再臨せし神の子   作:銀紬

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はい。イロウル襲来が実は三月二日ということに全く気付かず、
結局一応骨格は完成していたとはいえ、何とか突貫工事でギリギリに仕上げました。




第十三話 咲き乱れる彼岸花

その日の朝は、雲一つない晴れであった。

この日はネルフの訓練なども特になく、普通に学校に通う日である。

 

「おはよう碇ぃ、綾波」

「おはよーさん」

「おはよう、碇君に綾波さん」

「ああ、皆」

「おはよう……」

 

聞きなれた三人の声がレイとシンジの登校を迎える。

 

今日は珍しく、トウジ・ケンスケ・それに加え、ヒカリまでもがここに居た。

そういえば、前史ではヒカリはトウジを想っていたはずである。それは一体今史ではどうなっているだろうか?

尤も栓無きことではあるが、なんとなく気になるのは人の性だろう。

 

ただ、気にしている暇もない。結構のんびりしているようにも見えるが、これでも始業ギリギリに近いのである。

とっとと教室に入り込み、荷物を一通りまとめたところでチャイムが鳴った。

それから約三分ほど遅れたあたりで根府川が入ってくる。

 

「ええ、おはようございます…………今朝の当直は、鹿目さん、暁美さんの二人ですね。

では、今日の予定について……」

 

何の取りとめもない、いたって平凡な一日。

十五年前の大災害もどこ吹く風の綺麗な青空が広がっており、窓から入るそよ風は常夏を感じさせない。

 

シンジは窓の外を、ふと見る。

 

なんて、綺麗な青。かの赤の世界とは、真逆の、澄み切った綺麗な世界。

この青い空を再び赤にするわけにはゆかない。

 

 

そんな正義感にあふれた思いに耽っていると、やがて根府川の口から聞きなれない単語が聞こえてくる。

 

「それでは、今日から皆さんと一緒に勉学に励む転校生を紹介いたします……どうぞ」

 

……転校生?

 

この時期、丁度サハクィエルを倒したこの時期に誰か転校してきていただろうか。

ふとレイに目をやる。すると、ゆっくりと首を横に振った。レイも分からないらしい。

ケンスケたちの方を見ると、やはり特に何も情報を仕入れたりはしていなかったらしく、意外そうな表情をしている。

 

入ってきたのは、黒髪ロングの眼鏡娘。

 

どことなくマリに似ているようにも見える……が、きっと気のせいなのだろう。

 

「短い間だと思いますけど、よろしくお願いします」

 

やはり、知らない、人物だった。

一見地味そうな姿のその少女は軽くお辞儀をすると、再び根府川の方を向いた。

 

「席は……そうだね、洞木さんの隣が空いているかな」

「よろしく、洞木さん」

「よろしく」

 

根府川が指さした方向は、シンジ達とは少し離れた席であった。

 

イレギュラーだからと言って、同じくイレギュラーたる自分たちに引き寄せられるとも限らないらしい。

そして、特徴もそこまで多い訳ではない。勿論、全く警戒を怠ってしまったわけではないが、それでもかつてのマリほどではなかった。

 

彼女はイレギュラーと呼ぶには、あまりにも普通過ぎたのだ。

 

どこにでもいる、ごく一般的な中学生の少女と呼ばざるを得ない。

それもとても大人しい。マリとはまるで正反対だ。

イレギュラーということで色眼鏡で見たはよかったが、似ているのは眼鏡だけであった。

 

休み時間になると、彼女の周りに人だかりが出来てはいた。

この時期としては珍しい転校生ということもあり、クラスの誰もが彼女に興味津々だった。

 

彼女は一応微笑んで対応してはいるが、どことなくぎこちない。

やはり大人しめな見た目に見合った性格なのだろうか?

 

結局のところ、放課後に至り、帰宅時の号令が掛かるまで一切これと言って変わったことはなかった。

 

トウジ・ケンスケを見送り、そしてこの日はレイも先に帰すことにした。

少し不満げな顔こそしていたが、理由を説明したら納得してもらえたらしい。

その代わりとして、今日の夕食がラーメンになるところまで確定した。

 

そんな放課後にシンジがやってきていたのは図書室だった。

この日の課題として簡単な調べ学習を出されたので、とりあえずこの昼休み中に迅速に済ませておこうという魂胆だった。

レイにも一緒にやろうと持ち掛けたが、彼女は彼女で家でやりたいことが色々あるらしい。

 

ともあれ最近は様々な面で多少大胆になったところはあれど、碇シンジという少年自体は前史と変わらぬ真面目な生徒でもあった。それがこうして行動に出ているのである。

 

立ち並ぶ本棚の中から、目当ての本を探す。

一人ではなかなか見つからないことも多いが、

 

「んー……っと。この辺りにあるかな」

『こっちの方にそれらしき本があったよ』

「(ん、ありがとう)」

 

二人であるというのは何気にこういう時にも役に立つものである。

 

目当ての本を見つけると、早速カウンタ―へ向かう。

ここでレポートを書きあげてもよかったのだが、この日も家では同居人が腹を空かせて待っているのである。早いところ夕飯の支度を終えたりして、家でじっくり取り組もうという計画であった。

 

「こちらの三冊ですね……返却期間は一ヶ月後となりますので遅れないように注意してください」

「はい」

 

図書委員から本を受け取ると、図書室を出ようと扉へ足を向けた。今晩のラーメンはどうすべきかと考えながら振り向いたその時、

 

ドサッ。

 

ちょっとした衝撃と小さな痛みと共にその音は聞こえてきた。

目の前には、眼鏡を掛けた気弱そうな少女が一人、しりもちをついてしまっていた。

長い黒髪が床にぺたんとくっついている。

少女のものだろうか、本があちこちに散らばってしまっている。

恐らくこの少女とぶつかってしまったのだろうか。

 

