「えぇー! 行っちゃダメなの!?」
マリの悲痛な声が響く。
「そうよーん、貴方たちパイロットはここで待機。使徒はいつ来るか分からないから」
「ちぇー、折角わんこ君を新作の水着で悩殺しちゃおうかにゃーって思ってたのにぃ……
わんこ君にレイちゃんは良いの? 沖縄」
「……内心反対したかったけど、真希波さんの今の発言のせいでその気が失せました」
「……別に」
「えぇ~……つれないなあ二人とも」
先の加持との密会から概ね二週間ほど経ったあたりだろうか。
学校生活の目玉、修学旅行における沖縄行きは今史でもミサトに却下された。
もっとも、前回もそうだったし今回もそうであっておかしくはない。
そしてアスカと取り変わる形で今ここにマリが居るのだが、騒がしい娘であるという点は変わらなかった。
よって、今回こうして騒ぎ出すのもある意味予定調和と言える。
シンジとしても、マリの発言に関係なく今回もネルフに留まるつもりではあった。
しかし同時にシンジは疑問も抱いていた。
サンダルフォンの前に訪れるべき使徒、イスラフェルの存在だ。
この頃の使徒は精密な日時までは覚えていなかったのだが、修学旅行でアスカが騒ぎ出したあたりで使徒がやってきていた、ということは確かに覚えていた。
ところが今回はどうだ。まるでイスラフェルが現れないままに修学旅行を迎えていた。
実際には、前史より今史では二週間ほど修学旅行の日程は早まっていたのだ。
言うまでもなくシンジの善戦が裏にあるのだが、流石にそこまでは気づいていない。
ただ、シンジもここ最近の様々なイレギュラーの中で共通項も見出してはいた。
この二体の使徒は偶然にも、どちらも惣流アスカ・ラングレーと「二人」で倒した使徒であるということだ。
勿論ネルフのバックアップもあるが、本当の意味で戦闘に携わったという意味ではシンジとアスカ、この二人である。
ならば、やはり今史でもそういう因果の元彼らは存在しているのだろう。
ところがこの世に惣流アスカ・ラングレーという存在が見当たらない今、その因果は確実に崩壊を迎えていると言える。
厳密にいうと、サンダルフォンについては一応シンジはナイフを投げる、及び弐号機を引き上げるという形で援護とまではいかないものの、主に「二人」で倒した使徒であることは間違いない。
ということはもしかしたら、自分とアスカの共闘によって倒されるという因果を得ていた使徒たちは、
今回ではアスカの因果が見当たらない以上は存在することが出来ないのではないか?と予想した。
あるいは、全く別の形で現れるか。
ともかく、イスラフェル及びサンダルフォンに関しては前史のような戦いは余り期待することが出来ないだろう、ということだ。
更にこの論理で行けば、先に待ち構えるアラエル戦もアスカ・レイの共闘となる為、
もしかしたら戦わなくて済むのかもしれない、という期待も出来る。
しかし、この理論で行くと少々不安な点も生じる。
アスカが居ないという前史と変更された因果により、これ以降の使徒戦において人類が有利に立つことが出来なくなるのではないかという危惧である。
ガギエルが現れないということでイロウルやタブリス、アルミサエルを除いた全ての使徒が現れないという可能性も考えたが、その可能性もまたすぐに否定された。
真希波マリ・イラストリアスと共に現れた全く新しい使徒の存在がその否定の証明であるのと、
やはりアスカと自分との二人の因果のみで構成されるならともかく、自分とレイの二人の因果が生き残るガギエル及びイスラフェルよりも先の使徒に関しては何らかの形で出没しておかしくない。
無論これまでに登場した使徒ならば初号機とのタッグによる戦闘力で難なく撃破出来るだろうが、何分前回のように全く新しい使徒が出る可能性も大いにある。
分からない未来というものは不安要素を孕むものだ。
もっともその答え合わせは、これからの数日間で判断すればいいだろうとも考えていた。
修学旅行の正確な日時はあまり重要ではなく、むしろ修学旅行の時期になったということは、何らかの使徒が現れるやも知れないということが何よりも重要であった。
それがサンダルフォンなのか、また別の使徒なのか、そもそも現れないのかはまだ分からないが、今はまだ慌てる時期でもない。
それ故、シンジとしては暫しの平和を楽しむことにしたのであった。
「……そだ! じゃあネルフ内のプール行こうプール。あるでしょ? 二人とも、あたしの美貌でハートを打ち抜いてやるにゃ~」
