ハイスクールD×D ~絶対悪旗のラスト・エンブリオ~   作:白野威

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考察と襲撃

 

 暖かな光に包まれ、しかして狼煙の様な霧が立ち込める森の中枢に近しい場所。霧の合間から注がれる日の光が森を僅かに照らし、見る者が見れば神秘的な風景を醸し出しただろう。

 そんな神秘的な場所で、うつぶせになって長い尻尾をプランプランと泳がせている白くて巨大な身体を持つ生物が居た。

 現在惰眠を貪りつつも僅かに得た情報と持ち前の知識で答え合わせをしているアジ=ダカーハであった。

 

 あの黒衣の少女――――オーフィスとの戦闘から数週間。

 巨大な一つの大陸が徐々に分裂し始め、あの天災級の戦闘から僅かに生き延びた人類が慌てていた。無理もないか、とアジ=ダカーハは考える。あの時、咄嗟の判断で威力を極限まで弱め、かつオーフィスが此方の攻撃を押し返す勢いで力を放出してくれたおかげで大部分の衝撃が上空へ逃れ、大陸が分断される程度に済んだ。が、この時代の人間からすれば大陸の中枢から突然光と共に強大な衝撃が訪れたと思ったら、急に大陸が分断し始めたのだ。慌てるな、という方が無理だろう。

 その時、どさくさに紛れてオーフィスが逃げていったが、アジ=ダカーハは彼女の様な境界線を破る術を持たないので仕方なくあきらめた。勿論、次に会った時には容赦はしないつもりだ。

 帰り際に名前を呟いて帰って行ったが、あれには一体どういう意図があったのか。普通なら考えるところだが、アジ=ダカーハは考えなかった。理由を考えている暇があったら人々の村を焼いて人を殺しているだろうし、なにより面倒だったからだ。

 が、彼女の正体がアジ=ダカーハの考えている通りならば、少々危険視するべきかもしれない。

 

 惰眠を貪りながら、アジ=ダカーハは持ち前の知識で彼女と関連するだろう知識を並べていく。

 彼女から得られた情報は実に少ない。が、彼女の名前と異名と思わしき名を並べれば、その正体について容易に推測可能だ。

 オーフィスは自らを“無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)”と名乗った。ウロボロスと言えば自らの尻尾を呑み込む蛇、あるいは一足の龍として描かれる。なお、一匹が自らの尾を呑み込む絵もあれば、二匹が互いの尾を呑み込む絵もある。これらの絵を“ウロボロスの蛇”と呼ぶ。

 このウロボロスの蛇は多種多様な意味が存在する。

 例えば、錬金術におけるウロボロスの蛇は相反するもの ――ここでは光と闇、陰と陽といった感じか―― の統一を象徴するものとして扱われる。また古代後期におけるアレクサンドリアなどのヘレニズム文化圏では錬金術の基礎とも言える共通哲学「全は一、一は全」という考えや完全性などを現している。これ以外にも“カール・グスタフ・ユング”が人間精神(プシケ)の原型を象徴するものとしているほか、様々な意味・象徴を持つ。

 悪循環・永劫回帰などの特性を持つ“循環性”。

 死と再生、創造と破壊などの特性を持つ“永続性”。

 宇宙の根源という特性を持つ“始原性”。

 不老不死の意を持つ“無限性”。

 そして、全知全能を意味する“完全性”。

 多種多様な意味を持つウロボロスの蛇だが、その呼び名は過去と現在で異なる。語源としては古代ギリシア語の「 (δρακων(ドラコーン)ουροβóρος(ウーロボロス)」と呼ばれるが、現代に訳すとギリシア語で「ουροβόρος(ウロボロス) όφις(オフィス)」と呼ばれる。

 そう、όφις(オフィス)だ。ギリシャ語で“蛇”を意味するこの単語が、そのままオーフィスの名として使われているのだ。

 偶然と捉えるべきか、あるいは必然と捉えるか。どちらにせよ、彼女が“ウロボロスの蛇”の原型だというのなら、“循環性”や“永続性”などの特性を持っていると考えた方が良い。この仮説が正しいのなら、“完全性”も持っていると考えられる。

