没SS集   作:ウルトラ長男

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没理由:マトモなポケモンをゲット出来ない。


ピカチュウ強いでチュウ

 マサラタウンのサトシは焦っていた。

 恐らくこれほどまでに慌てたのは人生を振り返っても、そうないかもしれない。

 それほどまでに彼は追い詰められていた。

 

「博士! 俺はポケモンなしで旅に出なきゃいけないんですか!?」

 

 今日は11歳を迎え、マサラタウンから旅立つ記念すべき一日目。

 その初日からサトシは躓いた。

 通常、町の外に出るならばポケモンの権威オーキド博士からポケモンを貰い、そして旅に出る。

 だがサトシはその第一歩目にして寝坊するという大失態を演じてしまった。

 あまりに楽しみ過ぎて、昨日寝付けなかったのが原因だ。

 

 寝坊したのは確かに自分が悪い。

 言い訳のしようもなく、完膚なきまでに自分に比がある。

 だが元々マサラタウンから出る子供の数は4人だった。

 ならば3匹しか用意していなかったオーキド博士にだって問題があるはずだ。

 そう思っていたのかどうかはさておき、とにかくサトシはオーキドに縋った。

 ポケモンがなければ旅に出れない。あんなに楽しみにしていたポケモンマスターへの道を歩み出す事すら出来ない。それはあんまりではないか。

 するとオーキドは折れたのか、やがて渋々といった様子で一つのボールを出した。

 

「あるにはあるんじゃがなあ……」

「あるんですか!? ならそれでいいですから!」

 

 サトシの心を安堵が埋め尽くす。

 よかった、あった! まだポケモンはいた!

 この際だ、弱いポケモンでも構うものか。

 仮に弱くてもバトルで他のポケモンをゲットしていけば問題ない。

 でもコイキングだけは勘弁な!

 

「ピカチュウ……なんじゃろうなあ、多分。

正直なところ、わしにも『これ』が何なのかよくわからん」

「それって、博士でも分からないくらい珍しいポケモンって事ですか!?」

「まあ、確かに珍しいがのう……」

「いいじゃないですか! 最高ですよ、それ!」

 

 これは運命だ、とサトシは思った。

 オーキド博士はポケモンの権威だ。彼が知らないポケモンなどほとんどいない。

 ならばこれは、未発見の凄いポケモンという事じゃないか。

 言葉から察するに、ピカチュウというポケモンの進化形か何かだろう。

 まだ発見されていない進化形をいきなり入手出来るなど、まるで夢のようだ。

 

「じゃあ、これを渡すが……返品はせんでくれよ」

 

 そう言い、博士はボールを開ける。

 果たして出てきたそれは、確かにサトシが今まで見た事もないポケモンであった。

 

 

 首から上『だけ』を視界に入れるならば、その愛らしさに頬ずりしたくなるピカチュウフェイス。

 されど、首から下を支えるのは機能美に優れた逞しき漢の肉体。

 黄金色の体毛に覆われたそれは頭部から爪先までを含めれば全長3mに及び、丸太のような腕に盛り上がった血管がピクピクと蠢いている。

 股間を隠すのはチャンピオンベルトを巻いた黒のブリーフ一枚。

 おお、何と素晴らしきポケモンだろう。この漢は旅に出るそれ以前からすでに、王者の座に付いているのだ。

 

「ピッピカチュウ♡」

 

 その顔に恥じぬ愛らしい鳴き声をあげ、ピカチュウ(?)はサイドチェストの美しきポーズを決める。

 同時に背景に咲き乱れる、薔薇の華。

 華麗にして美麗。愛らしさと逞しさを奇跡のバランスで両立させた究極のモンスターがサトシの前でその存在感を主張した。

 

 

「…………!! !?!?!!?」

「あー、うん、気持ちはわかる。わしも初めて見た時は同じリアクションじゃった」

 

 サトシは絶句した。

 何だこれは? 何なのだこれは、どうすればよいのだ!?

 というかあれだ……何、この……何!?

 とにかく、目の前のクリーチャーが何なのか、まるで彼には理解出来なかった。

 何これ? 合体事故?

 まるで、本来ならばもっと別の頭だったのを取り外してWRYYY!と別のポケモンの頭部を無理矢理乗せたかのような、絶妙極まるアンバランス。

 無理がある……明らかに無理がある! サトシは言葉も発せず、白眼を剥きながらオーキドに縋るように視線を向けた。

 

「ある日の事じゃ……わしがいつも通り俳句を作っていると、突然こいつが玄関を開けて無断侵入してきた。

そして棚に置いてあったモンスターボールをこじ開けると、勝手に中に入ってしまったんじゃ。

わしはどうしていいかわからんかった。未知のポケモンじゃったが、未知すぎて調べようとすら思わなんだ。

……正直、扱いに困っておったんじゃ。引取り手が見付かってホッとしておる」

「ふざけんなあああァァァァァ!!?」

 

 サトシは滝のような涙を流しながら叫んだ。心の底から叫んだ。

 よく分からないが、今、何かが切れた気がする。

 本来ならば自分と繋がっていたはずの、きっと本来ならば自分と旅する事になっただろう本物のピカチュウ。

 いるのかどうかもわからないその相棒との絆が今、確かにブツリと切れた。完全に切れた。

 それはもう、修復不可能なくらいにブッた切れたのを頭ではなく心で理解したッ!

 

「ま、まあ、ほれ。案外これも悪くないかもしれんぞ?