「あぁっ、ごめんなさいっ」

「あっ、大丈夫?」

「はい。あの、貴方は……?」

「ん、僕は平気だけど」

「ならよかった。……本当にごめんなさい。私、ぼうっとしてて」

 

彼女は、本当に良かった、と言わんばかりの安堵の微笑みを浮かべていた。

その顔を見た時にその少女に見覚えがあることに気付いた。いや、見覚えどころではない。

突然に現れたイレギュラーガール、山岸マユミその人だったからだ。

 

「ん? あれ、君は」

「ああ、確か同じクラスの……」

「碇シンジ。山岸マユミさんだよね? 本拾うの、手伝うよ」

「あぁ、いいんです。私のせいですから」

「ううん。一人だと、大変そうだから」

「……ごめんなさい、本当に」

「あぁいいよ、そんなに謝らなくても」

 

本当に見た目通りの大人しい、内気な少女と言った様子だ。本を拾う間にもずっと申し訳なさげな顔をしている。

そうして本を拾う手伝いをしていると、ふとお互いの手が一つの本に向かい、そして触れ合った。

 

「あっ……。ごめんなさい」

「いやっ、えっと、その……」

 

綾波レイのものでもない、惣流アスカ・ラングレーのものでもない、真希波マリ・イラストリアスのものでもない、全く新しい少女の手。

一瞬の触れ合いではあったが、ふと新鮮な感覚に陥る……なんとなく、気まずい雰囲気にもなりながら。

しかしこのままだんまりというのもそれはそれで気まずいので、適当に話題を振ってみることにする。

 

「これだけの本、一人で読むの?」

「はい、本が好きなんです。だって……」

「……だって?」

 

少し思いつめた様子の表情をして、少女は俯いてしまう。

どうしたのだろうか、と思っていると再び口を開いてきた。

 

「……いえ、なんでもありません。本当に、すみませんでした」

「また、謝ってる」

「すいません。謝るの癖みたいで」

「ふうん……」

「それじゃ」

 

そう言うと、拾った本を抱えてマユミはどこかへ足早に立ち去ってしまった。

そんな少女の後に流れる髪を静かに見送り、シンジも図書室を後にした。

 

そういやまた謝っていたな、と思う一方、ふと彼女の姿にデジャヴを感じないこともなかった。

 

何かとすぐに謝ってどうにかしようとする事なかれ主義。かつて、そこにいた少女・アスカに指摘された己の性格。

彼女もまた、そんな性格を持っているかのように思えてならない。これで内気さも備えていれば……いや、きっと備えているのだろう。

自分とかなり似た、いや、自分をそのまま女にしたかのような、そんな存在ですらある気がしてきてならない。

イレギュラー同士引かれあうことはなくとも、それなりに似ている部分というのもあるのだろうか。

 

----

 

「……それで、一体何なのかしらあの女狐は」

「女狐って、綾波……」

「隠しても無駄よ、そこのホモから聞いたもの」

『僕はシンジ君に近寄る女がどんななのかありありと伝えただけさ』

「カヲル君も、そういう言い方はまずいよ……それに、そういうことは話すって事前に言ってくれよ」

『聞かれなかったからね』

 

ところ変わって、碇宅。

 

言うまでもないことだが、「山岸マユミ」という人物は前史にはいなかった。

いや、居たのかもしれないが少なくとも第一中学校にやってくることはなかった。

 

そう、言うなれば「因果律の相違点」が再び生じている。

しかしながら原因ははっきりとするものではない。これまでは使徒の変化ということで、単純に自分たちが違う戦法を取ったりしてきたから使徒も変わったのだ、という見解を得た。

 

いや、不可解な人物が介入してきたのは今回に始まったことではない。真希波マリ・イラストリアスの存在だ。

既に前史で言うところのアスカ並に馴染んできつつあるので忘れがちだが、彼女もまたイレギュラーな存在なのは間違いない。

 

が、彼女については一応「アスカのいない分を埋める」という理由で存在していると言えなくもない。

その点マユミはどうだろうか?

 

本来どこにも存在できる余地のない存在……なのだろうか?

だが、学校で出会った少女は紛れなく現実のものだ。ともすれば、どこかに存在できる余地がある筈であった。

 

けれども、

 

「何せ碇君ってばあの狐の手を取っていたもの」

「あ、あれは事故で……」

「…………」

「…………というか、なんで綾波に山岸さんのことで色々言われないといけないの?」

「知らないわ」

「えええ……」

 

そんなことよりも、今は目の前の同居人こと綾波レイの誤解を解くことが先決らしかった。

 

『はいはい、二人ともそこまで。しかし本当に不可解なものだね。彼女の存在からして』

「……そうね」

「真希波さんのように前回居なかったけど、山岸さんは誰かの代わりに入ってきたという訳でもないからね」

「一先ず、様子見と言ったところかしら」

『それしかないだろうね。仮に何か裏にあったとしてもすぐに何か行動を起こすという訳でもないだろうが……まぁ、何事にもイレギュラーはあるさ』

 

 

突然のイレギュラーに対し、人は弱いものだ。

例え未来が分かっている者であっても、いや分かっている者であればこそ尚更のものだ。

 

そのためか、生産的な会話はいまいち生まれない。

強いていうならば、マユミが一体何者なのか……という話題にこそなれど、

何者だったところでどのように対処すればよいのか。

 

仮にもしゼーレの使者として何らかの活動を行う工作員などだったとしても、

現段階でゼーレが何か悪事をやった等という情報が何か出回っている訳ではない。

むしろ、ネルフに資金援助を行っているただの慈善団体ですらあり、現段階で敵対するのはあまりに危険である。

それ故に先んじて行動するということも迂闊には出来ないし、

何よりなまじゼーレがそのあくどさの尻尾を出したとして、マユミがゼーレの使者であるというその確信も一切ないのだから。

 