 仮に全知全能であったとしたら、彼女の前でアヴェスターを使ったのは非常にマズイ。

 

 彼女の名を知る前だったとはいえ、己の浅慮に腹が立った。荒い鼻息と共に白い花に止まっていた蝶が吹き飛ばされた。が、目を瞑っていたアジ=ダカーハがそんな事を知る筈が無く、鼻息は荒いままだった。

 全知全能を有しているのだとすれば、アヴェスターを出した時に正体を見破られていてもおかしくはないだろう。アヴェスターとは拝火教(ゾロアスター)の根本教典の名。拝火教で三つ首のドラゴンと言えば、すなわち(アジ=ダカーハ)以外に居ない。つまり、次に相対する時は自身を殺せる可能性が考えられるのだ。絶対悪という名に誓って人外に殺されるつもりは最初からないが、彼女ならば自身を殺せる可能性はゼロではない。

 最悪の場合を想定し、いずれ来るだろう彼女との再戦をイメージする。勝てないわけではないだろうが、彼女の起源を考えるなら現状のままでは火力不足と言ったところか。恐らく、覇者の光輪(タワルナフ)でも彼女を傷付けることは可能であっても、殺し切ることはできないだろう。宇宙そのものとも解釈されるウロボロスと、世界の三分の一を焼き尽くす覇者の光輪(タワルナフ)とでは相性が致命的に悪すぎる。

 ではどうするか。と考えるも、やはりアヴェスターによる性能の上乗せしかありえないだろう。最も、彼女の性能全てを上乗せしたとしても、“アジ=ダカーハ本来のスペック+ウロボロスの力”ではなく、“本来のスペック<ウロボロスの力”という力関係となり、アジ=ダカーハも“無限”となるだけなのでどちらにせよ決定打とはなりにくい。

――――あるいは、彼女よりも強力なドラゴンが居れば、その前提は変わるが。まあそうそういないだろう。“無限”の反対に位置するものとすれば、虚無や虚空といった――それこそ、夢や幻と言った様な存在だろうと推測される。

 

 まあ、いかなドラゴンといえど、人々の夢幻を司るようなドラゴンはいないだろう。そう考えて思考を中断したアジ=ダカーハ。

 

 むくりと起き上がり、長い首をコキリと鳴らす。本来の音は「ゴキンッ」だが、そう大した違いも無いだろう。

 朝焼けの空を見上げながら、今朝の朝食はどうしようかと考える。不思議な事に、この森に生息する動物は他所の場所にいる動物達よりも活きが良い。心なしか、アジ=ダカーハ自身の調子もいいように思える。

 恐らくは森自体が発している微量な外的魔力(マナ)による活性化術だろうと推測する。

 

 ふと、右の首の視界の端にイノシシの群れがワラワラと通り過ぎた。丁度いい、彼らを食すとしよう。

 

 そう決断するや否や、龍影を用いて大人一匹と子供数匹を除いて突き刺した。

 

 

 

 

 今度自作の魔法で鍋を作りぼたん鍋でもやろう、と密かに決意するアジ=ダカーハであった。

 

 

 

 

 朝食を食べた後、ここ最近になって建設されつつある“ある建造物”を雲より上の遥か上空から見下ろす。それでもなお建造物の天辺が見える。今この時代にはなさそうだが、エベレスト山脈よりも高いのではないだろうか?

