ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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閑話03

「今の君は理由ははっきりしないけど、恐ろしく成長が早い」

 

そう言って貰えた時、多分ベル・クラネルが感じたのは突き抜けるような喜びだった。

 

ダンジョンへの蛮勇交じりの特攻からほぼ1日が過ぎた。

ステイタス更新を行ったベルを待っていたのはトータル上昇値600という熟練度の上昇、そしてヘスティアの『君には才能があると思う』という言葉だった。

 

「ほ、本当ですか!?」

「なんだか嬉しそうだね、ベル君」

「はいっ!だって、僕これまであんまり冴えてなかったから何だか嬉しくて」

 

この街に来た時はそれこそ、どのファミリアでも弱そうだからと門前払いだったのを思い出す。

目の前の小さな神様に拾われて、遅々とした成長に歯噛みしながら過ごしていたからこそ、示された熟練値は自分のものでないようにキラキラと輝いて見えるのだ。

 

きっとこれならっ、と胸を膨らませながらベルは上機嫌でヘスティアに顔を向ける。

 

「あのっ!イットは、今どのくらいのステイタスなんですか!」

「えっ!?あ、えーっとだね」

 

返ってきたのは意外な反応だった。

何だろうか、とベルは思わぬ反応に首を傾げた。

どこか困ったように眉を寄せるヘスティアにベルは目を瞬かせる。

 

「……何か僕、マズいこと聞いちゃいました?」

「ううん。そういう訳じゃないんだけどね……うん、そうだね落ち着いて聞くんだよ、ベル君」

「?はい、何ですか?」

 

神妙な眼差しがベルをじぃと見つめる。

 

「イット君は耐久がSになった」

「え、S……ですか?」

「うん。でも、器用さとかはまだDなんだけどね」

 

そうおどけて言うようにヘスティアは言うけれど、まだどれもランクE未満のベルにとってはあまりにも遠い壁だった。

がっくり肩を落とすと、その肩をポンポンとヘスティアの小さな手が叩く。

 

「あの子にはスキルがあるんだから、あまり比べちゃダメだよベル君?」

「はい……【超超回復】かぁ。いいなぁ……僕もスキル発現しないかな」

「ハハハ、ソウダネ。ハツゲンスルトイイネ」

「神様、何で片言なんですか?」

 

挙動不審に目を逸らすヘスティアを疑問に思いながら、ベルは同じファミリアの少年を思い浮かべる。

 

(Sランクかぁ……)

 

ほとんどの冒険者が到達しないまま、レベルアップしてしまうという熟練度の極み。

自分と同じスタートを切ったはずの同期が1項目だけとはいえ、その領域に足を突っ込んだ事実はベルに地味にショックを与えていた。

 

「まったく……本当にベル君は、イット君のこと意識してばっかりだね」

「え!?」

「何驚いてるんだい?見てれば分かるさ、ボクの眷族なんだもの」

 

ふふん、と胸を張って得意げに言うヘスティアだったが、慌てるベルはそんな事には気が付かない。

 

「ど、どどどどうして」

「そりゃあベル君、君は何回ボクにイット君のステイタス聞いてきたと思ってるんだい?最近はご無沙汰だったけど、気付かない方がおかしいよ」

 

そんなに尋ねていただろうか、と思わず記憶を辿ってみる。

いつからだろうか……自分とイットのステイタスの差が恥ずかしくなって見せ合うのをやめてしまってからだったから、かなり長いことヘスティアに尋ねていた気がする。

 

「イットにはこの事……」

「大丈夫。言ってないし、多分気付いてないよ。敏いかと思えば、あの子は鈍い部分もあるしねっ」

「そう、ですか」

 

ホッとしたような、少し残念なような気持ちが胸の中を漂った。

 

「ベル君はイット君に勝ちたいのかい?」

「えっ、いや!?そんなんじゃないです……ただ、いつかイットの事助けられるようになれたらいいなって」

「?それだけかい?」

 

首を傾げるヘスティアに頷く。

ミノタウロスから庇ってもらって以来、イットへの感情はそのはずだった。

違うんですか?と口に出せば、ヘスティアはうーんと唸った。

 

