再臨せし神の子   作:銀紬

15 / 26
第十一話 ゼーレ、魂の座

電車にはいい思い出はない。

 

まず、初めて電車に乗った時。……覚えている限りでの、「初めて」であるが、

 

それは結局、母との、ある種の永遠の別れを招いていった。

 

 

次の電車はすぐだった。

 

それは結局、父との、ある種の永遠の別れを招いていった。

 

 

それから幾度となく電車に乗る機会はあったが、その度に何かいい思い出があったかというと、一向に思い出せる気配はなかった。

 

 

その次の電車は、新天地に自分を運んでいった。

 

それは結局、友との、ある種の永遠の別れを招いていった。

 

 

他にも、ことあるごとに斜陽に照らされた車内で、自分を責める声が聞こえてくるのだ。

ある時は自分に、ある時は友に、ある時は女に。

 

 

そして、今。

 

これまでの電車の記憶とはまるで異なった、綺麗な青が空というキャンバスにこれでもかとぶちまけられている。

そんな青を作り出している陽光はさんさんと降り注ぎ、ガラガラの電車の中を照らしている。

それは、かつての自分を責める斜陽とは違った、暖かなものだった。

 

移り行く景色。

初めは灰色のビル街が立ち並んでいたかと思うと、段々と外は住宅地になる。

そして山々が立ち並んだと思うと、とびとびのトンネルで車内が陽光で照らされたり、備え付けられた電灯で照らされたりと二種類の光を交互に織りなしていた。

 

それなりの距離ではあったが、過ぎ去ってしまうと呆気ないものである。

やがて最後のトンネルを抜けると、そこは一面の砂景色であった。

そこは終点。

しかし、このような荒野に用がある人間もそうはいないらしい。最早自分以外に誰一人、その電車に乗ってなどはいなかった。

 

ゆっくりと静止した列車が、ドアを開く。それなりに強い風が吹き込んできた。

 

切符を通し外に出ると、目の前には自転車一台すら通らぬ道路と、申し訳程度に信号の備え付けられた横断歩道。

 

信号は赤だったが、車の一台すらまるで通らぬそこで、律儀に規則を守るのもなんとなく面倒さを感じ、特に気にせず横断した。

 

その先には、十字架が只管に立ち並んでいた。

 

その途方もなく広がる十字架だったが、少年はどの十字架が目当てか直ぐに理解した。

そこには先客がいたから。

 

 

 

「……シンジか」

「父さん」

 

親子はあたかも他人かのように軽く会釈をすると、横に立った。

 

時は数ヶ月ほど、遡る。

サハクィエルとマトリエルの融合した使徒を殲滅した翌日、親子は女の墓の前に立っていた。

 

墓といっても、墓という言葉で連想されるような、大理石で出来た人身大の、荘厳さすら感じるようなそれではない。

風が吹き荒れるのみの一面の荒野には十字架が四方八方に規則正しく立ち並び、それはあたかも地平線まで並んでいるかのようだった。

 

女の墓もまた、そんな十字架の一つに過ぎなかった。

申し訳程度に花が横たえてある以外、何一つ他の墓と変わりはなかった。

 

「……」

「……」

 

親子に会話はない。

親子の代わりに吹きすさぶ風のみが音を立てている。

 

彼らが何を想いそこに立つのか?

それは、彼ら自身にしか分かるまい。いや、彼らですら自覚しているかは定かでない。

悲哀でもなければ慈愛でもない、ただ真っ直ぐな目で十字架を見つめるのみだからだ。

 

その沈黙を破ったのは父の方だった。それはきっと偶然なのだろうか。

 

「シンジ」

「何?」

「……単刀直入に一つだけ聞く。お前は『使徒』というものを知っているのか?」

 

父からの質問。

思えば、これは初めて自分に投げかけられた、父からの問いである気がする。

とあればきっと、少しは歓喜もあってよかったはずだった。

 

その問いが非日常でさえなければ、の話だが。

 

「……どういうこと? 父さん」

「使徒を知っているのか、と聞いている」

「何を言っているの? 意味が分からないよ」

「そのままの意味だ」

「…………僕には、分からないよ。ただ、時折不思議な夢を見て、それがたまたま使徒に当てはまっている。それだけだよ」

「……そうか」

「話、っていうのは、そのこと?」

「…………」

「……」

 

ゲンドウがシンジの問いに答えることはなかった。

そうして、再び静けさが帰ってくることになった。

 

 

暫く先ほどのように十字架を見つめていると、遠くからプロペラ音が聞こえてくる。

恐らく前史と同様、VTOLが父を迎えに来たのだろう。

 

