ハイスクールD×D ~絶対悪旗のラスト・エンブリオ~ 作:白野威
『英傑よ、来るが良い。その一撃に己の全てを乗せ、我が心の臓腑に突き立てて見せよ……! その心内に猛り狂う覚悟が偽りでないのならば――――!!』
三頭龍――――アジ=ダカーハがそう宣言したのと、ニムロドが音速を超えてアジ=ダカーハに斬りかかったのはほぼ同時だった。
上から下に槍を振り下ろす。あらゆる物質を消滅させる光を纏う槍に当たれば、流石の三頭龍でも致命傷は免れない。当たる直前すれすれでアジ=ダカーハは左に向かって跳ぶことで回避した。
地上から2m30cmほど離れているニムロドは、攻撃が回避されたことで空を斬る。傷付けられた大地が深い傷跡を残す。それこそ、跡形もなく。
その威力を脇目で見つつ回避に成功したアジ=ダカーハは、着地に成功したと同時に右の拳によるストレートを繰り出す。その速度は音速のそれよりも遥かに速く、そこから生まれる威力は途方もない。
そんな超小型の隕石を前に、ニムロドは身体を強制的に横に回転。槍の柄で防御するように構え、向かい来る隕石に備える。
直撃。
吹き飛ばされたのは、当然ながらニムロドである。しかし今度は無様に吹き飛ばされることはなく、1kmという長距離を槍を支えにすることによってなんとか体勢を崩さずに堪えた。
「ハァ……ハァ……ッ、ガッハ!!」
隕石のそれよりも大きな衝撃によって内蔵に多大なダメージを負わせ、思わず吐血した。吐き出した血の量からして、そう長くはない事を悟るニムロド。アジ=ダカーハに告げられていた時から覚悟はしていたが、やはり未練を感じてしまうのはヒトとして当然なのだろう。
――――だからこそ、
「せめて一撃、見舞ってやらねば気が済まんよなぁ……!」
出撃前と同じ狂気の笑みを浮かべ、ニムロドは駆ける。
全てはあの悪の巨峰に己が覚悟を見せつけんが為に。
最早ここにいるのは王としてのニムロドではない。
――――“ニムロド”という
「――――――ォオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」
獣の如き咆哮を撒き散らしながらニムロドは突き進む。その速度はもはや人の目では目視不可能であり、1kmという差を5秒という僅かな時間で埋める。
だが、その5秒はアジ=ダカーハ相手には長すぎた。
『フン……』
右手を掲げ、その指で何もない空間を横にスゥッ、となぞった。
瞬間、一対の影の翼がその形を崩し、無数の影の刃となってニムロドに襲い掛かる。800mを切ったところでニムロドは第六感による危険察知を当てにし、槍を上から下へ斜めに振るう。
直後、ガインッ! という鉄塊同士で殴ったような音が響き渡る。全てを消滅させる光を纏った槍であったならば、影の刃は消滅を免れなかっただろう。しかし次の一撃で勝負を決するため、生命力の塊である光を槍の内側に留めていたことによって相殺程度に済んだ。
黒い影は下に弾かれたために地面へ突き刺さる。しかし間を置かずに右方から迫る影の刃。その後に続く無限の黒い空間は、その全てが影の刃となっていた。
手首の動きだけで右方から迫る刃をはじき、続く薙ぎ払いで複数の刃を弾き飛ばす。普通の人間ならばその空間に足を踏み入れることを恐れるだろう。だが、ニムロドは一片の躊躇もなく足を踏み入れ、また一歩アジ=ダカーハに近づく。
時に指先で弄び、時に手首で円を描き、時に腕で獲物を狙う大蛇の様にしなりを持たせ振り回す。様々な方法で向かい来る影の刃を払いつつ、一歩一歩、確実に進んでいた。
しかし、それと同時にニムロド自身の傷も増えていく。打ち払ったはずの刃が再び牙をむき、肩を掠めていく。反応が遅れたことで右側の頬の肉を削がれる。左腕などとうの昔にボロ雑巾の様に傷だらけとなり、なぜまだ繋がっているのかと疑問に思うぐらいだった。そんなボロボロの状態であってもニムロドは足を止めない。足を止めた瞬間、死が待っていると感じているからでもあったし、何より今のニムロドに“後退”の二文字は消えうせていた。
その蛮勇をアジ=ダカーハはジッと見つめていた。
残り500m。
全身を巡る痛覚によってニムロドの理性は徐々に摩耗していき、ついには原初の姿である“獣”へと変わり始めていた。
