囲碁部の夏の大会終了辺りまで少しずつ加筆していく予定です。
H27.6.16:ルールの間違いをご指摘頂き、修正しました。
H27.6.20:加筆しました。
季節は春。
それぞれの中学校へ進学したヒカルとアキラはいつものように碁会所で打っていた。
「部活の大会?」
「そう。俺、囲碁部に入ったんだ。夏の大会に出る!」
「中学に入ったら院生になるって言っていたじゃないか。院生は大会に出られないぞ。」
「わかってる。その大会が終わったら院生になるよ。」
「…何故、君ほどの実力者がわざわざ部活なんかに…院生になる必要も僕は納得していない。」
「俺、お前のそういう所、駄目だと思う。だから友達が少ねーんだよ。」
「余計なお世話だ!」
アキラは声を荒げると同時に強い音を立てて碁盤に石を打った。
「…っげ。とうとう二子じゃキツくなってきた。」
「二子の置石で僕の勝率が五割を超えた。次からは定先逆コミで。」
「そうだな。…お前、強くなるの速すぎ。」
もう少し上手で居たかったのに、とヒカルは小声で呟いた。
『そういう風に調子に乗っているから、あっと言う間に追いつかれるんですよ。』
(…うっ。お前、最近、俺に対して辛辣だよな。)
『私もアキラと同じで勿体無いと言っているんです。』
子供のように拗ねる佐為にヒカルは小さく微笑んだ。
「…じゃあ、時間的にも次が最後かな?」
「おう!互先じゃ、まだまだ負けねーぞ!」
力量に差があるヒカルとアキラはアキラにハンデを付けてアキラの勝率が五割を超えたらハンデを一段階減らしていくという打ち方をしていた。
そして、その日の最後の対局は互先で締めくくる。
ちなみにハンデの段階は、二子局→定先逆コミ→定先→互先、としている。
「…ありません。」
アキラの言葉にヒカルはホッと息を吐いた。
未だ互先ではヒカルの中押し勝ちが続いているものの、終盤まで待ちこまれることも多くなっていた。
「やっぱり、お前、強いよ。」
「君にそう言われるのはとても複雑だけど、ありがとう。」
「…俺も大概だけど、お前も大概だよな。」
「僕は今年のプロ試験を受ける。」
ヒカルの嫌味など聞こえないとばかりに、アキラは言葉を続けた。
「おう。先に行ってろ。来年には俺も行くから。」
「君は本当に今年は受けないのか。」
「俺には俺のペースがあるの。お前も偶に寄り道くらいしてみろよ。」
「寄り道?」
『ちょっと!真面目なアキラに何を吹き込んでるんですか!』
(真面目だからだろ。少しくらい他にも目を向けさせないとすぐ行き詰まるぜ。)
『…本音は?』
(面白いから!)
『…まったく。』
無邪気に笑うヒカルに佐為は溜め息を吐いた。
「そう。寄り道。でも、お前、実は不器用だからなあ。寄り道するなら上手やれよ?」
「…考えておこう。」
***
葉瀬中 生徒掲示板前
「残念だね。囲碁部、こんな端にしかポスター貼れないなんて。」
掲示板の端に貼られたあまり目立たないポスターを見たあかりは残念そうに溜め息を吐いた。
「しかたねーよ。うちの部、人数足りてねーし、まだまだ弱小だし。」
『しかし、碁に限らず同じ年頃の者達が同じ目標に向かう部活というものは良いですね!』
佐為は物珍し気にポスターや部活へ向かう生徒たちを眺めいる。
(まーな!これで囲碁部も人数が増えたら言うことねーけど。)
「でも、囲碁部は去年の大会で準優勝したんでしょう?」
「そうだけど、筒井さん以外は将棋部の奴等だったからなあ。」
「将棋部なのに囲碁が強いなんて変なの。」
「変で悪かったな。」
「ひゃっ!?」
「うわ!加賀!筒井さんも!」
あかりの言葉に凄んだのは加賀だった。
「力のある部活が権利も大きい。ま、トーゼンだ。囲碁部も大変だな。」
「…はは。」
筒井は加賀の言葉に苦笑した。
「それに比べて将棋部は良いぞ、進藤!囲碁部が嫌になったらいつでも将棋部に入れてやるぜ!じゃな!」
「嫌になんてならねーよ!」
部活へ向かう加賀の背にヒカルは吠えた。
「まったく加賀は…。それより、僕たちも行こう!」
