再臨せし神の子   作:銀紬

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ということで予告通り? 
シンジ君の年末を少し書こうと思います。

ただ単に再臨せし神の子の設定で書いてる、「再臨せし神の子」の二次創作、
エヴァから見れば三次創作ものだと思って読んでください。本編とは関係ありません。
イメージとしては某ギャグアニメにエヴァかぶせた感じになってます。

何故こうして前置きをするかというとキャラ崩壊が物凄いからです。
苦手な方はこの時点でブラウザバックしてください。

一応時間軸的には本編中の時間軸を採用……ということにはなりますが、本編とは一切関わらないようにしています。
強いていえば、別の特別篇で思い出描写程度に描くことはあるでしょうが、
本編には関わらせません絶対。
なのでキャラ崩壊とかパロディが嫌いな方は読み飛ばしていただいてもストーリーは追えます。ご安心を。


正月記念短編集 碇シンジ年末計画

12/24

 

聖夜/かどまつを、君に

 

 

「それでは……今学期のHRはこれで終いです。皆さん良いお年をお過ごしください……洞木さん」

「はい。気を付け、礼」

 

委員長こと洞木ヒカリが今年最後のホームルームのトリを務めると、クラス全員が申し訳程度に頭を下げた。

形式上のものなので、特にそこに敬意を込める生徒も居なければ、教師もそれを求めるということはしない。

礼を確認すると足早に教師は教室を立ち去る。ここからは、子供たちの時間だった。

 

「よっし、やっと今学期も終わったぁ」

「ジュン、貴方今日の午後は空いてるのかしら」

「ん? えっと、確か……」

「カナの初詣は彼氏のエスコート付き? 妬けるわね~」

「ダメよ、カナは今年のクリスマスこそ私の家で卵焼きを……」

 

思い思いに年末年始の予定を語らう子供たち。

 

この日はクリスマス・イヴでもある。

ある者は家族と。ある者は友人と。ある者は恋人と。ある者は一人で。

十人十色の過ごし方があり、そこに何か優劣が生じるということもない。

 

今はただ、一つの呪縛から一時的に解き放たれたことだけを素直に喜ぶ姿が殆どであった。

 

それは彼らとて例外ではない。

 

「終わったね」

「そうね」

 

少し上機嫌な様子で話しかけると、レイもやはり上機嫌な様子で返してくる。

前史では希薄な感情のままに過ごしてきたレイであったが、

今でも人並みには少し至らないとはいえ、絶対零度もかくやといえる程に冷たく乏しい感情しか持ち合わせていなかったその時と今とを比べれば、明瞭にその差が表れている。

何も知らない人が見ればまだ無表情に近いが、シンジとしてもこれは良い傾向とみていた。

 

そのようなレイの様子に心温めていると、後ろからも友人たちの声が聞こえてくる。

 

「おっつーシンジぃ」

「おっつー。お前はどないするんや? 年末」

「ああ、トウジ、それにケンスケ。特に予定はないけど、どうかした?」

「おっしゃあ、そないならワシらと初日の出を……」

「トウジ、トウジ。横見てみろって」

 

ケンスケが指さした方向はシンジの真横。丁度レイが立っているその場所である。

いつものように薄めの感情をその整った面に湛えているようにみえるが、どこか不満げな様子がシンジにも伝わってきた。

 

「ん? 綾波がどないしたんか?」

「綾波、どうしたの?」

「……何でもないわよ」

 

口ではそう言ってみせているが、やはりどこか不服さを纏っていることには変わりない。

心なしか先ほどよりもそれが強くなっているように感じられた。

 

「あー……なるほど。ネルフの方かぁ」

「どういうことや?」

「トウジ……そういうこと、だよ」

「……あっ……なるほどなぁ。そりゃあ難儀やのー。ワシらもちぃとばかしプランはありよったけど、

シンジがあかんならしゃーない」

「え、どうしたの?」

「シンジ、年末は忙しいんだろ?」

「えっ、いやさっきも言ったけど、特に予定は……」

「綾波、一瞬シンジ借りるで」

「え、ちょ、わっ」

 

有無を言う間なく教室の隅に思いっきり引っ張られると、二人の友人が密やかに、そしてどこか怒りも交えつつそれでもなお声量を絞りシンジに囁く。

 

「ドアホぅ! どうして綾波が不機嫌そうにしとるか分からんのかいなお前は」

「俺たちは分かっている、この年末お前が俺達より一足早く大人の階段を登ることを!」

「え、え?」

「いやーまさか、シンジが一番先になるとはのぅ。チェリーボーイの脱却」

「どれほど欲求が身を包んだとしても無暗にパイロット候補を増やすなよ? 俺だってエヴァ乗りたいんだから」

「なっなな、何言ってんだよ!」

「と!に!か!く! お前はこの年末は忙しい。ええな!」

「そういうことだ。ほら綾波、碇を返すよ」

「うわわっ」

「ワシらは退散するで。ほなまたな! ええお年を!」

 

再び雁首を引っ張りシンジを先程の元の位置に戻すと、瞬く間に教室を立ち去ってしまった。

一方、レイの表情はあまり変わらないが、今度は先ほどまでの不承さがみられず、むしろどこか嬉々とすらしているようにすら思えた。

 

「な、何だってんだろう?」

『さぁ……』

「……帰りましょう、私たちをあったかハイムが待っているわ」

「え、う、うん」

 

終始状況の飲みこめないシンジであったが、レイの様子が上向きになったのをみて特に気にしないことにした。

 

 

校門を抜けると、どこかから北風が吹きこんでくる。

十五年前の影響で常夏の日本とはいえど、その風はどこか寒さすら纏っていた。

 

「そういえば、もうすぐクリスマスが今年もやってくるね」

「……私は正月の方が気になるわ」

「正月? あぁ、綾波はやったことないの?」

「ええ。だって私は多分、二人目だもの」

『いやそれは多分みんな知ってることだと思うけどね』

「んー……まぁ簡単に言えば、年の初めをお祝いするんだよ」

「初めを?」

「うん。知らない? 家の外には門松を立てて、家の中には鏡餅を飾る」

「鏡餅? 美味しいのかしら」

「あ、いや、鏡ってついてるだけで実際はただの餅だから綾波が餅を好きかどうかによると思うけど……」

で、その後に新年のあいさつに回ったり、お節料理を食べたりするんだ」

「お節料理?」

「ああ、正月に食べる特別な料理だよ。ちょっと待ってて……ほら、こういう重箱の中に入ってるんだ」

 

手持ちの携帯電話をネットに接続すると、お節の検索を始める。

つい二十年ほど前はまともなパソコンを使ってもそれなりに時間が掛かったものらしいが、

今ではこのように手の平サイズの端末でサッと画像を表示できるとあり、最近の科学技術は本当に進んだと実感させられる。

 

十数秒ほどでお節料理の画像一覧が開き始めた。

端末の画面の中には色鮮やかに盛りつけられた重箱が幾つも立ち並んでいる。

特に上手く映っている画像においては平面の画像なのに立体感すら感じさせられ、一種の臨場感を味わえる程のものもあった。

 

「……美味しそうね」

「じゃあ、今年は買っておこうかな」

「碇君は作れないの?」

「作れない訳ではないけど……結構手間も掛かるし材料費もね。買った方が安上がりになりやすいんだよ」

『……さっきから気になっていたのだけど、レイ君は食べ物にしか興味がないのかい?』

「………………そんなことはないわ」

『何今の間』

「さ、さっき言ってた門松なども気になるわよ」

『へぇ、そうかい』

「あっ、そういえばこの家には門松がないんだよな……どうしようか」

「作りましょう」

「え?」

「作るのよ、門松」

「い、いいけど……でも門松って個人で作るものなのかな」

「心配ないわ。その為のネットよ」

 

帰宅すると、レイはすぐさま自室に潜った。

三十分ほど経過するとどこかへ出て行き、更にもう三十分すると何やら大荷物を抱えて自室に再び戻っていった。

それからしばらくの間、何かを打ちつけたり切りつけたりと奇妙な音が聞こえた後に、

 

「出来たわ」

「えっもう!? ……あ、本当だ」

 

レイが再び自室に籠って三時間少々。

 

そこには確かに見事な門松が完成をみていた。

ビジュアルとして目立ちやすい竹は勿論のこと、竹の根元の若松も忘れずに配置されている。

 

