さんほど幸せには出来ないと思う。

だから……距離を置かれなければならないと思うんだ」

『……そう。まあ、君がそう言うなら、きっとそうなのだろうね』

 

ミサトのことは決して嫌いではない。むしろ……好きな方だ。

異性としてどうか……と言うと一先ず置いておくとして、家族としては少なくともゲンドウよりよっぽどマシである。

 

しかし、それが故にシンジは距離を置くことを決意していた。彼女の、幸せのために。

勿論彼女だけではない。

候補は今のところ彼女のみだが――必要があれば、拒絶する人間はとことん拒絶するつもりであった。

それに……上手く行けば、レイやアスカ、そしてカヲルといったチルドレンに、友人たち、そして、父と母。

その他、ミサトも含む周りの大人たちも、一緒に幸せになれる時が来る。いや、来させてみせる。

それ故に、、今回シンジは彼女を「拒む」ことにしたのである。

ただ、まだその決意は少し脆いものだった。何かきっかけがあれば、崩れ去ってしまうかもしれない。

 

「まぁそれもそうだし、よく思い出せばあの人の作戦で死にかけてたしね。

今日だって、前の時は後20mも先に歩いていたら僕は今こうしてここに居ないよ。きっと使徒に踏まれるか、飛行機の爆発に巻き込まれてた……」

『……成る程』

 

また、シンジは彼女のむちゃくちゃな作戦には正直なところ辟易ともしていたのだ。

その為、出来る限りマシな方向に持って行けるようにしようという目論見もあった。

今ならさまざまな改善点が思いつくし、カヲルとの対話でより発展させることが出来るだろう。

彼女の気まぐれな指揮で何度も命を落としそうになったのも事実だ。

それはシンジだけではない。綾波レイ、そして惣流アスカ・ラングレーの二人もまた、被害者と言える。

 

「もう一つ、あの人は……復讐に生きていた。父親の敵討ちに生きていたんだ。

討ちたいという気持ちは分かるけど……あの人には、出来る限り普通の女性として人生を歩んでほしいと思うし」

『そうだね……』

 

それに、ミサトははっきり言ってかなりレベルの高い美人である。

使徒の復讐に生きずとも、充分幸せな人生を送ることは出来たはずだ。

 

先ほどシンジが述べていたように多少家事が出来ないのは気になるが、そこは加持がどうにかするだろう。

 

 

 

 

加持だけに。

 

 

 

『シンジ君』

「ん、どうしたの?」

『その……今のは、ちょっとばかり点数が低いかな』

「……あまりむやみに心を読むのはやめてほしいな」

『そうは言ってもダダ漏れだったんだもの』

----

 

ポーン。

 

厳重そうなゲートのロックが、カードを翳すとともにいとも簡単に解除される音がする。

再び、ネルフへやってきたのだ。そんな自覚がシンジに芽生える。

 

道中ではタクシーを足にした。まだ警戒令は出ていなかった上に通勤時間も上手く避けていたので、思っていたよりずっと早く到着した。

かつてのように無核爆雷ことNon Nuclear爆雷、通称爆雷の脅威に晒されることもなく、ミサトの爆走運転に巻き込まれることもない。

第3新東京市のタクシーは他の街より幾分か進んでおり、走り心地もかなり良い。

クーラーの効いた快適な陸の旅を楽しむこととなった。

『クーラーは良いねえ、リリンの生み出した機械の極みだよ』

というのはカヲルの弁だ。

セカンドインパクトで地軸がずれ、この日本という土地が年中夏である以上はシンジもそれに同意する。

 

到着したのは待ち合わせ予定時間の10分前位だろうか。

ネルフ本部から待ち合わせ地点まではおおよそ1時間程度は掛かるので、大分時間短縮になったと言えよう。

途中、見慣れた青いルノーがエンジン全開で走り去る姿が見えたが、まずは先を急ぐことにした。

 