ふとテレビを点けてみることにする。何気ない日常の変化から何らかのヒントが得られるかもしれないからだ。

 

『一ヶ月ほど前に発見された長谷川鯛造さん三十八歳無職ですが、再び行方不明になっていることが明らかになりました。

その他、長谷川さんと交友関係にある桂小次郎さん、坂本拓馬さん、志村新一さんを初めとする十数名が行方不明になっているとの報告があり、警察により捜索が……』

 

が、何か特別な番組がやっているという訳でもない。

刑事などであれば行方不明事件なども色々参考に出来る点はあるのだろうが、

生憎エヴァンゲリオンに乗れて未来を多少知っているという以外は殆ど中学生として生きているのだから。

 

その後もぼうっとテレビを観たりはしてみたものの、やはり手掛かりなどはなく。

何事もなくこの日一日の終わりを迎えることになるのであった。

 

----

 

結局のところ山岸マユミについてなんらいい情報を得られることがないまま、一週間ほどの時が経過した。

初めは好奇心からマユミに話しかける者も多かったが、彼女の大人しげかつ内気な性格もあってか今では彼女に話しかける者は精々委員長であり席が隣り合っている洞木ヒカリくらいのものであった。

 

また彼女は身体が弱いのか、三日に一度は学校を休んだりもしていた。

 

この状況は、どことなくかつての自分を彷彿とさせた。

しかしお互いそれなりにウマが合うのか、何となく楽しげに話している姿も時折見かけられる。

 

この日も何か特別なイベントがあるでもなく、普段通りの学校生活を送っていた。

風邪が流行っているのだろうか、若干ながら教室の人数が減ってこそいるが、それ以外は概ねそのままだった。

 

昼休みを迎えると、ふとシンジのもとにトウジとケンスケがやってきた。

 

「なぁシンジ、この昼休み空いとるか?」

「うん、どうしたの?」

「再来週、文化発表会があるだろ? 俺たちも出し物を決めなくっちゃな」

「発表会……」

 

そう言われてみると、去年も確かこの時期にそんなイベントがあったような記憶はある。

しかしながら使徒レリエルの襲来により街が半壊、やむなく中止になったという記憶もあった。

 

そして今回。流星のごとく現れたイレギュラーガール、山岸マユミの存在もそうだし、そうでなくとも使徒戦で色々と作戦を立てるなどしていたのでそれと無関係なことは大分頭から抜けてしまっていたのだ。

 

「何や、忘れとったんか?」

「まぁ無理もないか。ネルフの用事も忙しいだろうしな」

「あはは……でも、何をやるつもりなの?」

「んー……いや、実はもう大体やることは決まっとるねん。後はシンジさえよければって感じやなぁ」

「そうそう」

「ふぅん……で、やることってのは?」

「バンド」

「ば、バンドぉ?」

「せやっ。学園生活の醍醐味、バンドをやろうと思ってるねん」

「会場内を所狭しと反響するギター、ドラム、ベース……くぅーっ、まさにロマンの塊だよ!」

 

どうやら既にやること自体は決まっているらしい。もっともシンジとしてはやりたいことが何かある訳でもないので、従うことに異存はない。

しかしながら、なんでまた突拍子もなくバンドになったのだろう。ロマンの塊とは言うがそこまでのモノには思えない。

いや、ただ自分がそう思えないだけでふつうはそういう価値観なのかもしれないが、ともあれシンジには否定する理由こそなけれど、何故そうするのかというのもイマイチ腑に落ちないところではあった。

 

「まぁ、僕はいいけど」

「よっしゃ流石は碇シンジ君! 男のロマンをよーく分かってる!」

「……でもバンドって三人で出来るものだっけ?」

「そう、そこや……ワシらが今直面しているのは人数不足や」

「必要なのはギター、ドラム、ベース、キーボード、ボーカルの五人。いや一応ボーカルはギターかベースあたりと兼任でもいいから最低でも四人は必要になるんだ。

あっ、そういやシンジってどの楽器出来るとかあるか? 俺は生憎ドラムぐらいしか出来ないけど」

「ワシはギター担当や。これでも一応小学校の頃にやっとったからな」

「うーん。チェロはやっていたから、……ベースとかかな。後はキーボードも多少は」

「おおっ、ええなぁ。それじゃあ後はどっちかが出来る奴をもう一人連れて来れればええねんけど……」

 

そう、まさにそのもう一人が問題なのである。

なまじベースもしくはキーボード、このどちらかの奏者が居たとして、別の出し物に出演する可能性も大いにあった。

暫し考え込む三人。

 

「問題はやっぱりボーカルだよ。ここはやっぱり女の子を連れてこよう。女の子が居ないなんて、クリームを入れないコーヒーみたいなもんだよ」

「せやからワシは男らしいバンド目指したい言うたやないか」

「ナンセンスだね。美人で活かす可愛いコちゃんのボーカリストはメジャーなバンドの必須条件さ」

「ほんじゃどないすんねん」

「今から用意するんだよ」

「おおっ、心当たりがあるんか?」

「いや、俺自身にはない。しかしだ、心当たりを持っていそうな奴がここに居るじゃないか。お前だよ、シンジ」

「僕?」

「そういやネルフにもぎょうさん美人おるけぇのぅ。それ抜きにしたってわりかし女の知り合いもおるやろ」

「う、うーん……そう言われてもなぁ」

 