振り返った矢先に視界に入ったコックピット内は、操縦者以外は不在であるようだった。

前の時にはそこにあった青は、今は父の下には居ない。

 

やがて最接近し、プロペラから生じる風で荒野の砂をあちらこちらに四散させる。

 

それと共に、手向けられた花が風に靡き、茎は強く折れ曲がる。

その様子は、まるで自分と父との軋轢のようでもある。いや、あるいは自分と、他人。

 

ゴウゴウと音を立てる風は容赦なく花にも襲い掛かっている。

 

けれど、花は幾ら折れ曲がれど、

 

 

「戻るぞ」

「え?」

「乗るなら早くしろ。でなければ……帰れ」

「わ、分かったよ」

 

 

完全に折れてしまう気配はなかった。

 

 

----

 

 

時に、2015年。

 

第4使徒サキエル、襲来。

使徒に対する通常兵器の効果は認められず国連軍は作戦の続行を断念。

全指揮権を特務機関『ネルフ』へ委譲。

 

同夕刻、使徒、ネルフ直上へ到達。

当日、接収された3人目の適格者、碇シンジ。

搭乗を、承諾。エヴァンゲリオン初号機初出撃。

 

ネルフ、初の実戦を経験。

第一次直上会戦。

 

 

「目標内部に高エネルギー反応!」

「シ、シンジ君避けて!」

「えっ?」

 

 

ズドォオオオオオン…………

 

 

エヴァ初号機、使徒による高エネルギー攻撃を超至近距離で受ける。

 

 

 

 

 

が、

 

 

「ATフィールド!?」

「エヴァ初号機、全数値正常! 暴走及び損傷、ありません!」

「シンクロ率……99.89%まで上昇しています!」

「そんな、有り得ないわ!?」

 

 

無傷。

 

 

『その結果としてわれの損害も極めて小さく、未知の目標に対し経験ゼロのはずの少年が初陣に挑み、これを完遂せしめた事実。碇シンジ君の功績は特筆に値するものである。

ただし作戦課としては、更なる問題点を浮き彫りにし、多々の反省点を残す、苦汁の戦闘であった。』

 

 

そして使徒サキエルを、圧倒的戦闘力で殲滅。

 

ネルフ、全施設及び、エヴァに損傷ゼロ。

 

 

「碇君。君の息子は非常に力を持っているようだ。

エヴァはともかく、これほどの施設維持費は不要ではないのかね?」

「左様、我々の財源とてけして無限ではないのだぞ」

「……確かに、これだけを見ればそう感じられるのも無理はありません。

しかし、財源に関することは全ての使徒会敵状況を照合した後にお話ししましょう」

「……よかろう。続けたまえ」

 

 

『わしの妹は小学2年生です。逃げ遅れかけていたんですが、あのロボットのパイロットがはよう敵をぶっとばしてくれたんで、助かりました』

『アイツにはほかにも、いろんなことで世話になっとるんです。ホンマ、感謝してもしきれまへん』

 

 

一週間後、第五使徒シャムシエル、襲来。

 

迎撃システム稼働率100%、エヴァンゲリオン初号機も完全状態で出撃。

 

一時は圧倒するものの、シャムシエルによりプログ・ナイフを受け止められる

 

が、

 

 

「右脚部リミッター解除されていきます!」

「初号機、右脚に高エネルギー反応!」

 

 

ナイフを支柱としてのコアへの蹴脚により、殲滅。

 

 

『私にはよくわからないけど、碇君は良くやってくれていると思います』

『学校でも真面目だし、いい人だなっていうのが私たちクラスメートの印象です』

 

 

第六使徒ラミエル、襲来。

 

事前調査により、ネルフは敵戦力を確認。難攻不落と思われた目標に葛城一尉、ヤシマ作戦を提唱、承認される。

 

初めは強大な対使徒兵器ポジトロンスナイパーライフル、及びエヴァンゲリヲンに用いられる特殊装甲による盾で高い成功確率を見出されていた。

 

砲撃は命中、勝利は確実と思われた。

 

その時、

 

 

「……変形している!?」

「使徒損傷率55%、パターン青健在!」

 

 

目標は、更なる力を解放。

 

 

ギュィイイイイイ…………!!!!

 

 

ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!