「はぁ……良いですけど」
「私、一応女よ」
「フフッ、お姉さんオトコノコもいいけど、オンナノコも行けないクチじゃないニャ」
「……!? 碇君……」
本当のネコのように舌なめずりするマリを見て、あからさまにビクッとするレイ。
本能的な恐怖に対し思わずシンジの影に隠れてしまう。
「……真希波さん、綾波が何だか妙に怯えているからこの位にしてあげて」
「……碇君、あのひとこわい」
「本当、今日は二人ともつれないにゃあ……」
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結局、これまた史実通りプール行きになることとなった。
雲一つない空の中空港からやがて飛び立つクラスメートたちを空港から送り出すや否や、自分で買ったという車を超高速で飛ばすマリ。免許は大丈夫なのだろうか。
しかしそんな些細な心配は露知らず、あっという間にプールに到着した。
プールに到着するや否や、ざんぶと飛び込んで潜行するマリ。何故かプールは前回よりだいぶ大きく、あっという間に見えなくなってしまう。
一方でレイは只管にぷかぷかと浮かんでいる。これは前史通りだっただろうか。
前回はアスカやレイが泳いでいるのを傍目に理科を勉強していたが、今回は特に知識には困っていないので今史では特に勉強はしていない。
が……それとは別に、シンジはプールに入ろうとしない。
それには理由があった。
「あれ~、わんこ君泳がないのかにゃ?」
「はい。課題がありましてね」
「リっちゃんの?」
「はい。この凄くいびつなサイコロを一の目が出る確率が六分の一以上であることを示すんだそうです」
マリがプールから声を掛けた時、シンジはあの時と同様にPCと睨めっこしている。
目の前には明らかに立方体ではない歪な形をしたサイコロの図と幾つかの数式が打ち込まれている。
しかし、本当の目的は問題を解くことではない。
実はシンジは泳げない。
理由は恐らく、幼少期の記憶にあるのだろう。が、それも定かではない。
兎も角一つ言えることは、シンジは泳げないという事実である。
こうして今回もプールサイドで真面目にやっているのは、それをカモフラージュするための手段であった。
「ふーん、でも楽しむときには楽しまないと……ね?」
「え、いやでも……」
「ちょっと手を貸すにゃ」
「?」
言われるがままに手を貸すシンジ。いつの間にプールを上がったのか……と思うと同時に、
ぷにっ。
何かとってもとっても柔らかい感覚がする。
それでいてなんだか暖かいような気がする。
なんだこれ?
なんだこれ?
なんだこれ。
その弾力は高速道路上を百何十キロで飛ばしている車から手をまっすぐに開いた時の風圧にもよく似ており、
でもどこか特有の硬さも共存していた。
この柔らかさと硬さの独特な調和と、この生暖かい感覚。何処かで覚えがある。
不思議に思ったシンジが横を向くと、そこにはなんと、紐状のハイレッグな水着でシンジの手を自らの胸に押し付けるマリの姿がある。
ああ、そういえばこれ、前史でもヤシマ作戦の前に―――
「ちょちょっ、ちょっと待って真希波さん! なにやってるんですか!?」
「ふふっ、コレで既成事実は出来たにゃ、さあ責任を取るため泳ごうわんこ君!」
「責任って、真希波さんが無理やり押し付けたんじゃないですか!」
「あら……お姉さんに手を掛けといてそんな言いぐさをするなんて……よよよ」
「えええ!? なんで僕が悪いことになってるんですか!? ハメられたの? ハメられたの僕!?」
さめざめと崩れ落ちるマリ。勿論演技なのだが、女に疎いシンジにはそれが見抜けない。
気付くとレイもこちらの方をじっと見つめている。何となく怒気を孕んでいる目線なのは気のせいか……?
「ぼ、僕は泳ぎませんよ!」
「えーわんこ君のいっけずぅ~。それとも……ぱいおつだけじゃ足りないかにゃ?」
「そういう問題じゃ……!」
「大丈夫、真美は合法、マリも合法」
再びシンジの手を掴みなおすマリ。
手を振りほどこうとするが、思いのほか強い力で掴まれたその手は離れるという三文字を持たせては貰えなかった。
秒速五センチメートル、ゆっくりとシンジの手は下方に向かってゆく。目指すは少女の秘められしデルタ地帯。
「あわわわわわわ……」
距離にして曖昧三センチ、いよいよもって「ソコ」に接触しかけたまさにその時である。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!
