再臨せし神の子   作:銀紬

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第拾話 エンジェル・アタック

イスラフォン殲滅から、更に数週間ほどが経過した。

 

現在殲滅された使徒はサキエルからラミエル、イスラフェル及びサンダルフォンことイスラフォンである。

シンジ達は、順番的にはマトリエル、もしくはサハクィエルあたりが来るだろうかと予想していた。

 

勿論、ゼルエルやアルミサエル等後半の強力な使徒が今やってくる可能性も否めない……が、

それはそれで有難いかもしれない。

今のところどうも使徒が徐々に強くなっていくスタイルらしいので、ただでさえ強かった彼らが後半に戦うことになればなるほど厳しい状況になることは確か。

ならば前半のうちに出てきてあっさり退場していただいた方がありがたいというものだ。

 

けれども、それは戦いの時に気にすればよい話。

 

今はつかの間の日常であり、それを享受しない手はなかった。

 

その時、第壱中学校は昼休み。

何時ものように黒いジャージ姿の少年がシンジの下に歩み寄る。

 

「おっセンセいいトコに居たなぁ、これ教えてクレメンス」

「……またやってこなかったの? てかなにその喋り方」

「気にしたらアカンで、ほらそれよりコレコレ」

「最近僕の宿題アテにしてない?」

「硬いこと言わんと早ぉ見せてえや」

「しょうがないなぁ……」

 

目の前の黒色ジャージを着た少年、鈴原トウジが手に持っているのは今日の宿題である。

四時間目に数学がある土曜日の休み時間になると、シンジの元にこうして課題を持ってくるのが既に常態化しつつあった。

 

「はい、こんな感じでやれば解けるからさ」

「おおきに! お礼にこれやるで」

「いや、別にいいよ……」

「なんや、つれないなぁ」

 

満面の笑みで食いかけのサンドウィッチを手渡してくるトウジ。

しかしながらシンジとしては、男の食いかけは申し訳ないがノーグッドであった。

苦笑いを浮かべて拒否しておく。

 

「そういえば碇、知ってるか?」

「ん? 何を」

「噂なんだけど、そっちの方で新しいエヴァンゲリオンが出来るって聞いたんだけど……」

「えっ?」

「そらほんまかいな、てかそんなことここで不用意に言って消されるんとちゃうか自分」

 

またケンスケがコンピュータクラックしたのだろうか、最新の情報が入ってくる。

コード707だったか、そのようなクラスなので不用意に言っても余程のことを暴露しなければ何事もなかったりはするが。

 

「大丈夫だよ、単なる噂さ」

「どこで聞いたの?」

「ま、いろいろとな……黒い機体だって聞いたけど」

「ふーん……でも、僕は分かんないや。パイロットだからってなんでもかんでも伝わるって訳じゃないし」

「ま、それもそうか」

 

黒い機体ということは、恐らくは参号機のことなのだろう。

 

ともすれば、第十三使徒、バルディエルがここでやってくる……ということなのだろうか?

聊か早すぎる気もするが、最早使徒の出現性にはまるで秩序がなくなってきている以上は有り得ない話ではない。

 

そして、バルディエルと言えば……目の前にいる浅黒い肌の少年のことを思い出すものだった。

思い出すも何も目の前に居るのだが、そちらではない……

 

----

 

恐らく、自分で戦うことは出来たのだろう。

 

首を絞める力は確かに強かったが、動ける余裕は僅かにあった。恐らく、全力で挑めば力押しできるだろう。

しかし、自分と同じくらいの齢であろう少年を手に掛けることは出来なかった。その覚悟はなかったのだ。

助けなければという心、何ならこのまま自分が死んでしまっても構わない……それが力押しすることを拒んだ。

 

そこで自分の父が取った行動は、あの時こそ非難したし、今もその気持ちは変わらない。

だがそれは、自分の気持ちによる主観的なもので、客観的事実に基づけばあるいは正しいものだったのかもしれない。

 

首への圧迫感から突然に解放されたと思うと、突然奥底で動き出す「何か」。

一つ分かったのは、それまで操っていたそれが自分の意思とは全く関係なく動いていたということだ。

 

紫の鬼は血にも似た赤に瞳を濁らせると、

 

『ウヴヴヴヴヴ……!!』

 

くぐもった声をあげ、目の前の黒いソレを、倒す、いや殺す、いや「壊す」。

それだけの意思を持って、ゆっくりと腕を振り上げる。

 

力関係は完全に逆転した。先ほどまで自分が倒れ込んでいた地面に別れを告げ、目の前にある敵をゆっくりと。

 

まずは首を締め上げる。暫く残っていた抵抗力も、やがて完全に失われた。

 

『グルォオオオン…………』

 

小さな断末魔を上げる黒鬼。

先ほどまで自分の首を締め付けていたその腕はだらりと垂れ、最早反抗するという意思すらも感じられなくなった。

それをよしとすると、自分はその腕を、脚を、装甲を、肉体を、乱暴に、無慈悲に、かつ圧倒的に蹂躙する。

 

 

ググググ……

 

バキィイン!

 

ブチッ。ドゴォッ。グシャッ。グシャッ。

 

プチッ。ブシュゥゥーッ。ブシャッ。ビチャッ。

 

ベキィッ! ドシャァア……

 

ピチャ……ピチャ……

 

 

ただ「倒す」にしては余りにも不自然で、不快で、残虐な。

 

肉が千切れ、血は滴り、骨格が砕けていく音が聞こえてくる。

そう、正しく「壊して」いるのだ。

 

『やめてよ! 父さん! こんなの、止めてよ!』

 

いや、止まらない。

そもそも最初から「止める」という行動概念が、自分を突き動かしている原動力には存在していなかったのだろう。

完全に壊すことに特化した偽りの魂は、それを止めることを拒否していたのではなく、拒否の仕方をそもそも持っていなかったのである。

 

ただ一つ少年に分かるのは、自分が動かしていたそれが「壊す」というただ一つの本能を以ってして動いているという事実のみであった。

 

『クソ、止まれよ! 止まれ……! 止まれ、止まれ、止まれ止まれ……!!!』

 

感覚はないが、音を初めとする振動は確実に伝わってきていた。

 

硬いものを潰す音、柔らかいものを噛み千切る音、何かを強引に貪る音、

 

……目の前に広がる赤く染まった情景がその感覚の正しさを証明していた。

 

操縦桿を一心不乱に振るう。それでも、原型を留めぬ対象への攻撃を止めようとはしない。

 

 

……どれ程に、壊し続けただろうか?

ふと、何かを握る感覚がする。一際硬い、棒状のそれ。

 

……棒状? ソレに棒状の器官なんて……

あった。一つだけ。思い当たるものが、一つだけ。

 

『グウウウウ……!』

 

拳に渾身の力を込める。

最後の骨の髄まで残すことなく、徹底した破壊と滅亡のみを相手に叩き込むことのみ。

 

例え、己の拳大に過ぎぬそれが相手でも容赦はしない。

悪魔の如き圧力が、全てその器官にのみ集中した。

 

『やめろぉ!!!!!』

 

魂からの声、それでも止まらない。止めることは、出来ない。

 

 

 

グシャア!

 

 

 

 

 

『止めろオオオオアアアアアアアアーーーーーッッ!!!!!!!』

 

 

 

 

 

自分の乗っていたそれは、全てを破壊しつくしたという事実のみを、自分の心身に打ち付けてみせた。

 

 

その後、一縷の希望は与えられることとなる……

 

『エントリープラグ回収班より報告、パイロットの生存を確認』

『……生きてた!?』

 

幸いにして、白いそれに入っていた者は助かっていた。

そのことを聞いて安堵し、喜んだ……のもつかの間の話である。

 

一縷の希望など、初めからなかったのだ。

 

飛び込んでくる、震える声。

 

『シンジ君……あの、参号機のパイロットは……』

『フォース・チルドレンは……』

 

目をやると……そこには。

 

自分がついさっきまで死んでも護りたかった、「彼」がそこに……

 

 

 

 

え?

 

 

 

どうして?

 

 

 

どうして?

 

 

 

なぜ?

 

 

 

なぜ、君が?

 

 

 

彼が? ここに、あそこに、いるの?

 

 

 

僕の……僕は……アイツを……この手で、殺し……かけ―――――?

 

 

 

 

『すまんなぁ転校生、お前のことを殴らなイカン。殴らな、気がすまんのや』

 

 

 

 

『碇のことゴチャゴチャ抜かす奴が居ってみい! ワイがバチキかましたる!』

 

 

 

 

『よっしゃ! 地球の平和はお前に任せた。だから、ミサトさんはわしらに任せろ!』

 

 

 

 

『これがデートかいな!』

 

 

 

 

『めーん! 真面目にやらんかい!』

 

 

 

 

『はー!いっただっきまーす!』

 

 

 

 

『ほんま、変わったなぁ。』

 

 

 

 

……トウジ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウワァァァあああああアアアアアアアアああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああアアアアああああああああああああああああ

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「…………おい、センセ、どうしたんや」

「碇、おい、碇?」

「…………んっ?」

「どうしたんや、顔、真っ青やで」

「も、もしかして俺があんなこと言ったのが、拙かったのか……?」

「い、いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだ……ちょっと昔のことをね」

「ほーん……まぁ、具合が悪いなら無理は禁物やぞ」

「そ~だな、パイロットは体が資本だろ?」

「うん、ありがとう……」

 

ふと気付くと、二人が心配そうな面持ちでこちらを見ていた。

どれ程の時間思いにふけっていたのだろう?