「「え?」」
嬉しそうな筒井の声にヒカルとあかりは同時に声をあげた。
「理科のタマ子先生が使ってない碁盤と碁石をくれたんだよ。放課後、空いてれば使って良いって。今日は空いてるし!」
「凄いですね!もうちゃんとした囲碁部じゃないですか!」
「うん。あとはもう少し人数を増やして正式に部に承認されたら予算も出るよ!」
「早く部員とっ捕まえねーとな!」
「そうだね。」
「…そういえば、加賀は?アイツもうやらないの?」
「うん。今年は君が入ってくれるし、あとは何とかしろってさ。」
「そっか。」
ヒカルはせっかく囲碁も強いのに、と思ったが、自分が囲碁をやりたいように加賀も将棋をやりたのだと思い直す。
「よし!ようこそ、囲碁部へ!」
筒井は何時の間にか辿り着いた理科室の扉を嬉しそうに開いた。
『だいぶ傷んだ碁盤ですね…』
(…打つのに支障はないから。)
理科室でヒカルと筒井はさっそく打ち始めた。
あかりはそれを眺めている。
「…去年の大会、僕の他は将棋部の二人だったけど、出られて嬉しかったよ。」
「準優勝ですよね!凄いです!」
「加賀が大将を張ってくれたからね。さすがに強豪の海王中には敵わなかったけど。」
「でも、筒井さんは全勝したって聞いたぜ!凄いじゃん!」
「はは。ありがとう。最後のは海王中の副将のミスが勝因だからあまり自慢できないけどね。」
「…そういえば、文化祭の時もですけど、ヒカルってそんなに強いんですか?」
まだまだ囲碁に疎いあかりが問いかけた。
「強いよ。今も僕を相手に指導碁を打ってくれているし、塔矢アキラ相手に中押し勝ちしたんだろう?」
「え、やっぱり指導碁って分かっちゃう?」
「文化祭で見た時の君の碁は攻める碁だったからね。さすがにこんなに丁寧に打たれたら分かるよ。」
『ヒカルは極端で分かりやすい打ち方をしますからね。』
(…俺はお前みたいに器用じゃねーから良いの!)
「ヒカル、本当に強かったんだ…」
「あ!あかり!お前、疑ってたな!」
「ちょっとだけね!」
そんな楽し気な声と石を打つ音が響く理科室。
不意に窓の方から音がした。
「進藤!」
「塔矢!どうしてこんな所に!」
音の正体は開いている窓を軽くノックをした音だったらしい。
ヒカル達が目をやった先にいたのはアキラだった。
「最近、碁会所で擦れ違って会えていなかったから。早く伝えたいこともあったし、囲碁部に入るって言っていたから来れば会えるかと思って。」
「お前、たまに凄い行動力を発揮するよな…」
「そうかい?それより、伝えたかったのは僕も海王中の囲碁部に入ったってことなんだ。」
「マジで!?」
「うん。君が得ようとしているものを僕も得たくて。」
「…葉瀬と海王じゃ得られるものがだいぶ違うと思うぞ。」
「だろうね。でも、君が大会に出る以上、僕以外が君に喰いつけるとも思わない。」
「なるほど。宣戦布告か。」
「そう受け取ってもらっても構わない。」
「よし!俺、大将で出るから、お前も大将で出ろよ!…筒井さん、良いでしょ?!」
二人の遣り取り呆然としているあかりと筒井だが、筒井はヒカルの言葉に勢いよく頷いた。
「もちろんだ。」
「じゃ、大会まで碁会所で俺達が打つのも無しな!」
「面白そうだ。そうしよう。」
「じゃ、塔矢、お前、本当に上手くやれよ!」
「…努力する。」
それじゃあ、と塔矢は去って行った。
「…進藤君、もしかしてプロになるつもりかい?」
「うん。夏の大会が終わったら、まず院生になる。」
「どうしてわざわざ部活に?君の実力ならすぐにプロになれるだろう?」
「プロになったら得られないものを得ておきたかったんだ。それはきっと俺の糧になる。」
ヒカルはまっすぐ筒井を見つめた。
「…夏の大会の後には僕も受験で顔を出せなくなる。君も忙しくなるだろうし。早く部員を確保しないとね。」
筒井は苦笑しながらヒカルの頭を撫でた。
なりゆきをハラハラと見守っていたあかりも安堵の溜め息を吐いた。
「うん!」
『良かったですね。ヒカル。』
(おう!)
***