「うん、売ってるのと全然褪色ないよ。やっぱ綾波って凄いや」

「六本の松に携わった女に不可能はないわ」

「いや、六本あるの竹だけどね。松は根元にあるだけだよ」

「……そうなの?」

「今作ってたじゃないか」

『折角見栄えは結構よかったのに……肝心の知識はお粗末なようだね』

「碇君の家の、門の門松よ……ふふっ。

折角だから一本一本名付けましょう。この竹がイチで、これがジュウシで、これがカラで、」

『……レイ君、それは違うと思うんだけれど』

「貴方、イヤミばっかり言うのは止めた方が良いわよ。……碇君。この門松、来年からもこの家で使っていいわ」

「え、あ、ありがとう」

 

カヲルに対するいつもの毒舌こそ変わらないが、やはり自分で作ったという達成感からだろうか。その声色は明るいものがある。

経緯はともかくとして、悪い傾向ではない。

 

「カヲル君、珍しく綾波が笑ってるからこれでいいんだと思うよ」

『いや、そういうものなのかなシンジ君……僕、こんな時どんな顔したらいいのかわからないよ』

「笑えばいいと思うわ」

『シンジ君の名ゼリフを奪ったか……レイ君、君はついに僕を敵に回したようだね』

「貴方も私の台詞を奪ったのは棚に上げるのかしら、このポルノ作家」

『なっ……あ、あれは違うよレイ君。彼の苗字は私屋で』

「わたしやで? 何で関西弁なのか知らないけれど認めているんじゃない。この人でなし」

『いや確かに僕ヒトじゃないけどさ、でも君も人間じゃないよね。リリスではあるけど、だからってリリンではないよね。というか僕はまだ誰も殺していないし』

「……碇君」

「な、なに?」

「貴方の監視を解いたわ。今なら誰にも見つからず槍のところまで来られる。ロンギヌスの槍の秘密、知りたくない?」

「え、え?」

『待つんだレイ君、シンジ君も一緒に消すつもりかい』

「碇君。これは私の心? 渚君と離れたい、私の心……」

『シンジ君、レイ君がご乱心だ、なんとか……』

 

レイが明るさを見せていることに少しほっこりとしていたらすぐこの有様である。

いつもがいつものことなので鳴れるかと思いきや、どうにも慣れない。発言に突っ込みどころも多すぎるし声量だってそれなりのものだ。

 

「父さん……母さん……僕、これからどうしたらいい?」

 

このように現実逃避するのも客観的に何らおかしなことはない。

少なくともシンジはそのように信じたかった。

というより、信じないと何かが壊れてしまうような気がしてならなかった。

 

『ほらレイ君、シンジ君が困って死にそうじゃないか! この人でなし!』

「あら。二回も同じネタを使うだなんて。それに碇君は死んでいないからまだ人でなしではないわ。私が守るもの」

『……ふふ、いいのかいレイ君。僕は知っているんだぞ、君があの組織を裏切ってることを』

「確かにネルフは真っ黒な組織だからあながち間違っていないわね。それがどうかしたの?」

『何だったらMAGIに情報をリークしてもいいんだ。

そうなれば仮に君が生き残れたとして、小さくなる薬を飲む羽目になる……そうなれば今のようにシンジ君と暮らすことは出来なくなるよ』

「その時は碇君と探偵団を組むわ。

……そうね、セカンドの母親も探偵のようだからセカンドの家に転がり込もうかしら」

「おやおや。眠ったら最後記憶を失ってしまうのに眠らせることを前提とした探偵団を組むだなんて……君も酔狂なものだねレイ君」

 

収拾がつく気配は何一つとしてみられない。

 

しかし、一方のシンジは現実と戦う準備を着々と行っており、

いよいよもって終わらないこの日の論争に終止符を打つ準備が出来た。

現実から、逃げちゃダメだ。そう言い聞かせ毅然として今日も声を上げる。

 

「……綾波、今日の晩御飯は折角のクリスマスイヴだからチキンにしようか。

ああそうだ、風味付けにガーリックたっぷりのソースなんてどうかなカヲル君」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

 

レイにはニクが有効らしいが、カヲルにはニンニクが有効らしい。

普段の喧しい二人をピタッと止める有効なニクを得たことに内心ほくそ笑むシンジであった。

 

が、

 

「……あ、でも碇君」

「ん?」

「実は私しっかり味付けを整えたクリスマスチキンくらいなら食べられるわ」

「え、そうなの!?」

「ええ。昔、グラサン掛け機に食わされたステーキがレア過ぎたのと脂っこすぎたのに加えて、ステーキソースもあまり口に合わなくて、それ以降肉がダメだったの」

「ねぇグラサン掛け機って誰? もしかして父さんのこと?」

「でもこっちにやってきた時にオペレータの眼鏡掛け機に貰ったポークジャーキーが意外と美味しくて、それ以降平気よ。牛肉はまだしっかり焼いていないと厳しいけど」

「ねぇ眼鏡掛け機ってもしかして日向さ」

「だから肉が有効な手段と思わない方がいいわ」

「……う、うん……」

 

予想だにしていなかった。いつの間に彼女は一部とはいえ肉を克服していたのだろうか。

しかも先日提案したニンニクラーメンチャーシュー入りも実は食べられたらしい。いよいよ打つ手なしと頭を抱える日々が続くのかと内心今後に怖れを抱きつつあった。

 

『おやおや、まさかシンジ君に歯向かおうというのかい君は?』

「そういう訳ではないわ。ただビフテキが食べたくないだけよ」

『なるほど。しかし高カロリーな肉料理を自らOKするとは……

君は容姿についていえばそれなりにレベルが高いが、その容姿も無駄肉で崩れてしまうよ?』

「そう……貴方はつまりそういうヒト、いえシトだったのね……この声だけ蛾泥棒」

「それはエーミールの間違いじゃないかい。正しいのは葛城一尉が高校生の時に通っていた予備校の方だよ。

長音符の有無は差がないようで深淵の闇よりも深い差があることを忘れてはいけない」

「じゃあ三河屋をやるといいわ、精々カエル型エイリアンに桃源郷までゲットバックされないように覚えておけば? グッドラックトゥーユー」

『それはさぶろう違いだろうレイ君。そういう君こそ背後には気を付けるんだね……こちらには君をいつでも性転換させられる手段があることを忘れてはいけない』

「お湯に入ってもLCLに浸かっても何も起きていない時点で問題ないわよ、このホモ」

『ネタがなくなったからってついに直球の悪口に出た! この人でなし!』

 

皮肉にもニクが憎み合いを再開してしまったようである。

とはいえ……抑えられないニクがない訳ではないようだ。

それは先ほどのレイの言葉からも明らかであり、良いヒントを得ることが出来た。

 

今度こそ終いである。

 

「よし。分かったよ二人とも。今晩の夕食はビーフステーキのガーリックソース&ガーリックチップ和えにしようか」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

 

----

 

クリスマス・イブであるこの日も夕食を終えた。

 

結局のところ夕食は一般に想定されるクリスマス料理が立ち並んだ。

ビフテキ・レアはレイの嘆願により、ガーリックソースはカヲルの嘆願によりどうにか回避されたのであった。

 

といっても、何時もシンジの料理はそれなりに豪華なので、クリスマスだからと言って何か特別になっているようには見えない。

チキンがあったりケーキが出てきたりするだけで、それ以外にクリスマス要素は特に無い。

 

『それじゃあちょっと、エリザベスとその飼い主にも会ってくるよ。今日は宴会のようだからね、少し遅くなるかもしれない』

 

カヲルがどこかにス、と抜けていく感覚がする。それから忽ち、家の中は静かになった。

 

 

 

窓際のソファにちょこんと座り、何か本を読むレイ。

 

その一方で夕食の片付けとして、先ほどまで料理が盛り付けられていた皿を洗うシンジ。

 

 

ページを捲る音と、時計の音と、流水音だけが場を包んでいる。

まるで他には何もないかのようだ。

 

コンフォート17。

そこ自体はふつうのマンションであるし、それなりに外からも車の音が聞こえてきたりする。

ところが今夜はどうだろう。全くと言ってそれが聞こえてこない。

 

とても静かな夜だった。

まるで街の住民全員が聖なる夜を粛々と祝福するキリシタンになったかのようにすら錯覚する。

 