同時に鳴り響く、使者の来訪を知らせるアラート。
「ちっ……残念」
「た、助かった……」
そのアラートは人類にとっては終焉の危機を告げるいわば警鐘のはずだが、シンジにすれば救済の福音となるのであった。
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漆黒、いやそれ以上の深淵ともいえるような闇の中に、十二体のモノリスは並ぶ。
碇ゲンドウはモノリスと対峙していた。
「A-17、現時点での資産凍結だと?」
「碇君、こちらから打って出ようというのかね」
「はい……使徒の生きたサンプルを手に入れるまたとない機会。逃すほど私も愚かではないという事です」
前史通り、第八使徒の捕獲作戦の許可を得ようとしていたのだ。
やはり前史通り多大な反発もあった。が、
「ダメだ! 危険すぎる!」
「十五年前を忘れたとは言わんぞ、碇」
「然様! 失敗は即ち人類の破滅を意味するのだぞ!」
「分かっております。しかし、生きた使徒を捕獲するまたとないチャンスなのです。その重要性は貴殿らもお分かりでしょう」
ゲンドウはあくまでも毅然とした態度で臨む。
すると、SEELE:Number-01と書かれたモノリスがゲンドウに向かう。
「碇」
「はい」
「確かに……貴様の意見、一理ある。我々としてもその意見を飲みたくない訳ではない。だが、シナリオは既に変遷を遂げている……死海文書は最早参考文献程度にしかならぬ、いや既に紙切れも同然やもしれん」
「……」
「しかし、そのシナリオ。全くもって不測ではない。いや、むしろもう一つの方向に駒を進めつつある」
「……成る程。そういうことですか、議長。そういうことであれば構いません。殲滅の方向で進めていきましょう」
議長と呼ばれたその男の一言に、何かを察するゲンドウ。そして、自身の意見を反転させたのだった。
「ならば、よい。……そして、ここに正式に告げよう。死海文書は既に過去の遺物に過ぎぬ。既に新たなるシナリオ『神・死海文書』がここに幕を開けた……以上だ」
その言葉を聞いた周りのモノリス達も、その声を聴くとやがて口々に声をそろえた。
『全てはゼーレのシナリオ通りに』
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八番目の使徒は、前史同様に浅間山の奥深くに眠っていた。
今回は「上の報告」曰く発見がやや遅くなったらしく、最初から殲滅作戦を取る方針になった。
A-17による資産凍結もなくなり、ネルフは政治面において前史よりは有利になった……のかもしれない。
そもそもシンジにとっては、前史でも何故A-17をわざわざ発令させたのかはイマイチ不透明であったのだが、まあ並々ならぬ事情があったのだろうと適当に納得していた。
今回も史実通り、耐熱仕様のD型装備で溶岩にトライする弐号機。
その主が惣流アスカ・ラングレーではなく真希波マリ・イラストリアスであるという事実を除いて、その構図は前回と全く変わらない。
どうやら、今回はそのまんまサンダルフォンらしい。ならば多少のアクシデントはあれ、撃破は可能だろうとシンジ及びカヲルは踏んだ。
前史ではぶくぶくに膨れ上がるD型装備を嫌がっていたアスカだが、マリに関してはこのD型装備を面白がっているようである。
なんでも丸っこいのがとてもかわいいらしい。やはりどこか抜けた少女である。
そんなことをシンジが考えている間にも、弐号機は順調に溶岩に潜り続ける。
そこそこの深度にいることはもう分かっているので、全員に緊張感はあれどそこまで慌てている訳ではない。
「深度千四百八十、観測地点より百八十m深くなっています。D型装備の設計限界深度まで後百m程ですね」
「事前に強化しておいたのが効いたわね、少し前までならD型装備ではここまでが限界だったはずよ」
リツコがマヤの報告を聞いて、やはり備えあれば憂いなしということを痛感する。
「マリ、どう?」
【うーん、……全ッ然見えない。というか暑すぎぃ! 逝く逝く逝く】
「だーいじょうぶよ、どんなに暑くなっても人間が生きていられるギリギリの暑さで保たれるようになってるから」
【本当にぃ?】
「ええ」
【ふーん……。それにしても汗で全身じっとりするぅ……わんこ君がわんこ君になっちゃわないか心配にゃ】
「大丈夫よぉ、多少フェロモンをむんむんにしてもシンちゃんにそんな度胸ないし」
【ミサトちゃんはそういうけどね、あの子実はかなりのテクニシャンよぉ】
「あら、それじゃあこれが終わったら私も試してみようかしら」
【ダメダメ、ミサトちゃんに手を出されたら間違いなく一週間は再起不能になるわよ】
「何それどういう意味よ」
表面上はそこそこキツそうだったが、ミサトたちと姦しい冗談を叩きあっていることからかなり余裕があるようだった。
やがて深度が千五百を回ったところで、マリの視界に突如異形の生物が入ってくる。
【……居た】
マリからの通信が聞こえてきた。
使徒は弐号機の接近に対してまだ目覚める気配こそないが、前回より幾分大きく育っている。