「■ハ■■ハハハ■■■■■■ァァァ――――――ッ!!」
半ば人語を解さぬ獣となりつつあるニムロドは、ただひたすらに己の本能と直感に従って向かい来る刃をいなし続ける。
その行進を見つめていたアジ=ダカーハは何を思ったか、突然影の翼を基の形へ戻した。
ニムロドに知性があったのなら開けた空間に疑問を持っていたのだろうが、理性が崩壊しつつあったニムルドはそれを好機と判断し、それまで以上の速度で距離を詰め――――
「ッ――――!?」
突如として眼前に突き出された白銀の腕を見た。
即座に身体を限界まで捻り上げ横に跳ぶことで回避。直後、腕によって突き破られた無数の空気の層が衝撃となって、直線状にあったビル群に巨大な穴をあけた。
地面に着地した瞬間に後ろに向かって全力で跳躍する。それとほぼ同時に、上から白銀の腕――――アジ=ダカーハの腕が押しつぶさんとした。アジ=ダカーハの剛力によって拳を中心に大地が隆起する。その一つ一つが槍のように鋭く、まるで大地がニムロドを敵と認めた様な、そんな錯覚をニムロドに覚えさせる。
まだ平たい大地のままになっている場所に着地した瞬間、全速力でアジ=ダカーハヘ駆ける。アジ=ダカーハとの距離はおおよそ100m前後。通常の人間であるならばおおよそ10秒以上かかるその距離は、ニムロドの驚異的なまでの脚力をもってすれば1秒以下にまで縮められる。しかし、1秒以下の速度で距離を縮めようとも、アジ=ダカーハの前では亀よりも遅かった。
『フンッ!』
手刀を大地に差し込み、大地その物を持ち上げ、そのまま空中へ投げつけた。直径500mにもなるその大岩を足場にしていたニムロドは、槍を大岩に突き刺すことで、急速に上昇していくときに生じる衝撃を逃していた。
一息つく間も無しに、ニムロドは槍に光を集わせ、より巨大な刃を形成した。大剣と合体したような形となった槍を逆手に持ち、ニムロドは足場であった大岩を両断せしめた後、大岩を足場にアジ=ダカーハへと急速落下していった。
生涯最後とも言える一撃で、彼の龍を打ち倒す為に。
◇
天から落ちる、黄金色に輝く彗星。その正体は眩く光る槍を手にしたニムロドだった。
地上から約4000m超の地点から落下するニムロドはその速度を徐々に増していき、その槍の穂先をアジ=ダカーハへ向けていた。否、正確には槍に付けられた刃に光を纏わせているのだ。
それを驚異的な視力で視たオーフィスは、
「……あの人間、まさか――――」
そう、呟いたのとほぼ同時。
彗星は三頭龍に向けて堕ちた。
◇
分かっていたことだった。この命を賭しても、彼の龍には届かない事など。
だがそれでも、一矢報いたかった。
「――――――――」
――――まさか、こんな巧妙な技を持って受け止められるとは微塵も思っていなかったが。
地上へ落下しつつも彼の龍――――アジ=ダカーハへ一撃食らわそうと、穂先を地上へ向け堕ちていった。
しかし彼の龍は刃のその上、柄の部分に向けてあの影の刃を当てることで地面に突き刺した。その程度は予想の範囲内だった。
その後、突き刺さるよう誘導された槍を引き抜く動作と共に切り上げる。これもまた回避される。これもまた予想通りだった。
一歩踏み込みつつも身体を右に回転させ、薙ぎ払った。相手は回避の動作中であり、避けようとしても避けれない。また受け止めようとしても全てを滅する光がそれを許さない。だからこそ、一矢報いた! そう思い振り払った一撃は――――
『……終わりか?』
力を入れようとも、引きはがそうと力を込めようとも、微動だにしない。いや、正確に言うのなら引きはがそうとする気力もなくなっていた。血の流し過ぎか、相手との圧倒的なまでの力量差か。そのどちらであろうとも、どちらでなかろうとも、最早関係なくなった。
今の私に生きる術など持たない。唯一の得物であった槍は彼の龍によって封じられ、今まさに龍の左手が断頭台の様な鋭さを持つ手刀となっていく。
ここから生き延びることなど不可能である。どんな奇跡が起きようと、逃げ切ることなど不可能である。そう思わせられる程の力の差。
――断頭台が振り下ろされる――
だが。
――首が断ち切られる
こんな、絶体絶命の時でさえも。