「気付いてない?ベル君も優しい子だし、そういう考えにいかないのかも……」

「か、神様?」

「ん?おっと、ごめんよベル君。ちょっと考え事してたんだ」

「そう、なんですか?」

 

顎に手を当てながら、部屋をぐるぐるとヘスティアは回る。

身長の低さも相まって、なんだか小動物の徘徊のようにも見える。

ツインテールがクルクルと揺れるのを何となく目で追っていると、ポンとヘスティアは手を打った。

 

「ベル君!」

「は、はいっ!」

「もし勝てるとしたら、君はイット君に勝ちたいかい?」

 

パチクリとベルは目を瞬いた。

どういう意味だろうか、と一瞬理解が追い付かなくなる。

その意味が脳みそに染み込むとブンブンと顔を横に振った。

 

「いやいやいや!イットは勝つとかじゃなくて……ほら大切な家族ですしっ」

「どんなに仲が良くても、喧嘩くらいするものさ!」

「何言ってるんですか、神様!?」

 

そうベルは絶叫するが、ヘスティアはニコニコと笑みを崩さない。

 

「何かに気おくれしてるのか分からないけど、ボクが教えてあげる……ベル君はイット君に『ライバル心』を抱いてるんだ」

「ライバル心、ですか?」

「そう。追いつき追い越してやりたいって思える気持ちのことさ」

 

そんなものを持っているのだろうか、とベルは思わず胸に手を当てる。

しかし、そんな思考とは裏腹に心臓はドキドキと早鐘を打っていた。

そうだとも!と激しく同意するように……多分、ずっと前から心ではそれを理解していたのだ。

自分の中の熱い思いに戸惑いながらベルは口を開く。

 

「……神様」

「うん」

「僕……イットに負けたくないです」

 

そう言葉にすれば、ストンとそれは胸に落ちた。

収まるべきところに収まったように妙な居心地の良さを感じる。

顔つきが良くなったベルに満足するかのようにヘスティアはにこっと笑った。

 

「うん、そっちの方がよっぽどいい顔だね」

「そう、ですか?」

 

別段、変わった気のしないベルは自分の顔を触りながら首を傾げる。

そのまま鏡の前に立ってみるも、そこにいるのは幼い顔つきをしたいつものベル・クラネルだ。

分からないなぁ、と内心で呟いているとその背中に声が掛けられた。

 

「そうだベル君、僕は今日の夜……いやここ何日か部屋を留守にするよ。構わないかな?」

「えっ? あ、わかりました、バイトですか?」

「いや、行く気はなかったんだけど、友達の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりにみんなの顔を見たくなったんだ」

 

1枚の招待状を持ちながら、ヘスティアは振り返る。

 

「イット君にもよろしく言っといてくれたまえ!」

 

そう言って彼女はパチンとウィンクして見せた。

 

 

 

 

 

 

 

「と、格好良く来たのはいいけど……ヘファイストスは何処なんだい、まったく」

 

ムグムグとヘスティアは口を動かしながら親友の神の姿を会場に探していた。

 

神の宴。

 

男神ガネーシャ主催による神達のパーティに彼女は出席していた。

一心不乱に食べ物を口にしながら、時折タッパーにその料理を詰めている様子はパーティの過ごし方として激しく間違っているものだったが……彼女の事を知っている神々は「ロリ巨乳パネェっすww」と温かく見守っている。

 

その中で近づく人影が1つ。

 

「なんやぁ、相変わらず偉く貧乏くさいことしるやないかドチビ」

「むっ!!」

 

とても嫌な声が聞こえた。

敵意を剥き出しにしながらヘスティアが振り返ると、細目の女性がニヤニヤとこちらを見ていた。

天界にいた時から犬猿の仲である相手が、ドレスに身を包んでそこにいた。

ヘスティアが思わず渋面になるのは仕方がないだろう。

 

