備考:もしもミラベルが最初から最後まで味方だったなら
分岐条件:レティス生存
――それは、ほんのわずかな差異だった。
始まりは本当に些細な、取るに足らぬ『IF』だった。
ある日の朝、一羽の蝶が羽ばたいた……本来あったはずの運命との差異はこれだけであり、それ以外は何一つ変わりはしない。
取り立てて騒ぐような事でもない。至極極めてどうでもいい事だ。
だが、ああ何たる運命の脆さか。
たった一匹の蝶のせいで歯車は崩れた。たったそれだけの事で世界の運命は180度道を外れてしまった。
蝶の羽ばたきに驚いた蜂が本来と違うコースを飛び、そしてその道を偶々ヒースコート・ベレスフォードが歩いた。
そして興奮した蜂に刺され、アナフィラキシーショックを起こして死んだ。
そして、そこから全ての歯車が狂った。
11歳を迎えたばかりのハリー・ポッターにとってその日は色々な意味で特別な日であった。
これまでの彼の生涯において幸福というものは本当にささやかな物でしかなく、凡そ普通の子供が得られるはずの物を何一つとして与えられていなかった。
そんな彼が今や魔法界の英雄扱いであり、そして魔法使いの学校へ入ったのだからまさにこれぞ転機というものである。
もしかしたら、少し自惚れがあったのかもしれない。
皆が皆、己を特別だと言ってくれる。
会う人全てが自分を知り、『生き残った男の子』と称えてくれる。
この状況下で、今まで虐げられてきた11歳の少年に舞い上がるなと言えばそれはあまりに酷というもの。
圧迫され、虐げられ、苦しい環境にあるほど人は現実から逃避してしまう生き物だ。
だから、少しくらい、自分が特別だと思っても罰は当たらないだろう。
そう思っていた少年の芽生えかけた自惚れは――一人の少女を見た瞬間跡形もなく瓦解した。
――ミラベル・ベレスフォード。
入学式で名を呼ばれたそれは、一言で言うならば『特別』。
黄金に輝く有り得ざる美貌。
人は自身で光など発しない。電球ではないのだから光源などないはずだ。
しかし彼女はまるで己自身が光を発しているかのように輝いていた。
無論、眼の錯覚だ。あまりに強大過ぎる存在感がそう思わせているに過ぎない。
しかしきっと、誰もがハリーと同じ事を感じた事だろう。
あれは違う。
あれは自分達とは何もかもが違う。
あれは異常であり異才であり、そして特別な何者かだ。
どんなに特別でもそこには理由があると思っていた。
環境がそうさせたから――。
努力したから――。
運がよかったから――。
そんな自分達でも理解出来る理由があると思いたかった。
ああ、だがあの少女を見よ。
彼女が特別である事に何の理由があろうか。
“そこに理由などない”。
特別は特別故に特別なのだ。
そこに何故と問うなかれ。
彼女は彼女で、ミラベル・ベレスフォードだから。そこで全ては完結している。
「スリザ……」
「あ?」
「いや、だからスリ……」
「グリフィンドールの間違いだろう? 我が友が二人ともグリフィンドールでオマケにメイドまでグリフィンドールで私だけ他所という事はあるまい?
中古品か? それとも長年使いすぎてボケたのか?
