やはり妹の高校生活はまちがっている。   作:暁英琉

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比企谷八幡はイメチェンを言い渡される

 明くる月曜日、俺はいつも通り学校へ行き、いつも通り過ごしていた。俺はそうしようとしていた。

 土曜日から小町の様子がおかしい。あまり目を合わそうとしないし、いつも明るい小町には珍しく言葉数が少ない。いままでより微妙に距離を取っているようにも感じられる。ひょっとして、お兄ちゃん気付かないうちに小町を怒らせてしまっただろうか。

 しかし、十五年一緒だった兄の目には妹が怒っているようには見えない。

「なあ、小町」

「ひゃぃっ!?」

 声をかけると大体こんな感じである。お兄ちゃんそんな声出す小町ちゃん知らないよ? 

「大丈夫か? ずっとそんな調子だし、やっぱり体調悪いんじゃないか? 保健室で休むか? なんなら帰る?」

「い、いや! 大丈夫……です」

 なぜ敬語? お兄ちゃん妹にまで敬語使わす気ないんだけど。ひょっとしたら大志が何かやらかしたのかもしれない。大変、今すぐブッ飛ばさなきゃ。疑わしきは罰する。まあ、大志ごときの行動で小町がこんなになるとは思えんけど。

 チャイムの音が聞こえる。どうやら五時間目の予鈴のようだ。教室に戻らせるために小町の方を見ると、なんだこいつ全然弁当食べてないじゃないか。そういえば、最近やけに小食な気もする。

「小町、ひょっとしてダイエットしてるのか? お前別に太ってないんだし、無理なダイエットは身体に毒だぞ?」

「え? あ、いや、違うよ!? 別に小町ダイエットしてないし! ちょっと食欲がないだけだから! あ、もう時間だね! じゃ、小町行くから!」

 慌てたときの雪ノ下並みの早口でまくしたてると小町はそそくさと教室に走って行った。八幡分かるよ、小町の様子がおかしいって。しかし、なぜおかしいのかが分からない。兄妹でも分かり合えないのに、人間関係とか構築できるはずもないな。うん、俺がぼっちなのは正しいのだ。

 

 

 どうしてお兄ちゃんと一緒にいるだけでこんなに緊張してしまうでしょうか。いや、いままでだって不意に優しくされたりしてドキッとしたことはあったりしたけどって何を言ってるんだ小町はっ!!

 まともに顔見れないし、話せないし、挙句の果てに身体の心配されるし。ていうか、なんで小町だけドキドキしてるの? お兄ちゃんはいつも通りでずるい! ……いや、お兄ちゃんが悪いわけじゃないの、小町反省。

 休日を挟んで小町の心境と周りの一年生女子の空気が変わってしまいました。土曜日の新入生歓迎会はおおむね成功って感じで、参加した子たちはコミュニティを拡大、変化させていた。そして、女子の話題の半分は校内ナンバーワンの人気を誇る葉山先輩の話題……なのは良いんですけど。

 

 なんでお兄ちゃんの話題が残りの半分を占めてるの……。

 

 たった一日、いや、数時間でお兄ちゃんは一年生の人気を二分してしまった。お兄ちゃんの人気が出るのは小町的にポイント高いけど、なんか――

「なんか面白くない……」

 ハッ!? 何を言ってるの! 別にお兄ちゃんの魅力がいろんな人に知られてちやほやされるせいで小町がほったらかされるかもしれないとか、小町が理解してなかった魅力でせいでお兄ちゃんが人気になっちゃって小町の特別感がないとかそういうのじゃ決してなくてですね! いや……ちょっとそういうのもあるんだけど……。

 不幸なのか幸いなのかはわからないけど、お兄ちゃんの名前を誰も知らないことと、今お兄ちゃんが眼鏡をかけていないこと、お兄ちゃんを見たことのある友達が歓迎会に来てなかったことであくまで「歓迎会にかっこいい先輩がいた」という噂にしかなっていないことだろうか。