あるいは、もう少しで覚醒するのだろうか。
「いいことマリ、改めて確認しておくけど。四番のコードから冷却液を使徒に注入。覚醒しないうちに熱膨張を利用して殲滅する……それが今回の作戦よ」
【あいよ、分かってるよミサトちゃん】
「ならいいわ……作戦開始」
ゆっくりと使徒に近づいていくマリ。まだ目覚めない。
【四番コード、注入します】
「行けるわね……」
しかし、シンジは油断をしない。ここからが正念場なのだ。
プログ・ナイフの投擲準備を行っておくようにと前もってリツコに告げた甲斐あって、今こうしてマグマの中にナイフを投げ込まんとする体制でいられている。
恐らく次にコードを建てつけるくらいのタイミングで使徒は目覚めるはず……というのが予想だった。
結果から言うと、その予想自体は当たった。
【ミサトちゃん、許可を】
「許可します。 撃てぇ!」
【待ってました!】
放たれる冷却弾。
その一撃は使徒を真っ二つに切り裂いていく。ATフィールドによる防壁の展開すら許さず、散っていく使徒。
「よし!」
ガッツポーズを取るミサト。シンジも安堵する。
これからも使徒は来るようだが、一先ず今回は無事に終わった……
と思っていたその思い込みと安堵は、レイの小さな一声で打ち砕かれる。
「パターン青、まだ残っているわ」
「何ですって?」
「パターン青、健在……これは……まさか!」
驚嘆の声を上げるマコト。目の前にはBloodPattern:Blueの文字が小躍りしているコンピュータの画面がある。
しかし、驚いたのはそこにではない…………対象数だ。
先ほどまで「target:1」と表示されていたのに、いつの間にやら「2」に変わっている。
「対象、二体!? 二体に分裂した模様です!」
「ぬぁんてインチキ!?」
観測所に響き渡るミサトの怒声。
溶岩内で真っ二つに切り裂かれた使徒は、何とその極限状態下で二体に分裂したのであった。
弐号機に牙を剝く使徒。ほぼ同時に向けられる冷却器コード。
それぞれがぶつかり合うと同時に、巨大な三影が火山の外に飛び出していった。
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【……作戦の結果、弐号機は小破。マグマや熱による劣化はなし、使徒による若干の外傷のみ。同パイロットも心身ともに異常はなし】
【第八使徒は、衝突直前に受けた冷却液の影響で火口からの脱出と共に構成物質の四十パーセントが損傷、現在自己修復中と見られる】
「……倒せたのかにゃ?」
「足止めに過ぎないわ」
「ふーん。まあ、あの環境から生きて帰ってこれただけでも儲けものよ」
飽くまでも冷静に見るリツコとマリ。
スクリーンに投影される使徒の姿。
溶岩に潜っていたとはいえ、その姿はまさしく。
「(……第七使徒、イスラフェル?)」
『いや、合成したのだから、そうだね……イスラフォンとでも呼ぶべきかな。まさか、使徒が融合を起こすとはね』
「(どうだろう、彼は強いのかな)」
『マグマの中を泳ぎ回れる耐圧性に耐熱性、外殻の強度は間違いなく他の使徒の比ではないと思う。そしてコアの修復機能……きっと手ごわいだろう』
前史のモノと比べて若干サンダルフォンのように錆びついたような色をしてはいること、及び腕が若干ヒレ型をしているという点を除いて、身体的特徴は殆どイスラフェルのそれと一致していた。
「それにしても、シンジ君の助言を聞いておいてよかったわ。D型装備の改良がかなり進んでいたから、あそこまで極限的な状況でも小破で済んだのよ」
「いや、僕としてもまさか役に立つとは……」
「おーわんこ君がアレの強化を頼んどいてたのかい? ありがたやありがたや……」
「あ、あはは」
勿論D型装備の改良が進んでいたのも偶然などではなく、先日シンジが提出した使徒の予測レポートを元に改良がなされていたのだ。
結果、従来のD型装備の倍近い耐久性を得、今回事なきを得たのである。
「まあ生きて帰って来たので今は良しとして……これからどうしましょうか?」
「あらシンジ君、此間分裂使徒の意見も出したのは貴方じゃなくて?」
「そうですけど、溶岩から出てきたのでは外殻もかなり固そうですし。まさか二つの特徴を持った使徒が合体……と言っていいのかは分かりませんけど、似たようなことをするだなんて」
「そうね。……やはり貴方にとっても今回の事態ばかりはイレギュラーだったのかしら」
「どういうことです?」
「……何でもないわ。それより、今は目の前の敵よ。貴方の提唱していた荷重攻撃計画……二体ではとても貫通できないでしょうね」
「ですよね。作戦を練り直さないと」
想定していたよりも大きなイレギュラーに、シンジは内心非常に動揺していた。
第七使徒イスラフェルが、存在していたということ。
いや、厳密にこれをイスラフェルと定義していいのかは分からない。
ただその特徴からして、イスラフェルとサンダルフォン、どちらもの因果を有してしまっている。
マリの存在は、予想以上に因果律に対する干渉を行っていたようだ。