調子が悪いのではないし、ここに来て「あのこと」も乗り越えた……つもりだったが、

やはりバルディエルはどうしてもトラウマとして心の奥底に穿たれていた。

 

「(忘れることなんて……出来ないよ)」

『……それもまた、君の優しさというものだ。好意に値するよ』

「(……ありがとう、カヲル君)」

 

「せや! 今日はあのCDが発売なんちゃうか!?」

 

ふと思い出したようにトウジが身を乗り出してきた。

 

「お、おおそうだ! 乙ちゃんの新曲の発売日やんけ!」

「乙ちゃん?」

「なんや~知らんのか碇ぃ」

「碇、お前まさか『お前の父ちゃんヒゲヒゲ』を知らないのか!? 今流行りのアニメのエンディングでもあるのに……」

「え、何それ」

「はぁ……パイロットは大変なんやろうがこれほどまでに浮世離れするハメになるとはのう。センセも辛いな。いいか? お前の父ちゃんヒゲヒゲ言うのはなあ……」

 

ポンポンとトウジに肩を叩かれながら、丁重な解説を受けるシンジ。同情してくれるのは有難いが、そうはいっても事情が事情なだけにどうしようもないことではある。

 

そんな平和な休み時間が終わろうとしていた時であった。

 

ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

シンジの携帯に、いつもと違う着信が届いた。

非常通信用のそれは、瞬く間にシンジの気を引き締めさせた。

それは顔にも表れていたようで、ガヤガヤと騒いでいたトウジとケンスケの口が瞬く間に閉じた。

 

「もしもし?」

『シンジ君、俺だ』

「加持さん? どうしたんですか」

『使徒が超高高度から接近中とのことだ、至急、本部まで来てくれ』

「は、はい!」

 

ピッ。

 

シンジは先程より更に緊張味を帯び、やや顔をしかめながら電話を終えた。

何か重大なことがあったのだろうかと、恐る恐る聞いてみることにする。

 

「どないしたんや?」

「……トウジ、ケンスケ、直に使徒がやってくる。 まだ警報は出てないけど、今からでも逃げておいてくれ。クラスの皆にも伝えておいて」

「ホンマか!? でも自分、明らかに調子悪そうやけど……」

 

シンジの顔は、トウジの言う通り確かに少し青かった。

 

「碇、今回もお前に任せることになってしまうな。

……でも、無理はするなよ」

「分かってる……でも、僕たちがやらなきゃ皆死んじゃうから。それじゃあ、行ってくるよ」

 

けれども、決意に揺らぐ目は確かに生きていた。

それを強く引き止めたりすることなど、誰にもできることではない。

 

「頑張れよ!」

「無事に帰ったらサーティースリーフォー奢ったるで!」

 

背中に激励の声を浴びながら、思う。

そう、今回は、今回こそは、「戦わねばならない」。

自分の手で、いや、自分たちでもいい。

前回のような惨劇は避けねばならないのだ。

シンジは堅く拳を握りながら、外に待つ車に向かい駆けてゆく。

 

それに何より……

 

 

 

 

 

 

「(今回こそはステーキかなんか奢ってもらわなきゃ。すっごい美味しいの)」

『おっ、今回は珍しく図太いんだね?』

「(……いやなことを思い出したときは沢山食ってさっさと寝るのが一番だって加持さんが言ってたからさ)」

『それ、確か寝るだけだったと思うんだけど……』

 

----

 

「えっ! 手で受け止めるんですか?」

 

大げさに驚いて見せるシンジ。

いつもの全面ガラスで張られたミーティング・ルームに集められたパイロット三人は、ミサトからの作戦説明を受けていた。これもまた、ほぼ前史通りの流れである。

 

強いて前史から変わっているのは、先ほどの発言をアスカではなくシンジがしたということくらいだ。

 

「そうよー、かの使徒は恐らく次の次の侵攻でココに落ちてくるわ。誇張抜きでギガトン級の膨大なエネルギーと一緒にね。だいたい残り一時間半と言ったところかしら。……何か質問は?」

「はいっ! 先生!」

 

仰々しくマリが声をあげる。

 

「はいマリ、どうぞ」

「この配置の根拠は何ですかっ?」

 

マリが画面を指さすと、そこには青・赤・紫の点が灯っている。前史での作戦を踏まえれば、恐らくこれは初期位置なのだろう。

一見何の造作もない。前回もこの根拠は確か……

 

「女の勘よ」

「カン!? じゃあ……成功確率は?」

「神のみぞ知る、ってとこね……」

「何たるアバウト……こりゃあたし達本格的に終わったかもしれないにゃ~」

 

よよよ、とよろけて崩れ落ちるマリ。

ところがそれは飽くまで演技なのだと誰の目からしても分かるくらい演技じみていた。

いつも通りのヘラヘラ口調にくしゃっとした笑みを浮かべている。

 

「まぁ、そうね……だから、無理強いはしない。当作戦に関しては辞退することもできるわ」

「あのねぇミサトちゃん、そんなつもり微塵もあったらこんなとこ来ないニャ」

「そうですよ」

「そうね」

 

そしてそれは、レイとシンジとて違わない。絶対に勝つという意思がそこにはあった。

最も前史でも同じ作戦で勝利しているので、そこからくる自信の方が大きかったと言えばそうなるが。

 

「貴方達…………ふふ、そうね。

よっし分かったわ、この作戦が終わった暁には、ステーキ屋行きましょ! とーっても美味しいところ、知ってるんだから!」

「マジ!?」

「大マジよぉ」

「私、肉嫌い」

「あ~ら、じゃあ高級な回らないお寿司でもいいわよ? 新腕強乱気流腕強寿司っていう、私も時々行くすっごい美味しい店があるのよ」

「寿司、なら行く」

「肉じゃないと分かった途端ゲンキンだねぇ~、まぁあたしは美味しければどっちでもいいけど……ん、わんこ君?」

 

今回違っていたのは、シンジが特に何の声もあげないということだ。前は適当に「わーい」等と言っておいたものの、今回は違う。

 

何せ、今回はとっておきの策があったからだ。

 

「どしたの黙って」

「ん? あらシンジ君どうかした?」

「あ、いえ……」

 

ミサトとマリが、物言わぬシンジに声を掛けてくる。

ここまで全ては計画通りである。

そして、話が振られた今こそチャンスである。シンジは一つ、提案をすることにした。

 

「あの、ミサトさん」

「ん?」

「質問なんですけど」

「ええ、いいわよ」

「どうしても受け止めて倒さなきゃいけないんですか? 使徒」

「ええ………………………………えっ?」

 

思わぬ質問に毒気を少し抜かれたミサトであったが、気にせずシンジは続ける。

 

「どゆことーわんこ君?」

「いや、そもそもあの使徒ってどうやって攻撃してくるんでしたっけ」

「……そりゃあーた、さっきも説明したし、そんなんなくても見れば分かるでしょう? 高高度からの落下エネルギーとATフィールドを主体としてジオフロントまでまっさらに……」

「いや、要は落下エネルギーを小さくできれば落ちてきてもジオフロントまでは届かないんですよね? 他の攻撃方法も観測されていないんですよね?」

「……ええ、まあ、そうね」

 

どうやらこの点は前史と同じなようだ。安心してシンジは更に続けた。

 

「じゃあ、ちょっとだけATフィールドで動きを止めてから速攻で離脱、完全に地に落ちたところを総攻撃……ってのはダメなんですか?

見た感じ落ちてくる以外のなんも出来なさそうですけど……要は、使徒を受け止めきらないといけないから可能性が低いってだけでしょ?」

 

ちなみにこの作戦は、実はシンジが完全なる独断で思いついた作戦であった。

ただ、単純明快故に、もうとっくにシミュレートしてはいるのかもしれないが―――

 

「あっ」

「あっ」

「あっ」

『あっ』

 

そうではなかったらしい。

ついでにシンジの思考をそれなりに共有するカヲルすらも驚きの声を上げている。これは演技なのだろうか。

 

「…………ちょっち待ってねシンジ君。……もしもしリツコ? ……うん、そう、で……こうなんだけど……」

 

後ろを向いて、リツコに何やら連絡を取っている。

初めこそ先ほどまでの緊張感を伴った声色だったが、段々とその気は抜けていく。

 

「あ……そ……分かったわ」

 

次に振り返った時、彼女は物凄く疲れ切った表情をしていた。心なしか、整った黒髪もぼさついているように見える。

 

「……八十五パーセントだそうよ」

「えっ?」

「……その作戦の、成功率。あーなんであたし達もこんな単純なことに気付かなかったのかしら……年かしらねトホホ」

「わんこ君、もしかして天才?」

「い、いや何となく思った疑問をぶつけただけなんですけど……」

「ふーん……ま、これなら安心して出撃できそうだねー」

「まあいいわ……成功率がどんなでも、気を付けるのよ。それじゃあ一時間後、格納庫に再集合。良いわね」

「「「はい」」」

 

そう言ってパイロットたちの気を引き締めさせようとするミサトであったが、もう全員が完全に緊張ムードから解き放たれてしまっている。

サキエル戦では確率オーナイン、ラミエル戦では確率九パーセント弱を経験してそれでも勝っているだけに、八割半という数値は緊張を緩めるのに十分すぎた。

 

緩みに緩んだ空気の中、ふとマリから懐かしい話題が提示された。

 

「あ、ねぇわんこ君にレイちゃん」

「なんですか?」

「……ふと気になったんだけどさ。

 

キミはどうしてエヴァに乗ってるの?」

「へっ?」

 

それは意外な質問であった。

いや、意外ではない。思い返してみれば、大体この位の時期にそんな話題が出ていた。アスカがマリに変わったと言うだけで、特段このあたりの世界の流れは変わらないということか。

 

前史でのシンジは、父であるゲンドウに褒められたい。そうでなくても、誰かに認められたい。

そんな理由を持っていた。自分の存在意義が欲しかったのだ。

 

僕はここに居てもいいのか?