 ただ、小町がお兄ちゃんにおでこゴツンされてたところとかはばっちり見られていたわけで――

「ねえねえ、比企谷さん! あの人って誰なの?」

「上級生探しても見つからないの! 教えて~!」

 教室にいるとずっと質問責めにあいます。なんだろ、会話ってこんなに億劫だっけ。人間関係を気にしなくていいからぼっち最高とか言ってたお兄ちゃんの気持ちが少しわかってきたかもしれない。というか、眼鏡一つで見分けがつかなくなるとかお兄ちゃん訳わからない。むしろあの眼鏡が本体まである。

 今のお兄ちゃんを紹介しても、きっと皆お兄ちゃんに失望するだけだよね。お兄ちゃんが勝手に期待されて勝手に失望されるのは小町的にポイント低い。今はただ愛想笑いをするしかないのでした。

 

 

「は? 眼鏡を買いに行く?」

「はい!」

 放課後部室に行くと雪ノ下、由比ヶ浜、小町、そしてなぜか一色がすでにいて、いきなりそんなことを言い渡された。

「一色視力落ちたのか?」

「私じゃなくてせんぱいのですよ!」

 訳が分からん。たしかにあの時こいつらは好印象を受けたようだが、それでなんで常用の眼鏡を用意しなくてはいかんのだ。

「いや、どうやら先輩は眼鏡をかけなくてはならない運命のようなんですよ~」

「は、なんで?」

「実は、あのときのせんぱいが謎の上級生として、今日一日女子の間で話題になりっぱなしだったんですよ~」

 どうやら主に一、二年女子の間で謎の“イケメン”先輩が新入生歓迎会にいたという噂が急速に広がっているらしい。そういえば、今日は妙に下級生が教室に来ていた気がする。まあ、俺がイケメンかどうかは置いておいて、未だに“謎”なのなら放っておけばいいのではないだろうか。謎は謎のまま迷宮入りさせてしまえばいい。もしくは適当に卒業生だったとか噂を流してしまえばいい。

「あのね、お兄ちゃん。小町の方にも質問とかきてて……その……」

 あぁ、小町あの視線の中で俺と話してたし、俺のこと「お兄ちゃん」って呼んでたもんな。謎の先輩=俺の図式につながるのも時間の問題か。

「はぁ、めんどくせえなぁ」

「ヒッキー、ぼっち脱却のチャンスじゃん! しかも眼鏡かけるだけ!」

「アホか。眼鏡かけても俺は俺だろ。中身は変わらんのだから、その程度のことでぼっち脱却とかありえねえ。大体見た目が変わったら寄ってくるやつとかこっちからごめんだわ」