この時シンジは学生服を着ていた。これから入学する第壱中学校指定のモノである。

指定と言っても、上が白いワイシャツやカッターシャツなど、下が黒っぽい長ズボンという無難なスタイルであれば多少のメーカーの違い等は黙認されている。

それ故、見慣れない学生服の少年に好奇の視線を当てる者もそれなりに居る。が、声は掛けない。

誰かも分からぬ、それでいて特に害も成さないであろう余所者に声を掛けるほどネルフの人員も暇ではないのだ。

シンジとしてもそれが好都合であった。

 

まず司令部に行くか、とも思ったが、もう一つシンジには行こうと考えているところがあった。

シンジはまずそこの扉を開けることにした。

 

「……失礼します」

「……あら? 誰かしら」

 

特務機関ネルフの技術開発部技術局第一課。シンジが開けた扉はそこである。

そこには、都合がいいというかなんというか、赤木リツコという人物のみが居た。

 

「初めまして、赤木リツコ博士。本日付けでサードチルドレンとしてやってきた碇シンジです」

「へぇ……貴方があのシンジ君ね」

「はい。宜しくお願いします」

 

当たり障りのない挨拶。これは成功だろうか。

 

「……そういえば、ミサトはどうしたのかしら? 確か貴方と一緒に来るはずだったと思うのだけど」

 

来た来た。この質問はきっと来るに違いない、というか来ないとおかしい。

そう考えていたので、シンジはカヲルと共にタクシー内で考えた言い訳を披露することにした。

 

「あー……それは伝え忘れてた僕も悪いんですけど。

よく考えてみれば、あの敵……今日呼び出されたのって、それと関係があるんですよね?」

「…………へえ、鋭いのね?」

 

リツコは怪訝な目でこちらを見てくるが、シンジは特に気にしない。

この位は想定の範囲内だ。

 

「まあ……父が僕を呼ぶなんてビッグイベント、戦争か何かがない限り起きないと思ってましたから」

 

咄嗟の言い訳だが、シンジにはこの言い訳は通るだろうという確固たる自信があった。

 

「…………それもそうかもしれないわね、続けて頂戴」

 

リツコは、シンジの父である碇ゲンドウと並々ならぬ関係があった。

それ故、シンジの父のことはある意味シンジ以上によく知っているともいえる。

それが故にこそ、適当に父親を免罪符に出しておけばコロリと騙されるだろうと踏んだのだ。

そして、それは的中したという訳である。

 

「で……まあ、ただただ黙って待ち合わせ場所で待っていたとしましょう。

でもあの父のことですから、多分クロロホルムか何かを嗅がせて拉致でもするんじゃないかと」

「…………」

 

きっぱりと否定しきれないリツコであった。

ゲンドウは目的の為ならば息子の友人すら使徒として「処理」しようとする、利己的かつ排他的な人間でもあったのだから。

 

「まあそんなわけで、自力で来てみたわけです。流石に見ず知らずの人たちに拉致されて実験動物にされるなんてオチ嫌ですもん。まあ、そういうオチはなかったようですが」

「……」

 

若干シンジから目線が外れる。

図星かリツコよ。内心でツッコまざるを得ない。

 

「……そうね。今は一刻を争う事態だから、今回のことは不問とします。それじゃあミサトに戻ってくるよう連絡付けないと……」

「あ、そのミサトさんって人なら多分今さっき出て行きましたよ?」

「えっ?」

「まあ、僕の見た青い車に乗っている人がそのミサトさんなら、の話ですけど」

 

勿論シンジはあの蒼いルノーを運転する人が誰かを知っている。勿論、敢えて声を掛けたりはしない。

そして、暫し頭を抱えた末に、リツコが口を開いた。

 

「……情報ありがとうシンジ君。 

あのバカ、こんな遅い時間に出ていってもしシンジ君が待ち合わせ通りの時間に来ていたらどうするつもりだったのかしら……」

「さぁ……」

 

ブツブツと言って電話機の前に立つリツコ。前史より多少口が悪いのは気のせいだろうか?