 

 

エヴァ零号機を大破寸前まで加粒子砲を照射しつづけた。

 

 

「綾波ィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

完全に破壊されると思われた零号機

 

 

「碇君は……私が、守るものッ!!」

 

 

突如、

 

 

「零号機、臨界点到達……い、いえ! 耐性値オールグリーン!? 突如強力なATフィールドを展開開始!」

「ぜ、零号機に何が起きているというの!?」

「分かりません……全メーター、振り切れています」

「何をしようというの、応答しなさい、レイ、レイ!」

 

 

暴走。

 

シンクロ率300%に突入し全機能を想定能力の数倍まで跳ね上げ、

 

 

「零号機、ATフィールドで加粒子砲を押し返しています!」

 

「碇君は……あの人だけは……私が、護ってみせるッ!!!」

『グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!』

 

パキィイイイイイイイイイイイイイイイイン!!!

 

 

加粒子砲を反射。

その結果対抗力を失ったラミエルに対し、初号機及びパイロットの手によって。

 

 

ズガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!

 

 

ヤシマ作戦は完遂された。

 

『碇は何も言わないけど……あいつ、もしかしたら何か裏があるのかもしれない』

『いや、そう確信する。その理由は一つ、綾波だ。碇がやってきて、あの作戦の後から綾波は急に色気づき始めたんだ。それも、特に碇の前でだけ。まぁ、僕達のようなクラスメートにも結構愛想はよくなったけど』

『生半可なものではない何かを、彼は既に持っていると思う。同じ14歳とは思えぬ、何かを』

 

 

第七使徒、襲来。名称不定。

 

「ここからか……シナリオが切り替わったのは」

「はい。ですが、思えば第四使徒の時点で予兆はあったと言えるやもしれません」

『左様……予算の件は納得したが、それでも君の息子の力の強大さはまさにそれに値しうる』

 

新横須賀港沖合に襲来した使徒は、護衛艦を襲来。

エヴァンゲリオン弐号機を搭載したウイングキャリアーは、事前に一度護衛艦を脱出。

 

 

「情報来ました、すでにTASK-02を実行中とのことです!」

「TASK-02……? まさか!」

 

 

後に高高度から使徒へ弐号機を射出した。

 

後、弐号機、及びエヴァ弐号機専属パイロットである真希波マリ・イラストリアスにより、使徒殲滅。

 

『碇の奴、いい奴やなぁと思ってたら、またあんなオナゴに手ぇ出しよってたんです』

『俺を裏切ったんだ、アイツは! トウジと同じで裏切ったんだ!』

『ま、センセはええ奴でもあるので分からないことはないんですけどね』

 

 

第三使徒ガギエル、北極に襲来。

 

 

当初における「死海文書」に遺されていたガギエルに酷似した特徴を有していることから、便宜的にガギエルと命名。

 

「……シナリオとは少し外れた事件だな?」

「誤差の範囲内です、修正は効きます」

 

 

「待ってました♪ どぅぉおりゃあああああああああああ!!!!!!」

『ウォオオオオオオ!!!!!』

 

エヴァ五号機、及びパイロット、ニア・フォースチルドレン「朱雀」により会敵。

 

苦戦を強いられるも、エヴァ五号機、自爆シークエンスを作動。

 

そして、自爆。使徒の殲滅も確認。パイロットの脱出は確認された。

 

エヴァ五号機の自爆と共に北極圏周辺の施設もほぼ全壊しており、

コメント・データも皆無。

 

 

第八使徒、サンダルフォン+イスラフェル、襲来。

 

予告されていた使徒二体が融合、当初は電磁柵による捕獲作戦が取られたものの、

 

 

「パターン青、まだ残っているわ」

「何ですって?」

「パターン青、健在……これは……まさか!」

 

 

失敗。

 

 

エヴァ弐号機に対し甚大な被害を与えたものの、幸いにして中破に留まる。

 

初の分離能力、溶岩における超高温・高圧下に耐えうる外殻、及びATフィールドを有しており、

撃破は極めて不可能に近いと推定された。

 

しかし、エヴァ三機による初の同時展開、及び同時荷重攻撃により、

 

 

「一つにして全」

「全にして一つ」

「死は、君に与えよう」

「「「トライデント・エヴァンゲルッッ!!!!」」」

 

 

使徒、殲滅。

 

『突然訳の分からないBGMが流れてきて、びっくりしました』

『でも、どうにか倒すことが出来てほっとしてます』

『コレで私もセンパイからリツコの夜のさんすう教室を開講してもらえますぅ』

 

第九使徒、サハクィエル+マトリエル、襲来。

 

先述の第八使徒同様、予定されていた二体の融合せし使徒。

当初は飛来する使徒の落下エネルギーを打ち消し、隙をついて殲滅するという作戦を取り、

 

 

「初号機、更に強力なATフィールドを展開! 押し戻していきます!」

「凄い!」

 