幾度となく問い続けた赤い世界での自分対自分、全人類対自分の押し問答は未だ記憶に新しい。

 

「いや~、当然こうして、今回はまあ確率めっちゃ低いけど、死ぬ可能性もある訳じゃん。

確かに地位はそこいらのおっちゃんよりずっと上になるけど……それでも死んじゃったら何もならないじゃん? 

じゃあどうしてエヴァに乗るのかな~…………ってね」

「ああ……成る程」

「あ、別にふか~く考えなくてもいいのよ? 何だったらLCLの匂いをその身に思いっきり塗してあたしに襲われるためとかでも」

「それは……ないです」

「ないわね」

『ないね』

「ええ~……そりゃないよ皆」

「じゃあ、マリさんはなぜエヴァに乗るんですか?」

「え? そんなん決まってるじゃないの」

 

「今を精一杯に楽しむ為よ」

 

マリはふふん、と何時もの自信ありげな表情をすると、満面の笑みで言い放った。

 

----

 

それから話題はうやむやになり、ついに作戦開始時刻が訪れることになった。

 

『それじゃあ用意はいいかしら、三人とも?』

「「「はい」」」

 

どうにかして緊張感を取り戻したミサトは、三人に最後の確認をする。

三人も先ほどまでの緩い雰囲気を少しだけ拭い去り、少し緊張感を含んだ表情をしている。

作戦成功率こそかなり高い数字が出ているものの、それはかつてのラミエル戦も同じだった。対峙した瞬間未知の攻撃を繰り出してくる可能性も否定できないし、それを理由に勝率がガタ落ちするという経験をまさにしてきたではないか。

MAGIの予測データがアテにならない、とまでは言わないものの、飽くまでもデータはデータでしかないのだ。

 

が、そのような事態を今から恐れていても仕方がない。使徒は確かに現れるのだから。

 

「(そう……どんな使徒が来たとしても、負ける訳には行かないんだ)」

 

三機がクラウチングスタートの体勢を取る。

エヴァの巨体でその体勢を三機並んでとっているのはかなり壮観な景色であった。

きっとケンスケあたりが大喜びするのだろうが、今ごろ彼はシェルターの中であるはずである。

 

『使徒、距離二万五千!』

『おいでなすったわね。エヴァ全機、スタート位置!

目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。よって、MAGIが距離一万までは誘導します。その後は各自の判断で行動して。あなたたちにすべて任せるわ。』

『マギによる軌道計算式の構築が完了しました。いつでもいけます!』

『分かったわ。三人とも、発し』

 

ん、と言ったかどうかのタイミングで、

 

ダダダンッ!

 

猪突猛進に駆け抜けていく三人。

前回の使徒でのトリプルユニゾンの成功もあり、息ピッタリのクラウチングスタートに成功した。

 

そしてその加速も、トップスピードも、前史よりもずっと、速い。

 

落ちてくる使徒を視認する。前史とあまり姿が変わらない様に見える。これまたかつてのラミエルまでと同じように、そこまで大差ない使徒だろうか。

で、あればいいのだが……

 

『シンジ君。少し、僕の力を貸そう。作戦が良くてもサハクィエルの厄介さ自体は変わらないからね』

「(でも、それは拙くないか?)」

『大丈夫。火事場の馬鹿力と説明すれば何とかなる程度にするさ』

「(……慎重にね)」

『うん』

 

カヲルの感覚がフッと体から消え失せると同時に、体中に力が漲る感じがする。

先ほどまで全速全開であったと思われたスピードであるがまだまだ余裕が出てきた。

 

「もっと!! もっと、速くッ!」

 

……グゥルオオオオォォーー!!!!

 

小さな雄叫びを上げ、更に目を見張る速度で駆け抜ける初号機。

 

ヤシマ作戦で使った山を登り、

かつて友と買い食いをして、夕暮れの中語り合った公園を飛び越え、

イスラフェル戦を切り抜けた山を下り、

かつて家出して辿り着いた野原のあたりを踏み抜いて、

まるでクモの糸のように絡み合う電線を飛び抜ける。

 

全力で、跳ぶ。駆ける。蹴りつける。

 

シンジは今、初号機と共に一つの疾風となっていた。

シンクロ率は百パーセントに到達しており、正しく一心同体の状態である。

 

身体が軽い。まだ、余力はある。

 

そう……

もっとだ。

もっと、早く。

もっと速く。

もっと、疾く!

 

初号機の加速は終わらない。

そこから発生するソニックブームは瞬く間に周囲の物体を吹き飛ばし、後には風となった初号機の痕跡のみが、地面を深々と穿つのみ。

 

 

『距離、一万二千……しょ、初号機、目標地点到達!』

『なんて速さ……』

 

最終的に音速の倍以上の速度で使徒と仰角三十度付近に到達すると同時に、何とか急停止を試みる初号機。

そして……

 

 

 

「A.Tフィールド、全開!」

 

 

 

大きく手を広げ、使徒の落下に備える。

 

手には普段より強力なATフィールドを展開した。それは正しく結界となり、上方向に関しては初号機以外の侵入を許さない。

前史での第十七使徒タブリスの光波・粒子・電磁波全てを完全に遮断するほどのフィールドが、

今まさに初号機を、

シンジを、

第三新東京市を、

日本を、

そして、全人類を守ろうとしていた。

 

『初号機より、視認可能な超高エネルギーATフィールドが観測されています!』

『作戦通りですね。使徒の落下速度、毎秒六キロメートルで減速中。後数秒で初号機と接触しますが、その時点で落下衝撃は当初予測値の一億分の一まで減衰の見込みです』

 

それ程のATフィールドでも完全に使徒の落下が止まる訳ではないだろうが、それも織り込み済み。

もう十数秒もやってくる二人の為にその十数秒を耐え凌ぐ。それが今回のミッションだった。

 

やがて、使徒とATフィールドとが、接触する。

 

パキュィイイイイイイイイン!!!

 

力と力のぶつかり合い。使徒の猛然たる質量がその双肩にのしかかった。

調整が必要なためにその力の片鱗のみしか出ていないとはいえ、カヲルの力を間借りしたその力でも負荷を完全にゼロにするには至らず、徐々に初号機は地に沈みはじめる。

が、

 

「……負けるかッ!!」

 

カヲルのそれに加え、初号機から発せられる更に強力なATフィールドと、使徒のATフィールドおよび落下エネルギーが干渉。

視覚可能なほどに強く巨大な紫色の電磁波を生み出している。

 

『初号機、更に強力なATフィールドを展開! 押し戻していきます!』

『凄い!』

 

少しずつではあるが、落ちる力が弱まったように感じる。

 

もうすぐ、弐号機や零号機が到着するだろう。そうすれば、後は全員でひっくり返してタコ殴りにするのみ…………

と、誰もが思ったその瞬間である。

 

使徒のその巨大かつグロテスクな目玉から『何か』が飛び出した。

 

人の様にも見えるそれは腕を突きだし、やがて初号機の手を握りにかかる。

と言っても握手というような生易しいものではない。その握力は初号機の逃げ場を完全に失わせた。

それを確認した後、その手を巨大な槍に変え、初号機の特殊装甲で覆われた掌を安々と貫いて見せた。

 

「うわあああああああああああああ!!!!!!!!」

『シンジ君!』

 

シンクロ率が百パーセントになっているそのフィードバックによるダメージは非常に大きい。

突然の強烈な激痛に絶叫するシンジ。

初号機の腕部からは体液が滝の様に吹き出し、槍は腕部に徐々に食い込んでいった。

 

「あううう…………ッ!」

 

槍だけではなかった。全身をしびれるような「熱さ」が襲う。

使徒は、その巨大な瞳からオレンジ色の「液体」を垂らしていた。

それはATフィールドを緩やかに貫通し、初号機の全身に少しずつ降りかかっており、降りかかった部位からは怪しげな紫色の煙が上がっている。

 

『これは……マトリエルか!』

 

そう、使徒はマトリエルと融合していたのだ。前史ではあっさりとケリが付いたマトリエルだが、今回においては少しずつ肉体を侵すその液体により純粋な脅威と化している。

やがて弱まり始める初号機のATフィールド、それと同時に再び使徒が落下活動を再開し始める。

これではひっくり返すどころか食い止めることも大分難しくなってくる。

 

「わんこ君っ! 作戦変更よ、そのまま離すなっ!」

「弐号機の人、貴方の方が近いわ、急いで!」

「分かってるわよっ! どぅおりゃああああ!!!」

 