更に言うと、アスカが居ないという事実はやはり少なからぬ危険すら孕んでいたということである。
幸いなことに今回、エヴァ初号機と碇シンジのコンビは見ての通り圧倒的な強さを誇っている。
しかしながら、狂い始めた運命の歯車に流されない程の強さがあるのか、というと、自信は持てない。
最悪の場合は前史におけるゼルエル戦で一度だけ発生した、シンクロ率四百パーセントの覚醒状態であれば……
そうでなくともサキエル戦の時に見せた暴走状態程度でも恐らく目の前の使徒もすぐに倒すことは出来るだろうし、
何より初号機はこの世界の殆どの人物が想定している初号機ではない。前史であらゆる使徒を叩き潰し、
シンジとの親和性も想定より遥かに高い「あの」初号機なのである。
戦闘力としても想定された数値よりもはるかに高いはずである。
が、そのような力を発揮して怪しまれないかと言ったら流石にかなり厳しい。今更感もあるが、余り大きなアクションを起こしすぎる訳にもいかない。
どうしたものだろうか……と思ったが、その解決の糸口は意外にもすぐそこにあった。
「あら、私は二体では貫通できない、と言っただけよ?」
「え?」
一瞬、どういうことかと訝しむシンジ。しかし、その論は驚くほど単純であった。
「二体でダメなら三体、という訳よ。
零号機、初号機、弐号機の三体のエヴァによるコアへの荷重攻撃ならば外殻を貫通、コアを破壊できる。マギも全会一致でこの作戦を推しているわ」
「……三体、ですか」
「ええ。勿論、タイミングは合わせないと瞬く間にコアは復活するでしょうね……でも、成功率三十三テン四パーセント、今のところは最も高い数字が出ているわ。
ミサトにもこの作戦は既に伝えてあるから、正式な伝達があるはずよ」
「……分かりました」
「恐らく、使徒が完全に回復するまで十日ほど掛かると予想されるわ。体壊さないようにね」
「はい」
前回と同じ使徒であれば、勝率は九割以上であっただろう。
しかし……前回と同じ使徒の要素があったとしても、それが融合しただけで半分未満にまで落ちる……
この世界に来て、ラミエル戦終盤とも似た一縷の不安が浮かび始めたシンジであった。
その頃、本部にて突如その力を発現した第八の使徒に対する作戦会議を行っていたミサトは頭を抱えていた。
無論、目の前に現れた強敵に対して、ということもあるが……
「……ぬぁんでリツコの方が速く確実な戦術を思い浮かぶのよぉおおお!
予約してた温泉も結局無駄になっちゃったしぃ……」
どうやら、前史同様に温泉も確保していたらしい。
が、サンダルフォン、もといイスラフォンの襲撃により、予約していた温泉施設近辺の街が一部壊滅した。
文字通り灰燼に帰してしまったということである。
「まあまあ葛城、そういうこともあるさ。作戦を考えるのは作戦部の仕事ではあるが、他の部署がやってはいけないということもない。今回は認めていいじゃないか」
「うぐぅ~…………
って加持君? 貴方をこの作戦会議室に招待した覚えはないわよ?」
「おっと」
ネルフにおいては、各部署における情報というのは公式なもの以外は基本的にその部署内でのみ扱い、特に会議の情報などは他には極力漏えいさせないようにしておく。
特務機関ならではのいわばルールのようなものが存在していた。
その為、リツコやミサトなど余程立場のある人間でない限りは、こうして他部署の人間が会議室に入り込むのは禁止とまではいかずとも半ばタブーに近い。
もっとも作戦部については作戦案をとにかく考えるのが仕事なので、作戦案自体がボツになったらそこで終わり。情報自体としての価値は消失する。
が、そこは日本の組織である。効率などよりも形式を重んずるセカンドインパクト以前の日本の風潮はこういうところに活きていたのだった。
となれば、当然ここに加持が居るのは形式としては拙い事態でもあった。一応立場はミサトたちと殆ど同等だが、飽くまで形式上の物である。普段は別のところで働いているのだから、二人ほど良い目で見られるという訳ではない。
捕縛されたりするほどのことではないが、評価としては下がりかねなかった。
コレが普通の職員などならばともかく、葛城ミサトという本命をキープしつつ様々な方面にも魔の手を出すプレイ・ボーイたる加持にしてみると他部署で自分の評価が下がるのは少しいただけない。
「……参った。ビール二本で手を打とう」
「……五本」
「……三本」
「五本」
「……太るぞ?」
「五本」
「……」
「……」
「……分かった、俺の負けだよ葛城」
「へへっ、やーりぃ! じゃあついでにもう三本!」
「もう何本でもいいよ、うん」
やれやれ、と言わんばかりに首を振る加持。
ただ、この緊急時に似合わぬ可愛らしい笑顔を浮かべるミサトの顔を見て財布のひもを緩めてやろうという気にもなった。
ネルフにおいては、このようなことが起きた場合はそこの隊の長に何らかの「恩返し」をするのが通例であった。
作戦部の場合は、このように部長のミサトに酒を奢ることでそうした事態を回避するのが定石になっているのであった。