 

成功は確実と思われた。

 

が、

 

 

「うあああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

使徒が腕部を具現し初号機を掌握、及びマトリエルの能力と思われる溶解液を射出。

 

後に、初号機を囮として残り二体のエヴァがコアに直接攻撃、

 

 

「もういっちょぉおおおおおおおーー!!! ぬぅんっ!」

 

 

使徒殲滅。

その二十八時間後、別所で微弱なATフィールドの発現を確認するも、即消滅。

 

それからも不定期に微弱なATフィールドの発現が確認されているが、いずれも詳細不明である。

 

 

ヴン……

 

目の前に映し出されていたスクリーンが消える。

 

「なるほど……使徒は力を付けてきているということだな」

「左様。シナリオは第七使徒の時点で変更、新たなる道を進んでいるようだ」

 

各国の代表たちが口々に意見を述べるが、やがてそれをキールが制止する。

 

「碇よ」

「はい」

「貴様の息子は、予言されし『神の子』である。

そしておそらく、ファースト、セカンドも。これは間違いないとみてよさそうだな?」

「……ええ。あれがどこであのような力を手に入れたのかは計りかねますが、時期的にも間違いはなさそうです」

「そうか。私たちの方でも既に駒の方はいくつか動かしてある……あのような者が真にこの世に存在するとはな、この齢にして驚かされたものだ」

 

普段は冷徹に裏の社会を牛耳るキール・ローレンツも、ネルフのここまでの活躍には驚かされていた。

予想より進捗を見せている計画、予想より遥かに少ない被害。どちらもキールでなくとも驚きに値するものであった。

 

「……さすれば、トリガーは既に揃ったことになる。そして神・死海文書の記述によると、残る使徒はあと六体」

「あるいは、新たな使徒の出現もありうるかもしれません。そしてそうでなくとも、残りの使徒以上にがこれまで以上の純粋に強大な力を付けてくることは明らかです」

「……何が言いたい?」

「記述が正しければ使徒は知恵も付け始めています。残された時間は……」

「……あとわずか、ということか。なるほど。予算の件も一考しておこう。くれぐれも、抜かることのないようにな」

 

----

 

 

「そう、この角を用いた内積の式から、点光源の存在条件を評価する。そう、その式を変形することで目当ての領域の条件を得る」

「うんうん……」

「……コレで球体が特定の光源から与える射影の存在領域が求められるわ。

使徒は生物だから完璧な形ではないとは思うけど、恐らくは球に極めて近い……」

『あるいは、地球。宇宙に浮かぶ地球そのものを模しているのか』

「そうね、ともかく真球に限りなく近い形状よ。あの影や球体に対してダメージがなかったことを鑑みると……あるいはその光源と言える場所に使徒の本体があるかもしれない」

「なるほど……綾波はやっぱりすごいや」

 

碇シンジ宅にて、未だに続いていた対使徒討議。

 

レリエルについてはレイの提案により数学的に概的な対策案が取られた。後は計算式に則り光源を算出。

後はそこに直接攻撃を加えればよいという結論に至った。

 

ただ、問題は次にレリエルがどこに出現するかということである。

それが判明すればすぐに計算出来るのだが、レリエルがどこに現れたかという正確な座標までは前史の記録には残念ながら残されていなかった。

 

『後は破壊方法か……全く光源への対策がないとも考えにくい。

前回では特定地点におけるエネルギー反応も全く見られなかったらしいから、ある程度の特定は出来ても正確なアタックまでは出来ないかもしれない』

「それと、多少強固なATフィールドは覚悟しておく必要がありそうだね。前回は初号機の暴走によって殲滅したらしいから、僕としても完璧な対策は練れそうにない。他にもいろいろと保険を考えておかないといけないかもしれないね」

「いざという時は槍を使えばいいわよ」

「うーん、軽く言うけど凄く難しい解決方法だと思うよ? 流石に今使ったら色々ゼーレに怪しまれるよ」

『槍は出来ればアラエルまではとっておきたいからね』

「……ぷぅ」

「いや可愛い子ぶっても意味ないからね、もうとっくに可愛いから」

「……何を言うのよ」

「あっ、いやその、そう言葉のあやで」

 

ぷくっと膨れながら顔を赤らめるレイ。言葉のあやでとは言ったものの普通に可憐である。

 

『ああでも、アレは宇宙空間に投げてしまったから……ね? 地上で使う分にはセーフかもしれないよ』

「そうよね、分かってるじゃない銀髪天パホモ」

「ホモじゃない、カヲルだ」

「まぁまぁ二人とも……地上光源の破壊なら虚数空間に放り込まれるよりはどっちにしてもカンタンだろうから、多少はね? 

