Re:DOD   作:佐塚 藤四郎

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王子回 改筆了21.9.26


2.「邂逅」-6

     6

 

 

 

 ――――――初めはその娘を殺そうと思った。

 

 赤い衣の、赤い髪の、赤い目の少女。

 赤、災厄の象徴。

 その色を瞳に宿す者は皆、狂人か傀儡だ。人間の皮を被った化け物共だ。その手の者は皆々、鏖殺(おうさつ)し、殲滅し、全滅し尽してきた。人間を止めた人間の敵共を。

 それがどうだ。目の前の赤目の少女は、それか?

 傷付いた少女に駆け寄り、安堵し、抱き締め、それから俺に憤怒と敵意を、隠しきれないその感情を覗かせる。

 俺には、少女が人間にしか見えなかった。

 

「―――それでは、またお会い出来ることを祈ってるわ。カイム」

 

 つらつらと語り出したその赤い少女は最後にそう言い残し、背負った少女の白い外套と、赤く長い三つ編みをはためかせながら部屋を飛び出して行く。

 その直後、耳障りな騒音が鳴り響き、回転する光源の赤い光が俺の姿ごと空間を照らし出した。照らし出された俺の身体は、黒々と影のように揺らめいていた。その黒い足首を濡らす液体は、決して光の所為だけではないのだろう、血の如き赤さを湛えている。

 床は振り下ろした大剣で粉砕し、巨大な亀裂に漏れ出た赤い水が流れ込んでいる。周囲には用途不明な金属の筐体が転がり、其処から伸びる幾多ものロープが床一面に張り巡らされている。

 少女が出て行ったそんな部屋で、俺は暫し立ち尽くす他に無かった。

 全てを把握するにはあまりに情報が多すぎる。

 

 ―――見知らぬ世界。己の黒い身体。カイムとドラゴンと言った赤目の少女。

 

 こんな時、ドラゴン。……いや、アンヘルがいれば、あの掠れた中性的な声で、適当に文句を吐きつつも話を纏めてくれただろう。右手の大剣はアンヘルの形こそ模して、アンヘルの魔力の残滓を感じさせはするが、それだけだ。アンヘルの存在は感じられない。その事が、俺は今一人なのだと改めて実感させる。

 纏まらない情報が脳内を錯綜する。

 あの赤目の少女はカイムと、確かに俺の名を呼んだ。ドラゴンのことも言っていた。あの少女は何かを知っている。暗がりの世界で、俺の名を呼び続けていた者はあの少女だったのだろうか。

 

 ―――(カイム)(アンヘル)の事を知っている赤目の少女。

 

 なるほど、この右も左も付かない状況では、十分に利用する価値はありそうだ。

 しかし、思えばあの赤い少女は不思議な雰囲気を纏っていた。少女の見た目は妹のフリアエと同じくらいの年齢に思えたが、幼さというものは感じられなかった。言動は何処か遠回しで胡散臭い印象。だが、眼だけは本物だった。あの赤目には絶望も恐怖の曇りも無く、強固な自我と抵抗の意志の光を宿していた。

 赤目でも、あのような意思の宿した眼をした人間の言葉なら信じてみるのも悪くないだろう。もし敵となるようなことになれば、斬れば済むことだ。

 纏まらない情報も、纏まらない(なり)に纏った。

 さて、今後の方針としてはあの少女を追うか否か。幾つか分からない単語があったが、あの少女は懇切丁寧にも道筋を示してきた。

 

『今はダメ。私達は逃げないといけないから。もし、興味がお有りなら、東京タワー、……といっても分からないわね、貴方達が墜ちた赤い塔にいらっしゃい。外苑東通り国道319ご……東。東に行きなさい。東の赤い塔』

 

 赤い塔、そして東。

 如何にも赤い少女の掌の上な気がしてならないが、今はあの言葉に従う事にしよう。これは選択だ。あの少女に巻かれたわけではない。少女は選択肢を提示しただけ。何を選ぶのかは俺の意思だ。

 さて、行動を移す前に先ず服だ、服が欲しい。黒々しい身体を晒している俺は何も身に着けていない。とどのつまりは裸だった。この黒い身体は、それこそ影のようだった。頭が有り、胴、四肢が有り、それらが如何にか人間らしい形を朧気に保っている状態だ。そんな状態といえど、全裸で動き回る趣味は持ち合わせていない。