――その寸前に槍を手放し、槍の柄を踏み台にして左側の首を思い切り蹴り上げた――
『――――ッ!?』
大地が悲鳴を上げつつ渓谷を作り上げた。その奥底から、穴を満たす様に溢れ出る真紅の液体。己以外の全てを溶かそうとするその熱は、まるでこの大地の血液のようであった。
諦めかけていたものからの奇襲を受けた三頭龍が、僅かによろめく。同時に驚嘆したからか、それとも別の何かからか。理由はともあれ、その力は僅かに緩んだ。
足場に付けていた足の方で槍を引っ掛け、手元まで戻らせる。まるで曲芸師だな、と考えつつ、槍を薙ぎ払った。驚嘆から回復した三頭龍はそれを避けた。
咄嗟に思い付いた技法だが、まあ二度は通じないだろう。限界が訪れようとしている身体に鞭を打ち、地面に着地する。まだ倒れるわけにはいかないのだ、あの龍と決着をつけるまでは。
そんな私を見てか、三頭龍はつぶやいた。
『まだ戦う気概があったとは、関心するほかないな』
「生憎と、この往生際の悪さは父上から嫌悪を示されたほどでね……!」
『…………どこまでも小賢しい人間だ』
笑いながらそう言った三頭龍が音の壁を越えて攻撃を繰り出した。相も変らぬ速さだが――――
「
その先には槍の穂先がある。
全力で打ち払う。その時、此方は大きく仰け反り、三頭龍は僅かに仰け反るだけとなった。だが、その結果だけでも大きな戦果である。
龍にとっては小さすぎる隙。
だが、私にとっては十分な隙だった。
「グッ――――ォォォオオオオオオオアアアアアアアアッッ!!」
雄叫びを挙げつつ強引に槍を構え直せば、骨が軋み、肉が断裂する音が聞こえた。
だが、その音を無視して穂先を相手の心臓目掛け、全力で投降する。穂先にこれまで以上の光が灯り、一見すればその光の軌跡は、光輝の剣のようにも見えた。
ここが勝機なのだ。
ここを逃せば、もう奴には勝てない――――!!
決死の想いを懐いて投げた無銘の槍は、
吸い込まれるようにして奴の胸へ突き刺さった
◇
静寂が訪れる。
赤色の液体が地面に滴り落ちる。
その発生源は他ならぬ三つ首の龍であり。
それを突き刺したのは、他ならぬ唯の人間だった。
「――――――」
オーフィスは驚嘆のあまり絶句していた。自身が強者であるという事実、そしてムゲンという絶対強者の立ち位置、それを自負していたからこそ目の前の光景は信じられない。
だが事実として、アジ=ダカーハはあの人間……ニムロドに心臓を突き刺された。身体を貫通する形で刺された以上、生きている事はほぼ不可能だろう。それこそ、心臓が二つあるだとか、ある一定の威力を持つ技や武器で無い限り効かない身体だとか、そういった特異体質でない限り、生き残ることはできない。
そう考えたオーフィスは目の前の光景を受け入れ、アジ=ダカーハを打ち倒し、ムゲンを上回る可能性を持つだろう人間を侮らぬよう細心の注意を働かせようとして――――
『――――我が心の臓腑を突き刺したか』
その思考が……否、空間そのものが固まった
のそり、と静かに、しかし圧倒的な威圧感を出しながらアジ=ダカーハは胸に突き刺さった槍を抜き取り、適当な場所へ放り投げた。抜き取った個所から大量の血しぶきが飛び出すが、それをものともせずにアジ=ダカーハは告げた。
『だが、惜しかったな』
胸に決して小さくない風穴を開けられたにもかかわらず、血反吐も吐かず、ただ淡々と告げるアジ=ダカーハ。オーフィスの耳には、その言葉の裏に僅かな落胆の色が付いている事を聞き取った。
まるで、あの人間に倒されることを望んでいたかのような、そんな落胆の意。
理解できなかった。生まれながらの強者でありながら弱者相手に倒されようとする、その思考。だがそんな事よりも、なぜアジ=ダカーハは心臓を突かれてまだ生きているのか? その疑問しか頭に湧いてこない。
「――――な、何故……?!」
オーフィスの心理を読み取ったかのように、ニムロドが代弁した。無理もない、オーフィスさえも混乱に居るこの状況で、ただの人間であるニムロドはその極みに居る事だろう。
そしてふと、アジ=ダカーハの足元で何かが蠢くのを見たオーフィスは、
してしまった。
『簡単な事だ。
私を殺したいならば、
その言葉と共に生まれたのは、
それが数匹。