……とりあえず。レリエル対策はこんなところじゃないかな」

『少し疲れたから、一休みしてテレビでも観よっか?』

「……そうね、まずは4チャンネルから」

 

硬い椅子から離れ、リモコン片手にフローリングさえた床に転がる2人+1人。

特に観たい番組のあてもなかったが、手当たり次第に付けてみることにした。

 

ピッ。

 

【昨夜未明、第二新東京市の住所不定無職の男性、長谷川鯛造さん三十八歳が行方不明に……】

 

適当につけてみたチャンネルではニュースが放送されていた。

勿論ニュースなど観ていても余り面白くはないので、適当にチャンネルを回してみる。が、悉く面白そうな番組はやっていない体たらくであった。

 

仕方ないので、レイのリクエストによって映画のDVDを観ることになった。

ジェットアローンのことを調べていた際に発見した映画がお気に入りらしく、3本続けて観ることになった。

最後の方にもなるとレイは疲れたのかすっかり眠っていたが、これもまた平和な一日ならではの光景だとシンジ・カヲルは互いに和みながらその日の午後は過ぎていった。

 

----

 

そして、翌日。

 

「いっや~凄かったなぁ! 乙ちゃんとリェシル・オームちゃんの合同ライブ!」

「行ってきてたの?」

「ああ、昨日な。新曲の『南極飛行』『チョメ髭なんざクソくらえ』、更に合同新曲『ガノスアングラー』は最高だったなぁ~」

「そ、そう……」

「いや~センセも大変やなぁ、エヴァの訓練であのコンサートに行けへんなんて」

 

休み明けの学校で、久々にトウジやケンスケと取り止めのない会話を交わしていた。

さしずめつかの間の休息、と言ったところだろうか。後数ヶ月もしないうちにどうなるか分からない。

 

今回は、先日に行われたアイドルコンサートについての話題が三人の中で扱われていた。

完全に鼻の息を荒くしているトウジとケンスケにシンジは思わず引き笑いになる。

 

「まぁ俺としてはリンカちゃんはサブでメインは乙ちゃんだけどね~。ココだけの話、俺乙ちゃん親衛隊の副隊長やってるんだよ」

「いや~これだからケンスケはアカンわ。あんなチョメチクリンな体系のオナゴはよりリェシルさんみたいな姉御肌の子の方が何十倍もええやないか~」

「ふん、乳なんて有っても無くても乙ちゃんの魅力は変わらん! それにトウジはただ巨乳のお姉さんが好きなだけじゃないのか?」

「ちゃうわぁ! ふん、そないなこと言うたらケンスケ、お前もミサトさんにもうつつ抜かしてたやないけ」

 

キーンコーンカーンコーン。

 

「あ、チャイム鳴ったよ二人とも」

「それはトウジもじゃないか!」

「なんやとぉ?」

「あのな、乙ちゃんとミサトさんとでは美的ベクトルが根本から異なるんだからどちらを好きになっても、

それはお菓子の味を語る中で、オイケヤのポテチとパッキーが好きだというようなもの!」

「ちゃうわ! リェシルさんとミサトさんをそんな菓子と一緒にすんなボケ!」

「これはモノの例えさ。全く別ジャンルの好みは同時に成立するということのね。

それを何だお前は、リェシルさんは姉御肌と最高のボディ、ミサトさんも全く同じベクトルじゃないか! 

お菓子で言えばたけのこの山ときのこの里どっちも好きだというくらいの禁忌……ッ!

碇さん、浮気ですよっ! 浮気ッ!」

 

自分も浮気しているようなものなのだが、それでもとんでもない暴論をぶつけてくるケンスケ。

だがトウジも負けてはいない。

 

「ほぉうケンスケ言うやないか……

だがのぅ、ミサトさんとリェシルさんには根本的な違いがあるんやでぇ?

リェシルさんはアイドル、憧れはすれど、手に届くのは難しい……しかし! ミサトさんはどや! ここに居る碇シンジ君に頼みこめばいつでも会える! そう、「会えるアイドル」なんやで!」

「トウジ、ミサトさんは別にアイドルでもなんでもないけど」

「あーあかんわシンジぃ。そないなこと言うたらお前お月様に替わってお仕置きされてしまうで」

「いつでも会えるアイドルに価値などあるものか! 高嶺の花だからこそのアイドルだ!」

「……ほほぅ。お前とは一度じっくり話し合う必要があるのぉ? ケンスケ」

 

浮気性という意味で。

 

「望むところだ……これは男の戦いだ!」

「あ、あの、二人とも……チャイム……」

「「シンジは黙っとれ!」」

「いや、その……チャイム……」

「そもそもケンスケ。リェシルさんとミサトさんとでは、まず髪の色が全く違うじゃないか! ミサトさんの紺混じりの黒、リェシルさんのパツキン!