ここで出ていって司令部に行くのも良かったが、記憶によればシンジの父、ゲンドウが降りてくるのはもう少し後になってからだ。

なので、リツコの指示を待つことにした。

 

……が、どうも様子がおかしい。

 

「……繋がらないわね」

「どうしたんですか?」

「電話が繋がらないのよ。仕方ないから、私が司令部まで案内するわ」

 

一瞬マトリエル戦を彷彿としたが、特に電源は落ちていない。電波障害だろうか。

 

 

その頃、ネルフから数十キロ離れたあたりにて、

 

ブォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

物凄い爆音と共に青いルノーは突っ走る。

既に法規的許可は得られているのをいいことに、その速度メーターは時速200km/hを示していた。

 

「あ~もう! シンジ君どこにいるのよぉ~!!!」

 

プルルルル……プルルルル……

 

勿論、その際に生じる爆音でちっぽけな着信音などは聞こえてこない。

手元に気付くのは、それから30分してからのことである。

----

 

技術部第一課から司令部までは5分ほど掛かる。

施設内とは言えど、広大なジオフロント内の施設を回るにもなかなか時間が掛かるのだ。

シンジはカヲルと今後の方針について話し合っていた。

 

「(カヲル君、君は確かシンクロ率を自在に操れるんだよね?)」

『うん。

でも、弐号機はアダムから作られていたから操れたんだ。リリスから出来た初号機のシンクロ率をあれほど操れるかは僕にも分からない。ある程度は自由が利くとは思うけどね』

「(そっか)」

『まあ、出来るだけのことはするよ。シンクロ率を高めて、敵を手早く倒すんだね?』

「(いや……怪しまれない様に、敢えて50~60%程度に留めておきたい。

シンクロ率は深層心理が関わってくるから、今の僕が乗ってもきっとかなりのシンクロ率になってしまうだろうし)」

『なるほど』

 

「……」

 

こうしてカヲルと「対話」する時、シンジは無言になるものの少々神妙な顔つきになるのだが、

シンジはそのことに気付いてはいない。

しかしながら外部から見れば気付くもので、シンジの様子を不思議に思ったリツコが声を掛ける。

 

「シンジ君?」

「……あ、はい? もう着きましたか?」

「まぁ、確かにこのエレベータを上がれば司令部だけど……何かこう、どこか遠くを見ているというか、そんな顔つきだったから」

「ああ……気にしないでください。昔のことを思い出していたんです」

「昔のこと?」

「えぇ、父のことを、ちょっと」

「……そう」

 

チーン!

 

ウィーン。ガシャン。

 

 

エレベーターの扉が開く。そこには大きな扉がある。

この向こうに父が居るのだろう……シンジは直感的に感じた。

 

「司令部はここよ。私は技術部での仕事があるから戻るわね」

「はい」

 

引き返していくリツコ。

エレベーターの扉が再び閉まったことを確認すると、一息、深呼吸。

そして意を決して中へ入ることにする。

 

「失礼、します」

 

ガチャン、と扉が開く。

 

中には、ガラス越しに本部の様子を見ている碇ゲンドウ、そしてその助手ともいえる立場の冬月コウゾウの姿があった。

初めサキエルに対しては国連軍の攻撃が続いていたらしい。ともすれば、そろそろN2爆雷を投下する頃だろうか。

 

「……誰だ?」

「息子の姿も忘れたの? 僕だよ、シンジだよ」

「……シンジか……葛城一尉はどうした」

「葛城? あぁ……まあ色々あって、直接ここに来たんだ」

「……少しここで待っていろ」

 

感動の再会かと思いきや、相変わらず無愛想な態度である。

けれど、この態度を貫いたからこそ使徒は全て倒されてきたのかもしれない。ともすればそこは素直に手腕を褒め称えるべきではある。

その結果があの赤い海では洒落にならないのだが。

 