 そもそも俺は元々一人で過ごすことが好きなのだ。読書中に近くでワイワイ騒がれたら殺意が沸く。つうか、イケメンに無条件で寄っていくとか光に群がる羽虫かよ。それに――

「それに、前雪ノ下も言ってたけど、俺は近しい人間が分かっていればそれでいい」

 ま、ぼっちだから近しい人間いないんですけどね、と自嘲して顔を上げると、なんか皆ぼーっと俺を見ていた。なに? そんなに見られたら穴開いちゃうよ。

「け、けど、せんぱいが少なくとも見た目でイケメン評価を得れば、ち・か・し・い私としてはうれしいというか」

 なんで君「近しい」をそんな強調したの? いやまあ確かに近しい人間といえば近しい人間だと思わなくもないけれど。

「そうね。奉仕部にゴミを置いていると思われるよりは良いかもしれないわ。それに、一年越しに平塚先生からの依頼をこなせるかもしれないし」

「ナチュラルに人をゴミ扱いするのやめてくれない? あぁ、そういえば依頼とかそんなのありましたね……」

 俺の性根を直す……だっけ? だから見た目はともかく中身は変わらんて。

「あら、周りの評価が変われば自身が変わる余地はあるのではないかしら? 試してもいないことを頭ごなしに全否定するのは褒められたことではないわ拒否谷君」

「あーはいはいわかりましたよ。しゃーないから嵌められてやりますか」

 どうやらここのメンバー全員俺の眼鏡着用に賛成のようだ。タイマンでも負けるのだから一対四とか余計に分が悪い。俺の立場弱いなおい。

「じゃぁ、早速出かけましょうか~!」

「そうね。部の活動だからすぐに動いた方がいいわね」

「え、全員で行くの?」

 皆手早く荷物をまとめる。なんで皆こんなにノリノリなの? 俺のこと好きなの? そんなことないかハハハ……はぁ。

 諦めて自分の荷物をまとめていると視界の端に影が立つ。見ると一色が何か言いたそうにこちらを見ていた。

「? 一色、どうした?」

「あ、いや実は、眼鏡の件もあったんですけど、もうひとつ別件があったというか……」

 なんだ? まさか眼鏡買った後、生徒会の仕事手伝えとか……良いそうだなーこいつ。

「いや、そんな私がいつもせんぱいを頼るわけじゃないですから。今回はお礼というか」

 新年度早々俺を頼った生徒会長様とは思えない言い草だ。まあ、断れない状況にしてしまっている俺も俺なのだが。

 というか、こいつがお礼とは殊勝な。あ、わかったぞ。お礼をした後にいつもの文言で俺が振られるパターンだな。むしろお礼すらないまである。

 そう考えていた俺のネガティブは杞憂だったようだ。

「あの、この間はプレゼントありがとうございました。それで、その、早速お菓子作ってみたんで食べてみてほしいな~と、思いまして」

 差し出されたのはかわいらしい紙箱。開けてみると中には数個の一口ケーキが入っていた。

「おー、お前の作るお菓子うまいからな。サンキュ。けど、誕生日プレゼントなんだからそんなに気にしなくてよかったのに」

「ほ、ほらあれですよ! 葉山先輩に今後上げる機会もありそうですから、その実験台的なのも兼ねてるんですよ、うん」

「お前も相変わらずな。一つ食べてみてもいいか?」

 許可をもらって一つ口に放り込む。パウンドケーキかと思ったら、中にホイップクリームとカスタードクリームが入っているようだ。甘さ控えめのスポンジとふわっと広がるクリームの甘さが口いっぱいに広がる。

「ど、どうですか……?」

 少し不安があるのか、一色は自信なさげな上目遣いを送ってくる。いつもは自信たっぷりなくせにこういうときにそのギャップはずるい。一色め、日々あざとかわいさを磨いているようだな。恐ろしい子!

「ん、うまいぞ。やっぱお前お菓子作るのうまいな。ただ、俺は甘党だからこういう甘いの好きだけど、甘いの苦手な奴にはもう少し甘さ控えめにするといいかもな」

「ひゃっ! な、なるほど……」

 ここ数カ月で俺と一色のコミュニケーションの仕方はだいぶ変化している。一色がボディタッチを多用してくることと、あざとかわいくなった一色に対して俺の対小町スキルが次々とオート発動してしまうせいで、今ではだいぶ物理接触が増えたように思う。今も特に意識せず一色の頭に手が伸びていた。

「いろはちゃん、ずるい……」

「これは予想以上の伏兵ですね」

 こいつらは何を言っているのかわからん。>そっとしておこう。

 そういえば、さっきからやけに静かな雪ノ下はどうしたと思い目を向けると、じっと俺を見つめていた彼女と視線が合う。

「なんだよ……」

「いえ、そういえば最近お菓子はあまり作っていないし、甘党谷君に試食をしてもらうのもいいかと思っていただけよ」

「ん。まあ、お前料理めちゃくちゃ上手いからな。ご相伴に与れるなら頂くのもやぶさかではない」

 そっ、と返す雪ノ下はどこか満足そうだ。ちなみに甘党は別に悪口じゃないから全国の甘党さんに謝って。

 視線を感じる。これは……殺気!? 振り向くとニコニコとした由比ヶ浜だった。なーんだ、殺気とか勘違いだった。ヒッキー自意識高ーい。

「ヒッキー、私も今度おか」

「お断りします」

 やべえ、やっぱり殺気だった。笑顔で殺しに来るとかガハマさんまじ狂気。

 なんでー!? と涙目のガハマさんをなだめつつ、俺としてはあまり機会のない大所帯での買い物に向かうのであった。

 

 

 問題

 女性四人男性一人のグループがショッピングモールに来ていたら男性の役割は何でしょう。

 ヒッキー君回答

 荷物持ち。

 正解

 着せ替え人形。

 

 あれれー、おかしいぞー?