それをどうだケンスケ。 乙ちゃんはミサトさんと全く同じような髪色やないか!」

「アレは紫色だ! 藍色じゃない!」

「ちょ、ちょっと二人とも……」

「もうよい、碇……」

「え……貴方は!」

 

シンジが二人を止めようとしたその時、何やら渋めの声に呼び止められる。

そちらを振り向くと、そこには……

 

「鈴原トウジ、相田ケンスケ」

「なんじゃあ!」

「これは男同士の闘いなんだ、誰だか知らんが邪魔しないでくれ!」

「ほう……その闘い、私も入っていいかな」

「おお!? 望むとこ……ろ……」

「なんだトウジ、余所者を介入させて戦況を乱そうったってそうはいか……な……」

 

窓から吹き込む風に茶色い長髪をなびかせた、黄色い布のような着物を着た若い男がそこに立っていた。

若干顔が蒼めに見えるが大丈夫なのだろうか。

その目はトウジとケンスケの両者を確かに鋭く見据えており、その冷徹なまでの鋭利さは二人の未来をも予見させるものであった。

 

「二人とも。教師の判決を言い渡す」

「……えっと」

「……は、蓮田先生……その、俺たちは」

「……甘き死だ」

「え、ちょ、先生、生徒に死って……!」

「し、シンジ! ワシら友達だよな? ダチ公だよな? だったらワイらに救いの手も一つ……」

 

突如襲来した、トウジとケンスケの学校生活における最大にして最強の敵、教師。

その強大な力に対抗すべく、友人たるシンジも闘いの助けを求められた。

ただ、シンジとしては特に助ける道理もないので……

 

「……あ、先生。授業始めてください」

 

他のクラスメイトの都合も考え、二人を売り渡すことにした。

 

「そんな殺生なぁ~!!」

「碇ぃ~! この裏切り者ォ~!」

 

…………

 

数分後。

暫く聞こえてきていたトウジとケンスケの悲鳴、そして最後に一際大きな断末魔と思しき声が響いたと思うと、教師・蓮田は教室に何事もなかったかのように帰ってきた。

 

「ふぅ……それでは諸君。教科書を開きなさい。今日の授業は風の操り方についての講義を行う」

「先生、この時間は国語の時間のハズです」

「ハズじゃない蓮田だ」

 

 

その次の時間、トウジとケンスケが何故か物凄くボロボロの状態で戻ってきた。

 

----

 

【どう、レイ? 初めて乗った初号機は】

「碇君の匂いがします……とっても……いい匂い」

【………………シンクロ率は、ほぼ零号機のときと変わらないわね】

 

チルドレンたちには放課後はシンクロテストの予定が入っていた。

最後の方に聞こえたレイの妙な声は全員無視しておくことにしたそうだ。

 

「パーソナルパターンも酷似してますからね。零号機と初号機」

「だからこそ、シンクロ可能なのよ」

「誤差、プラスマイナス0.03。ハーモニクスは正常です」

「レイと初号機の互換性に問題点は検出されず……では、テスト終了。レイ、あがっていいわよ」

 

……

 

一向にプラグが出てくる気配はなかった。

初めはエヴァ側に不具合が生じているかと思われたが、少しチェックしてみた結果どこも異常はなく……

 

 

【レイ?】

「……はぁはぁ、碇君の匂いがする。この匂いは誰? 

これは碇君。私は誰? 碇君の何? 私の何? 碇君は私の?」

【……シンクロカット。強制射出】

【ダメです、パイロット側からプラグがロックされています】

【……綾波、もう終わったよ】

「え? あ、そう……」

 

オペレータたちが呼び掛けても一向に意にしないレイにシンジが呼び掛けると、何やらとても残念そうな顔をしてレイが出てきた。

その様子にオペレータ達も苦笑いを浮かべるほかなかった。

 

【弐号機のデータバンク、終了。ハーモニクス、すべて正常値】

【パイロット、異常無し】

「あったりまえよぉ。このあたしが毎日メンテナンスしてるんだから」

【そのメンテナンスで魔改造施さないかヒヤヒヤしてるんだけど?】

「えへへ、ごめんねリッちゃん」

 