ポケモンは強くてナンボじゃし、その点こいつはどう見ても強そうじゃ。

タイプは『でんき/かくとう』かのう。おお、レアではないか!」

「ちくしょう……他人事だと思って……!」

 

 サトシは床に手を付いて項垂れた。

 こんなのってない。あんまりだ。

 これじゃ全国の子供達も応援してくれないし、10年以上続くシリーズになんて絶対なれない。

 劇場版なんて夢のまた夢だ。

 こんなマッスルクリーチャーが主役ポケモンとか、無理がありすぎる。

 そんな、混乱し切ったせいで自分でもよくわからない思考に陥ったサトシの肩をマッスルクリーチャーが優しく叩く。

 いや、本人は優しく叩いたつもりなのだろうが、それだけでサトシのHPは赤バーまで削られた。

 ふざけるなこの怪力馬鹿。超マサラ人だからよかったものの、普通の人間なら今ので肩が砕けてたぞ。

 そんな彼の気持ちも知らず、クリーチャーは親指を立ててサムズアップをした。

 

 サトシは無言でクリーチャーをブン殴った。

 

*

 

 マサラタウンの皆に遠巻きに見送られてサトシは旅に出た。

 皆が皆、このマッスルクリーチャーに絶句して近付いてすらくれなかったのだ。

 あのシゲルですら、心からの同情の視線をサトシに送ってきたのは本当に惨めにさせられ、サトシは涙を流した。

 何でこのクリーチャーはボールに入ろうとしないんだ。

 そんな所だけ原作再現しなくていいんだよ、畜生。

 しかも本物のピカチュウと同じように頭に登ろうとするな。無理なんだよ、それ。

 お前より俺よりでかいだろうが、クソッタレめ。

 俺の頭の上でポージングするな。ぶち殺すぞ。

 

 サトシは歩いた。

 頭の上のクリーチャーを投げ飛ばして地面に叩き付け、トボトボと歩いた。

 とにかくまずはポケモンだ。マトモなポケモンが欲しい。

 この際ポッポでもコイキングでも構わないから。

 種族値や個体値が低くても気にせず愛情を注ぐから。

 だから頼む、何でもいいから出て来てくれ。

 

 果たしてその願いは天に届いた。

 

 

 ――あ! やせいのゴルバットがとびだしてきた!

 

 

 マサラタウンからトキワシティへ続く草原に通常出現しないはずの、蝙蝠ポケモン。

 しかしサトシは疑問に思う前に歓喜に包まれた。

 よし、ちゃんとしたポケモンがきた! こいつのようなマッスルクリーチャーでもない!

 だが、次にサトシは不思議に思う。

 いやまて、何かおかしい……あのゴルバット、何か変だ。

 具体的には顔が、途方もなくおかしい。

 そう思い、サトシは図鑑をゴルバットらしき生き物へと向ける。

 

『顔面崩壊ゴルバット。SAN値直送ポケモン。

青バージョンのみ限定で生息し、凄まじい顔芸を披露する。

その酷い顔は、見ているだけでSAN値をゴリゴリ削られる』

 

(――アカン)

 

 サトシは即座に決断を下した。ゲット中止、捕獲中止!

 あれは駄目だ、捕獲してはいけない。

 何というか、このクリーチャーと同類の匂いがする。

 しかしそんなサトシの心を知らず、何の指示もされていないのにマッスルクリーチャーが勝手に飛び出した。

 その巨躯に似合わず、スピードはまるでギャロップの如し。

 一歩ごとに地面を揺らしながらクリーチャーが走った。

 

「まっ、待て、ピカ――」

 

 ここで『待てピカチュウ』と指示を下せていたならば、あるいはこの後の悲劇も防げたかもしれない。

 しかし彼には抵抗があった。

 あのマッスルクリーチャーをピカチュウと呼ぶ事は、世界のどこかにいる本物のピカチュウへの裏切りのような気がした。

 その戸惑いが致命的なタイムロスとなり、クリーチャーは止まる事無くゴルバットへ飛びかかった。

 

「ピッカアッッ!」

 

 丸太のような豪腕より繰り出される、正拳突き!

 その掌は硬く握るでもなく、かといって開くわけでもない、人が生まれ出でた時に形作る菩薩の形!

 一切の攻撃意識、殺意を排除して放つ至高の拳! 空手の極地!

 

 ――菩薩拳ッッ!!

 

 その一撃がゴルバットを捉え、哀れなポケモンは錐揉みしながら吹き飛ばされる。

 まあ、野生ポケモンは倒すものだし別にいいか……。

 そう気を緩めたのは、しかし間違いだったとサトシは後に語る。

 ゴルバットを倒したクリーチャーは何を思ったのか、サトシへと向けて突進し、彼の腰にあるボールを奪い取った。

 そして投擲! 瀕死を通り越してHP0になっているゴルバットにボールを叩き付け、彼を捕獲してしまったのだ。

 

「何やってんだお前ェェェェ!!?」

 

 サトシは叫んだ。

 いらねえよ、こんなの!

 顔面が崩壊したゴルバットとか、どう使えばいいんだよ!?

 手持ちがマッスルクリーチャーと顔面崩壊ゴルバットとか、どんな罰ゲームだよ!

 

「クソ……っ! ありえない……あってはならない……っ!

どうして……どうして、こんな理不尽……俺だけが……俺だけが……っ!」

 

 サトシは泣いた。

 旅に出る前と出てからを合わせて3度目の男泣きに泣いた。

 

 

 

 ――その後、ゴルバットもボールに入る事を拒否してますますサトシのストレスは加速した。

 

 

 




(*´ω`*)皆様こんばんわ。
最近ハリポタSSが除々に活気付いている気がして嬉しいウルトラ長男です。
それでですね。以前にイラストとか貰ってましたが、一度自分でもミラベルを描いてみるかと絵を描いてみたんですよ。
結果は……まあ、うん。黒歴史確定というか……。
自分でキャラ絵描ける人とか羨ましい限りです。

それでは、また没ネタが出来たらお会いしましょう。

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