弐号機はそのコアにナイフを突き立てようとした……が、それはコアを外れ別の部位に刺さるのみであった。

 

「外した!?」

 

マリがコアを見上げると、そこにはめまぐるしく回転運動する赤いコアの姿があった。

 

一方で、やや遅れて到達した零号機が、全力で二機のバックアップに回り、初号機とは別の位置に力を掛ける。

それにより再び使徒の落下活動は均衡状態に戻った。

 

「碇君、少しだけそのまま耐えきって頂戴!」

「え……うぐッ! 二人とも、やるなら急い……でッ!」

「いいぞわんこ、そのまま噛みついてろ!」

 

槍が深く突き刺さり痛みを増す腕部と、全身を襲うしびれるような痛みがどうしようもなく、返事をするより呻く方が先になってしまう。

それでも、決して力は抜かない。今は二人を信じて、耐えるのみ。

 

「ぐっ……!!」

 

レイがコアを固定する。が、コアはそれでも回転しようとエネルギーを力任せに放出している。

見る間に消耗していく零号機の掌。が、それでもコアを離そうとはしない。

猛烈な摩擦熱のフィードバックがレイの掌を襲うが、

この痛みと引き換えに使徒が倒せるのであればこれに耐えるのは安い代償である。

 

「よっしゃあ! 虎の子よん♪」

 

使徒のATフィールドを突き破り、コアにナイフを突き立てる弐号機。

大きくコアにヒビが入るが、まだ使徒の落下行動は止まらない。

そして一方で、マリの猛攻も止まらない。

 

「もういっちょぉおおおおおおおーー!!! ぬぅんっ!」

 

その突き立てたナイフを支柱に、弐号機の鋭利な膝をコアに叩き込む。

 

直撃と共に、ひび割れる使徒のコア。こうこうと輝いていたソレから一切の生気が失われてゆく。

初号機に突き刺さっていた鋭利な槍も砕け散り、初号機の掌をそのまますり抜けて行った。

 

ドォオオオオオ…………

 

焼き尽くさんと輝く光と膨大な熱量を発し、崩れ落ちていく使徒。奇しくも、前史と同じ倒され方で今回は終幕となるのであった。

 

 

「使徒、殲滅を確認」

「皆……よくやってくれたわね。一時はどうなるかと思ったけれど」

『まぁ、あたしたちに掛かればこんなもんだニャ~』

「そうだったみたいね」

『はぁ……はぁ……』

「……お疲れさま、シンジ君。さぞや痛かったでしょう」

『……まぁ、こういうこともあります』

「でも、よくやってくれたわ。有難う」

『いえ……任務、ですから』

 

各々にねぎらいの言葉を掛けるミサト。

レイに声を掛けようとしたところで、今度は横に居たオペレータの一人に声を掛けられた。

 

「葛城三佐、碇司令と通信が繋がっています」

「お繋ぎして。……ハイ、葛城です。私の独断で初号機を中破してしまいました。全ての責任は私にあります」

 

前史ではほぼ全機が大破状態だったような気がするが、今回はどうにか初号機が中破になる程度で済んだらしい。

そして今回もゲンドウとの対話イベントがありそうだが、どうせ期待をしても無駄であろう。

今回は適当に流すつもりにしていた。

 

『構わん。むしろその程度の被害で済んだのは幸運と言える……』

『そうだな。よくやった葛城三佐』

「ありがとうございます」

『サード・チルドレンに繋いでくれ』

「分かりました」

 

『……シンジ』

『……はい?』

『明日、ヒトマルサンマルに、ユイの墓に来い』

『……え?』

『……返事はどうした?』

『は、はい』

『……以上だ。ご苦労だった葛城三佐』

「ハッ」

 

ブツン、と通信が消える。

 

「(……どういうことだ?)」

『さぁ……ま、世界の平和を担っているサード・チルドレンをいきなり抹殺なんてこともないだろうし、そこは安心していいんじゃない?』

「(そうだと良いけど)」

 

違和感を覚えない訳ではない。

ただ、この時の父との会合は、間違いなく自分の中で一つのターニング・ポイントを迎えることに違いない。

少なくとも前史においては、今振り返ってみるとそうだったのだから。

 

使徒を無事殲滅し、緊張の緩んだネルフ。

 

しかし……

 

「お疲れさま、レイ。貴方のコア固定あっての勝利よ。本当によくやってくれたわ」

『ありがとうございます、葛城一尉…………お寿司、楽しみにしてます』

「! げっ……!」

『あっそうだったニャ! 成功率上がっても約束は約束だぞ?』

「そ、そりは……成功率が低かったから、出来たらご褒美ね、っていう意味で……」

『ミサトさん』

「……あによ」

『……大人ってズルい生き物ですね』

「……シンちゃんまで……あたしの今月のお金がぁ~~」

 

シンジが白い目で告げてやると突然、だばーっとコメディの如く大粒の涙を流すミサト。

 

実のところ、ネルフにおいて給与関連などはかなりホワイトであった。

 

MAGIの裏に「碇のバカヤロー」などと落書きされてはいるが、アレはネルフ草創期におけるドタバタの中で書かれた物であり、組織として安定している現在あのような落書きが成される状況ではない。

 

ただでさえ国家公務員扱いなのでそれなりの給与が約束されている上、使徒殲滅に一回成功する度貢献度に合わせて相当なボーナス付加も約束されてはいた。

末端の技術者でもかなり裕福な生活を送れる上、作戦部長レベルともなれば一回成功する度に回らない超高級寿司を五年間三食たらふく食べ続けてもお釣りが来るくらいのボーナスは来ることになっている。

なお使徒殲滅は既にサキエル、シャムシエル、ラミエル、ハラリエル、イスラフォンの五体を達成しており、現時点で既に一生遊んで暮らせる程度にはなっているのだ。

 

……のだが、

日ごろ家を整理しないので通帳を家のどこかに無くしており、

必要最低限の金額しか下ろせないミサトはそのことを知る由もない。

 

この日も彼女の理論上存在する通帳は、本人の知らぬところでゼロが一つ右端に増えたのであった。

 

----

 

ところ変わって、レイが元々住んでいた部屋。

初号機の中破を除いて被害自体は極めて小さかったので、パイロットに関しては一時間ほどの簡単な検査のみで帰宅という形になった。

 

数時間後にはミサトの奢りで高級な回らない寿司を頂けることもあり、レイとシンジ、そして感覚を共有するカヲルはご満悦の様子である。

 

なお、このレイの部屋。

ただでさえ過疎地域だというのに、レイが居なくなったとなればいよいよもって監視の手も届かなかったので密会をするにはうってつけの場所であった。

勿論ネルフとて無能ではない。GPSはきっちりネルフIDカードに仕組まれてはいる。

が、無難な程度に信号を弄っておけばどうとでもなる程度のものでもあった。

 

そんなわけで、ここ最近では今後の方針立てをしに集まるのが半分日課になりつつもあった。

 

「今回の使徒……想像以上に僕たちの世界への介入の影響は大きかった、ということかな」

『あるいは、揺り戻しを働きかけているのかもしれない』

「まだ私たちの力なら抑えつけられる範疇だけど、これ以上に何かがあると少し厄介ね」

「悩みすぎても仕方ないっちゃ仕方がないけどね」

『厄介な使徒たちはコレからやってくるからね。対策は色々練っておかないと……』

 

何時になく真剣な面持ちで面を突き合わせる二人と、それっぽい声色で話す一人。

シンジがどこからともなく紙を取り出した。

 

「そうだね。まず整理しよう。

イロウルは何とも言えないけど、レリエルについては僕が直接対峙した使徒だから何か変わっている可能性は高いだろう。順番的にも次に来る可能性は低くないから警戒度は高めにしておこう。バルディエル、ゼルエル、アラエル、アルミサエル、後は……」

 

ここまで未確認の使徒を挙げたところでシンジは俯き淀んだ。

 

使徒は、前史においては彼の言う使徒たちに加え、あと一体。リリンも含めれば二体だがヒト以外の異形という意味ではあと一体存在する。

その一体……それこそが、最後の使者にして、自分の大切な親友にして……自分の手で殺めたモノ。

 

そう。

今まさにここに、いやシンジの中に居る――――

 

「ホモね」

『ホモじゃない、カヲルだ』

「綾波、最後のシ者はホモなんて名前じゃなくてタブリスだよ」

『シンジ君、突っ込むところはそこなの? というか名前しか否定しないの? 