静かに目の前を見ていると、突然スクリーンがホワイトアウトする。恐らくN2爆雷が投下されたのだろう。

しかし、シンジは知っている。コレで終わる相手ではないという事を。

 

後々のことを考え、シンジは動いた。

 

「父さん」

「何だ」

「僕の記憶だと、父さんは何かロボットを作っていたよね。え、え、エ……エウアンゲリオンだっけ?」

「……!?」

 

正確にはエ「ヴァン」ゲリオンなのだが、敢えて原典っぽく僅かに間違えておく。

それでもゲンドウを動揺させるのには充分なようだ。暫し、無言になるゲンドウ。

 

「碇……どうやらシンジ君は覚えているようだぞ」

「……問題ない」

「もしかすればユイ君のことも覚えているかもしれないぞ?」

「…………」

 

ひっそりと耳打ちをするコウゾウ。もっとも、シンジにはどんな会話をしているのか大体想像はついたが。

 

 

『馬鹿な!』

 

 

その時、N2爆雷が通用していないことが判明した。

そろそろ降り時だろうか。

 

「碇君。私たち国連軍の兵力があの目標に通用しないのは認めよう。しかし、君になら勝てるのかね?」

「任せてください。その為の、ネルフです」

「……期待しているよ」

 

露骨に悔しさを滲ませた表情で告げられると、それ見たことかと小さな笑みを浮かべるゲンドウ。

国連軍の面々がやがていなくなっていく。

そして、司令部は完全にネルフのものとなった。

 

「フ……出撃」

「碇!? まさか初号機に乗せるというのかね」

「問題ない。シンジ、出撃だ」

「出撃? どうやって? 生身であんな化けものに勝てとでも?」

 

とぼけてみるシンジ。このような、ちょっとした駆け引きじみたやり取りも実は密かに憧れがあった。

 

「……お前の言う通り、この施設ではロボット……正確には人型汎用決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンを作っている。

そしてその初号機のパイロットはお前というわけだ」

「ふーん…………分かったよ。それに乗れということだね」

「そうだ」

「……イイよ、どうせ拒否権ないんでしょ? でも一つ条件がある」

「……言ってみろ」

「いざという時は独断で動くからそこは目を瞑ってほしいな」

「フン、構わん」

「即答だな、碇」

「特に何も問題はあるまい」

 

これがシンジにとって重要であった。

シンジの脳裏には、かつての親友、鈴原トウジの妹であるサクラをこの時傷付けてしまった記憶が蘇っている。

それが自分が暴走しているときかしていない時なのかも分からないので、少なくとも自分の手の施しようがない暴走は避けたいと考えていたのだ。

もしかしたら一悶着あるかもしれないと思ったが……ゲンドウとしてみれば駒がしっかり動いてくれればそれでよかった。

 

……実のところ、またしてもトウジに殴られるのは嫌だなぁ等と考えたがゆえの行動でもあったが。

 

「ならいいよ、その……初号機のところに案内してよ」

「……冬月先生。頼みます」

「……息子が来ても、面倒事を俺に押し付けるのは相変わらずか……まぁいいだろう。 シンジ君、ついてきたまえ」

 

コウゾウに言われるがままについていく。

最も既に道は覚えているのだが、これもまた怪しまれないための策である。

 

「……驚かないのだな、シンジ君。普通の少年ならば、何かしら拒絶はあると思ったが」

「内心、怖いですけど……アレをやらなければ皆が死んでしまうのでしょう? やってやりますよ」

「そうか……私としては内心不安でもあるがね、期待しているよ」

 

事務的な会話。

シンジとしては、この使徒に関しては勝算充分。恐怖も実際にはほぼ皆無である。

時が経って少しずつ怪しまれるならば想定の範囲内なのでいいが、最序盤から怪しまれていてはそこそこ阻害になってしまうだろうと考えたのだ。

----

 