確かにシンジには、目の前の男二人よりも女の知り合いは多い。

更に言えば、その全員がとびっきりの美人。まるで漫画の世界のようによく出来た人間関係である。

その中にベースかキーボードのいずれかが出来る人がいれば、ほぼ間違いなく即決だろう。

 

「例えば綾波とかどうだよ。あの透き通った声、ボーカル担当させたら絶対俺たちが最優秀賞間違いなしだよ!」

「後は真希波はんもええなぁ。どういう訳か滅多に学校来ぃへんけど、あの美貌は学年中の噂やで」

「なんだったらゲストでミサトさんとか。後……伊吹?さんって人もなかなか可愛いじゃないか」

「ウヒョー! ワシ何だかワクワクしてきたわ!」

「……いや、来るかわからないけどね?」

「そんなもん声かけてみんと分からんやろ! ほな、灯台下暗しとも言うしまずはこのクラスの女に色々声かけーや自分」

「はぁ……分かったよ」

 

レイに頼めば、ボーカルは恐らく問題ないだろう。己惚れる訳ではないが、OKを出してくれるだろうという思い込みもなんとなくあった。

しかしながらボーカルは今は必要条件ではなく、キーボードないしはベースを弾ける女生徒が最優先である。

レイ以外の女生徒と話す機会はそうあるものではないので、誰が楽器を出来るかという情報もいまいち不鮮明である。

が、悩んでばかりいても仕方がない。まずはレイに声を掛けてみることにした。

 

「綾波」

「何?」

「えっと……実は今度、トウジやケンスケとバンドをすることになったんだ。それで、人員が足りないんだけど……綾波って何か楽器弾けたりする?」

「……」

 

暫し、熟考する。出来るか出来ないかなので熟考する必要がない気もするが、そこは綾波レイという人格である。普通の人間とはまた少し違うのだろう。

 

「……無理ね。歌うだけならともかく」

「そっか……他に何か弾けそうな女の子知ってたりする?」

「いいえ。知る必要がないもの」

「そ、そう……」

 

綾波レイとは、そういう人間だ。

 

次に当たったのは委員長ことヒカリ。

一応上下に姉妹が居るらしいので、そのどちらかがピアノか何かを弾いているようであれば可能性はある。が……

 

「ごめんね、私もちょっと」

「そっか。他に出来そうな人は知ってる?」

「そうねぇ……ちょっと分からない」

 

確かに彼女はそれなりに根がしっかりしているせいか、悪盛りの中学生としてはそこまで交友も広くはない様子だった。その為、あまり知る由もないのだろう。

シンジが学校内で交流がある女子は思いのほか少ない。神聖視している女子も影ながら居たりはするが、大抵シンジはトウジ&ケンスケというどちらかというと女好みではない男子か、自分とはまた一つ次元の異なる美少女・綾波レイのどちらかとしかつるんでいないからだ。

いよいよネルフの誰かにあたらないと駄目か、とあきらめの気持ちを早くも持ち始めていた。

 

ところが、意外にもあっさりと人材は見つかることになった。

 

 

「あの…………私、ベースなら出来ますけど」

 

 

洞木ヒカリの隣にいる黒髪ロングの文学少女、山岸マユミがまさに合致する形で立候補したからだ。

 

「よかった。丁度ベースが足りなかったんだ。ありがとう山岸さん。それじゃあ早速放課後から練習するみたいだから音楽室に……」

「私も行くわ」

「綾波?」

「ベースが丁度そろったということは、ギター、ドラム、キーボードは既に揃っているのでしょう?

ならば私がボーカルをやるわ」

「え、でも」

「やるわ」

 

突然妙なモチベーションを出し始めたレイ。

ヒトの心は如何なる数式でも表すことが出来ていないとされるが、それはレイについても例外ではないようだった。全く以って予測不可能。

 

「わ、分かったよ……じゃあ二人とも放課後ね」

 

レイの勢いに押される形で了承し、放課後の練習の旨を告げたところでチャイムが鳴った。

 

----

 

結局のところ、バンドのメンバーは役割も含めて概ね完成した。

 

ギターはトウジ、ベースはマユミ、ドラムはケンスケ、キーボードはシンジ、そしてボーカルがレイ。

 

マユミもどちらかといえば美少女に入るルックスを持つだけあり、トウジやケンスケからも大絶賛だった。

 

「しっかし、まさか山岸はんがベース出来るとはのぉ。おなごも見かけによらんわあ」

「トウジ、失礼だろ。……しかし、なかなか上手いよなぁ」

「そ、そうですかね?」

「あぁ、お蔭でドラムも合わせやすいってものさ」

「相田君の、その、ドラムも悪くないと思います」

「ん、ありがと」

 

マユミは話を聞くに、小学校低学年の頃からベースを弾いていたらしく、これまでにも何度か賞を取ったりもしたことがあったらしい。

ところがその内気な性格から、あまりバンドに参加したりはしていなかったというのだ。

 

「シンジの方はどうなっとるんや?」

「あぁ、大丈夫。綾波も大体歌詞は覚えたみたい」

「……もう大丈夫よ」

「おお、悪くないね。……んじゃ、トウジは?」

「えぇっと、その……れ、練習は気張っとるんやけど……」

「ギターやってるんじゃなかったのかよ」

「いやー、やっとったの小学校以来でなかなかなぁ」

「どうしたものかなぁ……シンジ、知り合いに誰かギター上手い人居たりしないか?」

「え?」

「トウジのコーチになって貰うんだよ」

「うーん……ギターが……上手い人……」

 

暫し考え込むが、自分の周りにギターが得意そうな人物など果たしていただろうか。

脳内で検索をかけてみるが、その結果はいずれも芳しいものではなかった。

 

うーん、と悩んでいると、

 