よし、なら私が破棄の手間を省いてやろう。何、案ずるな、新しい帽子は私が用意してやろう」
「……グリフィン、ドォォォォル!!」
入学早々帽子を脅して強引に寮を決めるという暴挙を為し、その結果友人と思われる銀髪の少女に怒られている黄金を見てハリーは思う。
きっと選ばれた存在というのは、ああいうのを指すのだろう、と。
そしてその確信に過ちはなく――その日より、ハリーの傍観者としての日々が始まった。
これは『IF(もしも)』の物語。
『もしも』、ヒースコート・ベレスフォードが何らかの理由で既に還らぬ人となっていたならば。
『もしも』、銀髪の少女が彼女の隣で微笑んでいたならば。
『もしも』、後に黄金に勝利するはずの友人と既に出会った後だったならば。
きっとハリー・ポッターの学園生活は、平凡で平和で、危機とは無縁のものとなっていた事だろう。
一年目の事件は、ハリーが気付く前に終わっていた。
入学一日目にしてミラベルがやらかしたのだ。
彼女は何を血迷ったのか『闇の魔術に対する防衛術』のクィリナス・クィレルに突然襲撃をかけ、ダンブルドアに引き渡してしまったのだ。
普通ならば勿論こんなのは退学にされて当然の行いだ。
しかしクィレルの持つ事情がそれを許さない。
何と彼は後頭部に闇の帝王と呼ばれるヴォルデモートを寄生させており、『賢者の石』とかいう何か凄い道具を得るために学校に来ていたらしい。
かくしてクィレルは呆気なくアズカバンにブチ込まれ、何の事件も起こらずにこの一件は終了を迎えた。
この年、ハリーのやった事といえばクィディッチの選手に選ばれてグリフィンドールを優勝させたくらいだが、それよりもミラベルの功績が大きすぎて彼の活躍はあってもなくても変わらなかった。
ダンブルドアはこの一連の出来事を前に一言、「これはひどい」と漏らしたそうだ。
二年目の事件は、ハリーが気付いたら終わっていた。
『スリザリンの継承者』なる者が操る『スリザリンの怪物』が学校を恐怖に陥れたのはわずか3日間の事。
4日目の朝にはただの屍となって学校に転がっていた。
やらかしたのはやはりミラベルとその友人。
銀髪の少女……レティス・グローステストが怪物の標的になったらしく、それがバジリスクの命運を決定した。
蛇が彼女の前に現れたその瞬間、まるで時間でも停めたかのように黄金が飛来し、蛇を細切れ死体に変えてしまったというのだ。
たまたまその現場を目撃した哀れなジャスティンは「催眠術だとか超スピードなんてチャチなものじゃ断じてない」と語る。
そのままミラベルはジニー・ウィーズリーをひっ捕らえ彼女の持つ日記をダンブルドアに見せた後、焼き尽くしてしまった。
かくしてスリザリンの継承者と怪物はこれといった事件をほとんど起こせないままに退場させられてしまい、この一件は終了を迎えた。
この年にハリーの身に起こった特別な出来事といえば精々ロックハートに付き纏われた事くらいだ。
ダンブルドアはこの一連の出来事を前に一言、『これはひどい』と呟いたそうだ。
三年目の事件はハリーが何もせずに終わっていた。
アズカバンから『シリウス・ブラック』なる囚人が脱走し学校を恐怖に陥れたのは果たして一日と続いただろうか。
「ああ、そいつ無罪だぞ」。
ミラベルが何の感傷もなく発したその爆弾発言に全校とダンブルドアが揺れた。
その証拠となったのはロンの飼っていた鼠のスキャバーズだ。
哀れな彼はミラベルによって無理矢理人間に戻された上、真実薬で散々情報を絞られた末にアズカバンに送られた。
その後シリウス・ブラックは無罪放免で晴れて自由の身となり、ハリーとの再会を喜んだ。
この年、ハリーがやった事といえばヒッポグリフの無罪を獲得しようと躍起になっていた事くらいだが、それすら無駄な努力に過ぎなかった。
ハリー達の窮地を知ったイーディスがミラベルに頼み込み、最初は面倒臭がっていた彼女を姉と一緒に無理矢理味方に加えたのだ。
その後、ミラベルは法廷でルシウス・マルフォイと激突し、出る作品を間違えているのではないかと言いたくなる熱い論戦を繰り広げ、最後には彼が死喰い人時代に操られていたわけではない証拠と証人を叩き付けて逆転してしまった。
ダンブルドアはこの一連の出来事を前に一言、『これはひどい』と頭を抱えたそうだ。
四年目の事件はとうとう起こりすらしなかった。
夏休みの間にミラベルがヴォルデモートを探し出し、魂だけの無力な彼をやはり無力な赤子のような肉体に定着させてダンブルドアの前に連行してしまったのだ。
捜索の決め手となったのは昨年のワームテールの証言、と本人は語る。
その後彼女が取った手段こそまさに非人道。
分霊箱を持つ故に不死身で殺せない帝王を相手に、アズカバンから借りた吸魂鬼をけしかけたのだ。
――もしもヒースコートが生きていたならば、きっと吸魂鬼をレティスにけしかけて廃人にしていた事だろう。
そしてもしも彼女が吸魂鬼に襲われていたならば、決してこの害悪な生き物を利用しようなどとミラベルは考えなかっただろう。
しかし、“そんな事は起こらなかった”。
それが今目の前にある真実であり、現実。
故にミラベルは忌まわしき生物だろうと十全に活用する。
屈服させ、痛めつけ、支配し、己が手足のように使役する。
ミラベル・ベレスフォードとディメンター。
これほど悪辣な組み合わせが他にあるだろうか。
いかに不死身だろうと本体が廃人にされてしまえば、もうどうしようもない。
確かに生き続ける事は出来るだろう。
分霊箱を砕かぬ限りヴォルデモートに死は存在しない。
だが中核となる本体の魂を喰われ、廃人にされたそれは果たして『生きている』と呼べるのか?