言っておくけれども僕は決してそこらの見境なく男を好むんじゃなくて、シンジ君だけが好きなだけだよ。性別という世界を越えているんだよ僕たちは』

「黙りなさい銀髪天パホモ」

『これは天パじゃないよ、そんな白っぽい死んだ目をした夜叉みたいな呼び名はやめてもらえるかな』

「そうね、中の人的にはそのパッツンパッツンした不自然な髪型はヅラだったりするのかしら」

『中の人? って誰だい? それと僕はヅラではなくて……』

 

やんややんや。

 

この時に限らず、レイが戻ってきてからというもの作戦会議を始めようと言った数分後にはいつもこのようにグダグダとした空気になっていた。

 

「あははは……」

 

収拾のつかない口論に苦笑いを浮かべるシンジ。

 

ただ、シンジとしてはこのような空気も嫌いではなくなっていた。

 

かつて赤い海に溶け込んだとき、全ての人々と混じり合う感覚。そこには、根底的な人々の考えが垣間見えた。

それ以来、昔は苦手だった人付き合いにもどこか明るさが見え始めていたのだ。

 

願わくば、使徒襲来等と緊迫した話題ではなくもっと楽しい……旅行プランだとか、ショッピングだとか。

そういう話題でこのような柔らかな雰囲気を味わえる平和な日々が来てほしいものであった。

 

ふと時計を見ると、約束の時間まであと三十分。

ネルフまでは大体二十分ほどなので、丁度いい頃合いだろう。

 

『レイ君、今の発言は頂けないな。僕のことを言うならまだしも、エリザペスのことについてまで突っ込むだなんて』

「そんな畜生はんぺん色生物、略して畜ぺんなんて飼っているのが悪いのよ」

『……幾らなんでもその呼び名はこじつけすぎやしないか? なんでか分からないけどツバメに謝った方がいいと思うんだ』

「ツバメ? スパコンに謝る義理なんて私にはないわ」

『いや、全く違うよレイ君……動物の方だよ』

「……二人とも、その、そろそろ約束の時間だよ? そろそろ出ないと」

『おっとそうだね、さあ行くよ。おいで、リリスの分身、そして碇シンジ君』

「……碇君」

「何?」

「渚君といると、いらいらする」

「あ、あはは……とにかく、行こうか」

 

ここ最近、カヲルとレイの掛け合いの後、どちらかに話題を振られ、状況がよくわからないシンジとしてはとにかく苦笑いを浮かべるしかないという状況が続いていた。

 

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日が高く昇っていた時間から数時間ほど経過した頃だろうか。

既に周囲は傾いた西日の作りだす橙色に染まりつつあり、気温も少しずつ下がってきていた。

 

その中を、西日に映える色の長髪が一つ抜けてゆく。一人の少女が、ある場所を目指しゆっくりと歩いていた。

 

少女は今、小さな一軒家の前に立っていた。周りには殆ど家がなく、遠くには山々が立ち並んでいる。

全くもって家屋がないわけではないが、その数は疎らだった。むしろ周辺は大部分が田畑による草木で覆われている。

所謂「田園風景」とはこのことを言うのだろう。

 

聞こえてくるのはそよ風が密かに吹く音と草木の擦れる音のみで、とても静かな空間である。

背に浴びる西日と合わさり、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。

 

「やれやれ。『力添え』の次は狂信者たちの説得か。あの爺さんたちも趣味が悪いわね。

こんなの私にやらせる意味がある訳?

……まぁ確かに、説得できない場合には処分する、という仕事は私くらいしか出来ないんでしょうけどね」

 

少女の気分は余り良いものではなかった。

客観的にはどうあれ、少女の主観としては間違いなくつまらない仕事を二回連続で受けさせられていた為だ。

得られた強大な力の代償とはいえ、少しは不満も募るというものである。

 

まあ、よい。

その不満は、説得に応じなかった時に晴らすとしよう。

 

少女は飽くまでも軽いノリで、小さな一軒家のドアを開いた。

 

……傍から見るとそれは簡単な動作であるが、その扉には確かに厳重なロックが五重に掛かっていた。

 

しかし、その程度の障害は少女にはないも同然であった。

結果として、客観的に見れば少女の行動は飽くまで鍵の付いていないただの扉を開くのと同じものになった。

 

勿論、そうして開かれた扉がいつまでも沈黙を続けているほど狂信者の意識も低くはなかったようだ。

 

「何者だ!?」

「あぁ、怪しいもんじゃあないわよ。ある筋から頼まれてね、あんた等の活動を今すぐ止めるようにって」

「はあ?」

「えー、文言読みます。

『あんたらがやっているのは妄信的かつ一方的な価値観の元に定められた歪んだ行動に過ぎないから表立った活動は控えるように』

だってさ」

「何だと!?」

「アタシに怒鳴られても困るわよ。あ、出来ないってんならその時は……」

「おいおい、まるで電脳世界の中でしか粋がれないような憐れな奴らが吐くようなセリフをノコノコ一人で吐きに来たとはな、しかもお前みたいなガキが。笑える話だ!」

「メッセンジャーのつもりで来たんだろうが、相手が悪かったな」

「そうだな、俺たちのやってることは崇高すぎて所詮一般ピーポーには理解出来ねえんだよ。

あの組織のせいで国民がどれ程経済的な負担を負っているか? 巨大生物だか何だか知らないが、あんな組織は潰れるべきだ!」

「そうだ! そうだ!」

 

ガヤガヤと騒ぎ出す、「組織」の人間たち。

 

少女は議論などにおいて、その物事を知らないということに関して馬鹿と言うのは滑稽な行為であると考えていた。

知識がないだけなのだから、それを頭に入っているかの差に過ぎないからである。

 

敢えて言うならば何も知らないのに議論に首を突っ込むという行為が馬鹿なのであり、目の前の下衆共はまさにそれであるように少女の目には写った。

真実や事実を知らないから馬鹿なのではない。

知らないのにああだこうだと、個人的、及び希望的観測でモノを語り口やかましくなるという行為をしようという考えに至るのが馬鹿なのだ。

少なくとも少女はそう考えていたし、そういう意味で目の前の大衆を心の奥底から見下すことになった。

 

しかもそこから口々に発せられる「平和」という言葉とは裏腹に、その強い口調や手に持つ獲物は余りにも非平和的なものである。

実に皮肉だと、痛感する。

 

かといって、少女も一応、仕事をしない訳ではない。

馬鹿相手だからこそ成り立つ商売もあるのであり、そのことを心得てもいた。

 

「止めておいた方が身の為よ? 止めないと処分するそうだから」

「うるせぇ、小娘が!」

 

勿論心を込めて言ったわけではない、が。

 

「あんたらが大人しくなれば、あんた達も普通の生活に無事に戻れるんだから。破格の条件だとは思わない?」

「帰れ! 帰れ!」

 

色々と説得の言葉は並べてみたつもりだ。

 

しかし少女の言葉に耳を貸すものは皆無であった。

段々と人数が増えてゆくのみであり、自分たちの主張をえんえんと繰り返している。時に暴言も聞こえてきた。

ヒートアップしていくその場の雰囲気に、少女は何か恐れを抱くとか、そういうことはしない。

ただ冷静に、その景色をまるで珍獣を見るが如く観察する。

 

やがて、平和主義を名乗る者たちの織りなす余りに皮肉なこの状況を見て、

少女も思わず嘲笑を浮かべてしまった。

 

「あらあら、人の話を聞かない連中ねぇ。噂通りの大バカ。アイツ以上かもね」

 

しかし、自分たちへの批判は許さないらしい。

 

「おい今何つった?」

「あ、聞いてたんだ。とーっても意外ね。

都合の悪い話は聞かないで自分の都合のいい意見ばかりを言い放つ連中だと聞いていたからサ」

「は? 何抜かしてんだお前」

「おいおい聞いたかお前ら! コイツ我々を侮辱したぞ!」

「お嬢さん、悪いことは言わないからお家に帰りなさい。今ならおじさん達も精々一人一発で赦してあげますよ」

「だからお前は甘いんだよ、こういう世間を知らないガキは芦ノ湖にでも沈めときゃいいんだこのロリコン」

「ロリコンではないと何時も言っているでしょう。フェミニストですよ、私は」

「なるほど。どうせ説得しても聞く訳がないからアタシが呼ばれた訳か。漸く理解したわ」

 

少女はすっかり多勢に囲まれていた。

数えることは出来ないが、概ね三百人程度だろうか。

組織全員ではないが、ここは組織そのものである。老人の情報を信じるならば、少なくとも幹部クラスは全員揃っているだろう。

 

ならば、組織を潰すのもきっと今が絶好の機会ということなのか。

少女は漸く、理解した。この仕事を何故受け持たされたのかを。

 

「さて、帰る気がない……ということは、お前はその覚悟をしているということだな。

……おい! 一番前のお前から行け」

「はーい! てめぇ、下手なこと口走ったこと、こ」

 

こ?

 

『後悔させてやるよ』とでも言いたかったのだろうか?

 

それは分からない。

 

何故なら、言い終えるか終えないかのうちにその「一番前のお前」の首が転がっていたからだ。

ナイフを勢いよく振り上げた右腕はだらりと垂れさがり、やがて体ごと後ろに倒れ込んだ。

 

後にはカツーン、とナイフが落ちる音だけが響き、暫く静寂が周りを包んだ。

 

 

その静寂を破ったのは、少女だった。

 

「……あら、ごめんなさい? レディに汚い手で触ってくるからつい払いのけちゃったの」

 

「てめぇ……やってくれるじゃないか。

俺たちの崇高な考えに反対しただけでなく、その崇高な俺達の仲間を殺すとはなぁ……

……総員掛かれ! 何としてもそのクソアマを生かして帰すな!」

『おおおおー!!!!』

 

「一対多数なんて、趣味じゃないんだけどなぁ……。ま、生きる為には仕方ないわね」

 

十人ほどの男たちが、ナイフや刀を担いで一斉に少女の方に突進してくる。

けれど、少女はあくまで余裕だった。

 

ひょい、と男たちの頭を超えて後方に跳躍する。

すると、勢い余って男たちは自分の仲間たちに自分の獲物を突き刺すことになった。

 

「ぐああああああ!!!!」

「ぎゃあああああ!!!!」

「ぎぇえええええ!!!!」

 

一部はそのまま息絶えたが、当たり所がよくまだ生きている者もいた。

 

「ちっくしょうめがぁああ!!」

十人の攻撃をかわしたと言っても、他にもまだ数百人ほどの人間が男女問わずにそこに居る。

 

けれど、何人居てもそれは変わらない。

彼女が右手を突きだすと、一閃。

 

パキュィイイイイイイイイン!!!