皿を洗い終えたシンジは、ふとレイの横に座った。

 

「……ん、何を読んでるの?」

「……小説よ」

「へぇ、小説か……なんていうの?」

「夏目漱石の……吾輩は猫である、よ」

「あぁ、アレかぁ。結構有名な作品だけど僕はまだ読んだことないんだ。

……そういえば、前の時も綾波は学校で何時も本を読んでたね」

「あの時は、……特にやることもなかったから読んでいたわ。

だけど今は、純粋にヒトとして知識を得たい。その為に読んでいるの」

「そっか」

「ええ」

 

それから、再び静かになる。

時刻は、九時を回ろうとしていた。

 

 

時計の針が

 

かち。

 

こち。

 

かち。

 

こち。

 

本に使われた紙が、

 

ぺらり。

 

ぺらり。

 

ぺらり。

 

ぺらり。

 

そしてレイが、

 

「碇君」

「何?」

「……外、見てみて」

 

 

ぽつり。

 

 

「……え?」

 

シンジがふと外を見てみると、そこには太陽という障害物から解放され、満ち足りた光を地表に湛える月があった。

しかしくもりガラスによりその光は分散してしまっている。

 

「本当だ……そうだ、少し窓を開けてみようか」

「……ええ」

 

くもりガラスで出来た窓を開けると、その月光はより一層明るみを増した。

幾つか家の明かりもあるが、車などが通る音はやはり聞こえてこない。

 

常夏であった日本であったがここ最近は季節感が戻りつつあるらしく、

肌寒さもあり、それを感じさせる北風も静かに吹きこんでくる。

 

けれど、その静かな冷たさが、今はどこかいとおしくすら感じられる。

 

想起させられるのだ。

 

かつての

 

自分の

彼女の

 

ことを。

 

 

ふと、腕に暖かい感触が走る。

見てみると、レイが手を握っていた。

 

「……碇君」

「……あ、寒かったかな?」

「いえ……碇君の手、とても、ぽかぽかする」

「そう、かな?」

「ええ……」

 

 

それから先ほどのように、静かになる。

 

先程のように、冷たい風が止む気配はない。

けれど、二人はその手に、確かな暖かみを感じ合う。

 

「ねぇ、碇君……」

「……ん?」

「…………」

「……?」

 

呼びかけておいて、返事がない。

どういうことなのかと訝しみ、レイの方を振り向くと、

 

「……月が、綺麗ね」

 

そう言われるが否や、一瞬顔の前が何かで覆われる。

それと同時に手だけでない。全身が温もりに包まれた。

とても柔らかな暖かみ。

 

手は勿論、腕も、脚も、胸も、腹も、

 

そして、

 

 

唇も。

 

 

それはとても不慣れで、初心で。

表面だけで、絡み合うことは決してない。

 

まるで、絡みあわずとも充分だと言わんばかりに。

 

 

暫くして、少し距離が置かれる。

ゆっくりと、名残を惜しむように。けれどそれは唇だけで、他の全身は変わらない暖かさに包まれている。

 

「……あ、綾波……」

 

突然の出来事に、状況の把握が今一つ上手く行かない。

一つだけ分かるのは、己の心臓がこれまでの半生でも経験がない程の……いや、一つだけあった。

 

かつて、ここにはいない彼女と二人きりで衣食住を共にしたあの時。

寝言で我に返ったあの時。

 

それ程までの早鐘を打っているということだけだった。

 

 

「ねぇ、碇君」

「……?」

「……私、今とても、暖かい。碇君と一緒に居ると、ぽかぽかする。

どうしてかは分からない。分からないけど……碇君にも、ぽかぽかしてほしい」

「う、うん……?」

「だから、私が今から、碇君を……ぽかぽかさせてあげる」

「え……―――!?」

 

ソファにゆっくりと引き倒されると、再び唇が重なり合う。

今度は先ほどのような、浅いキスではない。一方の舌がもう一方の舌を追いかける。

 

初めは戸惑っていた男の舌も、やがて女の舌に追いつかれると、静かに籠絡される。

 

そして……貪り合う。

 

風の音と時計の音と、……舌の絡み合う音。

ねっとりとした、妖艶な水音が、場を包んでいる。

 

やがて……息が続かなくなると、男と女は喰い合いを止める。

 

「……綾波」

「……碇君……いえ、…………シンジ、君…………

 

 

今だけは……レイ、って呼んで」

 

 

そう言うが否や、再びシンジにゆったりと襲い掛かる。

 

 

「………………」

 

ガチャッ。

 

レイ。

 

 

 

 

……ガチャッ?

 

 

 

 

「シンちゃあ~ん今みんな来てるから宴会どお~? 

……うぉわっ!?」

 

 

 

扉の開く音が、レイを呼ぶ声と見事に重なる。

そしてあと数センチで二つの唇が再び融合を果たそうとしていたそこへ、独りの来訪者が訪れたのだ。

 

ただ驚いた顔をして、二人の姿をまじまじと見つめるミサト。

一方、ぽかんとした表情でミサトを見つめる二人。

無意識のうちにレイ主導のマウントスタイルから一転、先ほどまでの座り姿勢に戻っていた。

 

再びつかの間の静寂が場を包む。

 

 

二人をしばらく見、悟ったミサトはやがてにやりと笑みを浮かべると、

 

 

「……ごめんなさい。ごゆっくりぃ!!」

 

 

バタンと思い切り扉を閉め、どこかに走り去ってしまった。

 

「……」

「……」

 

その時、再びス、と何かが入り込む感覚がする。

 

『何があったんだい、二人とも?』

 

もう一人の住人も帰ってきたようである。

ミサトの乱入から続き、既に先ほどまでの何とも言えぬ妖艶な雰囲気は消え去ってしまっていた。

 

「何でもないわよ。…………碇君」

「……な、何?」

「……葛城一尉の家に行くわよ」

「えっ!?」

「バレたものは仕方ないわ、あとは公認になるだけよ。さぁ行きましょう」

「綾波さン!? それは幾らなんでも――――」

「……酷い。私とは遊びだったのね」

「い、いやその、っていうか綾波から来たんじゃないか!」

「あら、男のくせに言いがかりを付ける気?」

「り、理不尽です……」

 

ぐいと体を引っ張られるが、一方で逆ベクトルにぐいと体が引っ張られる感覚がする。

 

『シンジ君。ちょっと君とはじっくり話をしないといけないようだね。

レイ君その手を離すんだ、今宵は僕とシンジ君の聖夜だよ』

「いいえ私のせい夜よ」

『いいや聖闘士の星矢だよ』

「いいえ関東平野よ」

『いいや飛竜のレイアだよ』

「いいえ私はさそり座の女」

 

口論に夢中になったのか、双方向に掛かっていた力が抜ける。

それをいいことに一足先に退散することにした。

 

「……おやすみ、二人とも」

 

ガチャリ。

外界との繋がりを閉ざす。扉という名の厚いATフィールドを張り終えると、ベッドに潜り込んだ。

 

『あっちょっとシンジ君!? 鍵を閉めるなんてずるいよ!』

「……私とは遊びだったのね、碇君」

『ようしこうなったらレイ君、君に色々と話を聞こう。僕のシンジ君に一体何をした』

「僕の? 何を言っているの、貴方には同じしんじでもマギーの方がお似合いよ」

『そういう君こそ……!』

「貴方こそ……!」

 

外からは再び喧騒が聞こえてくる。

 

それから何とか逃れんとシンジは照明を消し布団に丸まりながら呪詛のように呟き続ける。

 

「……逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……」

 

しかし眠れる気配はない。

思い出すのだ。先ほどの感触を。

 

暖かく柔らかな身体、そして唇。

再び心臓は早鐘を打ち始めている。

 

しかしそれと同時に、

 

「……言うじゃないデコピカ、ここまで言えたご褒美にかつらあげるわよ」

『かつらじゃない、カヲルだ』

 

終わらない論争。先ほどまでの静寂は何だったのだろうか?

