『ね、ねぇ~八幡。今日も行くの?今日ぐらい良くない?』
「良くねぇよ、こちとら留年の可能性があるんだぞ」
平塚先生に連行された日から数日が経っていた。留年の事は次の日平然と帰ろうとした俺に告げられた言葉だ。職権乱用じゃないですか?平塚先生。とにかく進級を盾にされたら逆らうことなどできず俺は休めていない、残念だ。
「お前も嫌ならそこら辺ぷらぷらしてていいんだぞ?」
『……そっちのがヤかな』
「じゃあギャアギャア言うな」
『むー』
そんな会話している内に部室に着いてしまった、やっぱりスポルトップが欲しいから自動販売機のあるところまで戻ろうか。そうだそうしよう、あいつに滅多刺しにされる時間が僅かばかり減るし。
「……そこにいるなら、入ってきなさい」
「え、あ、はい。……こんにちわ」
扉の向こうから入室を促す声が聞こえてきた。おかしいな、物音なんて立てなかったと思うがまさかこいつ気配を読むなんて言わないよな?俺も何と無くわかるがそこにはやっぱり音も必要だ。……まあ、いいか。今日もボコボコにされますかね、今日も凶とて世界は平和だ。
「……あら? 一人?」
「は? 俺はいつも一人だろ?」
何を言うんだこいつは、実際はもう一人幽霊がいるがこいつには関係ないな。いやその幽霊は関係者だけど。……マジで気配読むのか?
「そうだけども……、思い違いかしらね」
「だろうな、少なくとも俺の周りに人はいなかった」
『うん、わたし以外いなかった』
お前は人じゃないと言ったら怒るかな。ツッコミを入れたいが目の前に雪ノ下がいるから喋りかける訳にはいかない、ただでさえ噂になっているらしいからな、迂闊に会話はできない。……サラッと「俺はいつも一人~」の部分肯定したなこいつ!?
「さて今日も丸々読書だな」
『わたしはどうするかな~』
ハルはこういう時不便だよな。家だとリビングでテレビ見たり我が家の本棚を漁って俺の部屋で読んだりしてる訳だが、流石に机に本一つおいて風で捲れましたは出来ないしな、不自然すぎるにも程があるしよ。
「なあ……、雪ノ下」
「何かしら」
「俺が入部するまで何回ぐらい依頼あったんだ?」
これから頻度を割り出しこの部活の重要性を平塚先生に説けば釈放されるかもしれない。問題は話を聞いてくれるかどうかだな、あの人ティガレックスより狂暴だもん。目の前に生肉置いたらそっちに目標変えそう。……本人に言ったらキャンプ送りにされるな。
「そう、ね。……黙秘権を行使するわ」
「悲惨な状況なのはわかった」
『歯に衣着せぬ言い方、だね』
だってこいつ相手に言葉選ぶとか自己防衛の時で十分だ。だがここでキレられたら言葉選んで謝罪する、……俺弱いなー、もう少し頑張れよ。
こんこん
控えめなノック音が部室に響いた。チラリと雪ノ下を見やると久しぶりの依頼か初めて依頼の嬉しさで瞳をキラキラしてた、子供か。こいつも経験が薄い部分でもあるんだろうか、ハルみたいに。
「どうぞ」
「し、失礼しまーす」
雪ノ下が許可を出すと緊張した面持ちの少女が入ってきた。肩までのピンクに近い茶髪にゆるくウェーブを当てて、歩くたびにそれが揺れる。視界もユラユラと揺れて俺と目が合うとヒッと息をのむ、傷つくなオイ。
「な、なんでヒッキーがここにいるのよっ!?」
「……申し訳ありませんが、俺部員だし」
ヒッキーのことはとりあえず不問にしておくが誰だこいつ。少なくとも話したことは無い、視界に入った事はあるだろうか、あったとしても認識はしたことないな。
『由比ヶ浜結衣ちゃん、一応同じクラスだよ?覚えてない?』
首を傾げているとハルが耳打ちをしてくる。いやぁ、お恥ずかしい事にサッパリ覚えていませんな。まず俺のクラスが何人で構成されているかも記憶してない、少なくとも俺の前に28人はいるわけだが……。
「まあ、椅子でもどうぞ」
由比ヶ浜結衣の特徴をざっと確認しながら席を譲る。全体的にチャラチャラかキラキラ、要するにギャルらしい。他にも校則を最後のガラスより容易くぶち破る様な制服の着こなしをしている。最大の特徴は部長の雪原と違って豊かなマウンテンだ。、
