俺が目を覚ましてから更に1週間が経った。
その間に色々な人が訪ねてきたが一番驚かされたのは親父と、母さんだ。恐らく前回は驚きながらも事故の相手の大きさに呑まれていたのかもしれない。
今まで放任主義というか放置主義だったし俺の事なんて気にも掛けて無いと思っていたのだが、小町が俺が目を覚ましたと電話すると駆けつけてくれた。
母さんは泣きながら俺を抱きしめ、親父は見た事も無いような優しい顔で頭を撫でてくれた。
親の温もりに少しウルっときたのは気のせいでは無いかも知れない。
その後はトラックの運転手、助けた子供とその両親がそれに..............そんなけだ。
えっ、友達は見舞いに来なかったのかって。俺はボッチだからな、そんな友達はいねぇよ。
雪ノ下がいたじゃないかって?彼奴は友達じゃねぇよ、関係性を聞かれても答え辛い仲だ。
そして俺は今教室の前にいる。時間は8時35分、早すぎず遅すぎないちょうど良い時間だ。
うーっす
心の中で挨拶をしながら扉を開けて入る。ボッチな俺は目立たない様にしなければならないのだ。
そのまま俺の席に座り、本を読み始めるが何かがおかしい。
そう、静かすぎるのだ。
いつもならトップカースト共が馬鹿騒ぎしそれに習うかのように周りの幾つかのグループが話をする。そんなクラスが今日は静かなのである。更に居心地が悪い事にクラスの視線が俺に集まっている気がする。
そんな違和感を感じながらも俺はボッチで視線を集める訳がない。そう思い授業を乗り越え、こうして奉仕部で本を読んでいる。
ノックが聞こえる。俺は雪ノ下に目配せすると彼女は頷き、どうぞ、と声をかける。
「ゆきのーん、依頼客連れて来たよー」
扉を開けて入ってきたのは馬鹿の子由比ヶ浜だった。由比ヶ浜は満面の笑みで微かに誇らしい表情をしている。
雪ノ下が何か言おうとするのを察したのか由比ヶ浜は手を左右に振って
「ほら、私もこの部活の一員だしさ〜。だから感謝なんて要らないよ」
「でも貴女、部員じゃないわよ。入部届けを貰ってないもの」
俺からしたら予想通りのセリフに唖然とする由比ヶ浜は
「入部届けくらい何枚でも書くよ〜」
と泣き真似?をしながらそう言ってノートを破り丸っこい字で入部届けを書き始めた。
「あのー、由比ヶ浜さん。僕入っても良いかな?」
扉の向こうから声がする。
あっ、と由比ヶ浜の口からこぼれた所を見るに自分で連れてきた依頼人を忘れていたらしい。流石アホの子。
「こちら戸塚彩加君。こっちはゆきのんとヒッキーだよ」
「由比ヶ浜さん、その呼び方は何度も辞めてと言ったはずよ。初めまして、戸塚君。用件を教えて貰ってもいいかしら」
..................。
「ではあなたの依頼は自分を強くして欲しいというのでいいのかしら?」
「うん、よろしくお願いします」
それから昼休みに鬼の特訓が行われる事になったのはいうまでも無い。期限は2週間という事が唯一の救いだろう。
「はぁ....はぁ.......はぁ。つかなんで俺までやってんの?」
そう。気づいたら俺も一緒に走り、筋トレし、ボールを打ち続けている。
「競う相手がいた方がやる気になるでしょ。それに貴方少し鍛えた方がいいわ」
「はは.....は。巻き込んじゃってごめんね。比企谷君」
「お前が謝らなくてもいいんだ。それにこれも依頼の一種だと思えば問題ないしな」
それにしても戸塚は体力が凄い。入院して少し落ちているとは言え、結構鍛えていたはずの俺と同等の体力を持っているのだ。其れこそ努力してここまでになったのだろう。それを見た雪ノ下は素振りをさせるが、フォームも整っていて文句の付け所がない。雪ノ下は
「体力面は良さそうね.......。じゃあボールを使って練習するとしましょう」
といい、右手にラケットを持ち反対のコートからボールを打ち始めた。
.........所詮は振り回し練習。されど振り回し練習だ。
雪ノ下は全力を出せば取れるギリギリにボールを出してくる。そんな極限状態を長く続けられる訳は無く、ものの3分で休憩に入る。
籠一杯に入っていたボールは半分ちょっと手前くらいの量になっている。半分しか打てなかったのかと思う者もいるだろう。ただ極限状態を3分も続けていたのだ。そこからは戸塚の覚悟が見られた。
人間というものは楽なものに流れる生き物だ。少し手を抜けば一カゴ打てるかも知れない。だがそれでは意味がない。一度低きに流れた人間はそれからずっと流れてしまう。
戸塚が休憩している間は俺の振り回し練習になる。
俺は残り半分のボールで振り回され、なんとか全てを打ちきるとボール集めに入る。
休憩していたはずの戸塚はいつの間にかボール集めに加わっていて話しかけてくる。
「比企谷君って凄いね。僕より早いペースで僕より打てるなんて」
「それを言うなら戸塚のここまでの努力を褒めるべきだ。並大抵の努力じゃここまで来れないはずだからな」
「でもやっぱり君みたいな人がいたら意識が変わるんだろうな..........。」
「俺がテニス部に入っても変わりゃしないよ。ただ俺を排斥しようとする動きができるだけだ。後から入ってきたくせに生意気だってな」
ソースは俺。
と心の中で呟くだけにする。
中学の頃だった。
最初は良かったんだ。ただ日を重ねるにつれて俺と練習したくないと言い始め、無視が始まる。打つ相手はいなくなり終いには陰での悪口、直接的なイジメが始まる。
誰一人として俺を越す努力をしなくなってしまい、俺が退部すると喜んでいた。
ただ練習そっちのけで俺を排除していた奴らは部での結果も勉学での結果も出せない人間に成り下がっていたが。
「そうね、比企谷君の言う通りだわ。しかも誰一人として努力をして追い抜こうと考えずに陥れて蔑もうとする。貴方みたいな人は貴重だわ」
といつの間にか後ろで会話を聞いていた雪ノ下が告げる。
俺もそう思う。戸塚みたいに自分が頑張るという考えになる者は極少ない。まあ戸塚以外にも知っている限りで3人はいるんだが。
「雪ノ下もう休み時間も終わるしここまでだ」
「そうね。じゃあ毎日こんな感じでいいかしら、戸塚君?」
「うん、ありがとう。これからよろしくお願いします」
こうして俺たちの鬼のような特訓が始まった。由比ヶ浜は何してるのかって?私も走る〜って言って途中でへばってたって事と雪ノ下に連れられてどこかにいったって事しかわからんな。