 

そう叫びたくなる。

 

 

「誰か僕を助けてよ……綾波もカヲル君も怖いんだ……だから、助けてよ……お願いだから、ねえ……!」

 

 

こうして碇家のイヴは幕を閉じる。

 

色々変わったことはあったが、結局碇家は碇家のままであった。

 

--------

 

12/29 決戦、第八十九同人祭

 

十二月二十八日。

夕食を終えるとレイが話を切り出してきた。

 

「そうそう碇君、私明日は留守にするわ」

「ん、分かった。どこかに行くの?」

「ええ。……女の戦いよ」

「……はい?」

『これは解せないな。折角の休日に君がシンジ君と一緒にいる時間を放棄してまで……』

「その時間の分くっつくから問題ないわ」

「綾波さン?」

 

少し前から気になっていたが、ここ最近のレイはやっぱり何かがおかしい気がする。

本を読んでいると言っていたが、何か悪い知識でも書いてあるのではないだろうかと心配になる。

そうでなければ、レイがイヴの夜のようになるとは思えないからだった。

 

無論それは、シンジの思い込みに過ぎない。

が、そのような関係はレイとはそこまで望めるものでもないだろうという前提的な観念が潜在的に植え付いていたので、その心配をせずにはいられない。

 

とはいえその心配をよそに、レイは物凄くウキウキとした表情をしている。

心配ではあるが、止めるのもやはり無粋というものだろう。

 

結局、シンジはレイの主張を肯定してやることにした。

 

使徒との戦いが終われば、レイは立派な一人のヒトとして生きるのだから。

 

楽しいこともまた、人並み以上に経験させてやるのが筋というものだろう。

 

 

----

 

その翌日の目覚ましになったのは、携帯から鳴り響く警報音だった。

 

 

ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

 

けたたましい、警報音だった。

 

即座に体に緊張が走り、瞬間的に覚醒する。

もはや体がそのアラートを聞く度、臨戦状態になるようになってすらいたのだ。

 

「もしもし!」

【もしもし、聞こえるかシンジ君! 日向だ、第一種戦闘態勢が敷かれた。

新国際展示場付近でATフィールド反応が確認されたんだ。至急ネルフに来てくれ】

「なっ! ……分かりました、すぐに行きます」

 

電話を切ると、急いでネルフに向かおうとする。

すると早くも黒服たちがコンフォート17のふもとに迎えに来ており、車であっという間に移動することが出来たのだった。

 

『馬鹿な……この時期に使徒はいなかったはずだけれど』

「いや、この世界に来てから変わったことはたくさんあった……今回もその一環なんだろう)」

『それにしても、こうも時期がずれるだなんて……』

「(考察は後だよ。今は戦いをどうすべきかに集中しなければ)」

『……そうだね』

 

黒服たちが安全かつ迅速にネルフ本部まで送る。

シンジとしてもその迅速な対応を無駄にしようとすることなく、早急にプラグスーツを着こむ。

発令所に向かえと言う指示であったのでその足で発令所に向かう。

 

ここまで家を出てから十五分。

それでもネルフの主要メンバーは粗方揃っており、モニターの動きを凝視し続けていた。

 

ところが、その表情にはどことなく覇気のなさを感じられなくもなかった。

それでもケージに直行したシンジからすればそんなことは露知らず、真剣な面持ちでエヴァへの搭乗を終える。

 

「ミサトさん、到着しました」

【シンジ君。エヴァにはもう搭乗したわね?】

「はい」

【そう……それじゃあそのまま、暫く待機よ】

「……待機?」

【ええ。非常に強力なATフィールドが、数時間前に一瞬だけではあるけどさっき観測されたわ。

場所は……最近再開発された第二新台場の東部の、新国際展示場付近よ。

でも、それ以降全く気配を見せない……一体どういうことなのか、まだこちらでも実態をつかめていないの。

第六使徒の一例もあるし、迂闊にエヴァを地上に出すことは出来ないわ】

「……分かりました」

 

事態は思っていた以上に深刻らしい。

横をちらと向くと、弐号機もしっかりセッティングが完了している。どうやらマリもいるようだ。

しかし、やはりと言うべきかこんな状況でも彼女は軽口を叩いている。

 

「ミサトちゃん。こちらから打って出たらどうかニャ。

今すぐにでも此間あたしが調整したネオサイクロンジェットアームストロングサイクロンジェット砲で」

【ダメよ、今日の国際展示場にはあまりにも人が多い……避難にも時間が掛かるわ】

「……そういえば、レイちゃんは? わんこ君」

「出かける、って言ってましたけど……」

【どこへ向かったの?】

「いや、よく分からないのですが……『女の戦い』だのどうのこうの」

【……へっ? 何それ……いやシンジ君に聞いても仕方ないわね。レイの行方を追って、早く!】

 

発令所のコンピューターが一斉に動き出す。

 

しかし、やはりどことなく覇気はない。早朝に叩き起こされたが故だろうか。

しかも今の今まで完全な膠着状態と来ているので、集中力も少しずつ切れ始めているのだろう。

 

 

【シンジ君……やっぱり覚えはない?】

「ええ、僕も昨日聞いたばかりなので何が何だか……」

【そう……今日、何か特別なことがあるというのかしら】

 

そんなシンジ達の会話に一人の女が割って入った。

 

「ふふん葛城さん、余計な口を挟んですいませんが私はもう分かりましたよ」

「あらマヤちゃん、心当たりがあるの?」

「ええ。ほらアレですよ、ヒントは股を使って男女が何かする、ほら年末のあの日」

「……へっ?」

「いやですからほら、股を使って男女が何かする、ほら年末のあの日」

「いや何そのヒント!? 一体どんな正解に辿り着く訳!?」

 

最初に口を開いたのはマヤだった。どことなく口調がおかしかったのだが、一刻も早くレイの情報を知りたいミサトはそんなことに構う暇はない。

しかし、その構わなかったことで余計なエネルギーを使う羽目になった。

 

しかしへこたれてはいけない。すかさずマリに聞いてみることにする。

 

【……マリ、貴方は何か心当たりは? 貴方色々詳しそうだし】

「うーん……いや、最近の女子事情には疎くてねぇ……」

「ミサト、この子に聞いても無駄よ。歌いながらエヴァのメンテナンスしまくる子なんて初めて見たわ。

おかげで私は魔改造しないか見張っている毎日よ。お蔭で年末でもこうしていち早く発令所に駆けつけられたわ」

「あ、あらそうなの……」

 

とんだ無駄骨であった。

何か少し力を抜かれたところで、

 

「葛城ィ、俺は分かったぜ」

 

後ろから囁くような男の声が聞こえてくる。

そこに居たのは、かつてのボーイフレンド加持リョウジであった。

 

「……何よネルフの面食い。冷やかしなら帰って頂戴」

「いいや、冷やかしじゃないさ……葛城」

「な、何よ……レイの居所が分かるの?」

「いや、そういう訳じゃない。ただ……」

「……ただ?」

 

神妙な面持ちで加持が一度言いよどむ。

余程の情報なのだろうか。そう思わせる迫力を目の前の男から感じざるを得ない。

ミサトとしても加持の仕事の実力について評価しない訳ではない。信憑性を持つ一意見として真摯に聞き入れることにした。

 

やがて、加持がその重い腰を上げ、ゆっくりと語り出す――――

 

 

 

「俺が食いたいのはツラじゃない、葛だ」

「……は?」

「だから言ってるだろう、ツラじゃない、葛だ」

「……アンタこの緊急事態に何しにきたの!? もしかしてそれ言うためだけに出てきた訳? 

というか誰よ葛って! あたし葛城なんですけどォ!?」

 

どういうことなのだろう。

思わず勢いづいてツッコミを入れてしまったが、思えばおかしい。何時も仕事は真面目にやるマヤや加持がこうも腑抜けになってしまっている。

 

……まさか、これが使徒の能力なのだろうか。

あるいは、精神汚染……

 

絡んでくる加持を軽くあしらうと、あらゆる可能性を脳内でシミュレートする。

その時ミサトに話しかける一人の男の姿があった。

 

「ミサトさんミサトさん」

「青葉君。……というかその顔大丈夫なの?」

「えぇ、問題ありませんよ」

「そ、そう……で、どうしたの? もしかしてレイの居場所が?」

 

次に立候補したのはシゲルだった。

服装はいつものオペレータ服だったが、何故か左目には包帯を巻いており、

髪も長めではあるが、いつもよりも丸っぽくまとめてある。

先程までの騒動で転んだりでもしたのだろうか?