「……へえ、これが初号機なんだね」

 

コウゾウの案内でケージに到着したシンジは、さっさと指示に従ってこの紫の鬼に搭乗した。ここで時間を喰うと、トウジの妹であるサクラが負傷する可能性がある。

シンジにとっては見慣れた姿であるが、一応初めて見るフリはしておいた。

 

 

【全回路、動力伝達問題なし。第二次コンタクトに入ります】

【A10神経接続、異常なし】

【LCL電化率は正常】

【思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし】

【双方向回線、開きます。シンクロ率……64.8%!】

「……仕組まれた子供たちの実力、訓練なしでこれほどとはね」

 

伊吹マヤと言う名のオペレータの報告を受け、素直に感心するリツコ。

これまでは起動率0.000000001%。

オーナイン・システムなどと言われていた機体が、目の前の一見何の変哲もない少年によって高い水準で動かされようとしている。

 

「(……ちょっとだけ高いかな?)」

『すまない、やはりリリスのものでは完全な制御は出来なかったよ』

「(カヲル君は気にしないでいいよ。 それに……いるんだろう? 『初号機』が)」

『うん。 この波動は……正しく、あの『初号機』そのものだ。

君の助けはすれど、君の不利益になることはしないはずさ。きっとこのシンクロ率が正解なんだよ』

 

そう。あの赤い世界がかつて今のように青い世界であった時の初号機もまた、目には見えないがここにいるというのだ。

シンジをはじめとする運命を仕組まれた子供たちのため、あの時からシンジの元へ駆けつけてきてくれたのである。

 

【ハーモニクス、すべて正常値。暴走、ありません】

「いけるわ!」

「発進準備!」

【了解。エヴァ初号機、射出口へ】

「……チッ」

 

リツコが指示を出す。

その横に居るのは、ネルフ作戦部長こと葛城ミサトその人である。

 

ミサトはシンジの出迎えに遅刻し、あと一歩でN2爆雷の脅威に晒すところだったとしてこってり絞られていたのだ。

 

「(あんのクソガキ、可愛い顔してやってくれたじゃない……! 後でじっくり「教育」してやらなきゃねぇ……!)」

 

ミサトは黒い思惑を、誰にも見えないところで一人静かにたぎらせていた。

 

 

【エヴァンゲリヲン初号機、リフトオフ! シンジ君。今は歩くことだけを考えて】

「はいはい、歩く、歩く……っと」

 

ガシャン。

静かに歩きだす。

前回はミサトがそもそも遅刻してきたり、N2爆雷で吹き飛んだミサトの車を起こしたり、自分が乗るのを躊躇ったりで時間が大幅に遅れていた。

だが、今回は全ての時間を最高効率で進めているのでまだ夕日が見える程度の時刻。針は17時10分を指していた。

 

「(これで、サクラちゃんは大丈夫なはずだ。後は……目の前の敵を倒すのみだ)」

『そうだね。 上から見る訳じゃないけど、お手並み拝見させてもらうよ』

【歩いた……!】

 

リツコをはじめとする本部が驚嘆の声を上げる。

オーナインシステムと呼ばれたそれが動き出すのだから当然の反応と言えるだろう。

 

「歩く、歩く……と。転ばない様にしなきゃ」

 

シンジにはあくまでも余裕があった。

 

水の使徒サキエル。

確かに人類としては脅威であるが、既に人類を含め16体の使徒と戦いをこなしていたシンジにとってみれば下級クラスの使徒だった。

拒絶タイプの使徒としては明らかに後に現れる力の使徒ゼルエルには及ばないし、

そのゼルエルにもエネルギー切れという原因すらなければほぼ圧倒できていたのだから。

 

一方のサキエルはこちらを静かに見つめながら進んでくる。このままいけば正面衝突することになるだろう。

シンジは、一先ず指示を仰ぐことにする。

 