「何の用だい、ロキ?」

「用がなかったら話しかけていかんやなんて、心狭っちい奴やなぁ?そんなんやから構成員2人の極貧ファミリアなんやねんで?」

「ふ、ふんっ!!少数精鋭と言ってくれたまえ!ボクの子たちは凄いからね!お山の大将気分は時間の問題なんじゃないのかい?」

 

2人の皮肉の応酬は見慣れた光景だ。

これがやがて罵倒へと変わり、取っ組み合いの喧嘩になるまでが一連の流れだったが、今日は少し様子が違った。

ぬぐぐ!と眉を吊り上げていたヘスティアの方がその怒気を引っ込めたのだ。

 

「……ふんっ!ちょうどよかったよ、ロキ。君のファミリアに所属しているヴァレン何某について聞きたかったんだ」

「うぅん? ドチビがうちに願い事なんて、明日は溶岩の雨でも降るんとちゃうか?……まぁ、うちもドチビに聞きたい事があったからええんやけどな」

 

珍しいことがあるものだ、とヘスティアも驚いた。

自分で尋ねておいてなんだが、彼女が質問をしてくるなんて天変地異の前触れの気さえした。

 

「まぁいい、聞くよ?君のところの【剣姫】には、付き合ってるような男や伴侶はいるのかい?」

「あほぅ、アイズはうちのお気に入りや。嫁には絶対出さんし、誰にもくれてやらん。うち以外があの子にちょっかい出してきたら、そいつは八つ裂きにする」

 

その答えに複雑そうな表情をヘスティアは浮かべた。

ベルの前途多難な恋路への心配か、アイズには恋人がいるとベルを諦めさせられなかった残念さか。

正直な話、ヘスティアもベルを婿には出したくなかった。

子離れするにはまだまだ時間が足りないのだ。

 

「質問はそれだけかドチビ?なら次はうちの番やな?」

 

何か尋ねられるようなことがあっただろうか、と思いながらも思わず身構えてしまう。

 

「ギルドでよく聞く『死にたがり』の拳闘士、ドチビんとこの子やってな」

 

その口から紡ぎだれたのはイットの事だった。

 

「あの少年、冒険初めて半月にしてはちょい強すぎや……ドチビ、まさか『力』使うたんやないやろな?」

 

その薄い目が睨みつけるように開かれる。

『力』を使う……下界では禁止されている神本来の力を行使して、イットを改造したのではないかと彼女は言っているのだ。

 

「そ、それは言いがかりじゃないかい!?イット君だって結構無茶してダンジョン攻略してるんだし、少しくらい早く成長するのは当然だと思うけれど?」

「……この間な、うちのとこのベートと喧嘩やりおうた所見とったけど、そんなもんで片づけられるようなもんやなかったで」

 

ベート……というと、ベート・ローガの事だろうか?

突然出てくるLv.5の『凶狼』の名前にヘスティアの目は真ん丸に見開かれた。

 

「い、イット君がLv.5に喧嘩売ったのかい!?」

「こっちに非が全くないとは言わんし、うちの子たちは文句ないらしいから喧嘩自体は水に流したる。けどな、初心者の域を出ないはずのLv.1がうちのLv.5に一発当てたんはどんなに悪条件があったとはいえ、見過ごせるような話やないで?」

 

ゴクリ、とヘスティアの喉が鳴る。

全くの予想外の話だった。

様々な幸運とイットの格闘技が上手く嵌った奇跡なのかもしれないけれど、注目してくれと言わんばかりの出来事だ。

スキル【超超回復】を隠しておきたいヘスティアとしては、気が気ではない。

 

自然と目が泳ぎそうになるのを堪えながら、ヘスティアはポーカーフェイスで余裕の笑みを浮かべて見せる。

 

「か、かかかか考え過ぎじゃないかな?Lv.2になった訳じゃあるまいし、すっ少し大げさすぎるよロキ」

 

……前言撤回。

ポーカーフェイスは全く機能せずに、ヘスティアは滝のような汗を流している。

疑わしそうなロキの眼差しを感じながら、それでも彼女はにっこりと笑った。

 

「……2人とも何やってんのよ」

 

ふと、そんなため息が聞こえた。

 