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所変わって葛城邸。
シンジがネルフを出て十分位したところでミサトに呼び出されたので行ってみると、既にレイ、マリはそこに居た。
そういえば、ミサト宅に来るのはこの史ではこれが二回目だった。
二回目、なのだが……やはりと言うべきか、凄まじい部屋というのが率直な感想だ。
一応三ヶ月ほど前に行ったときに大掃除をしたものの、それから今日まででまたも魔窟に戻ってしまっていたらしい。
そこらじゅうにゴミ袋が散乱しており、ビールの空き缶もテーブルの上で放置されている。
果たして彼女の同居人の一人、いや一匹である温泉ペンギンのペンペンは無事だろうか。時折黒い塊が冷蔵庫付近を蠢いている姿が見えるが、果たして彼はペンペンなのだろうか? それともペンペンだった何かになってしまっているのか。
時々「グェー、クワワンゴォ……」などとペンギンの物とは思えない呻き声が聞こえてくる。
仮に彼がペンペンだとして、彼の明日はどっちだろうか。
「それでは、先のユニゾン攻撃に備え、シンちゃん、レイ、マリの三人でこの部屋で一緒に暮らしてもらいます。何か質問はあるかしら?」
「はい! ミサト先生!」
「なーに?」
「こんな小汚い部屋に住みたくありません! 大体ミサトちゃん、もう三十路なのにこんな汚部屋とか加持君に嫌われちゃいひゃいいひゃいみひゃとひゃんわはひははうはっはへふ」
「よ・け・い・な・こ・と・は・言・わ・な・い!」
「ほへんははいほへんははい!」
開口一番ミサトの提案にはっきりと文句をくれてやるマリだったが、ミサトに思いっきりうにゅーっと頬っぺたをつねられて完全になにを言っているのか分からなくなる。
謝っているということはどうにか伝わったらしく、ミサトはパッと手を離すと再びこちらに向いた。
「全く……シンちゃんやレイは、何かないかしら?」
「僕は特に何も……綾波は?」
「私も特に問題はないわ」
内心では二人ともこのとんでもない汚部屋に住むのは勘弁願いたかったのだが、これ以上何か言ってミサトの闘争心に火をつけるのは単なる自爆行為だ。
「よーし。それじゃあ三人とも。これが今回の作戦で使用する曲よん♪
これ聞いたことない? 結構有名なクラシック曲なんだけども」
ガチャ、っと旧世代的な音と共にCDプレイヤーから音が流れ出す。
前回と全く同じあの曲である。
マリとレイの二人は普通に聞いている風であったが、シンジとしては内心この曲に感動してもいた。
嗚呼、なんと懐かしいことだろうか!
あの時はアスカと踊ったのだった。
殴られたり蹴とばされたり踏まれたり抓られたり叩かれたりしたけど、あの一週間で確実に自分とアスカの距離は縮まったように思う。
全体的に見れば悪いことの方が多かった気もしないではないが、
何となく惣流アスカ・ラングレーという一人の少女の姿が垣間見えた、そんな一週間でもあった。
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ペアルックで踊る、二人。
最初のうちはてんでダメだった。
でも、あの日。皆が家に来たあの日。
「い~ぃかああありぃ~君! 追いかけて!」
洞木ヒカリの言ったあの一言が、確実に彼女との関係のターニング・ポイントになったと思う。
追いかけた先のアスカは、意外にも気丈な少女のままだった。
「なあに甘いこと言ってんのよ、男のくせに! 傷付けられた、プライドは、じゅ~う倍にして返してやるのよッ!」
サンドウィッチを頬張り、それをコーヒーで流しながら、夕日に照らされて語る彼女。
何とも彼女らしい態度だったと、今でも思う。
そして、その横顔に得も知れぬ感情を覚えていたことは、今でも忘れない。
それからの数日間で、距離はグンと近づいた気がする。結局喧嘩ばっかりだった気もするけれど、それでも。本質的なところでどこか近づいたような感覚はした。
特に忘れられぬ、最後の日。
特に思うところがあったわけではないが、何となく消灯してからもS-DATで音楽を流していた。明日は決戦。それは分かっているのだが、いや分かっているからこそ何時もの通りの過ごし方になってしまう。
でも、その夜はやっぱり何かが違っていた。
「これは決して崩れることのないジェリコの壁! この壁をちょっとでも超えたら死刑よ!」
そんなふうにして、拒否してきたくせに。
有り得ないことだと思っていたが、後ろの方で、何か物音がする。ドサッと。
振り向かなくても分かる。この家に居るのは、他に一人。いや厳密にはもう一匹いるが、流石にこの時間に起きているということはほぼあるまい。
ともすれば、やっぱり。
いる。
微かに香る、少女特有の芳しい匂い。
流れるような長髪。
目の前の潤んだ唇。
胸元がはだけにはだけた、あまりにもラフな寝間着。
アスカが、居る。
思わず指に力が入り、S-DATを再起動してしまう。逆再生を繰り返し、奇妙な音が耳の中に鳴り響いていた。
それよりも。
彼女は……僕のことが嫌いではなかったのか?