 こういう場合女ってやつは最初の目的を忘れてあれかわいーこれかわいーと目移りするのが普通なのではないだろうか。そして俺の両手にどんどん買い物袋がぶら下げられるものだと思っていたのだが。

 実際には顔に眼鏡をかけては外し、かけては外しを繰り返されている。ある意味地獄、主に周りの視線が。レジ近くの女性店員は生温かい眼差しを向けてくるし、近くのベンチに腰掛けている老夫婦はおやおやまあまあとかにこやかな視線を向けてくる。いや、まだこれはいいや。

 男どもの視線が痛い。敵意しかない怖い泣きそう。正直この視線がなくても泣きそうだけど、恥ずかしさで。

 というか、こうして四人を見てみるとそれぞれの趣味とか考え方がよくわかる。由比ヶ浜はカラフルな太ぶち眼鏡ばかり選んでいる。カラーで存在感を出そうとしているようだ。うん、それ俺には合わないんじゃないかな。オタク臭強くなりそう(偏見)

 一色は俺というか男をよく見ているんだろう。彼女の趣味(あざとさアピールアイテム)のようなカラフルなものとは違い、メタリックな銀ぶちなどを選んでくる。シルバーって、男の子だよな。

 雪ノ下はふちなしや一部ふちなしのものをよく持ってくる。合う人間の多いシンプルなデザインを選ぶあたり、こいつらしいというか。誕生日に実用品上げようとするようなやつだもんな。ん? ちょっと雪ノ下さん? なんで耳かけのところが猫のデザインの眼鏡を見ているのでしょうか? さすがに俺それ試着すらしたくないですよ?

 そして小町は多少迷いつつ一つを選んでいた。細い黒ふちに長方形のシンプルなデザイン。メタリックよりも落ちついた雰囲気があり、ふちなしより影に徹しないデザインだ。これが思いのほか俺に合っていた。十年来の友人の用になじむ。そんな友人いないけど。これが十五年連れ添った故の力か。いもうとすごい。

 自分でも思いのほか気にいったのもあり、小町の選んだデザインに決めた。普通の伊達眼鏡では味気ないということで気がついたらUVカットのレンズがはめられることになっていて、お会計はもちろんヒッキー君の自腹。今月の本代が……。

 店を出ると夕飯にはまだ少し早い時間で、駅で解散することになった。

「小町、選んでくれてありがとな。お前らもいろいろ探してくれてサンキュ」

「お礼を言うなら明日から欠かさず付けてきなさいね、眼鏡谷君」

「あー、明日からイケメンが転校してくるって聞いたときみたいな気分だよー」

「これで奉仕部の汚点が消えるわけですね~。いや~、明日が楽しみです~。ではでは~」

 なんか三人とも失礼なことを言いつつ解散する。眼鏡かけただけで汚点が消えるとかメガネエルの浄化効果半端ない。眼鏡だけで犯罪がなくなりそう。まあまあ眼鏡どうぞ。

「ふぅ、帰るか」

「うん」

 自転車にまたがると、小町がおずおずと荷台に乗ってくる。いつもは腰に回される手は俺に肩に遠慮がちだ。昼ほどではないが、やはりいつもとは違う。しかし、変なところで頑固な小町のことだ。一度なんでもないと言ったら前言撤回はしないだろう。

「お兄ちゃん……」

「ん?」

「学校で人気者になっても、小町と仲良くしてくれる?」

 こいつ、何を聞いてくるかと思ったら。そもそも未だに眼鏡だけでイケメンになるっていうのが納得いかないんだけど。

「あたりまえだろ。俺が最愛の妹をないがしろになんかするかよ。今の八幡的に超ポイント高い」

 おどけて小町のまねをすると荷台の彼女はクスクスと笑う。千葉の兄が妹をないがしろにするわけがない。大事な妹を悲しませたくはないからな。

 肩に添えられた両手に少し力がこもったように感じた。

 




眼鏡にたよりすぎている気がする
そもそも八幡の目はいつからDHA豊富になったんだろ、小学校?

高二病患った小学生とか何それこわい

アニメ2期の八幡かっこいいけど、あんまり目が腐ってる感じしませんよね
DHAなくなったら黒目大きくなるのかな(適当
そういう意味ではキャラデザは1期のがよかったかも

1期の小町かわいいしな! 2期もかわいいけど! 一色もかわいいけど!

むむ、1:2で2期が勝ってしまった のっぴきならんな

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