 

「えぇ、分かるんですよぉ……俺も、モテない奴らの苦しみが。

あの日に街ゆくカップルを見るとですねぇ、疼くんです。

俺の中でも、未だ黒い獣がのたうち回っている物でしてね……仲間の仇を! 奴らに同じ苦しみを! 

殺せぇ!! 殺せぇ!! と、耳元で四六時中……!」

「…………」

「ねぇ葛城さん……貴方は聞こえないんですか? いやぁ、聞こえる訳ないですよねぇ……加持さんいますし」

「……青葉君……貴方……大丈夫なの? …………まさか、使徒にやられたりしたんじゃないでしょうね?

 

シゲルについてはもう今すぐ精神病棟に連れて行くしかない。そんな心配を本気でせざるを得ず、

思わず引き気味の声になる。

しかしそんなミサトをよそにシゲルは続けた。

 

「……俺はただ壊したいだけなんですよ、この腐った世界を!」

「……うんもういいわ、緊急事態だけど貴方は帰って寝てなさい」

「いずれリア充、ふざけたイケメン共、……いや、世界のカップルの首引っ提げてそっちに行きますから……先生によろしくお伝えください」

「いや先生って誰よ、というか貴方の発言高すぎなのよ危険度が! 精神的な意味でももっと他の意味でも!」

 

おかしいのはマヤと加持だけではなかったらしい。

もしや、今この場にいる健常者は自分とリツコ、そしてパイロットの二人しかいないのだろうか……

いや、あるいは自分がむしろおかしくなっているのか? そんな疑問すら感じざるを得ない。

 

けれど、今は一刻を争う事態である……次に再び聞こえてきた幼気さの抜けない女の声も聞き入れざるを得ない。

 

「ふふん葛城さん、余計な口を挟んですいません私はもう分かりましたよ」

「……貴女、今度はマトモなんでしょうね」

「ほら今日は、夜になったら片方がもう片方に乗って、お互いに恥部を露出しあう言い訳になる日」

「だから絶対に違うでしょう!? 貴女、かわいい顔して頭の中そればっかりな訳!? ……というか青葉君もマヤちゃんもそれ明らかに五日くらい前の話よね。

というかクリぼっち如きで見苦しいから貴方たち付き合っちゃいなさいよ!」

 

そうだ。どうしてこの二人は同じ職場で、異性で、しかも互いに聖夜の独り身を嘆いているというのにくっつかないのだろうか。

なんだか少しずつおかしな感覚になりつつあるが、職場の余りの混沌めいた状況に最早それに気づくことすらままならない。

 

「そうですね、俺にはマヤちゃ……」

「いえ、私には赤木センパイが居ますから。……ん? 青葉君何か言った?」

「……」

 

どちらかに問題があるのだろうかと一瞬考え込むが、今までの言動から察するにどちらにも問題があるのは明らかであった。

 

そんな時、一縷の光が指してきた。

その光源は、見慣れた眼鏡のオペレータ、日向マコトであった。

既に時間は十一時半近くを回っており、早朝に叩き起こされ厳戒態勢を取っていたならば気力の限界もまた見えてくるというものであっただけあり、それはより輝いてすら見えた。

 

「あぁ、僕は分かりましたよ葛城さん」

「……期待してないけど一応聞かせて、日向君」

「いや、この二人とは違い僕のは正解な筈です。というか僕も行きましたし。あれですよ……」

 

マコトが真剣な面持ちで口を開こうとする。

ミサトもその真剣さに再び先ほどまでの緊張感を取り戻し、息を呑んだ。

 

しかしその次の瞬間、それまでの問題は一瞬で解決することとなった。

 

ある一人の少女の声が、

 

「そこから先を言う必要はないわ」

 

高らかに響き渡ったのだから。

 

「綾波!」

【遅くなってごめんなさい】

 

そう、肝心の綾波レイが帰って来たのだ。

その表情はやけに晴れ晴れとしており、背中には何やらリュックサックを背負っている。

 

【れ、レイ! 貴女一体どこへ……】

【それより、用事とは何でしょうか?】

【あ、えっと、新国際展示場付近で強力なATフィールドが観測されたわ。

ここ数時間はもう反応が出ていないけれど……そういう訳で、厳戒態勢を取っているわ】

【その必要はないわ。私が片づけたもの】

「……へっ?」

【……碇君、帰りましょう】

「あ、綾波? 片付けたって……」

【言葉の通りよ。ATフィールドを装ってネルフにクラッキングしようとした人物がいたので太平洋に沈めました】

 

レイから告げられた衝撃の真実。

ATフィールドの根源を断ち切ったとは一体どういうことなのだろうか。

まさかリリスの力で強制的に叩き落としたとでもいうのだろうか?

 

しかしそれでは説明がつかない。使徒のとは別にレイのATフィールドも検出されるはずだからだ。

状況的に全てが否定され、ざわめきが走る発令所。

それとは裏腹に、レイには緊張感の一欠けらも持っていない。恍惚とした表情で居るばかりだ。

 

【は、はぁ……!? って、ATフィールドを模造してのクラッキング!? リツコ、そんなことって……】

【……ネルフに所属する人間の犯行なら、あるいは。

しかし、現段階でそういう手段を取ってクラックするメリットは微妙なところ……レイ、本当にその人物は沈めてしまったの?】

【はい。本来であれば連行すべき対象であったと思われますが、幸い相手は身体能力に欠けていたようなので迅速な判断を優先しました】

【…………】

【…………】

 

再び晴れ晴れとした様子で報告するレイ。

暫く呆然としているミサトとリツコであった。

 

が、

 

【……赤木博士、赤木博士】

【ん? どうしたの日向君…………え? ああ、そう……】

【…………】

【……分かったわ、レイ。このことは不問とします。

今回はサイバーテロを未然に防いだ功労、技術部を代表してお礼を言うに留めます】

【……ご理解感謝します。それじゃあ碇君、帰りましょう】

「あ、う、うん……」

 

マコトに耳打ちされると、リツコはすっかり納得した様子だった。

むしろ「仕方がないわね」といった様子で、彼女もまたどこか晴れやかそうな顔でレイたちを見送った。

まるで帰り道に挨拶してくる後輩を微笑ましく見送るような、そんな気分すらした。

 

レイがシンジを連れ帰り、それを見届けたところで今度はミサトがリツコに耳打ちした。

 

「ちょっとリツコ、何があったって訳?」

「……レイの言った通りよ。彼女は『女の戦い』をしに行っていた。ただそれだけよ」

「は、はぁ?」

「そういう訳だから。……碇司令、宜しいですね?」

「…………構わん」

「司令?」

「構うな、葛城一尉。これは予測された事態だ。第一種戦闘態勢を解除する。いいな」

「は、はぁ……分かりました」

 

やや納得いかないという様子であるミサトとは対照的に、リツコは微笑みを浮かべながら煙草に煙を付けた。

 

「……明日は、私が行くのだからね」

 

----

 

ネルフからの帰り道。

丁度昼食時の時間になっていたので、外食としてレストランに向かう。

 

ネルフを出て暫くしたところで、シンジは素朴な疑問をレイに向けることにした。

 

「綾波……どこ行ってたの?」

「……今日は三日目。晋魂、Back!、ごち松さん、うたのプリンセスさま、白子のバスケ……どうしても勝ち取らなければいけないものばかり」

「……?」

『シンジ君、理解しようとしなくても大丈夫。彼女は少し腐ってしまったんだ、色々とね』

「? 腐る、って……?」

「違うわ。腐っているのではなく夢を見ているのよ。そこの区別が出来ていない人が多いから困るわ」

『いや似たようなものだと思うのだけれど……そういえばレイ君』

「何?」

『今日のATフィールド、やけに君のものに似ていたのは気のせいかな。というか、君のと全く同じ波動を感じたのだけれど』

 

カヲルが発言した瞬間、レイが明後日の方向を見上げる。

それは丁度、シンジが顔を向けている方と逆方向であった。

 

「……気のせいよ」

「……そうなの、カヲル君?」

『あぁ、彼女とも長く居るからね。これくらいはすぐに分かる』

「……気のせいよ」

「……綾波?」

「……」

「……」

『……』

「……綾波? こっち見てよ」

「……」

「……」

『……』

「……私、今日始発で行ったの。徹夜は本来禁止されているから。

そうしたら始発組の中では一番前に並べたのに、案の定徹夜組が物凄く並んでいたの。それを見ていたら居ても経ってもいられなくて……」

「……それで?」

「……排除したわ」

「……え?」

「スタッフに苦情を言っても苦笑いされるばかりで対処する気配がなかったから、私がスタッフを装って対処したわ」

 