 何か身に纏える布はないかと部屋を見回すと、赤い少女背負われていた白い少女が身に着けていた白い外套と同じ物が落ちていた。今はこれで良いか、そう思い外套に袖を通す。丈は膝上程、ゆったりした作りでサイズに問題ないようだ。しかし、前の留め具は無いのか、少々はためいて鬱陶しいが、何も無いより幾分マシだろう。

 袖を通した時に左手首に引っかかるものを感じた。何だと目を向けると、黒々揺らめく手首に一つのブレスレットがあった。兵士だった頃、俺の名の刻み識別票代わりにしていたもの。妹のフリアエとお揃いの品。今となっては、形見のようになってしまったもの。

 

 これだけは無くさなかったか。

 手首のブレスレットを眺めて微かな郷愁に耽っていると、けたたましく鳴っていた騒音の中に人間の声が混じるのが聞こえる。

 

「"岩"干渉実験室にて異常事態発生!」

「急げッ! 展開遅れるなッ!!」

「警備を除く他の職員は速やかに所外に避難してください!」

「突入ッ!!!!」

 

 その号令と喧しい足音と共に、幾人かの人間が部屋に闖入してきた。

 人間達は黒い軽装束に身を包み、統率の取れた動きで扉付近に陣取る。顔は黒塗りの光沢のあるフルフェイスの兜で覆われ窺えない。その手には小さな大砲のような、(いしゆみ)ような物を構え、此方に砲口を向けている。何だ、誰だ。分からないことがまた増えた。だが、分かることも増えた。

 それらは武器か? お前らは兵士か?

 目の前の人間は良い空気を纏っている。顔は見えないが空気で分かる。全身から滲み出ている。恐怖に警戒、害意で敵意なものだ。あぁ、懐かしい感覚だ。戦場に居た頃には常に晒されていた空気。とても良いものだ。だが、まだだ。それではまだ足りない。ひりつくような殺気と、死と血の臭いをお前らからは微塵も感じられない。

 あぁ、この口がきけたなら、是非に問うてみたい。

 

 ―――武器を向けるお前らは、敵か。

 

 目の前の人間達と膠着状態が続く中で、ふと少女の言った言葉が蘇る。

 

 

 ――――――『貴方は、私に興味がお有りかしら』

 

 ――――――『此処に居たら私達は身動きが取れなくなる』

 

 ――――――『私達が無事逃げられたら―――、教えてあげる』

 

 

 ―――そうか、逃がせと。そう言うのか、あの少女は。

 

 本当に、本当に妹と同じ年頃なのだろうか、あの少女は。利用するつもりでいたが、既にここまで良いように使われているとは思わなかった。どうにも囮にされてしまったか。見た目は少女だったが、実は結構な年増だったとしても驚かないな、これは。アンヘルに聞かせる話が一つ出来た。賢しく随分変わり者な赤目の少女がいたと。

 

 ―――いいだろう。益々興味が湧いた。今はお前の掌で素直に踊ることにしよう。

 

 目の前のこいつらとは違い、恐れに曇らなかった赤い瞳に誓おう。

 我が身より連れの少女を案じた姿と、俺に向けた怒りの人間らしさに誓おう。

 己すら掛金として交渉材料に差し出し、俺が動くことを信じたその度胸と信頼に誓おう。

 何より、斬ってもいい敵をくれたことに感謝しよう、赤目の少女。

 だから、上手く逃げ切れ。赤い塔で待ち惚けなのは困る。お前には色々と聞きたいことが出来た。アンヘルの事、俺の事、この世界の事、そして少女、お前自身の事。

 俺の直近の行動は決定した。少女の敵を殲滅し、少女との合流を果たす。アンヘルについてはその後、少女の出方次第だ。

 大剣を担ぐ。握る柄が手に馴染む。幾度かその触感を確かめるように大剣を振る。

 一振り、二振り、その度に己の内に熱を感じる。火、燃え盛る大火だ。血が騒ぎ、気分が高揚している。ああ、こんな身体にはなったが、やはり、俺は俺のままのようだ。

 さて、先ずはこの敵を殺すことから始めよう。

 赤い光に照らされる赤い水に俺の顔が反射した。

 黒々と揺らめく身体に人間らしい表情は見えない。だが、目と口が恍惚と歪んでいた。

 何処となく黒竜に似ている、一人目を殺しながらそう思った。

 

 

 × × ×

 

 

 ――――――ッ!!