「次は、どうすればいいですか?」

【え?】

「次ですよ、次。歩いたら次はどうするんですか?」

 

こうしている間にも一歩ずつサキエルは近づいてくる。

ズシン、ズシンと歩みを止めることはない。

 

【そうね……応戦するのよ】

「応戦? どうするんです」

【応戦は応戦よ!】

 

それまでの苛立ちが勝り、思わず怒鳴り散らすミサト。

だが、その曖昧な指示はシンジにとって非常に好ましいものであった。

 

『……健闘を祈るよ、シンジ君』

「(ありがとう。 初号機も……頼むよ)」

 

シンジが初号機に呼びかけると、先ほどまで不透明さのあった手足の感覚が一気にクリアーになる感覚がする。

目の前では、ちょうどサキエルが迫ってきていた。

 

【目標内部に高エネルギー反応!】

【シ、シンジ君避けて!】

「えっ?」

 

突然のピンチに、目の前の苛立ちよりも作戦部長としての理性が勝ったミサトの声が飛ぶ。

直立していた初号機に、その目から強烈なビームをゼロ距離で放つサキエル。

猛烈な土煙が上がり、発令所からは既に何も見えない状態だ。

 

それを見た本部は騒然とする。

目の前で、希望であるエヴァが使徒の攻撃を超至近距離で受けたのだから。

通常兵器では粉々に砕け散るレベルの高火力ビームを受けたのである。いち早く動いたのは、やはりミサトだった。

 

【エヴァの状況早く!】

【はい! ……えっ!?】

【どうしたの!】

【……出所不明の高エネルギー反応が発生しています!】

【何ですって!?】

 

その騒々しさは増していく。初号機が既に臨界状態になってしまっているのではないかなどと考え、神に祈る者もいた。

しかしその怖れを取り除くように、目の前には次々と最大値まで振り切られたメーターが出現する。

 

【モニター、晴れます!】

 

「…………(やっぱり、最初はこんなものか)」

『一度は神になった君と初号機の力を持ってすれば、造作もないことさ』

 

目の前ではサキエルがこちらにその腕から強烈な紫色のレーザーを何度も放っている。

しかし、その度に初号機の掌から放たれているオレンジ色の壁がそれを容易く阻んでいた。

「出所不明の高エネルギー反応」の正体もこれである。

 

【ATフィールド!?】

【エヴァ初号機、全数値正常! 暴走及び損傷、ありません!】

【シンクロ率……99.89%まで上昇しています!】

【そんな、有り得ないわ!?】

 

オペレーターたち、そしてリツコの驚嘆の声が響いてくる。

けれども、シンジにとってそれはもうどうでもいい。

今は目の前の敵を撃滅することに集中する。

 

「初号機、一発とは言わない。二、三発で終わらせよう」

 

あの時はサキエルの自爆による甚大な被害が第三新東京を襲っていた。

なので、サキエルだけでなく、全体的に使徒の被害を極力小さな被害に抑えることもシンジの目的であった。

 

そんなシンジの呟きに、初号機は応えた。

 

【初号機内部から高エネルギー反応!】

【何をするつもりだというの?】

 

暴走状態ではないので無線は響いてくるが、シンジは最早免罪符を二つも持っている。

一つは碇ゲンドウとの契約、もう一つはミサトの「応戦」という非常にあいまいな指示。

ならば、とことん自由にやらせてもらおうではないか。

 

初号機は再度ATフィールドを展開した。しかし、今度は防壁としてそれを展開したのではない。

 

「(アラエルのようにやれば、攻撃への応用も出来るはずだよね)」

『物理的攻撃も可能なはずさ』

【初号機、手首より先にATフィールドを纏っています!】

【まさか!】

 

一応本部でのものと思われる声も聞こえてくるのだが、何か命令である訳でもないので特に気にしないことにした。

 