寝ぼけてトイレに行くほど隙のある女だとも思えないし、寝ぼけていたとしてもわざわざ自分のところで眠りこけるなどということがある筈がない。
じゃあ、一体どうして、僕の後ろに居るのか?
ジェリコの壁。いわばATフィールドを言い換えたような、そんな壁を確かに作っていた彼女が、何故こうしてここまで無防備な姿を僕の前にさらけ出しているのか。
何か間違いがあっても、確実に勝てるから?
そうかもしれない。軍人上がりの彼女なら、素人の僕など性別の壁は悠々と超えて蹴散らせるだろう。
でも、彼女のプライドがそれを許すだろうか。
これまでは雑魚寝だったのに、ミサトさんが居ないという理由だけで別の部屋に行って、びしっと扉まで閉めて。そんな風に僕を拒絶したアスカが、こうして僕のすぐ目の前で、無防備に寝ている?
有り得ない。
じゃあ、どうして?
分からない。
分からない。
分からない。
気付くと僕の視線は、彼女の唇にあった。
呼吸に合わせて、周期的に動くソレ。
何時もは何かと僕の悪口を紡ぐ憎たらしい唇が、今こうして隙だらけで。
完全に、ただ寝ているだけの普通の女の子のそれになっている。
でも生気は決して失っておらず、扇情的な柔和さを保っている。
きっと、彼女のプライドの高さから、誰もまだこの唇を奪ってはいないのだろう。
でも、それが今無防備に目の前に存在している。どういうことかは分からない。でも、僕はもう止まることはなかった。
しっとりと、
ぷるりと、
やわらかな、
アスカの、
くちびる。
ゆっくりと、距離が狭まってゆく感覚。迫ってくる、彼女そのもの。
心臓が早鐘を打っていることにも気づかない。
突かれたら一瞬で張り裂けてしまいそうなほど、その間隔は狭い。けど、気付かない。
それ以上に、目の間の彼女に対する、異常なまでの興奮と背徳感が僕を包んでいた。
じっとりと、汗が流れ落ちる感覚。当たり始める彼女の吐息。
いよいよ以って、その距離が零になる。その柔らかな感覚、その暖かさ……
「……マ……マ……」
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「……ん? シンちゃん?」
「わんこ君、わんこ君?」
「へ? あ、はい?」
「どうしたの、ぼうっとしちゃって」
「あ、いえ……気にしないでください」
シンジはつい、思い出に耽ってしまっていたようであった。
「そう? ……で、どうだった、BGMは」
「……悪くはないにゃ」
「それはよかった。シンジ君とレイは、どう?」
「いいと思いますよ」
「僕もそう思います」
「なら良かったわ。じゃあ、その曲でちょっと頑張ってちょうだいねん?
作戦開始は十日後だから、それまでしっかりね。じゃ、あたしはネルフに戻るから」
そう言って手をひらひらとさせながらミサトはそこを出た。
「さて……ミサトちゃんも行ったし」
「やりましょうか」
「ええ」
前史同様に、ユニゾン攻撃の訓練が始まる―――――
「掃除。始めよっか」
「そうね」
「はい」
のは、数時間後のことであった。
片付けの最中、唐突に脳内に声が響き渡る。
『……シンジ君』
「(あ、カヲル君。何?)