この人は一体何を言っているんだろう。

 

シンジは初めて、レイにそのような感情を抱くことになった。

するとすかさずカヲルが解説を始める。

 

『……要するにアレだろう。

君いわく人が使徒を装って擬似のATフィールドを使ってネルフにクラッキングしていたとのことだが、

実際には使徒が人を装って本物のATフィールドを使って寝ぬ腐にアタッキングしていたってことかい?』

「ホモの割にはカンがいいのね。でも一つ間違っているわ。寝ぬ腐だけじゃなくて寝ぬ夢も居たわ」

『いやそういう問題じゃないよね?』

「よく分からないけど……綾波?」

「……何?」

「……今度から人に迷惑かけるようなことしちゃダメだよ? 気持ちは分かるけど」

「……でも、彼女たちも規則を守る人たちや近隣の方々に迷惑を掛けていたわ」

「いや、ATフィールド使って大騒ぎにしたのも充分迷惑だから。お蔭でネルフの皆の貴重な午前が全部潰れたから」

「けれど、一度お灸をすえるのは必要よ。人は身体で理解できないと改善できない生き物だもの」

 

レイは飽くまでも開き直るつもりらしい。

 

レイは確かに感情なども豊かになってきてはいてそれは喜ばしいものの、

一方で今一つ常識に欠けるところもあると最近のシンジは懸念してもいた。

 

それに対する対処方法は、結局のところ子供を育てるのと変わらない。

しっかり躾けてやればそれでよいのだ。常識さえ身に着けてくれれば、彼女の場合外面も内面もレベルは高いのでこれからもこの世界で生きていけるだろう。

 

そう、しっかり躾けてやればよいのだ。

 

「……そうだね。お灸をすえるのは必要だね」

「……分かればいいのよ」

「うんうん。それじゃあ綾波、今日の夜ご飯はおでんにしようかと思ったけどやっぱりローストビーフにするから。

焼き加減はとびっきりのレアにしようね」

「ごめんなさいせめてミディアムにしてください」

「ダメだよ、今日使う炎はお灸を熱するためのものだから」

「もうそれは私がさっき使ったわ」

「じゃあどっちみちレアしかないね、使える炎がないもの。

そういえばローストビーフ用霜降り牛が今日は安かったっけ、脂がとろけてとっても美味しいんだ」

「ごめんなさい許してください碇君」

 

--------

 

12/31~1/1

 

日本の中心で明けを叫ぶはがね

 

「そういう訳でもう大晦日だね」

「早いわね」

『そうだね』

 

シンジ達は普段のテーブルを片付け、この時は炬燵の中に潜り込んでいた。

暖房にもよくあたりより暖かい方にレイを座らせ、玄関側の多少冷える方に自分は座る。

かつては異性とこのような空間に居るだけでオドオドしてしまっていたシンジも、この位の気遣いであれば無意識に出来るようになっていた。

炬燵の上にはみかんが律儀に乗っており、あとは猫が居れば完璧であったが、残念ながら今はいない。

それをレイも気にしたのだろうか?

 

「碇君」

「何?」

「……日本の冬と言えば、炬燵、みかん」

「うん」

「……でも、一つ足りないわね」

「ん?」

「……猫よ」

「……ああ、猫か。確かに猫は可愛いし、居てもいいかもしれないけど……欲しいの?」

「いえ、猫自体は欲しくないわ」

「そうなの?」

「ええ、世話が大変だもの」

『確かにレイ君がネコを飼おうものなら間違えて玉ねぎやチョコを餌にしそうだね』

「流石にそれはないわ」

「あ、あはは……じゃあ、猫がどうかしたの?」

「猫は欲しくないけど、膝の上で猫のように丸くなる存在が必要よね」

「え? うーん……そうなの……かな?」

『いや、猫以外に猫の真似は出来ないと思うけど……あの肉球の質感は』

「だから少し黙っていてくれないかしらエセ攘夷志士。

そう、だから提案があるの」

「提案?」

 

いつものように淡々と話してくるレイ。しかしその声色はどことなく楽しそうでもあった。

良い傾向なので、素直に話を聞き続けることにした。

 

「……そう。私が碇君のネコになる」

「…………えっと、綾波さン?」

 

そういうと、立ち上がるレイ。

シンジの居る方に向かうと、再び炬燵に入り込んだ。

 

「碇君。……いいかしら」

「……えっと、何が……? というか、こっち側少し寒いよ?」

『ついに壊れたのかいレイ君?』

「……碇君はタチやってもいいわ」

「えっと綾波……? ネコとかタチとか、……あぁそうか、此間発売されたゲームの話?」

 

突然レイの口から発せられる謎の単語に困惑させられる。

オドオドとしていると、そこに横やりが入ってくる。

 

『シンジ君、君は何も言わなくて大丈夫。……レイ君。君は一体何を言っているんだ』

「そのままの意味よ。私は猫になって碇君の膝の上で寝る。碇君はタチやってネコを操る」

『レイ君……まさか、君は!』

「……ふふ、そうよ。実体化した私だけの権利。この家にもう、猫が居なくてもいいようにする。だから……!」

『いや、だから君では猫の代用にはならないだろう。大体身体が大きすぎてシンジ君の膝に負担が掛かってしまうよ』

「大丈夫よ、私の体重力は五十三キロだから」

『いや何体重力って。 てか意外と重いんだね華奢に見えるけど』

「ふふ、私も成長しているのよ。主に女として必要なところが」

『いやだから君がさっきから何を言っているのか……ほら、シンジ君がめちゃくちゃ困ってるじゃないか! この人でなし!』

「渚君。そのネタはこないだも使っていたわ。いつまでも使い古されたネタにしがみ付くなんて……まるでダサいし面白くない、略してマダオね」

 

普段通り口論を始めるレイとカヲルがいる一方で、先程のレイの言葉からいらぬ想像をして顔を赤らめるシンジ。

一度見たことはある上触ったこともあったが、同年代のものとしては平均以上であったと思う。あれからさらに成長していたら……

炬燵の暖かさとはまた別の熱を帯びないこともなかったが、ここはそういう雰囲気ではない。理性を以って、レイにしっかり忠告をしておくことにする。

 

「あ、綾波……その、女として……そういうことは、あんまり言わない方が良いというか……」

「……そうなの?」

「うん。女の人は余り体重をバラしたりしないものだよ」

「そう……勉強になるわ」

「ま、まぁそれはともかくとして……今日の夜ご飯は年越しそばでいいかな?」

「年越しそば?」

「うん。大みそかにはそばを食べるんだ。そばは他の麺類より切れやすいだろ?

だから、今年あった悪い物事との縁を切ろう、っていう狙いがあるんだよ」

「なるほど……」

『博識だね。流石シンジ君だ』

「ええ。流石碇君ね。いいわ。年越しそばを食べましょう碇君」

『僕も賛成だ』

「分かったよ。それじゃあ早速作りに入るね」

「ええ」

『うん』

 

二人からの同意も得ると、シンジはキッチンへ向かう。

この日の為にちゃんとそばも用意しておいたし、天ぷらにするテンプレート的食材も一通り用意してある。

揚げ物は高熱下での作業になるので焼き物や煮物より少し苦手ではあるが、それでも何とか完成させ良い締めくくりを終えようと気合も入れ始めた。

 

しかし、その気合が緩み始めるのにもそう時間は掛からなかった。

 

「……ふふ。良いことを聞いたわ。悪い物事との縁を切る……」

『……どうしたんだいレイ君、こっちを見て?』

「貴方こそこっちを見ているんじゃないの?」

『そんなことはないさ……僕は君の後ろのテレビを見ているんだよ』

「そう……私も碇君を見ているだけで決して貴方のことなんて見ていないわ」

『……』

「……」

『……』

「……」

『……シンジ君。僕は大盛りでお願いするよ。一刻も早く縁を切れるようにしないとね』

「……碇君、私のも大盛りでお願いするわ。切れる悪縁は多い方が良いもの」

『……』

「……」

「…………分かったよ。二人とも」

 