拳にATフィールドを纏ってみせると、接近していたサキエルのコア目掛けて殴りつける。

サキエルもATフィールドでそれを防ごうとするが、まるで意味をなすことはなかった。

まともにコアへその拳を叩きつけた。コアはその一撃のみでボロボロになっていた。

 

「おおおお!!!」

 

シンジの掛け声とともに、更にもう一撃。非情なまでに重い一撃がサキエルのコアに一点集中で襲い掛かる。

決して軽くないサキエルの体躯が、初号機の拳で先ほどのN2爆雷で更地になったあたりまで一気に吹き飛んでいく。

 

そしてその一撃で完全にコアは破壊されていたらしく、更地に落下するかしないかのタイミングでサキエルは爆発した。

 

余りにも綺麗に終わった戦闘に一同息を飲んでいる。

 

そんな中、司令席では。

 

「碇」

「…………ユイが、目覚めたようだな」

「アレがか? 俺にはシンジ君が自分の力で倒したようにしか見えんぞ。にわかには信じがたいがな」

「……問題ない」

「……少しは現実を見る努力をしたらどうだ? 叶う願いも叶わなくなるぞ」

「……【作戦終了。 総員、第一種警戒態勢に戻れ】」

 

目の前の息子の思わぬ強さを目の当たりにしたゲンドウとしても、行動終了の命を出すしかなかった。




パーパラッパッパパーパパッパー♪
パーパラッパッパパーパパッパー♪

陽気なBGMとともに。

「はい、皆さん初めまして!「スリー・オペレーターズ」ことNERV本部技術開発部技術局一課所属の伊吹マヤですぅー」
「初めまして。NERV本部中央作戦司令部作戦局第一課所属、日向マコトです」
「初めまして。NERV本部中央作戦司令部情報局第二課、青葉シゲルです」

パーパラッパッパパーパパッパー♪
パーパラッパッパパーパパッパー♪

陽気なBGMとともに。

伊「はい。『このコーナーではこの小説と原作の相違点、後たまに原作で感じるであろう疑問を後書きで解説するコーナーです』……と台本にはありますぅ」
青「マヤちゃん……台本バラしちゃダメだよ……」
日「いやシゲル……台本って言っちゃった時点でお前が一番ばらしてるって」
青「……」
日「……」
青「……」
伊「……細かいことはいいんですよ。
そういえば今回のアテレコ、実はコレで二回目なんですよね~」
青「ああ、なんでも最初は全部完成させてからゆっくり放送することにしていたみたいだけど、某サイトに永遠の更新停止をされたくないから」
日「急きょ未完成ながらもボチボチ放送することにしたみたいだな」
伊「みたいですねー。まあ、噂によると既に「破」の途中あたりまではおおむね終わっているみたいで」
日「でも、破って2作目なんだよなあ……」
青「……某監督みたいにQが終わると同時に声優やったり鬱になったりしなきゃいいんだけどな」
伊「……」
青「……」
日「……」
伊「……そ、そういえば、コーナーとは別にいつも疑問に思うんですけど今始まった時にBGMってなんていう名前なんでしょうかね?」
青「そういえば……結構有名なBGMだけど俺も知らないな、マコトはわかるか?」
日「うーん……俺も分からないなあ。
葛城さんの家でしょっちゅう流れてるくらいだし、「MISATO」って曲名だったりするんじゃないかなぁ」
青「いやーまさか、そんなはずはないでしょ」
伊「そんな単純な曲名な訳ないですよ……え?当たり?」
青「はえーそーなのかー」
日「……折角当てたのになんかスゲーアウェーなのは何でなんだい?」
伊「まぁ、いいではありませんか。それはそうと、このコーナーはどうも使徒が現れる度にやるみたいですよ?」
日「大体2~3話に1度、ってところなのかな?」
伊「でしょうね。恐らくこれも十回位はやることになるんじゃないでしょうか」
青「えーめんどくさいなあ……
こういう後付けの企画って某巨大掲示板なんかでは
「蛇足」だとか「くさい」だとか「中二病」だとかよく言われるみたいだし。
俺としてもあんまやりたくねえんだよなあ。大体、こんなことをやる位だったらギターを弾いてたいよ」
日「『まあ……仕方ないさ。小説では俺たちは出番少ないしな。マヤちゃんは割と多くなるみたいだけど』」
青「……やけに棒読みだな」
日「……察せよ」
伊「はい、そこの二人! そろそろ本題に入りますよ。
まず、シンジ君の圧倒的な戦闘力についてですね。コレは……」
青「うーん……はっきり言って、戻ってきたとは言っても強くなりすぎじゃないか?」
日「それは俺も思うな。 そりゃ、あんな過酷なことを経験したんならいくらか成長はするだろうけど、普通あそこまで強くなるか?」
伊「まあ……アスカもキョウコさんのことを認知してから量産機を単独で9体撃破しましたし、おかしくはない話だと思うんですけどね」
青「……キョウコさんって誰だ?」
日「さあ……キョウコさんって言われても、赤いポニーテールで、チャイナドレスみたいな服を着て槍を振ってる子位しか思いつかないけど。どうも青い髪の子が好きだそうだから、レイちゃんとも気が合いそうな人だよ」
伊「随分と具体的ですね……もしかして、日向君の好きな人ってそういう人なんですか? 葛城さんが聞いたらどう思うでしょうね……」
日「そんな冷ややかな目で見ないでくれよ……それに俺だって……諦めたくはなくても諦めなきゃいけないことがあること位わかってるさ。
葛城さんは、その諦めなきゃいけないことを教えてくれた」
青「マコト……」
伊「日向君……」
一同「……」