きっとそれは、死んでいるよりも辛く惨めな事だ。
かくして帝王は廃人と化し、この一件は幕を閉じた。
この年にハリーがやった事といえば、ただ対抗試合を見ていただけだ。
そしてダンブルドアはこの一連の出来事を前に一言、『もうこれでいいや』と天を仰いだ。
五年目の事件は、完全にハリーは蚊帳の外であった。
ドローレス・アンブリッジは学校に来ず、例年と変わらぬ平和な日々が表面上は続いた。
しかし裏では不死鳥の騎士団による分霊箱探しが始まっており、死喰い人残党との熾烈極まる闘争が行われていたらしい。
しかしここでまたもやらかしたのがミラベルだ。
彼女は自身の弟と屋敷妖精、侍女を連れて闘争に飛び込み、死喰い人を悉く蹴散らしたのだ。
一騎当千とはまさに彼等の事。
侍女メアリーは雷速で敵の杖を焼き、屋敷妖精ホルガーは杖を使わない魔法で死喰い人を次々と薙ぎ倒した。
弟のシドニーは変身魔法の達人で、そこらに転がる小石すらマグルの誇る兵器へと変えた。
だがその活躍すら霞むのがミラベルだ。
杖を使わず幾千の雷を呼び起こし、詠唱すらせずに海を割る。
その力は天変地異すら引き起こし、遂には宇宙を漂う流星すらをも己が武器へと変えた。
「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」
ダンブルドアは諦めたようにそう語り、浜辺でバカンスを楽しんだ。
六年目は――もう、事件になるような事は何もなかった。
全てはミラベルのミラベルによるミラベルの為の舞台と化し、終始彼女の一人舞台で幕を閉じた。
そこには盛り上がりも何もなく、戦いの中で生まれるドラマもない。
ただ恐竜が蟻を踏み潰して回り、そして何の面白味もなく終わった。それだけの事だ。
勝つべき者が予定調和そのままに何の意外性もなく勝利し、盛り上げ所を解さぬままに脚本にエンドマークを付けた。
ああ、何たる無情。こんな怪物がいては主人公は主人公足りえず、宿敵は宿敵足りえない。
どちらも等しく踏み潰され、後には黄金ただ一人が残るのみだ。
むかしむかしある所に悪さばかりをする悪い大蟻がいました。
他の蟻を次々と喰い殺し、このままでは巣が滅びてしまいます。
このまま奴の好きにはさせない。
勇敢な働き蟻達は立ち上がり、知恵を絞って彼と戦う決意をしました。
しかし偶然通りがかった恐竜が悪い蟻を踏み殺してしまいました。
この戦いを例えるならば、概ねこんなところだ。
悪い大蟻の野心も働き蟻の矜持も恐竜にしてみれば至極どうでもいい事。
ああ、何か足元で小さい連中が何やら蠢いているな、程度にしか感じない。
踏み潰したところで「ああ、そうですか」とも思わない。
恐竜はただ、そこを歩いていただけなのだ。
踏み殺してしまったのも、たまたま自分が歩く道の前にいたから。
要するに、ミラベルにとってヴォルデモートとはその程度の存在であった。
既に欲する現在を得て、満たされ、二人の友が隣で微笑んでくれている彼女にとってヴォルデモートは別段憎悪すべき相手でもなければ、何が何でも殺したい相手でもなく、わざわざ復活を待って己の力を誇示したいなどと思わない。
純血主義だの、それに対抗する者だのはただ彼女の日常にとって邪魔なだけでしかない。
ああ邪魔だぞ貴様等。
寄り集まっても石くれにすらなれない塵共が何やら必死にどうでもいい事を喚き立てている。
雑音、雑音、雑音――。