そんなやり取りをみて、やれやれといつも思う。

本来リリスとアダムというのは、アダムがイヴとはまた別に禁断の愛を得た関係のはずである。

ところが、どうにもここに居るリリスとアダムは仲が異常に悪い。

いや、妙なところでウマが合うので所謂喧嘩する程仲がいいという奴なのかもしれない。あるいは夫婦喧嘩なのか。

どちらなのかはともかく……一つだけ確実なことがある。

あまり大騒ぎされてしまうと、目の前の調理に集中できない、ということであった。

 

その為、この日もシンジは心を鬼にする。それでも笑顔は絶やさない。

 

「……綾波にはレアステーキ大盛り、カヲル君には……といっても僕と感覚を共有する訳だから、僕のにはニンニク大盛り。これでいいね」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

 

----

 

それからも紆余曲折あったが、割と滞りなく調理は進んでいく。

そして時刻が七時頃を回ったあたりで、天ぷらも一通り完成した。

予め温めておいた蕎麦の上に盛り付け、完成。

出来立ての天ぷらからは食材そのものの香りと揚げたての食材特有の上質な匂い、そして微かなしょうゆベースのツユの芳醇な匂いとが絡み合い、只管に食欲をくすぐってくる。

 

「出来たよ、二人とも」

「……凄いわ。とても、いい香り……」

『そうだね……それじゃあ、早速頂くとしようよ』

「うん。それじゃあ、いただきます」

「……いただきます」

 

パンッ。パンッ。

 

手を合わせる音が響いた後は一切の会話がなく、

目の前のそばを食べる物音と、テレビの歌番組の音声だけが、碇家を包む。

 

ピチャッ……ピチャッ……

 

ズズッ、ズーッ。

 

「ん、んっ……」

 

【アアアアイイイッ!!!! それは強くゥウウウ!!】

 

ピチャッ……ピチャッ……

 

「……っく」

 

【はい、キャプテン・カットゥーラさんは退場でーす。それじゃあ次、キングコンガの皆さんよろしくー】

 

ズズッ。ズッ。クチュッ。

 

「んふっ……おいひっ……」

 

【キェェェェェイイ!?!?!?】

 

ズズッ。 ズッ……ズッ……

 

「んん……碇君の……おいひぃ……んくっ……」

 

ズズッ。ズーッ。 ピチャッ……ピチャッ……

 

 

…………

 

 

「……綾波? そば食べ慣れてないなら無理に感想言おうとしなくてもいいからね? 

なんかすっごい変な感じになってるからね?」

「……らっへ……おいひいもの……碇君の……汁ですっかり染まって……程好い硬さと……程好い太さ……」

「それ!! いいですか綾波さンンンン!? 「碇君の」で止めるのやめてくれない!? 

せめて「碇君の作ったお蕎麦」までちゃんと言ってよ!? なんかすっごい変な意味で聞こえるから!」

「変な意味? 違うわ。私は繋がっているだけ。……碇君の……と」

「だーかーらぁぁあぁ!!! それが怪しいって言ってんじゃん!?」

『うん……っ、シンジ君の、とっても……イイよ……』

「カーヲールくゥーん!?!? 君が何を言ってるのか分からないよ!」

『やめてくれよシンジ君。君の口からナニだのなんて聞きたくない』

「何の話だよ!?」

「……やめなさいホモ。碇君が困っているわ」

『元はといえば君が諸悪の根源だろう』

「仕方ないじゃない、碇君のお蕎麦が美味しいんだもの」

『それは全面的に同意するよ』

「そうでしょう?」

『あはははははははははは』

「……おほほほほほほほほほほ」

 

年の終わりに来ていよいよこの二人も疲れがどっぷりと出ているのだろうか?

いや、自分もかなり疲れているのかもしれない。

何時もは平常心で何とか場を収めるのだが、今晩についてはどうにも上手く行かない。

 

だが、それにきちんと気付くことが出来れば話は早い。

何時もの通り、平常心で対処するまでだ。

 

「……あ、もしもしリツコさんですか? おお、丁度良かったです。

実は先ほど予知夢を見まして……ええ。はい。使徒をスピンスピンスピン出来る槍が見つかった夢を。

……あ、もう父さんたちが持ってきてるんですか? 分かりました。

それじゃあちょっと実験したいことがあるので。ええ、まずは人間くらいのサイズから試そうかなと。スピンスピンスピンさせてやろうかと」

「ごめんなさい」

『ごめんなさい』

「……二人とも、年の最後位仲良くしようよ……あ、リツコさん。ごめんなさいさっきのはやっぱりなしで。はい。ごめんなさい本当に。それじゃあ良いお年を」

 

----

 

それからはシンジの脅迫が効いたのか、今度こそ蕎麦をすする音、そしてテレビの音しか聞こえなくなった。

 

実に静かなものであった。

蕎麦の落ち着いた味が染みる。調理者であるシンジからしても、我ながらよくできたものだと思う。

天ぷらの揚げ具合も丁度良く、一噛みする度に素材の味と天ぷら特有のパリパリ感が口の中を愉しませる。

 

思わず夢中で蕎麦を口に運んでしまうし、時間も忘れる。

気付けば、目の前の蕎麦は既になくなってしまっていた。

 

そしてそれはレイも同じらしく、名残惜しそうな声で「ご馳走様」を告げた。

 

【えーそれでは次のニュースです。

新発見された元素の命名権が日本に渡りました……候補としては……エヴァンゲリウム、スペシウム、パンデモニウムなどが……】

「……へぇ、凄いね」

「……ええ」

「……」

「……」

 

空気はすっかり充足感に包まれている。

時刻は九時を回っており、テレビの年末特別番組もクライマックスを迎えつつある。

 

「……」

「……」

『……』

「……静かね」

「……そうだね」

『うん』

「……少しゲームでもしましょうか」

「ゲーム?」

「ええ」

「いいけど、何をやるの?」

 

レイから意外な提案がされる。

確かに充足感を得てはいたが、同時に少し退屈感もないではなかった。

年末の番組も既に一度観た内容であるので、テレビから何か面白味を感じることもない。

それはレイも同様であったらしい。

その為、ゲームという提案自体は合理的であった。

 

しかし、その後もやはり何かがおかしくなってはいた。

 

「……使徒ゲームをやりましょうか」

「……何それ?」

「正式名称はまあるい使徒ゲームよ。渚君と一緒に考えたの」

「そうなの? カヲル君」

『ああ、暇な時に出来る遊びをと考えたことがあってね。お手本を見せるよ。レイ君やろうか』

「ええ。……しーと、しーと、まあるいしーと。まあるいしーとはだあれ、しーとは渚君?」

『ちーがーう。僕はタブリス、まぁるいしーとはタブリスじゃない、しーとはレイ君?』

「ちーがーう。私はリリス、まぁるいしーとはアダムの分身、しーとは渚君?」

『ちーがーう。僕はタブリス、まぁるいしーとはATフィールド張れ』

「……ちょっと待って二人とも。それ使徒である二人ならいいけど僕出来ないんだけど」

「……何を言っているの。人類もまた第十八使徒リリンじゃない」

「あ、確かに……」

『よしそれじゃあ続きだ。しーとはシンジ君?』

「ちーがーう、僕はリリン、まぁるいしーとは……って、だからこのゲームやめよう? なんか凄い嫌な予感がするから辞めよう?」

「……しょうがないわね」

 

レイはとても不満そうではあったが、誰でもないシンジの言うことなので渋々頷くことにした。

しかし、懲りることなくもう一つ提案をしてきた。

 

「じゃあ……シートーゲームをしましょうか」

「え? 何それ」

 

また妙なゲームの提案をなされた。

やはりこれも十五年とプラスアルファ生きてきたシンジであったが一度も聞いたことのないゲームである。

このまま行っても退屈なので一応耳は貸すが、いやな予感しかしない。

 

「簡単よ。真剣勝負の暁にはもうどうしたって勝つしかないゲームよ」

「いや知らないからね? 僕なんだかよく分からないけど忘れかけてた正義感が蘇ってきたよ?」

「本音建前焼き尽くしていい? 二人とも勧善懲悪するよ!?」

「知ってるかしら碇君。使徒は厚顔無恥なスタイルで居間に蔓延るのよ」

『これもまた。使徒の定めさ』

「それ使徒じゃなくて宇宙人なんじゃないの? マジお前ら桃源郷にゲットバックするよ!?」

「碇君、それこないだも私が使ったわ」

「知らないよこのスットコドッコイ!?」

『シンジ君、それあぶ……アウトだよ』

「おい今なに言い掛けた俺の中にいる黒い獣」

「碇君……怖い……」

「僕にとっては君たちが今一番怖いからね!? 僕はやらないから! シートーもシーソーもやらないから!」

 