「ありがと……」
「それで、本日はどの様なご用件でしょうか。由比ヶ浜さん」
接客慣れていないのはわかったからもう少し普通に喋ってやれ、由比ヶ浜の奴ポカーンとしているぞ。
「あたしの名前知ってるんだ……」
「そこか?」
『そこなの?』
そこなのか?雪ノ下の事務的すぎる態度とかツッコむところだろJK。まあ由比ヶ浜にとって雪ノ下に名前を知られているのはステイタスになるなしい。ちなみに俺の場合は名前を知られてステイシスだ、水没する。
「あっ!それで依頼は……、えっと……」
ちらりちらりとこっちに視線を寄越される、出てけと言う意味だろう。何ならそのまま家まで出て行ってもいい訳だがこの部長様が許してくれるとは思えない。独裁政治を繰り返してはならないと思います。
「ちっと、自販機行ってくるわ」
「私には野菜生活を」
「……あいよ」
パシリとは酷くないですか部長。まあいい、飲み物買ってハルと話しながら帰れば丁度いいだろ。あの部屋は女の子率が高くて気疲れするぜ、だって女の子率66%だぜ?しかも俺は空気みたいなものだから実質100%だ、あんたもそう思うだろ?思わないか……。
『ガハマちゃんの悩みはなんだろうね』
「ガハマちゃんって……、由比ヶ浜のあだ名か?」
『そだよ?語感が好き』
そんなにいいかガハマちゃん、俺はガハマさんを推すが。……これは何時か激しい対立の種になるかもしれないな。
「まあどうせ、彼氏がドーとか友達がアーとかだろ。ハイハイ青春青春」
『つまんないね、ところで八幡はガハマちゃんに何かしたの?』
あー、目が合ったら息呑まれたな。ハルと俺が一緒にいないのは精々トイレ中かハルが好まない授業中だが、どちらにしろ顔ぐらい覚えそうだ。だとしたら入院前になるわけだが……、サッパリわからん。
「心当たりはないな」
『同じ中学だったとかは?』
もしかしたら髪を染めたりメイクをしたから認識出来ないだけで折本とかのグループに属していたのかもしれない、だとしたら俺の黒歴史を知る超危険人物になるわけだ。……今のうちに毒でも盛る方法考えるか。先手必勝と言うだろ?
「可能性は薄いな」
『なんで?』
「俺の中学から総武にくるのは精々一人。多くて二人だからな。俺の時は一人だったらしい」
『薄いどころか0じゃん』
「裏口とかで秘密裏に入学しなければ、な」
だから薄いだ。まああいつの努力を否定したい訳じゃ無い、あくまで『もし同じ中学だったら』の仮定話だ。その仮定を引っこ抜けば幾らでも答えは出るだろ。
『ふぅん、よくそんなところまで思考が回るね』
「よせやい、そんな褒めるな」
皮肉のような気もするが照れておく。何だかんだでこの性格は気に入ってるからな、面倒事も多いがそんなことで変える気はさらさら無いぐらいには。
『でも裏まで読むのはいいけど表を忘れちゃダメだよ?』
「……覚えとく」
こいつは時に経験の薄さからかコーティングされていない、核心を突いた言葉を言う時がある。そういう言葉を言われた時は改めてこいつが居て良かったと思う、絶対に本人には伝えないがな。照れるし何より意識されたら言葉の意味が軽くなる。
『そろそろ戻ってもいいんじゃない?』
「そうだな、……部活中は退屈させて悪いな」
『いいのいいの、雪乃ちゃんといられる時間だから』
ハルから聞いた話、自分だけで雪ノ下に接触するのは負担がかかるらしい。聖心的ないい子だからと胸を張っていたのを覚えている。雪ノ下も十分謎と言うか不思議と言うか、とにかく超常的だな。
「ん、帰りに本屋寄っていいか?」
『いいよ、何かの発売日?』
「いんや、新しいの読みたくなっただけだ」
『ふーん?』
よせよせ、そんな目で見んな。お前に買ってやる予定は今のところないから。とりあえずハルが学校でもできる事考えてみるかね、アニメとかなら自然だろうけど運ぶの面倒だしな。だから本は……。いや目先の事考えねば、まずは由比ヶ浜に毒を盛っておこう。
分けます