見えぬ聞こえぬ存ぜぬ。纏めて心底どうでもいい。
だから潰した。
放置すれば自分達の邪魔になりそうだから、邪魔になりそうな方を潰した。
かくしてミラベルは彼女が望む日常を維持し、今日もレティスの膝を枕代わりに惰眠を貪る。
何か周囲の人間は自分の事を『暴帝(笑)』だのと呼んでいるらしいが、別段それも気に留める事ではない。
彼女にとって死喰い人や闇の帝王との戦いは、道端にいた蟻を踏んだだけに等しく、記憶に留める意味すら見出せないものだ。
とりあえず後2年、この退屈で平和な学校生活を楽しんだ後は魔法省にでも入ってみるとしよう。
正直魔法界の統治などに興味はない。
昔はあったのだが、レティスと出会って牙を抜かれて、すっかりその気も失せてしまった。
このままでは進化の袋小路に入って荒廃の一途を辿るだろうが、それすらどうでもいい。
しかし、今のままではレティスとイーディスは少し住み難いだろう。
未だ魔法界は純血主義が幅を効かせており、混血のこの姉妹には厳しい。
ならば――ならばよし、次は純血主義とかいう下らない物を潰そう。
あまり過激な手段を取るとレティスに怒られてしまうから、緩やかな改革にせざるを得ないが……まあ、自分ならば数年あれば魔法大臣の椅子を取れるだろう。
手段を選ばなければ数年といわず数ヶ月で事足りるのだが、それは多分イーディスが許してくれないので妥協するしかない。
だがアンブリッジとかいう女だけは早急にアズカバンに入れて廃人にしなくてはならない。これは決定事項だ。
他にも数匹、潰しておくべき害悪がいる。
これを二人に気付かれず潰す事は、なかなかに難しそうだ。
「ま、いいだろう。少し難しいくらいでなければやる気も起きん」
そう呟き、黄金の少女は笑った。
「もうどうにでもなーれ」
そしてダンブルドアは、全てを悟ったように匙を投げた。
月まで届けダンブルドアの匙。
今日も魔法界は平和である。
没理由:ハリーが行動する前にミラベルが勝手に敵を倒してしまうので何一つ始まらない。
*'``・* 。
| `*。
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+ (´・ω・`) *。+゚
`*。 ヽ、 つ *゚*
`・+。*・' ゚⊃ +゚
☆ ∪~ 。*゚
`・+。*・ ゚
ラスボスを味方陣営に配置した結果がこれだよ!
盛り上がりも何もあったもんじゃありません。
ミラベルは本編において騎士団全員&死喰い人全員を敵に回して尚圧倒的、というラスボススペックに設定してしまったので味方にしたらこの通りバランスが完全崩壊してしまいます。
ついでに本編では「ヴォルデモートは復活させてから殺さねばならない」という理由でヴォルさんをあえて放置しましたが、こっちではレティスに危害が及ぶ可能性があるので無力なうちに潰してしまっています。復活すら許しません。
ヴォルさんが復活すれば勝負になったのでしょうが、復活前なら蟻でしかありません。
また、本編では賢者の石を奪おうと考えていたり、吸血鬼化の準備で忙しかったり、影武者に任せて本人がいなかったりで後手に回っていましたが、こちらではそれら全てより敵の排除を優先してしまったので事件すら起こさせてくれません。
敵が行動する前に攻撃・粉砕してしまいます。
まあ、あれです。やっぱりミラベルは味方陣営にしちゃいけないキャラという事です。