なんてったってこんなよりにもよって年末にこの二人はボケボケになっているのだろうか。

先程漸く収めた喧騒が再び戻ってきてしまったではないか。

 

しかも二人のテンションに乗せられて自分でも訳の分からないことばかり口から出てきてしまう。

もう今夜は捨てるべきなのだろうか。人としての何か大切なものを捨てるべきなのだろうか。

 

「……わがままな碇君は月に変わって葛城一尉にお仕置きをしてもらいましょうか。

もしもし葛城一尉、碇君が月に変わってお仕置きしてほしいと」

「やめて!? こんな空気でミサトさんまでいたら僕もう死んじゃう! ついていけなくて死んじゃう!」

「月に変わってお仕置きよん♪」

「ミサトさんンンンンン!!?? 早すぎィ!?」

「いや~、つい暇しちゃってねぇ~。ってか、この部屋私の部屋より広いじゃない、生意気ねぇ」

「……葛城一尉、私も住んでいるのですから当然です」

「あぁ~そうだったわね♪ それは邪魔しちゃったわぁ、シンちゃんとレイの姫納めと姫初めの邪魔しちゃいけないわね♪」

「ミサトさん!? ミサトさんまで一体何を言っているんですか!?」

「……そういうことです、ご理解感謝します」

「なんでだー!? やめて!? 直属の上司それもめっちゃ口軽い人に流すとかやめて!? 僕が死ぬから! 年明け早々ひそひそ話されたりするのいやだよ!?」

「あたしがそんなに無粋な女だと思ってるのかしら~シンジ君は? 

まぁ大丈夫よ、安心してなさい! それじゃあね~♪」

 

 

バタン。

 

 

…………

 

 

突如襲来したミサトが扉が閉める音がすると、漸く以って静かになった。

 

しかし幸か不幸か、ここまでのやりとりでそれなりに時間は潰せたらしい。

どういう時間の経過をたどったのかも定かではないが、気付いたら十一時を迎えつつあった。

 

「……はぁ。二人とも、どうしちゃったのさ」

「……ごめんなさい。つい、浮かれちゃって」

「ああ、でもそうだよね……綾波って、確か年末年始とかやったことなかったからね。後、カヲル君も」

『そうだね……一応、知識としては知っているけど』

「うん……まぁ、さっきまでのはやり過ぎだけどね」

「……そうね。それじゃあ今から、本当に正しい年末年始の過ごし方をしましょう。

でも、どうやればいいの?」

「そうだね……この時間からだと、……初詣とかどうかな?」

「初詣?」

「うん。本当は明日の朝明るくなってからでもよかったんだけど、それだと込むからね。

だから、ちょっと早いけど神社に行ってみようか。大体歩いて一時間くらいだし」

「分かったわ」

『そうだね』

「他にも、お正月の夜は除夜の鐘が鳴るんだ。それを聞いてみるのもいいよ」

「除夜の鐘?」

「うん。日付が変わったら百八回鐘を鳴らすんだよ」

「鐘……」

「そう。鐘。この辺りだと丁度第三新東京市の外れにあるんだけど、そこでお坊さんが鳴らすんだ。生で見てみるのも、いい経験なんじゃないかな」

『なるほど、悪くない。確かあそこの名前は……迫霊神社だっけね』

「そうそう迫霊……って違うよ? そんな名前じゃないよ?」

「そうよ渚君、漢字が間違っているわ。正しいのは白レイ神社よ」

「綾波も違うから。うまいこと言ったつもりなんだろうけど違うから」

『思い出した、博れ』

「……カヲル君やめてそれは本当に死んじゃうから。不思議な力で消されるから。まぁ、名前は忘れたけど、とにかく神社があってそこに鐘もあるから」

「なるほど……それじゃあ善は急げね。早速行ってみましょう」

「そうだね。じゃあ支度して、行こうか」

 

厚めの上着を羽織り、宵闇の中に己を晒す。

 

外は、普段が常夏だとは思えない程に涼しかった。いや、最早寒かったとすら言えるだろう。

何故なら……

 

「……これは!?」

「…………」

『……凄い……』

「珍しいね……通りで、凄い寒い訳だよ……綾波は寒くない?」

「ええ、ちゃんと着こんできたもの」

「ならよかった。それじゃあ、行こうか。」

 

ゆっくりと歩みを進める。

 

辺りからは時折テレビの音が聞こえてくるが、物音はそれと、自分たちの足音と。

 

やがて少し住宅街ではないところを離れると、テレビの音は消える。

その代わりに、雪が地面に突き刺さる僅かな音すら聞こえてくる。それ程にまで、周囲は静かであった。

 

息を吐くと、目の前に白みがかる。

物珍しさからか、レイは自分の手に息をふーふーと吹きかけては不思議そうな目で自らの吐息を見つめていた。そんな様子もまた微笑ましかった。

 

「ねぇ碇君」

「なに?」

……ふふ、綺麗ね」

「うん……とても、綺麗だ……」

「…………どっちが……」

「?」

「……なんでもないわ」

「そう?」

「ええ」

 

さく。さく。さく。

 

どうやら結構前から降っていたらしく、少し積もっているようだ。

踏まれ、砕け散ることで自らを主張するその姿は儚さすら覚える。

 

「……」

「……」

『……』

 

無言で、歩みを進める。

その場の雰囲気を噛みしめるように。

 

今は、静かに吹き下ろす冷たい北風にすらいとおしさを感じられる。

 

そんななんとも言えないノスタルジックな雰囲気を愉しんでいれば、例え一時間だろうとあっという間に過ぎてしまうものだった。

 

気付くと神社の鳥居が目の前にあった。

 

初詣目当てなのか人はいたが、それもまばら。先ほどよりはそうでないが、やはり静かだった。

 

「着いたね」

「ええ」

『そうだね。……おや? アレはもしかしてお坊さんではないかい?』

「本当だ。もう始まるんだ……時間的にも、あと三十秒を切ってる」

「そう……年が明けるのね」

『世界の中心で、年明けを叫ぶ鐘。なんだかとても、……美しさを、感じるよ』

「そうだね……あっ、あと十秒」

「……九」

『八』

「七」

「……六」

『五』

「四」

「……三」

『二』

「一」

「『「ゼロ」』」

 

 

 

ほぼ同時に、鐘が鳴り響く。

 

重厚な音はあちらこちら中に深く響き渡り、五臓六腑にもその振動が深く刺さる。

 

その音を聞いた者たちは、様々な反応を示す。

 

 

ある者は笑い、

ある者は喜び、

ある者は悲しみ、

ある者は怒る。

 

 

そのどれもが形は違えど、等しく尊いものであるのは自明であった。

 

 

そしてこの三人も、そのうちの一人。

 

三人は、鐘の音を聞き、

 

 

 

一斉に、「祝う」。

 

 

「あけまして」

「おめでとう」

『今年も』

『「「よろしくお願いします」」』




はい、いかがでしたか。

まぁ……なんというか、キャラたちを年末のノリで暴れさせました。

冒頭で述べた通り本編とは一切関係ありません。
まぁもしかしたら別の特別篇でちょっとだけ思い出回想として出す可能性はありますが、
本編では絶対出しません。
ここまで書かないと不満に感じる人もいるでしょうからねぇ。

あーちなみに、某ギャグマンガにエヴァ被せたような感じということですがもう明らかでしょう。
いや、ハマっちゃったんでどうしてもこういうのも書いてみたかったんですよね。はい。

ちなみに一つ目でレイとシンジが明らかに一線を超えかけていますが、予告したとおり本編とは一切関係ない奴です。
本編でもアスカとキスしたりしましたけど、確かにアスカと赤い世界に二人だったからってLAS完全肯定って訳じゃなかったですよね?
気持ち悪い、という明確な拒絶があった訳ですし。

まぁ、そこは今後にこうご期待ということで。

それでは皆さんあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

銀袖紬

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