「……碇君、一人いるわよ」

「えっ、本当?」

「えぇ」

「うーん、誰?」

「……オペレータのロン毛よ」

「……あのさ綾波、その呼び方ってどうなのかな」

「知らないわ。でも必要な時くらいは役に立って貰いましょう」

「……はぁ」

「どうした、シンジ?」

「いや、何でもない。それより、ネルフに一人上手い人が居るみたいだからその人に頼んでみるよ」

「おっそっかぁ。よかったなトウジ」

「お~頼むで」

 

レイに言葉でなじられた「ロン毛のオペレータ」に心の中で合掌しつつ、この日の予定を頭の中で少しずつ組み立て始めることにした。

 

 

それから暫く練習をこなした後、ネルフへと向かう。理由は勿論「ロン毛のオペレータ」こと青葉シゲルにコーチングの依頼に向かうからだ。

無論、この日もネルフは稼働している。二十四時間ほぼ厳戒態勢で、昼間組と夜間組に分かれているという方が正しい。

 

一応使徒も人間に限りなく近いというデータは出ていたこととこれまでの戦闘データから昼間の方が使徒出没率は高いだろう、という結論に至っているので、重要なメンバーはどちらかというと昼間に集められている。

今は丁度夕方なので、まだギリギリ人員入れ替えの時間ではない。

 

そしてそういう職業柄、基本的にはいつも同じ場所で仕事をしていることが殆どである。

そして、この日も。いつも通りというべきか、発令所の中央のデスクの、左側に彼は座っていた。

 

「あの、青葉さんいますか?」

「ん? ……あっ、シンジ君じゃないか。どうしたんだい?」

「実は一つお願いがありまして。青葉さんって、ギターが出来るんですよね?」

「あぁ、一応これでもプロ入り直前までは行ったんだぜ」

「ならよかった。実は今度、学校の文化祭でバンドをやることになったんですが、ギターの担当がなかなか手こずっていて。よければコーチについてもらえたらな、と」

「うーん。仕事もあるから、日にちは割と限られるけどそれでもいいなら」

「本当ですか?」

「ああ。教えるのはやったことないけど、俺でいいなら幾らでも力を貸すよ。いつもはシンジ君たちに助けられているんだ。こういう機会に少しでも恩を返せないとね」

 

割と上手くいった。

 

「それじゃあこの金曜日と、その次の火曜日。前日の調整日は少し忙しいけど、なんとか行けるように計らってみるよ」

「ありがとうございます!」

「いいってことよ。要件はそれだけかい?」

「はい」

「そうか。そんじゃ、気を付けて帰るんだぞ」

「そうだな。最近は行方不明事件が多発しているらしいんだ」

「日向さん。そうなんですか?」

「あぁ、ニュース、観てないのかい? ここ最近増えているんだよ。それもこの第三新東京市を中心に」

「そりゃまた、どうして……第三って実質的にはネルフの管轄なんですよね?」

「そう、だから使徒戦関連の仕事とは別に俺たちオペレータも暇を見つけては捜索にあたっているんだが……成果は芳しくない。

何者の仕業かは分からないが、MAGIのチェックをもすり抜けられるなんて相当な力を持った何かであるのは確かだ。気を付けて帰ってくれ」

「分かりました」

 

そういえば、この間も行方不明に関するニュースが取り扱われていた気はする。

しかし、だからと言ってシンジがどうこうできるという話でもないだろう。

MAGIのチェックをもすり抜けるのならば尚更だった。

一応、シンジが遡行者として使えるカヲルを媒介とした能力はATフィールド関連について幾つかある。

しかしそれを扱うということは己の身体からATフィールドが発現することを意味しており、エヴァンゲリオンに搭乗していない時にそれを行うのは今のところ極めて危険である。

 

そこでカヲル関連の能力を省いてみると、

シンジはエヴァンゲリオンに乗っていなければ、大体常人より少しばかり強い人間程度に留まり、頭脳に関しても自分に加えカヲルの知恵があると言っても、まだそれを活かしきれている訳ではない。

ラミエル戦以降にハード・トレーニングを始めてから既に早くも半年ほどが経過しているが、まだまだ伸びしろは余りに余っているし、赤木博士から出される課題も今一つ解けないこともしばしばある。

 

そう、確かに前史よりずっと優れたステータスは持っているが、それでもまだ「足らない」部分がごまんと存在しているのだ。

少なくとも、MAGIをすり抜ける能力の持ち主を暴いてそのまま解決できるほどの実力には至っていない。

 

ともかく、この日は何か思い立つこともなく。

一応警戒はしておいたが、特に何が起こるでもなく……無事に家に帰宅することに成功した。

 

そして家の中でも、いつもの同居人・綾波レイが夕食を今か今かと待ちわびていた。

街で多少の異変が起きているとはとても思えない、いつもの日常であった。

 

 

----

 

そこは薄暗い海の上。

東にはあと一時間もあればその光が海面を満たすであろう太陽のオレンジが僅かに見て取れる。

 

 

ふと目が覚めると、そこに横たえられさせていることに気付いた。

 

 

……ここは?

 

波は浅く、揺れも小さい。

それは船だった。小さすぎず、大きすぎずの、船と言われて想像しうる船。

 

そこに一人、何かに縛られたりしている訳でもなく、生まれた時の姿そのままでただ横にさせられていたのだ。

 

誰か居るのだろうか、と思い周りを見渡すも、船には誰もいる気配がない。照明も全て切られている。

 

しかし、潮風特有のべっとりとした感じが、自分のまだ幼気な身体を妖しく弄んでいるような気がして、ぞわぞわとした気恥ずかしさを覚えた。

 

船のカギは開いていた。

一先ず布に身を包もう。そう思い、船内のテーブルクロスをベールのように纏う。

身が覆われたことで多少安堵を覚えたのか、船内を少しばかり散策してみることにする。

 

すると散策を始めてから間もなく、先ほどまで自分がいたあたりから一縷の光が出ていることに気付く。

 

これは一体何なのだろう?