 

 頬に弾丸が掠め、黒い血が流れる。だが、床を踏み砕く脚を止めはしない。

 突撃しながら腰に構えていた大剣を左から右へ水平に薙ぎ、一太刀で二つの命を刈り取る。大剣は胴を轟断し、上半身を吹き飛ばし絶命させる。残った下半身の切り口は鮮血を噴き上げ、慣性に従い力無く後ろに倒れる。振り抜いた大剣は通路の壁を削り斬り大きな爪痕を残した。

 その姿を傍目に確認しながら、振り抜いた大剣を逆袈裟懸け斬りに振り上げる。最後の黒服は錯乱したような悲鳴をあげ、砲口を俺に向けようとした左腕が宙を舞う。振り上げた大剣は、目の前の黒服の左脇に食い込んで肩部から吹き飛ばし、フルフェイスの黒兜を砕いて顔の左半分を削る。

 

 ―――チッ、浅い。

 

「ギッ、アガ……ッ! い、いイぃイ゛ダい、痛イッ!!」

 

 大剣の重量と勢いで吹き飛ばされた黒服は壁に激突し、右向きに転倒して悲痛な慟哭をあげた。そんな黒服に、振り上げた大剣を右手で肩に担いで即座に接近する。見逃しはしない。

 呻き蹲っている黒服の前に立ち、振り上げた大剣を振り下ろす間際、兜の取れた人間と目が合った。血に濡れる顔、横倒しの恰好のまま俺を睨み付けていた。その目は恐怖と苦痛に淀み、その口からは怨嗟と呪詛が漏れた。

 

「―――化、け…モノォ……ッ!」

 

 俺は言葉を失っているが、聞こえない訳じゃない。だから、音の紡げない口で応えてやった。

 

 ――――――俺は、人間だ。

 

 その一言と共に大剣を振り下ろす。

 黒服の絶望に歪み固まった顔が廊下に転がり、人間由来の音が消えて警報音だけが響く世界に戻る。

 火薬の炸裂音と断末魔が木霊していた空間は、硝煙の残り香と血と死の臭いが充満する空間に変わった。幾多もの人間が骸を晒して沈黙し、白かった空間は血と肉の色に染め上げられている。

 血の海の上で、頬をつたう黒い血を拭いながら思う。

 俺は人間だ。こんな身体でも血は出るし、痛覚もあるようだ。限度が過ぎれば今度こそ死ぬだろう。竜や魔物、天使の前では小さく脆い人間でしかない。

 しかし、敵は厄介な武器を使っていた。そう思い、床に転がる小火器に目を遣る。

 弩のような引き金の付いた金属体、小さな火砲のような物か。見たことのない技術だが兵器としては中々に優れている。城砦や飛空艇に備えられている大砲を、個人で運用できるようにしたものか。砲術の心得は無い俺には不要な物だな、慣れない武器はあっても邪魔なだけだ。

 大剣を一度大きく振り、こびり付いた敵の血肉を払う。

 馴染む剣だが人間を斬るには大きすぎるな。それこそ化け物を斬る方に向いているだろう。それでも結構な数の人間を斬った。黒服を10か20くらいか。白かった外套はすっかり朱に染まり、所々に弾丸を受けた穴が開いている。

 受けた傷は知らぬ間に治癒している。小火器のよる攻撃の傷自体浅かった。かつての人間らしい肉体であれば、こうはいかなかっただろう。契約者になって得た身体機能や治癒能力を凌駕している。やはり、この黒い身体はまともではないようだ。

 ともあれ、向かってくる敵はいなくなった。此処にはもう敵となる人間はいないだろう。時折、黒服以外の人間も見えたが、敵意も無く逃走しているだけだから捨て置いた。敵意が無い以上はどうでもいい。そんな有象無象より優先すべきことがある。

 

 ――――――赤目の赤い少女。

 

 幾つか階を上がってきたが、少女らしき影は見受けられなかった。捕えられていないのなら、上手く逃げ切ったのだろうか。いや、確信が無い。だから、こうして屋内で気配を探りまわっている。しかし、この建物は奇妙な圧迫感がある。まぁ、それも残り二部屋だ。それで次の階層に向かおう。

 手近な方のドアノブに手をかける。扉脇の板には『岡崎夢美』と掲げられていた。他の部屋にも似たようなものがあった。単なる紋様ではなく、文字であることは察せられたが、なんと読むのだろうか。

 この世界の常識について知る必要が出てきたな。俺は口がきけないし、代弁してくれるアンヘルも今はいない。ただでさえ、自覚する所として、他者との関わり方に難があるというのに、これではアンヘルを如何にかするどころではない。……益々、少女を頼る必要が出てきたな。