 数週間前に大陸が分裂してから、人間達はこの場所に集ってその建造物を建てていた。アジ=ダカーハが見つけた時には既に富士山の標高を超えていたのだから、この時代の人間達の技術力は“彼”が居た時よりも発展している事が分かる。

 だが、アジ=ダカーハはこの建造物についてある程度の予想を立てていた。

 

 この建造物はいずれ崩れることになるだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と。

 

 ――バベルの塔。そう呼ばれる古代の建造物が旧約聖書・創世記に記されている。

 旧約聖書にはその存在は明記されているものの、名前は記されておらず、"the city and its tower"もしくは"the city" と記されている。アッカド語曰く、バベルとは“神の門”という意味を持つという。一方、聖書ではバベルはヘブライ語の“ごちゃまぜ”という意味から来たとされる。また、バベルの塔は一般的に神話的存在だとされているが、一部の研究者は紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラト(聖塔)の遺跡と関連づけた説を提唱する。が、こちらはマイナーなものであるため、知らなくてもいい知識だろう。

 話を変えよう。前者と後者で意味が異なるバベルの塔だが、アジ=ダカーハの個人的解釈ではあるものの、この二つの意味はバベルという存在の的を得ていると考えている。

 まずは前者の“神の門”だが、ラビ伝承では“ノアの子孫ニムロデ(ニムロド)王は、神に挑戦する目的で、剣を持ち、天を威嚇する像を塔の頂上に建てた”という文章がある。神へ挑戦するにはまず、神々が降臨する際に必ず通るとされる(ゲート)に辿りつかねばならない。ゆえに人間達は彼の建造物を作り上げ、神々の門へたどり着こうとしたところを聖書の神がそれを観、怒りに触れてしまったことで人類の原語は無数に分かれてしまった。つまるところ、“神の門”という意味でのバベルは、さながら“門への道”と言ったところだろう。

 では後者の“ごちゃまぜ”の意味は? というと、まあ単純な話だ。黒人・白人・黄色人種、様々な人類がこぞって塔を建てようとしたからだろう、とアジ=ダカーハは考える。簡単に考えただけだが、大凡合っているだろう。

 兎にも角にも、最終的に崩される運命にあるバベルの塔だが、実はバベルの塔が“崩される”という文章は旧約聖書にも記されてはいない。ましてや“壊された”とも記されておらず、バベルの塔が本当に建設されたのか。仮に建設されたとして、なぜ跡形も無く消えているのか? その事についても記されていないのだ。まるで禁忌に触れないように(・・・・・・・・・・)しているかのように。

 アジ=ダカーハはこう考える。消滅したのか、あるいは破壊されたのかは知らないが、後の世にとって不都合であるという事。それこそ、信仰が失われる(・・・・・・・)可能性もあるのではないか、と。

 ――――そしておそらく、今からアジ=ダカーハがやろうとしていることは、その禁忌であるのだ、と。

 

 巨大な塔の根元。その周辺には細々とした村――いや、街があった。“彼”が知る現代とはまた違う発展の仕方をした街だった。“石の代わりに煉瓦を、漆喰の代わりにアスファルトを”という一文も、あながち間違いではないようだった。

 

 耳をすませば聞こえてくる、街中から活気づいた声。楽しげな声、人生を謳歌する声……希望に満ちた声。

 

 それを地獄に変える。アジ=ダカーハが変えるのだ。慟哭する声、人生を憎悪する声……絶望に満ちた声。

 

 アジ=ダカーハは悪の神。絶対悪の御旗を背負い、世界に仇名す不倶戴天の敵。

 いつかこの胸に光輝の剣を突き立てる英傑が現れるまで、彼は悪道を極める。“アジ=ダカーハ”がそうしたように、“彼”がそう望むように。“彼”が■う■き■ように。

 

『――――今宵、絶望の蓋は開かれる』

 

 今はただ悪道を極めよう。そしていつか訪れることを願おう。

 この命が断たれることを。

 

 右の拳に魔力を纏わせ、自由落下する。

 

 地面に着地すると同時に拳を振り下ろし、巨大なクレーターを作り上げると同時に阿鼻叫喚する声が響いた。




誰かデフォルメした閣下が両手にタワルナフ発動させてこっちを睨んでるつままれストラップを作ってくれませんかね。
言い値で買うから(真顔)

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