 

素朴な疑問を覚え、その光に触れたその時。

 

 

その身は、光に包まれてゆく。

 

 

先ほどまで浅かった風は、その光を中心に見る間に強くなる。東の太陽は隠れ、波も次第に荒れ始めていった。

 

 

----

 

第三新東京市に朝日が差し込んでくる。

 

東の方にはやや大きな暗雲が立ち込め、やや強い風こそ吹いていたが、暦上の春を目前に控え温度が真夏並みに上がり始めている今の日本にとって、強い風は割とありがたいものでもあった。

 

学校には若干名の欠席者が見られた。遠方からの登校者もそれなりにいるので、地域によっては風で電車が止まっているのかもしれない。

 

「シンジに綾波、おはようさん」

「おはよう碇、綾波」

「ん、おはよう二人とも」

「……おはよう」

「今日も山岸さんは休みか……」

「彼女は上手いし音源も録音しておいてあるから練習は出来るけど、そうなると今度は身体の方が心配になるよな」

「ほなら今日はお見舞いにでも行ったるか?」

「まぁそこは放課後までに決めるとして、だ。シンジ、どうだった? ネルフの人」

「うん。快くOKしてくれたよ」

「良かったあ~。な、トウジ」

「せやな。おおきに」

 

マユミこそ欠席だったが……それ以外は、特に何の変哲もない、いつもの一日。

そうなると思っていることは、いや、そうなってほしいと思うことに、何ら罪はないはずだ。

 

 

ただ、仮にそうならなかったとして、それを責めたりする権利はない、というだけで。

 

 

強風が一層強まり、窓ガラスにガンガンと叩き付け始めたその時、シンジとレイの携帯が鳴り響く。

これこそが、非日常のお知らせである。

 

いつものように、黒服に連れられ、車でネルフ本部まで直行するパイロットたち。

プラグスーツを着て、何時でも出撃が可能な状態にする。ここまではいつも通りだった。

 

そして、

 

「何だ……コイツは!?」

 

 

パターン青の報告を受けネルフに到着したシンジがモニターを見たとき、開口一番叫んだのがその言葉であった。

そこには、確かに巨大な使徒と思しき生物は存在した。が、これまでの使徒とは決定的に違ったものであった。

 

まず、その姿。

これまでも異形であったり、サキエルやゼルエル、イスラフェルのようにどことなく人を彷彿とさせる姿の使徒も居なかったわけではない。

だが、これはそれとはまた根本的に違う。

下半身部分がふっくらとした西洋風のドレスを身に着けており、その胸部からは白い谷間が見え隠れしている。

頭からは長い黒髪がすらりと伸びており、シルエットのみで言えば完全なる『ヒト』そのものであった。

そしてその肝心の顔の部分は……

 

 

マーブル模様。

 

 

つい先日討伐したばかりの、レリエルのものだった。

 

 

長い黒髪を翻した少女のような佇まいのその顔を埋める球体は、見る者を何かとても不安定な気分にせずにはいられない。

 

本来あるべき場所にない、顔。そこにレリエルの毒々しいマーブルが飾られているのだ。

 

 

そして姿そのものは使徒自体が異形なのでそこまで違和感はないのだが、奇妙なのがその体勢だ。

人で例えるならば頭部にあたるところが地面側に来ており、脚部にあたるところが空側に来ている。

逆立ち状態で浮遊していたのだ。

 

「対象、猛烈な風を発生しています! 風速出ました、……七十メートル毎秒!」

「太平洋沖、第三新東京市から四百キロ離れた地点に現在います。進行速度から推察して、半日以内にはネルフ本部に到達するものと思われます」

 

発令所では使徒に関する様々な情報が飛び交っていた。

そのどれもは非現実的な数値で、この使徒の異端さを物語っていた。

 

「……まさか日本でスーパー・セルを拝めるとはね」

「あら、条件次第では日本でも起きるわよ? 言葉としては滅多に使われないけれど、竜巻とかね」

「流石赤木博士、詳しいのね」

「まぁ、ここまでのものは滅多に無いわよ……さしずめ彼、いや彼女は風の使者と言ったところかしら?」

「彼女? 使徒に性別があるとでもいうの?」

「さぁね? でもあんな姿をしているのよ。便宜上でも彼女と呼んだ方がなんとなく違和感もないでしょう」

「まぁ、どうでもいいけど。……それより、あの顔。まるで前回のものと全く同じね」

「前回の方法ではダメだった、という訳ね。光源破壊を行うだけでは使徒の現実世界への接触は止められなかった。むしろ、使徒に学習能力があるとすれば」

「なるほど、今回は光源もなし、か。

それで堂々とあんな姿でお出ましになったという訳ね……で、日向君。エヴァの状況はどう?」

「零号機から弐号機まで、全て整備は完了しています。兵器についてもN2指向性ミサイル五百発、抗ATフィールドコーディングミサイル百発、その他通常兵器各千発の整備も完了」

「では、後はシンジ君以外のパイロットの到着を待つのみだけど、どうするの葛城作戦部長? 