 

少女が生み出した巨大な「障壁」が愚者たちを丸呑みにする。

そのまま建物の壁に高速で叩きつけられる。

 

その衝撃で動けなくなった多くの愚者たちは障壁と壁とに挟み撃ちされ、瞬く間にミンチと化した。

その間、僅か三秒。断末魔の叫びすら上げることなく、全体の三分の一程の勢力を一撃で消滅させた。

 

やがて、

 

「皮肉なもんよね。自称とはいえ平和主義者が自分の信仰の為にこうして脅迫したり」

「るっせぇんだよクソアマ!!!!」

 

ダダダダダダッ!!!!

 

ある者はマシンガンを。

 

「暴言を吐いたり」

「いい加減に黙れぁ!!!!!」

 

バシュゥウウッ!!!!

 

ある者はライフルを。

 

「暴力に訴えてくるなんてサ」

「うるせぇんだよぉおおおお!!!!!」

 

ドガァァァアン!!!!

 

ある者は携帯用バズーカを。

 

たった一人の年端も行かぬ少女に向けるモノとは思えない「兵器」で彼女を潰しにかかる。

 

けれど、その弾々が少女に当たることはなかった。

 

ここにいるものは皆、恐怖を覚えながら消えていく。

 

一発撃ち込んだその瞬間に、背中にぞっとする感覚が走るのだ。

凡そ、常人には理解できない感覚。速さ。力。

 

「さよなら」

 

いつの間に後ろにいたのか。

今さっきまで目の前に

 

ベキィッ!!

 

 

思考する暇すら碌に与えられず、

 

ある者は、首がへし折られる。

ある者は、四肢が全て失われる。

ある者は、心臓を精密に破裂させられる。

ある者は、性器を破壊される。

ある者は、首から上がなくなる。

ある者は、胴体が綺麗に消滅する。

 

そのすべての動作は一瞬で、その瞬間には血飛沫すら上げない。

余りにも残酷で、しかし余りにも綺麗なその闘いぶりはもはや一つの芸術作品としての機能を果たしつつあった。

更に、返り血は一筋も浴びることはない。返り血が吹き上がるころには、彼女は既に二人以上に手を掛けているからだ。

少女の衣服に吸収されることなく床面に溜まる血は、まるで赤い海のようにとっぷりと増えてゆく。

 

その景色は、正直好きではない。苦々しい過去を思い出すようで。

けれど、嫌いでもなかった。

 

「こ、これ以上近づいたら撃つわよ!!!」

 

まだ生き残っていた数十人のうちの一人の女が、ゆっくりと前進してくる少女に向かい震える手で銃口を向ける。

恐怖の余り、ズボンには凡そ年には似合わない水気の多い染みが出来ていた。

 

けれど、少女の辞書に命乞いという言葉はなく、その行動もただ女の隙であるとのみ認識された。

 

「あらあら。年甲斐もないのね、アンタ。同じ女として軽蔑するわ」

「ッ!!」

 

一瞬で距離をゼロにする少女。何とか少女が近づいてきたことには気づき銃に手を掛ける女。

だがその銃が少女に弾丸を発することはなかった。寸でのところで銃が折り曲げられ、中で火薬が暴発する。その衝撃で女の上半身は完全にずたずたの肉片と化し、吹き飛んでいった。

後には判別不能な液体でグジョグジョに濡れた下半身のみがその場に残り、やがて重力に従って倒れた。

 

それからも一方的な「演舞」は続く。

三百人の人間と一人の年端もいかぬ少女。この組み合わせでどちらかが殺戮されているといえば、常人ならば当然少女の方が死んでいるのだろうと考えるだろうが、この場ではそうではなかった。

 

一人の少女が命を刈り取ってゆく。一人、一人、また一人。

 

死角から少女を射殺しようと試みる者もいたが、全ては謎の障壁で跳弾。運が悪いとそのまま自分に跳ね返り死ぬ者も居た。

 

戦闘開始から一分も経過しないうちに、残り一人の男だけが残った。

 

命令を下していた男であり、恐らく幹部とかそのあたりなのだろうとは思う。が、幹部かどうかなどは少女の興味の対象ではない。

少女は一方的な殺戮に既に飽きを感じていた。

初めは湧き上がる未知の力に興奮し色々な殺戮を試みたが、流石に数百人ともなればひとまず思いついた限りの方法は一通り試してしまったのである。

 

「お、お、お、お前、こんなことを選ばれし俺達にやってただで済むとでも」

「思ってるわよ?」

「うぐぉお……ッ!?」

 

ドスゥ。

 

腹部に、一突き。

本気ではやらない。やってはいないが、それでもかなりの衝撃音は鳴り響いた。

 

どうせ最後の一人なのだから、少しだけいたぶってみようと思った。

 

「……あらあら。か弱い乙女のちょっとした突きでこーんなに蹲っちゃうなんて。あんた本当に男?」

「て、てめぇ……」

「あぁもう、女に負ける弱い男には男たる資格はないの、よっと」

「ぐぇっ」

 

今度は男の「ソレ」を、思い切りけりつけてやる。

グニュリとした感覚がつま先に響く。男は呻き声を上げ、息も既に絶え絶えになってしまう。

 

それを確認した少女は、男「だった者」への興味を一気に喪失する。

 

なんだ、男だ女だ、って。

所詮、こんなものか。

 

一思いに終わらせてやることにした。

 

「……そうねぇ。冥土の土産に聞かせてあげるわ」

 

少女が手を伸ばす。

その腕は余りにも早く、男が何か言葉を紡ぐ前に頭部より上はキレイな切断面を残して「消滅」した。

 

 

「あたしの名前は……朱雀。力の使者よ」

 

 

それから少しの後、周囲は閃光に包まれる。

 

 

その頃少女の姿は、既にずっと彼方へと雲隠れしていた。

 

----

 

とある日、夜の帳が少しずつ周りに降り始めたころ。

 

日本のある田園地帯で一瞬だけ超高エネルギー反応が発生するのを、ネルフの誇る東方の三賢者の名を与えられしスーパーコンピューター・MAGIが捉えた。

 

そしてそれから、一週間ほど経った頃だろうか。

史実通りであれば第九使徒マトリエルが襲来するその日。

 

シンジたちはネルフ本部を訪れていた。

マトリエルが恐らくはサハクィエルと共に倒されたと推定されるとはいえ、マトリエル以外の使徒が何か訪れないという理由もない。

 

「そういえば、今日はマトリエルの襲来予定日だね」

「そうね」

『此間の使徒がマトリエルも交えていたとはいえ、停電や新たな使徒の襲来が起こらない保証はない。一応行ってみようか』

「ホモもたまにはまともなことを言うのね」

『だからホモじゃない、カヲルだ』

「そう、よかったわね」

 

しかし、シンジ達の心配は杞憂に終わる。

 

新たな使徒が来ることもなければ、停電が起こることもなく。

特務機関ネルフは終日、通常通りに稼働することとなったのだった。

 

重要度の違いもあり、使徒は結局サハクィエルがマトリエルと同化していたのだと結論づけたが、

何故停電が起きずに済んだのかはシンジ達の間では当分闇の中に放り込まれることとなった。

 

一方で、停電とは別の意味で緊急事態が別のところでも起きていた。

それは、ネルフ内のエレベーターにて。

 

「お~い、ちょっと待ってくれー!」

 

扉が開いていたエレベーターを見つけた加持は、中に居る者に声を掛ける。

その人はミサトだった。しかし、前史とは違い締め出そうと思うことはなく、むしろ快く彼をエレベーター内に招き入れた。

 

当然、その行動に裏がなかったと言えば、嘘である。

当然な話ではあるが、エレベーターは、動かなければそのまま扉が閉まるだけだ。

ミサトが居たフロアはそれなりに高い地位の者のみが立ち入る場所であり、他の者がこの階で入ってくるということは滅多に無い。

それこそ、目の前に居る諜報部部長の加持か、あるいは技術部部長のリツコか、顔も知らない経理部の部長あたり、もしくは事実上のツートップであるゲンドウ及びコウゾウ位しかいない。

 

そしてこの時間リツコはエヴァの実験を行っており、それ以外の者は先日の使徒戦の事務処理を行っているため殆どエレベーターに乗ることすらない。

ゲンドウとコウゾウは飽くまで司令室から動く用事もなく、いつもの配置で佇んでいた。

 

そう、エレベーターの扉は、この階から動かない限りは開くことがないのだ。

男女二人だけの密室の完成である。

 

ミサトは、若干潤みを含んだ瞳で加持を見上げる。

加持はどういうことかと訝しみつつ、現在の状況を把握して満更でもない気持ちになる。

 

「……ねぇ、加持君」

「ん? どうした」

 