……


伊「……おほん。えー、Thanatosかhedgehog dilemmaあたりが流れかねないので次に入りましょう。
サキエルが水の天使というのはどういうことか、ということで」
青「急に雰囲気変わったな。どういうこと……って言ってもな。俺は無宗教者だしキリスト教のことはよくわからないよ」
日「俺も。それ、一応調べてはみたけど……「そういうもの」としか言えないよな」
伊「……そうですね。じゃあ、これはここまでにしておきましょうか。
じゃあ最後にもう一つ……ああ、基本的に一回の後書きにつき三~四個の疑問に答える形になるみたいですよ。
で、レイはどこへ行ったの?ということですか」
青「いきなり核心を突くな」
日「うーん……青葉、お前が一番知ってそうなものだけど」
青「な、何の話だよ」
日「知ってるぞ、皆が思い思いの人を思い浮かべる中でお前だけレイちゃんが迎えに来たんだろ?」
伊「ギターが沢山飛んでくると思ったんですけどね」
青「そ、それは……その……お、俺だってアレすっげー怖かったんだぞ!?」
日「……」
伊「……」
青「そんなジト目で見るなよ……特にマコト、お前がそんな目してもキモいだけだぞ」
日「いや、お前の変態度合いよりはマシだっての」
伊「はいはい、そこまで。私も青葉君が変態だってことはよ~く分かりましたから。
まあレイ……レイは、きっと身近なところに居るんじゃないでしょうかね?」
日「……なんかもう死んじゃったみたいな言い分だね」
青「そうだな……マヤちゃん、それ不吉な予感しかしねえよ……」
伊「そうはいっても……私にも今はそれしか言えませんもの。
それじゃあ今回はこの辺にして、葛城さんにバトンタッチします」
葛城「はーいはーい。それじゃ行くわよん♪
こほん……『圧倒される第三使徒、守られた第三新東京市。
少しずつ変わる運命に呼応するかのように動き出す時の歯車。
シンジはそれを見て何を思うのか。
次回、「見知らぬ、展開」さぁ~て、次回もぉ~?』」
全員『『『『サービスサービスゥ!』』』』

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。