あの風ではエヴァでも接近できるかは分からないわよ」

「……まずは様子見ね、いつぞやの四角い使徒みたいにレーザー撃ってきたら溜まったもんじゃないもの……

N2ミサイル及びUACMを三十発打ち込み用意! 目標は使徒の各部位、撃てぇ!」

 

ミサイルが使徒に向かってゆく映像がモニター画面に映る。

使徒の纏う凄まじい暴風も流石に音速を越える上一本一本が数トンにも及ぶ重量であるミサイルの運動エネルギーを殺すには余りにも圧力が足りないのか、ミサイルは簡単に使徒に吸い込まれていった。

 

やがて、凄まじい光量がモニターに映し出される。使徒の各部位を的確にミサイルは抉った……

 

「……どうかしら」

「コレで終わっていればいいのだけど……少なくとも全くの無傷とはいかない火力の筈よ」

「映像、回復します」

 

 

が、

 

 

「……全く効いていなさげね」

「厳密には使徒損傷率ゼロ以上一パーセント未満、スカート部分が一部焼却されました」

 

 

人間で言えば、切り傷が数ヶ所入った程度である。使徒との戦いにおいては事実上の無傷と言ってよい。

しかし前回のレリエルと違うのは、虚数空間を開いたりしている訳ではないということだった。完全に自らの身体だけで火力を受け止めていたのだ。

 

 

「こりゃーあるいはネルフ始まって以来の脅威かもしれないわね?」

「前回の使徒も相当なものだったけど、今回はそんな生ぬるいものじゃ済まなそうね……本部自爆によるエネルギーはおよそN2指向性ミサイル五千発程度。

これまでの使徒であれば一応確実に撃破可能だろうけど、抗ATフィールド性はない以上彼女には殲滅に必要なダメージの七割程度のしか与えられないと見ていいわね。あるいは、それ以下」

「ATフィールドさえ破れればギリギリ、って範囲ね。……日向君、パイロットは?」

「シンジ君は既に支度が整っています。マリちゃんやレイちゃんも先ほど保安部隊が車に乗せたようなのであと十数分で到着するでしょう」

「そう。結局ビームは来そうにないし……PSRで狙撃はどうかしら」

「余りにも遠すぎるわよ。せめて百キロ圏内に入らないとエネルギー減衰もいいとこ」

「そう……現状では打つ手なし、か……シンジ君?」

「あ、はい」

「この使徒、どう見る?」

 

どう見る、か。

 

いつの間にやら信頼度が大きく上がっているようだった。

しかしながら今回の使徒は本当に初見だった。

 

いや、厳密には初見ではない。

顔の部分のマーブル模様。アレは間違いなくレリエルのものだ。

 

しかし、その位しか分からない。どういう使徒なのかが検討も付かない。

 

「頭部以外は初めて見ましたよ。未知数ってレベルじゃないです」

「そう。他に何か気付いたことは?」

「……ありません」

「そっか……分かったわ。それじゃあ……まだこちらに侵攻するまでには少し猶予がありそうね。何時でも動けるように待機していて。レイも。いいわね」

「「はい」」

「よろしい。……ところで、マリ知らない?」

「真希波さんですか?」

「ええ。前回の使徒戦からずっと来ていないのだけれど」

「それは……分かりませんが……」

 

シンジは使徒戦の対策こそある程度立てられても、流石に探し人をする能力に長けている訳ではないので、こればかりは何とも言えなかった。

 

ところが、そんな心配もすぐに無用のものになった。

 

 

「お呼びでしょうか~?」

「マリ!?」

 

探し人こと真希波マリが気の抜けた声と共に発令所に入ってきたからだった。

 

「どこに行ってたの」

「ごみん、ちょっち野暮用でね~。それより使徒でしょ? アタシも出るわ」

「……やる気があるのは結構なことだけど、作戦決行は今から五時間後よ。色々聞きたいことはあるけど今は備えておきなさい」

「はぁ~い」

 

やっぱり気の抜けた声は変わらない。目の前の異形を見てもなおこのスタンスなあたり、相当に肝が据わっているのだろう。

とはいえ、肝が据わっていなかったとしてもどの道五時間後まで何も出来ないのだから、マリのスタンスは割と正しいのかもしれない。

 

その後五時間も厳戒態勢が続いたが、使徒は第三新東京市に向かいゆっくりと移動するだけで特に何か行動をすることはなかったらしい。

そして何事もなく五時間ほどの待機時間が終わると、シンジたちはエヴァに搭乗した。

流石に長い待機時間を見かねたミサトによりある程度の仮眠の許可も降りたので、全員の体調はほぼ万全に整っている。

 

【パターンブルー……及び、オレンジと周期的に変わっております。これは……前回の使徒と全く同じ波形パターン!?】

 

驚嘆を一切隠さない声で半ば叫ぶように実況する日向の眼前には、青・橙・赤の三色が煌々と輝く画面がある。

その検出源は日向の言う通り、かの使徒に向かっていた。

 

【! パターンレッドも確認! これは……人間です! 百人相当の反応が確認されています】

 

「(ここ最近の行方不明者の人数とほぼ完全に一致している……もしかして、コイツが取りこんだのか?)」

『……恐らくは。どうやってかは分からないけど……ただ一つ言えるのは……一筋縄ではいかないだろう、ということだね。風もジオフロントに吹き降ろされるまで強くなってきている、気を付けて行こう』

「エヴァンゲリオン各機、発進!」

 

「あれか……」

『まずはシンジ君、PSRを撃ち込んで。

今回は例の青い使徒のようなレーザーによる反撃は確認されていないから存分に撃って構わない……

けど、一応レイとマリにはバックアップをお願いするわ』

「はーい」

「はい」

 

【PSR充填率百パーセント、いつでも発射可能です】

【撃ちなさい】

「はいっ」

 

ポジトロンスナイパーライフルの射線が使徒に突き刺さる。

巨大な壁のようなもの、ATフィールドが使徒の前方に発生し光線を防ごうと試みたが、こちらの技術力も負けてはいない。

ラミエル戦からはや数ヶ月、イスラフォンの外殻データを参考にそれをも上回るエネルギーが発生するよう強化されていたのだ。

使徒のATフィールドをやすやすと貫き、使徒の外殻と呼べるところを貫いた。

少しすると、こちらからは数キロほど離れているのに煙が見えるほどの大爆発が起きた。

 