 ドアノブを捻り扉を開いた先の部屋は、証明が点いてなく暗かったが整然としていた。部屋の構造自体はこの階の他の部屋と同じだが、他の部屋は本やら紙やらが積み重ねられ雑然としていた。だが、この部屋はえらく片付いている。それに、生活感というものが感じられない。『岡崎夢美』は空き部屋か物置なのだろうか。まぁいい、少女の姿が無いなら次だ。

 最後は隣の部屋、『千藤希笛』と書かれている部屋だ。扉を開け入ろうと思ったが、鍵がかかっている。他の部屋は半分が扉が開け放たれたままで、もう半分は鍵はかかっていなかった。この部屋だけ鍵がかかっている。

 この部屋に捕えられているのか? 人の気配は無いが、確認する必要がありそうだ。力任せにドアノブを捻るとバキリッと軽快な音で取っ手が壊れてしまった。いや、壊したというべきだろう。鍵は依然として掛かったままだ。暫し悩んだが、大剣で扉を打ち付けると轟音と共に扉は開かれた。くの字に折れ曲がった扉が室内の床を滑る。先に黒服達を斬った時も思ったが、力の加減が難しい。出す力自体は上がっているようで不足はないが、制御にも気を払う必要があるだろう。少なくとも、扉の向こうに探し人がいるかもしれない状況での抉じ開け方では無かった。

 この部屋も照明は点いてなく暗いが整然としている。ただ、隣の『岡崎夢美』とは雰囲気が違った。生活感があるというのもあるが、なにより書斎のような落ち着いた雰囲気があった。部屋の作り自体、この階の他の部屋とは少し異なっているようだ。対面式に置かれている机の存在が執務室のような印象を与えてくる。ただ、この部屋にも少女の姿は無かった。鍵がかかっていたから、もしやとは思ったが、これだけ探して気配に引っかからないのなら、あの少女は上手く逃げ切ったのだろう。

 早いところ赤い塔に向かう事にしよう。少女が先に逃げ切っているのなら、合流に時間をかけるのは得策ではない。

 竜大剣を担ぎ直し、俺は未だ警報音の鳴り響く廊下へと駆け出して行った。

 

 

 × × ×

 

 

 階段を昇りきってから、抱いていた違和感の正体に気付いた。

 目の前には窓があり、其処からは月明かりに照らされた風景が広がっていた。微かに吹き込む風が血染めの白衣をはためかせる。

 成程、俺が先まで居た所は地下だったのか。どうりで窓一つ無く、息苦しい感じがしていたわけだ。

 覗く窓から見える景色には結構な数の兵士、軍隊が展開していた。車輪の付いた流線型の金属の箱が独りでに動き、中から先の小火器を携えた人間が多数出てきている。

 あの箱は何だろうか。車輪があるということは、馬車かそれに類するものなのだろうが、動力は何だ。動物に曳かせているでもないのに、高速に、機敏に動いている。魔法か、それとも箱自体が魔物の類の可能性もあるか。……いや、止めておこう。この世界は俺のいた世界とは随分と異なる。知らないことは、考えても分かることでもない。今はあるがままに受け入れて対応するのが無難だ。

 屋外で展開しつつある敵達と殺り合うのも良いが、探索に大分時間をかけてしまった。少女らが脱出したと仮定するなら、俺の囮としての役目は終わりだ。目的の優先順位を敵の殲滅から、少女との合流に移すべきだろう。ひとまず屋上に向かおうか。地下から出たが、この上にはまた別の建築物が建っている。少女らは逃走して、合流場所も指定してきた。この上の建物内に残っているという事も無いだろう。取り敢えず、屋上に向かい周囲の様子を偵察することにしようか。

 

 轟音と共に天井の一部が吹き飛ぶ。

 屋上に行くのはあっという間だった。階を繋ぐ階段が吹き抜けの構造だったため適当に跳躍を重ねるだけで屋上間際まで辿り着けた。屋上への扉を探すのは手間だったから、今しがた大剣で打ち抜かせてもらったが。

 屋上に出て、先ず目に入ったのは月だった。右側が欠けた半月。冷たい光を湛え、夜の闇を柔らかく照らしている。

 夜空の星々を見上げて大凡の方位を図る。それに地下のあの部屋で赤い少女が指し示したいた方角と照らし合わせて方位の正しさを補強する。嘘か適当の可能性もあるが、迷いなく指し示していた以上それを信じる他無いだろう。ふと、人の気配の濃い北と(おぼ)しき方角に意識を向けると、遠くに黒い巨壁が月光と指向性のある光に照らされていた。城壁だろうか、いや、さっき気にしないと決めたばかりだ。先ずは受け入れろ。