『その……さっきの。君って意外と、スケベなんだね。好意に値するよ』
「(えっ?)」
『だってユニゾンの一週間は他にも色々とあったじゃないか。なんであのシーンだけ六十二秒という限られた時間内であそこまで鮮明に……』
「(……君が何を言ってるのか分からないよカヲル君!)」
日「こんにちは。日向マコトです」
青「青葉シゲルです」
伊「伊吹マヤです」
チャン♪チャンチャチャンチャンチャンチャンチャン、チャン♪
チャン♪チャンチャチャンチャンチャンチャンチャン、チャン♪
青「えっと……アレだな、コレオープニング向けじゃなくね? サードインパクト起きかけてるけど」
伊「翼が……十五年前と同じ」
日「ドンドンドコドンドンドンドコドン……」
青「どうしたマコト、急にブツブツ言いだして……あ、アレ? 貴方は確か今日はシンクロテストでは」
日「ん?」
伊「あーあ」
日「えっ何々」
青「後ろ、後ろ」
リツコ「……日向君? 聞こえているわよ」
日「……ハイ」
リ「……本日フタマルマルマル、実験室においでなさいな。『とっておき』あげるわよ」
日「…………フルボッコだドォオオン」
数分後
日「」
リ「……マヤ、そこの眼鏡スタンドにフタマルマルマルから投薬実験、やるわよ」
伊「はーい♪」
リ「ああそうそう、此間言った実験も今日やるから。水分はたくさん取っといてね」
伊「! は、はいぃ……」ポー
青「…………うん。アレだな、色々。なんか前回の訳の分からない茶番の時からマヤちゃんが変な方向に目覚めてる気がする」
伊「え~気のせいですよぉ♪」
青「……というかおいマコト、流石に始まったばかりだからいつまでも死んでないで起きろ」
伊「まぁ、ほっといても起きるから大丈夫でしょう」
日「そういえば、ついに一万人を超えたらしいな、視聴者数」
伊「ほら起きた。まぁそうですね、一万人超えは有難いことですぅ」
青「そーだなぁ。これからも宜しくお願いします」
伊「まぁ、登竜門は超えたということで次は十万人を目指しましょう!
それじゃあ一つ目の質問。
まず『青葉君の葛城さんの呼び方って「ミサトさん」じゃないですか?』ということですが」
青「えっそうなの!?」
日「いや知らねえよ、お前しか知らねえだろそんな事情」
伊「色んな意味でセカンドインプレッションですねホントに」
青「うーん……いや、そうなの? ふつーに「葛城さん」って呼んでたんだけど。ミサトさんって呼ぶほど親しくなった記憶ないんだけど。てか、え? ってことは赤木博士も実はリツコさんって呼んでたりするの?」
伊「その呼び名でセンパイのことを呼んだら青葉君のふぐりの残存電力をゼロにして予備も動かなくしますよ」
青「ま……マヤちゃん? 最近なんかすさんでない? 疲れてるの?」
伊「ああ、ごめんなさい。本当はあのメガネスタンドがいつもラジオで面倒くさくてついイラついてました」
青「あ、ああそう……」
日「え、なんかさり気なくディスられたんだけど」
伊「まぁ、知らない人からすればどーでもいいでしょうね。じゃあ次行きましょっか?
えー……
『魂のルフランの間奏のコーラスで「碇シンジ」って聞こえないですかね?』とのことですが」
青「ああ確かに」
日「そう言われればそう聞こえなくもない」
伊「ですね」
青「……」
日「……」
伊「……」
青「…………いや、これ魂のルフランの作曲者に聞かないと分からなくね?」
日「うん、というか「碇氏」って言ってるようにも聞こえるから司令のことかもしれないし」
伊「まぁ……俗的な質問をされても困りますよ!ということですね。
それでは最後の質問ですね。え~と……『マリが痴女すぎる気がする』とのことですが」
青「……」
日「……」
伊「……」
青「……って! 今日もう二回目じゃねえかよこの沈黙! 黙ればいいってもんじゃねえだろ!」
伊「いや、完全に沈黙してからの暴走・覚醒ってよくある話じゃないですか」
青「何それ!? 何、マリちゃんの痴女っぷりでマコトが暴走するとかそういう話!? 使徒襲来ならぬマコト襲来なの!?」
日「いや待てシゲル、なんで俺が暴走することになっている。むしろお前の方が今暴走しているように見えるんだけど」
青「いやだっていつものことじゃんねぇ」
日「いや、いつも暴走はしてないけどな」
青「いやしてるからね? 前回のマヤちゃんなんて比べ物にならない暴走行為してるからね?」
日「えーそうかなぁ」
青「……まぁ、今回は確かに暴走していないな、うん。それは認めるよ」
伊「いいことですぅ」
日「全く、暴走とかなんだか何の話か知らんが……ああそうそう。そういえば最近も新しいアニメ作ったんだ、「小物使徒!いろうるちゃん」って言うんだけどさ」
青「ああもういい、もう喋るなお前。言ってる傍から暴走始めてるよ!
最近お前の暴走のせいでこのラジオめっちゃ時間伸びてんだよ? たまには短く済ませないと色々拙いだろ!
マヤちゃん、とっとと次回予告に移ってくれコイツの暴走が本格的になる前に、サキエル倒す前に早く」
伊「そうですね~。葛城さぁんお願いします」
葛「はいは~い♪
『始まった三荷重攻撃の為のシンジ・レイ・マリによるユニゾン訓練は順調に進んでいた』
『しかし、使徒の回復力は三荷重攻撃で想定される破壊力をも越えんとするものがあった』
『そこで提唱される真希波マリ・イラストリアス直伝の「拳法」とは一体なんなのか』
『次回、「ネオンジェネ・エヴァンゲリカルテット」さぁ~て次回もぉ?』」
「「「「サービスサービスゥ!」」」」