おもむろに顔を近づけるミサト。

加持はいつもの微笑みを欠かさぬポーカーフェイス。が、臨戦態勢は既に整っていた。

 

静かに、その腰に手を回す。

しかし、いつもと違いミサトはそれを拒むことはしない。

 

ゆっくりと、二人の距離が縮まってゆく――――――

 

やがてもうすぐその距離がゼロになろうかという時、ミサトが口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「……お金貸して。出来れば四十万円くらい」

「……少し遅めだが、お泊り付きハロウィンデートで手を打とう。新渋谷あたりでどうだい?」

「分かったわ、帰り際にゴミと一緒に捨ててあげる」

「ゴミを放置して帰るのはマナー違反だぞ? 最近も問題になってる」

「あら、貴方自分がゴミだって自覚があるのね」

「」

 

別に言う程に加持が嫌いなわけではないが、今はそういう気分にはなれなかった。加持を完全に沈黙させたところで、エレベーターは動き出した。

 

加持に見込みがないと感じたミサトは、先週から引き続く自分の財布の中の緊急事態をなんとしても補完すべく自分の信頼する部下・日向マコトの元へ向かうのであった。

 




伊「はい、皆さんおはようございます。伊吹マヤでーす」
青「青葉シゲルです」
日「」

パーパラッパッパパーパパッパー♪
パーパラッパッパパーパパッパー♪

伊「あ、久しぶりにこのBGMですね」
青「……アレ? マコトまたいないの? 声が聞こえないんだけど」
伊「いえ、そこにいますよ」
日「」
青「……えっどうしたのコイツ」
伊「いや、何かよくわからないんですけど、十日前くらいから完全に沈黙して予備も動かないんです」
青「えっ何予備って」
伊「何か時々「みうみうぅうううう」とか「這いよる混沌はここに居ますよおおおお」とか何とかボソボソ言ってますけどねぇ」
青「ああ……なるほど、そう言うことか……それはうん、そっとしといてやれ。
ほらマコト、今は仕事だから。今は何とか持ち直せ」
日「……ん、んん……」
青「……あ、起きた」
伊「そうですね。まあ想定内ですけど」
日「……えっと、ここはどこですか?」
青「は?」
伊「へ?」
日「いや、えっと……」ペラッ
青「おい何微妙にズボンめくり上げてんだよ男のとか誰得だよ」
日「あぁ、はい、成る程。そういうことでしたか。あ、皆さん。実は僕は一晩眠ると記憶がなくなってしまうんです」
青「ねえマヤちゃん何これ」
伊「うーん……ああ、思い出しましたよ。確かコレ、最近ドラマでやってる」
日「……そう! やっとお前ら気付いたか! 実は最近、俺が描いた小説がドラマ化してな、その宣伝なんだ。
その名も『惣流キョウコの備忘録』と言ってな」
伊「日向君、いい加減アウトっていう概念が貴方の中にあるのか私、気になります」
日「推薦状、挑戦状、遺言書と他のシリーズもあってな。まあ簡単に言うと、一度眠ると記憶を無くしてしまう謎の体質を持った通称:忘却探偵ツェッペリンこと惣流キョウコさんが名推理で数々の事件を解決していくんだ」
青「流石に人物名そのまま作品に使うのはまずくねえ……? こっちの世界では惣流キョウコさんは実在する訳だし」
伊「通称が微妙にカッコいいから騙されそうになりますがアウトですね。アスカがこれ聞いてたらなんて言うでしょうか」
日「大丈夫だよ、話の世界線にはいないことになってるから」
青「そういう問題なのか……?」
伊「まあ、何かあった時は日向君が……え? あっ、そういえばここのスタジオは世界線関係ないのでいますよね」
青「あっホントだ」
日「え?」

アスカ「ママ! そこに居たのね! ママ!」
弐号機「」ドガーンドガーン

伊「アスカー、ママはこっちよー」
青「俺何も知らないし見てない。弐号機がスタジオぶっ壊して乗り込んで来ようとマコトを潰そうと俺は何も見てない」
ア「コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテ」
日「……へっ?」


グサグサグサグサグサグサッ


----

日「……っていう夢を見たんだ」
青「いや何それ! 今明らかに途中まで現実世界だったよね? いつからお前の夢になったの!?」
日「いや俺に聞かれても困るわ」
伊「所謂虚言癖って奴でしょうか。確かに辛いでしょうが立ち直っていかないと」
日「ああ……まぁ、そうだな。俺たちの中に彼女はきっと生きていてくれるさ」
青「マコト……」
伊「……はい、なんかまたThanatosとか流れそうな雰囲気なのでこの辺で。そういえば、あまりにも期間が空いてしまうので十二月も色々やるみたいですね」
青「そういやアスカちゃんの誕生日もあるし、クリスマス、大晦日……まあイベント盛りだくさんだもんな」
日「何をやるかは知らないけど楽しみだな」
伊「そうですね~♪ 私も、センパイの誕生日についに家に招待されたんですぅ。時期がクリスマスシーズンどなのもあってとっても楽しみで……」
青「……これ間違いなくアレだよな、その日一日セイ夜になっちゃうよな」
日「セイヤ? ああ、一世を風靡したセピアなあの曲……でもアレはソイヤだからな。まあでも太鼓叩いてるし赤木博士の日としてはうってつけ……ぐふぉっ!?」
伊「……日向君?」ニコニコ
日「マヤチャン……イキナリハスゴクイタイ」
伊「」ケリケリケリケリ
青「止めてあげてマヤちゃん、それ以上はマコトが男に戻れなくなる」
伊「日向君がどうなったっていい、日向君の日向君がどうなったっていい。だけどセンパイは、せめてセンパイのことだけは……絶対許さぬッ!」
日「!!!!!!」\15000/
青「……うん、茶番はここまでにしよう。ね? ダメージ的にも倒せてる訳だし」
日「」
伊「しょうがないですねぇ。後でセンパイのドラッグでキルユーベイベーな目に遭わせておきます」
青「……そ、それはそうと。今回は記念すべき第十回目だな」
伊「ああ、そうですね。実はそのことについてなんですけど、今回は長さが何時もの二倍になるみたいです」
青「え?」
伊「ですから、二倍なんですよ。これの尺も二倍、まあ大体文字に起こして七千文字くらいは余裕持ってます」
青「は、はあ……」
伊「いつもは文字に起こすと三~四千文字くらいですからね。質問も今回は一つ多く応えられるみたいです」
青「なるほど」
伊「まあそういうことで、じゃあまず一つ目の質問。

『いつまで合成使徒やるの? 手抜き?』ということですが」

青「ああ……まあ、コレは正直手抜きと言われても仕方ないと言えば仕方ないっちゃ仕方ない」
伊「此間も言ったんですけど、これに関してはほかに色々やりたいことがあるので少し尺を短くするというメタ的な一面もあるみたいで」
日「そのほかに色々やりたいことっていうのが最後の方の痴話喧嘩とかだったら世話ないな」
青「そういやあの後どうなったんだ?」
伊「そういえばさっき葛城さんが凄いウキウキした顔で「これで今月のえびちゅも安定だわ!」とか何とかすっごい良い笑顔して言ってましたね」
青「あー……これは」
日「…………葛城さんの為なら十万だろうが百万だろうがタダ同然さ」
伊「……相当毟られたみたいですね。これは素直にドンマイと言っておきましょう」
青「まあ、ドンマイ」
日「……シゲル」
青「ん?」
日「……お金貸して、出来れば八十万円くらい」ウルウル
青「いやお前が再現しても気味悪いだけだから! てかなんで倍になってんだよ!」
日「お願いマジで、このままだと対使徒戦賭博に手を出さないといけなくなる」
青「何それ!? 使徒戦って賭博対象なの!? ……まぁ、十万位ならいいよ、うん。なんか気の毒だし」
日「!」パァァ
伊「良かったですね日向君。という訳で次の質問です。