どうやって生まれたのか、そう思考を巡らす寸前にある事に気が付いた。とても些細な事であったため気付きにくいが、しかし周囲に気を配っていればすぐに分かるような特徴に。
「血が無い……?」
さきほど、槍を抜いたときに飛び散った血液がどこにも見当たらない。代わり、というべきか、血の水溜りとなっていた部分には双頭龍が存在している。
これが指すのは、つまり――――
『我が血潮より生まれ出る眷属――――これらを全て殺し、我が質量の全てを消耗させたうえで心の臓腑を貫けば、あるいは勝てただろう』
アジ=ダカーハの語らいを聞きながら、オーフィスはアジ・ダハーカについての伝承で、三頭龍の眷属に纏わる文章を思い起こしていた。
神話に曰く、アジ・ダハーカの身体を剣で持って斬りつけたところ、その傷口から爬虫類などの邪悪極まる生物が溢れ出て、アジ・ダハーカに挑んだ戦士の行動を妨害したという。
アジ=ダカーハが仮に“アジ・ダハーカ”であるというオーフィスの推測が正しければ、多少の誤差はあるが、あの双頭龍は神話に描かれる爬虫類と言ってもいいのではないだろうか。とするならば、単純計算でも
敵対者からすれば地獄のほかないだろう。現にニムロドはアジ=ダカーハの質量の全てを知っているわけではないだろうが、それでも絶望の色を濃くしていた。
『それに――――』
絶望の色を写すニムロドを軽く無視して、三頭龍は先程自身が適当に投げ捨てた一振りの槍を見る。
持ち主の手から離れたからか、その輝かしい光は失われ、一見すればただの槍のように見える。
『
感情を写さない瞳でそう告げる三頭龍。まるでゴミを見るような目で槍を見つめる三頭龍に疑問を覚えたのか、ニムロドは膝をついていた足を奮い立たせ、三度立ち上った。
よくそこまで気力が持つものだ、とオーフィスは関心を示す。
「神槍だと?! 何を馬鹿な、あの槍は普通の槍のはず――――」
『では問おうか、ニムロドよ。
アジ=ダカーハの意味深な問いに、ニムロドは何かに気付いたかのように沈黙した。
同時に、あぁ、そういうことか。とオーフィスも納得する。あの槍の正体を、否、あの槍が分類されるべき種別を知っていたから。
『恐らく貴様がこれまで使ってきただろうあの槍は、
あの槍は――――太陽神か、それに連なる神々が造った武具。さながら“太陽の槍”というべき存在か』
まああの槍の名称などどうでもいいが。とアジ=ダカーハは声を小さくして呟いたが、オーフィスは聞きとっていた。
どうでもよくない事だろう、とその槍の正体を知っているオーフィスは思ったがまあいいやと考えを改める。オーフィスにとっては些細な事だし、アジ=ダカーハからすれば名称はどうあれ、それが自身に“効く”か“効かない”かのどちらかしかないからだろう。あるいは本当にどうでもいいのか。
『人間が作った後に神秘が宿ったのなら話は別だが、神々が創った代物で私を殺すことは、極一部の例外を除いて不可能だ。現にあの槍を心臓に突き刺したにもかかわらず、私が生きているのがその証明だ』
随分と酷な言い方をするな、とオーフィスは考える。
ニムロドは聖書にも記されている通り、神々へ挑戦しようと“バベルの塔”を作り上げた。その理由こそ不明だが、どちらにせよ挑戦するのなら神々が造った武具を用いて神々に挑む、という愚行はしないだろう。まともに“ニムロド”を見たのは今回が初めてだが、そういう卑怯……いや、この場合は愚かな手段を取らぬ男であるのは容易に考えれる。でなければ、正面からたった一人でアジ=ダカーハに挑むはずがないからだ。
しかし彼は、
呆れを通り越して、哀れに思う。これでは神に踊らされた舞台の上の人形ではないか、と。
「わ、たし……は……!」
絶望に打ちひしがれたニムロドを追い詰めるように、重ねてアジ=ダカーハが問うた。
『――――どうした、英傑よ。もう終わりか?』
「……っ……!!!」
『策謀は尽きたか? 闘志は枯れたか? 希望は潰えたのか? どうなのだ、英傑よ』
恐慌状態に陥ったであろうニムロドを見、三頭龍はその紅玉の瞳を見開き――――
『そうか、
躊躇いなく、その命を刈り取った
ニムロドさんの散り際を古き良き武士並に良くしようと書いていたら、いつの間にか絶望感(?)溢れる最後に。
これも全部閣下が絶対悪なのが悪い←