会場が遠巻きにその様子を眺めている中、1人の女神が近づいてくる。

赤髪に大きな眼帯をつけた麗人の登場はまさに天啓であり、その姿はヘスティアの探し求めていた親友のものだった。

 

「ヘファイストス!!」

「なんや、ファイたんか」

 

喜びにその顔が満開になるヘスティアはしかし、その後ろから近づいてくるもう1人の女神に笑顔を僅かに陰らせた。

 

「ふ、フレイヤっ。君も来てたんだね」

「あら?お邪魔だったかしらヘスティア?」

「そんなことはないけど……ボクは君が少し苦手なんだ」

「うふふ。貴方のそういうところ、私は好きよ?ロキも相変わらずね」

「フレイヤもこの間ぶりやな」

 

そう言いながら、問い詰める雰囲気でなくなった事にロキは疑わしそうな眼差しを引っ込めた。

彼女は身長の低いヘスティアの耳元に口を近づけると囁く。

 

「証拠もないし今回は退いたるけど、不正しとった時は……分かってるやろな?」

「もちろんだよっ。君の方こそ、今度はその節穴をちゃんと磨いておくんだね」

 

ぬかせ、と返してロキはクルリと背を向ける。

それで用は済んだとどっかに行ってしまうロキを目で追いながら、ヘスティアはため息を吐いた。

どうにか窮地は脱したようだ。

 

「まったく……2人の喧嘩はいつもの事だけど、今回は何が原因だったのよ?」

「あっ聞いておくれよ、ヘファイストス!ロキの奴、ボクの子にイチャモンつけてきたんだ!」

「あぁ……ベルとイットって言ったっけ?ロキと揉めたっていうと『死にたがり』君の方かしら?この間の喧嘩、うちの子達が教えてくれたわ」

「まったく!イット君ってば、喧嘩相手がロキのとことだなんて教えてくれなかったんだよ!」

 

信用がないんだろうか、と頬を膨らませて怒るヘスティアの様子にヘファイストスは肩を竦める。

 

「あまり感心しないけど、話題に尽きない子ね」

「無茶してばかりの子さ!ベル君もライバル心燃やしちゃって……はっ!?さっき焚き付けたからベル君の無茶が加速するかもしれない!?」

「落ち着きなさい、ヘスティア?」

 

あわあわと自分の子の心配をする姿はまるで親馬鹿だ。

ぐーたらとニートのような生活をしていた頃とは別人の様。

親友の変わりようにヘファイストスは嬉しいやら心配やらで複雑な表情だ。

 

「にしてもあんたがそんなに変わるとはね……白髪と黒髪のヒューマンだっけ?」

「うん!ボクにはもったいないくらいいい子達だよ!」

 

笑顔のヘスティアに苦笑するヘファイストスと……静かに微笑むフレイヤ。

彼女はコトリとグラスを置くとゆっくりと口を開いた。

 

「あまり話せないで悪いけれど、そろそろ失礼するわね」

「本当にあんた、喋ってないじゃない。急用?」

「えぇ、聞きたい事はもう聞けたし……ここの男達はみんな食べ飽きてしまったもの」

 

それじゃあ、と言い残し艶やかに手を振って去っていくフレイヤに、ヘスティアは顔を顰める。

流石は『美に魅せられた』神、その桁がハンパではない。

やはり美の神はだらしないのだ、とヘスティアは再認識した。

 

彼女にはファミリアの主神たる自覚が足りない。

ヘスティアはそう考えながら、覚悟を決めたように口を結んだ。

 

「……ヘファイストス……実は、君にお願いがあるんだ」

 

言った途端、親友の蔑んだような眼差しが顔に突き刺さった。

今まで散々迷惑を掛けて、脛をかじってまだ頼み事をするのは虫が良すぎる事は分かっている。

 

それでも、自分は子供達の為にしてあげられる事をしたい。

その為の覚悟を決めながら、ヘスティアはその口を開く。

 

それは怪物祭を近くに控えたある夜の事だった。




閲覧ありがとうございます!
相変わらず話が進まなくて申し訳ない…早くリリスケ登場させてやりたいです。

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