【……どう?】

【ATフィールド自体は貫通成功しました。但し表面の強固さは先の第八使徒のデータの数倍と見られ、ダメージとしては恐らく耐久率の十パーセントにも到達していません】

【……かなり頑丈なようね。三人ともいい? 陸上と大差ない行動が行える沖合二キロ前後に到達次第、攻撃を開始して】

「「「はい」」」

【攻撃開始カウントダウン。日向君、お願いするわ。十秒前】

【九】

【八】

【七】

【六】

{5}【五】

 

『ん? アレは……数字か?』

「(みたいだね……しかし、一体どうして?)」

 

五秒前に差し掛かったとたんに使徒から映し出される文字は、まさしく人間の使う算用数字であった。

ATフィールドにも似た、結界模様の囲いで修飾されている。

 

その後も、マコトのカウントに合わせる形で使徒のカウントも進んでいく。

 

{4}【四】

{3}【三】

{2}【二】

{1}【一】

{0}【零】

 

【作戦、開始】

{attack start}

 

カウントダウン終了とともに、先ほどまでとは非常に強力な風を吹かせはじめる使徒。

その強風は木々をなぎ倒し、そこらじゅうでは大小関わらず車や設置物が弾丸のように飛び交っていた。

 

【各自ATフィールドで身を護ってちょうだい。木や小型車程度ならまだしも、大型トラックや重機に当たれば少なくないダメージを受けるでしょうから】

「「「了解」」」

 

ATフィールドを身に纏わせると、それとほぼ同時に遠くから巨大なトラックが飛んできた。

それがエヴァに直撃することはなく、ATフィールドに弾かれどこかに消える。その数秒後に爆発音が聞こえてきた。

 

ATフィールドの強度はパイロットのシンクロ率及び操縦能力に大きく依存するが、

少なくともこの三人の操るATフィールドであればこの程度の衝撃は受け流せる。

 

が、問題はその余りの風力にエヴァの蛮力でもそうやすやすと近づくことは出来ないということだった。

 

「風力源を何とか叩ければいいけど……今のままでは多分近づくことは出来ない」

「ん~、いっそフルパワーモードでサクッと行っちゃう? 一分しか持たないけど。博打踊りって感じで嫌いじゃないニャ」

「ダメ、まだ敵との距離自体はかなりあるわ」

「もう少しばかり様子を見ようか?」

「いえ、来るわ」

 

レイがそう言ったかどうかのタイミングで、使徒は暴風を纏いながらこちらへの接近を開始した。

一見鈍重な動きをしているが巨体であるが故か侵攻もとても早い。

つい数分前までは二キロほど先に居たにも拘わらず既に一キロ圏内に侵入している。もはや突進とも言えるスピードだ。

 

【外殻の硬度は貴方たちにも聞こえていた通りよ。此間のユニゾンの要領で撹乱しつつATフィールドを中和、三体での迎撃を試みて】

「「「了解ッ」」」

 

接近する使徒を前にして動かないという愚かなことはしない。

まずは使徒の突進を寸でのところで身躱すと、背中に向け小型ポジトロン・ライフルで中和を行いつつの射撃撃破を試みる。

赤・紫・黄の三色が放った一撃は全て使徒の背中を正確に捉えた。

 

が、

 

「効いてない……」

 

 

無傷。

使徒はその攻撃に対し振り向いてATフィールドを展開しようとすることもなく、背中のみで中和込みの射撃を全て弾き返して見せた。

その堅牢さには発令所も息を呑んだ。

 

「射撃は効果なし、と」

「困りものね」

 

使徒はゆっくりとこちらを振り向く。

が、特に何かしようという気配は見えない。

 

「よっしゃ、これはもう接近戦しかないっしょ~。行くよ二人ともッ!」

「行くって、まさかまた『アレ』やるんですか!?」

「妙案もないわ。やりましょう」

「ううーん……分かったよ」

 

散開する三機。

それを気にすることなく、使徒は達観するのみにも見えた。

 

 

『アレ』。

そう、アレとは、恐らく、シンジの予想が正しければ、アレのことだ。

イスラフォン戦で行った、例のアレ。

 

そう、

 

 

「一つにして全!」

「全にして一つッ!」

「……死は、君たちに与えよう」

「「「カム・スウィート・デスッ!!!!」」」

 

三機のエヴァンゲリオンが使徒のコアと思しき部位に向かい、一丸となって向かってゆく。

その速度は音速を越え、エネルギーはもはや使徒のATフィールドを完全に「無視」出来るレベルに突入した。

 

凄まじいエネルギーに周囲に砂塵がもうもうと立ち込め、その周辺の視界を完全に零にした。

 

【やったか!?】

【モニター視認不能。エネルギー反応は…………】

 

 

モニターの状況を真剣な表情で読み上げるマヤ。

だが、それはもう報告するまでもなかった。

 

 

ドガァァアアアアアンッッ!!!

 

 

強烈な爆音と共に、

 

三機のエヴァが瞬く間に吹き飛ばされ、

 

 

【…………四体。使徒、ほぼ完全に】

 

 

逆立ちの様相であったその姿を反転させ、

 

 

【無傷、です……】

 

 

直立の状態となった、使徒が居たのだから。

 

 




はい。いかがでしたでしょうか。
マユミ登場編、つまるところセカンドインプレッション編ですね。
次回はマユミ編後半です。


※今回の使徒ですが、どこかでデジャヴを感じた方もいると思いますし、何よりレリエル要素があるということで完全なオリジナルではありません。
そしてお察しの通り割と有名な元ネタが存在します。

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