 兎も角、状況を整理して東と思しき方角を見遣ると、幾多もの構造物の向こう側、薄闇の中に浮かぶ見覚えのある塔が見えた。赤い塔。俺とアンヘルが墓標、とはならなかった塔。生き返って早々自身の墓参りをさせられるというのは因果なものだと思わずにはいられない。

 屋上から赤い塔に向け、別の構造物に飛び移ろうと考えたがその足が止まる。

 眼下に目を遣れば、未だ敵が展開を続け、その数を増している。その幾らかは、此方を視認しているようだ。黒い身体に白い外套だ、目立ちもするか。せっかく見つけた衣服ではあるが処分の必要があるな。あの兵隊が後を追ってくるようなら面倒だ。だが、一々相手をする時間も惜しい。

 

 やってみるか。

 心中で独り()ちて、竜大剣に魔力を集中させる。刀身の罅から漏れる緋光が強くなる。

 俺には遠距離からの攻撃となれば魔法くらいしか手が無い。ただ、魔術そのものに精通しているというわけでもない。剣ばかり振っていた俺には、魔術師や魔法を使う魔物の殺し方、対処法こそ知れど、魔法陣や詠唱を用いた魔術発動の理解は足りていない。俺に出来ることと言えば、『魔剣』と呼ばれる武器に秘められた魔法を引き出してやることくらいだ。

 

 ――――『魔剣』

 

 剣と名は付くが、それは総称だ。

 片手剣のように"剣"らしい物があれば、短剣や斧、槍、杖、棍棒、槌、斧槍と形は色々。大凡共通していることと云えば、それらは人を殺す為の武器であるということ。数多の血と死と共に呪い染みた呪い、祈り染みた呪いを呑み込み孕んでいる。呪いは使用者を祟り、狂気に導き、不幸に陥れる。剣は道具であり、人に使われるが、魔剣は異なる。

 魔剣は時として人を道具にする。言ってしまえば、魔剣は魔剣の形をした意思の存在者だ。それは魔剣の歴代の使用者の思念の名残であったり、その刃の犠牲者の怨嗟の残骸であったり、祈り、呪い、願いであったり、それこそ魔剣の形の如く様々だ。強すぎる思いや念はその清濁に関わらず魔と成り武器に宿り、そして魔剣が生まれる。

 俺の元には65の魔剣が集まってきていたが、今俺の手にある魔剣はこの竜大剣だけ。前は名を呼べば手元に現れていたが、今は何処にいったのか現れてこない。いや、現れているのか。そして、夢のような世界で見た血肉の丘の光景。……考えるのは後だな。

 魔力に満ちた大剣は焔のように煌めく緋光を放っている。

 この竜大剣がどのような魔法を宿しているのかなど知らないが理解る。理論や術式など難しいことを考えるな。魔剣を受け入れ、あるがままに振るうだけだ。

 この大剣は火だ。アンヘルの熱を宿している。

 俺はそれを受け入れ、剣を振るうだけ。

 屋上の縁に立ち、眼下に群がる兵隊に向けて右手一本で大剣を構える。脚を開いて重心を落とし、腕を首に絡めるように深く深く振り被り、左上から右下へ大きく袈裟懸け斬りに大剣を静かに、されど力強く払う。

 

 一閃

 

 払われた大剣から竜の息吹の如き業火の斬撃が生まれた。放たれた炎刃は、夜の(とばり)の一角を昼のように煌々と照らしながら軍団に向け飛翔する。飛翔体は着弾し、爆裂して、轟音と閃光と共に地上に地獄を齎した。

 業火は樹を焼き、地を焼き、人を焼き尽し、その一切の存在を魂まで灰燼に帰す。

 轟々煌々と全てを呑み込んでゆく火の揺らめき。樹が焼けて弾ける音。人が焼けて泣き喚く声。

 あの少女への狼煙には丁度良いだろう。

 お前の敵は殲滅したと、今から向かうと。

 地獄からの阿鼻叫喚を背で受けながら、血染めの白衣をその場に残して赤い塔目指して闇の中へ跳躍した。

 

 

 




 どうも、作者です。ご閲覧ありがとうございます。

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