レイの次は、マリがテストすることになった。

ただ、前史のアスカ同様にマリも問題なくテストを終わらせたようで、早速シンジの出番が回ってきた。

 

【零号機のパーソナルデータはどう?】

【書き換えはすでに終了しています。現在、再確認中】

【被験者は?】

【若干の緊張が見られますが、神経パターンに問題なし】

【初めての零号機。ほかのエヴァですもの。無理ないわよ】

【わんこ君も思春期だからねぇ、身近な女の子のパーソナルスペースに入ったらそりゃわんこ君の一つも興奮させちゃうニャ】

【あら~、そういうこと~。シンちゃんも隅に置けないわねぇ】

【これは、レイとの同居許可は早まりすぎたかしらね?】

 

実験そのものは非常に綿密に行われており、一つ一つの行程も万全を期して行わねばならない。

ところがそこから聞こえてくる会話内容は少し油断すれば一気に一般的な女子会のそれにまでランクが落ちる。これがエリート達の余裕というモノなのだろうか?

 

それどころか、前史よりもデリカシーの無い発言すら聞こえてきている。この場に男がシンジしかいないのをいい事に好き放題である。

 

「……皆さん、なんか意味深に言わないでください」

【それが抑えられない子にゃ、シンジ君は】

【知ってるわよん】

「ちょっと待って、セリフ入れ替わってるような気がするんだけど二人とも」

【ふふふ~ん……ところであの二人の機体交換テスト、私は参加しなくていいの?】

【どうせマリは、弐号機以外乗る気ないでしょ】

【ん~、わんこ君の匂いなら大歓迎だけどねぇ。初号機はレイちゃんとわんこ君以外だとちょっと誤作動起こす可能性があるから乗りたくても無理】

【あら、そうなの?】

【ま~詳しくは赤木博士に許可貰わないと言えないけどネ、そういうことだから】

【リツコ、これ本当?】

【……ええ。前提となる知識から話さないといけないから数十時間位要するけど……聞きたい?】

【い、いえ結構ですぅ赤木博士……】

【全く、作戦部長なんだから最低限の機密事項位は覚えておきなさい】

 

リツコの眼鏡の奥がギラリと光るのを見るや否や、明後日の方角を向きながらぴゅーぴゅーと口笛を吹き鳴らすミサト。

しかしながら、何と気の抜けた会話だろうとシンジは思う。

これが特務機関の最先端の実験における会話の実態と世間に知れたらどうなるか。

ただでさえ金食い虫のネルフである。大バッシングどころかクーデターすら起こりかねない。

もしやこのようなやり取りをするためだけにネルフは超法規的な力を有しているのだろうか、とすら錯覚してしまう。

 

【じゃ、シンジ君実験を始めるわよ】

「あ、はい。何時でもどうぞ」

 

それはそうと、今回シンジは久々に零号機に乗っていた。

 

そういえば、何やら妙な違和感を先ほどから感じる。

 

なんだろう、匂い。匂いが違う。

 

何時ものLCLの匂いも確かにそこに存在しているのだが、それに混じって、どことなく甘いような、けして不快ではない何か不思議な匂いがする。

ああ、これ、そういえば……

 

【どう、シンジ君】

「…………綾波の匂いがします」

【あっら~わんこ君、ついに嗅覚もわんこになっちゃったかぁ】

「な、何言ってるんですか」

【あたしの弐号機に乗ってみるぅ? わんこ君が乗るならそれは支障ないし~。

やっぱりわんこ君も思春期のオットコノコだから違う女の匂いも嗅いでみたいんじゃあないかにゃ?】

「そそそそんなわけないじゃないですか!?」

【あらあら? 私はわんこ君が私のあんなところやこんなところの匂いを嗅いできたことを知らないようで知っているるすするめめだかかずのここえだめめだか】

【……それほんと? マリ】

【……不潔】

「違いますからね、違いますからね二人とも。なんかさっきからモニター越しからでも僕のこと異常者扱いしている視線が刺さってくるんですけど」

【冗談よぉ~、コーフンしないでよわんこ君】

「おちょくらないで下さいよもう……。いや、その……匂いっていうか、雰囲気っていうか……」

【成る程成る程。

わんこ君は自分の傍にいる一人のいたいけな少女の匂いに包まれてその勢いで心理グラフが反……て…………って、ちょっと! ほんとに反転してる!?】

「え?」

【……!!……!!!】

「……?」

 

 

その瞬間、シンジにとっての外部の音声が途切れた。

 

突如ブラックアウトした目の前に、一つの何かが居る。巨大な、白い何か。

 

これはなんだろう。何だ?

 

君は誰だ?