『トウジやケンスケが言っていた『お前の父ちゃんヒゲヒゲ』だの『最近流行りのアニメ』ってなんですか?』 とのことですが」
青「あーそこ突っ込んじゃうのか…………」
日「あぁそれ俺が作ったんだ」ムクリ
青「ほら。もうこれお決まりのパターンだよね、そろそろなんか新しいの考えないと死ぬぞ、というか立ち直りはえーなおい。流石にお前のアレも形象崩壊したかと思ったけど」
日「ちなみに『チョメ司令なんざクソ喰らえ』っていう曲もあるぞ」
青「ねえ、そのヒゲとか司令ってのは俺の知ってる人じゃないよね? 大丈夫なんだよね?」
日「何、大丈夫だよ。今回はちょっと少年向けにしててな、週刊少年ジャンボに原作があるんだけど」
伊「……とりあえず、話だけは聞きましょう」
日「よぉし、説明しよう! 今回僕が作ったアニメは『忍魂GANT郎』って言ってな」
青「アウトだよてめぇ此間のより33.4倍くらいアウトだよもう色々ゴチャゴチャだよ! というかこのノリ今回二回目だよね? 流石にそろそろ自重しよう? ね?」
日「まぁ時代設定は今とあんまり変わらないんだけどな、第三新江戸っていう街が「星人」っていう真夜中にひっそりと暴れてた化けモンたちに強引に鎖国を解除されたんだよ。
で、その星人に対抗するために黒い球体「忍魂」によって集められたかつて死んだはずの忍者たちがいろいろ活躍したりバカやったりする、笑いあり涙ありの時代劇ギャクコメディさ」
伊「タイトルを律儀に回収してさり気なく三つも仕込んでますよこのメガネスタンド。委員会に売り飛ばしますよ」
日「更に今回は、登場人物名も凝ってみたぞ! 長谷川玄道とか志村新二とか薫小太郎とか!
特に薫や玄道は声もそっくり、後者はヒゲにグラサンまで完備とまさにその人!
ああ後シゲル、声がお前っぽい奴も居るぞ? 高杉茂助って言ってな」
青「…………それ、本人に許可取ってるの? 俺は今初めて聞いたんだけど」
伊「またいつぞやみたいなことになりそうですね……って、まさかあの曲ってやっぱり」
日「そう! あの『お前の父ちゃんヒゲヒゲ』のモチーフなんだよ! 新二はその曲を歌っている乙ちゃんにめっちゃ夢中っていう設定なんだ。ちなみにオープニングタイトルは「シンクロ率100%」でな」
伊「オープニングタイトルまでもアレな上に妙に適当ですね……って、あっ」
碇×2「……」
青「……どんどん突っ込む気も失せてくるな……って貴方たちは!」
伊「あーあー、もう私知らないアル。シゲハルー一緒に帰るアルよー」
青「シゲハルじゃないよシゲルだよ……というか誰だよシゲハルって俺そんな犬っぽい名前じゃないよ」
日「……お前ら、もしかしてその口調、本当は観てくれていたのか!? 知り合いの中ではチルドレン組ぐらいしか観てくれていなさげだというのに……嬉しい、俺は嬉しいゾウリムシ!」
青「……誰の真似かは知らんがマコト、後ろ、後ろ」
日「え?」

ゲンドウ「ほほう……また面白い作品を作ったものだな」デーンデーンデーンデーンドンドン
シンジ「うん。こりゃトウジやケンスケたちがハマるのも分かるなあ。あっこの人父さんにそっくり」
ゲ「何を言っている。俺はこんな赤い服を着た解雇され妻にも逃げられたまるでダメな男である覚えはない……」デーンデーンデーンデーンドンドンデーンデーンデーンデーンドンドン
シ「解雇はされてないけど妻には逃げられたよね」
ゲ「……全ては心の中だ、今はそれでいい。……それより日向二尉」デーンデーンデーンデーンドンドン
日「ハヒ」
カヲル「漫画はいいねぇ、リリンの文化の極みだよ。そう思わないかい?日向マコト君」
日「アッ、ソッスネ」
ゲ「……そういえば、今日は第九使徒、マトリエルがやってくる日だったな。
シンジ……惣流大尉を盾にするのは忍びなかろう。良い盾が見つかった、「これ」を使って戦うがいい」ニヤリ
シ「分かったよ父さん。おーいアスカー今回盾にならなくていいってさー」
アスカ「本当!? 日向さんありがとう、この借りはさっきの含めて後で十倍にして返して頂戴ね!」
シ「アスカ、それ逆だよ」

日「……碇司令かよォォォォォォォ」
青「というかさっきのってアレ現実だったのかよ」

五分位後……

シ「ふう、今回も簡単に倒せたね」
ア「ママのことは許さないけど、このことは日向さんに感謝しないとね。あたしも戦いで疲れたし帰りましょう」
レイ「……ユニーク」
ゲ「日向二尉、三ヶ月の減俸とする。それとキサマの今月の昼食はオール酢昆布だ」
日「」シュウウウウウ
青「うっわドロッドロになってる。スライムもびっくりだよこれ」
シ「でも父さんもアレだよね、父親としてはまさにダメダメな親父、略してマダ」
ゲ「シンジ……お前には失望した」
カ「それじゃあ、失礼するよ」

どすどすどす……
すたすたすた……

伊「……えー、じゃあ日向君はほっといて次行きましょうか。

『仮にサハクィエルが前史と変わらなければひっくり返すだけで勝てたの?』ということですが」
青「まぁ言われてみればっていう戦法だとは思うけどな、要は落下エネルギーを殺せれば被害でない訳だし」
伊「でもATフィールドとかの不思議な力でそこはぶち破られちゃうんじゃないですかね」
青「いやそれは19話でゼルエルが初号機のコアをわざわざツンツンして倒そうとしたのと同じくらいご都合主義でいけるんじゃね?
アレだってコア剥き出しになった後ビーム3発くらいぶち込めばおしまいだったじゃん」
伊「こまけえこたぁいいんですよこまけぇこたぁ」
青「ええええ……」
伊「ああそうそう、ATフィールドと言えば人間も肉体を維持できる程度のものは持っているらしいですね」
青「らしいね、だからあの時皆溶けたんだよな。アンチATフィールドでドパーッと」
伊「そうそう、どことなく赤くて鉄の匂いがするドロっとした液体が」
青「おいやめろ何か凄く表現が生々しい! ってか明らかにサラッサラだよねドロッとしてないよね」
伊「やだなー、ただのLCLですよLCL。アレ、意外とどろーっとしてるんですよ」
青「そうなの!? フツーの液体に見えるんだけど」
伊「ええ、そういえば青葉君はLCL触ったことないでしょうから知らないんでしょうが、実はそうなんですよ。
乗り込んだ時『最低だ……私って』って感じになれる生臭いぬちょっとした液体が」
青「いや、絶対LCLじゃないよねそれ? 最後のLしか共通点ないでしょ!」
伊「でもそういう液体なお蔭でアスカやレイは毎月どんな時も気にしなくていいから楽だって言ってくれますよ」
青「……マヤちゃんもうやめて、本当に終了しちゃうから。R18タグないんだよコレ」
伊「あっそうですね、今回どこぞのクソメガネのせいで長くなってしまったのでとっとと最後の質問行きましょっか」
青「……マヤちゃん、なんか変わったね」
伊「私……変われてるかな?」
青「あぁ、うん、変わったよ凄く……最後の質問もう俺が読むね。うん。なんか今のマヤちゃんに読ませたら大変なことになりそうだし。

『本編の時系列って最後の方どうなってたの』ってことらしいけど」
伊「あー。そういえばなんかいろいろありましたよねー。こんにちはありがとうおめでとうさようならとかあんたがあたしのものにならないならあたし何も要らないとか」
青「いやセリフだけで言われてもよく分かんないからねマヤちゃん」
伊「まぁ色々説はあると思いますけど、恐らく『Air』→『終わる世界』→『まごころを君へ前半』→『世界の中心でアイを叫んだけもの』→『まごころ後半』、って感じなんじゃないですかね、強引に組み立てるとですが」
青「具体的には『Air』でグチャグチャの弐号機をシンジ君が見た時にいろいろとあって、
『まごころ前半』で完全に精神世界、つまり「終わる世界」にぶち込まれて、そこから『世界の中心でアイを叫ぶけもの』で『僕はここに居たい!』っていうのでおめでとうになって」
伊「でもって水音のシーンからまたまごころが始まるって感じですかね? 水音シーン始まるところから突然シンジ君悟り開いてましたし」
青「葛城さんの死も精神世界の時点で明らかになってたみたいだし、大体そうかもね」
伊「『まあ、わたしが考えた想像の案なんですけどね』」
青「いやだから突然棒読みになるの止めよう? 頭のなかに餡子が詰まった一頭身キャラになっちゃうよ」
伊「棒読みで行けって台本に書いてあるから仕方ないんですよ、やむを得ない事情です」
青「やむを得ないって……せめて言い訳にはもっと説得力をつけようよ」
伊「いや、そうは言われてもこのセリフも全部台本ですし」
青「それを言ったらおしまいだよマヤちゃん……」
伊「まあ、いいじゃないですか。それより、そろそろ七千文字に到達しそうですから予告編に移りましょうか」
青「ん? 後四百文字くらい余裕あるけど」
伊「今回の余裕を次回以降に使うんですよ、貯金です貯金。じゃあ葛城さーん、そういう訳で巻きでお願いします」
葛「はいは~い♪
『サハクィエル+マトリエルを撃破。順当に使徒との闘いを勝ち進んでいく子供たち』
『その一方、人類補完計画を裏で操る秘密結社ゼーレ。彼らにより、ネルフの過去と現在が碇と共に検証されていく』
『使徒の襲来、かつての死海文書とは大きく異なったシナリオ、しかし不敵に笑うキール・ローレンツ』
『この笑みの意味するところは何なのか。あるいは、人々の願いさえも予定されたものに過ぎないのか。
次回、「ゼーレ、魂の座」』。さーて、この次もぉ~?」
全員『『『『サービスサービスゥ!』』』』



伊「……葛城さん、巻きでお願いしますって言ったじゃないですか」
葛「えへへ~……ゴミンゴミン。
それより見て見て~、さっき『偶然』手に入れた副収入でいつものチャイナドレス風味の服を新調したの♪ 
今回はオレンジ色にしてみたんだけど……どーお?」
日「……はっ! カグラさん、じゃなくて葛城さん!? よく似合ってますよすっごく!
後は髪をオレンジ色に染めてお団子くっつけて語尾を中華っぽくして戦闘力はもう十分高いので後は紫色の傘を持ってそれからそれから」ドロドロドロドロ

青「……見た目も言動も何もかも」

伊「気持ち悪い」

終劇

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