 

シンジがそう問いかけた時、それは突如目を開いた。

 

 

白い小人、白い巨人、次々に、大きくなる、大きくなる、おおきくなる、おおきくなる、おおきくなる、おおきくなる

 

ぼくはしだいにちいさくなる ちいさくなる ちいさくなる

 

 

思い出す。色々なこと。青い世界。赤い世界。白い世界。黒い世界。燈色の世界。

 

あおいろのせかい

 

世界の中心で

 

愛を

Iを

哀を

逢を

挨を

 

 

アイを

 

take care of yourself.

 

 

叫ぶ。

 

ぼくはここにいてもいいんだ!

 

 

獣。

 

怪物。

 

仮者。

 

 

けもの

 

黒を壊した、夕焼けに染まり歩くル、ル、ル、ルババババ××××ル

 

赤をこわした、雨空に浮かぶル、ル、ル、××××。アアアアアア亜亜ア××ル

 

白をこわした、白と、女、ア、ア、ア、アアアアアアアアアアアアア○○○○○

 

 

銀を握り消した紫、い、い、い、イイイイイイイ○○○○○

 

 

碇シンジ。

 

ぼく。

 

僕だ。

 

うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

包み込まれる。白い手に。

あたたかな白い肌に。ふわり。ふわり。

大きな影。包み込まれる。黒い影。

 

もう、いいのね。

 

そう、よかったわね。

 

暖かい。冷たい。冷たい。暖かい。暖かい。冷たい。暖かい? 冷たい? いいえ、生暖かい?

 

いや?

 

 

血の、匂い。

 

 

なにもない。なにもないよ

ここにはないよ

 

 

ここにあるのはね

 

あなたはだあれ?

 

わたしはだあれ?

 

あなたは?

 

わたしは?

 

あなたは?

 

わたしは?

 

 

れい?

 

ぜろ。ここには何もない。

 

 

はい。 はい? そうですか? はい。ほんとうに? はい? そうですか。はい。

 

いいえ。 いいえ? ちがいます。ちがいますか? はい。そうですか。 はい。

 

 

私は。

 

僕は。

 

君は。

 

貴方は。

 

 

 

だれ?

 

 

 

 

「……綾波、レイ?」

 

 

ウフフフフ

 

ウフフフフ

 

ウフフフフフフフフフフフフ

 

 

ウフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ

 

 

甲高い笑い声が反響する。

 

終わる世界。世界は赤く染まり、やがて全てが無へと還る。

 

 

黒すらない、完全な。

 

 

 

 

----

 

 

「……はっ」

 

 

シンジがふと気が付くと、どこか見覚えのある天井が視界に入っていた。

 

「…………知ってる天井だ」

 

ゆっくりと起き上がると、手元の電子時計で日時を確認する。どうやら察するに、あの実験から四日も経過していたらしい。

シンジは、脳裏に響く笑い声を最後に記憶がなかった。

 

『漸く起きたね、シンジ君』

「(……また暴走したの? 零号機)」

『あぁ、お蔭で技術部はてんてこ舞いらしい。僕もあまりに突然のことだったから対処が出来なかったよ。

使徒もそうだけど、こういった不慮のことにもこれからは気を回していかないとね。

今回は前史通りだったからいいけど、イレギュラーは何時起きるか分からないから』

「(そうだね……)」

 

心配そうに語りかけるカヲルとの対話を一度傍に置いて、窓から差し込む外の景色を確認する。

 

外ではジーワ、ジーワ、とけたたましくセミが鳴いており、

それに負けじと太陽も地面をジリジリと焦がす。

 

その風景は、セカンドインパクト以後の常夏の日本を象徴するものだ。

 

自分は三日三晩と眠り落ちていたはずなのだが、そうだと信じるにはあまりにも外の情景が変化していない。

 

実にいつも通りの第三新東京市のビル群が、陽光を照らし返していた。

 

 

 

ところがただ一点、その陽光が照り返されず、あたかもブラックホールのように黒を示していた。

 

窓の外に佇むビルの奥に浮かぶ、縞模様の球体。

 

 

ただ一つ、今までの時間の流れを表す「異端」。

 

 

【総員、第一種戦闘配置。繰り返す。総員、第一種戦闘配置】

 

 

シンジがその目線の先に禍々しい球体を見出すのと、部屋に使徒襲来のアラートが鳴り響くのはほぼ同時であった。




ふう。お久しぶりです。

まぁ実は19日もミサト昇進があったんですが、忘れていました。ハイ。ごめんなさい。

という訳でレリエル編はそれに合わせて大体3日後くらいにUPしようと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。